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【東日本大震災-10】外国人から見た日本と日本人(32)

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 【一覧】外国人から見た日本と日本人

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 「外国人から見た日本と日本人」。第32弾です。
 3/15付:【東日本大震災-1】外国人から見た日本と日本人(22)
 3/22付:【東日本大震災-2】外国人から見た日本と日本人(23)
 3/28付:【東日本大震災-3】外国人から見た日本と日本人(24)
 4/16付:【東日本大震災-4】外国人から見た日本と日本人(25)
 4/25付:【東日本大震災-5】外国人から見た日本と日本人(26)
 6/6付:【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)
 7/11付:【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)
 8/6付:【東日本大震災-8】外国人から見た日本と日本人(29)
 10/18付:【東日本大震災-9】外国人から見た日本と日本人(31)
 に引き続き、震災編パート10となります。
 
 
ドナルド・キーン=1922年(大正11年)生まれ。アメリカ人。日本に帰化申請中。日本文学研究者、文芸評論家。日本文化を欧米へ紹介して数多くの業績を残してきた。東日本大震災を契機に、コロンビア大学を退職した後、日本国籍を取得し日本に永住する意思を表明した。
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2012年1月1日付新聞各紙掲載 新潮社広告「2012年賀正」
【日本人よ、勇気をもちましょう】


 かつて川端康成さんがノーベル文学賞を受賞したとき、多くの日本人が、こう言いました。「日本文学が称賛してもらえるのは嬉しいが、川端作品は、あまりに日本的なのではないか」。

 日本的過ぎて、西洋人には「本当は分からないのではないか」という意味です。分からないけれど、「お情け」で、日本文学を評価してくれているのではないかというニュアンスが含まれていました。

 長年、そう、もう七十年にもわたって日本文学と文化を研究してきて、私がいまだに感じるのは、この日本人の、「日本的なもの」に対する自信のなさです。違うのです。「日本的」だからいいのです。

 昨年、地震と津波に襲われた東北の様子をニューヨークで見て、私は、「ああ、あの『おくのほそ道』の東北は、どうなってしまうのだろう」と衝撃を受けました。あまりにもひどすぎる原発の災禍が、それに追い打ちをかけています。

 しかし、こうした災難からも、日本人はきっと立ち直っていくはずだと、私はやがて考えるようになりました。それは、「日本的な勁(つよ)さ」というものを、心にしみて知っているからです。昭和二十年の冬、私は東京にいました。あの時の東京は、見渡すと、焼け残った蔵と煙突があるだけでした。予言者がいたら、決して「日本は良くなる」とは言わなかったでしょう。しかし、日本人は奇跡を起こしました。東北にも同じ奇跡が起こるのではないかと私は思っています。なぜなら、日本人は勁いからです。

 私は今年で九十歳になります。「卒寿」です。震災を機に日本人になることを決意し、昨年、帰化の申請をしました。晴れて国籍がいただけたら、私も日本人の一員として、日本の心、日本の文化を守り育てていくことに微力を尽くします。新しい作品の執筆に向けて、毎日、勉強を続けています。

 勁健(けいけん)なるみなさん、物事を再開する勇気をもち、自分や社会のありかたを良い方向に変えることを恐れず、勁く歩を運び続けようではありませんか。

英政府が日本人運転手3人に勲位 在日大使館で震災対応(共同通信2011/12/31)
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※画像は東京都千代田区にあるイギリス大使館(2010年10月)

 【ロンドン共同】英国政府は31日、恒例の新年叙勲名簿を発表、東日本大震災への対応で大きな役割を果たしたとして、在日英国大使館の日本人運転手の男性3人に大英帝国第五級勲位(MBE)を授与することを決めた。

 3人は小形恒夫さん(60)=既に退職=、鈴木勇さん(42)、柳谷順さん(52)。被災地に住む英国人への対応のため、大使館職員とともに現地に入り、困難な状況下で長時間勤務。献身的な姿勢で担当職員をサポートし、被災した英国人の支援に尽力したことが評価された。

