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【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)

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※このシリーズの一覧を作ってあります。
 【一覧】外国人から見た日本と日本人

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 「外国人から見た日本と日本人」。第27弾です。
 3/15付:【東日本大震災】外国人から見た日本と日本人(22)
 3/22付:【東日本大震災-2】外国人から見た日本と日本人(23)
 3/28付:【東日本大震災-3】外国人から見た日本と日本人(24)
 4/16付:【東日本大震災-4】外国人から見た日本と日本人(25)
 4/25付:【東日本大震災-5】外国人から見た日本と日本人(26)
 に引き続き、震災編パート6となります。

 だいぶ前にまとめてあったんですが、ここのところ政局に気を取られて、UPが大幅に遅れてしまいました<(_ _)>


発信箱:忘れない=福本容子(論説室)(毎日4/8 2:23)(リンク切れ)
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 「ニッポンは今どうなってますか?」

 地震の後、アハメド・カリールさん(49)の携帯は、本国からの電話で鳴りっぱなしだった。本国とはインド洋の島国モルディブ。カリールさんはその駐日大使だ。

 男性の声、女性の声、子どもの声。知らない人ばかり。とにかく心配していることだけ伝えると、名前も言わず1分足らずで切れる。「国際電話で長く話すお金がないんですね」(大使)。それでも1週間、毎日2回かけてくる女性の声もあった。

 モルディブでも地震直後に、テレビやラジオを通じた被災者支援キャンペーンが始まった。大使の電話番号が画面で紹介され、それを見て直接電話をしてきたらしい。

 キャンペーンでは大統領もスポーツ選手も歌手も、協力を呼びかけ続けた。36時間で700万ルフィヤの義援金が集まった。人口31万人の国民の多くは貧しく、約4600万円の義援金は「記録的」。お金が出せない人はツナの缶詰を持ってきた。

 ツナ缶は国内の業者が引き取り、塩水ではなくオイル漬け、缶切りなしで開けられるプルトップの日本特別仕様に替えられた。69万個。国民1人あたり2個以上だ。

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 2万人が参加した首都での追悼行進。国家元首が亡くなった時でも1日限りの半旗掲揚が閣議決定で3日間に。「前代未聞のことばかりです」。支援は今も届き続ける。

 合言葉は「日本に恩返しを」。

 こちらはほとんど知らなかったけれど、モルディブの人たちは日本にとても感謝しているという。小中学校や、04年のインド洋大津波から首都を守った防波堤などが日本のお金(政府開発援助)で造られたこと、国を支えるマグロ・カツオ漁や水産加工業が日本の技術と資本で発展した歴史……。

 忘れずにいてくれたのがうれしい。今度は日本が深く心に刻む。

日本に恩返し…インドネシアの元留学生が支援活動(読売4/21 18:17)
 インドネシアで、日本留学経験を持つ人たちが、東日本大震災の被災者を支援しようと精力的に活動している。

 中心になっているのは、約1500人が加入する「プルサダ(元日本留学生協会)」。会員らは大震災の発生後、「お世話になった日本にどう恩返ししようか」と話し合い、4月上旬にはチャリティーコンサートを開いた。コンサートには、ジャズサックス奏者の渡辺貞夫さんが出演を買って出て、日本でも流行したインドネシアの名曲「ブンガワン・ソロ」などを演奏。渡辺さんは「日本への愛着と連帯意識の強さを感じた」と感謝の言葉を述べていた。

 プルサダのラフマット・ゴーベル会長は「日本はパートナーというより家族。困難に直面した日本のために行動するのは当たり前」と話し、今後は被災地の子どもたちへの支援も行いたいとしている。(ジャカルタ 林英彰)

地震多いパプア「日本へ恩返し」 被災地へ義援金(朝日5/16 14:43)
 東日本大震災の被災地を支援しようと、地震や津波が多い南太平洋の島国パプアニューギニアの高校生や教員らが義援金を集めた。「いつも助けてくれる日本へ恩返し」とTシャツの売り上げや街頭募金など計約350万円を被災地に贈る。

 首都ポートモレスビーの国立高校の生徒や、日本で教育研修を受けた政府関係者らが、現地の日本人会とともに集めた。

 英語と現地語、日本語で「がんばれ日本」と書いたTシャツ約1600枚を学校やスーパーの店頭などで販売。高校で集めた寄付約70万円と合わせ計約350万円が集まった。

 大震災の津波の映像は、地元テレビでも報道された。パプアで教育支援を続けてきた伊藤明徳さん(45)は「『Tシャツは買えないから』とポケットからありったけの硬貨を寄付してくれた男の子もいた」と話した。

 パプアでは1998年には津波で2千人以上が犠牲になった。(鈴木彩子)

