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独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた

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【画像:世界中から寄せられた日本への祈り - Pray for JAPAN - NAVER まとめより】

 拙ブログでは、「外国人から見た日本と日本人」シリーズで東日本大震災に対する外国の人々の反応を3回に渡ってまとめましたが(まだ続く予定です)、彼らが一様に驚いたのは日本の被災者の次のような態度です。

 被災を「現実」として静かに受け止め、パニックになったりしない。
 周りの人たちと助け合い、冷静に、秩序正しく行動する。
 列に並ぶよう誰が指示しなくても、静かに並び、割り込んだりしない。
 泣き叫んだり、取り乱したり、誰かをガーガーと責め立てることもない。
 中には不届き者もいて窃盗など起こったりするが、それらは散発的である。
 大勢で略奪行為に走ったりしないし、ましてや暴動に発展したりすることもない。

 こういった日本人の落ち着きやマナーはどこから来たのでしょうか?どうやって生み出されたのでしょうか?
 日本人特有の宗教観?自然観?武士道精神?

 そんなことを考えながら、「WiLL」最新号(2011年5月号)を読んでましたら、財団法人国土技術研究センター理事長である大石久和氏の論文の中に、ひとつの答えを見つけました。
 論文のタイトルは【日本人の自然災害史観 日本人は必ず立ち上がる】。

 その主張を一言で言うと、「日本人の独特の精神性は、日本の『脆弱国土』と『繰り返し起こる災害』によってはぐくまれたものだ」というものです。

<以下、青い文字は大石氏の原文引用、それ以外は私の要約>
 大石氏はまず、日本が「脆弱国土」であり、「厳しい自然条件」であり、他国に比べ、次の9つの大きな「ハンディキャップ」を背負っていると解説します。

(1)細長い国土
 放射状の交通ネットワークを構築しづらい。
(2)四島
 海峡が陸地を分断。多数の島嶼部で構成されている。
(3)脊梁(せきりょう)山脈
 細長い国土を2000メートル級の山脈が縦貫し、日本海側と太平洋側に二分している。面積の7割が山岳地帯。河川は急勾配で短く、流域面積が小さいため、降雨域に上流から下流まで収まってしまう。そのため、河川の氾濫を引き起こしやすい。
(4)平野
 そもそも平野部や可住地が少なく、河口部か山間盆地にある狭い平野が分散している。
(5)軟弱地盤
 大都市はすべて河口部の軟弱な地盤の上にある。
(6)地震
 国土面積は世界の地表面積の0.25%しかないにもかかわらず、マグニチュード4以上の地震の約10%が日本で発生し、マグニチュード6以上では全世界の約20%が日本で発生している。
(7)豪雨
 地球総平均の2倍以上の年間降雨量だが、梅雨末期と台風期に集中。そのため水害が多い。
(8)強風
 台風の通り道に沿うかのように日本列島が展開しており、直接影響を受ける。
(9)豪雪
 国土面積の60%が積雪寒冷地域にある。


 つまり、ヨーロッパなどに比べて、日本は耐震や水害に注意を払い、対策をするというハンディを背負っている。そして先人たちは大変な苦労と投資を積み重ねつつ、ここまで国を発展させてきたのであると。

 また、大石氏は「災害が歴史を動かしてきた」との持論を展開、その一例として幕末を挙げています。

 1855年、安政江戸地震が起こり7400人以上が死亡しましたが、その翌年にも江戸では安政の大風災が起こり、大低気圧による高潮で10万人もの人々が家屋倒壊による轢死や溺死しています。

 実はこの時期は江戸以外でも災害が頻発しており、安政伊賀地震、安政東海地震、安政南海地震が続けざまに発生し、三陸・北海道では津波の被害もありました。

 これら連続した自然災害が、民衆を言い知れぬ不安に陥れたことは間違いなく、また、日本には「社会が不安定だと災害が起こる」との感覚が元々あったため、知識人も「本当に今のままの政治体制で大丈夫なのか」という感覚をもったのであると。

 そういった肌感覚が、明治維新への動きに繋がっていった、災害を受けた民衆の気持ちが明治維新を招き入れたといえる、と大石氏は述べています。

 そして、このような「脆弱な国土」と繰り返し起こる災害によってはぐくまれたのが、「自然災害史観」「震災史観」ともいうべき、日本人の独特の精神性であるというのです。

 歴史をひもとけばわかりますが、日本の先人の多くは紛争ではなく災害で亡くなっています。中国やヨーロッパでは災害よりも圧倒的に紛争で亡くなった人が多いのだそうです。

 紛争、つまり「人為」で命を落とした場合は、相手を恨んだり、なぜ負けたのかを考えます。次に備えて論理で考える思考が得意になり、それは都市設計にも影響してきます。

 例えば中国の長安は高い城壁で町を囲んでいましたが、平城京は城壁を採用しなかった。その違いは、「外から敵が攻めてくる地かどうか」でした。

 日本の場合は外壁がなくても誰も攻めてきませんでしたが、災害などの「天為」に見舞われてきました。

 多数の死者が出ても、原因が災害では恨む相手がいません。
 現代ならともかく、科学技術も発展していなかった時代ですから、災害への予測も備えもままならなかった。抗議する相手もいなければ、防ぐ方法もなかった。……

