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保守系識者諸氏が見た震災(2)

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 5/9付:保守系識者諸氏が見た震災(1)の続きです。

 実はだいぶ前にまとめてあったんですが、タイミングを逸してUPが大幅に遅れてしまいました<(_ _)>

※写真はイメージです。本文とは直接関係ありません(一部を除く)。

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【昨年の12月、アメリカの国防長官だったウィリアム・ペリー氏の回想録を読んでいて、つぎの箇所が心に焼きついた。ペリー氏は日本の敗戦から2年あとの1947年に東京に足を踏み入れ、つづいて沖縄に向かった。18歳のかれは沖縄の地図を作製する陸軍部隊に所属していた。東京はまだ見渡す限り焼け野原であり、沖縄はさらにひどかった。多くの日本人との交遊のなかで、戦争の過酷さに衝撃を受けたペリー氏がもうひとつ感じたのは日本人の「潔さ」ということだった。
 私はうなずいた。日本人の自制心のなかには潔さがある、いま未曾有の国難に直面している人びとのだれもがそれを持っているのだと私は改めて考える。】

<『正論』2011年5月号 鳥居民「自制心のなかの『潔さ』」>
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【歴史の未曾有の出来事に向かい合ったとき、日本人は憤怒も絶望も悲しみもこえた、この民族の最も深い、ある原感情に突きあたる。それは狂騒ではなく沈着であり、運命にたいする反抗ではなく受容である。それは狂わしい出来事を静けさを持って沈下させる祈りの心である。
 森鴎外はその心を「諦観」という言葉で表わそうとした。しばしば誤解されるが、それは決してたんなる諦めや断念の謂ではない。虚無主義でもない。むしろその反対に、宇宙の運行のような不可避の現実を前にして、それを能動的に受け容れながら、自己の責務を放棄することなく勇敢に対峙する姿勢のことである。フィロソフィー(哲学)という言葉には達観という意味が含まれるが、西洋近代の人間中心主義(ヒューマニズム)よりも、東洋的な思索のなかから生れた「諦観」という言葉に宿る深い知恵こそ、今日の世界に真に求められているのではないだろうか。

<『正論』2011年5月号 富岡幸一郎「『諦観』に宿る深い知恵」>

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【ふと、このような「壊滅」的な光景を思い出した。昭和史の本などに出ている、昭和20年3月の大空襲で焦土と化した東京の写真である。
 戦災と天災の違いはあるが、その「壊滅」性においてはほとんど同じようなものが感じられる。
 江藤淳は1970年に、「戦後民主主義」の日本を「ごっこの世界」と批判した。そして、その「ごっこの世界」が終わるとすれば、「そのときわれわれは、現在よりももっと豊かに整備され、組織され、公害すらいくらか減少したように見える70年代後半の東京の市街が、にわかに幻のように消え失せて、そこに焼跡と廃墟が広がるのを見るであろう。そして空がにわかに半透明なものたちのおびただしい群にみたされ、啾々(しゅうしゅう)たる声がなにごとかをうったえるのを聴くであろう」と書いた。
 そして、日本人はそのとき、いつの間にか頭を垂れ、その沈黙の言葉にいつまでも聴き入る。その声は、戦争で死んだ300万人の死者たちの鬼哭(きこく)であり、眼前に広がるのは敗戦当時の東京の焼け野原の光景である。
 これが「日本人の持ち得た真の経験の最後のものであった」。なぜなら、日本人が自らの運命の主人公として歴史を生き、その帰結を自らの手で握りしめ、それを直視する勇気と誠実さを持っていた最後の瞬間だったからという。
 このような警告があったにもかかわらず、今日まで、日本人は「ごっこの世界」をつづけてきてしまった。「戦後レジーム」という「ごっこの世界」の温床から脱却しようとする動きもあったが、周知の通り、それは安倍晋三首相の辞任によって頓挫した。
 民主党政権という「ごっこの政治」が大っぴらに展開されている最中に、今回の大震災が起きたということは、日本人に対し「真の経験」とは何かと問いかけ、「ごっこの世界」「ごっこの政治」は必然的に崩壊するということを感じさせたのではなかろうか。
 月刊「正論」4月号の「救国内閣」で安倍氏を首相に推した言論人が最も多かった(アンケートは大震災前)ということは、「戦後レジームからの脱却」がいかに求められているかを示している。
 敗戦時の「壊滅」が、日本人の「真の経験」だったとするならば、今回の大震災は、「戦後レジーム」が脱却されるまでもなく、「真の経験」を前にしてやがて崩れ去るということであろう。
 江藤淳は「ようやく真の経験を回復したわれわれは、いまふたたびそこからはじめなければならないのである」といった。今日の「われわれ」日本人も、今回の大きな悲劇を前に、「真の経験」を経験しつつあるに違いない。

