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昭和天皇の涙…二つの位牌を手にした少女

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 間もなく66回目の終戦の日がやって来ます。

 日本のために犠牲になられた英霊に対し心より感謝と哀悼の意を表するとともに、犠牲になられた全ての国民の皆様に哀悼の意を表します。

 脈々と受け継がれてきた日本の国柄を次の世代に繋げていけるよう、私も微力ながら努力を続けていこうという決意を新たにしているところです。


 さて、先日、昭和天皇の戦後の御巡幸について少し書かせていただきました。
 今日の記事はある意味、その続編ということになろうかと思います。

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 昭和21年2月に始まった昭和天皇の戦後の御巡幸は、GHQの中止命令により、昭和22年12月をもって一旦中断されます。

 再開されたのは昭和24年5月。九州への御巡幸です。
 この九州御巡幸は、「奇跡」ともいうべき大成功のうちに幕を閉じました。

 御巡幸先の中には、後に専門家が説明に窮するほどの増産を果たした炭鉱や工場が軒並み出るなど、大いに日本の復興を後押しする成果をもたらしたのです。

 また、佐賀県基山町因通寺では、まったく別の、胸の詰まるような「奇跡」が起きています。
 この場合、「奇跡」は御巡幸先だけでなく、昭和天皇の側にももたらされました。

 このお寺には洗心寮という引き揚げ孤児の寮がありましたが、戦災孤児や引き揚げ者の境遇を気にかけておられた昭和天皇は、ここを佐賀県での最初の御巡幸先にされたのです。

 その洗心寮で見られたのが次のような光景でした。
 
 
【寮に入るなり、天皇は子どもたちに親しく声をかけつつ進んだ。
 子どもたちも、この優しげな紳士をいたく気に入ったらしく、ゾロゾロと後をついて回った。

 天皇は、禅定の間といわれる部屋の前で足を止め、ある女の子を見つめて時を忘れたように佇んだ。

 侍従長は心配になった。
 京都御所発輦(はつれん)以来、一日の休みもなく巡幸を続け、洗心寮は福岡県から佐賀への入境早々の行幸先だった。
 ふいに胸が高鳴る。

 が、やがて天皇は引き込まれるようにして話しかけた。
 見ると、女の子が手にしていたのは位牌だった。

 「お父さん、お母さん?」

 天皇は話しかけた。
 位牌は二つだった。

 「はい。これが父と母です」

 女の子は答えた。

 「どこで?」

 「父はソ満国境で、母は引き揚げの途中です」

 「お淋しい?」

 女の子は口元を引き締めた。

 「淋しくありません。私は仏さまの子どもですから」

 天皇は少し驚いて女の子の目を見つめたが、女の子はひるまずに続けた。

 「仏さまの子は父にも母にも、お浄土でもう一度、会えるんです。だから父や母に会いたくなったら、私は仏さまに手を合わせます。そして父と母の名前を呼ぶんです。すると父も母も、私のそばにやってきて、私をそっと抱いてくれるんです。私は淋しくありません。私は仏の子です」

 天皇は女の子をしばらく見つめたあと、部屋に入った。

 右手の帽子を左に持ち替え、空けた右手で女の子の頭をゆっくり、時間をかけて撫でつつ、なおも話しかけた。

 「仏の子どもはお幸せね。これからも立派に育ってくださいね」

 言うなり、大粒の涙が一つ、二つ、こぼれ落ちる。

 すると、ふいに女の子は呼んだ。

 「お父さん?」

 そこにいた大人たちは、言葉をなくして顔を覆った。
 海千山千の新聞記者までが、嗚咽を抑えられない始末だ。

 もはや天皇はあふれる涙を隠そうともしない。

 天皇にはこらえられぬ事のない剛の風を備えた武人の一面もあった。
 が、この時ばかりは、ついにこらえるのをあきらめてしまったようだった。

 寮を去るまで付いてきてしまった大勢の子どもたちに見送られ、天皇は因通寺を後にした。

<「日本の天皇―国難と天皇の歴史」(徳間書店)第一部 日本人として知っておきたい「国難」と天皇の歴史(監修/松崎敏彌)より>】



 皇居にお帰りになられた昭和天皇は、この時のことをこう詠まれました。

 「みほとけの教へまもりてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ」

 この御製は因通寺の梵鐘に刻まれているそうです。

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 (画像は「タイ国財団法人 慧燈財団」より)