 デービッド・ウォレン駐日大使(59)も、迅速に対応したとしてナイト爵位が与えられる。
11年最高に幸福な出来事「日本への義援金が世界一」=台湾(サーチナ2012/1/1)
 台湾の華視新聞とYAHOO奇摩が共同で行った調査によると、2011年の最高に幸福な出来事の第1位が、東日本大震災に対する台湾からの義援金額が世界でもっとも多かったことだった。第2位は王健民選手がメジャーリーグで大復活を遂げたこと、第3位は映画Seediq Bale (セデックバレ)が海外で注目されたことだった。台湾の華視新聞が12月31日付で報じた。

 日本の東日本大震災に対し、台湾人は大きな愛を示し、寄せられた義援金額も世界でもっとも多かった。記事では、台湾に感謝を伝えるため多くの日本人が台湾を訪れ、なかには海を泳いで感謝を伝えに来た人もいたことに言及。

 記事は「台湾人にとって2011年でもっとも幸福な出来事で1位になったのが、『台湾人の愛』であり、受けるよりも与える方が幸福ということで、この愛が台湾人を幸福にさせたのだ」とした。

 第2位が、台湾の光とも言われる背番号40を付けた王健民選手がメジャーリーグで再び見ることができたことで、420票を獲得した。野球ファンは昨年、メジャーリーグに彼が戻ってくるのを心待ちにしていたが、王健民選手はその期待を裏切ることはなかった。見捨てないことも一種の幸福であり、王健民の復活は台湾の野球ファンの自信をも復活させたと述べている。

 第3位は、台湾映画の復活で、374票を獲得。日本統治下で起きた霧社事件を描いた映画Seediq Bale (セデックバレ)が国際的に名を挙げた。この映画はすべてMADE IN TAIWANで、これが台湾の誇りであり、昨年の台湾の幸福な出来事だと結んでいる。(編集担当:及川源十郎)

台湾魂と日本精神>2011/3/31付:台湾からの祈りと激励を短歌で・・・
 献詠

 謹みて東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申しあげます。
 そして被災された方々がご不自由な生活から一日も早く抜け出られますように、日本の一日も早き復興と繁栄を台湾歌壇一同、心よりお祈り申しております。

