ぼやきくっくりFC2版

主婦の時事ネタぼやきFC2版。本館はhttp://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/

北方領土の日によせて【将兵万葉集】(1)シベリア抑留者

クリックお願いします人気blogランキングへご面倒でなければこちらも→FC2 blogランキングへ
【こちらはミラーです。コメントは本館へお願いします。TBは受け付けています(承認制。本記事と無関係な物は削除します)。
本館はこちら→http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/
読者様向け掲示板もどうぞご活用下さい(^o^)】

「竹島プロジェクト2010」進行中。詳細は「さくら日和」さんもしくは拙ブログ1/23付を(共に画像配布中)。
★外国人地方参政権付与法案を阻止しましょう。抗議・応援・要請先テンプレはこちら。情報交換の場として掲示板も是非ご利用下さい。
★毎日観たい動画。眠ったままの日本人へ~中川昭一氏が残したもの

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1001shoheiman.jpg

 昨年12月、防人の万葉集という記事をUPする少し前に、ネットである古書を購入しました。
 「太平洋戦争 将兵万葉集」山口志郎 編・東京堂出版(1995年初版)です。
 昭和に生きて、戦い、多くは亡くなって行った兵士・軍人の和歌がまとめられています。

 鎮魂と平和への願いを込めつつ、今後、複数回に渡ってこの本から和歌を紹介していこうと思います。
 第1回は2月7日の北方領土の日にちなみ、【シベリア抑留者】の項から引用いたします。

※和歌の下の( )は出典です。

 ………………………………………………………………………………
 ………………………………………………………………………………

 シベリアから西へ……

■オーロラの輝く丘に土掘りて足萎(な)えはてし若人あわれ
■あの声は戸外に人の誰か呼ぶ響き嬉しき日本の言葉

 (朔北の道草)

 浅田三郎
  満州在勤の陸軍軍人。
  シベリアに抑留され、遠くウラルまで送られ後帰国。
 
 ………………………………………………………………………………
■シベリヤの地の涯に我生きてありと告げむすべなしあわれ妻子や
 (シベリヤの歌)

 いまいげんじ
  大阪府出身、昭和十八年応召渡満。
  シベリア抑留、収容所生活、二十三年九月に帰国。
  抑留体験記「シベリヤの歌」。

 ………………………………………………………………………………

 昭和二十九年一月……

■十歳の日は短かからずとふ言の葉はさすらふ身には尊かりけり
 (朔北の道草)

 後宮 淳
  京都府出身、陸軍大将、中部軍司令官、
  軍事参議官を経て第三方面軍司令官。
  シベリアに抑留され昭和三十一年十二月に帰国。

 ………………………………………………………………………………

■シベリア鉄道を北に進みて行きし夜の碧き月夜を今も忘れず
■わが運命行方も知らずアムールは夕日に映えて横たはりゐつ

 (巣鴨)

 大島紀正
  新潟県出身、シベリア抑留後戦犯として巣鴨に入所。
  (横浜米軍軍事法廷で重労働四十六年の刑)

 ………………………………………………………………………………

■三人の子に妻に待たれる吾は石にかじりつきても生きねばならぬ
■幾重なす山の峡におらびたる我が号泣のとどけ故国に
■故国の土踏む日はいつと言ひ暮らせし友の幾たりここに埋むる

 (氷雪)

 大屋正吉
  補充兵として満州に渡り同地で終戦を迎える。
  シベリアのコムソモリスク地区に抑留され、一年後に帰国。
  帰国後歌集「氷雪」。

 ………………………………………………………………………………

■兄も征で弟召され故郷に老いし父母如何在(います)らむ
 (大東亜戦争殉難遺詠集)

 加賀和元
  宮城県、陸軍少尉、士官学校卒。
  昭和二十二年四月ウズベクの収容所で作業中に重傷、
  戦友の無事帰還を祈念して絶命。二十六歳。

 ………………………………………………………………………………

■大君に捧げし命永らえて祖国の春をシベリアに待つ
 (朔北の道草)

 木村孝三郎
  山形県出身、憲兵大尉。
  満州吉林省敦化の第一軍司令部に勤務、シベリアに抑留され、
  十年間の強制労働の後帰国。

 ………………………………………………………………………………

 収容抑留間に父・妻等の家族の死を知り……

■妻や児の逝きし便りにぬばたまの夜庭にひとり天地も哭け
■わが帰り待ちわびつつも老ゆ父は遂に逝きしか雁鳴き渡る

 (地獄遍路)

 草地貞吾
  大分県、陸軍大佐、陸大卒、陸軍省軍務局等を経て関東軍作戦班長。
  シベリアから昭和三十一年に帰国。
  抑留体験記「地獄遍路」。

 ………………………………………………………………………………

■久びさに味あふ味噌の美味さへも捕虜と言ふ身のはかなきものを
 (捕虜体験記)

