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【東日本大震災-9】外国人から見た日本と日本人(31)

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 【一覧】外国人から見た日本と日本人

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 「外国人から見た日本と日本人」。第31弾です。
 3/15付:【東日本大震災-1】外国人から見た日本と日本人(22)
 3/22付:【東日本大震災-2】外国人から見た日本と日本人(23)
 3/28付:【東日本大震災-3】外国人から見た日本と日本人(24)
 4/16付:【東日本大震災-4】外国人から見た日本と日本人(25)
 4/25付:【東日本大震災-5】外国人から見た日本と日本人(26)
 6/6付:【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)
 7/11付:【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)
 8/6付:【東日本大震災-8】外国人から見た日本と日本人(29)
 に引き続き、震災編パート9となります。
 
 
ドイツ『日本人が今求めているのは無能な政府ではなく天皇陛下だ』 ドイツの反応(Trans Vienna -ドイツ語翻訳- 5/19)
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ttp://www.spiegel.de/panorama/gesellschaft/0,1518,753072,00.html
ttp://forum.spiegel.de/showthread.php?t=32226
ttp://politikpla.net/forum/freie-diskussionen/83806-der-japanische-kaiser.html

日本国 天皇陛下 国難に直面した日本を支える最後の希望
Japans letzte Hoffnung in Krisenzeiten


 「国民と共に」という言葉は日本国の天皇陛下の信条である。東日本大震災のような災害が続く最中、日本人は天皇陛下を心の拠り所としているのだ。天皇陛下は被災した人々の避難所に駆けつけ、時には被災者の為に自らの別荘すらも提供している。

 だが、近年になると島国で暮らす人々の集団意識の中では、昔よりも天皇陛下の存在感が薄れてきていた。日本の新聞では中身のないゴシップが並び、最近では「雅子殿下精神的苦痛、皇太子殿下が他の宮様と論争」といった見出しが紙面を飾った。

 日本では政府と東京電力の無策によって福島の原子炉が制御不能状態に陥り、東京を含め日本人達は福島から風に乗って飛来する放射性物質による被爆に怯える事となった。そうした中で、日本人は自らの精神的支柱として天皇陛下にすがる様になったのである。

「耐え難き・・・」は続く

 現在の日本の状況は、1945年8月における終戦間際の東京を彷彿とさせる。陸軍首脳部と海軍首脳部、そして陛下を補佐する文官達は、数週間の内に大日本帝国が降伏せざるを得ないと認識していたが、それを決断出来なかった。。首脳部の人間は誰しもが責任を取りたくないと考えており、しかも降伏を実行に移す力がなかったのだ。そうした中、降伏を決断し実行したのは実権を持っていないはずの昭和天皇だった。玉音放送によって、天皇は「耐え難きを耐え・・・」と国民に呼びかけたのだ。日本人が神と崇められる自国の君主の声を聞いたのはこの時が初めてだった。・・・そして放送後、国民や兵士は武器を置いたのである。

 現在、福島原発の陰に怯える日本人は再び国民を導いてくれる人物を求めている。無能なる政府の"妥協"とは違う人物だ。・・・木曜日、東京の石原慎太郎都知事はテレビの前で水道水を飲み、安全性をアピールした。だが、東京の市民達はこぞってミネラルウォーターを買いに走ったのである。

 そしてこの頃、国民は国難に直面した日本の最後の希望として天皇陛下を頼るようになったのだ。

 忠平敏弘(64歳)さんは息子の勇人(29歳)さんと共に皇居を訪れた。天皇陛下から国民に向けられた励ましのお言葉をテレビで見た敏弘さんは、特に最近は何も信頼出来ない状況だった為、とても感動したと語った。

「天皇陛下は常に我々国民と共にある」

 忠平さんはダイムラー傘下の三菱FUSOに勤めているが、現在部品が供給されていない為、仕事が出来ない状態だと語った。そして皇居に入ると、「天皇陛下は御歳を召されており、体も弱くなっておられる。だが、陛下は常に我々と共に居てくださる。」と語った。

 難しい言葉を使われていないにも関わらず、天皇陛下の言葉は国民を感動させた。ただ静かに共にあるという事を示したのだ。皇居では必要な時(公務等)以外電気を使わないようにされておられる。これは陛下が自らお考えになって行動したものだった。現在、皇室が夏に使用している別荘では、地震や津波で被災した人々がお風呂に入れるようになっている。また皇室の宮内庁病院では被災者の受け入れもなされているのだ。

 陛下は自ら出来る限りの事をしたのだ。・・・例え国民が陛下の為に何かをせずとも、陛下のお気持ちを汲むような事が無くてもである。今上天皇のお父上、昭和天皇は戦後アメリカによって神としての地位から降ろされ、1946年には民主的な憲法が制定され「国の象徴」となった。そして日本においては、言葉よりも行動が人々に共感されやすいのだ。