国難の地震(なゐ)と津波に襲はるる祖国護れと若人励ます  蔡焜燦
大地揺れ大津波襲ふ難さけし東北の人に幸あれかしと  黄伯超
避難所の夜は寒からう不安だらう大震災を凌ぐ人らよ  高淑慎
国被ふ災厄かくも大なれど我信じゐる大和の民を  高井敬子
福島の身を顧みず原発に去りし技師には妻もあるらん  花城可裕
被災地の生と死の報道見続くる身の暖衣飽食詫びたき思ひに  劉玉嬌
原発にいざ立ち向かう武士たちよどうかご無事に生きてくだされ  陳姿菁
日本人よくじけないで悲しみの倍の喜び返ってくるまで  (同上)
筆談で「日本どうか」と聴く爺の手を取りぎゅっと唇噛み締む  舘量子
被災地に何かをすべきと思へども非力な我は寄付と節電  坂口隆裕
美しき心のふるさとくずれ落つサイコロのよう只黙祷を  鄭 昌
神あらば心の祖国の災難をとくとく鎮め幸ぞ賜はれ  林禎慧
大なゐに津波にも負けぬ日の本の雄雄しき友どち立ち直れかし  (同上)
再三の国難に遭ひし我が友よ春はそこまで近づきしものを  (同上)
神風の生れ代りか原発を護る勇士らに神の加護あれ  陳瑞卿
大地震津波襲へる友邦に両手を合はせ無事を祈らん  江槐邨
未曾有なる大災難に秩序正し日本民族は世界の典範  (同上)
一瞬にて村諸共に影消ゆる遥かより謹みて黙祷捧げむ  黄培根
テレビ見て心痛みただ涙ぐむ一日も早く復国あれかし  高寶雪
東北の大地震津波の情報をテレビで見つつ我涙する  謝白雲
幾度も電話にて無事確かむる昔なつかしき日の本の友へ  林百合
九度地震津波襲ひし日の本の友ら明るく生くるを祈る  陳珠璋
黙々と天災地変に耐へ抜きて復興に励む人ぞ美はし  李英茂
わが涙悲涙と感涙こもごもに被災にめげず生き抜く人ら  (同上)
石巻の大地震と津波独り居の卒寿の師母は如何にぞと聞く  林蘇綿
志して励めよ復興美しの日の本の国不屈の魂  陳清波
大地震原発事故の国難に従容として立ち向かふ日本  荘進源
巨大なる地震に命取られたる御霊の冥福只ただ祈る  荘淑貞
国挙げて未曾有の国難対処する大和魂存亡の秋  姚望林
大地震相次ぐ津波「艱難汝を玉にす」頑張れ!日本  林燧生
悲惨なる災害なれど日本の友よ畏れず出せ底力  林碧宮
涙のみ震災に挑む日本の友よしつかり頑張れ復興近し  (同上)
被災地の皆さまよ気を落さずに諸人こぞりて慰問を捧ぐ  蔡佩香
日の本の被災の民に神々の御加護あれかしとひたすら祈る  呉順江
荒れ狂ふ津波に退避報道す大和女の勲雄雄しき  李錦上
日の本の民よ頑張れ麗しき故郷(さと)復興の日ぞ遠からじ  黄振聲
何もかも失はれても勇ましく立ち上がる人に賛歌惜しまず  (同上)
雪の夜は如何に過すや校舎にて竦む避難者よ我も眠れず  (同上)
この先の長き苦難の道の辺に咲く四季の花やさしくあれかし  黄教子

台湾歌壇代表 蔡焜燦
台湾歌壇 有志一同 

※多数の和歌の中からピックアップしています。他にも素晴らしい和歌を多数頂いています。是非リンク先からご覧になって下さい。

【解答乱麻】インタラック本部長・ダリン・マクニール 「日本は自分のホーム」(産経2011/10/8)
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※画像はダレン・マクニールさん

 東日本大震災から7カ月が過ぎた。発生直後、多くの外国人が日本から脱出するという混乱の中で、日本の小、中、高校の英語の授業などをサポートするALT(外国語指導助手)の中には、「日本は自分のホーム」との信念から踏みとどまる人も少なくなかった。

 三陸沿岸の岩手県普代村の小・中学校などでALTをしている米国人のグレッグ・ホフリン(27)。3月11日は、休暇で筋力トレーニングをしようと久慈市の体育館に立ち寄ったところ震災が発生した。

 体育館はそのまま避難所となり、避難生活が始まった。日本人と一緒に村役場でボランティア活動に従事し、支援物資の配布やガレキの撤去作業はもちろん、お年寄りに衛星電話の使い方を説明したりもした。

 米国にいる家族からは「すぐに戻ってくるように」との連絡があったという。しかし、彼にとって、村の人たちは、それまでのALTとしての活動の中で、すでに家族も同然だった。「みんなが大変な時に、自分だけ逃げ出すようなことはできない」。そんな彼の思いに米国の母親も理解を示してくれた。

 米国ではこれほどの規模の災害が起これば、パニック状態と同時に無秩序になりがちな現実があるが、被災地では未曽有の震災の中にあっても、冷静に協力し合う日本人の姿に改めて感銘を受けたという。

 被災地は暑い夏から秋に変わり、また冬の厳しい季節がくる。先日は中学校の運動会に参加したほか、村の祭りで一緒に神楽を踊ったという。子供たちには、「毎日を大切に生きてほしい」とエールを送っている。