 草薙泰治
  昭和十七年応召、満州野戦自動車廠勤務、吉林省敦化で国境警備。
  シベリア・タイシュト地区に抑留、二十二年十月舞鶴に帰国。

 ………………………………………………………………………………

 母の死を知らされて……

■母恋いてわが泣く声は三歳の童のごとくことわりもなし
 (続朔北の道草)

 国永 薫
  兵庫県出身、陸軍中尉、大阪外語大卒。
  公主嶺の機動第三聯隊中隊長として終戦を迎え、
  シベリアに抑留され後帰国。

 ………………………………………………………………………………

■食絶えて四日の夜の寒天下並びて受けし屑芋二つ
■素裸の凍れる屍丸太並み納屋も狭しと積重ねあり

 (続朔北の道草)

 佐藤健雄
  福島県出身、東京外語大卒。南満州鉄道調査部に勤務。
  多くの軍人と共にシベリアに抑留され後帰国。
  
 ………………………………………………………………………………

■天地の広きを見ても母国は日出る国のただ一つなり
■日の本の不滅を信じ千尺の地下にもぐりて今日も炭掘る
■妻の文苦しきことも会へる日を生きる望みとしたためてあり
■地獄とはあの世にあると思いしも虜舎の生活のまさにそれなり
■幾度か船出の春を待ちわびてその甲斐もなく友は逝きしか
■はらからのみ霊のいまも野ざらしに何時かへるそのすべもなきまま

 (朔北の道草)

 千葉栄亀
  岩手県出身、憲兵曹長、終戦時朝鮮羅南憲兵隊所属。
  戦後シベリアに抑留され、昭和三十二年に帰国。

 ………………………………………………………………………………

■ふるさとはまぶた閉づれば浮かびくる利根の河原に遠き筑波嶺
■命あらば国を見る日もあらむかと痩せし手足をじっと見つめる
■ふるさとを見るまで死なぬと語りいし友も眠れりナホトカの丘
■病める者癒して国に帰さんと我も病めども今日もメスとる

 (シベリア捕われの歌)

 中村泰助
  群馬県、東京医専。
  昭和十二年から二年間北支に、
  十七年から五年間北支・北朝鮮に軍医勤務。
  シベリアに抑留、二十二年に帰国。

 ………………………………………………………………………………

■倒木の下敷きとなり死にたりき同胞哀れ雪降りしきる
■シベリアの二重の窓に氷張る寒き夕べは日本し思ほゆ
■青き眼の下に過ごせしこの十年虐待されしこと幾そ度
■来む年の春には船が着くならむ後半年を死なれじと思ふ

 (朔北の道草)

 野口哲夫
  熊本県出身、陸軍軍属、台南師範卒、関東軍情報部勤務。
  シベリアに抑留され、悲惨な生活の為発病、抑留十年後に帰国。

 ………………………………………………………………………………

■囚れのかなしき身ゆえ星のごと流れて燃えて消えなむものを
■母恋ふる心のもだしがたき日よつもるともなき粉雪の降る
■日の丸の扇ひらかむ時のため益良武夫は堪ふべかりけり
■十年の苦闘の末に残れるはただ一片の誠なりけり

 (朔北の道草)

 前田忠雄
  陸軍中佐、関東軍第五軍の情報参謀。
  シベリアに抑留され、中央アジアまで送られ、
  サマルカンドの獄にも入れられた。

 ………………………………………………………………………………

■枯れ落ちて旅立ちし戦友寒々と衣類まとわずシベリアの果て
■亡骸を収めんとして運びしが枯木のごとく軽きかなしさ

 (捕虜体験記)

 真弓一郎
  終戦時関東軍野戦造兵廠。
  戦後シベリア・タイシェトに抑留され、四年後に帰国。

 ………………………………………………………………………………

■妻子らは我が帰りを待兼ねて夜毎迎えに枕辺に来ぬ
■如何ほどに蒙古嵐はすさぶとも砕けて散るな大和男子よ
■あと十日あと一カ月とだまされて堪え忍び来し一年の間
■東の空に瑞雲横たわる祖国に栄あれとおろがみ祈る

 (虜囚日記)

 山宮正敬
  神奈川県出身、陸軍二等兵、昭和二十年三月応召。
  北支那派遣軍勤務、モンゴル共和国に抑留、二十二年に帰国。
  著作「虜囚日記」。

 ………………………………………………………………………………

 同僚の句会に出席出来ず病床にて……

■空前のシベリア句集編むべきは春の大和に編むべかりけり
 (収容所(ラーゲリ)から来た遺書)

 山本幡男
  島根県出身、満州鉄道から応召、シベリアに抑留。
  収容所で同僚のため萬葉集を講じ句会を作り文化活動に尽力。
  抑留中に病死。
  その遺書は数人の同僚が暗記し、又は肌につけて帰国し、
  遺族に届けられた。その経緯は辺見じゅん氏著の
  「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」に詳述。