タイ政府、日本へ発電施設移送(産経3/29 18:38)
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 東日本大震災に伴う福島第1原発事故を受け、タイのエネルギー省と電力公社(EGAT)は29日、東京など首都圏での深刻な電力不足に対処するため、ガスタービン発電機2基と付帯設備一式を東京電力に5年間貸与すると発表した。発電施設を丸ごと移設する形で、2基で約24万4000世帯への電力供給が可能という。

 日本への搬送や施設の組立、点検などを請け負う三菱重工によると、ガスタービン発電機だけで1基約450トンで、これほど大がかりな設備を海外から移設するのは異例という。

 三菱重工の技術者らが29日から作業を開始し、4月末に搬出、5月中旬ごろ日本に到着する予定。設備は東京周辺に設置する見込みで、夏の電力需要の増加に対応できるよう、8月ごろまでの稼働を目指す。

※続報です。
東日本大震災:タイが無償貸与、ガスタービン発電施設が川崎港に到着 /神奈川(毎日5/21)

台湾の匿名企業が、原発作業にあたる50名宛てに1億5000万円を寄付していた(ロケットニュース24 4/17)
福島第一原発で懸命の復旧作業が続いています。依然予断を許さない状態が続いているですが、震災発生直後に現場で作業に当たっていた作業員50名の存在は、海外でも注目されました。当時「最後の砦の50人」と言われながらも、その名が明かされず、米紙ニューヨーク・タイムズなどの外信では、勇敢と称えられていました。

その彼らと家族宛てに、台湾のとある企業が、1億5000万円を寄付をしていたのです。

この事実は、3月19日付けの台湾版ヤフー「Yahoo!奇摩」で報じられていたものです。それによると、この日、テレビでチャイティ番組が行われており、番組の司会者の沈春華さんは、番組開始早々に次のように伝えました。

「今、秘密の募金をお知らせします。この匿名の善意は、人に知られないように、自分の名前を公開しないように求めていますから、誰かは言えませんが、匿名での募金です」

として、

「彼は、自分の生命の危険を顧みず、発電所の中に入った50人の勇士のために、この寄付を勇士の家族に寄贈しました。この寄付によって、彼らが自らを守ることができるように、5000万元(1億5000万円)を寄贈しました」。

寄付先についての説明は掲載されていないのですが、50人のもとに届けられることを願います。

寄稿:Pouch

参照元:Yahoo!奇摩(中文)
http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/110319/8/2ob34.html
「日本李登輝友の会総会・チャリティーイベント」(産経4/22 7:35)
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 □3月27日、東京アルカディア市ヶ谷

 ■台湾から心こもったエール

 「このような惨状の中にあっても、日本文化に育まれた日本の方々の冷静かつ理性的な行動は、世界の人々から絶大な称賛を受けましたノ」

 大きなスクリーンの向こうから李登輝・元台湾総統(88)の日本語のメッセージが飛び込んできた。

 東日本大震災の被災地の復興、被災者の支援を目的に台湾で行われたチャリティーコンサート会場とインターネットで結んだ中継。「日本、ガンバレ」「新しい日本を創ってください」。台湾側から温かい言葉が届くたびに、日本の会場では、大きな拍手がわき上がった。

 3月11日の地震発生以降、台湾で集められた義援金は驚くべきことに、邦貨にして150億円に達する勢い。もちろん諸外国の中ではダントツだ。

 これには理由がある。台湾で1999年に起きた大震災や2年前の大水害の際に日本はいち早く、救援隊を現地入りさせ、多額の義援金も送った。

 李登輝友の会の柚原正敬(ゆはら・まさたか)事務局長によれば、「台湾の人たちの心の中にはそのときの感謝の気持ちが強く残っており、今度はぜひお返しをしたい、という思いが強いようだ。李登輝さんからも震災発生当日にすぐ、お見舞いの言葉をいただいた」と振り返る。

 李登輝さんのメッセージはこう続く。「私は日本の皆さまに一言だけ激励の言葉を述べさせてもらいます。再建は傷跡から抜け出し、再生するための契機です。次の世代のために、安全で平和な新しい日本が創造できることを心より願っております。日本の皆さん、がんばってください」と。

 これに応えて、同会の小田村四郎会長(前拓大総長)が、「日本国民全体の協力により、速やかに復興を成し遂げたい、と思っています」と決意表明。元海上自衛隊海将補の川村純彦(すみひこ)氏も、「日台は運命共同体。苦しいときの友達が本当の友達というではないか。台湾からの心温まるメッセージに感激している」と声を震わせた。

