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GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態

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【2017/1/26 原文を現代文に直したものをUPしました。
【現代文】GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態


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 拙エントリー7/19付:GHQ焚書より 拉致され兵隊にされた中国人青年の体験で紹介したGHQ焚書の「敗走千里」を古書店で購入、読了しました。

 上記エントリーでは「支那事変(日中戦争)が起きて間もない中国での中国人による実体験記」と書いたのですが、実際に読んでみますとノンフィクションを元にしたフィクションというか、実体験をもとに脚色された小説という感じです。

 今日はこの「敗走千里」から引用を交えつつ内容を紹介したいと思いますが、その前に、著者の経歴及び出版に至るまでの経緯をざっと説明します。

 著者は陳登元氏という中国人です。
 お父さんが親日家で、彼自身も14~5歳の頃に日本に留学し、日本語の先生である別院一郎氏に出会います。

 陳氏は中学から大学へと順調に進み、昭和13年の春には大学を卒業する予定でしたが、昭和12年に日支事変(支那事変)が勃発。
 故郷が心配になった彼はその年の8月、一旦帰国します。
 が、それきり何か月経っても帰って来ず、別院氏は心配します。

 そしたら昭和13年1月になって、別院氏のもとに陳氏から一通の手紙とともにどっさりと原稿が届きます。
 手紙によると、何と陳氏は実家にいたところを「強制徴募」により兵隊にとられてしまい、江南の戦線に送られたとのこと。
 そして砲煙弾雨の中の生活を送ること2カ月、重傷を負い病院に収容されたと。
 幸いにも快癒に向かい退院できるところまでこぎつけたので、病院を脱出したと。まごまごしていたら、また戦線に送られるからです。

 その後の経緯はよく分かりませんが、ともかく陳氏は上海にたどり着き、そこで原稿を書き上げたのです。陳氏の手紙の一節にはこうあったそうです。

 「僕は書きました。僕の経験し、見聞せる範囲内に於いての殆ど残らずを書きました。別送の原稿、お忙しくはありませうが一つ読んで下さいませんか。戦争とはこんなものです。僕は神の如き冷静さを以つて、純然たる第三者の立場から、凡(すべ)てを客観し、描写しました

 原稿を読んだ別院氏は「これは出版の価値、大あり」と判断します。
 陳氏の希望に沿って、別院氏は骨子を損ねない範囲で文章を修正し(日本語のおかしな箇所を訂正したり、中国の軍隊用語を日本の読者に理解しやすい用語に変更するなどし)、「敗走千里」は昭和13年3月20日、初版発行に至りました。

 陳氏による前書き(別院氏に送った手紙の一節)及び別院氏による後書きを文字起こしして下さっている方がいますので、詳細は以下を御覧下さい。
『敗走千里』陳登元著 別院一郎譚 自序魚拓
『敗走千里』陳登元著 別院一郎譚 後序魚拓

 ちなみに初版は4800部。その後非常に短い期間で版を重ね、私が入手したのは昭和13年6月15日12版です。西尾幹二氏によれば、約3万5000部売れたとのことです。
 定価は当時で1円40銭。但し、横に小さく「満州、朝鮮、台湾、樺太等の外地定価1円54銭」と記してあります。うーん、何かしみじみ来るなぁ(T^T)

 ――では、「敗走千里」の内容紹介に入ります。
 主人公はもちろん陳登元氏当人なのですが、著書の中では陳子明(チエンツミン)という名前に変更されています。

※青い文字が「敗走千里」からの引用箇所です。
※できるだけ原文に忠実に入力しましたが、旧漢字でパソコンでは出ないものは新漢字に直してあります(参考資料:新漢字・旧漢字対照表
※新漢字でも読みが難しそうなものはこちらの判断でフリガナをつけました。
※用語解説は基本的にWikipediaを参照しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 物語は塹壕から始まります。
 前出エントリーで紹介した「斥候」の話が2ページ目にして早くも登場します。