 しかしながら、一部の日本の国粋主義者達によって、こうした陛下のお言葉も利用されかねない。その為、陛下は日本神道の長として行動し、皇居の中で国の為、国民の為にただ祈るしかないのである。

「国民と共に」

 こうした事は古来から日本では普通であった。何世紀にも渡って、帝は京都という都で隠居の様な生活を送っていた。これが変化したのは1868年の明治維新によって東京が新しい首都となり、陛下を政治上の権力者として中央に立てた時だけである。そして国民は神聖なる君主と天皇を崇めたのである。

 震災後、日本のインターネット上では天皇陛下が放射能から逃げる為に東京から京都に移ったという噂が飛び交っていた。この時、京都御所ではセキュリティーが強化されており、陛下の動向はメディアで一切報道されていなかったのだ。

 天皇陛下が首都から御所を移されるのは先の大戦以来二回目となる。だが、宮内庁はインターネット上の噂を否定した。天皇はまだ東京にいらっしゃると語ったのだ。こうした状況の中、立憲君主制の国で皇族が逃げるなどと言うのは実際には想像し難い事だからだ。

 「Kokumin to tomo ni」・・・「gemeinsam mit dem Volk」、これは天皇陛下と皇后陛下の信条であり、お二方が即位して以来、ここまで日本国民が陛下を求めたことは今まで無かっただろう。

 ・・・現在、大都会東京は未だに怯えている。そして最後の望みは天皇陛下なのだ。

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<以下、ドイツのネット住民のコメント>

1:Emil Ule
大統領(ヒトラー総統の事、逮捕されるからぼかしている)を失ってから、ドイツは国民の道徳を導く象徴的権威の重要性を忘れてしまった。多分、メルケル首相も日本と同じような状況になったら窮地に追い込まれるまで首相を続けると思う。

8:horstma
>>1
どの総統を失ったって・・・?日本のような状況の中で、メルケルが勤めを果たしていたのであれば俺は賞賛するよ。ドイツは日本みたいな宗教染みた個人崇拝が無くなって俺は喜ばしい事だと思うね。クジラを無差別殺戮しているような日本の何処に国民の道徳を導く象徴がいるっていうんだ?そして消防士を放射能に汚染された地域に強制的に派遣するような国のどこに道徳が?

14:Magentasalex
>>8
俺はいつも日本人ってのは寛容で従順な人々なんだなって印象を持っている。ドイツ人よりも全然辛抱強い。だってそうだろ。今まで日本でデモが起きたなんて聞いたことないし読んだこともない。(もちろん、外国の話だから報道されていないだけかもしれないけどな)。だけど、海外で報道されるほどの大きなデモは無かったと思う。

9:Nonvaio01
>>8
日本の場合、国民が消防士達に原発での作業を頼んでいる。それは強制ではないし、消防士達の心にあるのは命を懸けて国を助けるという名誉心だけだ。ドイツの場合、こんな事は起こらない。なぜなら、ドイツには名誉の為になんて言葉はもう存在しないからな。ドイツには利己主義しかない。日本人の場合、天皇に関してはかなり敏感だ。彼らは天皇を愛しているしタイ王国のように君主を尊敬している。
日本を他の国と同じように見たら駄目だ。日本では英国王室のような現代における君主制を利用した演説は行われない。日本の個人崇拝は、脈々と受け継がれてきた歴史、伝統に起因しているだけだ。

10:Loewe_78
>>9
ドイツだって消防士が命を懸けて人を助けるというのは名誉の為だと思うんだけどな。
ドイツだけじゃない。世界中そうだよ。名誉が~なんて言葉を使うなんてナンセンスだ。

13:merkelmonster
>>10
君の言う事の方がナンセンスだね。俺は消防士の友達がいる。彼は例え呼吸が出来ない火の中だろうと救助に向かう。でも、メルトダウンしている原発に行けって言われたらどうする?って聞いたら、「家族を連れて車に乗って逃げる。家族の為に」だってさ。こう考えているの俺の友達だけじゃないんだぜ・・・。

<後略。続きはTrans Viennaさんの元記事をご覧下さい>

※王室のない国の方々には天皇陛下のことはなかなか理解しにくいでしょうね。てか、日本人でも理解してない人けっこう多い……?(T^T)
小さな国々から恩返しの「ありがとう」(産経8/9)
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 【画像=モルディブの首都マレの港を囲む消波堤。日本の支援で建設され、インド洋大津波でも大きな被害から国民を守った。ツナ缶60万個はその恩返しだった=2006年11月(渡守麻衣撮影)】