 チャリティーイベントでは、「上を向いて歩こう」や「故郷」などが歌われ、売り上げが義援金となるオークションでは、李登輝さん愛用の帽子などが、高値で落札された。

 心のこもった、隣人からの物心両面からのエールは必ずや被災地に届くであろう。(喜多由浩)

【台湾ブログ】家族に反対されても親日派、「日本に行きます!」(サーチナ5/15 9:39)
 東日本大震災で大ショックを受けたという、台湾人のhzqrbpsze(ハンドルネーム)さん。「ショックで食事が取れなかった」、「台湾メディアの報道は大げさ」など、ブログに思いを書きつづった。

 2011年3月11日を決して忘れない、というhzqrbpszeさん。「その日私は友人とお茶をしていて、友人の母親からの電話で日本の地震を知った。その時はそんなに深刻な地震だとは思っていなかったが……こんなに大きくてひどい災害が起こったなんて!」と、実態を知りがく然としたという。

 「食事をしていても味がまったくしない。家でニュースを見てからは、何も食べられなくなった。あまりにも驚いたのだ」と述べたhzqrbpszeさんは、「何日もニュースを見て日本の被災地の様子を知り、気持ちがどんどん落ち込んだ。でも台湾のメディアは大災害を誇張し騒ぎ立て、恐怖感をあおっているように思えた。日本がまるで沈没したかのような報道だった」と指摘。その影響で家族から「日本には二度と行かないように」と、厳しく言われたそうだ。hzqrbpszeさんは、「日本に行くと放射能を浴びる、と言う人がたくさんいる。原爆ではないのに!」と怒りの気持ちがこみ上げてきたという。

 そしてhzqrbpszeさんは、「家族がどんなに反対しても、私は進みたい道に進み、日本に行きたい時は行く」と宣言。「だがテレビに映し出された被災地の様子を見ると、心が痛くなり何度も泣いた。自然の力は本当に偉大だ」、と改めて感じたそうだ。そして「去年、東北に行ったばかりなのに……」としんみり。「日本の東北地方は素朴な感覚が持てる、素晴らしい田舎。地震と津波被害に遭って本当に悲しいが、今はただただ祈るのみ。日本、がんばってください!」と締めくくり、これからも親日派でいることを宣言した。(編集担当:饒波貴子・黄珮君)

ダライ・ラマ、都内で震災法要「深い悲しみわいた」(朝日4/29 19:20)
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 東日本大震災の犠牲者の四十九日に合わせ、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が29日、東京都文京区の護国寺で法要を行った。ダライ・ラマは講話で「本当にひどいことが起きたと深い悲しみがわいた。私にできることは追悼するだけ」と述べた。

 ダライ・ラマはもともと訪米途中に日本で飛行機を乗り継ぐ予定だったが、震災を受けて日本滞在を延ばし、追悼の機会を設けた。法要ではチベット仏教や日本の各派の僧侶70人ほどと共に読経。チベット語や日本語による般若心経が本堂に響いた。

 ダライ・ラマは「私たちは自分の国を失って以来、困難な状況の中で、自分自身の心の内なる力を高めることができた。日本も第2次世界大戦で多くの方々を失ったが、落胆することなく立ち上がった。前に進む力を思い出して欲しい」とも述べ、被災者を励ました。(小山謙太郎)

※YouTubeに動画があります。
 ダライ・ラマ法王による東日本大震災犠牲者四十九日特別慰霊法要

■イリハム・マハムティ「アジアの自由と日本の復興」(「ジャパニズム」創刊号)
 3月11日の金曜日、東日本大震災で日本は多大な被害を受けた。金曜日というのは、イスラム教徒にとっての礼拝日である。日本とウイグルの時差は3時間なので、日本で地震が起きた頃、ウイグルではちょうど礼拝の時間だった。

 日本で大きな地震が発生したという情報はネットなどを通してウイグルにも伝わった。そして、ウイグルのすべての礼拝所では、地震によって亡くなった日本人、被害にあった日本人を思って、祈りが捧げられた。

 3月14日には、世界ウイグル会議より哀悼の声明文も出されている。

 「日本はこれまで何百人ものウイグル人留学生を受け入れ、様々な角度からウイグルを応援してきた世界有数の国の一つであります。私たちはこれまで、ウイグル人の苦しみに同情し、できる限りの応援をしてくださる大勢の日本人の方々に支えられてきました。私たちは、ウイグル人と深い友情が続いてきた日本国民を襲った今回の大惨事に心を痛めており、日本国民がこの悲劇を乗り越える上で、心をともにしていきたいと存じます」(抜粋)

