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江戸時代を見直そう(2)

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【渓斎英泉/間版「十二ヶ月の内・四月」天保・弘化期(1843-47)】

 先日「江戸時代を見直そう」と題し、「正論」2010年2月号に収められたシンポジウム抄録【世界史のなかの江戸文明】から識者の方々の発言を抜粋、紹介しました。

 意外にも(?)御好評を博しましたので、今日はその続編。
 前回紹介しきれなかった発言を紹介します。

 画像は前回同様、和風素材.comさんからダウンロードさせていただいたものを使用しています。
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■芳賀徹(東京大学名誉教授)

 先日あるところで芭蕉についてのアンケートがありました。「芭蕉をどのように考えるか、一言で述べよ」というので、私は「元禄日本の前衛詩人」と定義しました。日本の詩歌は、平安朝以来の和歌が支配的でした。ところが芭蕉は和歌の「雅の世界」に対して「俗の世界」を持ち込み、「雅」の伝統とまったく違う新しい詩の世界を切り開いていった。

 芭蕉は近世に生きた人物ですが、私は最も現代的な詩人ではないかと思います。例えば、『奥の細道』の中に「暑き日を海に入れたり最上川」という有名な句があります。芭蕉は暑い七月の末に羽黒山、月山、湯殿山に登り、鶴岡をへて酒田に行き、最上川の河口に立った。暑い暑い一日が今終わって、暑い太陽を最上川の滔々たる流れが日本海のなかに押しやるようにして沈め、真っ赤な夕映えの下に涼しさが一気に広がってきた。まさに天地山川の互いにもんどり打つような壮大な劇を五七五の中に言い尽くした。これは断然現代詩です。

 こういう句を読むと、北村透谷や島崎藤村なんて、やぼったくて読む気がしなくなる。大自然の原始の力を一挙につかまえる芭蕉のこの洞察力と表現力の強さに対抗し得る近代の詩人というのは、めったにいないのではないか。

 我々がつくったとしても、せいぜい「暑き日の海に入りたり最上川」が限界。それでも俳句サークルのなかでは、天地人の天を取ってしまうでしょうね。

 「明ぼのや白魚白きこと一寸」。白魚というのは、白い小さな、まさに一寸ほどの透き通るような、目玉が黒く見えているあの魚ですね。これは奥の細道の旅の前、時期は春先、桑名のあたりの海岸に立って詠んだものです。芭蕉はたぶん白魚を手に取って見たんでしょう。透き通るようなあの小さな魚がぴちぴちと自分の掌で踊っている。そしてその背後には、春の曙の空と海とが薄緑色にひとつになって広がっている。その爽やかで純潔な天地の光を集約して、今自分の手元にある小さな小さな生命体である白魚が跳ねている。「一寸」という表現によって、ぴちぴちとした生命の塊が掌で踊っている触覚までが伝わってくる。日本人には宗教がないなんて言われますが、「暑き日を海に入れたり最上川」でも、「明ぼのや白魚白きこと一寸」でも、天地に対する「アニミスティック」としか言いようのない深い共感と畏敬の念が伝わってきます。

 芭蕉は、日本列島の持つ自然の美しさ、奥深さを、あたかも八百万の神の力を借りたかのように、短い五七五という俳諧の世界のなかで表現した。こういう人が元禄時代に生き、日本のなかを旅していたのです。

 これだけでも、東京書籍の教科書*1など初めから落第ということはわかりますね。芭蕉についてろくに触れていない歴史教科書とはいったい何であるか。百姓一揆ばかりを書いている教科書なんてまったく信用できません。

 *1 引用者注:“階級闘争史観”が色濃く表れている東京書籍の中学歴史教科書は、現在6割以上のシェアを占めているそうです。


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【奥村政信「絵本小倉錦」より「桜・花見」】


■石川英輔(作家)

 私はいろんな昔の製造業の職人の絵を集めていますが、元禄時代のものの中に、針摺を描いたものがあります。針摺とは針をつくる職人のことです。針金を切って、針孔(めど)を開けて擦って尖らす。鋼鉄のままでは削れませんから、おそらくたくさんできた段階でまとめて焼きを入れて、あれを一本、一本作っていくのだと思います。私みたいに気の短い人間は二本もやったら嫌になってしまうでしょう。それくらい根気のいる仕事です。

