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戦争賛美から米崇拝へ『朝日の変節』のルーツ「SAPIO」01.11.14号

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 「捨てる前にテキスト化」シリーズ。
 第3弾の今回も「SAPIO」からの転載です(当分「SAPIO」が続くかも(^^ゞ)。

※過去記事
7/27付:日本統治を直視する韓国の静かなる肉声「SAPIO」01.9.26号
8/24付:みのもんた氏の韓国に対する認識の間違いを正す「SAPIO」06.4.26号


 全文起こしここから____________________________

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「SAPIO」2001.11.14号
特集【朝日新聞「トンデモ記事」大研究】より

<原罪>
瞬時に、権力に擦り寄るご都合主義体質

戦争賛美からアメリカ崇拝へ
「朝日の変節」のルーツはここにあり

近畿福祉大学教授 岡本幸治
【PROFILE】1936年京都市生まれ。京都大学法学部卒。三井物産社員を経て、京都産業大学講師、大阪府立大学助教授、インド国立ネルー大学客員教授、大阪国際大学政経学部長などを歴任。現在、近畿福祉大学教授。著書に『北一輝 転換期の思想構造』(ミネルヴァ書房)、『脱戦後の条件』(日本教文社)など多数。日印友好協会会長。

 現在の朝日新聞の1面コラム「天声人語」は、戦時中は「神風賦」という名で、日本の戦争に対し扇動的な記事を書き続けた。当時、国内最大の発行部数で、政府に協力し続けた朝日新聞は、戦後、一変してGHQ(連合国最高司令官総司令部)のお墨付きをもらい、日本の民主化の旗手として自分を位置づけていく。この変節の裏側にどのような歴史的事実が隠されているのか、岡本幸治近畿福祉大学教授がGHQと朝日の関係を検証する。
 *

 朝日新聞が戦時中、連日全紙面を使って戦争に「賛戦」し、賛美し続けたのは周知の事実である。そして終戦後、自らの戦争責任を取ったのかという声があがっていることも確かだ。

 これに対し、「朝日も被害者だ」という見方もある。朝日新聞だけではなく、戦時中は内務省警保局、内閣情報局によるすべての新聞記事への検閲や軍部からの圧力があり、戦争賛美に記事が偏ったことは仕方がなかったのだ、というものだ。

 確かに新聞を出し続けようとする限り、紙面の記事においては、軍部迎合はやむを得なかっただろう。しかし、朝日新聞社の出版局については「被害者だった」どころではない。

 戦時中の朝日は、国内最大の新聞発行部数をもって政府に協力しただけではない。雑誌や書籍などを扱う出版物でも講談社に次ぐ大手であり、その内容も時局迎合で、軍部の覚えがめでたいものが少なくなかった。

 たとえば、日本軍の航空機を賞賛した記事が多い『航空朝日』、戦時体制への労働者の動員をはかった大日本産業報国会の機関紙『ちから』などがそれである。

 戦後、GHQの検閲によって没収対象となった朝日の戦時出版物は「官報」公示のものでも130点と、他社に比べて断然群を抜いているのだ。これを見ても、戦中の朝日新聞は決して被害者ではなく、権力にべったりと擦り寄っていたのは明らかだ。

 一方、その朝日自身と「被害者だった」論者たちは、戦後昭和20年8月23日の社説「自らを罪するの弁」で、自己批判を済ませている、とも主張しよう。しかし、これらはとても自己批判とは言えない内容である。実は、これらは再び権力へ擦り寄るための記事でしかなかったのだ。

「自ら罪する」といいながら東条への責任転嫁

 「自らを罪するの弁」では、「言論機関の責任は極めて重い」と反省するような文を書いている。しかし、戦争責任については、「決して特定の人々に帰すべきではなく、一億国民の共に負ふべきものであらねばならぬ」と、まるで国民に責任がある、一億総懺悔(ざんげ)と言わんばかりだ。

 しかも「特定の人々に帰すべきではない」と言う舌の根も乾かないうちの9月17日には「東條軍閥の罪過」という社説を書いている。「まことに恥多き戦争であつた」という書き出しで、「驕慢(きょうまん)と無智と独善と虚栄がそれを敢てした。而(しか)してその代表的なものが東條軍閥であつたのだ」と書く。支那事変を含む大東亜戦争の責任を、対米戦争開戦時の首相、東条英機に集中させ、東条軍閥が代表する軍国主義の罪過を、徹底的に清算しないと日本の民主化にはならない、と言っている。朝日新聞自らその東条軍閥に追従したことへの批判、反省はまったくなされていない。

 さらに重要な社説がある。9月22日「戦争の責任 果たして如何」がそれだ。この社説はある意味で面白い。非常に重要な背景があるからだ。この日付を頭において、以下を読み進めていただきたい。

 戦後、GHQによる日本占領政策の中で、メディアに対する検閲があった。最初は事後検閲、つまり新聞発行後に検閲をしたが、後になると事前検閲に変わる。発行前に記事をGHQに見せ、許可を得よ、というものだ。