 ………………………………………………………………………………
 ………………………………………………………………………………

100206sibe.jpg

 【写真=シベリア上空】写真共有サイトSo-netフォトより「せとっこ」様 撮影。

 昭和20年8月9日、満州にあった日本軍は突如強大なソ連軍の侵攻を受けました。

 その前日、8日午後5時(日本時間午後11時)にソ連は日本に対し宣戦布告を行いました。モスクワでソ連のモロトフ外相が佐藤尚武駐ソ大使に布告を伝達したのです。
 事態を知った佐藤大使は日本政府へ連絡しようとしましたが、ソ連側が電信を遮断、東京の政府に奇襲を伝える手段は残されていませんでした。
 日本政府がソ連の対日参戦について知る前に、ソ連軍は満州に攻め込んだのです。
 しかもこの時、日ソ中立条約が有効でした。ソ連政府は意図的に中立協定を侵犯したのです。

 北海道北部までの獲得をもくろんだスターリンの命令により、ソ連軍は終戦後も侵攻を続けました。

 日本軍は果敢にソ連軍と戦いました。たとえば千島列島北端の占守島では日本軍がソ連軍を大いに苦しめました(こちらのサイトをぜひご覧下さい)。
 戦ったのは将兵だけではありません。通信維持の使命に殉じた真岡電話局の9人の乙女のような民間人の方々もいました。
 このような日本側の奮闘により、ソ連は最終目標であった北海道の占領はあきらめましたが、千島列島(国後島、択捉島、得撫島、幌筵島、占守島などの島々)と南樺太および歯舞諸島、色丹島は占領されてしまいました。

 さらに新たな悲劇が起こります。
 ソ連軍は満州・樺太・千島などの日本人(当時日本国籍だった朝鮮人なども含む)約60万人をシベリアを始めとするソ連領内に抑留し、1年から11年にわたる強制労働に従事させたのです。
 抑留者は将兵だけではなく、民間人、満蒙開拓義勇団の若者、ソ連大使館の日本語教師など女性も含まれていました『雪原にひとり囚われて―シベリア抑留10年の記録』を出版された坂間文子さんによれば、女性は全部で30数名だったとのことです)。
 極寒の異郷で飢えと重労働に耐えながら、望郷の念を抱き無念にも果てた人々の数は6万人とも7万人とも言われています。

 シベリア抑留は人道上問題であるのみならず、「日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルヘシ」とするポツダム宣言第9項に明確に違反しています。

 佐藤優氏が現役外交官のころ親しくしていたというロシアの政治家、ゲンナジー・ブルブリス氏(エリツィンの初期のブレーンでソ連解体のシナリオを描いた人物)は、佐藤氏にいつもこう言っていたそうです。

 「北方領土問題もシベリア抑留問題も根源は一緒だ。スターリンの全体主義によって行われたものである。ロシアが自発的にスターリンの負の遺産と決別することで、ロシアの国際的評価が向上する。ロシアの国益を増進する観点から、われわれはシベリア抑留に関して日本に謝罪し、北方四島を返還すべきだ」(【佐藤優の地球を斬る】北方領土と同根のシベリア抑留 09/7/26配信

 もっとも、現在のロシアでこのように考える政治家はおそらく全くと言っていいほどいないでしょうが……。

 私たち日本国民は、シベリア抑留者が国際ルールを無視したソ連及びスターリンによる残虐な行為の犠牲者であることを、決して忘れてはいけません。
 北方領土とともに、後世に伝えていかねばならない大切な歴史の真実です。



okirakubanner.jpg
「お気楽くっくり」更新済
 見つけた時の驚きと喜びと言ったら……!

このブログが面白かったらクリックして下さい→人気blogランキングへ
ご面倒でなければこちらも→FC2 blogランキングへ

megumi080328.jpeg

 アニメ「めぐみ」配信中。
 英語・中国語・韓国語版もあります。ダウンロードはこちらから。コピーフリーです。世界に広めましょう!

「島根県の竹島英文ページを検索に引っ掛かり易くする作戦」もよろしく。
takeshima dokdo dokto tokdo tokto
スポンサーサイト

トラックバック

トラックバックURL:http://kukkuri.blog58.fc2.com/tb.php/633-3cdf2ad3

プロフィール

くっくり

Author:くっくり
大阪在住の主婦です。
詳しいプロフィールは本館にて。

最近のコメント

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア

竹島プロジェクト
↑バナーお持ち帰り歓迎(直リンク禁止)
人気blogランキングへ
人気blogランキングへ
FC2 blogランキングへFC2 blogランキングへ

■Amazonアソシエイトについて
「ぼやきくっくり」は、amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

ブログ内検索