 この戦争の初め頃は、誰も今程この斥候*1に出るのを厭やがりはしなかつた。嫌やがるどころか、古くから兵隊をやつてゐる者共はその殆(ほとん)ど全部が、その斥候を志願したのだつた。この分隊から下士斥候が出るといふ時なぞ、それの参加志願者で押すな押すなの騒ぎだつた。
 「分隊長殿、今度は儂(わし)をつれてつて下さい」
 「馬鹿! お前はこの前の時に行つたぢやないか。今度は俺だ。」
 そんな始末だから、洪傑(ホンチェ)*2としても斥候の人選に困るやうなことはなかつた。澤山(たくさん)の志願者の中から氣に入りの者だけを抜き出せばいゝわけだつた。
 下士斥候は大概の場合、五名か六名だ。それが揃つていざ出發といふ場合、彼等はにやりと何か意味ありげな微笑を交はす。陳子明(チエンツミン)の如き、僅か一ヶ月程前から強制徴募されて來た新兵には、その微笑が何を意味するものか、初めは全然判らなかつた。
 が、二時間程して、意氣揚々と帰つて來た彼等を見て、新兵たちは初めて、彼等が何故にあの危険極まる斥候を志願するかが解つた。彼等は実に夥(おびただ)しい種々雑多な戰利品をぶら下げてゐるのである。主に、時計とか指輪、耳飾り……と云つたやうな、小さくて金目のものだが、中には、重い程そのポケツトを銀貨でふくらまして來るものがある。
 或る一人の兵が持つてゐた耳飾りの如き、現に、たつた今まで或る女の耳にぶら下つてゐたものを無理に引きちぎつて來たからだらう、血痕が滲んでさへゐた。しかもその兵の、無智、暴戻(ぼうれい)、殘虐を象徴するかの如き、ひしやげた大きな鼻、厚く突き出た大きな唇、鈍感らしい黄色く濁つた眼……その眼が何ものをか追想するやうににたりにたりと笑ひ、厚い大きな下唇を舐(な)めづり廻してゐる顔を見てゐると、陳子明の胸には、何かしら惻々(そくそく)とした哀愁が浮んで來てならなかつた。あの血痕の滲んだ耳飾りと關聯(かんれん)して、何かしら悲惨なことが行はれたやうな氣がしてならないのだつた。
 斥候に行つた連中は、お互ひに何か探り合ふやうな視線を交して囁き合つてゐる。
 「おい、張開元(チヤンカイユアン)! 貴様それだけか?」
 ポケツトをざくざく銀貨で云はしてゐる男が云つた。
 「うん、これだけよ……でもなァ、よかつたぞう」
 唇の厚い男は、下を舐めづり舐めづり、淫(みだ)りがましい笑ひを黄色く濁つた眼に浮かべながら、大きな掌の上で翡翠の耳飾りをいぢり廻してゐる。
 「貴様ァ、相變(あいかわ)らず女一方なんだな」銀貨の男は、相手を輕蔑(けいべつ)しながらも、矢張り、張開元の自由にした女に氣を惹かれてゐるらしい。「で、その女は好かつたか? 幾つぐらゐなんだい?」
 「二十ぐらゐかな……そりゃ好い女よ」
 「ふーむ、そんな女が今時分まだこんなところに間誤々々(まごまご)してるのかな……で、そりゃ、どの家だい?」
 「そこの橋を渡つてよ、クリーク*3について左に行つて……」と云ひかけて、張開元は急に警戒し出した。「でもな、その女はもうゐないよ、南京に行くと云つたから…」
 銀貨の男は、さう云ふ張開元の眼を凝乎(じつ)と瞶(みつ)めてゐたが、やがて、はつとしたやうに
 「おめえ、まさか、やつちまやしめえな」と云つて、ぎゅつと、銃劍で何かを突き刺す眞似をした。
 「ううん、勿體(もったい)ねえ、そんな馬鹿なことするもんか」張開元は慌てゝ辯解(べんかい)した。「俺は只、この耳飾りを貰つて來たゞけよ」
 「ふむ、そんならいゝけど……それで、家はどこだい、何か商賣してゐる家か」
 「そんなこと、覺えちやゐねえ、滅茶苦茶に飛び込んだ家だからな……そいで、その女、年寄りの婆さんと、地下室に縮かまつてゐたのよ、婆さん、脚が悪くて、歩けねえらしいんだ」
 張開元は、さう云つて中々女の居る家を教へなかった。何か自分の所有物をでも他人の目から匿(かば)ふやうな態度だつた。
 「ふん、俺ァ女なんかどうでもいんだ」銀貨の男は、ポケツトの銀貨をざくざく云はせながら張開元の前から去つた。
 陳子明は凡(すべ)てを見た。そして、聞いた。彼は、これだけで戰爭なるもの、更に軍隊なるものゝ本質を殘らず把握したやうに思つた。戰爭なるものが一つの掠奪(りゃくだつ)商賣であり、軍隊なるものはその最もよく訓練された匪賊(ひぞく)*4であるといふことである。(p.3-7)


*1 斥候=本隊の移動に先駆けてその前衛に配置され、進行方面の状況を偵察しつつ敵を警戒する任務をいう。
*2 洪傑(ホンチェ)=分隊長の名前。位は軍曹。
*3 クリーク=排水や灌漑 (かんがい) ・交通などのために掘られた小運河。
*4 匪賊=「集団をなして、掠奪(略奪)・暴行などを行う賊徒」を指す言葉。近代中国の匪賊についてはこちら参照。

 これが当時の駐屯地における支那軍の実態です。中国は戦後、こういった掠奪や暴行や強姦は全部日本軍がやったことにしていますが(-.-#)

 さて、陳子明のいる塹壕に日本軍の空襲がありました。兵隊らは飛行機に向かって当りもしないのに銃を撃ちまくります。
 なぜ無駄弾と分かっていて撃つのか?実は、支給されているだけの弾丸を早く消費してしまわないと、いつまで経っても後方へ退いて休養することが出来なかったからです。(p.25)

 その後、陳子明は初めての斥候(5人1組)に出されます。日本軍に見つかって数発撃たれますが、幸い弾は当たらず事なきを得、味方の塹壕へ戻ることが出来ました。(p.29-30)
 
