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【過去】開戦の日:小野田寛郎さん語録

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産経社説12/8:真珠湾から65年 語る体験から学ぶ歴史へ
 ちょうど65年前の昭和16年12月8日、日本海軍はハワイ・真珠湾の米太平洋艦隊を奇襲した。米国、英国などとの戦争の始まりだった。
 3年8カ月に及んだ未曾有の大戦で、300万人もの日本人が犠牲となった。敗戦とそれに続く占領により、日本は営々と築いてきた富ばかりでなく、伝統的な文化や道徳観、価値観といったものまで、その多くを失ってしまった。痛恨のできごとだったことは間違いない。
 しかし、無謀ともいえる戦争になぜ日本は突入していったのか。そのことは65年の歳月を経た今でも、十分に解明されているとは言えない。
 日本人の多くが、戦後の東京裁判で戦勝国側が描いた歴史観に立ち、いわゆる「A級戦犯」にそのすべての責任を帰そうとする傾向が強いからである。「軍部の独走」ですべてを片づけようという見方も根強く残っている。あまりにも悲惨だった戦争経験がそうさせているのかもしれない。だが果たしてそれだけでいいのだろうか。
 産経新聞はこの真珠湾から65年という節目にあたり、「正論」メンバーの識者たちによる「真珠湾への道」という連載を行った。
 それを読むだけでも、開戦に至るまでの日本とそれを取り巻く国際環境には、実に複雑な状況が絡み合っていたことがわかる。その中で政治家や外交官、軍人がさまざまな判断ミスを繰り返し、また米国などの外交戦術に導かれるように、真珠湾への細い道を選択していったように思える。
 連載の中で佐瀬昌盛氏は、最も大きな過ちとされる日独伊三国同盟が結ばれる前、当時の新聞や国民がヒトラーのドイツに強く共鳴していたことを指摘している。その上で、一般国民は受難者に過ぎない、という完全無罪論に疑問を投げかけている点にも注目したい。国民の間に「真珠湾への道」を後押しするような空気があったことにも目を閉じてはならない。
 戦争を直接経験した人たちも、時とともに少なくなってきている。あの戦争は「語る」体験から「学ぶ」歴史へと変わりつつある。大切なことは特定の色眼鏡をかけてではなく、虚心坦懐(たんかい)に歴史を見つめることである。それこそが、これからの国の針路を過たぬために必要だと言える。
(2006/12/08 05:01)

 「正論」メンバーの識者たちによる「真珠湾への道」、コンテンツは以下の通りです(一番上の新保祐司氏のは「真珠湾への道」ではないんですが、テーマが真珠湾なので入れときました)。

文芸批評家・都留文科大学教授 新保祐司 決定的瞬間・真珠湾攻撃を見る(12/08)
真珠湾への道 日米開戦65年(7)ノンフィクション作家・上坂冬子(12/07)
真珠湾への道 日米開戦65年(6)評論家・鳥居民(12/06)
真珠湾への道 日米開戦65年(5)防衛大学校長・五百旗頭真(12/05)
真珠湾への道 日米開戦65年(4)帝塚山大学名誉教授・伊原吉之助(12/04)
真珠湾への道 日米開戦65年(3)防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛(12/03)
真珠湾への道 日米開戦65年(2)元駐タイ大使・岡崎久彦(12/02)
真珠湾への道 日米開戦65年(1)京都大学教授・中西寛(12/01)


 いつからだろう。私の中で12月8日が「ジョン・レノンの命日」でなく、「大東亜戦争開戦の日」になったのは。

 つまりそれぐらい学校では12月8日について教えてないってことですよ。
 テレビもさほどやらないし、新聞も大手紙で言えば今日社説で取り上げたのは産経だけ。8月は「これでもか!」ってぐらいしつこくやるくせにね(-.-#)


 本日の過去記事は開戦の日にちなんで、私が尊敬してやまない小野田寛郎さんスペシャルです。
 記事中のリンクは例によって消滅しているものもありますが、ご容赦を。


過去記事ここから___________________________________
 
05/6/10(金)「報ステ」はよほど経済制裁を阻止したいらしい

■今週号の「週刊新潮」

 <小泉「靖国参拝」私はこう考える>と題し、各界人に参拝の賛否とその理由を問う特集が。
 反対派には香ばしい人が多数(^_^;