 と、述べた上で、大石氏は論文をこうまとめています。

 ……このように、日本人は中国や欧米のように理屈で説明できる「人為」でなく、「天為」で命を落としてきた民なのです。そして「天為」で命を落とした死者への思いは、「安らかに成仏してください」というものにしかなりえない。

 人が大勢亡くなった時、あるいは愛する者の死に接したとき、人間は最も深くものを考えるものだと思うのですが、圧倒的な自然の力による災害で多くの人が亡くなる経験をしてきた日本人は、「ただひたすらにその死を受け入れる」民になったのです。

 人間同士のいさかいではなく、自然のみが驚異であった日本人の精神性が、他国と違っていても全く不思議ではありません。

 日本人はグローバル化が進むなかで「人為史観」「紛争史観」の国々とわたり合っていかなければならなくなり、契約の仕方、主張の仕方一つとっても「世界標準と違う」と指摘され、「遅れている」かのように批判されてきました。日本人自身も立ち位置を見失いかけていました。しかし、これは歴史によって培われたものですから、不安に思ったり、自信を失う必要はないのです。

 今回、人知を超えた規模での大きな災害が日本人を襲いました。しかし冒頭でも触れたように、日本人はこれほどまでの甚大な被害を前にしても、泣き崩れることなく、略奪なども起こさず、秩序だった避難生活を送っています。このような態度は阪神大震災のときにも世界の賞賛を受けましたが、これは歴史的に培われた、けなげさ、勤勉さなのです。

 今後は、たしかに非常に厳しいところからの復興が待っているでしょう。計画停電は今後もしばらく続きますし、GDPも下がるでしょう。国民は耐乏生活を強いられることになるかもしれません。

 しかし、こういうときだからこそ、われわれ日本人はせめてこの災害を、日本人が日本人としてもう一度歴史を振り返り、凛とした生きざまを取り戻す機会にしていかなければなりません。はたして、贅沢三昧の何不自由ない暮らしに慣れていくことが国民としての目標だったのかどうか、もう一度見直す機会を神様から与えられたと考えるべきではないでしょうか。いや、そういう機会にしていかなければならないのです。

 日本は本当に美しい国土です。自然は豊かで、農業にも適している。放っておいても木が生えてくるという豊潤な国土を持つ国などそう多くはありません。北から南まで、気候も亜寒帯から亜熱帯まで多様にあり、美しい四季の移り変わりもある素晴らしい国土です。

 しかし、これまで指摘してきたように、他国にはない厳しい条件も同時に持っている。「素晴らしい」と眺めているだけで手を抜いてしまえば、一気に荒れ果てていく宿命も持っているのです。

 少しでも住みやすくしようと自然へ手を入れてきた環境は先祖からもらったものであり、私たちもよりよい形に改善して子孫にわたさなければならないものです。しかし今日、それを「公共事業」という言葉に置き換え、非難し、否定する風潮が強くなりました。これは未来、つまり将来世代に対する怠慢と言ってもいいのではないでしょうか。

 今回の地震と津波で、三陸沖は最大で70センチも地盤が沈下してしまいました。被災して住む家をも失った方々が、今後どこでどういう暮らしを展開していくのか、復興過程できちんと考え、計画的に整備していかなければ、また百年のうちに同じ惨事に見舞われてしまうかもしれません。あらためてあの地域での暮らし方を考え直し、環境を整えていく必要があるでしょう。

 われわれ日本人は何度も何度も大きな災害に見舞われながら、それでも何度も立ち向かって乗り越えてきたのです。悲惨な目にあったのは今の自分たちだけではない。私たちの先祖もみんな乗り越えてきたことです。

 日本は、必ず立ち上がる。その生きざまを世界に示そうではありませんか。……


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 日本人独特の「自然災害史観」「震災史観」といえば、「正論」最新号(2011年5月号)で、東京大学名誉教授の平川祐弘氏が、外国人目線のこのようなエピソードを紹介しています。

 関東大震災を目撃したフランスの駐日大使クローデルは、妻子の死を知ったにもかかわらず、西洋人ときちんと社交を続け、座を辞する時に「頓珍漢な返事をして御免なさい。すこし気が立っていたものですから」a little excitedと挨拶した日本海軍軍人の話を伝えている。

