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世界が忘れない日本の物語「ビーバップ!ハイヒール」より

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■6/17放送「ビーバップ!ハイヒール」世界が忘れない日本の物語

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 拙ブログの読者様にはおなじみのエピソードが大半かもしれませんが、これを地上波で放送したことに大きな意義があると思います。
 木曜深夜11時台の放送にもかかわらず、2桁の視聴率をとるという関西の人気番組です。

 例によって、番組の中身をざっくりとですがまとめてみました。
【当日のテレビ欄より】
日本は世界から尊敬されてる▽日本人だけが知らない感動秘話

【番組公式サイトより】
日本は自分たちが思う以上に世界から愛されている!世界は知っている“愛される日本”のエピソードを紹介!
「ハテナの自由研究」は、ブラックマヨネーズの「はじめての日本」第5弾。

【出演者】
ハイヒール(リンゴ・モモコ)
筒井康隆、江川達也、たむらけんじ
ブラックマヨネーズ(小杉・吉田)
澤山璃奈、岡元昇(ABCアナウンサー)
井沢元彦(ゲスト。作家。歴史をテーマにフィクション、ノンフィクション問わずに幅広く活動。『逆説の日本史』『言霊』など著書多数。大正大学文学部客員教授)

※一部進行を変えて再構成しています。
※「ハテナの自由研究」コーナーはカットしました。
※画像は読者様にご提供いただいた動画からキャプチャさせていただきました。
 (私の使っているMacOS9でついにYouTube視聴ができなくなりました。
  裏技使ってキャプチャしたので画像が粗いですがご容赦下さい)


 大ざっぱな内容紹介ここから_________________________

 こんな調査をご存知だろうか?
 「世界に良い影響を与える国」第1位、日本。

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 これは世界の主要30数カ国を対象とした世論調査で、嬉しいことに日本は2006年から3年連続でトップの座を獲得している。

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 「金儲け」「アメリカの腰ぎんちゃく」……。
 我々日本人は世界からマイナスのイメージを持たれていると何となく思いがちだが、実は自分たちの思う以上に世界から愛されているのだ。

   ………………………………………………………………………

■プロローグ~リトアニアのユダヤ難民を救った杉原千畝

 オスカー・シンドラーは第二次大戦中、ナチスの強制収容所から1200人のユダヤ人の命を救ったドイツ人。
 その正義の姿は世界中で知られ、スティーブン・スピルバーグによって映画化もされた。

 しかし、そのシンドラー以上に多くのユダヤ人を救い、世界から高く評価されている日本人がいる。

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 杉原千畝。
 実に6000人ものユダヤ人を救い、その勇気ある行為から「東洋のシンドラー」と呼ばれている人物である。

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 1940年、リトアニアの日本領事館にいた杉原。

 当時、ナチスに迫害され逃げてきた多くのユダヤ難民は、さらなる迫害から逃れるため、国外脱出を望んでいた。

 どこの国もビザの発給を拒む中、杉原は本国外務省の指示にそむき、ユダヤ人を国外へ逃すため、独断でビザを発給。

 しかし戦後、命令に背いたことを理由に、杉原は外務省から追放され、その行いは一切日本では語られなかった。

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 彼の名が広く世間に知られたのはその45年後。
 ユダヤ人の国イスラエル政府が、ノーベル平和賞に匹敵するとされるヤド・バシェム賞(諸国民の中の正義の人賞)を授与した時だった。

 リトアニアの首都では、彼の功績を称え、スギハラ通りと名付けられた道が、今も残されている。

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 そんな、我々日本人は知らないが世界は知っている、愛すべき日本の歴史を紹介してくれるのが、作家の井沢元彦。
 「逆説の日本史」シリーズで知られる、歴史探究のプロフェッショナル。

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井沢元彦
「日本人は私たちが思っている以上に、世界の人たちから愛されています。それには当然愛されるだけの理由があるんですが、その理由となる歴史や物語も、意外と日本人は知らないでいるんです

 今夜の「ビーバップ!ハイヒール」は、世界が忘れない日本の物語。
 これを見ればもっと日本が好きになる!