 もぐらの生活も可なり久しく續(つづ)いたものである。皆んなもう飽き飽きしてゐた。この塹壕で生活する何んの興味も刺戟(しげき)もなくなつたのである。
 皆が皆、もうどこへ行つても掠奪する何物もないことをこぼしてゐるのである。女は勿論のこと、今はもう、穴倉の隅から隅まで嗅ぎ廻つても、一滴の酒を得ることさへ出來ないのである。
 「もつと、どうにかしたところへ移らなけりや駄目だ!」
 「同じ移るなら大きな町でなけりや駄目だ。こゝら近邊ぢや、もうどこへ行つても同じことだらう」
 彼等は寄ると觸(さわ)ると、そんなことを囁き合つてゐた。
 それも無理はない。彼等の皆んなは、遂ひ最近まで奥地にゐた或る將領の私兵に過ぎなかつたのだから。戰爭を一つの商賣と心得、一戰爭終つた後の掠奪を唯一の報酬と心得てゐる彼等に取つて、掠奪する何物もないといふことは、それこそ生活の虚無を意味してゐた。一人の女をさへ見ることの出來ないといふことは、砂漠の牢獄に他ならなかつた。(p.38-39)


 掠奪は唯一の報酬であると。日本軍とは根本から違ってますよね。

 その後、塹壕に司令部付きの若い将校&彼と腕を組んだ若い女性がやって来ます。
 彼女は「皆さん、しっかりやって下さい。妾(わらわ)達は今、皆さんの労苦を慰めるため、妾達の一切を捧げようとして、この5キロ程後方の村落にいます」と兵らを前に一演説ぶちます。
 婦女慰労隊(将校らの情婦的存在で売春婦とはまた違うようです)のリーダー的存在、李芙蓉(リーフヨー)です。ま、この物語のいちおうヒロインと思っていただければよいかと。

 それを見た張開元(斥候に出た時に女性を強姦し耳飾りを引きちぎってきた男)は「あいつ、一切のものを捧げるって言ってたぜ。俺、あんな奴を抱いてみてえ……」と舌なめずりをし、また周囲からも「うっふっふ……」という嫌らしい笑いの波が起こります。ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!! 女性の私はこのくだりを読んで、マジで背筋が寒くなりました。(p.42-44)

 さて、陳子明と同じ「強制徴募」で引っ張られてきた兵隊はもちろん他にもいます。陳子明は自分よりやや遅れて「強制徴募」された新兵の孫成有(スンチヨンニュー)と出会いますが、彼は陳子明と同郷でした。(p.65)

 陳子明は自分が「強制徴募」された時のことを回想します。

 陳子明が日本から実家(綿布を扱っている商家)に戻っていることが、何者かの密告により軍に知られるところとなります。
 募兵官が町に姿を現わし、人狩りを始めたことを聞いて、陳子明は実家の地下室(匪賊に備えて作られたもの)に妹とともに隠れます。(;゚д゚)ゴクリ…
 妹は、乱暴な兵士らの目に触れたらどんな目に遭わされるかわからないため、父母が気を利かせて隠したのでした。

 探しあぐねた兵士らは、店先に縛ってある父母を激しく責め立てます。「これ以上息子を庇うなら群衆に命じて掠奪させるぞ。お前たちを銃殺にするぞ」と。Σ(゚Д゚;エーッ!
 その時、野次馬の一人(近所の事情を知る者らしい)が地下室があると兵士らに言い、ついに陳は発見されてしまいました。ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ
 連行された陳は兵営内の牢獄のような所に放り込まれます。

 やがて銃殺に処せられるという立場の陳子明でしたが、ある士官に救われます。
 それは同郷の王祥謙(ワンシヤンシエン)上尉。2年ほど前、王祥謙は日本の士官学校を卒業したのですが、その時は陳も東京にいて、同郷人会で催された王の帰国を見送る送別会に出席していたのです。陳が彼と会ったのは、これまでその一度きりでした。(p.81-84)

 陳子明と再会した王祥謙は、彼にこのようなことを語ります。

 「僕は、あの送別會の時云つたらう。中國は今は世界各國の半植民地になつてゐる。どうしても彼等の巣喰ふてゐる勢力を追つ拂(ぱ)はなければならない。別けても日本の重壓(じゅうあつ)は甚だしい。第一番にやつつけなければならないのは日本だ――と」(p.87)

 中国は現在、まるで日本だけが侵略者だったかのように言っていますが、もちろん実際はそんなことはありませんでした。

 ちなみに王祥謙の送別会については「日本の官憲の監視下における会合である以上、あまり激越なことは言えるものではなく、それが精一杯だった」と記述されています。
 が、陳子明によれば、王祥謙はその送別会で他にこのようなことも言っています。

 「中国は軍事、科学、文化、あらゆる角度から見て日本より一足遅れている。だが、それが同じ水準に達した時、日本は決して我が中国の敵ではあり得ない」
 「国土、資源、人口の優越する中国は、必ず日本を倒すことができる」
 「打倒日本の声は今や中国全土に起こっている」

 官憲の監視下にあったわりには、けっこう過激なことを言ってるように私には見えるんですが(^_^;

