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皇居勤労奉仕にまつわる感動秘話&女性宮家創設問題

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【画像は時事通信社(代表撮影)より、11月30日、文部科学大臣表彰を受けた学校長ら教育功労者と配偶者計291人と皇居・宮殿で面会された天皇、皇后両陛下。天皇陛下は皇后陛下にお手を添えられ、壇上に上がられました】

 拙エントリー11/29付:天皇陛下が退院後初公務で消防殉職者等慰霊祭に&女性宮家創設問題に、読者様から感動的なコメントをいただきました。

 コメント欄まではチェックなさらない方も多いと思いますので(私もよそのブログさんは本文しか読まないタイプです)、改めて紹介させていただきます。
くっくりさん、連投失礼します。

実は昨年、母の介護に入る前に皇居の勤労奉仕で両陛下および皇太子殿下にご会釈を賜りました。

両陛下のオーラは少しも威圧感がないのに、その場の雰囲気が一変されてしまう、皆を包み込むような、途轍もないものでした。

皇后陛下はお身足の具合が悪かったようで、お足元がふらついていらっしゃったにもかかわらず、私たちのためにお出ましになられました。

皇后陛下は常に陛下の一歩後ろにおられ、お車に乗られる際は、先に乗られた陛下に一礼されてからお乗りになっていらっしゃいました。

東宮御所で皇太子殿下のご会釈を賜わった際、殿下から今上陛下かと同じオーラが出始めているのを感じ、「次期天皇」であると確信しました。天皇になることを覚悟された方だということがこちらにもひしひしと伝わってきました。

戦後教育を受けてきた私は信じられなかったのです。なぜ最上級の敬語など使うのか、わざわざ距離を置くような扱いをするのか。空々しいと。

国民を思っているなど嘘だろうと。

お会いして、それが本当だったと分かった時の驚き。

そんな方が日本の中心におられるという幸運。

まさに奇跡です。


皆さんのコメントを拝見すると、誤解や机上の知識だけで考えてらっしゃる方が余りにも多い気がしてなりません。

私は一緒に参加された方と共に泣きました。お会いすると自然と涙が出てくるのです。

理屈ではないのです。


皆さまも是非、勤労奉仕や一般参賀などでご皇族にお会いになられてはいかがでしょうか。

長々すみません。どうしても書かずにはいられなかったので書きました。失礼しました。

おれんじ | 2011/12/01 03:41 AM

 おれんじさん、素晴らしいお話をありがとうございます。
 こちらも自然と涙が出てきました。・゚・(ノД`)・゚・。

 というか、実は私は最近、天皇陛下のお姿をテレビで拝見しただけで泣けてしまうんです。
 今年3月16日に陛下は東日本大震災に関して「平成の玉音放送」とも言われる御言葉を直接国民に向けて発せられましたが、たぶんあの時からだと思います。

 最初に画像で紹介したように、天皇陛下は皇后陛下とともに11月30日もご公務をこなされました。
 ご退院後初のご公務だった29日の消防殉職者慰霊祭に続き、2日連続のご公務です。

 皇后陛下にお手を添えられ壇上に上がられる天皇陛下のお姿を拝見した時、また私の目から涙がジワーッと…(T^T)
 陛下の国民を思われるお気持ち、その有り難さを感じると同時に、どうしてもご体調が気になってしまって…。

 夫は「あんた歳のせいで涙腺ゆるなってるんちゃうの?50目前やもんな」と茶化しますが(来年私は年女で48歳に…ってほっといて!(^_^#))、そんなことはありません。他のことでは泣きませんもん!

