ぼやきくっくりFC2版

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尖閣問題を考える上での具体例を77年前の本に学ぶ

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 尖閣衝突ビデオ流出問題で、海上保安官の逮捕が見送られることになりました。
 今後、捜査当局は在宅での捜査を続け、今月中にも書類送検し、送検後は検察当局が早期に刑事処分を決める見通しです(時事11/15 22:50)。

 逮捕を見送ったのは当然だと私は思います。
 そもそも刑事罰に値するのか?という声が専門家の間でも高まってましたしね。
 あと、世論の影響も大きかったようです。

 仙谷官房長官は8日の会見で、「厳罰に処すべきと考えている国民が圧倒的多数だと信じている」と自信たっぷりに言ってましたが、現実は逆で、「厳罰に処すべきではない」と考えている国民が圧倒的多数だったのではないでしょうか。

 あの中国人船長を釈放してしまったのは検察ではなく菅政権の判断であったことを、国民は皆知っています。明らかな犯罪人である船長は釈放しておいて、もしこの海上保安官を厳罰に処すようなことがあれば、菅政権は即、吹っ飛んでしまったことでしょう(そこに政権の介入があったかどうかはともかく)。

 彼が今後どうなるかですが、ある専門家は「罰金刑か起訴猶予の可能性が高い」と話していました。
 引き続き動向を注目していきたいと思います。
 
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 さて、今日のメインテーマ。

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 11/8付エントリー:【拡散】英語字幕付き尖閣衝突ビデオ(付:タウンゼントの中国評)で最後に紹介したラルフ・タウンゼントの著書「暗黒大陸 中国の真実」

 今から77年も前の1933年に出版されたものですが、読み進むにつれ、支那人の本質が今とほとんど変わっていないことに気づかされます。

 まだまだ紹介し足りないので、引き続き尖閣問題をはじめとする対中問題を考える上で参考になりそうな箇所を引用していこうと思います。
 前回は一般論についてでしたが、今回はより具体的な事例を引用します。

<予備知識>
 当時の中国大陸には、アメリカ人宣教師、民間事業家、それに領事館員や外交官等の政府役人が入国していました(もちろんヨーロッパや日本からも多数入っていました)。


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【恩人を殺す苦力*1

 たちが一番悪いのは汕頭*2の苦力である。私が1932年の4月、そこへ行くほんの前のことであるが、あるアメリカ水兵の死にまつわる、苦力の性格を良く表す逸話がある。かいつまんで話すと、夜遅く水兵が、サンパン*3で帰船しようとした。料金を払って降りようとすると、このサンパンの苦力が「もっと出せ」と喚きだした。水兵はこれを無視してタラップを駆け上がった。苦力は逃がすものかと追っかけ、足や服にしがみ付いた(中国人は汚い手で触るから困ったものだが)。振りほどこくと思わず蹴りを入れたので苦力はまっさかさまに水に落ちた。

 水兵はわが身の危険も顧みず真っ暗の水に飛び込み、苦力をサンパンに助け上げた。これで終われば話にならない。これからである。何と、この助けられた苦力はサンパンに上がると、やおらオールか何かを引っつかんだと思うと、下で泳いでいる水兵の頭を打ちすえ、逃げ去ったのである。これを甲板で見ていた当番兵が発砲したが手応えなく、苦力は闇夜に消え、哀れ水兵は溺れ死んだ。

 こういう事件は他の国でも起こりうる事件ではある。しかし「これぞ中国」である。もちろん中国人を助けた水兵が溺れたのと全く同じことが日々起こるわけではないが、悲惨な事件は実際毎日全土で起きているのである。

(p.61-62)

*1 苦力=「クーリー」と読む。低賃金の日雇い人夫。
*2 汕頭=現在の中華人民共和国広東省東部に位置する都市。
*3 サンパン=小舟。

<私の感想> 尖閣沖衝突事件に関して、少し前、2ちゃんねる等で海保の職員が殉職したらしいという噂、はっきり言ってガセネタと思われる書き込みが出回ったようです。支那人の残虐性を思う時、残念ながらこういった噂が出てきても仕方ないのかなという気はします。