 ウイグル人の心は常に日本人とともにあるということを、日本の人々も忘れないでほしい。

※イリハム・マハムティ氏は、世界ウイグル会議日本代表・日本ウイグル協会代表です。

称賛を集めた日本人の精神、戦後の廃墟から復活した原動力(サーチナ4/7 2:15)
 中国の週刊誌「南都週刊」は6日、「日本がわれわれの日常生活を変えた」と題する記事を記載し、これまでに日本人が発明し、世界に送り出してきた数々の商品を例に挙げ、日本の復興を期待する記事を掲載した。

 記事は、マグニチュード9.0の大地震が襲ったにもかかわらず、被災後の日本人は落ち着き、整然とした様子で世界を驚かせたとし、「第2次世界大戦で負けた日本は、廃墟から高科学技術社会を作り上げ、私たちの生活に大きな影響を与えるまでになった」と報じた。

 記事はDVDやインスタントラーメン、デジタルカメラ、電気炊飯器など生活に不可欠な日用品は戦後の日本社会が黙々と努力してきた成果であると紹介し、「戦後の日本経済が奇跡のように発展したのはなぜか?」と問いかけた。

 問いかけの答えとして、記事は、東日本大震災後の報道からも分かるだろうとし、「日本人は多くの死傷者が出てもそれを黙って受け止め、落ち着きを保つ。家や土地が飲み尽くされてしまう天災に直面しても団結している。これこそが日本だと報じた。

 また記事は、「そしてそれこそが、世界各地の人たちが驚きと称賛の目で見つめた日本人の精神であり、日本が廃墟から奇跡のように復活した原動力なのだ」と評価した。(編集担当:畠山栄)

【中国BBS】中国とは違う! これが日本の仮設住宅だ!(サーチナ4/6 18:37)
 東日本大震災では多くの被災者が住居を失った。日本政府もさっそく仮設住宅の建設をはじめ、一部ではすでに申し込みが始まっている。中国大手検索サイト百度の掲示板に「これが日本の仮設住宅だ!」という写真付きのスレッドが立ち上がり、仮設住宅の建設過程や、完成後の写真とともに紹介されている。これに対して多くの反響が寄せられた。以下に中国語のBBSを日本語に翻訳して紹介する。( )内は編集部による素朴な感想。 

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● スレ主:MakiのLove
  日本の仮設住宅がどうやって建設されるのか、仮設住宅はどのようなものなのか、紹介しよう。例えば陸前高田市の仮設住宅は建設開始から1週間後には完成して、入居者の受け付けを始めている。

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● 夏清十郎online 
  こ、これが仮設住宅!?明るくて清潔で、簡素ながらも上品で緻密(ちみつ)で実用的…。

● 五中文芸多
  こういう仮設住宅だったら・・・中国ならいくらで売ってる?
  (→すぐにお金の話になるんですね)

● 夏清十郎online
  ↑問題は、中国ではこのような仮設住宅は売ってないということだ。オレだったらこんな仮設住宅に住めるなら地震だって怖くない。

● 愛在二次元
  凄すぎる…。

● 言兌言舌
  こういう家だったらずっと住めるんじゃない?

● Ac_夢丶
  私の家より立派だ…。
  (→仮設住宅の方が立派とは・・・)

● HANK141
  なんだか温かみのある家だ。中国の高級マンションよりもずっといい。

● 吾迩開溜
  確かにスゴイ!緻密で簡素な感じだ。しかもエアコンもついているから、プレハブ特有の夏の暑さにも対応できる。でも、1-2年ならまだしも、長期間住むには向いてないだろう。結局は一時的な住まいとして提供されているものだ。部屋だって狭いみたいだし。
(→ですから“仮設”住宅といいます)

● WarmのSUN
  中国もこの種の建物を多く作るべきだ。

● 新蘭loving1
  なんで簡易住宅がこんなに凄いんだ!?

● 僵屍昿工
  中を見ると、まるっきりホテルと同じだね!

(編集担当:畠山栄)

小5少女が募金に奔走=50万円超、日本の被災者支援へ-米(時事5/2 0:16)
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 【シカゴ時事】米中西部ウィスコンシン州のラクロスに住む小学5年生アシュリン・ニーダーさん(11)が、東日本大震災に見舞われた被災者を支援しようと、地元で募金活動を続けている。住民への戸別訪問などを通じた地道な取り組みで、募金額は6671ドル(約54万円)に到達。一人の少女の思いやりが地域の共感を呼び、善意の募金が集まった。

 ニーダーさんは2006年秋、石川県小松市を訪問。演劇を通じて日本人と交流を深め、その際知り合った友人と今も電子メールでのやりとりが続いている。訪日時の印象は「とても美しい国。誰もが大変親切で寛大だった」