 すみません、話がずれました(^^ゞ

 私のように地方に住んでいますと、勤労奉仕や一般参賀にはなかなか足を運びづらいですし、実際、私は過去に両陛下どころかご皇族の方々のお姿を直に拝見したことは一度もありません。

 あ、うんと昔、秋篠宮殿下のご結婚が決定した頃、東京でたまたま殿下とニアミスしたことはあります。あとで知って「もうちょっと早くあそこを通っていれば!」と悔しく思ったものです。

 ただ、そんな私でも、天皇陛下の御存在が日本の「幸運」であり、世界の「奇跡」であり、その前ではどんな「理屈」も太刀打ちできない、ということは理解しているつもりです。

 うーん、でもやっぱりこれも「知識」だけなのかもしれませんね。
 おれんじさんのように体感された方がとても羨ましいです!

 ちょうど良い機会ですので、勤労奉仕にまつわる感動秘話をあと2本、拙ブログの過去記事からお届けします。

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「SAPIO」09年2月11・18日号【歴史を振り返れば現代が見える 第2弾 昭和天皇と私たち日本人の幸福な日々】より

[皇居清掃]GHQを驚かせた占領下の「皇居勤労奉仕」誕生秘話/高森明勅

【皇居勤労奉仕はいつ、どのような経緯で始まったか?

 木下道雄侍従次長(当時)の証言によれば、昭和20年12月に宮城県内栗原郡の60人の青年グループが皇居の坂下門にやってきて、「二重橋の前の広場に雑草が生い茂って、たいへん荒れていると聞き、草刈りやお掃除のお手伝いのために上京しました。どうかお手伝いをさせて下さい」と申し出たのが最初。

 実際は60人が突然やってきたのではなく、これ以前にグループのリーダー二人が上京、応対した筧素彦総務課長(当時)との間で勤労奉仕の受け入れをめぐるやりとりがあった。当時は占領下にあったため、筧氏は上の方に迷惑が及ぶことがあっては一大事であると考え、一切の責任を負って自分の独断で受け入れを決意した】

 宮城県栗原郡の若者たちは「みくに奉仕団」と名乗った。正確には男性五十五名、女性七名の計六十二名で、団長の鈴木徳一氏と副団長の長谷川峻氏(東久邇宮内閣の緒方竹虎国務大臣の秘書官だった。のちに衆議院議員)を除き、ほとんどが二十二、三歳の若さだった。過酷な占領下のことゆえ、彼らの行動に対しGHQがどのような対応をとるか予測がつかず、「娘っ子のうちには、両親兄弟と永い別れの水盃をかわしてきたものもいる」という(木下道雄侍従次長(当時)証言)。

 むろん、占領当局によって拘束されることはなかった。ばかりか、奉仕の初日に一同にとって思いもよらぬ感激的な場面が待っていた。みなの前に昭和天皇が姿を現されたのだ。
 鈴木氏の証言を紹介する。

 「奉仕はだんだん進んで正午近くなった頃です。静かだった奥御殿の石垣の上に、かすかに人の群の気配がするので、ひょっと見上げると、陛下がお立ちになってこちらをご覧になっておられます。(中略)お付きの方が見えて、陛下がお呼びだという。私は作業衣のまま石段を上って御前にまいりますと、木下次長さんがお取り次ぎで、いろいろ御下問を賜りました。(中略)やがてご政務所へお帰りになりましたが、その御後姿を拝し一同期せずして君が代を合唱しました。誰の眼にも涙がいっぱい光っていました」(木下道雄氏「皇室と国民」)

<中略>「みくに奉仕団」のことが各地に伝わると、我れも我れもと次々に奉仕団が結成され、勤労奉仕の申し出が宮内省に殺到した。何しろ翌二十一年には早くも百八十八の奉仕団が名乗りをあげ、一万人余の人々が勤労奉仕に参加しているのだ。ピークは昭和二十六年で、何と四万人近くの国民が参加した(奉仕団は八百三十一団体)。