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【平気で嘘をつく中国人】

 中国に長くいる英米人に、「中国人の性格で我々とは最も違うものを挙げてください」と訊いたら、ほぼ全員が躊躇なく「嘘つきです」と答えると思う。

〈中略〉私が初めて中国勤務を拝命した時の話である。訪中前、サンフランシスコのエンジェル島にある税関で入国審査勤務を命じられた。アメリカに入国する中国人、特に不法入国中国人がどういうものか、その実態を把握させようというのである。そこのベテラン審査官の話は当時の私には皮肉に聞こえたものだ。「中国人は嘘をつくのが好きだ」と言うのである。2、3週間して「なるほど」と納得した。使用人や商売人、いわゆるハイクラスの人、将軍から下級クラスまでの政府の役人等など、山ほど例がある。ついても得るものが全くないような時でも見え透いた嘘をつく。上から下まで、嘘を平気でつき、ばれそうになると、悲しそうな顔をするが、1時間やそこらで、ばれるのである。

 欧米では、嘘は憎悪や軽蔑と同じ響きを持つものであるが、中国語にはそういう語がない。必要がなかったからである。そこで、それに近い中国語を使って「嘘ではありませんか?」と言ったとしても、非難の意味はない。ましてや侮辱には全くならない。特別な意味のない言葉なのである。

(p.91-92)

<私の感想> 「息を吐くように嘘をつく」とは、現在では主として朝鮮人を評する際に使われるようですが、元祖はやはり……!?

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【他人の土地に塀を建てて所有権を主張】

 福清*1の近くのミッションスクールの話である。私もこの事件には随分悩まされた。このミッションスクールは校舎近くに空き地を持っていた。この空き地の近くにある中国人学校の偉い人たちが何人かで来校してこう言った。「お宅はあの空き地をお使いになられていないご様子ですが、どうでしょうか、お宅で使うまで当方に貸してもらえないでしょうか?」と。

 校長は同意したが、これが災難の始まりとは知る由もなかった。相手は中国人である。抜け目のない外国人ならそうたやすく返事はしなかったのだが、空き地は中国人に貸し出された。「必要となったら無条件でいつでもお返しします」という条件付きであった。ところが、この空き地を校庭として使い始めると、周りに塀を建て出した。中国では「塀を建てる」とは、「所有権を主張する」ことなのである。これを見たミッションスクールの校長は心配して直ちに抗議した。が、何の効果もなく一日一日と、塀は高くなっていった。そればかりか、抗議をするミッションスクール関係者に、中国人学校の子供たちまで石を投げかける始末である。地元の警察に頼んでも何にもしてくれない(アメリカの慈善団体から大きな利益を得ている地域でさえも、住民は排外的である)。もし文明国家でこのようなことが起こったら、皆で一斉に押し出して塀を撤去するところである。ところが中国では、そうしたら、何をされるかわからない。暴動にまではならなくても、放火ぐらいは覚悟しなくてはならない。それ以上に宣教師というのは神の子である。たとえ中国人が神の慈悲にすがることを忘れ、己の怒りを爆発させたとしても、直接的行動には出られないのである。

 さて、ミッション側の抗議をよそに、中国人学校は塀を完成させ、堂々とその所有権を主張した。現地解決は不能となり、福州のアメリカ領事に持ち込まれ、そこで「規定に従って公明正大な調査を望む」旨の要望書が、いつものように何度も出された。それでも何の変化もなく塀は手付かずであった。アメリカ政府と連絡をして、福建政府へ強硬な要望書が提出された。そこで中国側はどうしたか。長文を認め、怒りを露わにするのが常であるのに、今回は簡潔明瞭なメモ程度のものを北京のアメリカ大使に送った。というのも、ちょうどその頃、北京政府はアメリカと友好関係を結び、対日戦争の援助を画策していた。福建も、北京側に立ち、それ相応の分け前を手に入れ、抗争相手を倒そうとの目論見があったのである。