 昭和天皇が洗心寮を出られた後、因通寺の参道では実はこのような出来事もあったそうです。


【因通寺の参道には、遺族や引き揚げ者も大勢つめかけていた。

 昭和天皇は最前列に座っていた老婆に声をかけられた。

 「どなたが戦死をされたのか」

 「息子でございます。たった一人の息子でございました」

 声を詰まらせながら返事をする老婆に

 「どこで戦死をされたの?」

 「ビルマでございます。激しい戦いだったそうですが、息子は最後に天皇陛下万歳と言って戦死をしたそうです。・・・天皇陛下様、息子の命はあなた様に差し上げております。息子の命のためにも、天皇陛下さま、長生きをしてください

 老婆は泣き伏してしまった。

 じっと耳を傾けていた天皇は、流れる涙をそのままに、老婆を見つめられていた。

 引き揚げ者の一行の前では、昭和天皇は、深々と頭を下げた。

 「長い間遠い外国でいろいろ苦労して大変だったであろう」

 とお言葉をかけられた。

 一人の引き揚げ者がにじり寄って言った。

 「天皇陛下さまを怨んだこともありました。しかし苦しんでいるのは私だけではなかったのでした。天皇陛下さまも苦しんでいらっしゃることが今わかりました。今日からは決して世の中を呪いません。人を恨みません。天皇陛下さまと一緒に私も頑張ります

 この言葉に、側にいた青年がワーッと泣き伏した。

 「こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかった。俺がまちがっておった。俺が誤っておった。」

 シベリア抑留中に、徹底的に洗脳され、日本の共産革命の尖兵として、いち早く帰国を許されていた青年達の一人であった。

 今回の行幸で、天皇に暴力をもってしても戦争責任を認めさせ、それを革命の起爆剤にしようと待ちかまえていたのである。

 天皇は泣きじゃくる青年に、頷きながら微笑みかけられた。

Japan On the Globe(136) 国際派日本人養成講座 国柄探訪:復興への3万3千キロより>】


 
 当時の日本には、「巡幸反対」を唱える共産党員がいたり、「天皇制」に反対する労働者らも少なからずいました。

 が、そういった人たちも、多くは、いざ昭和天皇のお姿を拝した時には自然と「天皇陛下、万歳!」と叫んでいたのです。

 以前もこのブログで紹介しましたが、静岡県静岡市の戦災者・引揚者寮でもそのような光景が見られました。
 その時のことを、大金益次郎(おおがね・ますじろう)侍従長はこのように記しています。

 「陛下の虚心な御行動の先ざきでは、我々の複雑な先入観は、常に事実として、払拭される。そこで、我々はただ日本人を見る。党派も階級も貧富も見えない。我々はただ日本人の血の叫び、魂の交流だけを感ずる。党派も貧富も階級もその障壁をなさない


 御巡幸における昭和天皇と国民とのこのような温かな心の触れ合いの場面は、全国至る所で数えきれないほど見ることができたはずです。
 しかし、私たちがそれを知る機会はあまりありません。

 小林よしのり氏の「天皇論」によれば、御巡幸の全体を記録した本は、鈴木正男氏の「昭和天皇の御巡幸」だけとのことです。
 他には昭和60年、当時まだ多く存命していた、巡御幸を迎えた国民の体験談を全国に取材した「天皇御巡幸」や、御巡幸に同行した人の回想、その地域ごとの記録など、断片的なものしかないそうです。

 先の戦争について、後世に伝えるべきことはたくさんあります。
 昭和天皇の戦後の御巡幸もそのひとつだと私は考えます。
 が、それにしてはあまりにも資料が少ないということが、残念でなりません。


※拙ブログ関連エントリー(天皇)
08/10/11付:天皇はなぜ尊いか(付:石井選手の発言)
09/2/10付:戦後の昭和天皇を振り返る
09/11/14付:天皇陛下御即位20周年に寄せて
11/4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
11/5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
 昭和天皇の御巡幸についても。
11/8/9付:昭和天皇御巡幸の御製と歴代天皇の博愛精神

※拙ブログ関連エントリー(戦争を考える)
06/8/26付:首相の靖国参拝反対派への反論
 ちょっと古いですが、靖国問題のまとめ。
08/8/16付:【終戦の日】外国人から見た日本と日本人(7)
 外国人から見た大東亜戦争。
08/11/3付:「雷」工藤艦長の武士道精神とサー・フォールの報恩
 昭和17年3月、駆逐艦「雷」工藤艦長による英海軍将兵救出劇。
09/8/23付:GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態
 支那軍に拉致され兵隊にされ、やがて便衣兵となった支那の青年の体験談。
09/12/8付:【記憶せよ12月8日】外国人から見た日本と日本人(16)
 外国人から見た大東亜戦争。
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 特攻死を「犬死に」だと切って捨てる人たちは、特攻隊員にもそれぞれ「意思」があったことを無視しているのです。逆に人間扱いしていないのです。

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