 私が勤務する「インタラック」は各地の教育委員会にALTを送るなど教育関連の会社だ。

 社員のカナダ人、マイケル・カナート(32)は、日本在住10年で日本語も堪能。震災発生直後は、いてもたってもいられなかったという。福島県からの被災者を受け入れたさいたまスーパーアリーナの避難所に足を運び、無我夢中で日本人ボランティアと一緒に手伝いをした。

 食事の配布やゴミの片づけをはじめ、靴を必要とする人にサイズを確認して渡す作業を行った。靴の配布を通じて言葉を交わした人たちから「マイクさん」と声をかけられるなど、交流も深まった。現在も休暇を使って被災地に赴き、清掃作業の手伝いなどを続けている。

 2人以外にも、避難所生活で学校に行けない子供たちを元気づけようと英語を教えたALTや、原発事故で誇張された情報が世界中に飛び交う中で、独自にホームページを立ち上げて、正確な日本の現状の情報発信に努めたALTもいる。

 彼らに共通するのは単に英語教育に従事すること以上に、日本の子供たちが好きで、また子供たちのために「生きる力を育む手伝いをしたい」という真摯(しんし)な思いが強いことだ。

 今回の大震災では世界中から日本のために援助の手が差し伸べられた。今度は一人一人の世界への情報発信が大切な時になっていく。ALTたちからバトンを受け取った日本の子供たちが、今度は世界の人々にバトンを手渡していく。そんな未来がやってくることを願ってやまない。



【プロフィル】米テキサス州出身。「インタラック」(本社・東京)で約2400人いる外国人講師部門の責任者。同社はALTの研修、カリキュラム開発など最大手。

【トルコ地震】「日本人を見習いたい」 被災者らが助け合い 略奪も発生せず(共同2011/10/26)
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※画像はイザット・アカーンさん

 多数の死傷者を出したトルコ東部の地震被災地では避難生活を送る人々がお互いに助け合い、落ち着いた行動を呼び掛け合っている。「日本人を見習いたい」。東日本大震災で注目された日本人の忍耐強さ、秩序を守る姿勢が教訓となっている。

 多くの建物が倒壊、損壊するなど大きな被害が出たエルジシュ。千人を超す被災者がテント生活を送る競技場では、食料配給を求める人々が整然と列をつくっていた。割り込む人はおらず、妊婦に先を譲る姿も。

 物資が不足しているとされる被災地のワンでも商店で略奪などは発生していない。

 「昨晩、みんなで震災後の日本人の姿勢を見習わなければいけないと話していたんだ」。25日午後、エルジシュの競技場で、一家7人でテント生活を強いられている被災者の一人、イザット・アカーンさん(46)が打ち明けた。

「国民総"幸福"量」を重んじるブータン国王が国会で演説 全文(ニコニコニュース2011/11/17)
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 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。

 妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。

 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。

 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことをおぼえております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対する私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。私はそう確信しています。

 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。

 このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。

 皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。

 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確信しております。日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。

 ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。

 今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。

 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますが、(英語ではなく)ゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。

「(ゾンカ語での祈りが捧げられる)」

 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。

※拙エントリー11/11/19付:ブータン国王ご夫妻来日&中共に領土を奪われたブータンにワンチュク国王・ペマ王妃来日の模様をまとめてあります。未読の方はぜひご覧下さい!