 王祥謙はさらに続けます。

 「幸ひにして、中國は今や歐米諸外國の同情を得てゐる。彼等をうまく誘導することに依つて吾々はやがて、自分達は手を拱(こま)ねいてゐて、歐米諸國と日本とを戰はせるのだ。彼等は何れも野獣に過ぎない。彼等は、我が中國を獨占しやうと思つて何れかゞ斃れるまで闘ふだらう。それが野獣の本性だ。そして今はそこへ行くまでの過程にあるのだ。もう暫くの辛棒だ」(p.87)

 ここのくだり、すごく核心突いてますよね。情報戦に弱かった当時の日本は(今も弱いけど)、中国の欧米向けプロパガンダにすっかりやられてしまいましたから(T^T)
 しかも日本だけでなく欧米諸国も「野獣」であると。このあたりの記述はGHQの心証を悪くしたかも?

 さて、陳子明は王祥謙に「兵卒として戦場に行けば銃殺刑は避けられる」と説得され、結局それに従うことにします。
 陳は彼の部屋を出るとすぐに軍服に着せ替えられ、それから1カ月間、猛烈な軍事教育を叩き込まれたのでした。そして彼は王祥謙が指揮する「第十中隊」に配属されます。

 ちなみに後日、王祥謙の骨折りで戦線に向かって出発する前に陳子明が父親にだけ会うことが許された際、父親から聞いて判明したことがあります。
 実は、父親は連行されていった自分を救うために、一万元近い金を要路の人にばらまいていたのです。そのお金は無論、王祥謙の懐にも多少は入っているだろうということも……。中国の賄賂社会は今も昔も変わらずのようです。(p.95)

 さて、「強制徴募」の回想が終わり、話はまた戦場(塹壕)へ。

 陳子明は王祥謙から大変なことを聞きます。
 陳のような日本への留学経験者だけでなく、事業に携わっていた日本からの帰国者が50何人か、漢奸(かんかん)*5の名で銃殺されたと。しかも何の証拠もなく、ただ日本にいたというだけで……。王は陳に「お互いに気をつけよう」と言います。(p.89)

 さらに王祥謙によれば、●勲(ホウシユイン。●=广+龍)中尉は「救国抗日団」の回し者で、「彼にはなるべく近寄るな。下手をすると、漢奸の名でやられるぞ」とも。(p.109)
 
*5 漢奸(かんかん)=本来漢民族の裏切者・背叛者のことを表す。日中戦争中及び戦争終結後には日本への協力の有無に関わらず、日本について「よく知っている」だけの中国人でも「漢奸」として直ちに処刑されたり、裁判にかけられた。また日本に協力する者であれば漢民族でなくても「漢奸」と呼称した。

 この後、李芙蓉が再登場します。●勲中尉の愛人としてです。
 王祥謙上尉と●勲中尉はもともとしっくり行っていなかった上に、李芙蓉の登場で、彼女をめぐりさらに反目し合うことになります。
 この李芙蓉という人は美しく、しかも聡明で度胸もある人ですから無理もないのかもしれません。

 ついでに張開元もしつこく李芙蓉を狙いますが、彼女の「手を握った」ことにより(本人がそう主張しているだけで、陳は「あの張が手を握っただけだって?」と疑問を呈している)、兵隊や慰労隊の女たちにボコボコにされてしまいます。(p.115-117)

 張開元のこの事件がおそらくは引き金となり、張や陳子明が所属する王祥謙の中隊に対し、直ちに前線に出動せよと連隊長から命令が下ります。これはほとんど「死」を意味します。
 王祥謙は●勲の密告と捏造が原因だと断定し、「自分の死ぬ前に●勲をやっつけてやろう」と決意を固めます。

 たとえ密告がなかったとしても、欧米派の●勲と知日派の王祥謙との対立はいかんともしがたいものでした。そう、●勲はアメリカ士官学校の卒業生なのです。
 さらには●勲が中央政府からの留学生だったのに対して、王祥謙は彼の郷里を支配する軍閥からの留学生でした。(p.123)

 大激戦を前にして、陳子明は明確に「脱走」を考え始めます。
 分隊長の洪傑は陳はじめ部下らに「助かるいい策戦があるんだけど」と意気込んだ調子で言います。その策戦とは――。

 「それは、敵に氣付かれないやうに、こゝの戰線をそつと引き揚げるんだ。そして、奥地の山岳地帯に敵を誘ひ込んで、こゝに現はれたかと思ふと彼方に現はれ、彼處(かしこ)に現はれたかと思ふと此方(こなた)に現はれ、敵を奔命(ほんめい)に疲らすんだ。そして、俺達は全部、便衣*6になるんだ。そして愈々(いよいよ)追ひ詰められた時には、百姓となって誤魔化してもいゝし、商人になつてもいい、兎に角良民に化けて敵の眼から脱れる工風をするんだ」(p.130)

*6 便衣=中国語で「平服」を意味する。一般市民と同じ私服・民族服などを着用した中国兵士を「便衣兵」と言う。特に1937年の南京陥落の際、中国国民党の兵士が便衣に着替えて逃亡したことは有名。