 こうした動きに対し、GHQもさすがに疑念を抱き、背後に強力な組織があって、巨額の資金を投じ、彼らにとって良からぬ策謀をめぐらしているのではないかと、独自の調査を行なったらしい。その情報をキャッチした海外のメディアが奉仕団に取材をかけるようなこともあった。総力戦に敗れた国の君主制は第一次大戦時のドイツや第二次大戦時のイタリアのように滅びるのが通例だ。なのに日本の皇室の場合、滅びるどころか多くの国民がボランティアで皇居の清掃活動を行なっている。彼らが不審に思うのも当然だ。だがもちろん、そこには何の背後関係もなかった。人々のひたむきな皇室への思いだけがあったのだ。


09/2/10付:戦後の昭和天皇を振り返るより再掲)

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2011年5月1日放送「たかじんのそこまで言って委員会」より、京都産業大学教授の所功さんのコメント。

 私は今の両陛下が、まさに今回の3月11日の大震災にあたって、最も早く、最も的確に行動されたということを知り、驚きました。

 その原点は何かというと、お二人とも、陛下が昭和8年、皇后様が昭和9年のお生まれで、昭和20年の8月15日に日光へ疎開しておられた皇太子様が書かれた作文があります。

 どういうことが書いてあるかというと、今度の大戦で、陸・海の軍人もよく戦った、それから国民も一所懸命に戦った、でも敗れた、そこで、この国を本当にこれからどん底から立ち直らせていくのは自分の責任だと、自分がしっかりその困難に耐えて行かねばならんということを、書いておられるんですよ。当時まだ11歳ですよ。そういうお気持ちが、もうお小さい頃からあられたということ。

 それから皇后様は、おひとつ下ですけれども、戦時中に差し入れを受けられた物語を読まれて、そこの中に日本武尊(ヤマトタケル)と弟橘媛(おとたちばなひめ)の物語が出てくると。

 ご承知の通り、東国へ遠征された時に、相模湾に入水されて、それで、夫たる日本武尊のために役立とうとされた。そのことを『子供時代の読書の思い出』というお話*1の中に引かれてですね、愛と犠牲というものが、二つのものではなくて不可分の一体のものだということを知って、非常な感銘を覚えたということを述べておられますと。

 そういうご自身のお小さい頃からのご体験とか、そういうご覚悟というものがあって、実は3月11日にどんなことがあったかと言いますと、その日の2時頃に、皇居の勤労奉仕に行った人々が、実は、御会釈を賜ると言いますけれども、天皇皇后両陛下が、ご苦労様でしたということで、御言葉があったんですね。直ちにみんながそこで感激してお別れをされたところに震災があったと。

 で、びっくりされて、それで、これではさっき会ってきた勤労奉仕の人々どうしてるかということを言われて、直ちに侍従か何かが行きましたら、ま、とりあえず大丈夫だということになったんですが、もうしばらくしたら東京都内が全然、交通麻痺してる。

 これじゃ遠くから来てる人は帰れないだろう、ということで、両陛下がそれじゃあ何とか人々を、皇居の中に泊めることはできないかと、いうことを言われて、直ちに検討して、結局、窓明館(そうめいかん)という休憩所があるんですが、そこに数十名の方が、そこに泊めていただいたんですね。

 それだけでも異例のことなんですけども、その翌日、また心配をなさいまして、7時半頃に、皇后陛下がそのみんなの休んでる所へ来られて、それで、ま、お見舞い下さったというようなことがありました。

 こういうようなことはもう異例中の異例なんですけども、そのあと、さっきも(VTRなどで話が)出ておりますように、自分で自主停電をされるとか、色々なことありますけど、大事なことは、自分でできることを直ちにやっておられるということですね。そして困難は自ら引き受けるという、そういうお姿というものは、やはりお父様である昭和天皇、お母様である香淳皇后などから受け継がれた、ま、歴代のそういうご精神の影響もあり、それからご自身のその体験にもありますけれども、そういうものを私、見ましてですね、本当に我々今回、ま、この関西あたりは直接被災はありませんでしたけれども、あの時に自分にできることをすぐ何かやったかと言いますと、それほどできてないと。

