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天皇陛下御即位20周年に寄せて

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 遅くなりましたが――
 11月12日、天皇陛下が御即位20周年を迎えられました。
 天皇皇后両陛下の益々の御健勝と皇室の弥栄を心よりお祈り申し上げます。
【天皇陛下ご即位20年】両陛下が会見(産経11/12)
「絆大切に」 天皇陛下ご即位20年で相次ぎ祝賀行事(産経11/12)
ご即位20年で国民祭典 EXILEに拍手、提灯で国民とご交流(産経11/12)
「感謝に堪えない」天皇陛下の拉致問題言及で家族会などが特別声明(産経11/13)
両陛下、平成2年の爆破事件でお見舞い(産経11/13)

 12日は本来なら国民の祝日となるべき日だったんですよね。超党派の奉祝国会議員連盟によって解散前の通常国会に法案が提出されていたのですが、解散により廃案。その後、今国会への再提出が模索されたものの、民主党の党内調整が難航し、結局没になってしまったという(産経10/31)。

 まぁでも祝日であろうがなかろうが、このめでたき日をお祝いする気持ちを多くの国民が抱いていることには変わりはないですから、私はさほどこだわってはいません。

 当日の昼前、いつものように仕事で近所の公立小学校の前を通った時、正門に大きな国旗が掲げられ、風にはためいており、大変清々しく感じました。

 もしこの日が祝日だったら、子供たちが登校することもなく、従ってこの大きな日の丸を目にすることもなかったわけですから、かえって祝日でなくて良かったかもしれないと思ったぐらいです。

 ただ、何でこの日に日の丸を掲げているのか、その理由を子供たちは先生からきちんと教えてもらったんでしょうか?そのへんは若干気にはなりますが(^_^;


 さて、当日は政府主催の「天皇陛下御在位二十年記念式典」や、民間主催の「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」が催され、国全体が大いに祝賀ムードに包まれました。

 政府主催の方はNHKが生中継していましたが、民間主催の方は中継はなかったみたいですね。
 テレ朝とか、よくゴールデンタイムに皇室特番を放送してるんだから、こういうおめでたい式典こそ放送してくれればいいのに……と思ったのは私だけでしょうか?(T^T)

 EXILE(エグザイル)のパフォーマンスについては、やる前から賛否両論ありましたよね。
 私は「もっとふさわしいアーティストがいるのでは」と思いつつも、どちらかと言えば賛成派でした。というのも、EXILE目当てで参加した若い人たちの中で、これを機に天皇や皇室に関心を持つ人も出てくるんじゃないかと期待を込めたからです(実際、関心を持ってくれたっぽい女子高生のコメントが時事通信に載ってました)。

 翌13日の「とくダネ!」で、EXILEの歌の部分がノーカットで放送されました。私は彼らの歌をちゃんと聴いたのはこれが初めてなんですが、なかなか良かったと思います(tafuさんのブログに歌詞と楽譜がUPされています)。

 あとはテレビのニュースで細切れに見ただけなんですが、天皇陛下が最後に、集まった国民に対して感謝のお言葉を述べられていましたね。
 「少し冷えこみ、皆さんには寒くはなかったでしょうか。本当に楽しいひとときでした。どうもありがとう」と。

 もしも私があの日あの場にいて、陛下からこのような優しさに溢れたお言葉を頂戴したら、きっと寒さもいっぺんに吹き飛んだだろうなぁ(^o^)

 っていうか、当日あの場にいた皆さんは「ご高齢の天皇皇后両陛下がこのようにお寒い中を……、お身体は大丈夫だろうか……」って、心配になったんじゃないでしょうか。

 そういや、天皇皇后両陛下のご健康の問題を理由にして、宮中祭祀を簡略化あるいは廃止すべきなんてことを言っている知識人がいるらしいですが、とんでもないことだと思います。

 天皇は祭祀王です。「祈り」こそが天皇の最大のお務めなのです。ご負担を減らすというなら宮中祭祀よりもまずはご公務からでしょう。

 昭和天皇もそうだったらしいですが、今上陛下もことのほか宮中祭祀にご熱心であると聞きます。ご自身そして皇室の存在理由が何であるかを、当然のことながら重々理解されているということなのでしょう。