 ニーダーさんは震災の映像に衝撃を受け、日本人のために支援活動を決意した。まず自分の15ドルの貯金をはたき、両親、親戚に寄付を訴えた後、近所を戸別訪問。「(近所の人がほとんど不在で)5ドルしか寄付が集まらない日もあった」というが、日本の友人との記念写真が貼られた募金箱を手に、くじけず活動を続けた。

 地元テレビやラジオの報道や口づてでニーダーさんの活動が徐々に浸透。1000ドルの小切手まで届くようになった。母のローリーさんは「娘を誇りに思う」と話している。

■テキサス親父ことトニー・マラーノ氏「がんばれニッポン!」(「ジャパニズム」創刊号)
 波伝谷という名の小さな村の物語には、感銘を受けたよ。この村は、津波で道も橋も破壊され、携帯電話も通じなくなったまま、13日もの間孤立していたそうだ。外との連絡がとれず、食べ物も燃料も飲料水もなくなっていくというホラー映画そのもののような状況下で、生存者たちはお互いを競争相手とみなし食べ物を奪い合ったのだろうか。もちろん答えは、「ノー」だ!

 波伝谷の機知に富んだ人々は、日本文化の代表であろう。彼らは、寄り添い、老人を気遣い、一丸となって逆境を乗り越えたのだ。村人たちのスキルと人間性は、日本社会の縮図であり、俺たちが見出す日本人スピリットそのものだ。

 俺たちテキサスっ子は、個人性とそれに付随する個人の責任に誇りを持っている。俺たちには、自立と独立の覚悟があるんだ。隣人に災難が降りかかれば、一丸となって助けに参じる。この精神があるからこそ、俺たちは、日本の津々浦々に古きよき自分自身を見出すんだろう。テキサスには、こんな言い回しがある。

 「そいつが実際に馬を乗りこなしてみせるまでは、カウボーイと呼ぶな」とね。

 日本は、見事に乗りこなしてみせてくれた。だから、俺たちは君たちを「サムライ・カウボーイ」と呼ぶことにするよ。そして、そう呼べることを大いなる誇りとする。

東日本大震災 宮城・石巻市の新聞社が被災後手書きで発行した新聞、米博物館で展示へ(FNN4/26 12:40)
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 東日本大震災で被害を受けた宮城・石巻市の新聞社が被災後、6日間にわたり手書きで発行した新聞が、アメリカ・ワシントンにあるニュースの博物館に展示されることになった。
 震災直後に手書きで発行された新聞が、歴史的な紙面として、まもなく一般公開されることになった。

 ニュースの総合博物館「ニュージアム」に展示されるのは、宮城県の夕刊紙「石巻日日(ひび)新聞」。
 地震翌日の紙面では、「日本最大級の大地震・津波」と、手書きの見出しが記されている。
 震災で輪転機が使えず、停電が続く中、記者は懐中電灯の光を頼りに、油性ペンで記事を書き、6日間にわたって避難所の壁に張り出した。

 アメリカ紙がこれを報じると、感銘を受けた博物館の職員が、寄贈を要請するメールを送り、展示が実現した。
 ニュージアム職員は「すごく希少価値のある、そしてまた勇敢な行動だということを、わたしたちは感動を受けまして。ぜひとも、ほかのアメリカの皆さんにもお伝えしたいと」と話した。
 一般公開は、5月2日からの予定。

「関西弁のロバート」小さな町走る 在日外国人結集、海兵隊のノウハウ生かす(産経5/21 21:27)
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 小さな町のあちこちで彼を呼ぶ声がする。「ロバート、ロバート」-。在日外国人でつくる災害ボランティア団体のリーダーとして東日本大震災の被災地で活躍する米国人男性がいる。支援の手が入りにくい小規模集落に重点を置き、流暢(りゅうちょう)な関西弁で現地にとけ込む。本業は大工。被災者に呼ばれてはハンマーを振るい、復興を後押しする。

 京都市上京区のロバート・マンゴールドさん(41)。震災後に「国際災害支援機構(IDRO)」というボランティア団体を立ち上げ、交流サイト「フェイスブック」を通じてメンバーを募集。ウクライナ、イギリスなど各国の留学生や大学講師ら約30人が参加し、グループで定期的に被災地入りしている。

 来日して18年。津波の衝撃的な映像は、日本人の妻と子供の3人で見た。震災当初、テレビから伝え聞く地名は限られていた。ニュースに出ない場所はきっと孤立している-。心を占めたのは「自分がやらねば」という義務感だった。

 20歳すぎまで米海兵隊に所属。物資調達や人員配置のロジスティックス担当として災害現場に派遣された経験を持つ。阪神大震災のときもボランティアとして物資の仕分けをした。