ジョーン・ハーヴェイ=アメリカ人。1943年(昭和18年)生まれ。臨床心理学博士。日本滞在期間約1週間。アメリカの自宅で東日本大震災発生を知った。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 災害の報道が続くうちに、アメリカのメディアは比較を始めた。日本の被災者たちと、ハイチの地震やアメリカでのハリケーン・カトリーナ後の被災者たちとの行動を。そして人々は驚いた。日本の被災地では、なぜ略奪が起きないのだろう?カトリーナ被災地域での食料品店の襲撃や盗みを思い出しながら。

 もっとも、あのときには、人間の最良と最悪の行動の両端が示されたものだった。浸水した老人ホームの中にとどまり救助に努力した従業員たち。さっさと逃げた従業員たち。被災者を避難させるバスを盗み、家族などのために使って逃げてしまった警察官たち。逆に、被災者たちを助けようとした警察官たちもいた。

 テレビや新聞は、日本人が静かに困難に耐え、隣人たちとの助け合う姿を伝え、日本文化がこのような行動に与えた影響について論じている。

 次いで、困難な救助、避難所での感動的な再会、危険をかえりみず、破損した原発施設の周囲で働く男たちの英雄的行動を報じている。アメリカ人は、ヒーロー物語が大好きなのだ。

 二週間後のメディアには、日本人の“静かな勇気”が溢れている。津波から助け合いながら避難する人々、ただで散髪する理髪士たち、歯科医たち、やはりただで洗濯する高校生たちなど、多くのボランティアが手を差し伸べている。

 被災者の必要品、紙やペン、電池、目薬、マスク、食料などが、手早く被災地へ届けられた。このテキパキとした行動の源泉はどこにあるのだろう。政府が、自治体が、あらかじめ用意していたのだろうか。

 ここでまた、私たちはカトリーナのときとくらべてしまう。灼熱のハイウエイに、水も食料もなく置き去りにされた人々、車椅子にすわったまま死んでいる女性の姿など……思い出さずにはいられない。あのときの救援活動は、実に遅かった。

 アメリカでは、日本人への新しい尊敬心が生まれた。この大災難に、品位と回復力を秘めつつ耐え、対処しようとしている日本人に対して。

 私も信じている。彼らがいつの日か、灰の中から立ち上がるであろうことを。ちょうど、敗戦の荒廃からそうしたように。彼らは廃材や瓦礫を片付けるだろう。そして再び建てるだろう。家を、村を、町を。

 彼らは原子力の使用についても再考するに違いない。彼らの経験は、世界にその危険性を教えてくれた。再び手に入れることが決してできないのは、肉親や友人たちの死である。傷は残る。でも、愛は去った者と私たちを結び、愛は決して死なないと、私は告げたい。

 もう、春。満開の美の最中に散る桜に、日本人に人生のはかなさを思い起こさせると、こちらのジャーナリストたちは言っている。そのことは、日本の伝統的な生活の中では、自然と人間がいかに近いかを考えさせる。この世界を、自然と調和へと引き戻してくれること??日本がこの危機を、そのような“導き”に用いてくれることを望む。

サブリナ・ペラティ・マツダ=イタリア出身。1974年(昭和49年)生まれ。イタリア語講師・通訳・翻訳。東京の自宅で地震にあった。日本滞在期間16年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 地震が起きたあとの様々な動きを知ったとき、日本とイタリアの違いを見たと思いました。イタリアも地震国で、2009年にマグニチュード6.3のラクイラ大地震が起こり、約300人が亡くなり6万人が家を失いました。その年の1月から4月まで東日本大震災と同じように、群発地震が続いたんですよ。

 「すべての道はローマに通ず」ですけど、地震後ここからローマに続く道が閉ざされました。日本は津波もあり、瓦礫(がれき)で道路もふさがりましたね。でもすぐに通れる道ができました。ラクイラでは地震で崩れたあと、さらに道も家も壊れたんですよ。石の建物だったからというだけではないと思うのです。

 日本の被災地の方々は、政府の動きを待たずに自分たちでチームを組んで協力し、様々なことを自らやり始めましたからね。イタリアでは、こういうときは政府の助けを待つ、なんでも政府がやるべきだと思っていますから、道の復興も遅れるわけですよ(笑)。