 東日本大震災で日本に寄せられた「善意」は小さな国々とその国民にも広がった。貧しくとも、子供たちはわずかの蓄えからコインを差し出し、歴史的な日本への思いを表した国がある。かつて大災害を受けた国はその経験で独自の支援に乗り出した。91カ国・地域が175億円以上の寄付金を表明し、日本赤十字社が海外から受け付けた寄付金は約386億円に上る。支援の形は異なるものの、そこに共通するのは日本が国際社会と築いてきた「絆(きずな)」である。

 親日国が多い太平洋島嶼(とうしょ)国の1つ、トンガ政府からの20万パアンガ(約900万円)と別に現地の小学校の児童が5月5日、校長と日本大使館を訪れ、99パアンガを寄付した。

 「日本からもらったものと比べると本当に少ない金額だけど、日本に神のご加護があるよう親愛の気持ちを込めて贈ります」

 添えられたメッセージには、そう記されていた。

 児童が使う学校の教室やトイレ棟は日本の支援で整備された。寄付金は児童からの恩返しだ。「小遣い」の習慣がない同国で、子供はお使いの釣り銭の一部をもらうなどして貯金する。蓄えた1パアンガで飲む缶ジュースはたまのぜいたくだ。集まった寄付金は50セント硬貨(1パアンガ=100セント)が大半だった。

 アフリカ西部マリでは政府が3千万CFAフラン(約600万円)を寄付したが、4月、南部の村民が日本の支援でつくられた橋の引き渡し式の際、突然、10万CFAフランを手渡し、出席した日本の川田正博大使を驚かせた。質素な生活を送る村民には大金だ。

 村民は村にいくつかしかないテレビを共同でみて、日本の被害を知った。「自国の復旧を差し置いて日本は支援の約束を果たした」。村民の目にはそう映った。橋は被災地の復興も祈って「KIBOH BASHI(希望橋)」と名付けられた。

 過去60年で最悪レベルの干?(かんばつ)で今、食料危機が深刻なアフリカ東部のエチオピアからも「善意」が届いている。1人あたりの国民総所得が330ドルという最貧国のひとつにもかかわらず、政府が企業などに呼びかけて544万ブル(約2500万円)が集まった。

 「日本は昔から重要なパートナーだ」

 首都アディスアベバで6月23日に行われた寄付金贈呈式でハイレマリアム副首相兼外相はこう述べた。

 日本とは約80年の古い外交関係にある同国は帝国主義時代、欧米列強に抵抗してきた歴史を持ち、その際のモデルが日本だった。当時は学校で日本の近代化について教えられたほどで、今も高齢者ほど日本への思い入れは強い。

 寄付金ばかりではない。インド洋の島国、モルディブは約60万個ものツナ缶を日本に届けた。2004年のインド洋大津波で、長期保存可能なツナ缶が被災住民の貴重な食料となった経験を踏まえての判断だ。

 主に輸出用のツナ缶は、国内では1個が1人の外食費の数回分に相当する高価な品物だ。大量のツナ缶を用意する費用を工面するため、同国は3月中旬、チャリティー番組をテレビ・ラジオで企画。36時間に及ぶ放送を通じて約900万ルフィヤ(約5千万円)が集まった。

 モルディブにとり日本は最大の支援国。インド洋大津波では、首都マレのある島の被害が日本の援助で整備された護岸で少なかったこともあり、恩返しの機運が高まった。

【9・11から10年】米中枢同時テロと重なる東日本大震災 祖国に思い寄せる在NY邦人たち(産経9/8)
 【ニューヨーク=黒沢潤】米中枢同時テロから10年、また東日本大震災から半年の11日をニューヨーク在住の日本人は特別な思いで迎えようとしている。

 「永遠に忘れない」。ニューヨーク岩手県人会の岩崎雄亮会長(66)は“あの日”のことを静かに語り始めた。震災後、極寒のニューヨークの街頭で募金活動をしていたときだ。県人会員が声を張り上げていると、ボロをまとい穴の開いた靴を履くホームレスの黒人男性が3ドルを寄付した。

 「私は一晩食べなくても大丈夫。だが日本の被災者は私と違い、明日も次の日も食べ物がないのだろう」

 黒人男性が見せた深い思いやりは、ひたすら故郷を思い、支援を訴えた人々の心に感動を引き起こした。

 岩崎氏は「たとえホームレスであれ、自分より困った人に手を差し伸べることに感激した」と振り返る。

 会員らは募金活動中、多くの米国人から「同時テロの際、日本に助けられた。恩返しです」と言われ、震災とテロによる心の傷が両者を結び付けているとも感じた。

 10年前のテロ後、邦人の米国での献身的な行為は地元で感謝された。米滞在10年以上になる会社員の森佳子さんは、テロ発生の直後、「まずは献血を」と現場近くに駆け付けた。

 森さんは今年3月の震災発生時も、日本行きの航空機に飛び乗った。11日に100歳の誕生日を迎えた祖母を励まそうと思ったからだという。

 母国の惨状を目に焼き付けてニューヨークに戻り、4月に金融機関に就職すると、初任給を被災地に寄付した。森さんは「すべてを失った被災者と違い、私は仕事の機会に恵まれた」と語る。