 便衣キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

 が、その直後に戦闘が始まり、彼等はもはや逃げるだの何だの言っていられない状態に。
 王祥謙上尉は督戦隊*7の攻撃により腕を負傷します。この戦闘で第十中隊は総員159名のうち16名が犠牲になります。(p.132-143)

*7 督戦隊=自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令無しに勝手に戦闘から退却或いは降伏する様な行動を採れば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のこと。有名な所では支那事変における中国軍の督戦隊である。これが暗躍したため中国軍に多数の死者が出た。南京攻略戦時にも暗躍し、これによる死者が「南京事件」の死者に数えられているという指摘もある。

 新しい塹壕へ移動しての生活が始まりますが、敷き藁すらないということで、農家へ「徴発」に行くことになります。
 徴発志願兵の中には陳子明の姿もありました。「神様が逃亡の好い機会を与えて下さるかも知れない」と考えたのです。しかし、そこで容易く変装用具の便衣が手に入るかどうか……と思案します。

 「徴発」に向かう途中、陳は仲間の金阿貴とこのような会話を交わします。

 「陳さん、東洋軍*8に捕まつたら俺達どうなるだろう?」
 彼の傍に摺り寄つて來た一人の兵が、さう小聲(こごえ)で呟いた。金だった。
 「さァ……捕虜だね、捕虜は……多分、戰爭の終るまでどこかに監禁して置くだらうな」
 「殺さないかね?」
 「殺しやしないだらう」
 「でも、いつか、俺聞いたけど、東洋軍は片つ端から捕虜を殺すつて……よ」
 さう云はれると、彼にもはつきりしたことは解らない。が、彼は十年も東京に留學して、大抵日本人といふものを知つてゐるつもりである。彼の知つてゐる日本人は、殊に、日露戰爭に關する書物など讀んだところでは、日本軍は露西亞の捕虜を殺すどころか、非常に鄭重(ていちょう)に取り扱つてゐる。捕虜の癖に、日本娘と戀愛(れんあい)に陥って、事變(じへん)後結婚したといふローマンスまで傅(つた)へられてゐる。それ程、日本軍は敵國軍に對(たい)して寛大だつたのだ。*9(p.144)


*8 東洋軍=日本軍のこと。
*9 日露戦争における日本側による捕虜の厚遇=バルチック艦隊の戦艦「オリョール号」の水兵ノビコフ・ブリボイの名作『ツシマ』(邦訳『バルチック艦隊の潰滅』上脇進訳)にも詳しい。プリボイはやがて熊本の収容所に入れられ、そこの通訳の妹と親しくなったりしたようだが、ほかにもロシア人捕虜と親しくなったり、結婚した例もある(吹浦忠正氏の新・徒然草参照)。

 日本軍を誉めたこの記述は、GHQにとっては都合が悪いでしょうね。

 さて、洪傑軍曹をリーダーとし「徴発」に向かった一行ですが、どこの家も留守で(この近辺が戦場になったと知り避難したらしい)堅く釘付けになっています。
 本来の目的である藁は庭先に大量に積まれていたので、それだけ持って帰ればいいところなんですが、一行は「掠奪」も目的としていますので、家の戸をこじ開け始めます。当然、誰も止める者はいません。
 「給料の満足に支給されない支那の兵隊にとっては、掠奪が依然として給料であり、兵士となるための奨励賞である」からです。

 陳子明はこの時「逃げる」チャンスはあったのですが、残念ながら便衣を見つけることができず、逃亡はあきらめ、部隊のいる塹壕に戻ります。(p.144-151)

 陳は逃亡を考えながらも、王祥謙上尉の怪我が気に掛かります。王に代わって●勲中尉をやっつけてやろうということも考えます。
 王には命を救ってもらった恩義があるし、●勲を亡き者にすれば、自分たちの中隊が激しい戦場に出される機会も薄くなると考えたからです。

 その後、また日本軍の攻撃が始まります。

 一旦攻撃が止んだ後、金阿貴は陳子明に脱走しようと誘います。
 が、金は陳がまだ便衣を用意をしていないと知って愕然。「洪傑や他の奴らも、徴発の時に便衣を失敬してきたのに……」と。
 陳は拝み倒して、金に便衣を見つけて来てくれるよう頼み、逃走を2~3日待って貰うことになります。

 ところがその晩、「午前0時に夜襲を決行せよ」と上から命令が。
 陳はこの時は監視哨だったため戦闘に参加せずにすみましたが、この戦闘は非常に激しいもので、帰還できた兵士は半分でした。同郷で親しかった孫成有は戦死、頼りの金阿貴も重傷を負ってしまいます。(p.156-166)

 やがて、中隊長の王祥謙上尉が戦線に復帰します。

 王祥謙は怪我を負ってからこれまでのことを陳に話します。王は軍法会議に引っ張り出され、第一線放棄の罪をみんな自分になすりつけようとしたと憤慨します。もちろん潔白が証明されたから、復帰できたのですが。
 王はここでも「●勲には用心しろ」と言います。(p.167-180)