 この20年間で私が一番心に残っている今上陛下のお姿、それは平成17年6月28日、バンザイクリフにて皇后陛下とともに黙礼をされているこのお写真です。

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 先ほど触れたように、天皇の本質は「祈り」であり、125代にわたってそれを連綿と継承されてこられました。
 今上陛下の20年間の治世の中で、その「祈り」が最も国民に分かりやすい形で示されたお写真のうちの1枚が、このバンザイクリフでのお姿だと私には感じられるのです。

 ところで、天皇陛下御即位20年にあわせてNHKが世論調査を行いましたが(元ニュース記事すでにリンク切れにつき2ちゃんねる参照)、その中に「天皇制についてどのように考えるか」(「天皇制」って言うなよ(-.-#))という設問がありました。
 「天皇制は廃止すべき」と回答した人は8%だったそうです。

 思想や立場など一切分け隔てなく、この8%の方々をもまた包み込んで祈りを捧げられているのが天皇陛下というご存在なのですが、この8%の方々にはそういう有り難さが全く分かっていないのでしょう。

 私は腹が立つというよりむしろ可哀相に思います。だってせっかく日本人に生まれたのにもったいないじゃないですか!
 (あ、でもこの世論調査は日本国民限定ではないだろうから、ひょっとして8%の中には外国人もかなり含まれてる可能性大?)


 千葉大学名誉教授の清水馨八郎さんは、著書「今、世界が注目する『日本文明』の真価」(文庫版・平成14年発行)で、このように述べています。

なぜ皇室伝統は、かくも長く続いているのか

 戦前の日本人は、日本の国体とは何かと問われると、即座に万世一系の天子の国と素直に答えた。元旦には「一系の天子、富士の山」と口ずさんで、平和な天皇の「日の本の国」に生まれたことをしみじみと感謝してきた。

 戦後はまた、戦前と違った様相を呈してきてはいるが、皇統が絶えることなく続き、国民の大多数がこれを敬慕していることには変わりがない。

 この世界に比類なき皇室の伝統は、神代から続く伝統を保持しようとする皇室の努力と、これを守り育ててきた日本民族の知恵の結晶だったのである。

 ご承知のとおり、今日も天皇は日本国の象徴であり、国民統合の象徴で、国家元首である。時代状況は変わってもこれは古代から現代まで一貫している。この統合性と連続性こそ、日本の天皇制の特色である。だから好むと好まざるとにかかわらず、天皇制を無視し、これに触れない日本論は成り立たないのである。

 なぜ皇室は皇統連綿として百二十五代、二六六二年も絶えることなく続いてきたのだろうか。それは、共産党が皇室を侮蔑して「天皇制」と呼ぶような「制度」ではなかったからである。それは誰が制定したわけでもない、民族の中に自然に育まれた文化だったのである。

 特定の実力者が創りあげた「制度」ならば、別の野心家によって、中国の易姓革命のように何度も変革されていたはずである。ところが皇室はそうではない。この皇道は、神道の発生と同根で、民族がこの風土から学びとった「惟神(かんながら)の道」と見ることができる。

 国民は、伊勢神宮や各地の氏神を畏敬をもって何千年も維持してきたように、皇室に反逆するなど考えもせず、親愛の情をもって守ってきたものである。それはけっして人が創った「制度」でなく、自然に生まれた神ながらの道の中心的存在だったからだ。

 皇室と国民の関係は、本家と分家、君民一体の絆は、親子の関係と同じである。国民は天皇との関係を理論的に知らなくとも、天皇の御前に立つと、ジーンとした血のざわめきを覚える。それは天皇の血と私たちの血が同一起源から発して、常に共鳴するからである。これを実証するには、次のように考えればよい。

 一人の人間が存在するためには、父母という二人の親が必要、二代前は四人の祖父母が必要と考えていくと、十代前までさかのぼると先祖の数は一〇〇〇人台に、二十代前では一〇〇万人台に、三十代前では一〇億人を越える。ネズミ算の逆算である。ところが百二十四代前の神武天皇の昔から、日本の国土に生きてきた日本人の数はたった四、五億人と推計されている。だから相互に親を、先祖を何度も共有し、親戚同士でなければ数が合わない。