 3月中旬、米国人の知人と2人で岩手県沿岸の小さな漁村を回り、避難所を見つけるたびに救援物資を配った。いきなり現れた外国人の2人組に不審がる住民もいた。「どこの団体ですか。個人の寄付は受け付けません」と断られる場面も。組織の必要性を痛感し、京都に戻って結成したのが今の団体だ。

 被災地では大工の腕を生かし、工具で鉄筋を切ったり、側溝のふたを作ったり。関西弁で時折「おとん!」と呼びかけ、周囲に笑いを広げた。ボランティアの配置にも海兵隊仕込みの辣腕(らつわん)をふるう。集落に入って2日もすれば「ロバート、ロバート」と被災者の相談が絶えない。

 日本に住むことを決めたのは岩国基地に勤務した約20年前。我を通さず、周囲を立てる国民性にひかれたからだ。

 被災地で出会った80歳すぎの女性は津波で流された漁具を1人で回収していた。手伝おうとすると「大丈夫。他にもっと困っている人がいる」。

 日本人の強さに触れ「この国は必ず立ち上がる」と確信した。被災者と接した各国のメンバーも同じ感想を持つという。マンゴールドさんは23日からまた被災地に入り、電化製品などを届ける予定。「必要とされる限り、支援を続ける」と話した。

【米国ブログ】日本人が略奪行為をしない理由、普段から人々が努力(サーチナ5/23 10:36)
 テクノロジー情報に詳しい米国のブログ「espikes09.blogspot」では、震災後の日本から学ぶべき人々の行為についてつづっている。

 筆者は、日本人はなぜ略奪行為をしないのかと疑問を投げかけ、外国人評論家らが被災地の人々が必需品を略奪しない様子について、驚くとともに好奇心を持って注目していると記している。

 筆者は、災害の後の略奪行為は日常的に起こるとし、最近では、ハイチやチリの大地震、米国のニューオリンズなどを挙げている。

 ほとんどの人々は、驚異的に善良な日本人の振る舞いは、日本文化によるものだというが、筆者は、日本人が日常生活の中で礼儀正しさを心がけているからだとの見方を示している。

 確かに文化が一つの理由であることに違いないが、それだけでは十分な説明になっていないと述べ、ほかの要因が日本人の間で物事や問題に対して、善悪のふるまいを決定する努力が行われているとつづっている。

 筆者は、日本の被災者らが示した文化的で賢明な行動は、日本文化というより社会構造にあるのではないかと思うと分析している。

 筆者は、震災後の日本人は、深い悲しみにも落ち着いて対処する穏やかさや、水や食料のために行列を作っても秩序正しく振る舞ったことを称賛している。また、避難所では、強者は弱者の世話をし、高齢者から子供まで自分が何をすべきかを正確に理解し実行したと語っている。

 さらに、メディアは衝撃的に報道せず、節度を持って情報を流したことなどを挙げ、これらのことを日本から学びたいと締めくくっている。(編集担当:田島波留・山口幸治)

日豪の絆 紡いだ少年の手紙(産経4/24 7:05)
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 「ギラード首相様。首相はほかの国の首相と話すことができると母から聞きました。日本の首相にこの手紙を送ることができますか?」。手紙の主はオーストラリア西部パースに住むアシュウィン・クレスウェル君(9)。彼の訴えがジュリア・ギラード首相(49)を動かした。

●両親捜す少年に感動

 「僕は新聞でトシヒト・アイサワという男の子の写真を見ました。母はその記事を読んでくれました」

 記事にはこう書かれていたノ。震災の被災者約2000人がひしめく宮城県石巻市の避難所で、家族の名前を書いた段ボールを掲げる男の子がいる。市立釜小学校3年の相沢寿仁君(9)。

 寿仁君はあの日、父の運転する車で母、祖母、いとこ2人と一緒に高台を目指していた。津波から逃げてハンドルを切っているうちに駐車場で行き止まりになり、車は海水にのまれた。

 寿仁君は必死に窓を割って壊し、外に出た。気がついたら廃材の上に寝ていたが、両親らはいなかった。避難所の掲示板にメモを貼った。「明日もくるからね 寿仁」

●「家に来ていいよ」

 「ギラード首相は彼のことを知っていますか? 彼は好物を食べたり飲んだりできていますか? 彼は好きなTシャツを持っていますか?」と尋ねたアシュウィン君は、こう申し出た。

 「彼の両親が見つからなかったら、僕の家に一緒に住んでもいいです。僕のおもちゃで遊べるし、一緒に学校に行くこともできます」

 手紙を受け取ったギラード氏は3月29日、アシュウィン君の自宅を訪ねた。「あなたは優しいわ。とてもすてきな手紙よ」。日本の首相に必ず渡すと約束した。

 4月20日夜、ギラード氏は羽田空港に降り立った。翌日、菅直人首相(64)に手紙を渡し、「オーストラリアと日本の国民は一体です」と語った後、アシュウィン君に電話をかけた。「約束通り渡したわ」