 さて、物語はここでやや唐突に、陳子明が所属する第十中隊についての説明がなされます。

 第十中隊の幹部を構成する士官達の内、王を除く五人の中少尉たちは何れも南京の軍官學校出身者だつた。彼等は生じつか海外を見て來ないし、それに學校では何事につけ、中國第一主義の教育を叩き込まれて來たので、非常に鼻張りの強い自信家ばかりだつた。
 中國は世界一國土が廣いんだ――
 中國は世界一國民の數が多いんだ――
 中國は世界一資源に富んでゐるんだ――
 中國の軍隊は世界一強いんだ。なぜつて、本來が勇敢な民族であるし、加ふるにこゝ數世紀の間斷へることのない國内戰爭に依つて充分に鍛へられてゐるからだ――
 それに、中國は世界一古い文化を持つてゐる。その文化は世界最高峰に位ひするものなのだ――
 彼等はそれを頭から鵜呑みにして疑ふことを知らない。だから至極樂天的である。閑(ひま)があれば、麻雀の牌をがらがら振つてゐる。
 「何もくよくよするこたァないさ」
 「大海に一滴の墨汁ぢやないか。日本なんて結局、中國に呑(の)まれちまふのさ(p.181-182)

 
 中華思想の極みですなぁ(-.-#)
 ま、日本人も当時は同じように「日本は世界一」と思っていた(思わされていた)面があったろうし、このあたりは人のことは言えないかもしれません。
 が、戦後、日本が謙虚になったのに比べ、中国は未だに傲慢ですよね。「日本なんて結局、中国に呑まれちまうのさ」って今でもマジでそう考えてるでしょ?(T^T)

 さて、●勲中尉はいつの間にか李芙蓉から他の女に乗り換えており、李芙蓉も●勲から王祥謙上尉に乗り換えます。

 一方、陳子明は負傷した金阿貴を見舞いますが、金はもう死ぬ間際で様相もすっかり変わっていました。
 金は「俺はもう駄目だから、君に俺の便衣をやるよ」と言い、自分の便衣を陳に譲ります。このへんのくだりは涙を誘います・゚・(ノД`)・゚・。(p.207-209)

 後でわかることですが、金阿貴はその後病院で死亡します。陳は彼の死に目に会えず、遺体がどこに行ったのかすらわからず仕舞いです。

 さて、その後も戦闘および掠奪の記述が続きます。
 「みんな掠奪にかけては名人ばかり揃っている。仕事は早い、どんどん舎外に運び出して要領よく、目の届かない建物の裏側に積み上げ、それをこそこそとコマネズミのように、地下道を通って運び始めた」といった具合です。(p.231)

 そして、みんなで食べ物の話ばかりしています。
 分隊長の洪傑軍曹は食べ物の話になると、いつも自分の出身である西北の奥地の話を持ち出すそうで、ここではこんな話をします。

 「戰爭はそりゃ随分あつたさ。だが、負けても勝つても、今やつてる東洋軍との戰爭みてえなこんな馬鹿なことつてねえ。命にや先づ別條ねえし、喰い物と來たらそりやふんだんにあつたもんだ。どこの家へ行つたつて御馳走は喰ひ放題だし、その上、豚だつて鶏だつて手當り次第に叩き殺して喰つたもんだ」
 彼は、昔の軍閥の部下だつた頃の生活に非常な憧憬を持つてるらしい。今でもそこへ戻つて行けば、昔のさうした生活が出來るものと思つてゐる。
 「ぢや、一層のこと、元の將領のとこへ戻つて行つたらどんなもんです?貴下なんか屹度(きっと)歡迎されるでせうに……」と、水を向けるものがあると、彼は併(しか)しぐつたりと力の拔けたやうな顔をして
 「馬鹿なこと云つちゃいかん。俺はこれでも中央軍の軍曹だ!」と、そつくり返るのだ。
 が、そんな威張り返つた口の下からそろそろと、本音を吐き始める。
 「だが、例へ行つたにしたつて、手ぶらで行つたんぢや只の兵隊にも使つちやくれめえ、ちやんとした鐵砲か、機關銃でも持つてけば格別だがな」(p.239-240)


 さて、李芙蓉は、王祥謙上尉から今度は何と陳子明に乗り換えます。
 李は「金阿貴さんの遺品よ」と絹のハンカチを陳に渡しますが、そこには「愛する者へ」と書いてありました。実はこれは金の物ではなく、李の陳への求愛の品だったのです(それにしても何て節操のない女なんだろう(T^T))。