 米在住の東北人の中には、震災にいてもたってもいられず、「マッサージをして差し上げたい」と、帰国した指圧師もいたという。
(以下略)

キーン氏「私から日本をとったら何も残らない」(読売9/3)
 東日本大震災を機に日本国籍の取得を決意し、1日、成田に到着したドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授(89)が2日、東京・北区の自宅で読売新聞のインタビューに応じた。

 「東北は必ず、復興する」。そう信じる理由などを語った。

 3月11日直後は、ニューヨークでテレビ画面を通じて「黒い津波」の脅威に打ちのめされた。しかし、「家が流されても取り乱さず、人を思いやる日本人の姿を見て誇りがわき上がった。私から日本をとったら何も残らない。日本人として残りの人生を生きたい、と強く思いました」

 大地震、台風、洪水。災害の多い日本では、「すべては移り変わる」という仏教的な無常観が根づいているが、「不思議なことに、和歌や物語には古来、地震や津波がほとんど出てこない。自然の無慈悲を嘆いて廃虚のまま放っておかないで、何度でもそれまで以上のものを立て直してきた。それが日本人です

【震災】津波で流れた金庫の23億円返還に欧米驚き(テレビ朝日8/19)
 東日本大震災で、津波で流された5700個もの金庫が警察に届けられ、23億円近い現金が持ち主に返されたことに欧米のメディアが驚いています。

 イギリスの新聞「デイリーメール」は、「イギリスが略奪に頭を抱えているなか、日本人の誠実さが証明された」と自己批判を交えながら絶賛しています。アメリカのオンラインニュースサイトも「災害の後は略奪がつきものだが、日本ではその逆のことが起きている」と報じています。

※このニュースを知った方々の反応について、【海外の反応】パンドラの憂鬱さんが、Japan Earthquake: Ethical Residents Return $78 Million From Rubbleという記事からコメントをいくつか翻訳して下さっていますので、引用させていただきます。

keysbreezin
 日本は文明社会の理想形だな。
 日本の次にそれに当てはまるのは……
 うーん、他の国々はダメだな。

dbrockskk
 それが日本人なんだよ。
 不名誉な行いは、当人や家族の恥になるから。

Yanni Sarah
 これが日本人とニューオーリンズの人々との差だよ。
 僕の発言を、差別だとかそんなふうに呼ぶ人もいるだろう。
 だけど、本当にそうなんだよ。
 90年から95年までの5年間、二十代の僕は日本に住んでいたんだ。
 僕達の不誠実で無謀な社会は、日本には全く敵わないと実感した。

 ニューオリンズの人々は、日本からいくつかの大事なことを学ばなければいけない。

whudmel
 俺たちは、日本人の正直さや誠実さから学ぶ必要があるようだね。
 何パーセントのアメリカ人が同じような事をするのか、本当に疑問だ。
 
tittle
 じゃあ、俺たちはどこへ向かい、どこに行き着けばいいのかね?
 後ろに下がって、日本から何か教わるべきなのか?

jsumnersum
 俺は日本での仕事を終え、明日この国を去る。
 一年間名古屋に住んでいたんだけど、
 日本人ほど正直で倫理的な人々とは、今まで出会ったことがなかった。
 地下鉄で財布を落とし、長時間経った後でも
 そのままの状態で残されていたという経験をした人々を知ってるんだ。
 本当に信じがたいよ!

 俺たちは彼らから学べるはずだよ。
 日本は最も高度に組織された、最もマナーに優れた社会を持った国の一つだ。

beerbagger
 名誉と自尊心からなのかな……?

jbon911647
 日本は一枚岩の強固な社会だからね。それと関係してると思う。
 もちろんそれだけが理由というわけじゃない。
 彼らの文化の基盤は、集団主義だ。
 アメリカの文化は完全に個人主義である一方でね。

Bill Hummel
 プライドのためなんだろうな。

pst2868
 90年代、日本のホテルの僕一人しか客がいないレストランでディナーをとっていた。
 僕は会計を払い会えた後で、チップをテーブルに残していったんだが、
 店のドアに手をかけようかというところで、肩を軽く叩かれたんだ。 
 振り返ると、ウェイターがそのチップを僕の手に返してきた。
 日本にはチップの習慣がなく、受け取るのはよくないことなんだって。
 シンガポールでも似たようなことがあった。
 この二カ国の人々は、僕が今まで旅行中にあった中で最も倫理的で礼儀正しい人々だよ。

oceanview136
 日本人と一緒に仕事をした経験は、僕にとって大きな喜びだったよ。
 日本人のようにモラルがあり、誠実で、正直な人々を
 他に見つけるのはとても苦労すると思うよ!!!