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●南三陸町を訪問

 22日に開かれた「友好夕食会」では、被災した学生らを留学生としてオーストラリアに無償で受け入れると表明した。

 23日、震災直後にオーストラリアの救援隊が捜索活動に当たった宮城県南三陸町を訪れた。外国首脳の被災地視察は初めてだ。津波で3階建ての鉄骨だけが残った町の防災対策庁舎前で、佐藤仁(じん)町長(59)から津波から危うく逃れた当時の生々しい状況について説明を受け、「まるで爆撃の後のようね」と顔を曇らせた。

 避難所になっている総合体育館では、子供たちにコアラのぬいぐるみをプレゼントし、励ました。視察後、記者団にこう語って日本を後にした。

 「被災者が元気を取り戻しているのは、日本人が不屈で勇敢な証拠です」

仏で震災支援Tシャツ人気 「エル」付録 1週間で4万部完売(西日本新聞4/30 0:11)
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 【パリ国分健史】フランスの女性週刊誌エルが本誌(4月22日号)とセットで販売した東日本大震災復興支援のチャリティーTシャツが全国で大きな人気を呼び、1週間で4万部を完売した。Tシャツは日本をはじめ世界8カ国・地域でも販売する予定で、収益金はすべて日本赤十字社に寄贈される。

 Tシャツは、ポール・スミス、ジャンポール・ゴルティエ、バネッサ・ブリューノの英仏3人の有名デザイナーがボランティアでデザインしたオリジナル。日本をイメージした日の丸にハートや樹木、虹などが描かれ、大震災被災者への連帯の思いが込められている。

 通常2ユーロのエル本誌におしゃれなTシャツが付いて4・9ユーロ(約600円)とあって、20万部のうちTシャツ付きは、各キオスクで次々と売り切れになったという。エル編集部では「このTシャツを着て街を歩くことで『私は日本のことを思っている』と精神的な支援を示すことができるはず」と話している。

【仏国ブログ】日本復興を助けるため「外国人は日本旅行をしよう」(サーチナ5/5 9:43)
 3月11日の東日本大震災に続いて発生した福島第一原子力発電所事故。一時期は放射能汚染の懸念により、多くの外国人が日本から避難するために帰国した。その後の沈静化にともない、国外に避難していた外国人が再来日する動きもあるようだ。

 フランス人のブログ「Horizons du Japon」では、震災後に再来日した筆者が、復興の一助となるよう、日本への旅行を呼びかけている。

 筆者もフランス政府の勧告を受けて、フランスに一時帰国した。その後、解除されたことと、またそれほど危険ではないと判断したため、先日日本に戻ってきたという。

 フランスでも日本への復興援助のためのコンサートやイベントなどさまざまな企画があり、インターネット上で募金を呼びかける有志がいるが、筆者は日本を旅行することも、日本の復興の援助につながるのではないかと語る。

 日本に滞在するべく再度来日した筆者は、その翌日に秋葉原を訪れてみた。震災後初めて訪れた秋葉原は、節電のため以前よりも多少暗かった。そして、旅行者の姿が以前と比べかなり少なかったことに気づいたとつづっている。

 しかし、現地は震災前と変わっておらず、大型電気量販店の前に野菜や果物を販売する露天があったりする「日本らしさ」は健在だと画像を掲載して記している。筆者はこのような日本らしさに好感を抱いており、震災後もそれが残っていたことをうれしく感じたようだ。

 津波に町がのみこまれていく様子の映像や、原発事故のあった現場の様子が伝えられているため、日本は旅行できるような状況ではないと感じるかもしれないが、実際には日本は広く、その限りではないと説明。

 外国人が日本を旅行すれば、経済復興の一助にもなる。また、旅行者も含め、外国人が日本に戻ってきたという事実が、復興に向けて頑張る日本人の心を明るく励ますことにもなるのではないか、と日本復興のために「日本を旅行をしよう」と勧めている。(編集担当:山下千名美・山口幸治)

「謝謝(ありがとう)台湾」 感謝広告の募金に1800万円、ツイッターで広がる(産経4/26 12:18)
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 「謝謝(ありがとう)台湾計画」。東日本大震災で米国や中国を上回る多額の義援金を寄付してくれた台湾に感謝の気持ちを伝えようと、フリーデザイナーの木坂麻衣子(37)さんが、地元2紙への感謝広告費約240万円の募金を呼びかけたところ26日午前までに1800万円が集まった。すでに1紙に広告料を支払い、5月上旬にも掲載する方向で調整を進めている。