 さて、何週間も経ってから、責任者から「塀を直ちに撤去する」旨の通達があった。その間、本件以外にもさまざまな案件で電話や書簡が取り交わされてはいた。ところが通達後も塀は撤去されなかった。「いつ撤去するのか」問い合わせると「即刻」と返事が来る。そこで福建政府に、より強硬な要望書を何度か出した。すると今度は「塀はすでに撤去され、完全復元済み」と書簡で連絡が来た。ところが出向いてみると「全くの手付かず」であった。その旨報告すると、また同じく「撤去済み。現場でご確認願いたし」と手紙を寄越した。「それなら」と出かけたが、何の変化もなし。業を煮やして福建政府に強硬に詰め寄った。そこでようやく、責任者は誤りを認め、空き地の写真を添え「復元完了」を通達してきた。その間、不動産譲渡証明書を何枚も添付した文書を何十枚も提出させられたのは、言うに及ばない。

 確かに写真には空き地が写っていた。しかし道路の向こう側から撮られたもので、もし塀があったら、邪魔になって校庭が写らないような角度で撮ってあった。急ぎ駆けつけたミッションスクールの校長の説明を聞いて一同愕然となった。校長が撮った写真は違うのである。校長の写真には例の塀がしっかり写っている。ただし、塀には1メートル近い穴が開いていた。現地に駆けつけて納得した。つまりこういうことだ。穴を開け、そこから中を撮ったのである。

 この役人、「撤去済み」の署名を入れ、証拠写真を福建政府に送り、澄ましている。いくら証拠をつきつけても澄ましたもので、「こんな無理難題を突きつけられるのは初めてです。ただでは済まないところですが、しばらくお待ち下さい。お調べして、もし万が一、塀が建っていたとしたら、撤去させましょう。しかし先ほども申し上げたとおり、このようなことは全く初めてのことですから、よく調査してからご返事を差し上げましょう」と来た。そうしておいて、山ほど手紙を寄越してきた。ただの紙くずである。もちろん言い逃れだというのは承知の上で、1年近くも報告書を送りつけてきたのである。それでもようやく塀は撤去された!

 ところがこの塀を取り壊す時、彼らはこっそり礎石を2、3個残しておいた。ミッション側がこの礎石の上に建物を建てたら「石を返せ。弁償しろ」と無理難題を吹っかけようというのである。しかし1年ほど前同じことがあったので、同じ手は通じなかった。

 アメリカ領事はアメリカ国民のためありとあらゆる援助を惜しまないものであるが、中国勤務がほとほと嫌になり、辞める者が後を絶たない。先ほど述べたようなことが毎日のように起こるからである。

(p.99-101)

*1 福清=現在の中華人民共和国福建省福州市に位置する都市。

<私の感想> 捏造写真まで作って騙そうとするとは!……って、南京事件その他で中国側がばらまいたプロパガンダ捏造写真を知ってる皆さんは、今さら驚きませんよね(^^ゞ

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【国民党の監視下に置かれるミッションスクール】

 アメリカでは知られていないが、1927年から宣教師は国民党政府の監視下に置かれ、不本意ながらも従っており、小学校ではキリストの教えを教えることはできなくなっている。大学レベルでも学生の要望がある場合に限って、選択教科として教えている。これではミッションスクールの名が泣こうというものだ。

〈中略〉1868年の条約には宗教の自由が謳われてあったが、1928年、国民党は、これを反古(ほご)にした。お人好しの宣教師はさしたる抵抗を示さなかった。これに気を良くした国民党は、次に「国民党の党規を教えろ」とまで命令した。国民党は現在は有力政党ではあるが、排外勢力や共産主義(表向きは否定しているが)、その他さまざまな政党の寄せ集めの党である。アメリカにたとえると、ある日突然、あらゆる学校に民主党なら民主党の、また共和党なら共和党の宣伝をしろと命令を下すようなものである。これほど凶暴な政党はアメリカにはない。KKK*1も真っ青である。

〈中略〉こういう国民党の命令を、宣教師たちは言われるままに受け入れた。

〈中略〉教科書も国民党情宣部の手になるものである。排外的内容に満ち、アメリカ人教師を罵倒するものである。アメリカ人が作った校舎内でこうしたことが起こっているのである。影響された学生が教師を侮辱するから、学期の終わり頃になると泣きたくなるそうである。領事館では、こうした教科書を英訳して保存しているからどなたでもご覧になれる。まともな内容なら良いが、全くでたらめである。