産経4/4付【正論】新保祐司「日本が変わるべき方向を示した」

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【今回の地震は、少なくとも、この十数年の市場主義、競争主義による経済展開、「利」にもとづく個人主義的価値、都市化、バブル待望、IT化(技術主義)などを一気に破壊した。これらの文明がいかに脆弱なものの上に成り立っていたかを存分に知らされたのである。さらにいえば「神を失った」戦後日本というものそのものへの強烈な打撃である。地震はむろん物理現象である。しかしそれをあえて「天罰」なり「神罰」とでもいえば、そこに「天」や「神」が思い起こされる。人智を超えたものへの「おそれ」と「おののき」が改めて新たな日本の再建の基軸になるのではないかと思いたいのである。】
<『正論』2011年5月号 佐伯啓思「『おそれ』を日本再建の基軸に」>

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【わたしは、この惨状をテレビ映像で見ながら、ある政治家の言葉を思い出す。
 それは敗戦の年1945年(昭和20年)8月25日の東洋経済新報に掲載された石橋湛山の「更生日本の門出?前途は洋々たり」と題した言葉である。
 「昭和20年8月14日は実に日本国民の永遠に記念すべき新日本門出の日である。…今は勿論茫然自失し、手を拱いておるべき折りではなく、又いたずらに悲憤慷慨時を費やす場合でない」と書いた上で、湛山は真の科学精神を持つことで、復興に全力をあげれば、日本の前途は洋々であると語ったのである。日本史が初めて経験した全的な敗北の後であっても、日本に復興は可能であると国民に向けて語る石橋湛山。
 この言葉を平成23年3月11日の大地震に置き換えることを日本国民の一人一人は思い知るべしとわたしは考える。国破れて山河あり。山河敗れても国民あり。この大きな悲劇の中で、わたしたちはそう考えていきたい。】