〈スタジオトークより〉

井沢元彦
「杉原千畝は、形式的には外務省の本省の命令に逆らったわけでしょ。だからずっと外務省としてはあいつは悪い奴だってことになってて、ひどい扱いを受けてたんです。外国から評価されて初めて、外務大臣が謝りに行ったという」
「他にもこういう人の話はたくさんあるが、今の日本人というのは、ひとつは教育の場で教えられないこともあるし、日本人自体も、これはいいことでもあり悪いことでもあるんですが、人に悪いことしても忘れちゃうし、いいことしてもみんな忘れちゃう。つまり過去にこだわるのは悪いことだという感覚があるので、いいことも悪いことも忘れる」

リンゴ
「日本人は、いいことしたのを『いいことした、いいことした』って言うのを、ちょっと恥ずかしいと思う国民性じゃないですか。『それほどでも…』みたいな(笑)」


   ………………………………………………………………………

■世界が忘れない日本の物語1~トルコの「恩返し」

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 「今から48時間後、イランの上空を通過する全ての飛行機を攻撃対象とする」

 イラクのフセイン大統領の爆弾宣言が世界を混乱に陥れたのは1985年。
 イラン・イラク戦争の真っ只中のことだった。

 この時、200人以上もの日本人がイランに取り残されていたのだ。

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 外務省はなかなか決断ができず、ついにタイムオーバー。
 日本から救援機を飛ばしても間に合わなくなった。
 もうあきらめるしかないのか……。

 しかしその時、意外なところから救いの手が差し伸べられた。
 トルコのオザル首相が、事態を知ってこう言ったのだ。

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 「OK。我が国が飛行機を出そう。我々は日本人に恩返しをしなければいけないからね」

 翌日、日本のマスコミは、タイムリミットまであと3時間という、トルコ航空の奇跡の救出劇を大々的に報じた。
 だが、オザルの言う恩返しの意味を知る者はほとんどいなかった。

 なぜトルコが日本を助けてくれたのか?
 全ては95年前に遡る。

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 1890年(明治23年)9月16日。
 この日、和歌山県・大島を大型台風が直撃。
 嵐の樫野崎灯台には宿直担当が二人。

 「かなりの雨だな」
 「そうですね、今夜がピークですかね」

 その時、部屋に入ってきたのは傷を負った大男。
 彫りの深い顔立ちに、びしょぬれの身体。
 一目で海難事故だと分かった。

 「おい、大丈夫か!」
 「どこの国の船だ?!」

 いくら問いかけても、言葉が全く通じない。

 「これならどうだ。分かるか?!」

 宿直が差し出したのは世界地図。
 男は震える指でひとつの国旗を指さした。

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 ……トルコ!!

 「とにかく先に怪我の手当をしましょう」

 そうこうしていると、次々に怪我人がなだれ込んできた。

 「もう俺たちの手には負えない」
 「とりあえず村の人たち全員に知らせましょう!」

 知らせを聞いた村の男たちは、海岸で悲惨な光景を目にした。
 おびただしい数の船の破片と、倒れた男たち。

 わずかに息をしているが、ほとんど体温は感じない。
 一人でも多くを救いたい。

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 ある者は自らの体温で体を温め、またある者は潜って生存者を捜索。
 持てる力を振り絞って救出にあたった。

 一夜明けて、事故の全容が分かった。

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 遭難したのはトルコの軍艦エルトゥールル号。
 乗組員は総勢650名。うち生存者69名。
 つまり581名が死亡するという大惨事だった。

 大島村の人々は村をあげて寝ずの救護にあたった。
 しかし、ここは半農半漁の貧しい村。
 69人もの遭難者に与えるには、着る物も食べる物もない。
 さらに台風で村の食料はほとんど底をついた。

 「もう限界よ…。もう食べさせてあげる物がないのよ」
 「俺たちの分をあいつらに食わしてやろう。俺たちはまだ食わなくたって生きられる」

 自分たちの生活をなげうち、一心不乱に救護にあたる村民たちの姿は、不安と心細さでいっぱいだった乗組員たちの心に深く刻み込まれた。

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 事故は全国に新聞報道され、義援金が募られた。
 その後、乗組員たちは神戸の病院に移され、手厚い看護を受けて順調に回復。

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 そして、事故からおよそ1カ月後の10月11日、彼らは真新しい服に身を包み、日本の士官とともにトルコに帰ることになった。

 「我々はこの度の措置に心から感謝している。乗員一同は帰国後、広く日本人たちの温情を同胞に告げる」

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 ……時は流れ、95年後の1985年。
 トルコ航空による日本人救出。

 なぜトルコが日本のために?
 経緯を知らない日本のマスコミに対し、駐日トルコ大使は短く答えた。

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 「エルトゥールル号の借りを返しただけです」

 この事件は、トルコの教科書にも掲載されるほどの、誰もが知っている話だという。
 日本がなした献身的な救助、それをトルコの人々は95年経っても忘れていなかったのである。