tgrade1
 日本人は驚くほど正直な国民だよ。
 70年代に一ヶ月そこで過ごしたんだけど、
 ある日地下鉄でお札を落としたことがあったんだ。
 現代に換算すれば100ドルくらいの価値があったと思う。
 駅から3ブロックほど離れたところで肩を叩かれた。
 その日本人は英語が全く話せないのに、
 僕がお金を落としたことを悟らせ、
 そのお金を僕に返してくれたんだよ。
 そこは彼が降りる駅ではなかったのにも関わらず、
 僕にお金を届けるためだけに電車から降りてくれたんだ。

 この体験は、絶対に忘れられないね。

   PeeWeesHerman
    その日本人は英語が話せないのに、
    なぜそこが彼が降りる駅じゃないって分かったの?

   Anrui Ukimi
    想像するに、その男の人が駅の方に戻っていったんじゃないの?
    それか、tgrade1さんが日本語を喋れたのかも。

peblejim
 日本には第三世界からの移民がいないからね。

NRAMember2008
 ワオー。これは素晴らしい話でも、驚くべき話でもあるね。
 この世界に、そんなに多くの正直者がいたなんて考えたことがなかったよ。

John C75
 これだから、アメリカは世界一偉大な国だとは言えないんだよ。
 もちろん、アメリカにだって高潔な人間は実際にいるとはいえ。
 もしここで同じような災害があれば、略奪は大きく広がり、
 そしてわずかなお金が帰ってくるばかりだろう。
 日本人は、何が本当のモラルなのかを理解しているようだね。

warrencoons
 日本人は、名誉の意味をいまだに覚えているんだね。

blueagle8u
 日本は世界で最も文明化された国だ!!!

Sarah Guyer
 こういった話をアメリでももっと聞きたいものだな。
 哀しいかな、アメリカには倫理なんてもう残っちゃいない。
 日本の為に祈るよ!

Belisario H Romo
 日本人に心から敬意を表する。なんて素晴らしい模範なんだろうか。

pachonette
 これは誠実さと正直さのストーリーだよ。
 今ではアメリカでは見られなくなってしまった。
 絶対見れない……。ダメ、無理、不可能!!!!

tammyida
 日本は他の国が従うべき好例だね。
 何ていう誠実さをこのワンダフルな人々は持ってるんだ……。

Meiling Yan Mcwilliams
 これは私の主人の話なんだけど、彼がビジネスで日本に行ったときに、
 日本人の同僚にご飯を誘われたんだって。
 私の夫が荷物を持って行こうとしたんだけど、
 日本人の同僚は、「駅の脇道にでも置いておけば大丈夫だよ」って。
 言われたとおりにして数時間後に戻ってみたら、
 そのままの状態で主人たちの荷物がそこにあったんだって。


iphanie
 親愛なる日本の方々へ
 どうかこちらに来て、アメリカ人に誠実さと正直さの意味を教えてくれませんか?
 まずは銀行家から、そして最後に政治家に教育をお願いいたします。


dwarn38017
 素晴らしい文化……。この言葉だけで十分だろ。

phmcgrath
 俺の財布も戻って来い!!

   zach7685
    www

squall41269
 日本だけで起こり得ることだな……。
 アメリカじゃ無理だ。「お金? よし拾ってさっさと逃げろ!」
 ……何が本当に大事なのかを考えさせられるな。

waikswithspirits
 そして俺たちは、アメリカは規律正しい国だ、なんて言ってるんだ……。
 アメリカは確かに、一つや二つ、この誇り高き人々から教わる必要があるな。


Tatiana1977
 印象的な話だな。日本人に敬礼!

abudotcom
 日本人に賛辞を送らせていただくよ。
 もし皆が皆こうだったら、世界はよりよいものになるんだろうに。

「フクシマの英雄たち」が受賞 スペイン皇太子賞(共同通信9/8)
 【パリ共同】スペインのアストゥリアス皇太子基金は7日、今年の同皇太子賞の「共存共栄賞」を福島第1原発事故の現場で、事故の拡大を防ぐため献身的な働きをした東京電力やその下請け作業員、消防、自衛隊員らの「フクシマの英雄たち」に授与すると発表した。

 同基金は授賞理由を「勇敢で模範的な行為」とし「自らの命を犠牲にしてでも津波による原発の惨禍を避けようと闘った。彼らは人間としての卓越した価値を示してくれた」と評価。

 「彼らのなしたことは、日本社会に根付く義務感、逆境での品位、謙虚さ、寛容、勇気のたまものだ」と称揚した。

【外信コラム】ソウルからヨボセヨ 感動と激励の短歌集(産経10/8)
 何ごとぞまさしくこれは何ごとぞ世の終末か言葉失う
 惨事にもなお慎ましきその列は切なる祈り吾らへの教示
 危機の中さらに際立つ真(まこと)の美日本の配慮と忍耐こそは