 その後、李芙蓉をめぐる●勲と王祥謙の争いがついに終焉を迎えます。
 王祥謙の第十中隊に限定してまたしても夜襲命令が下りました。これもまた●勲の差し金らしい。

 みんな、「今夜こそ死ぬかもしれない」「こんな理不尽な命令にも従わねばならないのか」と絶望感に打ちひしがれます。

 「こんな戰爭なんて、一體(いったい)誰が始めたことなんだ」
 鬱憤の持つて行き場のない彼等の一人は、遂にはさうした戰爭そのものに對する疑問の言葉を投げつけた。
 「誰が始めやうとそんなことは構はんさ。戰爭そのものが民衆に取つて意義があるもんならな」誰かゞ應(おう)じた。
 と、初めの男がやり返した。
 「ぢや、この戰爭は民衆に取つて一體どんな意義があるんだ。聞かしてくれ……俺には分らん。俺は今まで何にも考へずにやつてたんだ」
 「そりや迂闊だな。そんなことなら、そこらにごろごろしてゐる兵卒だつて知つてるぜ」横から、別の男が冷笑するやうな口調で云った。「つまり、帝國主義的侵略者打倒の為めの戰爭ぢやないか」
 初めの男が、苛々(いらいら)した容子(ようす)でその聲(こえ)の主の方に膝(ひざ)を向け直した。
 「君はそんな觀念(かんねん)的な一片の訓示で、貴重な生命が投げ捨てられるのかね……ふつ、お安い生命だ精々大安賣りするがいゝせう」
 「なに、何んだつて? 君は僕を侮辱する氣なのか。君が何んにも知らんと云ふから教へてやつたんだ。それを……」
 「いや、有難ふ……ぢや、序(つい)でにもう一つ教へて頂かうか。イギリスや、アメリカや、ロシヤや、フランスや、さう云つた國は侵略者ぢやないのかね……日本一國を眼の敵にして……
 「漢奸!」叫ぶなり、その男は立ち上つた。(p.280-281)


 要するに、「日本を侵略者と言うなら、イギリス、アメリカ、ロシア、フランスなどの欧米列強だって侵略者だろう」と。GHQにとって、これは最大級に不都合な記述ではないでしょうか。

 さて、物語に戻って、●勲と王祥謙の決着です。
 李芙蓉の立案により、王祥謙と部下らはついに●勲を襲い、殺害します。
 そして夜襲開始の時刻(午前0時)が刻々と近づきます。

 陳子明だけでなく張開元も逃亡する気満々で、張の残忍さがまたここで明らかになります。
 張は予め用意してあった便衣に着替えます。その上、死体収容の際に上手くせしめたであろう拳銃まで持っています。
 張は逃げるためなら仲間の殺害も厭わないという決心をしており、さらに前から狙っていた李芙蓉をさらって逃げることも計画しています。

 ところが邪魔な相手が現れます。確認するとそれは陳子明で、ちょうど李芙蓉ら慰安隊と一緒にいるところでした。
 陳とは毎日顔を合わせて家族のような親しみさえ感じていた仲なのに、張の顔に浮かんだものは「何だ、あいつか」といった鉄のように冷たく固い表情でした。

 便衣の男に拳銃で狙われていることに気付いた陳は、それが張だと分からぬまま反撃、殺してしまいます。倒れた男を確認し、それが張だと知って驚く陳……(実はこの頃には夜襲の開始時刻をとっくに過ぎています)。(p.296-300)

 夜が明けたあと突如戦闘が始まります。
 激しい戦場の中、陳子明は李芙蓉の手を取り、二人の逃避行が始まります。

 第一線からの退却兵とともに彼等は夢中で逃げます。
 督戦隊が現れて、味方をどんどん機関銃で攻撃してきます。見る見る間に死体の山が高くなり、敗走の激流は阻止されます。督戦隊も止まりますが、いったん止まっただけで、またいつ始まるかわかりません。

 日本軍の砲撃は続きます。このへんの描写、すごいです。恐ろしいです。多くの兵が無残に死んでいきます。
 ある者は死を装い、ある者は死体の山の奥へともぐり込む。炸裂する弾から身を守るには、それより他が方法がないのです。
 陳もそれにならいます。どんな方法を講じても生き残りたい!と。
 退却軍の渦の中に揉まれ続けた陳は、李とはぐれてしまいます。督戦隊員らしい者4~5人が無理やり彼女を強奪していったのです。(p.306-313)