 今では機械化され、大量生産されるようになった。しかし、針を大量生産することが進歩なんですか?私も長い間産業人でしたから、儲けを出すためには工程の手抜きをして大量に作る必要があることは重々承知していますが、そうやって大量生産した結果どうなるのか。製品がゴミとなるんですよ。必要のないものまで作るのが大量生産ですから。

 捨てる場所がある国はまだいいんです。環境問題に取り組んでいる人から聞いたのですが、アメリカには砂漠に爆撃機の捨て場があったそうです。B17あたりからB52あたりまで爆撃機が砂漠に延々と捨ててある。私たち日本人はそういう国の文明を真似してはいけなかったんです。それで、近年リサイクルが流行り始め、おかげさまで私も『大日本リサイクル事情』という本を書いて、大変いい思いをいたしましたが(笑)。


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【鈴木春信「吉原美人合」より「桜美人」】


■鬼頭宏(上智大学教授)

 私は縄文時代から一万年ほどの人口の変動を見ていますが、原始、古代、中世、近世、近代、現代といった時代区分はもうやめるべきだと思っております。

 むしろ文化、文明、或いは人間の暮らしに基礎を置いた日本独自の――それは世界どこでも通用する見方だと私は確信していますが――政治史とは違った見方を作り上げるべきではないでしょうか。

 戦後、江戸時代に対する見方は大きく二回ぐらい変わっていると思います。最初は唯物史観にのっとった階級闘争史観。そもそも明治政府は江戸時代がいかに悪かったかということをずっと言い続けてきたのですが、広い意味での封建社会批判というのが一九五〇年代、あるいは六〇年代まで非常に強かった。封建制をいかに払拭して近代化をすべきか、ということが盛んに言われてきました。階級闘争史観はそれを別のかたちで引き継いだと考えられます。

 しかし、ある時にガラッと変わる。駐日アメリカ大使であったライシャワーさんたちの見方が内外の経済学者、あるいは社会学者などにもどんどん広がっていった。それは、欧米以外の国でなぜ日本だけが高度経済成長を成し遂げたのかといえば、封建制を経験していたからであり、江戸時代の経済的な達成があったからだという見方です。それまで駄目だと否定してきたものが一八〇度変わったのです。

 そして最近になって、持続可能な社会、あるいは循環型社会として、江戸時代がいかに素晴らしかったか、ということが強調されるようになりました。私もついつい尻馬に乗って、『環境先進国』というタイトルの本を書きましたが、よく考えてみると、江戸時代というのはすべて良かったのか、あるいはずっと環境先進社会だったのかと言うと、そうではありません。江戸時代の人々がそれなりに創意工夫をして、困難を乗り越えてきたということを我々は学ぶべきであって、江戸時代と同じになればいいということではないと私は考えます。

〈中略〉日本の人口を長期的に見ると、人口の増加、停滞、減少が交互に何度か現れています。例えば縄文時代の前半は人口が増加し、後半は減少します。弥生時代から奈良時代、平安時代にかけては人口が増加します。弥生時代の人口はだいたい六十万と言われています。奈良時代から平安時代にかけては六百万から七百万ぐらいです。人口は十倍ぐらいに増えています。しかし、鎌倉時代に少し人口が減り、室町時代からまた増え始めます。十七世紀の増加につながっていく。十八世紀から十九世紀にかけて、人口は一回落ち込んでまた元に戻るんですが、殆ど停滞していました。そして幕末から人口がまた増え始める。明治五年の人口はだいたい三千五百万。それが現在では一億二千万を超えていますが、二〇〇五年から減少に転じています。

 改めて人口の停滞した江戸時代の後半を眺めると、いろいろな面で豊かな時代であることが分かります。識字率は高く、文芸は盛んで、市場経済の発達によって庶民も旅を楽しめる時代となった。そして環境との折り合いの付け方でもさまざまな創意工夫がなされています。私たちはこの時代を見習うべきではないでしょうか。

 その前の人口の停滞期である平安時代から鎌倉時代には『源氏物語』が書かれ、『古今集』や『新古今集』が作られています。そういう意味でも豊かな時代だったのではないでしょうか。つまり人口の停滞期とは成長期に導入された生産技術や労働技術が天井にぶつかり、成熟を迎える時代であったと考えることができるのです。二十一世紀の日本はこれまでに世界から取り込んできたものを、一つの形にまとめて新しい独自の伝統を作り出していく時代になるのではないでしょうか。


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【歌川豊国(三代)画「東海道五十三次之内 御油」より「山本勘助」嘉永5年(1852)】