 日本は島国で、三〇〇〇年来、異民族の大量渡米もなく、侵略されることもなく、完全封鎖、鎖国社会の純粋培養で、相互に血のつながりを持ちあって形成されてきた。だから天皇家を本家とする一大家族国家になるのは当然であった。誰でも日本人は、どこかで天皇家とぶつからねば、自己は存在しなかったのである。

 歴史上、源氏と平氏は宿命的な対立関係にある家柄だと教えられてきたが、元を質(ただ)せば、平氏は桓武平氏(五十代・桓武天皇)、源氏は清和源氏(五十六代・清和天皇)と言われるように、数代前の先祖は、ともに天皇家からの枝分かれだったのである。

 日本人は、個人より家柄を大事にする民族である。どの家の墓碑銘も、たいてい「○○家の墓」で、個人の名は主張しない。どの家も数代前の先祖は辿れても、その先を知ることは困難である。そこで総本家としての天皇家の血統を正しく伝えておけば、それで自分の系譜を代表することができる。民族の種の起源、出生の秘密を天皇家に代表して守り続けたのは、素晴らしい知恵だったのである。

 かくて天皇の血と国民の血は同じであり、日本人は皆、「己の中に天皇をみて」暮らしているのである。だから国民は、意識しなくとも天皇に近づくと血が共鳴し、親愛と感動を覚える。「君が代」が栄え永続することは、国民皆が栄えつづけることと、まったく同義なのである。

 先祖を辿っていくと皇室に行き着くという、この逆ネズミ算の理屈は「理屈」としては分からなくはありません(但し数字に強い人はもうお気づきでしょうが、実はこの「ご先祖様の逆ネズミ算」にはバラドックスが潜んでいます)が、「実感」はあまり湧きません。

 要するに「感覚」として、私みたいに平凡な一国民の血が「天皇の血と同じ」だなんて、畏れ多くてとても思えないってことなんです。

 ただ、このたびの政府主催の「天皇陛下御在位20年記念式典」を見ていた時のことです。新潟県中越地震の被災者を代表して同県の泉田裕彦知事が祝辞を述べた中で、天皇皇后両陛下の忘れられないエピソードとして以下のような話をしていたので、ハッとしました。

 「昨年9月、両陛下に山古志の復興状況をご視察いただいた時のことです。復興が進み、元気を取り戻した被災者に、両陛下がねぎらいといたわりのお言葉をおかけ下さったあとに、80歳ぐらいのおばあさんが『自分は歳を重ねているのでおかしな話だが、まるで両親がお見舞いに来て下さったようだ』と感激をされていました。私はその言葉を聞き、どんな時でも分け隔てなく国民をご心配し、慈しんで下さる両陛下は、国民にとって無償の愛を我が子に授けて下さる両親のような存在として、国民の心の支えになって下さっているのだと改めて思いました」

 ひょっとしてこのおばあちゃま、清水馨八郎さんの言うように、理屈じゃなく直感で「皇室と国民の関係は親子の関係と同じ」「天皇の血と国民の血は同じ」だと理解してる!?「血が共鳴」してる!?
 ……って、考えすぎかな(^_^;

 ま、血の問題は置くとしても、「国民は意識しなくとも天皇に近づくと親愛と感動を覚える」、これは多くの人が感じていることですよね。

 何年か前に、やしきたかじん氏もそれに類する話をしていました。
 過去のエントリーを検索したところ、2005年11月6日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」での発言でした。この回では女性天皇・女系天皇の問題が取り上げられたのですが、彼はその時、このように述べています。

 「この前、天皇賞に天皇陛下が約100年ぶりにお見えになられまして。10数万人ぐらい客がおって。で、1着になった松永幹夫騎手が、馬上から帽子を取って陛下に向かって一礼したら、10数万人の客がシーンとなった。ああ、やっぱり日本人は、こういうバクチ場でも畏敬の念を、老いも若きも持っているんだなと。彼が天皇陛下に向かって礼をした時に、何とも言えん、胸が熱くなったのは、私だけでしょうか?