 クローデルは、非常の際に日本人が示す忍耐心は、地震を体験した国民であればこそ身につけた尊ぶべき特性ではないか、とも観察した。

 フランス人であるクローデルも、日本人独特の「自然災害史観」というものを感じ取っていたようです。

 また、これは地震ではなく火事なのですが、渡辺京二氏が「逝きし世の面影」の中で、幕末~明治初期、大火によって焼き出された日本人の様子を目撃した外国人の記録を多数紹介しています。

 いくつか引用しますと、まず、明治10年代に日本に滞在したアメリカ人のエドワード・シルベスタ・モース(大森貝塚を発見した人)は、大火の見物に行った時の様子をこのように記しています。

 「この一夜を通じて、涙も、焦立ったような身振りも見ず、また意地の悪い言葉は一言も聞かなかった。特に纏持*の命があぶなくなるような場合には、高い叫び声をあげる者はあったが、悲歎や懸念の表情は見当たらなかった」

*纏持(まといもち)=町火消しの各組の中で、纏3を持つ役の者。火事場では消し口の要路に立った。

 また、フランス海軍の一員として来日したデンマーク人のエドゥアルト・スエンソンは、1866年(慶応2年)の横浜大火直後の様子をこのように伝えています。

 「日本人はいつに変らぬ陽気さと暢気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった。持物すべてを失ったにもかかわらずである

「日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である

 スエンソンはこういう日本人を「宿命論者」と呼んだそうです。

 さらに、アメリカ人クララ・ホイットニーは、1876年(明治9年)11月、銀座が焼けた翌朝、火事場を見に行った時のことをこう記しています。

 「この人たちが快活なのを見ると救われる思いだった。笑ったり、しゃべったり、冗談を言ったり、タバコを吸ったり、食べたり飲んだり、お互いに助け合ったりして、大きな一つの家族のようだった。家や家庭から追い出されながら、それを茶化そうと努め、助け合っているのだ。涙に暮れている者は一人も見なかった」

 「驚嘆したことには、あちらこちらに新しい建築の枠組が立てられていた。その進行の早さは驚くべきものだった

 クララの見た火事は日本橋から京橋にかけて一万戸を焼いた大火でした。

 東京医科校(年東京大学医学部)で教鞭を執ったドイツ人でエルウィン・ベルツも同じ火事を目撃し、クララと似たような記述をしています。

 「日本人とは驚嘆すべき国民である!今日午後、火災があってから36時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる

 「女や男や子供たちが三々五々小さい火を囲んですわり、タバコをふかしたりしゃべったりしている。かれらの顔には悲しみの跡形もない。まるで何事もなかったかのように、冗談をいったり笑ったりしている幾多の人々をみた。かき口説く女、寝床をほしがる子供、はっきりと災難にうちひしがれている男などは、どこにも見当らない

 「涙も、焦立ったような身振りも見ず」「いつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった」「不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着」「お互いに助け合ったりして、大きな一つの家族のよう」「(新しい建築の)進行の早さは驚くべきものだった」「はっきりと災難にうちひしがれている男などは、どこにも見当らない」……。

 このたびの大震災における被災者の方々とほとんど変わりのない、百数十年前の日本の被災者の落ちついた様子に、驚かれた読者さんも多いのではないでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 話を大石久和氏の論文に戻します。
 公平を期すため書き添えておきますと、氏は建設省の出身です。つまり公共事業推進派です。
 ただ、そのことを割り引いても、氏の話には非常に説得力があると私は感じました。

 民主党は野党時代から「コンクリートから人へ」をスローガンとし、公共事業を悪のように扱ってきましたよね。

 実際、民主党政権が誕生してから、蓮舫さんらが事業仕分けで仕分けたものを振り返ると……

  ・石油と塩の備蓄
  ・防衛費
  ・スーパー堤防
  ・災害対策予備費
  ・地震再保険特別会計
  ・耐震補強工事費
  ・学校耐震化予算

  (「WiLL」同号p.82久保紘之氏による)

 といった、災害の備えとして必要なものが多く目に付きます。
 特にスーパー堤防は「100年に一度の大震災対策は不要」として削っているのです。

 確かに無駄な公共事業がないかチェックすることは必要だと思います。が、行き過ぎた公共事業の否定では日本国民の生命や財産を守ることはできません。今回の震災でそう感じた方も多いのではないでしょうか。

 いずれにしても今後の公共事業や防災の在り方については(政治や利権の問題も含めて)、国民全体も巻き込む形で大いに議論していくべきではないかと思います。
 このたびの震災から多くのことを教訓としながら……。


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