〈スタジオトークより〉

筒井康隆
「これ最初、マスコミね、トルコが助けてくれたのは、経済問題でと言っていた」

井沢元彦
「そう、カネのためだとか言ってた。とんでもない話。そういうことを言うマスコミの奴がいるんですよ。なぜトルコが助けてくれたのか、それは日本からの経済援助をあてにしてたり、経済援助を受けてるからだと、新聞が書いたんですよ。日本の新聞が。さすがにトルコの大使は怒りましてね、投書したんですよ。『我々は借りを返しただけだ』と。これがどんなにすごいことかというと、トルコ国民もイランに600人ぐらい残ってたのに、それよりも日本人をまず助けてくれた。しかもあの飛行機っていうのは、なぜ日航が行かなかったかというと、撃墜されるから。要するに、早く脱出しなきゃいけない、ところが外務省がグズグズしてたので(テロップ:外務省に加えて「JALの労働組合が反対したこと」も理由)、もう行く時間がない。もう切羽詰まってトルコに頼んだら、分かりましたと。トルコ国民はギリギリで陸路で脱出した」

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アンディさん(「はじめての日本」コーナーでおなじみのトルコ人)
「エルトゥールル号遭難は学校で勉強した。だいたい高校で。トルコではことわざがある。『自分の歴史を知らない人には未来がない』。だから自分の国の歴史に何があったというのはちゃんと学校で勉強する。そこで、トルコからめちゃ離れているのに日本という国が和歌山県で助けてくれたと知った」
「自分は海外に行くなら日本と思っていた。父には海外に行くことは反対された。が、どこに行くのかと聞かれ、日本と言ったらすぐOKが出た
「イメージが良いのは、日本に対する感謝と尊敬。自動車メーカー、電気製品、ほとんど日本じゃないですか(テロップ:「敗戦後、復興して世界に通用する工業国になったことを尊敬してくれている」)」
「トルコはサッカーがすごく好きだが、日本でのW杯の時(2002年)、日本とあたった。その時、もちろん勝ちたいが、でもどっかで敗れるんだったら日本に負けても仕方ないと。トルコ人の友だちとみんなで四ツ橋(大阪市西区)のトルコ料理店で『どっち応援する?』と。もちろんトルコだが、でも負けてもいいかと。違う国に負けるよりは悔しくない。在日トルコ人だけでなく、トルコに住んでいるトルコ人もそういう考え方の人が多い」

リンゴ
「教育は大きい。日本は戦後教育で、日本が外国に悪いことしたばっかり習って、日本が外国にいいことしたことは教えてもらってない


※くっくり注:エルトゥールル号遭難事件をコラムとして扱っている日本の教科書は、中学歴史教科書についていえば、2009年に採択にかけられた全9社のうち、大阪書籍と自由社と扶桑社のみでした(撃論ムック【世界を愛した日本】「中学歴史教科書2009年度版 徹底比較」)。

   ………………………………………………………………………

■世界が忘れない日本の物語2~ポーランドのシベリア孤児救済

 1920年(大正9年)、ロシア・シベリア。気温マイナス40度。
 ヨーロッパの人たちから見れば、この世の最果てとも言えるシベリアで、10数万人ものポーランド人が寒さと飢えに耐えていた。

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 当時のシベリアは、独立を願ってロシアと戦ったポーランド人たちの流刑地。

 1918年に独立を勝ち取った後も、ロシアとの激しい戦争が続き、祖国に帰りたくても帰れない人々がこのシベリアに取り残されていたのだ。

 「せめて戦争で親を失った孤児たちだけでも、この寒く苦しいシベリアから脱出させたい

 そんなポーランド人の一人、アンナは、仲間と「ポーランド救済委員会」を作り、欧米諸国に孤児たちの輸送と援助を要請。
 しかし莫大な費用のかかる救済事業に、どの国も難色を示した。

 「世界中で誰もこの子たちを助けてくれないなんて。このまま寒く厳しい冬が来れば、また無数の命が失われてしまう」

 万策が尽きたと思われた時、意外な国から救いの手が差し伸べられた。
 それは日本。

 当時、日本はポーランドと外交関係さえ結んでいなかった。
 しかし、アンナの訴えを受けた外務省は、孤児たちの窮状を聞き、直ちに日本赤十字社に依頼。
 決断までわずか17日。それは世界の外交史上でも異例の速断だった。