 じつは朝日新聞は9月18日、GHQより48時間の発行停止命令を受けた。原因は、鳩山一郎衆議院議員(後の戦後6人目の首相。鳩山由紀夫民主党代表の祖父)のインタビュー記事を掲載したこと。鳩山は、「『正義は力なり』を標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜(むこ)の国民殺傷が……戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであらう」と、アメリカの戦争犯罪について言及した(9月15日付)。

 この記事や当時頻々と起きていた米兵による強盗、強姦事件の報道などがGHQの逆鱗(げきりん)に触れ、朝日は戦後の新聞で初めて、発禁処分を受けた。昭和20年9月19、20日の2日にわたって、新聞を発行することが出来なくなった。

 つまり、22日の社説「戦争の責任 果たして如何」は、発禁が明けた直後の社説である。

 「物的戦力と科学力において、日本が米国に遙に及ばないことは、初めから判りきつてゐたことである。我が指導者が、この事実を知らなかつたとすれば、無智、無能これに過ぐるものはないし、もし知つて国民を戦争に駆り立てたとすれば、罪万死に値しよう」「遂に国民を大戦争の渦中に投じた我国指導者の責任こそ、この際、十分に糾明せられて然るべきであらう」

 自らの戦争指導者に対する追従を棚に上げた朝日新聞はさらに、「軍国主義の絶滅と政治の民主々義化」は「日本自体の要求だと、万人が異口同音に叫ぶであらう」、と書く。対日初期占領政策が要求するものを察知して、全面的にそれに追従することにしたのである。戦争責任は指導者にあって、アメリカはわれわれ自由主義・民主主義者を救い出した救護者だ、という言い方で巧妙に責任を回避したのだ。

 18日に発禁命令を受けた朝日新聞はすぐに、鈴木文四郎常務(のち、主筆兼編集責任担当重役。退職後、参議院議員、NHK理事)を中心にGHQに出向き、「朝日は決して占領軍の政策に対し批判的なのではない。そればかりか、我々は元来日本で最も自由主義的な新聞であり、GHQの日本改革政策に対しては全面的に支持する」と口頭で述べている。

 その後、口頭の説明だけでは不十分だと思ったのだろう。同じ主旨の内容をしたためた弁明書を参謀長に提出した。その際に最高司令官の閲読を希望してわざわざ添付したものが、この「戦争の責任 果たして如何」の社説だったのだ。

 朝日新聞は、ここから完全に転向する。擦り寄るべき権力者を、日本政府からGHQに切り替えたのだった。

GHQを利用して情報局を牽制

 この昭和20年9月の段階では、検閲を行なう主体はGHQオンリーではなく、まだ内閣情報局も機能していた。占領政策は基本的に間接統治で、憲法も法律も議会制度も戦前のままだったからだ。

 その情報局の検閲体制が崩れ、GHQが検閲の権限を奪い取ったのは、天皇陛下とマッカーサーの有名な会見記事がきっかけとなった。

 9月27日、天皇とマッカーサーとの会見は、旧アメリカ大使館の司令官公邸で行なわれた。そして翌28日、情報局はこの会見を記事にし、2人が並び立つ写真を掲載しようとしていた朝日、毎日、読売報知に発禁処分の命令を下した。既に印刷に入っていたので困った朝日の細川隆元編集局長(のち衆議院議員、評論家)は情報局の部長に会い、「宮内省がGHQの承認を得て許可した会見を掲載させないとは、どういうことだ」と詰め寄ったが、らちがあかない。そこで、今度はGHQに駆け込み「情報局は、内閣誤情報局だ、誤っている情報を流すところで、恥ずべき機関だ」と、ご注進した。すると社に戻って1時間も経たないうちにGHQは情報局に対して、発禁処分の差し止め命令を出した。これは、細川氏本人が『朝日新聞外史』(秋田書店)に書いている。

 GHQにしてみればマッカーサーとモーニングに威儀(いぎ)を正し直立不動の天皇が並ぶ写真が日本の新聞に掲載され、国民の目に触れることの意味は大きい。この訪問は「服従儀礼」であることを言外に示せたからである。それ以後、検閲は直接GHQが行なうことになり、メディアの検閲だけが直接統治となったのだ。したがって、権力者は日本政府ではなくGHQ、ということになる。朝日新聞は、擦り寄る相手を間違ってはいなかった。

社の利益を優先する朝日新聞の方便
 
 なぜ朝日はこれほど権力に擦り寄るのか。ひとつは、昭和6年の満州事変以来、戦争報道によって部数を飛躍的に伸ばしたことがある。戦果を航空写真に収めるために航空部局を作ったり、外地にたくさんの従軍記者を送りだすために社員を増やした。終戦後、タブロイド判1枚の紙面になったときですら、東京社会部だけで50人の記者がいたほどだ。

 したがって、この大量の社員を養わなくてはならない。民間企業だから利益もあげなくてはいけない。配給制になった新聞用紙をGHQによって止められたり、発禁処分になると、とたんに経営不振に陥る。それを避けるためには、その時の力の強い権力にぶら下がっていくのが一番だ、となる。組織の論理としては合理的だが、つまり国益よりも社益を優先させるようになったのだ。