賛同派
「綺麗事はどうでもいい」小野田寛郎(元陸軍少尉)
「中国の言いがかり」秦郁彦(歴史学者)
「日本が目障りなだけ」徳岡孝夫(ノンフィクション作家)
「困るのは中国」黒鉄ヒロシ(漫画家)
「日本人は目を覚ませ」江本孟紀(野球解説者)
「外務官僚は腹を切れ」佐藤優(元外務官僚)
「日本を滅ぼしてはならない」長谷川三千子(埼玉大学教授)
「靖国を外交カードにしろ」弘兼憲史(漫画家)
「小泉大将、説明が足りねぇよ」大沢啓二(元日本ハム監督)
「日本人の敵は日本人である」石堂淑朗(脚本家)

反対派
「加害者と被害者は違う」城山三郎(作家)
「軍国主義を美化」デーブ・スペクター(TVプロデューサー)
「これは管轄の問題」橋本治(作家)
「小泉さんは辞めなさい」野田正彰(評論家・関西学院大学教授)
「消せない植民地の記憶」木田元(哲学者・中央大学名誉教授)
「参拝していいのはせいぜい都知事まで」森村誠一(作家)
「皮肉をこめて靖国参拝は『賛成』」小沢遼子(評論家)
「小泉首相は英霊を冒涜している」田嶋陽子(元参院議員)

どちらでもない派
「霊魂観をまず示せ」池田晶子(哲学者)
「なぜ、今ごろ揉めるのか」佐藤陽子(バイオリニスト)
「中国の思う壺」佐野眞一(ノンフィクション作家)

 私が一番ハートにグッと来たのは小野田寛郎さんのコメント。全文引用します。
 (原文は改行がないんですが、読みやすいようこちらで適当に入れさせていただきました)

私は15年間、靖国神社に祀られていた身分です。そのままだったら今の日本の姿を知る由もなかった。国が靖国を護持しないというのなら、それは私たちに対する借金を返さず、未納のままだということです。
また別の施設を造るということは私たちに対する裏切り行為です。とても許されることではありません。
靖国参拝は当たり前のことであって、あれこれ言う人はもうどうでもいい。いやなら参拝は結構だと言いたい。
そもそも、いろいろなわだかまりがあったから戦争になったのであって、それをわだかまりがないという方に無理があるんですから、綺麗事はどうでもいいのです。
A級戦犯が祀られているから、という意見を言う人もいますが、あの裁判は占領中に行われたことであり、彼らはその中で命を落とした人たちなのです。
日本人は亡くなった人に対してそれ以上の罪を憎まないという習慣がある。しかし、中国では死んだあとでも罪人のままで、墓まで暴かれてしまいます。その中国の価値観をわれわれが受け入れなければならないのでしょうか。一度黙って静かにお参りしてみたらどうですか。
戦争で死んだ人は若い人が多かった。肉親が元気な内は手厚く祀ってもらえるが、肉親がいなくなったあとに祀られる場所は靖国しかないのです。
戦争は国がやったことですから、その責任を国がとるのは当たり前のことなのです。

 反対派の野田正彰氏なんかは、「国家が個人の死に対して祀るというのは問題がある。だから首相は参拝すべきではない」と言ってますが、私は小野田さんの言うように、戦争は国がやったことなのですから、国のために亡くなった人を国が祀るのは当然だと思います。

 橋本治氏は「靖国神社は国の施設でないので、国が別の施設を造るべき」という意見ですが、それだと小野田さんが言うところの「借金を返さない、裏切り行為」になります。

 「中国や韓国に配慮して参拝止めろ」という意見は論外としても、あくまで国内問題として日本人がいろんな意見を闘わせるというのは良い傾向だと思います。
 これまでこういうことってあまりなかったですしね。学界ではずっとあったんでしょうけど。

 しかし政治家も国民も、なぜこんなに「友好」にとらわれるんでしょうか。別に無理に仲良くせんでもいいと思うのですが。
 ベタベタした付き合いはしない、そのかわり大げんかもしない。ただ言うべきことはびしっと言う。「ほどほど」に付き合えばいいのでは?変に距離を縮めようとするから、諍いが起こるのではないですか?
 まあ親中派の議員には、「ほどほど」にできない事情があるんでしょう。懐柔されちゃってるから。

 ちなみに今週号の新潮には、国際教養大学学長・中嶋嶺雄氏による<戦後60年「中華帝国」侵略史 その抑圧と膨張[後編]>も載ってます。
 チベット、モンゴル、ウイグル、尖閣諸島、南沙諸島……。中国ってほんとに軍国主義ですよね。そんな国が日本を軍国主義だと批判してるんですから、お笑いです。