 台湾は震災発生後からテレビなどを通じたチャリティー活動を行い、現地メディアによると、今月13日までに総額約148億円が集まった。米国の約104億円(4月初旬)や中国の3億4000万円(3月末)を上回る規模。

 日本政府は今月11日、米ウォールストリート・ジャーナルや中国人民日報など7紙に支援に対する感謝広告を掲載する一方、台湾には外交ルートで馬英九総統らに謝意を表した。外務省は7紙を選んだことについて、「義援金の総額ではなく総合的な理由」としている。

 「台湾にも感謝広告を出してきちんとお礼をしたい」。感謝広告は木坂さんが11日夜、短文投稿サイト「ツイッター」で何気なくつぶやいたのが始まりだった。共感の声が寄せられたため、台湾に詳しい知人などを通じて話しを進めてみたところ、台湾紙「聯合報」と「自由時報」が広告スペースを提供してくれることになった。

 「謝謝(ありがとう)台湾計画」と名付けて進捗(しんちょく)状況をツイッターで公開。募金活動をアドバイスしてくれる公認会計士や、中国語のできない木坂さんに代わって翻訳作業をしてくれる人など、賛同者がどんどん増えていった。

 募金の振込先の口座の開設では、銀行側から活動議事録の提出を求められ、「開設できない場合もある」と言われたが、ツイッターの投稿履歴などを提出したところ、18日に無事開設してもらえた。

 募金は1口1000円で、広告掲載に必要な約240万円を超えた寄付金は被災地へ義援金として送ることをネット上で告知。最初の2日間だけで600万円を突破したが、その後も寄付は増え続けた。木坂さんによると、「昔、祖父が台湾で世話になった」、「岩手で被災したが、お礼がしたい」という人もいたという。

 活動当初、木坂さんのもとには、「広告を出す金があるなら被災地へ送るべきだ」との意見も寄せられたという。

 これに対し、木坂さんは「所得水準や人口規模からみても破格の義援金を寄せてくれた人たちにお礼をするというのが、私の選択。きちんとお礼をする国でありたい」と話した。

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※皆さんご存知のとおり、その後、感謝広告は5月3日付の台湾紙「聯合報」と「自由時報」に掲載されました。→「ありがとう、台湾」日本の有志6000人、地元2紙に広告(産経5/3)
ブログ「謝謝台湾計画」はこちらです(プロジェクトはすでに解散済です)。
※メルマガ「遥かなり台湾」に木坂麻衣子さんのインタビューが載っています(リンクはメルマガ「台湾の声」)。

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 最後の「謝謝台湾計画」の記事は、「日本人から見た外国」なので、ま、オマケと言えばオマケですね(^^ゞ

 今回の震災では台湾の皆さんから本当に多額の支援をいただきました。
 台湾をますます好きになったという方、多いんじゃないでしょうか。
 
 台湾に絡んだお話をもう少し。
 ちょっと前ですが、5/10放送の「TVタックル」。
 外国人が多数出演していた回でのことです。

 ゲストがたけしさんとともにパネル解説するコーナーで、この日は山際澄夫さんが仕切り役だったんですが、「東日本大震災では各国が日本を援助してくれているが、その裏で中国、韓国、ロシアは日本の領空領海を脅かすようなことをしている」という趣旨で話が進んでいました。

 中国から提供された支援物資等は3億7千万円分だったと山際さんがパネルを読み上げた、まさにその時、中国人の孔健氏が「間違ってる。台湾を含んで100億を超えている」と発言したのです。
 もう私、目が点になりましたよ(・。・)。火事場泥棒じゃあるまいし、この人、言うてて恥ずかしないんか!?と。

 幸い、コーナーを仕切っていた山際澄夫さんから「台湾は中国じゃない!」とすぐに反論がなされましたが、出演者一同は(日本人ゲストは他に三宅久之さん、宮崎哲弥さん、手嶋龍一さん)びっくり&怒り&苦笑でした。

 この時の詳しいやりとりは「銀色の侍魂」さんのエントリーを。
[ビートたけしのTVタックルより【一部書き起こし】中国・韓国・ロシア「支援」の裏で・・・。日本は毅然…]


 ……というわけで、第28弾につづく……!!


※拙ブログ関連エントリー
【一覧】外国人から見た日本と日本人

※拙ブログ関連エントリー(震災関連から抜粋)
4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
4/4付:独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた
4/23付:画像で見る東日本大震災 - 希望 -
5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
5/9付:保守系識者諸氏が見た震災(1)
5/21付:-言葉の力 - PRAY FOR JAPAN&朝日新聞縮小版東日本大震災

東日本大震災
【募金受付まとめ】東北地方太平洋沖地震 被災地に手助けを!

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