 しかし陛下は自分でできることを直ちになさり、そして皇后様も直ちにそれを助けてなさろうとなさったということを、やはりお手本として、我々も少しでも自分にできることを、しかも短期間でなくて5年、10年かけて、一緒にやっていこうという気持ちを持ちたいものだと、つくづく思っております。


 *1 皇后陛下は1998年(平成10年)、インドで開催された「国際児童図書評議会(IBBY)」におけるビデオによる基調講演「子供時代の読書の思い出」の中で、日本武尊と弟橘媛の物語などを引いて、御成婚以来のその胸中を語られ世界中に大反響を呼びました。

11/5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事より再掲)

※皇居勤労奉仕への参加受付については、宮内庁のHPをご覧下さい。

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 さて、女性宮家創設問題です。

 野田首相は天皇や皇室に対してどう考えているのか?
 男系継承を維持した方がいいと思っているのか、それとも女系でもいいと思っているのか?

 そのあたりの話をこの人の口から聞いたことがありません。
 聞いたことがないってことは、別に女系でもいいと思っているんでしょう。

 その野田首相が12月1日の記者会見で、女性宮家の創設について、「皇室活動の安定性という意味から、緊急性の高い課題と認識している」と発言しました(産経12/1)。

 政府関係者によれば、もうすでに、内閣官房と宮内庁の事務方による「勉強会」が政府内に設置されており、女性宮家の創設についての検討が行われているそうです(産経12/2)。

 これって、もしかして保守派への目くらましじゃないですか?
 そう、TPP参加や消費税増税など、世論が大きく反発している問題から目をそらす作戦。

 もし私の読みが当たっていれば、野田佳彦という人は、皇室の政治利用も厭わない、とんでもなく不敬な人だということになってしまいますが。

 11/29付:天皇陛下が退院後初公務で消防殉職者等慰霊祭に&女性宮家創設問題にも書いたように、確かに皇室典範をこのままにはしておけない、そのことは分かります。

 今の皇室典範のままでは女性の皇族方がご結婚により次々と皇室から去られてしまい、何十年か後には悠仁親王殿下をお支えする方がほとんどいなくなってしまう、それは誰でも予測できることで、今のうちに何とかしなくてはなりません。

 その意味では、女性宮家の創設にメリットがあるということも一定の理解はできます。

 が、やはり心配なのです。
 女性宮家の創設から一足飛びに女系天皇容認に行ってしまわないかと。

 男系維持派の安倍さんや平沼さんもそのあたりを大変心配されているようです(日経11/26)。
 伊吹さんはもっと踏み込んだ形で、是非はともかく「女性宮家創設の上での旧皇族の男系男子との縁組検討」を提案されていますね(産経12/2)。

 この問題が表面化してから、私は毎日もう胸がざわざわとして落ち着きません。
 天皇陛下はじめ皇族方はもっと落ち着かない思いでお過ごしではないでしょうか。

 皇室の弥栄(いやさか)を願わない国民はほとんどいません。
 今後、世論からも様々な声が挙がってくることと思います。

 政府や政治家の方々には、拙速にならないよう心からお願いしたいです。
 また、マスコミやいわゆる知識人と言われる方々にも、くれぐれもミスリードなきようお願いしたいです(と無理を承知で言ってみる(T^T))。


※拙ブログ関連エントリー
06/12/24付:終戦時の今上陛下にまつわるエピソード
08/10/11付:天皇はなぜ尊いか(付:石井選手の発言)
09/2/10付:戦後の昭和天皇を振り返る
09/4/11付:天皇皇后両陛下ご成婚50年に寄せて
09/11/14付:天皇陛下御即位20周年に寄せて
11/4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
11/5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
11/8/9付:昭和天皇御巡幸の御製と歴代天皇の博愛精神
11/8/14付:昭和天皇の涙…二つの位牌を手にした少女
11/11/29付:天皇陛下が退院後初公務で消防殉職者等慰霊祭に&女性宮家創設問題


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