<『正論』2011年5月号 石川好「『海やまのあひだの国』の宿命」>

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この福島原発は現代日本人が作り出している歪んだ社会を映し出したように感じられる。
 今から15年ほど前、「倫理」が一つの流行のようになり、企業も大学、学会も「倫理綱領」をつくる時代があった。筆者はその時に、日本機械学会の倫理綱領作成委員だった。
 ある時、事務局が機械学会が倫理問題に巻き込まれた事例の紹介があった。
 九州で学会が開催されたときに、自衛隊から機関銃の部品についての発表の申し込みがあり、倫理綱領がなかったので、学会で検討してご遠慮願ったということだった。
 委員会ではこの事例を検討し、「機械学会の活動は平和目的に限る」とすることを、ほぼ全員が賛成した。
 そこで、筆者は発言を求め、
 「先週は北朝鮮のミサイルが仙台に落下して2000人が死亡し、今週は宇都宮に落ちて1000人が死んだ。そして今日の平壌の放送では、来週は東京を狙うという。
 その時に、我々はどうするのか?妻子が無残に死んでいくのをただ黙って見ているのか?それとも機械学会で研究された武器で反撃を加えて未然に攻撃を防ぐのか、アメリカ製の武器なら許されるという論理はあるのか」
 と論陣を張った。
 「平和時の平和主義には同意できない。戦時に平和主義を貫ける方法があるなら教えてほしい」
 反論はなく、機械学会の活動は平和研究に限定するという条項は入らなかった。
 大震災が発生し、自衛隊は直ちに被災地に出動し、初動の困難な救出活動を展開した。自衛隊員と言っても、もちろん人間である。悲惨な被災地、凍えるような寒気、自衛隊員のなかには郷里が近い人もいただろう。しかし、彼らは黙々と任務を果たした。
 しばらくして、菅首相は「自衛隊を尊敬する」と言った。菅首相の発言にビックリした人が多かったと思う。民主党政権には多くの日教組や労組出身議員がいて、今まで長い間、自衛隊をいじめてきたのだ。それが、大震災となると「自衛隊を尊敬する」はない。
 これこそ、筆者が機械学会で指摘した「平和時の平和主義」なのである。
 何もない平穏な時には「自衛隊は要らない」と言い、迷彩服は目障りだ、自衛隊は日本の恥部だ(大江健三郎)と言い続け、大震災がくると「自衛隊を尊敬する」と豹変する。
 そんな人にかぎって、非武装中立などと言っていても、隣国が攻めてくると若き自衛隊員の後ろに老いた体を隠してブルブル震えるにちがいない。
 終戦から65年。日本は海外との貿易で立国しており、食糧、エネルギーの輸入と工業製品の輸出で世界の貨物輸送の15%を海の輸送に頼っている。それを守るのは海軍である。しかし、現在の日本は「貿易はしたいが、軍隊はイヤだ」と駄々をこねている。
 「得はしたいが、現実を正面から見たくない」というのは、日本人の国民性だろうか?
 原発も同じである。
 事故が起こった後、「福島原発はどうしようもない。コンクリートで固めて石棺にしろ」という人がいる。
 福島原発は不幸にして破壊され、その残骸を晒している。しかし、同時に福島原発は多くの電気を作り出し、それで私たちは灯りをともし、暖をとり、そして山手線を走らせてきた。(中略)
 電気を得るために原発を選択したなら、原発は友人であり恩人である。もし原発がイヤなら建設すべきではない。また、自分が原発に反対でも、国民が合意して原発を建設したならそれを尊重し、大切にし、そして万が一の時には骨を拾ってやるのが人間というものである。
 原発は「鬼っ子」ではない。私たちが祝福して産んだ子供である。福島原発が無残な姿を晒しているのは原発に問題があるのではなく、それを運転してきた私たちの社会に大きな欠陥があったのだ。
 「得はすれども、ことあれば捨てる」という貧弱な精神に、「右顧左眄(うこさべん)」を日常の行動規範にする社会に原発の恩恵を受けさせることはできないと福島原発は叫びたいのだと思う。