 もうひとつ。朝日には読売とも違う、講談社とも違う、もっと高級の知識人のためのクオリティペーパー、クオリティマガジンである、という自負があった。実際に、戦中はそうした評価があり影響力も大きかっただけに、戦後もその地位を死守しなければならなかった。

 一方、占領軍であるアメリカは、メディアの持つ影響力を十分に知り尽くし、対日機関政策を早くから準備していた。アメリカの望む民主主義、自由主義を浸透させるには新聞の力が必要だった。「もともと我らは自由主義者だった」と、一も二もなくアメリカに従った朝日の方針転換は戦後、朝日が生き抜くための方便であった。ここに双方の利益が一致したのである。この方便は続ける間に「習い性(せい)」となって、反国家的、反体制的な紙面に傾斜してゆく。

 戦時中に新聞界、出版界で力を持っていた朝日は戦後も日本出版協会会長に幹部を送り、以来、重要ポストを押さえ、GHQとの関係を有利にするために腐心した。協会内部やGHQから出てくることも予想された朝日批判をこうして表面化させずに抑えることに成功したのである。

 朝日の「民主主義」とは、「寄らば大樹の陰」で、力の強い新権力に擦り寄るための口実でもあったのだ。

 ____________________________全文起こしここまで


 今さら言うまでもないですが、朝日新聞の「売国」は本当に罪深いですよね。
 「南京大虐殺」にしても、「従軍」慰安婦にしても、教科書問題にしても、靖国参拝問題にしても、朝日さえなければここまで大きな問題にならなかったのは確実です。

 が、敗戦直後からすでに「売国」だったんですね。それも「親米」。
 私(昭和39年生まれ)ぐらいの世代では、朝日と言えばもう「反米」「親中」のイメージしかないんですけどね。

 ちなみに、私は数年前までは朝日の社説は毎日必ずチェックし、よくブログでネタにさせてもらってました。大まじめに批判したり、時には社説の全文パロディ化に挑戦したり……(下記リンク集参照)。

 が、ある時期から飽きてしまいました。だってワンパターンなんですもん(^_^;
 翌日の社説のテーマはおろか、タイトルまである程度予想できるようになってしまい、全く魅力を感じなくなってしまいました。
 今ではもうネットでたまたま行き当たった時ぐらいしか朝日の記事は読みません。

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※拙ブログ関連エントリー(朝日新聞)

05/7/26付:朝日新聞の「NHK番組改変問題検証記事」を検証しました
 安倍さんと中川さんを狙い撃ちしたこの事件、結局うやむやのうちに終わってしまいましたね。本田記者は今どうしてるんでしょ?

05/10/22付:朝日新聞社内乱闘AA集
 「朝日新聞、靖国問題で社内乱闘…40代社員が暴行/被害社員は10日間のけが」。皆さん覚えてますか?このB級事件。下のようなAAも流行りました。
        ∧_∧
     ミ ○(#@Д@) <一発だけなら誤打の範囲内!
      ヽ ∧_ ○))
    ミヘ丿 ∩Д@;)  <私人として抵抗してもいいですか
    (ヽ_ノゝ _ノ


06/1/6付:朝日新聞社説 私たちこそ理解できぬ
 靖国参拝に関して小泉総理(当時)を批判した06年1月5日付の社説「首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ」を全文パロディ化。

06/1/17付:何度でも言う。靖国を外交問題にしたのは朝日新聞!
 火のないところに火種を落とした加藤千洋記者(後年「報ステ」でお馴染みに)。許すまじ!

06/3/4付:朝日はいつまで「元慰安婦」を利用するの?
 国内ではとっくに決着した論争なのに、朝日はいつまでも悪あがき。

06/7/26付:朝日変節まとめ
 「天皇や皇族は発言を控えるべきだ」「天皇の発言を重く受けとめるべきだ」。どっちやねん?

06/9/2付:週刊新潮「中韓を煽った朝日『靖国社説』変節60年」
 読者様ご提供全文テキスト起こし。

06/10/14付:朝日新聞の捏造・放火の歴史
 「1950.09.27 伊藤律のインタビューを捏造」から「2005.08.23 田中知事の会談を捏造」まで。

07/2/27付:朝日新聞 若宮啓文論説主幹インタビュー
 「WiLL」07年3月号より全文テキスト化。「朝日というだけで叩かれるのはつらいものがありますけども」「朝日を支持してくれる人の方も非常に多いんですよ」。オチが秀逸。

09/5/2付:「アンカー」世論調査のワナ 朝日新聞による誘導の典型例
 2002年に行われた住基ネットについての朝日新聞の世論調査。質問による誘導の典型例を宮崎哲弥さんが解説。

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※拙ブログ関連エントリー(昔の雑誌:SAPIO)
7/27付:日本統治を直視する韓国の静かなる肉声「SAPIO」01.9.26号
8/24付:みのもんた氏の韓国に対する認識の間違いを正す「SAPIO」06.4.26号

※拙ブログ関連エントリー(昔の雑誌:CREA)
5/15付:クロウト政治とシロウト政治 18年前の参院選「CREA」92年9月号
6/7付:豪州が日本を提訴 18年前の捕鯨問題「CREA」92年9月号

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