■芳賀徹(東京大学名誉教授)

 徳川時代の日本は、かつてのローマやイギリスのように軍事力、工業力によって広大な地域を支配して、自分の圏内の平和を維持していたのとは違い、幕府を中心とした幕藩体制によって列島内に完全な平和社会を作り上げ、それを維持し、成熟させ、人々に享受させた。一六一〇年、大坂の陣が終わったあたりから幕末の一八六八(慶応四・明治元)年に至るまで、少なく勘定しても二百五十年、完全なる平和がこの日本列島を満たしていた。しかもそれは自ずからなった平和ではなく、徳川幕府を中心として為政者たちが何世代かにわたって工夫を凝らして編み出した制度によってもたらされました。

 儒学の振興も重要です。武士から庶民にいたるまで浸透し、人間としても柱石となりました。徳川の儒学は何も小難しいことではありません。要するに「仁義礼知信」。私たちが教育勅語で習ったようなものです。

 同時代、十八世紀ヨーロッパではディドロたちの「百科全書派」が旺盛な活動をしていました。『百科全書』のなかに「日本人の哲学」という長い論文が含まれています。これはケンペルの『日本誌』によって書いているもので、日本の哲学というのは「仁義礼知信」。非常に簡単明瞭でわかりやすく実践的な哲学だと、ディドロたちは評価しています。

 こう見てくると、私たちはいまこそ、徳川日本の文明を謙虚に学び直すべきではないでしょうか。工夫を凝らして平和を作り上げ、これを維持しながら、あれだけ豊かな文化を下々に至るまで普及させた。その多くの所産は今日なお普遍的価値を持つ。明治維新は徳川の日本があったからこそ、徳川の日本人がいたからこそできた革命でした。明治維新は、要するに徳川日本の遺産です。明治維新をやった人は全部徳川生まれの徳川育ち。つまり明治維新というのは徳川があってできたということを、改めて考える必要があるでしょう。


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【古地図/三河國全圖(天保八年)】


■金森敦子(ノンフィクション作家)

 旅日記を読んでいると、物と情報が旅人によってもたらされていることがわかります。たとえば稲です。伊勢参りの帰りに、実りのいい稲の穂を隠して持ってきて地元に植えたという話がけっこう出てくるのです。それに農具。街道を歩いていて便利そうな農具を目にすると、その形を覚えるなりスケッチするなりして、村に帰って野鍛冶に作らせる。一番大事だったのは情報です。旅人たちは情報配達人でもあったわけです。

 先ほど関所抜けのお話をしましたが(「江戸時代を見直そう」前回分参照)、こんなこともあったそうです。江戸から中山道を下ると必ず木曽福島の関所を通らなくてはなりません。でも、その手前には塩尻から飯田を通って三河に至る伊那街道があります。塩尻の分かれ道には伊那街道のほうに「女道」という石標が立っていたそうです。「関所を通りたくない女はこっちに行け」と。飯田から馬籠に至る道があり、そこにも関所がありますが、その関所の近くに抜け道があるからこそそこを通れというわけです。旅人によってそんなことまでおおっぴらになっていたのです。

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 いかがでしたか?

 ところで、客観的な第三者、すなわち江戸時代に日本に滞在した外国人たちは、日本をどのように見ていたのでしょうか?
 拙ブログの「外国人から見た日本と日本人」シリーズから、彼らの残した言葉をちょっと引っ張ってきました。

 まずは、C・P・ツュンベリー。
 「江戸時代を見直そう」前回分にも登場しています。
 スウェーデン人で医師・植物学者。ケンペル、シーボルトと並んで「出島の三学者」と謳われた人です。1775年(安永4年)に来日しています。
 
 「地球上の民族のなかで、日本人は第一級の民族に値し、ヨーロッパ人に比肩するものである。・・・その国民性の随所にみられる堅実さ、国民のたゆまざる熱意、そして百を超すその他の事柄に関し、我々は驚嘆せざるを得ない。政府は独裁的でもなく、また情実に傾かないこと、・・・飢餓と飢饉はほとんど知られておらず、あってもごく稀であること、等々、これらすべては信じがたいほどであり、多くの人々にとっては理解にさえ苦しむほどであるが、これはまさしく事実であり、最大の注目をひくに値する」(『江戸参府随行記』より)