<『WiLL』11年6月号 武田邦彦「驚くべき原子力村の常識」>

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【ある自動車メーカーの社員たちは、震災発生2日後に支援物資を集めてトラックに積んだ。東北自動車道の通行許可を警察にもらいに行ったが不許可。それでも社長は「あきらめるな」と社員たちを督励し、トラックは許可が得られないまま、東北自動車道の料金所へ向かった。何が起こったか。理由を聞いた料金所の係員たちは、ゲートを開いてくれたのだ。「早くその物資を東北に届けてあげてください!」と。
 社員と係員の対応は胸を打つ。一方、政府はそのあと数日間、かたくなに東北自動車道に緊急車両以外の通行を認めなかった。ガソリン輸送のタンクローリーさえ通さず、パニックに陥った被災者は給油待ちの長い列をつくった。その時に東北自動車道を通った関係者の言。「道路は空っぽで、時折、緊急車両に会うだけでした」と。政府は、震災直後の決定的時期に、たいした考えもなく、東北への大動脈を閉鎖したのだ。
 このエピソードは多くの意味を持つ。要するに、今の政府は安直に命令を出しすぎるのだ。「自分たちが全てを決定する」という意識が過剰なのではないか。総理大臣も官房長官も、学生時代から反体制の側にいた。反体制の人々は「権力を奪取して正しく行使する」ことを目標とする。
 念願の権力を得て、一挙手一投足が注目され、ひと声で国が動くようになった。しかし、権力には責任が伴う。過去のどの年よりも緊急問題が山積しているというのに、国会は延長しないという。野党に追及の場を与えないためだろうが、国への責任はどうなるのか。(中略)
 日本人の資質は素晴らしい。国の指導者は頼りなくても、現場の人々の対応能力は高い。行動も早い。被災地で瓦礫撤去が確実に進行しているのは、作業が現場に任されているからだ。世界中のどこも真似(まね)のできないスピードで進んでいる。
 無数の感動的な人々がいる。福島原発の作業員、工場が損壊した民間企業、東北新幹線を49日で開通させた人たち、被災地の市長・町長、漁業関係者、商工業者。「役に立ててうれしいです」と顔を紅潮させる自衛隊員。すべてを失っても他人を思いやる被災者たち。そして、全国から集まった延べ二十数万人のボランティアたち。若い人々に脱帽したい。
 彼らは、寒い屋外のテントに泊まり、献身的に働いている。そうした人々が、日本をここまで押し上げてきた。
 日本の産業も現場が支える。いったん方向が定まれば、ものすごいパワーが発揮される。だから新しい目標を早く作ろう。例えば原発停止によって深刻になるエネルギー不足。火力発電増強や新エネルギー創出のほかに、電力を貯蔵してピーク需要に対応する技術が大切になる。「エネルギー貯蔵」は21世紀産業革命の大きなテーマだ。この分野で日本が世界を主導するのは不可能ではない。】

産経5/16付 岡本行夫「政府は安易に権力行使するな 大震災に寄せて」(リンク切れ)>

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【大震災に襲われた日本に対し世界各国の人々が驚きの目で見たのは、パニックにならず、冷静に秩序を保ち、他人を思いやり、道義心を失わない日本人の姿だった。そして、人々のために、原発構内で命を賭して最悪の事態を防ごうと奮闘している原発関係者と自衛隊の姿である。国家的な「有事」に対し必死に踏ん張っている日本国民の団結力と道義心は、外敵の侵略行為に対する最も大きな抑止力となるだろう。
 菅首相がなすべきことは東電の幹部や社員を怒鳴ることではなく、腹を据え、覚悟を決めて、日本人を信じることだ。そのような日本人に、少しでも自身がなろうと決意し、努力することだ。そして各国の善意に感謝しつつも、独立国として当然の警戒心を失わないことである。
 残念ながら、日本人の一部に、被災地で苦しむ人々に思いを致すよりも自己の安寧しかないような人たちがいるのも事実だ。風評に惑わされ、放射能汚染が怖いから日本から逃げ出そうと呼び掛ける者もいる。また、他の原発も危ないから全部止めるべきだと主張する者がいる。今、どれだけ被災者の救助や復興のために“有事の電力”が必要とされているか。保守を名乗る中にも、首都圏は危険だから天皇陛下に京都へお移りいただこうと言う者がいる。天皇陛下は3月16日、国民に寄せられたメッセージの中で、「苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切」と述べられた。陛下は国民とともにあられる。
 冷笑する者がいてもよい。私は「有事」に耐え、戦っている同胞を見捨てるくらいなら、この日本とともに滅びるほうを選びたい。