 具体例を挙げよう。今は亡き孫文博士の提唱した「三民主儀」に外国資産に関する件がある。そこで孫文は、「外国人を追放すれば資産はすべて中国人のものとなり、その恩恵は国民全体に行き渡る」と力説している。そして、一人当たりどれぐらいの額になるか具体的数字まではじいている。

〈中略〉「攻撃されている方が、攻撃している方に金を出し、あろうことか、先生自身までが攻撃の対象とされる」という珍現象が起きているのである。つまり金を出して反米プロパガンダをしてもらっているのである。珍現象というしかない。

(p.156-158)

*1 KKK=クー・クラックス・クラン。アメリカの白人至上主義を唱える秘密結社。現在もなお幾つかの分派が活動を続けている。

<私の感想> 「攻撃されている方が、攻撃している方に金を出し…」「金を出して反米プロパガンダをしてもらっている…」。耳が痛いですね。ちなみに日本の対中ODAは2008年度で終了したということになっていますが、終わったのは円借款(08年度で終了)だけで、残りの無償援助と技術協力は今も続いています(こちら参照)。また、朝鮮学校の無償化も彷彿とさせる話ですね。

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【養子にした中国人に裏切られた二人の女宣教師】

 私が行く前の福州の話だが、もっとひどい話を聞いた。敬虔な女宣教師の話である。慎み深い方だが子供がいなかったので、奴隷扱いを受けている中国人の男の子を引き取ってかわいがり、学校に入れ、大きくなったら「神の御使い」となってくれるのでは、と期待していた。ところが、折悪しく吹き荒れた排外運動の嵐に吹かれ、「期待の星」はどこかへ消えてしまった。ますます騒がしくなったので、ささやかな家財道具を持って避難しようとしていたところ、暴漢どもが玄関に現れた。ここまではよくある話である。何と驚くなかれ、真っ先に略奪を働いたのは誰あろう、自分が拾って面倒を見てやったあの子ではないか。命からがら逃げ出し、その日一番の船でアメリカに帰り、二度と戻らなかったそうである。

 アメリカ人宣教師だけではない。イギリス人宣教師も同じような苦い経験をしている。拾った女の子に精一杯愛情を注ぎ、教育を受けさせても、この子があちこちで「お母さんの財産は全部私のものになるよ」と言うからかなわない。実の親以上に何不自由なく育ててもらい、仲も良いのに、この発言である。どれほど育ての親ががっかりするか考えない。結局は財産しか目に入らないのである。「どういう価値観を持っているかでその民族の良し悪しが決まる」と、どこかの哲学者が言ったが、そのとおりである。

(p.159-160)

<私の感想> 2002年に大分県で起こった殺傷事件を思い出しました。韓国人と中国人の留学生が、自分が世話になった老夫婦を殺傷したのです。殺された男性は中国との交流に尽くした「日中の懸け橋」と知られ、中国人留学生らの身元保証人を引き受けたり、経営する建設会社のアルバイトに雇ったりするなど、留学生からは「日本のお父さん」と慕われていた人でした。

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【堂々と中国人と渡り合った宣教師】

 今回は頼もしい宣教師を紹介しよう。その名はヴァンヌ・マロニー師。福州の安息日再臨派(キリストの再臨と土曜安息を主張するアヴェンティスト派)である。屈強なテキサスの騎馬警備隊員然とした人物で、私の知る限りでは、中国で基本的権利を堂々と主張できる数少ない宣教師の一人である。

 このマロニー師が1931年、休暇を得てアメリカへ一時帰国する時、同僚のアメリカ人に自宅の管理を頼んでおいた。この同僚というのが、単純というか騙されやすい性格で、中国人との付き合いには不向きであった。うっかり、当面使っていない庭を、向かいに住む中国人に1シーズンただで貸してしまった。この中国人、しばらくすると、庭の石垣に出入りできる穴を開け、庭に面した部分は塀をめぐらした。中国では「塀イコール所有権」である。この友人、不安ではあったが、おとなしいから抗議することができず、そのままにしておいた。

 さあ、帰ったマロニー師は忙しくなった。庭を閉鎖し、中国人に立ち退きを命じた。ところがこの中国人は、「作物も作ってあるから土地は自分のものだ」と言い張る。領事館の登記簿には18年前、購入した時から名義変更がされてないから、紛れもなくマロニー師の所有である。彼らはそれぐらいで怯むようなヤワな人間じゃない。名義も権利も全くお構いなしである。未使用の土地、いやいや使用中の土地だろうが何だろうが、何の警告も理由もなく、脅迫まがいのことをして「寄越せ」というのだから適わない。