05/8/17(水)「平和を守ることのつらさ」を分かってる人に投票したい

 さて、まずは昨日(8/15)の毎日放送「ちちんぷいぷい」からツッコミ一つ。

 「方言で読む 日本国憲法」大原穣子 著が紹介されたんですが……。
 これは憲法を大阪弁に書き直したものだそうで、大原穣子本人が前文を朗読したんです(VTR)。
 ところが、これがめちゃくちゃ意訳な上に天皇を全否定したような内容なので、何か嫌な予感するな〜と思ってググッてみたら……。

【2005.01.18】日本共産党2005年賀詞交歓会
 主催者を代表して笠木隆党川崎市委員長(衆院10区)が、「国民の苦難と要求あるところ日本共産党あり」といわれる取り組みを強めたいとあいさつ。来賓として、岡本一神奈川労連副議長や、「おくにことば」で憲法を読む活動が話題になっている女優・方言指導の大原穣子さん(全国革新懇代表委員)が激励の言葉を述べました。

 やっぱりな〜やっぱりな〜っぱりな〜りな〜……
 ちなみに「全国革新懇」のサイトはこれ。

 でも、スタジオは皆(角淳一や吉本の芸人)「原文はわかりにくいけど、大阪弁にしてくれたらわかりやすいわぁ」「ええこと書いてるなぁ」とかすっかり騙されてた……あうぅ(T^T)

 昨日のNHK討論番組にもプロ市民が紛れ込んでたらしいんですが(安達という女性教師)、このように、いろんな番組にプロ市民が普通の市民の顔して出てきたりするんですよね。
 私やここに来られてる皆さんは、顔つきとか喋り方とかで「何かコイツ怪しいぞ」ってピンと来るんだろうけど、普通にテレビ見てるだけの人はそんなの気づかへんやろし。
 テレビ局もその人が運動家であることは重々承知で、「一市民」として出演させてるんだろうなーと思うと、ほんまむかつきますなぁ。

 昨日の産経朝刊に、小野田寛郎さんと櫻井よしこさんの対談が2ページに渡って掲載されてたんですが、そこで櫻井さんが奇しくもこのような発言をされています。

 私は、事実をよく見ないで反省する人の反省は、本物でありうるんだろうかといつも思います。事実をしっかり見つめて、因果関係も分かって、反省するのは恐らく本物だと思うのですが、事実関係の認識や認定があいまいなままで反省しても、本当の反省とはいえないのではないか。情緒的な反省は、情緒的な自己主張につながり、却って理性を忘れて戦争に走る危険性があるのではないか。外交でできることをすべてして、徹底的に戦争回避の術を探る努力は、もっと冷徹な目から生まれるのではないかと思うのです。

 安達センセイにも読ませてやりたい!

 あと、その対談の小野田さんの発言で、特に私が印象に残った箇所はこれ。

 戦争の悲惨さは伝えなければいけませんが、ただそれだけでは十分ではないと思います。戦争とは悲惨なものである。じゃあ、戦争しないためにはどこまで我慢できるか。その我慢が切れたら結局、戦争になってしまうのです。そんなことも考えずに平和、平和っていいますが、そういう人たちは平和を守ることのつらさを真剣に考えてくれているのかな、と思ってしまいます。

 もういっちょ、小野田さんの発言。

 わがまま一方のことを言ってる人が多い。街に防犯カメラをつけるといえばプライバシーの侵害だという。だったら、空き巣に入ってもらえばいいのに、空き巣もいやだという。考えていることや、やっていることが矛盾しています。それでいて、その矛盾に気が付かない。自分がおとなしくして、事を荒立てなければすべてが安全、平和にいくんだと誤解しているんですよ。

 「平和を守ることのつらさ」を真剣に考えず、「自分がおとなしくして、事を荒立てなければすべてが安全、平和にいく」と考え違いをしている代表格の社民党・土井たか子は実質上、引退するようですな。
 それは良いけど、辻元清美が出てくるんじゃねぇ……はあ。

 清美ちゃん、あんた「今の私に何ができるのか、皆さんの声を聞きながら決めたいと思っています」と殊勝なこと言ってたのに、皆さん(=国民)の声をちゃんと聞いたの?私のメール届いてる?