<『正論』2011年5月号 水島総「映画『南京の真実』製作日誌」第44回>

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【4月28日付の本紙1面に私は大きな衝撃を喫した。
 天皇皇后両陛下が、畳(たた)なわる瓦礫(がれき)に向かって黙祷(もくとう)されるお姿に-。(引用者注:上記画像が当該写真)
 衝撃は、この写真の左側に載った「迷惑をかけない日本人」という記事とのコントラストで倍加した。ソウル支局長、黒田勝弘氏のリポートで、そこで投げられたある問いに対して両陛下のご姿勢以上に絶妙の答えはありえないと思われたからである。
 黒田氏は、いま外地でも評判の、なぜ被災地の日本人はかくまでも「冷静で秩序正しい」のかとの疑問を取りあげ、韓国人の間では「諦念」「遠慮」といった評語まで飛びかっていると伝えている。
 これまでにもメディアは諸外国でのこの「なぜか」を報じてきた。そのつど私は、このようなメンタリティについて下される種々の憶測を興味深く思ったが、同時に、本当の理由がどこにも指摘されていないことにもどかしさを禁じえなかった。その「なぜか」への至上の答えを写真は黙示していると思われたのである。
 このことは私に忘れられないある対話を思いださせる。昭和49年5月、アンドレ・マルロー(仏の作家、政治家)が出光佐三(さぞう)氏(出光興産の創業者)をその美術館に訪ねたときのことである。「日本人は精神の高貴さを持っています。なぜですか。仏教も、その理由の一つではないでしょうか」との単刀直入のマルローの問いに、間髪を容(い)れず出光翁はこう答えたのだ。
 「そうじゃありませんね。二千六百年続いてきた皇室が原因ですよ」と。
 たしかに、国難のいま、私たちを斉(ひと)しく打つものは、皇室、何よりも両陛下の、あの同床同高とも申しあぐべきご姿勢に表れた何かである。祈りである。今回だけではない。これまでの日本中の被災地めぐりだけでもない。先の戦災地、さらには南冥(なんめい)の島々まで、慰霊の旅をも、お二人は重ねてこられた。しかも史上、「恤民」すなわち民を哀れむは、皇道の第一義として歴代天皇の最も実践してこられたところであった。
 であればこそ、国民も常にそれに感じ、「民を思い、倹を守る」お姿以上に頭を高くすることを慎んできたのだ。被災地で命を救われたおばあさんが「すみません」とお礼を言って美談となったそうだが、このような国なればこそ、自(おの)ずと培われてきた節度なのである。(中略)
 戦後66年、憲法の一行をも変ええず、民主主義を盾に政治家の皇室軽視の言動が昂(こう)ずる一方で来ただけに、大天災の中で却(かえ)って強められた君民の絆は、なお尊く、真に日本の未来を照らす光ではなかろうか。
 政治家は「一寸先は闇だ」というが、祈りを通じて天皇皇后は国の全体を見透しておられる。でなくして、皇后美智子さまが、『岬みな海照らさむと点(とも)るとき弓なして明かるこの国ならむ』とお詠みになることはなかったであろう。
 天皇皇后の祈りとは何か--これを考えるべき時が来た。

産経5/9付 竹本忠雄「両陛下の祈り 『なぜか』への至上の答え」

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【千年に一度とも言ふ東日本大震災の惨禍は、インフラの早期復興と同時に、今度こそ六十六年の長きに亘つて眠らされ続けて来た日本人の精神的復興が急務なることを告げてゐる。そして死者達のためにも今こそその好機だと捉へるべきなのだ。なぜなら、我々は日々の報道の中に、被災者も含めて全国民の心に殆ど本能的に湧き上がつて来た己を空しくして義勇公に奉じる心、他国が賞賛する遵法精神、公益推進の意欲や隣人から周囲へと広がる博愛の精神を見るからだ。また家族の強い絆こそは社会の基盤であることを、限りなく多く流された涙とともに再確認した。そして常に国民とともにおはして皇祖皇宗に国家国民の安寧を祈られる天皇の御存在がある。大震災を機に澎湃(ほうはい)と湧き起こつて来たこの国民の思ひ。そのことを素直に確認し、肯定することが本然の己を恢復(かいふく)することであり、それはそのまま日本の精神的復興に繋がる。今、恐らく左翼反日勢力はこの国民のナショナルな動向を最も警戒してゐるのではないか。
 三月二十九日の「クローズアップ現代」の<今、私たちにできることを~ソーシャルメディア支援>ではツイッターでの支援がテーマだつた。ネット上で、節電してその分の電力を東北に送らうとの呼びかけが急速に広がり、これをアニメ作品「新世紀エヴァンゲリオン」に出て来る一点集中攻撃の作戦名に因んで「ヤシマ作戦」と名付けたと言ふ。ヤシマは「平家物語」中の「屋島の戦ひ」のヤシマでもあり、「古事記」中の「大屋洲」のヤシマでもあると言ふ。若い世代の素朴な愛国的エートスがここに表れてゐることの意味をメディアは掬い上げることができるだらうか。
 雄々しく日本の父祖達の過去を肯定せよ、そこに蘇りの契機はある。この大震災は我々にそのやうに黙示してゐるのではないか。