 地元の警察に頼んでも何もしてくれない。業を煮やしたマロニー師は領事館に使者を送ったが、この使者もギャングに捕まり、あまつさえ「こんなことをすると女房子供の命も危ないぞ」と脅迫された。事ここに至ってはさすがに領事館も黙っておれなくなった。ただむやみに動くわけには行かない。いやしくも中国を主権国家として扱っている関係上、国際儀礼に則り、警察が動かない理由を調査した。全く馬鹿げたことである。まず第一に、中国当局が外国人に親身になるはずがない。第二に、もし警察が動いたとしても警察自体が頼りにならない。いくら頼んでも動かないから、私が何度も警察署に足を運んでようやく重い腰を上げたのである。

 さて、現場に駆けつけた警察は何をしてくれたか。何かするどころか、ギャングに追い払われて逃げ帰ったのである(中国の警察は「帰れ!」と野次られたくらいで逃げ帰る弱腰である)。庭を囲うためにマロニー師が雇った人も連中も逃げ帰ってしまった。そこで仕方なくマロニー師が自分で庭の囲いをすることになり、私は棒きれをぶんぶん回して護衛に付いた。中国人はこちらがちょっとでも強硬な態度を見せると、怖じ気づいてしまう。ギャングどもが師と私の気迫に恐れをなし、いなくなったので、囲いの壁を作り直すことができた。

 「右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」とイエスは説いた。しかし中国人が相手では全く通じない。左の頬を出されて、「あ、可哀想なことをした」と反省するどころか「えっ、左まで出すの?それじゃ」と思いっきりぶん殴るのが中国人である。「どうして宣教師は気づかないのか」と領事館員は嘆いている。こういう卑屈な姿勢がかえって中国人を甘やかすことになる。おかげで、文明国家では当然の権利である外国人の権利を平気で踏みにじる。「宣教師が甘やかすおかげで、我々民間まで仕事をめちゃめちゃにされ、面目丸つぶれだ」と、民間には怒りの声が絶えない。

(p.162-163)
 
<私の感想> 「WiLL」2010年12月号で、東海大学教授の山田吉彦氏が尖閣諸島についてこんな話をしています。「いつ、中国漁民がなだれ込んでくるかわからない。それこそ、嵐にあったと理由をつけて上陸し、住みつかれたらどうするのか。尖閣に一度でも中国の五星紅旗を掲げられてしまえば、解決は非常に困難となります」。

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【学生に焼き討ち、略奪されるミッションスクール】

 我々には何かにつけ「お世話になっています」という気持ちがあるのだが、中国人にはこういうことは全くない。宣教活動が失敗する一因はこのあたりにある。このままでは、いずれアメリカ国民が実態を知り、支援者は中国を見切り、援助の手を他に向けるようになる。そうなれば布教活動は大打撃を受けることになる。支援者は「感謝されたくて」支援をしているのではない。何がしかの役に立つと信じればこそ支援しているのである。感謝はともかく、まさか「しっぺ返し」されるとは誰も思っていない。こういうささやかな願いを無残にも踏みにじるのが中国人である。

 代表例を挙げよう。慈善団体が援助する学校で、外人教師は交代して夜中に教室と宿舎の見回りをしている。「中国人学生の放火から校舎を守るため」である。中国人学生とは何者か。宣教師が救ってやった者ではないか。奴隷同様の境遇から救い、将来のため教育を受けさせ、高い寮にまで入れた子ではないか。こういう子が夜の夜中に寮を抜け出し、自分が学ぶ寮や教室に火を放ち、「くたばれ、帝国主義のヤンキー野郎」と叫ぶのである。イギリス人も同じ扱いをされている。福州では去年、貴重な校舎を3ヶ月で3つも失った。