 なぜ被災現場でスムーズにことが運ぶのか、考えてみました。イタリア人だったらあちこちで喧嘩(けんか)が始まっているところです(笑)。日本では被災地の仲間同士の怒鳴り声が聞こえない、争いにならないんですね。ほんとに酷(ひど)い目にあっているのに、ニコニコしている子供たち大人たち、自分のできることをして助け合ってね。どこでもきちんと自然に列ができ、それも邪魔にならないように端に寄ったり。小さな子供たちもマナーがいいですね。

 取材にきたマスコミに対して、遠くまできてくれてお疲れさま、見舞ってくれてありがとうと感謝の気持ちをみんなが口にしているのを見たときは、涙が出ました。何があっても、いつもどこかに感謝の気持ちがあるんです。それにとっても我慢強いし。イタリア人なら、とっくにキレてるかも(笑)。こういう日本人の気持ち、大切にしたいです。

 原発の現場で働いている方々、自ら苦難に立ち向かう精神、ご家族の複雑な気持ちも含め、人のために仕事をすることは素晴らしいと思いました。カトリックで自分の命を大切にという教えを受けているイタリア人の友人から、とても考えられないとメールをもらいました。日本が長い私には、両方の気持ちがわかります。チェルノブイリを経験しているヨーロッパ各地の友達からも、日本の原発事故を心配してメールや電話が三日三晩続きました。今や原発は地球全体の問題、世界が「FUKUSHIMA」で働く人たちに注目です。

 被災地だけでなく、みんな節電に協力的なのもいいなあ。一人ひとりが日々努力しているのがわかります。不便ななかでも、創意工夫していくんだなあと。それを悲惨な感じでなく明るくね。被災地のゴミや瓦礫だってきれいに分別しているし、政府が配給すべきものも、自分のお金で買っているんですから。こういうところイタリア人にはないな(笑)。

 地震や津波という大災害に、さらに加えて原発事故まで起こり、今も一生懸命復興にとりくんでいる日本です。日本人はこれで良いとされているものを、さらに良くしようという気持ちが強い、これが大災害のときにも発揮されていると思いました。

 このような日本人の精神力の高さ、創意工夫の知恵、団結力、感謝の気持ち、勤勉で真面目で温かいこと、心から尊敬します。大震災で浮き彫りになったこれらの「日本人の底力」、これがある限り日本は必ず復興すると思います。もちろんイタリア人もいいところがたくさんあるって、付け加えさせてくださいね(笑)。

モハメド・ナブルシ=レバノン人。1978年(昭和53年)生まれ。会社員。地震発生時は川崎市のオフィスにいた。日本滞在期間3年半。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 あの日から四十日が経過しますが、僕の周囲では何も起こらなかったかのような生活が、続いています。日本社会は健全で強靭だと実感します。頻発する余震にもすっかり慣れて、崩れない完璧に建築された建物の中で、余震を受け流しています。

 人々はこんな状況でも問題なくすごしていて、自然との共生を感じます。日本は社会基盤が強固で、殊にその社会を支える人々は、たくましく生活している。それは、他者に対してではなく、自然と闘ってきた歴史がある国だからではないでしょうか。

 つい百余年前まで鎖国をしていた日本。閉ざされた国だったがゆえに、他者にもたれかかろうとしない、固有の独立意識が育まれたのだと僕は思います。「お手上げです!」と投げ出して、他国に頼ろうとはしない。誰もが自力で頑張ろうとして、一生懸命働かねばならないという姿勢で、諦めません。逆境さえ乗り越える意志があります。閉ざされていた文明が開化する前に培われた、日本特有の独立心が、今後も復興に活かされると思います。