 韓国人として初めて日本の宮中歌会始に招かれた歌人、故孫戸妍(ソン・ホヨン)さん(1923~2003年)を母に持つ詩人、李承信(イ・スンシン)さんが最近、東日本大震災の日本人に思いを寄せた詩集『花だけの春などあろうはずもなし-短歌で綴(つづ)る日本人への手紙』を韓国で出版した。

 彼女はソウルで“文化空間”としてギャラリー・レストラン「ザ・ソホー」を運営。短歌を通じ日韓の理解と和解を詠み続けた母の志を継ぎ、これまで母の歌集の韓国語や英語への翻訳出版、朗読会やコンサートなど記念イベントを開き、2008年には日韓文化交流基金賞を受賞した。

 歌詠みの母なら君に伝えしを同じ痛みを分かつ心を
 その節制、忍耐、配慮、その毅然、亡き母の内に吾見たるもの
 大人なら心で泣けと諭し母心で泣く君見て思い出す

 日本人を「君」と呼びかけ感動と激励を詠んだ短歌は約200首。韓国語訳も付いている。

 先駆けて進む国のみ示しうる犠牲と毅然(きぜん)言葉少なに
 一握の光かざして踏み出せばすでに遠くにかすむ悲しみ

(黒田勝弘)

■俳句集で震災復興支援(産経9/22・文化面)
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 東日本大震災の甚大な被害をイランのテレビで見て「できることはないか」と考えた。テヘラン在住のゴドラトッラー・ザーケリーさん(35)は5月、復興への祈りをテーマにテヘランで句会を開催。そこから約50句を収録した「HAIKU集 希望」を編さんし、約600部を抱えて来日した。

 「日本で大地が揺れた 世界では たくさんの心が揺れた」

 ペルシャ語の句を、アジア経済研究所のイラン研究所、岩崎葉子さんと協力して訳した。「宮城県の避難所で、読んだ女性が涙を流してくれた。もっと多くの人に届けたい」。被災地の図書館など配布先を探している。

 テヘラン大学で日本文学を専攻。卒業後間もない平成15年にイラン南東部バムで大地震が起き、日本赤十字社の医療チームの通訳を務めた。

 親族全員を失った男性にどう接したらいいのか、皆が悩んでいたとき、熊本から派遣されていた医師がテントに落ちる雨の音を俳句にした。

 「がれきの中でも雨の音はまた楽しいという一句だった。その句が与えた希望の力は忘れられない」

 日本文学研究者として俳句や小説などのペルシャ語訳を手掛けてきた。イランの俳句は五七五でなく、3行程度の短詩。インターネットの交流サイト「フェイスブック」には約600人の愛好者が登録しているという。

 「イラン人にもっと俳句を広めたい。日本人のように自然に敬意を払い、相手を思いやる心を伝えたい

 句集の問い合わせは国際交流基金 電話03・5369・6071。

サダット・レザイ・モハマッド・アリ=イラン人。1964年(昭和39年)生まれ。東京の日暮里でペルシャ・トルコ料理レストランを経営。日本滞在期間18年。
 国籍はイランだけど18年日本に住んで、もう私の思いは日本にある。今度みたいに皆が食べ物に困ったとき、私は食べ物を提供することができる。食べ物屋として皆の役に立ちたいし、自分の務めだと思っているよ。だから私はこの仕事を離れないで何があっても日本に、この地に居続けようと思っています。

 地震の後、家賃払ったりスタッフの給料、食材買ったりで、この2ヶ月で私は1年分の貯金をほとんど使ってしまった。でもスタッフを減らしたり店を閉めたりはしない。それは新たな社会の問題を作り出すことになるから。続けられるだけ今の状態でやって、スタッフを困らせるようなことはしないで頑張ります。

 今、世界中から日本に支援が来たり、援助物資が送られてくるけど、それは今まで世界中のどこかの国で大きな災難があったときに、日本がいろんな形で助けてきたから、その感謝の気持ちが届けられてきているのだと思う。私はかつて13ヶ国を回って焼き物の皿や器の商売をしてたけど、どの国に行っても日本製品の優秀さを皆が高く評価していた。その国にこんな大地震や大津波が起きて、どの国の人たちも心から心配して助けたいとしていると思います。国民の平均収入が少なくて1日2ドル3ドルで生活しているアフガニスタンで、一般の人たちから35万円もの義援金が集まったと知って本当に驚いた。

〈中略〉今回の震災で被災した人たちは皆な悲しんで苦しんで、これからの再建は大変だと思うけど、世界中で日本くらいこういう災害に対して早く復興できる国はない。他の国の何倍もの速さでインフラを整え、道路や建物を再建し町を復興させていく。日本の復興力への信頼は、とても大きい。被災者たちが冷静で落ち着いていることに世界中が驚いたのは、国民性もあるとは思うけど、必ず国が護ってくれる、助けてくれる、放ってはおかない、という強い信頼があるからこそパニックになったり、泣き叫んだりしないのだと思う。