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 シベリアから日本に到着した幼い孤児たちは、総勢765人。
 誰もが青白くやせこけ、病気で弱っている子供も多かった。

 出迎えた人々は、着ていた洋服を全部脱がして、すぐに熱湯消毒し、代わりに日本の浴衣を着せてあげた。
 この時、浴衣のそでに飴やお菓子を入れてあげ、孤児たちはとても喜んだという。

 このニュースは、直ちに日本全国に報道された。

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 「貧しい食事に哀れな姿」……。
 見出しを受けて、全国から寄付金はもちろんのこと、おもちゃや人形など、子供たちが喜びそうな物がたくさん集まった。

 そして日本の子供は、彼らに日本の遊びを教えてあげたという。

 彼らの面倒をみた女性たちは、親のない子供たちにとって母親代わりとなった。

 「はーい、みんな、いい?……さん、はい!」
 (再現VTR……日本の童謡を歌うポーランド孤児たち)

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  ♪もしもしかめよ かめさんよ
   せかいのうちで おまえほど
   あゆみののろい ものはない
   どうしてそんなに のろいのか♪

 こうして人の温かみに触れ、順調に健康を取り戻した孤児たちは、ポーランドに帰ることに。

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 別れの港で彼らは、片言の「ありがとう」を叫び、日本の友だちやお母さんとの別れを惜しんだという。

 その後、このシベリア孤児たちはどうなったのか?

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 1939年、第二次世界大戦の発端となる、ナチスドイツによるポーランド侵攻が始まる。
 そんな情勢の中、ナチスと戦うレジスタンス組織を指導する一人の青年がいた。

 イエジ・ストシャウコフスキ。
 17年前に神戸からポーランドに帰ってきた、あのシベリア孤児の一人だ。

 イエジはやっと帰ってきた祖国を愛し、ナチスドイツと戦うが、抵抗は長く続かず、何と再び極寒のシベリアへと送られてしまったのだった。

 ……時は流れ1983年、一人の老人が日本の地を踏みしめた。
 あのイエジだった。
 彼は二度にわたるシベリア送りを奇跡的に生き抜き、61年ぶりに日本へやってきたのだ。

 イエジは子供時代にお世話になった日本の関係者と再会を果たし、こう言った。

 私の仲間の誰もが、ここでこうして感謝の言葉を述べたかったに違いありません。その仲間の分も一緒に、心からのお礼を述べさせていただきます。本当にありがとうございました」

 61年の時を超え、次々と甦ってくる子供時代の記憶。
 感極まったイエジは、思い出したように口を開いた。

  ♪もしもしかめよ かめさんよ
   せかいのうちで おまえほど
   あゆみののろい ものはない
   どうしてそんなに のろいのか♪

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 あの日、日本で覚えた歌。
 忘れられない感謝の気持ちが、61年ぶりにこの歌を思い出させたのだ。

 今、シベリア孤児たちは皆、その生涯を閉じた。
 誰一人この世には残っていない。

 しかし、ポーランドの人々は、90年経った今も、あの時、日本人から受けた善意を決して忘れていないという。

〈スタジオトークより〉

井沢元彦
「ポーランドはものすごい親日国。主な大学に日本学科がある」
「帰国後、孤児たちはお医者さんとかボランティアとか、人を助ける職業に就かれた方が多いという。実は阪神淡路大震災の時に、両親を失った子供たちを、孤児たちの子孫とか関係者がポーランドに招待してくれた。それみんな知らないでしょう?あの時の恩を忘れない、恩を返したいという人たちは未だにいるんですよ。ちょうど神戸だったからね。孤児たちが来たのは」

筒井康隆
「震災の時、ポーランドの人たちは、親を亡くした子供たちが身寄りがない、引き取り手がないと思っていた。だから最初は引き取りますという話だったらしい」


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   ………………………………………………………………………

■世界が大好き!日本のカルチャー

 いかに日本の文化が世界から愛されているか?をクイズ形式で。
 (正解はこのエントリーの最後にあります)

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Q1:メキシコでは日本の即席ラーメン「マルちゃん」が人気。あまりの人気から「マルちゃん」という言葉を別の意味で使う。いったいどんな意味で使っているのか?

Q2:2005年に日本の自衛隊がイラクに派遣された時に、現地の人たちに親しんでもらおうというわけで、給水タンクの載ったトラックに、ある工夫を施した。その結果、現地の子供たちにトラックが大人気になった。どんな工夫をしたのか?