〈中略〉それにしても、中国人は次から次へと試練を与えてくれるものだ。焼き討ちぐらいですむならまだよい。何百人も殺されているのであるから。

 めったにない話だと思われるかもしれないが、そうではないのである。嘘だと思われるなら公平な具体的数字を紹介しよう。例えば『チャイナ・イヤーブック』は1921年から具体的に報告している。またK・S・ラトーレットの『中国宣教師の歴史』にも興味深い事実が紹介されている。ただ、これにはこのところ何かと話題になる国民党の活動報告が不十分ではあるが。

 私の知るところでは、1927年国民党が政権を握り、裏で排外政策を採って以来、略奪、放火などの暴力事件を含む学生暴動が起きないアメリカン・ミッションスクールは一つとしてない。国民党政権になった年、東部だけでも108校あったミッションスクールのうち、45校が数年間閉校となっている。

 アメリカが出資するヤリ大学は、宗教色がなく、幅広い教養科目、専門課程を擁する社会福祉大学だが、ここもほぼ2年間閉鎖せざるを得なくなった。「うちの学生で兵隊になって1927年の略奪行為に加わった者はいない」とスポンサーが自慢していた大学である。汕頭では学生と中国人教職員が混乱に乗じて校舎を占拠し外国人職員を追い出した。普段は愛嬌を振りまく中国人が、好機到来と見るや豹変する一例である。

(p.165-167)

<私の感想> 日本も中国(中共)に対してたくさんの支援をしてきましたが、まさに「感謝はともかく、まさか『しっぺ返し』されるとは」になってますよね(T^T)

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【軍艦を盾に賠償金を取った田村総領事】
 
 危うく「閘北の戦い」(引用者注:第1次上海事変)が福州でも起きそうになった。1932年の4月まで私は上海勤務だったので、事件当時私は福州にはいなかったが、現地に出向いた時、事件を誰もが鮮やかに覚えており、詳細を知ることができた。ことの顛末はこうである。中国全土と同じで、福州でも略奪目的の学生秘密結社がいくつも存在していて日本人も被害に遭っていた。ある日本人教師夫妻が標的にされ「殺す」と脅されていた。脅された教師には何の咎もなかった。ただ、家が中国人の家の近くにあり、警備が十分でないのでカモにされたのである。日本人子女の先生だから、中国人と接触し挑発することはない。日本総領事は、ばかばかしいことではあるが、主権国家に対する礼儀を重んじ、福州当局やら警察やらに状況を説明し、警備を要請した。日本側でできるのではあるが、そうすると主権国家間の慣行に反すると判断したのである。

 要請を受けた中国側は教師宅の前に中国兵を配置した。この中国兵は、数日間は交代で24時間警備に当たった。ところがある夜、何の前触れもなく、消えた。説明も何もなく突然いなくなったのである。策を講じるまもなく、夫妻は襲われ、殺されてしまった。信頼させておいて寝首を掻く中国の軍隊、警察のいつものやり口である。当局が秘密結社と組み、殺害させたのではないとしても、ぐるになって襲撃の時に警備を引き上げさせたとしか思えない。

 日本人の怒りは頂点に達した。田村総領事は中国当局役人を呼び、こう述べた。「非難するつもりはないが、双方の同意に基づいた警備に落ち度があったから今回の事件が起きたのである。この重大な過失に対し、ご遺族に5万ドル賠償願いたい」。

 対する中国側は言を左右してまともな返事をしない。業を煮やした田村総領事が、「よろしい。これ以上申し上げることはない。後はそちらのご判断しだいである。一言申し添えるが、当方はすでにことの詳細を海軍に打電し、軍艦数隻がこちらに向かっている。おわかりかな。熟慮のほど、重ねてお願い申し上げる」と席を立とうとすると、中国側は「艦砲射撃を食らっては職も失う」と思ったのか、「局に持ち帰って相談してみます」と持ちかけた。「5万ドル耳を揃えて持ってくるまでは面会無用」と席を立った。徹夜で相談した中国側は、明け方になってようやく5万ドルを現金で持ってきた。直後、日本の軍艦が到着した。艦長たちは事が収まったと聞いてがっかりしたに違いない。これは第一次上海事変の一月前のことであった。