 今は原発の事故などで大きな不安があるけど、必ず日本の国は早い時期に復興します。また国民には復興を信じてやり遂げる力と気持ちがあります。国も国民を守るけど、国民みんなも大きく助け合って支える。国民みんなが日本という国に信頼感を持っているからこそ、みんな騒がないでいられる。

 今、両陛下が被災地を慰問して回ってるけど、陛下から優しく慰められたり励まされると、お金や品物には代えられない大きな力を与えられる。お見舞いを受けた人たちは、みんな心から喜んでいて、私なんかもよかったなぁ、と思うね。

ギミル・ハリ・パラサド=ネパール人。1985年(昭和60年)生まれ。敬愛大学国際学部に留学中。日本滞在期間通算約4年。
 日本は、必ず元のように元気になれます。私はそう思っています。日本人には頑張る力も優れた技術もある。お金も集まってきている。こんなに大きな災害にあっても、今もこの国は動いています。もしネパールでこのくらいの地震がおきたら、国の80%はダメになっているでしょう。津波に町は流されました。東京もすごく揺れました。でも地震でビルは倒れなかった。日本の技術が優れているから。日本人はやると決めたらやれる人たちだから、政府から具体的にこうしましょう、という発表があれば、国民みんなで頑張って、もっと強い国、もっといい国を作ることもできます。必要なのは「がんばろう日本」の何を頑張るか、具体的にわかることだけです。

〈中略〉有楽町駅前の地下のマクドナルドで働いているとき、地震がきました。3時にシフトが終わる直前で、調理をしていました。ポテトの油が大きな波になって溢(あふ)れそうでした。もちろん私はすごくびっくりしました。しかしけっこう込んでいた店内では、パニックになってる人はいなかった。まだ食べ続けている人もいました。ずっと揺れていて危ないので、お客様にコーヒー券を配ってお店から出ていただいてから、本社に連絡しお店を閉めました。

〈中略〉外に出てきたら周りのビルから人がみんな出てきていて、道はもう人でいっぱいでした。木も揺れていてみんな不安そうに上の方を見たりしていましたが、騒いでいる人がいなくて不思議でした。電車が止まって、千葉の家まで帰るのは無理だとわかったので友達の家がある亀戸(かめいど)まで歩いて行くことにしましたが、そう決めるまで有楽町から東京駅まで行ったり来たりしているとき、道にも駅にも溢れている大勢の人たちを見ました。みんな静かでマナーも良かったので私は驚き、携帯電話でその様子を写真に撮りました。隣の駅まで続いている長いタクシー待ちの行列、駅の中とか。そして「日本人の礼儀」という題をつけて後でフェイスブックに載せました。世界中の人たちに見せたいと思ったからです。

 日本がまた元気になれると私がなぜ考えるのか、こういう例があります。15日くらい前でした。別のアルバイト先のコンビニに、夜、小さい男の子が一人で買い物に来ました。家族はお店の外にいたみたいです。レジの前には、被災地の写真が貼ってある手作りの大きな募金箱が置いてあります。その子供はレジの前でこっちの手にお菓子、もう一つの手に百円か二百円くらいお金を握って、大きな募金箱をじっと見て、一生懸命何が書いてあるのか字を読んでいました。それからその子供は、お菓子を棚(たな)に戻しにいって、小さい手に握っていたお金を募金箱に入れたんです。それを見て、私の目に涙が出ました。レジにいた私は急いでその子が戻したお菓子を買って渡しました。日本では、こんな小さい子でも誰かのために自分から募金する。こんな国だから日本はきっと大丈夫だと、私はそう思います。

石川翔龍(いしかわしょうりゅう)=中国人。1966年(昭和41年)生まれ。日中言語文化学院校長。来日した中国人に日本語を教えている。日本滞在期間20年。
 3月11日の東日本大震災の当日、初めの本震が来たときは、当校の教室は縦に細長いビルの5階ですので、かなり大きく揺れました。ちょうど授業中でしたが、生徒たちは突然立ち上がり、大声を出す者や泣き出す者もいました。それから何度か揺り戻しがありましたので、教室の中はパニックのような状態が続きました。

 しばらくして揺れが落ち着いたのを見計らって、私は生徒たちと連れだってビルの階段を下りていきました。極度の緊張のためか生徒たちのある者は途中で足がすくみ、またある者は恐れから急いで駆け下りようとしていました。なかには、校長の私に頼りたいと思ってか、私の腕を強く掴んだり、私に負ぶさってくる者もいました。