 続いて、ファン・オーフルメール・フィッセル。
 オランダ人で、1820年(文政3年)~1829年(文政12年)まで長崎・出島のオランダ商館に勤務しました。ヤン・コック・ブロンホフ、フランツ・フォン・シーボルトの二人に仕え、江戸参府にも随行しました。

 「日本人は完全な専制主義の下に生活しており、したがって何の幸福も満足も享受していないと普通想像されている。ところが私は彼ら日本人と交際してみて、まったく反対の現象を経験した。専制主義はこの国では、ただ名目だけであって実際には存在しない。
〈中略〉自分たちの義務を遂行する日本人たちは、完全に自由であり独立的である。奴隷制度という言葉はまだ知られておらず、封建的奉仕という関係さえも報酬なしには行われない。勤勉な職人は高い尊敬を受けており、下層階級のものもほぼ満足している。
〈中略〉日本には、食べ物にこと欠くほどの貧乏人は存在しない。また上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和であり、それを見れば、一般に満足と信頼が行きわたっていることを知ることができよう
(『日本風俗備考・1』より)

 次に、タウンゼント・ハリス。
 初代米国総領事。有名な人なのでこれ以上の説明は不要でしょう。1856年(安政3年)に来日しています。

 「彼ら(日本人)は皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない-これが恐らく人民の本当の幸福というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。私は、質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも、より多く日本において見出す」(『日本滞在記』より)

 最後に、ヘンリー・ヒュースケン。
 この人も有名ですね。駐日アメリカ総領事館の通訳として、タウンゼント・ハリスに雇われて来日しました。
 ヒュースケンもハリスと同じような感想を述べています。

 「いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩はほんとうにお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない(『日本日記』より)

 こういった外国人の声も教科書にぜひ載せてほしいんですけどね。自虐史観の強い今の多くの教科書では無理でしょうね。

 前回も言いましたが、私は何も江戸時代の全てが良かったなんて言うつもりはありません。
 ただ、識者の方々も言われているように、江戸時代を見つめ直し、良い点はどんどん取り入れて今後の日本作りに役立てていこうという考え方は、とても大事なことだと思います。

 たとえば、今の政治を見ていて私が希望するのは「武士道」の復活です。
 「江戸時代を見直そう」前回分で紹介した屋山太郎さんの言葉に、こういうのがありました。

 「日本人は何によってモラルを保っているのか。それは武士道なんですね」
 武士は支配者ですが何も生産しない。だから身を清くして品格を高めよ。いざという時には死ぬ覚悟を持て、というモラルが求められたのです。

 今の政治家たちに聞かせてあげたいです。特に政権与党の皆さんに。

 普天間移設問題をめぐり、3月中に政府案をまとめるとあれほど言っていた鳩山首相は、タイムリミットぎりぎりになって「今月中じゃなきゃならないとか、別に法的に決まっているわけではない」時事3/29)。

 法的に決まってないことだからこそ、国民に対して「約束」したんでしょ?
 約束はちゃんと守りなさいよ。あるいは守れないなら守れないで「ごめんなさい」と言いなさいよ。
 宿題をなまけたい子供が真似しますよ。「今日提出しなきゃならないとか、別に法的に決まっているわけではない」とか言って。

 また、郵政改革法案をめぐり、亀井大臣と菅大臣がテレビカメラの前で「言った」「言わない」でケンカを始め、挙げ句に亀井大臣が「あんた、耳が悪いんだよ!」。間に入った福島大臣は「離婚間際の夫婦はもっと会話がなくなりますから。大丈夫です!」(産経3/28)。

 もはや小学校の学級会レベル……(T^T)

 あと、忘れちゃいけない、政治とカネの問題。
 鳩山由紀夫首相、小沢一郎幹事長、輿石東参院議員会長、石川知裕議員、小林千代美議員。江戸時代だったら蟄居とか切腹ものでは?

 民主党の他の議員も情けないですよね。切腹覚悟で殿様に直訴する、そういう気概のある人が全くと言っていいほどいない。

 いざという時に死ぬ(辞任する)覚悟も持たない、為政者としての矜持どころか最低レベルのモラルも品性もない、そんな政治家が多すぎます。
 (今夏の参院選に民主党から出馬が決まっているこの人(前記事参照)にも言えますね)

 もちろん、そんな彼らを当選させてきた私たち有権者にも大きな責任があるのですが……。


※拙ブログ関連エントリー
3/23付:江戸時代を見直そう
【一覧】外国人から見た日本と日本人


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