 仕事で今も深く関わり、一昨年まで妻と一年半暮らした国、ドイツ。でもドイツや諸外国で、日本のように荒波にも立ち向かう人々は、ごくわずかです。

 震災後間もなく、多くの外国人は自国の大使館からの帰国勧告を受け、旅費や宿泊費などの補助もあり、各国へ帰ってしまいました。実は僕も、レバノン大使館から電話を受けました。でも3・11を理由に、日本を去る気はありません。これが僕の選んだ人生なのだから、逃げ出しません。津波による被害は、僕には想像すら及びませんでした。テレビで当初は見ていましたが、船が海から五kmも内陸の路面にあるような、壊滅的な映像ばかりで、もうテレビは見たくなくなりました。

 三月下旬には計画停電が続いたり、商店やガソリンの列に並んだりと影響を受けましたが、3・11後も、日本人は以前と変わらない生活を、無理なく続けている。悲観しないで、復興への希望を抱きながら。同時に「しょうがない」と現実を受け入れつつ、前進している。これは本当に素晴らしいと思います。

 …前回受けたインタビューから、七週間が経ちました。改めて振り返ってみて、震災後の日本人の行動や社会変化に関してですが、僕は異なるタイプの人々を見てきました。巨大地震後も、相次ぐ余震の影響を受け、一方では取り乱す人。心配が強く、感情的なタイプです。他方では、まったく関心を示さないタイプの人がいます。無関心で自己中心な人も。どんな場合にもいたる所で見られると言うべきでしょう。このタイプの人は、被災された方々への思いを持ち合わせているのか、またはなんらかの方法で寄付をしているのだろうかと、僕は疑問に思います。

 僕と妻はそれぞれ、何度か寄付をしています。毎回大きい額は無理でも、結果的に被災者支援の役に立つようにと。我々にできる支援の柱として、寄付は有効だと思っています。

〈中略〉震災関連の派手な抗議行動は、日本ではまだ起きていないようですが、もしレバノンやドイツだったら、直ちに大騒ぎなんじゃないかな。政府は、騒ぎを鎮めるために手を焼くだろうし、こんなに落ち着いていられないと思います。数日前に、福島第一原子力発電所のメルトダウンが初めて報告されましたが、国民側の感情は変化ないみたいだし、国会でも大きく取り上げられないですよね!

 友人が、福島の沿岸部に親戚が住んでいると言うので、僕も心配していました。被災八日目に連絡がつき、様子がわかって「命に別条はなく、家が流されただけだ」と言う友人の反応に、驚かされました。それは「しょうがない」と言っているように聞こえました。福島第一原発から放射性物質が拡散している件でも、近頃は「しょうがない」ようで、これには危機すら感じます。誰にでも将来起こりうる、被曝の影響について、一部の人は無関心かのようです。

 強さ、順応、辛抱の三種の局面で、日本の人々を称賛します。その思いを念頭に、最後に僕から、今の日本に対する思いを伝えさせてもらいます。災害に負けず、いっそう強く生きていけば、日本中で失ったものも復活し、迫力ある姿に返り咲くと信じています。どんな困難へも立ち向かう日本人に囲まれて、“外人”の私も皆さんと同じ気持ちでいますから。

世界の一人でも多くの人に届けたい! 地震に苦しむ日本を助けてくれた世界に贈る「ありがとう」ビデオ(ロケットニュース24(β)2011/12/9)
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世界中の人々に届けたいビデオがここにある。

2011年3月11日午後2時46分、日本は東北地方太平洋沖地震という過去最大規模の地震に襲われた。その結果、1万人を超える方が亡くなり、日本は悲しみに打ちひしがれることとなった。そんな時、私たちに「共に頑張ろう」と声をかけてくれた人々がいた。そう、世界中の人々が共に闘おうと立ち上がってくれたのである。

彼らの助けが私たちに元気と勇気を与えてくれ、こうやって今、前を向いて進み続けることができている。この感謝の気持ちを世界中の人に伝えたい。そんな想いがいっぱい詰まったビデオがYouTubeで公開され、少しづつだが世界に日本からの「ありがとう」が伝わっていっている。