<『正論』11年6月号 本間一誠「一筆啓誅 NHK殿」第5回>

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明治23年10月31日に下された教育勅語の一節に、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」とある。
 “日本が他国から侵略される”とか“大規模な災害に見舞われる”などの国家の非常時においては、各自の個人的利益や事情は一旦、横において公共のために、勇気を奮って立ち向かうべきである??ということ。
 教育勅語以前から、日本人の大切な心がけとされていたものだったはずだ。
 その日本人の伝統的な美徳が、このたびの震災に際会し、戦後、社会から排除されてしまった教育勅語のことなど、全く知らない普通の人々によって、ごく自然な形で幅広く発揮されたのである。
 これが、平素は隠されていた日本人の底力だ。
 ひとたび重大事が起きると、たちまち多くの国民の心が一つになる。一つになった人々の心は、おのずと「公」を志向する。公に向けて結集された多くの人たちの思いは、必ずや予想外の力を示すだろう。
 では、世界中の人々が注目し、驚嘆する、こうした国民的な心は一体何故、起こるのか。
 これは、日本人の心の奥底に、普段は自覚されない、公共の秩序に対する不抜の信頼感が根づいているためだろう。
 もし「公」への信頼そのものが揺らぎやすければ、国家や社会が危機的な事態に陥って、その事態が深刻であればあるほど、人々がひたすら私利私欲に走る結果になるのは、火を見るよりも明らかだ。
 わが国の場合はその逆だ。
 いつもは公共への関心すら疑わしいような人物であっても、いざという時には、その危機が深ければ深いほど、多くの国民が「義勇公に奉じ」る姿勢に転じる。その背景に、容易には動揺しない公への信頼があると考えるほかないだろう。
 それは、政府が立派だったとか、官僚が優れているという話では、もちろんない。そうではなくて、歴史的に国民の公への信頼の「究極の受け皿」となってきた存在は、天皇だ。
 長い歳月、わが国は天皇を秩序の中軸とすることで、国家や社会そのものの転覆や断絶を経験しないで、これまで経過してきた。
 古来以来、数多くの災害や内乱などくぐり抜けながら、天皇を頂点とする公共の秩序の基底はどこまでも維持しつつ、人々が心をあわせて必ず復興をなしとげ、復興後の飛躍も体験してきた。
 首都が壊滅状態に陥り、15万人に達する死者・行方不明者を出した関東大震災からも、雄々しく立ち上がった。
 そうした国民的経験が、人々の公への信頼を支えている。だから日本人は「危機」に強いのだ。】

<『ジャパニズム』創刊号 高森明勅「すでに曙光は遠く見えはじめている」>

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 最後の高森明勅さんの論説は『ジャパニズム』創刊号からの引用ですが、これ、他の本を買おうとしていた時にたまたまアマゾンで見つけたので試しに買ってみました。

 表紙のイラストにも表れていますが、『正論』の読者層よりもかなり若い層がターゲットです。執筆陣もバラエティに富んでいます。アニメの話も出てきたりして。でも内容はしっかりしています。

 『アニオタ保守本流』というブログの管理者で昨年8月放送のNHK『日本の、これから』に出演された古谷さんが、執筆だけでなく編集スタッフとしても参加されています。
 若い人がこういう分野に積極的に参加されるのは良いことだと思います。