 何とか生き残った陳子明。彼はこんなことを思います。 

 陳子明は別に軍官學校の出身でもなければ、特別に軍隊生活を志望して、戰闘方法とか軍略とか云ふことに大して造詣のあるわけではない。が、最近の少しばかりの戰爭の經驗に依つて、自分達の國の軍首腦部が現在重大な過失を犯してゐるやうに思へてならないのだ。その過失と云ふのは、この戰爭の始まる前、吾々の軍隊はなぜ東洋軍と同じやうな、あの恐ろしい威力を持つところの野砲とか、野重砲のやうなものを用意しなかつたか――と云ふことである。
 敗走に次ぐに敗走を以つてする近頃になつて、自分達のちよくちよく耳にする軍首腦部のお題目は、「長期抗日戰」といふそれであり、「吾々は最初から長期抗日戰を覺悟し、日軍を奥地に誘導し、以つて彼等を奔命に疲らせ、殲滅するのは策戰に出づるのだ」と云ふそれである。
 が、それが、事實とするなら、吾々の軍隊は尚更、野砲、野重砲の如き威力ある武器を最初から用意しなければならなかつたのだ。なぜと云ふのに、奥地へ日軍を誘導すると云ふからには、最初から現在やつているやうな野戰が覺悟だつた筈だ。野戰に於て、機銃や迫撃砲が、野砲、野重砲の敵ではないことは戰はぬ前から分つてゐる筈だ。それだのにそれらのものを用意しなかつたといふことは、吾々の軍首腦部は上海の市街戰に於て日軍を撃退する――と云ふ一本立ての策戰しか立てゝゐないかつたことを暗默の裡に白状してゐるのだ。
 確かにそれに相違ない。煉瓦やコンクリートの高層建築物の密集してゐる市街戰に於ては、野砲や野重砲は確かに使ひものにならない。そんなものよりも、機關銃や迫撃砲、手榴弾の方が遙かに効果を挙げ得るからだ。
 その上海に於て、日軍を引きつけ、引きつけ、トーチカからの機銃掃射に依つって日軍を消耗し、殲滅するといふ策戰がもし成功したならば、彼等國軍首腦部は確かに先見の明ありと云つて誇つてもいゝが、その唯一の策戦が敗れ、失敗した以上、戰ひはそれを以つて打ち切りとすべきだ。戰つても絶對に勝つ見込みはないからだ。
 「長期抗日戰」――
 そんなものは、蒋介石一族、親露派、英米派の失敗の跡を誤魔化さうといふこけ威かしにしか過ぎないものだ。要するにそれは、政權に戀々(れんれん)とした、彼等の保身延命策にしか過ぎないものだ。
 彼はつくづくと、この無意味の戰爭が呪はしくなつた。全然無力の彼として、この戰爭を止めさせることは不可能だが、併(しか)し、自分個人をこの戰爭の渦中から脱出させることは、出来る、そして、それは何ものに對しても恥じることのない、許されていゝことだと思つた。(p.352-353)


 陳さん、辛辣ですなぁ(^_^;

 さて、その後陳子明は李芙蓉を追い求めつつ、他の便衣兵ら(約15人)とともに行動します。
 彼等は完全に「匪賊」の生活に入り、挙げ句に味方の炊事兵(5人)を襲撃、全員射殺した上で掠奪(しかも味方を殺しておいて「他愛のねえもんだなあ」と残忍にも笑ったりしている。陳は怖くて森の方に逃げ込んでしまった)と、もう何でもあり状態。

 そんなある朝、農家の牛小屋で目覚めると、近くで日本軍の攻撃の響きが。
 彼等は仕方なく、またそのへんの味方部隊に紛れ込みます。が、これが敗走の大縦列部隊でした。
 陳子明は敵の機関銃に右肩を撃たれ、意識を失います。

 そして、気がついたら陳は傷病兵の収容所にいました。
 李芙蓉と間違えて看護婦の手を握り、「人違いです。あんた、気がどうかしてるんです」と邪険にされてしまいます。

 敵の鉄砲の音がまた近づいてきます。天幕がびりびり震えます。
 「また退却だとよ!すぐに蘇州河を越してその対岸に引き移れっていう命令だ!」という誰かの声で、この物語は終わります――。

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 実はこの「敗走千里」には続編があります。
 その名もずばり「続敗走千里」(そのまんまや!(^_^;)。
 「敗走千里」購入時、古書店の方に「『続』もありますがどうしますか?」と言われ、初めてその存在を知りました。
 その時は購入を見合わせたのですが、「敗走千里」を読了した今、購入しようかしまいか迷っているところです。

 では最後に、全体的な私の感想を短く。

 とにかく陳子明の強運には驚きます。日本軍とは何度も戦闘になるし、督戦隊にも攻撃されるし、仲間は次々に死んでいくし、上官同士の諍いにも巻き込まれるし、そりゃもう大変。よく生き残れたものです。

 彼等は基本的に食べることと逃げることしか考えていません。
 が、ラブストーリーなんかも織り込まれていて(しかもやや過剰に感じるほどに)、なるほどこれは「小説」だなという感じがしました。
 省略しましたが、女性に関しては「李芙蓉」の他に、陳子明が日本に残してきた思い人「秋子」も回想の中で登場します。

 慰労隊なる女性たちが存在したのはもちろん事実でしょうし、「李芙蓉」という名で登場する慰労隊の女性を上官らが「取り合い」して内紛になっていたのもたぶん事実なんでしょう。
 が、果たしてその李芙蓉が陳子明(=陳登元氏)と本当に恋仲になったのか?については大いに疑問が残る!?(^_^;

 とにかく読み物として大変面白く、また文章も平易で、これなら当時3万5000部売れたという話にも納得できます。

 で、結局、GHQはどの記述が原因でこれを「焚書」にしたのか?

 中国軍が自国で掠奪や暴行を繰り返したり、便衣兵になったり、とにかく野蛮だったという記述?
 欧米列強も実は侵略者だったという記述?
 日本軍がめちゃ強く、しかも人道的だったらしいという記述?
 蒋介石はじめ中国軍首脳部を批判した記述?

 おそらくどれもGHQにとっては不都合だったんだろうなと思います。
 が、一番大きな理由はこれらを記したのが「加害者」である日本人ではなく、「被害者」つまり戦勝国民である中国人(陳登元氏)だったからじゃないだろうか?という気が私はしています。

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