 「私もいろいろ迷ったんですが、皆さんに『もう一度頑張れ』と背中を押していただきまして〜」とか何とか適当なこと言うんやろなーと思ってたら、それ以下のこと言うとった。「福島党首以下、周りの方の要請を受けたので」ですって。
 なるほどね。清美ちゃんの言う「皆さんの声」というのは、「国民の声」じゃなく「身内の声」だったのね。

 1年ちょっと前の参院選直前(2004/06/15)の清美ちゃんの発言、プレイバック。

2004参院選大阪選挙区 「判断 委ねたい」 出馬表明会見の辻元氏(大阪日日新聞)
 参院選大阪選挙区(改選数三)への立候補を十四日表明した元衆院議員の辻元清美氏(44)。秘書給与詐取事件について「おわびから始めないといけない」と頭を下げた上で「『もう一度だけチャンスをやるから働いて来い』と言われるのか、それとも『辻元はもうあかん』と言われるのか、有権者の判断に委ねたい」と語った。
 
 この時、有権者は「辻元はもうあかん」と判断を下したはずなんですけどね。都合よく忘れちゃったみたいですね。
 だって今日の清美ちゃん、こうですもん。

 会見で「勝ち組・負け組ではなく、やり直しのきく、敗者復活のできる社会がええと思う。それを敗者復活に賭ける辻元が実現したいんです」と語った辻元さん。

 「もう一度だけチャンスを」が「やり直しのきく、敗者復活のできる」に変化。もし今回落ちても、何度でも出てきたるで〜ってことですか?
 何度もチャンスあっていいですな。つーか、あんた、ほんまに事件を反省してるの?

 小泉くんも「やり直しがきく」と思ってるんやろか?8月15日の参拝、見送ってしまったけど。「来年行けばいいだろ」ぐらいにしか思ってないんやろか?
 選挙前だし予想できたことではあったけど、やはり残念です。
 郵政解散、造反者潰しと、めちゃケンカ上手な側面を見せながら、なぜ靖国ではそんなにケンカ下手なの?
 中国や韓国がそんなに怖いの?そうじゃなくて公明党への配慮?あるいはマスコミでよく言われてるような「靖国を争点にしたくない」というヘタレな視点のみ?

 でも国民はヘタレじゃない。8月15日の参拝者は過去最高の20万5000人。「中国?韓国?反日デモ?それが何?我々は日本人。日本人が日本のために戦って亡くなった人をお参りしてなぜ悪い?」という当たり前の主張ができる日本人がこんなにもいる(T^T)

 小野田さん、ここでもGJな発言。「小泉首相は殺されてもいいと郵政解散を行ったが、なぜ靖国参拝には命をかけないのか」
 首相は公務の全てに命を懸ける覚悟で取り組むべき、という私の考えは厳しすぎますかね?

 うちの夫は、強引とも見えたあの解散を実は非常に買ってたんです。これまで一度も自民党に投票したことのない夫が、「今回は小泉自民党に入れる」と言ったほどです。
 が、昨日参拝しなかったことで、それもパァ。夫、大激怒!
 「小泉にまた裏切られた。何があっても8月15日に参拝する言うてたんちゃうんか。今年せんでいつすんねん。もうええ!お前らなんかに票入れたれへん!」

 小泉くん、貴重な一票を失ったね。あ、でも夫はそれ以上に民主党に不信感を抱いているので、民主党には票は流れないと思いますよ。たぶんヤケになって泡沫候補に入れるんやろなーと思う。

 んで小泉くん、参拝を見送った上に、村山談話を踏襲する談話をまた発表。バンドン会議で終わりにしときゃいいのに。ほんとにもう(T^T)
 もっとも村山談話に比べたら自虐性は若干減ってるようですが、でもわざわざ中国や韓国という国名入れたりして、何か媚びへつらってるみたいで感心せん。

 その中国、韓国ですが、昨日は意外と冷静だったようですな。両政府ともこれ以上反日を煽るのは国益上ヤバイと考えたんでしょう。
 自分たちの都合で押したり引いたり、ほんま迷惑な話です。日本はいちいち反応する必要なんてないんです。
 日本政府が中国や韓国に屈しなくなった時、それが本当の意味での戦後の終わりではないだろうか?などと思ったりして。

 とにかく、選挙が終わったら(もし小泉自民党が勝って政権維持したらの話だけど)、政府は戦争のあれこれを一度整理して総括してほしい。
 昨日のNHKの番組見てても思ったけど、時代は随分変わってきてると思います。「東京裁判史観にとらわれるのはおかしい」「強制連行とか南京大虐殺はなかった」という、10年前ならもみ消されたような声が、堂々とNHKの電波に乗るようになったんですから(生放送だったから、という声もあるかもしれんけど、でもそういう発言をした後もその人たちは何度も発言のチャンスを与えられてた)。