 中国人には田村式が一番である。私は実際、田村氏が中国人と対応している場面をこの目で見ているが、実に丁寧である。公平であり信念の人である。中国人に対してもこれは変わらない。愉快なことに、あの件があってから福州では日本人に対する態度が一変した。日本人殺害はもちろん、あらゆる反日行動がぴたっと止んだ。日本人は最高の扱いを受け、最も尊敬される外国人となった。アメリカ領事は軟弱政策ゆえに、反米運動の対処に忙殺されている。イギリスも似たりよったりだ。日本領事はどうだ。「いつでも軍艦を呼ぶぞ」という毅然とした田村総領事のおかげで、自国民を保護し、全世界の在中国領事が束にかかっても叶わない、いやその十倍の成果を上げている。毎日、私は昼食のため、日本領事館の前を通ったが「門前市をなす」である。台湾行きのヴィザ取得のためである。台湾は日本領である。中国では働いても働いても、同じ中国人の役人に搾り取られるが、台湾に行けばそんなこともなくなるからである。

 福州事件は中国全土で起きている。現実的政策に裏打ちされた断固たる態度でしか事件は解決できない。中国人にはそれ以外考えられないし、そういう人を尊敬する。ちゃんと証拠がある。しばらくして田村氏はシンガポール総領事に転任となり、送別会が設けられた。中国人役人にも尊敬され、好感を持たれていたのである。稀に見る賛辞が寄せられた。市民は心から田村氏を讃えた。数ある領事の中で一番の人気者であった。

 田村氏が教師夫妻殺害事件を毅然とした態度で解決して以来、福州在住日本人3000人は何ら危害を加えられることなく、略奪されることなく、平穏に暮らすことができた。中国人だってその気になれば、日本人であろうと誰であろうと、危害を加えることを止めることができるということである。

(p.273-274)

<私の感想> 出よ、平成の田村総領事!!…でも、それにはやはり軍事力が背景にないと無理なんですよね(T^T)

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 以上です。いかがでしたか?

 今回はいきなり本の引用から入りましたが、当時の中国やアメリカの状況をある程度把握していないと、ちょっと分かりにくい箇所もあったかもしれませんね。

 著者ラルフ・タウンゼントのプロフィールとともに、そのあたりをざっと説明しておきますね。

 ラルフ・タウンゼント(1900年~1970年)はアメリカ人で、コロンビア大学卒業後、新聞記者、母校の英文科教師を経て米国務省に入りました。
 1931年に上海副領事となり、ここで満州事変に伴う第1次上海事変に遭遇。その後福建省福州副領事に転じています。

 引用前に<予備知識>として紹介したとおり、当時の中国大陸にはアメリカ人宣教師、民間事業家、それに領事館員や外交官等の政府役人が入国していました(もちろんヨーロッパや日本からも多数入っていました)。

 宣教師は「可哀想」な中国人を救おうと、学校や病院を作るなど慈善事業に尽くしましたが、その恩は全て仇で返されました。中国人はアメリカ人に対して、略奪、暴行、陵辱、拷問、焼き討ち、虐殺を繰り返したのです。

 ……念のために書いておくと、もちろんアメリカ以外の国も被害に遭っていました。例えば1927年の南京事件(1937年12月から翌年1月にかけての「南京事件」とは全く別の事件)では、日本人、イギリス人、アメリカ人、イタリア人、フランス人、デンマーク人に死者・不明者が出ています。ちなみに日本人約230名が虐殺された通州事件は1937年7月発生。……

 が、それでもアメリカ人宣教師は懲りません。真実を話しません。なぜか。もし事実が知られると、今まで続いてきた援助が打ち切られる危険があるからです。

 民間事業家も事実を話したがらない。なぜか。心証を害された中国人から不買運動が起こる恐れがあるからです。

 政府役人も在任中は外交辞令的なことしか言えません。なぜか。厳重に口止めされているからです。
 もし現役の役人がアメリカに帰国し、中国の話をしてくれと頼まれたような場合は、話の概要を政府に提出しなければいけないことになっており、もし全容を話そうものならクビが待っていました。

 こういった箝口令とでも言うべきものが敷かれた結果、当時のアメリカ国内では、中国について真実とはかけ離れた思い違いやら誤解が生まれていました。

 タウンゼントは1933年に帰国、外交官を辞しました。そして処女作「暗黒大陸 中国の真実」を発表しました。
 彼は帰国後、講演や著述を旺盛に行っていますが、それは支那事変勃発後ますます硬化するアメリカの対日姿勢に対する疑問の声であり、その異議申し立ての表明でした。
 こうした活動の果てに、1942年、ルーズベルト政権の時代に逮捕、収監されています。