英語字幕もきちんと付けられた「We Will Always Remember You」(私たちはあなたたちのことを決して忘れない)というタイトルのこのビデオは、3月11日の地震がいかに悲惨な被害をもたらしたかを紹介するところから始まる。そして宮城県石巻市にいた、ある英語教師に焦点が当てられる。

石巻市の万石浦小学校で英語教師をしていたテイラー・アンダーソンさん(当時24歳)は地震発生当時、おびえる生徒たちを校庭まで避難させ、「大丈夫だよ」と声をかけながら励まし続けた。そしてテイラーさんは、保護者たちが迎えに来るまで生徒たちの傍を離れなかったという。しかし彼女はその後自宅に帰る途中、津波に襲われ、帰らぬ人となってしまった。

そんな命をかけて自分たちを守ってくれたテイラー先生への想いを、生徒たちは「優しい先生でした」とビデオの中で打ち明かす。そしてビデオは、「我々を助けてくれたのはテイラー先生だけではなかった。本当にたくさんの人達が遠くからやって来てくれた」というメッセージと共に、世界の様々な国の人へ「ありがとう」を伝えていく。

このビデオを見た世界の人々からは、以下のようなメッセージがYouTubeコメント欄に寄せられている。

「このビデオを投稿して下さってありがとうございます。日本のみなさんのために働けたことは、本当に光栄なことでした。このビデオは悲劇に直面しながら、日本が忘れない希望、そしてたくましい精神を映し出しています。確かに私は日本のみなさんのために自分の職をまっとうしていましたが、自分が与えたものより多くのものをみなさんから頂いた気がします。(ビデオを見て)涙が止まりませんでした。『(日本語で)がんばろう!』」

「かなり泣きました。来月私は日本に行きます。その際には、日本に笑顔と希望を持って行きます!」

「『(日本語で/原文そのまま)どうもいたしまして。』ドイツより」

また驚くべきことにコメント欄には、テイラーさんの友人らしき人物からのメッセージも残されていた。

「涙が止まりませんでした。2008年から2009年テイラーと私は宮城県でJETプログラム(英語指導などをする事業)に参加していました。彼女が生徒たちからいかに愛され、大切に思われていたかを知って本当に感動しました。宮城は私の第2の故郷であり、日本の方々が示してくれた優しさを私は一生忘れません。そして世界が私の友達たちに示してくれた優しさも決して忘れません。日本、そして日本を助けてくれたみなさん:『(日本語で)ありがとうございました!』」

人として大切なものを思い出させくれる今回のビデオ。これを見ていると、他への感謝を忘れないこの素晴らしい日本なら、必ずや以前以上に元気になれるという自信が湧いてくる。そして改めてこう言いたくなる。震災後私たち日本と共に歩み闘ってきてくれた世界のみなさん、本当にありがとう。

(文=田代大一朗)

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 最後に紹介した「We Will Always Remember You」(私たちはあなたたちのことを決して忘れない)のYouTube動画は、何度も削除の憂き目にあっているようですが、その都度、心ある方が再UPして下さっています。

 現在はこちらから見ることができます。
 http://www.youtube.com/watch?v=SpFroWi1lP0

 本当に素晴らしい動画で、良質の短編映画を観ているようです。
 初めて観た時は泣けて仕方ありませんでした。
 皆さんも是非ご覧下さい。


 ……というわけで、第33弾につづく……!!


※拙ブログ関連エントリー
【一覧】外国人から見た日本と日本人

※拙ブログ関連エントリー(震災関連から抜粋)
4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
4/4付:独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた
4/23付:画像で見る東日本大震災 - 希望 -
5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
5/21付:-言葉の力 - PRAY FOR JAPAN&朝日新聞縮小版東日本大震災
6/18付:保守系識者諸氏が見た震災(2)
9/10付:自衛隊を鼓舞した被災地の子供たちの手紙
9/20付:後世へ残したい!陸前高田の女子高生の震災体験談

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