 例えば、少なくとも「A級戦犯は国内法では犯罪者ではない」というのは事実ですよね。

大橋武夫法務総裁答弁(参院法務委員会・昭和26年11月13日)
「戦争犯罪なるものは、これは国内法上におきまする犯罪と観念すべきものでは私はなかろうと思います。これは国内法におきましては、飽くまで犯罪者ではない。従って国内法の適用におきまして、これを犯罪者と扱うということは、如何なる意味においても適当でないと思うのであります」

 なのに小泉くんも細田くんもA級戦犯を犯罪者扱いして、それがいつの間にか政府見解のようになっちゃってる。おかしくない?まずはここから修正すべし。
 
 また河野洋平の従軍慰安婦談話、これも撤回しましょうよ。
 国内ではもうとっくに決着ついてるのに、未だに韓国人は世界中に嘘をばらまいてる。この談話が彼らの大きな拠り所になっているのです。

 歴史はいろんな見方があるから、事実は一つでも見解が分かれるということは多々あります。それは仕方ないことです。
 でも、少なくともこの二点については事実関係ははっきりしてるでしょ。それすら修正・撤回できない今の日本政府ってどうなんでしょ?
 親や祖父の代を悪者にしてでも他国に配慮しないといけない、それが普通の外交なんですかね?納得いかん(T^T)


05/11/10(木)「ワイスク」小野田寛郎さんインタビュー

 途中から見たのでまた細切れになっちゃいますが、内容を少しご紹介。

 『ワイスク』で、山本晋也が小野田寛郎さんにインタビュー。
 「失礼な質問ばかりするんじゃないか?」「恣意的な編集をするんじゃないか?」とハラハラしました。

 小野田さんは、「潜伏中は両親のことは考えなかった。それより戦友のことばかり考えていた」と。

 田中角栄からもらった見舞金100万円全額を靖国神社に奉納したところ、マスコミなどからバッシングされたのですが(この話は有名ですよね)、その時のことを小野田さんは苦笑しながらこう振り返りました。

 「いただいたら自分の物なんですよね(笑)。それをどう使おうが私の勝手でしょう。銀座で仲間と酒飲んで一晩で使おうと、ホースで酒を『さあみんな飲め』と靖国神社にばらまこうと、私の勝手なんですよ(笑)。それをなぜ言われないといけないのか。大きなお世話です。かなりコチンときましたね(笑)」

 Q:靖国問題についてどう思うか?
 「私は15年間お祀りしていただきましたから。靖国神社の落第生。『この野郎生きていたか』と(笑)。みんな靖国神社に祀られると思って死んでいったんです。だから今さら言われるのは筋違い。約束した場所なんだから」

 Q:外交問題にまで発展してるが?
 「一度相手がどう出るか毅然としてみればいいでしょ。まさか中国が怒ってミサイルも撃たないでしょ(笑)。思い切って言ってみたらどうでしょうか。一発ぐらい落ちた方がみんなの考え方が変わっていいんじゃないかと思います(笑)」

 よう言うてくれた。小野田さんGJ!(≧▽≦)

 「カメラのレンズは嫌なもんですよね(笑)。横向いてる時はいいが、正面から向けられると、レンズが真っ黒で、銃口を真っ正面から見てるのと同じ」

 「口を開くとどうしても自分がやったことを言ってしまう。『もう少し大人しく口をきけ』と言われる(笑)。日本は平和主義なんだから。日本は急に変わってしまった。ただ僕が遅く帰ってきただけなのに」

 帰国から約1年後、日本に見切りをつけた小野田さんはブラジルに移住。
 「自分はこれだけのことができると示したかった。木を切り倒して開拓した。今だったら環境破壊とか言われるかもしれないですね(笑)」

 小野田さんは自然塾や講演活動を通して子供や若い人たちと接している。
 この6日には、学習院大学学園祭で講演。
 「(若い人たちには)たくましくなってほしいんです」

 Q:小野田さんにとって人生とは?
 「自分が選んだ結果だと思う。人間は運命の生き物。時代が戦争だったからといって、必ず僕のようにやらないといけないわけではない。人間は一人で生きていけない。人を大事にしなければ」