 ところが、ビル内の上のフロアーから下りてくる日本人の会社員たちは、落ち着いた調子のゆっくりとした足取りです。私たちの先を下りている日本人たちの何人かは、後ろを振り返って大丈夫かと聞いてくれたり、階段を譲って私たちを先に通そうとするのです。日本人はまだ年が若い人でさえ譲ってくれるのを目の当たりにして、中国人の生徒たちはようやく落ち着きを取り戻し、安堵したといった仕末でした。

 今回の地震はビルが倒れるのではないかと思えるほど揺れが強く、危ないと感じました。多くの日本人にとって、特に若い人にとっては初めての経験であり、同じように感じたはずなのに、怖がる様子もなく、あまりにも落ち着いていて実に驚きです。ビルの外に出て目に入ったバスやタクシーを待っている日本人たちも、行列に順序よく並び、落ち着いてメールや新聞を読んでいました。非常時にもかかわらず、割り込みがなく、まったく混乱が見られないのが不思議なのです。

 後日、歩いて帰宅した生徒たちから、当日の徒歩帰宅者たちは心配事など互いに声を掛けることもなく、整然と静かに歩いていたと異口同音に聞かされました。この落ち着きはなんなんでしょうか。階段を下りるときも、バスやタクシーを待っているときも、歩いて家に帰るときも、不思議なぐらい落ち着いているのはなぜか。なんでこのようにできるのかを知りたいです。日本人は、心配しても何も変わらないので成り行きに任せているのでしょうか。怖がって逃げても何も解決できないので、逃げてどうするの?って思っているのでしょうか。仮に怖くても、怖さを人に伝えない忍耐強さ、心の強靭(きょうじん)さを感じます。

震災支援感謝の遠泳 台湾に到着(NHK9/19)
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 東日本大震災で多額の義援金を贈ってくれた台湾の人たちに感謝の気持ちを伝えるため、沖縄の与那国島から泳いで台湾に向かっていた被災地出身の若者らが19日、無事に台湾の海岸に到着しました。

 台湾に到着したのは、福島県出身の大学生を含む6人の若者で、17日に沖縄の与那国島を出発し、30分ごとに交代しながら、およそ110キロの距離を2日間かけて泳いできました。6人がゴール地点の台湾東北部の蘇おう*に近づくと、出迎えた台湾の人たちおよそ170人も海に入り、若者らと一緒に泳いで砂浜に上がり、抱き合って祝福しました。

 6人は、東日本大震災で日本円にしておよそ180億円の義援金を贈ってくれた台湾の人たちに感謝の気持ちを伝えるため、今回の遠泳に挑戦し、福島、宮城、岩手の各県の知事から台湾の馬英九総統に宛てたメッセージも携えてきました。

 台風15号の影響で海上は波が高い状態が続きましたが、6人はいずれも元気な様子で、ゴール地点で開かれた歓迎式典で、リーダーの鈴木一也さんは「とても長い旅でしたが、台湾の人たちの笑顔を見て疲れが吹き飛びました」とあいさつしました。メンバーの1人で被災地の福島県相馬市出身の山田浩平さんは「震災の影響で水泳ができなくなっている被災地の子どもたちに、勇気を届けたいと思って泳ぎ切りました」と話していました。(*「おう」=さんずいに奥)

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 最後に紹介した「震災支援感謝の遠泳 台湾に到着」について補足を。

 日本の若者らが台湾の海岸に到着した9月19日夜、NHK「ニュース9」はこのニュースをトップで伝えました。中共万歳のNHKが何とも珍しい。アリバイ工作かもしれませんけど。

 本文にもあるように、今回の「日台黒潮泳断チャレンジ2011」では、被災県の知事から託されたメッセージを台湾の馬英九総統に届けることも重要な任務でした。

 それがアダとなったのか、計画が発表された当初から台湾のネット住民にはかなり不評だったようです。
 曰く、「メッセージを渡す相手を間違ってる」「来てもいいけど馬と握手だけはやめろ」「馬は中国人、台湾人じゃない」等々。
 うーん……、ちょっと複雑な気分(T^T)?

 詳細は台湾への感謝の気持ちを行動で。与那国島から台湾までを泳いで感謝をお届け!台湾の反応。(mantou's ちうごく新聞8/19)をご覧下さい。


 ……というわけで、第32弾につづく……!!


※拙ブログ関連エントリー
【一覧】外国人から見た日本と日本人

※拙ブログ関連エントリー(震災関連から抜粋)
4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
4/4付:独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた
4/23付:画像で見る東日本大震災 - 希望 -
5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
5/21付:-言葉の力 - PRAY FOR JAPAN&朝日新聞縮小版東日本大震災
6/18付:保守系識者諸氏が見た震災(2)
9/10付:自衛隊を鼓舞した被災地の子供たちの手紙
9/20付:後世へ残したい!陸前高田の女子高生の震災体験談

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