 そう、お姿を拝見するだけで、それがたとえテレビ越しであっても、何とも言えん、胸が熱くなるんですよ。ほんと、なぜなんでしょうね。

 これだけは言えるのは、天皇と国民の間には大きな、深い、温かい、そんなつながりが確かに存在しているということです。決して理屈では計れないけれども、何かしらのつながりが。


 結局、この問いに対する現時点での私の結論は、やはり竹田恒泰さん(と葦津珍彦氏)のお言葉に立ち返るのです。
 (以下、拙エントリー08/10/11付:天皇はなぜ尊いか(付:石井選手の発言)より抜粋引用)

 「天皇はなぜ尊いか。私も何年間も考えておりました。考えた挙げ句、思想家の葦津珍彦(あしづ・うずひこ)先生の全集を読んでいた時、『これだー』と思った一節に当たりました」

 「天皇はなぜ尊いか。これについては『言葉では説明できない』と。これだけ論理的に明解に説明される先生が、説明ができないとおっしゃるんですね」

 「ただし、葦津珍彦先生は、世界の中で天皇ほど非政治的な君主はないが、国民に対してこれほど影響力を持っている君主もないのだということを言っているわけですね。それで国民はいろんな理由で天皇を尊敬する。その尊敬もいろいろバラバラであるというわけです。でもバラバラでいいということなんですね。ただ、それが今だけの話ではなくて、五十年前も百年前も、それこそ幕末だろうが江戸時代、平安時代、もう日本のわが国の歴史始まって以来、その状況は変わらなかったというわけです」

 「故高松宮殿下のお言葉を借りれば、なぜ二千年皇室が続いてきたか。それは歴史的に国民によって守られてきたからです。ですからもしどこかの時代で、天皇なんか要らないという時代が一カ所でもあれば、今皇室はなかったわけですよね。どの時代も国民が守り続けた」

 「天皇を殺してしまおうなどという勢力はなかったわけです。そういう勢力があって戦いながら勝ち進んできた現在なのではなくて、もともとそういう発想がなかったわけです。それを考えると、なぜ尊いかといったら、いろんな理由があって、もうそれは説明できない。それを教えていくのは非常に大変なことで、天皇とは何かなどということを明確に書いて、それを読んだらわかっちゃうような教科書ができようはずもないわけですよね。ただし、一つの材料として歴史はこうだとか、歴代の天皇はこうだったんだ、もしくは昭和天皇はこう対応されたんだと、そういったことをいろいろと知る中で、一人ひとりが、あ、だったら僕はこう思うなという、そういうものを大切にしていけばいいんじゃないかと思うんですね


 そう、理由付けはどうでもいい。頭で考えるのでなく、心で感じればいい。国民がそれぞれの思いの中で、天皇と皇室を敬慕しながら、それを次世代につなげていけばいい。
 天皇陛下御即位20周年を迎え、改めてそう感じた私です(^o^)

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 以下は余談です。

 政府主催の「天皇陛下御在位20年記念式典」、最後に式典委員長の鳩山総理の発声(音頭)で万歳三唱がありました。
 (画像クリックで新規拡大します)

091112banzai.jpg

 が、残念なことにハッティの「万歳」のやり方が間違ってます(画像上)。これは掌を相手に向ける「降参」のポーズ。

 画像下、中央(招待者席向かって前列右端)の男性がされている、掌を内向きにする「万歳」が正解。ちなみに、この方は日本パラリンピアンズ協会会長で競泳の第一人者の河合純一さんです。
 
 この話にはさらに余談があって、民主党の総理大臣はやっぱダメね~と思ったのも束の間、夜の「国民祭典」の万歳三唱で発声をした森喜朗元総理も、何とハッティと同じ「降参」ポーズをとっていたという。ダメじゃん森さん!(T^T)

・参考リンク
 ツカサネット新聞>9/3付:こんな『万歳』有り得ない!~正しい『万歳』のやり方とは
 ヨッシーの愚痴さん>9/16付:選挙関係者の皆さん、「万歳」と「お手上げ」の違いをご存知か?

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※拙ブログ関連エントリー
カテゴリ>皇室
カテゴリ>皇室(旧ブログ)
09/1/6付:「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」良かったです
 天皇陛下が元日の朝4時からたったお一人で行われている祭祀「四方拝」について詳しく紹介されています。またビートたけし氏の伊勢神宮レポートも。


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