 VTRの後、スタジオでの会話。

 山本晋也曰く。
 「小野田さんは未だに電話番号は1回聞けば覚えるそうです。記憶力のすごさ。陸軍中野学校で鍛えられた。また『負けても死んではならん。何十年経っても迎えに来るから』と言われて、任務を遂行した。小野田さんは1980年に起きた金属バット両親殺害事件に非常に驚いた。日本の子供たちはどうなってるのかと、不安を覚えて自然塾を開いた。火の起こし方など教え、サバイバルな生き方を教えている」

 川村晃司曰く。
 「決してあきらめない精神。金属バット両親殺害事件がきっかけになったのは、日本の戦後がどうなってしまうのかと心配されたからだろう。日本の外交についても何か考え持っているんじゃないでしょうか」

 再度、山本晋也が「欧米では情報員は尊敬される。紳士である」みたいな話をした後、締めにこういう発言を。
 「小野田さんの戦友に対する思いはすごいものがある。一部過激な発言がありましたが、決して小野田さんの『ためにする発言』ではありませんので。いつまでも長生きしていただきたいと思います」

 とまあ、こんな感じで。

 編集で歪曲されるかと思ったけど、テレ朝のわりにはけっこうまともでした。
 ってことは、インタビュー現場ではもっとGJ(テレ朝的にはBJ)な発言があったと見た(^_^;
 小野田さんは終始笑顔で、山本晋也が何を言っても意に介さないというか余裕の表情でしたわ。

 カメラを銃口に例えたくだりはドキッとしましたね。
 小野田さん、帰国後はマスコミに追いかけられて、バッシングもされて苦労されましたから。
 銃口は人を殺す。カメラも時には人を殺す。……って、そこまで考えておっしゃったわけじゃないとは思いますが。

 しかし、山本晋也の言う「過激な発言」って何じゃらほい?
 「(ミサイルが)一発ぐらい落ちた方がみんなの考え方が変わっていいんじゃないかと思います」というくだりか?
 全然過激じゃないと思うけど。

 とにかく小野田さんの言葉は心にぐっと来ますわ。実体験に裏打ちされた言葉の重みとでも言うんでしょうか。
 それに比べ、そのへんの空想平和主義者の言葉の何と薄っぺらいことよ。


過去記事ここまで___________________________________


 「『A級戦犯』は国内法では犯罪者ではない」について補足。

 1951年(昭和26年)の参院法務委員会における大橋武夫法務総裁の「国内法においてはあくまで犯罪者ではない」という答弁の2年後の1953年、戦争犯罪による受刑者の赦免に関する国会決議が行われ、戦犯の問題は公的にケリがつきました。
 当時の国会では、どの議員も、東京裁判は不公正な裁判であったという認識に立ち、戦犯の赦免を全会一致で議決したのです(当時の「官報号外」に詳しい)。

 国際的には、同じ1953年、当時の外務省参事官の広瀬節男氏が「戦犯は、犯罪者としてではなく、公務でなくなった人と認定しても、国際関係上から見ても支障ないと認める」と明言しています(第16回国会衆議院厚生委員会議事録第23号)。
 そして同年の戦犯赦免の国会決議の後押しを受け、1956年に「A級戦犯」が、1958年に「B・C級戦犯」が、サンフランシスコ条約第11条の赦免条項にもとづき、関係各国の同意を得て全員が釈放されました。

 この国会決議に代表される見解こそ、当時の大多数の日本国民(戦犯の釈放に4000万人の署名が集まった)と日本政府の共通認識でした。だからこそ、戦傷病者戦没者遺族等援護法が修正され、戦犯遺族にも年金は弔慰金が支給されることが決定したのです。

 ところが1985年、衆院外務委員会で、社会党の土井たか子議員から「戦犯は日本も受け入れた東京裁判によって『平和に対する罪』で処刑されたのであり、戦没者とは違う」というトンチンカンな発言が飛び出しました。
 戦犯の名誉回復のために、民主主義的な手続きで成立した国会決議や、先人の努力を無駄にするような言動が、自民党議員の間でも顕在化するようになるのは、この頃からです。


※参考文献
 ・雑誌「正論」06年12月号 「知は力なり」安倍首相の対中韓政策を考える/麗澤大学外国語学部長 中山理

※拙ブログ関連エントリー
 ・8/26:02首相の靖国参拝反対派への反論(中)【暫定版】
 「<5>『A級戦犯』を分祀すべき?」のあたり


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2006/12/09(土) 03:44:22 | 考察NIPPON
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