 _________________________大ざっぱな内容紹介ここまで


 杉原千畝の話は日本でも広く知られるようになりましたよね。
 2005年には反町隆史さん主演でドラマ化もされました。

 あと、トルコのエルトゥールル号の話もけっこう有名かな?
 いや、全国的にはそうでもないんでしょうか?

 和歌山県が舞台ということで、私の住む関西では新聞の地方版やテレビのローカルニュースでエルトゥールル号に関することが時々伝えられます。
 特に今年は日本トルコ友好120周年ということで、ニュースも増えているようです。

寛仁さま、トルコ特命大使らが慰霊 エルトゥールル号沈没120年(産経6/3)
 つい先日、和歌山県串本町で式典がありました。

日本トルコ友好120年 上田正樹、友情テーマに新曲 大きな愛、今の時代に(産経6/5)
 「悲しい色やね」でおなじみの上田正樹さんがエルトゥールル号救助の話に感銘を受け、友情や大きな愛をテーマにトルコ語で歌を制作!

トルコ建国の父の銅像を設置 和歌山・串本(産経5/20)
 一時期ネットでも大変心配されていたトルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領の銅像ですが、無事に樫野埼灯台前の広場に設置されました。

 トルコが親日である理由として、エルトゥールル号のほかに実はもうひとつ大きな歴史的理由があります。日露戦争です。
 そのあたりも含め、以前記事を書いていますので、未読の方はぜひ!

09/5/23付:日本とトルコ 友好の歴史


 ポーランドの孤児のお話はややマイナーですかね?
 イエジ・ストシャウコフスキさんについては、大和国奇譚(やまとのくにきたん)さんがまとめて下さっていますので、ぜひご訪問を。
 
 ちなみに、2002年に天皇皇后両陛下がポーランドを御訪問された際、生存していたシベリア孤児とお会いになり、感動的な出会いとなったそうです(在ポーランド日本国大使館のサイト参照)。


 スタジオトークでは、アンディさんが言われたトルコのことわざが私の心に深く残りました。

 『自分の歴史を知らない人には未来がない』

 これって、拙ブログのタイトル部で紹介させてもらっている櫻井よしこさんの言葉に共通するものがありますね。

 『日本人は今、世界一、自分の国の歴史を知らない人たちになっている。自分の国の歴史を知らない人が、何で「国民」なのか。日本人の歴史を知らない人が、何で「日本人」なのか』


 ………………クイズの答です。………………

A1:「簡単に」「すぐに」という意味。
たとえばサッカーW杯で、メキシコ代表の速攻を「マルちゃん作戦」と呼んだりしたそうです(東洋水産のサイト参照)。

A2:漫画「キャプテン翼」のイラストを描いた。
「キャプテン翼」は世界中で大人気で、ジダン、トッティ、ロナウジージョなど、「キャプテン翼」を見てサッカーを志したと言われる選手は多くいます。
似たような話がもっと以前にあって、それはバレーボール。昔、日本は強かったのですが、その後、イタリアなどみんな強くなりました。その理由は、それらの国で「アタックNo.1」が大人気になり、それを見た少女たちが志したからだと言われているそうです。

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 自衛隊の「キャプテン翼」のトラックは日本でもすごく有名ですよね。
 イラクの子供たちの笑顔がいい!(≧∇≦)

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※拙ブログ関連エントリー/「ビーバップ!ハイヒール」
09/5/9付:日本人の習慣の由来 「ビーバップ!ハイヒール」より
6/13付:京都裏ミステリー七不思議第2弾 「ビーバップ!ハイヒール」より
10/3付:国旗に秘められた物語第2弾「ビーバップ!ハイヒール」より
11/23付:京都の地名に潜むミステリー「ビーバップ!ハイヒール」より
12/20付:日本人の習慣第2弾 年末年始編「ビーバップ!ハイヒール」より
10/1/11付:城に隠された歴史ロマン「ビーバップ!ハイヒール」より
10/5/3付:したたかに生きる小国たち 「ビーバップ!ハイヒール」より

※拙ブログ関連エントリー/ 「日本人」シリーズ
【一覧】外国人から見た日本と日本人
05/12/5付:憂国フラッシュリンク集
06/10/8付:【アンケート】「生まれ変わっても日本人になりたい?」結果と全コメント
07/3/5付:「日本人」について考えさせられた記事
08/11/3付:「雷」工藤艦長の武士道精神とサー・フォールの報恩
08/12/16付:「ATLAS日本」アメリカから見た現代日本
09/3/21付:桜と日本人の感性
09/5/23付:日本とトルコ 友好の歴史


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