 この時の「『日本の、これから』は覚えておられる読者さんも多いと思います。

 韓国人や日本のサヨクの出演者が大多数を占めていたあの空気の中、日韓併合について「当時は帝国主義の時代でやむをえなかった」とはっきり述べた古谷さんは本当に素晴らしかった。

 そんな古谷さんを崔洋一監督が「歴史を語る資格がない!」と一方的に罵倒しましたが、直後に小倉紀蔵教授に「言詮封鎖しちゃいけない」とたしなめられて崔監督は自爆……という展開を辿りました。

 その時の文字起こしはこちら。
10/8/16付:「日本の、これから」日韓の未来 古屋君と崔監督&ドラマ「歸國」
 (「古屋」は誤字ではありません。番組ではこちらの表記を使っておられました。「古屋」は本名とのことです)

 『正論』はちょっと敷居が高いなあと思っておられる10代、20代の方も多いんじゃないでしょうか。そういう皆さんには『ジャパニズム』はお勧めだと思います。

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 震災発生100日目を迎えました。

 被災地では未だ先行きの見通しが立たないままの方が大勢おられます。
 義援金や東京電力からの仮払い補償金を受け取った世帯の生活保護停止も相次いでいるそうです。

 こんな状態にも関わらず、民主党政権は消費税増税をやろうとしています。
 私はこれまで何度も書いてるように経済や財政は全く分かりません。ですが、景気が悪い時に消費税を上げたらどうなるか?は、自分の身の上に置き換えれば簡単に想像がつきます。

 夫は未だ失業中、私の仕事も震災後は収入が目に見えて落ち込んでいます(関西の印刷業界にまで影響が及ぶとは思ってませんでした)。
 こんな時に消費税を上げられたらどうなるか?これまで以上に生活を切り詰める、つまり買い物を控えるに決まってるじゃないですか(T^T)

 この時期の消費税増税については、国民だけでなく与党内の反発も根強くあります。
 17日午後に開かれた消費税の引き上げをめぐる民主党の会議は3時間にも及び、発言した議員の9割以上は増税反対を訴えたそうです。
 ただ、政府は20日に消費税率を10%に引き上げる方針を目指しているため強行突破を図る構えだそうです。

 退陣表明から2週間経ったというのに、菅さんは未だ続投に意欲満々です。
 6月15日の、太陽光や風力などの自然エネルギー普及を目指す超党派議員や民間人による緊急集会での発言には驚きました。

 「『菅の顔を見たくない』という人も国会にはいる。それならこの法案を通した方がいい」
 「何としても通したい。通さないと政治家としての責任を果たしたことにならない」

 ここまで引き際の悪い首相というのは、この先もう出ないんじゃないでしょうか。
 菅おろしの声は続いているものの、退陣への道筋は全く見えてきません。
 この政治空白はあと何カ月続くのでしょうか。
 考えただけで息が詰まりそうです。


※拙ブログ関連エントリー(震災関連から抜粋)
3/15付:【東日本大震災】外国人から見た日本と日本人(22)
3/22付:【東日本大震災-2】外国人から見た日本と日本人(23)
3/28付:【東日本大震災-3】外国人から見た日本と日本人(24)
4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
4/4付:独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた
4/16付:【東日本大震災-4】外国人から見た日本と日本人(25)
4/18付:東北のものづくり産業を守れ!
4/23付:画像で見る東日本大震災 - 希望 -
4/25付:【東日本大震災-5】外国人から見た日本と日本人(26)
5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
5/9付:保守系識者諸氏が見た震災(1)
5/21付:-言葉の力 - PRAY FOR JAPAN&朝日新聞縮小版東日本大震災
6/6付:【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)


東日本大震災
【募金受付まとめ】東北地方太平洋沖地震 被災地に手助けを!

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「お気楽くっくり」更新済
 ウテナが好きでした。

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