 なんべんも言うようですが、これは最近書かれた本ではなく、77年も前に書かれた本です。が、タウンゼントの主張は全く色褪せていません。
 それどころか、今を生きる私たちが中国という厄介な隣国とどう付き合っていくべきなのかを、まざまざと教えてくれる、超一流のテキストではないかと思います。

 日本の政治家や官僚や企業家は、是非この本を読んで中国について学んでいただきたいものです(今からでは遅いのかもしれんけど(T^T))。

 そうそう、先日の反日デモでの中国人の暴力行為によって、このような悲惨な状態に陥ってしまった日本人が現に存在しているのですが、皆さんはご存知でしたか?

反日の嵐 親中無残 ~デモで店舗襲撃され帰国~(産経11/14付朝刊)(産経web未掲載につき、「橘正史の考えるヒント」さんにリンクを貼らせていただきました)

 残念ながら、今の日本政府には、中国にいる日本人を本気で守ろうという気概はないようです。
 現在中国に住まれている方、今後中国に行こうと考えておられる方は、よほどの覚悟が必要でしょう。

 ……ちなみに、「WiLL」2010年12月号【「本家ゴーマニズム宣言」第21話 中国との戦争は始まっている】にて、小林よしのり氏も尖閣問題に絡めて、この「暗黒大陸 中国の真実」からいくつか事例を引用されています。
 ゆえに今日引用した文章の中には、この回のゴー宣とダブる箇所もあったのですが、何卒ご了承を。
 実を言えば、私はこの回のゴー宣を読んで、しばらく前に買ってあったものの読む暇がなく放置してあった「暗黒大陸 中国の真実」を思い出し、慌てて引っ張り出してきた次第です(^^ゞ


※拙ブログ関連エントリー(支那人に関して)
09/9/27付:GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態
 1937年(昭和12年)、支那事変に駆り出された中国人青年の体験記。支那兵が自国人に掠奪や暴行を繰り返したり、便衣兵になって逃亡したりと、とにかく野蛮だったのが分かります。

※拙ブログ関連エントリー(尖閣問題(一部抜粋))
10/9/27付:9月24日は国恥記念日 船長釈放でますます嵩にかかる中国
10/2付:尖閣事件で改めて露呈した民主党政権の統治能力の無さ
10/4付:中国が尖閣諸島を日本の領土だと認識していたことを裏付ける史料
10/19付:尖閣問題で仙谷批判の小藪座長GJ!
10/26付:石原知事も中国漁船の悪質行為に言及 ビデオを早急に公開せよ!
11/5付:尖閣ビデオ流出キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
11/6付:尖閣ビデオ流出の波紋
11/8付:【拡散】英語字幕付き尖閣衝突ビデオ(付:タウンゼントの中国評)
11/11付:「アンカー」尖閣ビデオ神戸海保職員流出告白 裁かれるべきは誰?
11/13付:海上保安官メモ全文起こし

【緊急!拡散して下さい!】

危険な生駒市外国人条例

日本の精華さんより引用)

奈良県生駒市で現在、「生駒市市民投票条例(案)」なる住民投票条例のパブリックコメントが出ています。

この条例は、定住外国人にも投票に参加できる仕組みとなっており、事実上の外国人地方参政権と同じ内容となっている大問題な条例です。

まず、生駒市案の住民投票は単なるアンケート的なものではなく、いわゆる拘束型と呼ばれ、投票結果の拘束力が強い内容となっており、事実上、地方自治体の意思決定を行うものとなっています。

〈中略〉パブリックコメントは、2010年11月末まで受付しています。意見を提出できるのは、住民および「当該案件に利害関係を有する者」です。これは国民全体に利害関係がありますので、日本国民であれば、全員利害関係があると言えるでしょう。積極的に生駒市に反論をして、このような重大な問題のある条例を断固作らないようにしなくてはなりません。

生駒市の本件パブリックコメントのページはこちら
http://www.city.ikoma.lg.jp/enquete/detail4655.html


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