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外国人から見た日本と日本人(10)

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 北朝鮮が今日にもミサイル発射か?という状況ですが、かまわず行きます。
 「外国人から見た日本と日本人」第10弾です。
 ついにこのシリーズも2ケタ突入(^o^)!

 今回も有名な人、さほど有名でない人、戦争に関連するもの、関連しないもの、新しいもの、古いもの、各種取り混ぜております(敬称略)。
 
マーガレット・バラ=アメリカ人。宣教師の妻。1861年(文久元年)から横浜で暮らした。
「古き日本の瞥見」より
 当時の葬送の風習を紹介したくだりで


 いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質の一つです。生きていることを喜びあおうという風潮が強いせいでしょう。誰かの言葉に「自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる」というのがありましたね。この国の人たちがまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で、見た目によいものを求めながら自分を深めていくのです。

ハインリッヒ・シュリーマン=ドイツ人。考古学者。19世紀半ば世界各地を旅する途中、当時清朝だった中国と幕末の日本を訪れた。訪日は1865年(慶応元年)。その後、ギリシャ神話に出てくる伝説の都市トロイアが実在することを発掘によって証明した。
「シュリーマン旅行記 清国・日本」より

 もし文明という言葉が物質文明を指すなら、日本人はきわめて文明化されていると答えられるだろう。なぜなら日本人は、工芸品において蒸気機関を使わずに達することのできる最高の完成度に達しているからである。それに教育はヨーロッパの文明国家以上にも行き渡っている。シナをも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知のなかに放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。

※但しこの文章の後、シュリーマンは「精神文明」としては日本国民は少しも文明化されていないとし、封建体制の抑圧的な傾向を批判している。

R・ジェフソン&エドワード・エルマースト=イギリス人。1866年(慶応2年)に横浜に駐屯した英国第九連隊の将校たち。
「Our Live in Japan」(共著)より

 日本人が、燃え尽した古い家々のあとに新しい家々を急造するやりかたは驚異だ。余燼はまだ燻っているのに、灰からよみがえったフェニックスのように新しい家が建てられるのが見受けられる。火事が収まって二、三時間も経つとひとつの通りがまるごと再建されるのだ。一八六六年十一月の横浜大火では、こういったふうにひとつの通りがまるまる再建されたが、風向きが急に変わって火が逆もどりし、新しく建った家々を呑みつくしてしまった。

イザベラ・バード=イギリス人。1878年(明治11年)以降、日本各地を旅した。当時の女性としては珍しい旅行家で、世界の広範な地域を旅行。
「イザベラ・バードの日本紀行(上)」より
浅草観音寺を訪れた際の記述


 ここでもやはりほかのどこでもそうであるように、なによりもわたしが興味をかきたてられたのは人間でした。人々の敬虔ながらも、不敬な場合のほうがそれよりも多い礼拝のしかた、お粗末で幼稚な迷信、物乞いや暴徒のまったくいないこと、おとなの男や女の子供っぽい遊び、正装姿の子供たちとその重々しい態度、宗教と娯楽が奇妙に混合していること、蔑視がないとはいえ相変わらず外国人はひどくものめずらしげに見られること、両親と子供たちが親子連れで楽しんでいる姿のないこと、それでいながら女性は男性のいるなかをまったく自由に動きまわっていること、子供たちが父親からも母親からも大事にされていること、人々の体の小ささ、女性たちが顔を隠さず、また地味な顔だちをしていること、だれもが清潔できちんとした身なりであること、みんなきわめておとなしいこと、昼日中に何千人もの人々がお寺に押しよせているのにみんな礼儀正しくて秩序が保たれていること、ひとりの警官もその場にはいなかったこと。こういったことに私は深い感銘を受けました。

ヘレン・ミアーズ=アメリカ人。東洋学者。1920年代から日米が開戦する直前まで2度にわたって中国と日本を訪れる。1946年(昭和21年)に連合国占領軍最高司令部の諮問機関のメンバーとして来日、戦後日本の労働基本法の策定に携わった。
「アメリカの鏡・日本」(昭和23年出版。出版当時、マッカーサーにより邦訳出版が禁止された)より

 今日、私たちが日本の韓国「奴隷化」政策を非難するのは、要するに日本の植民地経営が著しく拙劣だったからである。しかし、一般に「進歩」の基準とされている、病院、学校、官庁(とくに現地行政機関)に占める韓国人の割合、通信施設の整備、産業か、資源開発などの分野でみると、日本の経営は他の植民地主義諸国にくらべて劣っていなかったばかりか、むしろ勝っていたといえる。

 今日、日本の韓国経営を否定する人は、日本の主な目的が韓国国民の安寧福祉より自国の安全保障と経済的利益であったことを指摘する。しかし、そういう状況はヨーロッパの植民地では当たり前のことだった。

バー・モウ=1893年(明治26年)、当時イギリスの植民地だったビルマに生まれる。独立運動家、政治家。大東亜戦争開戦後、日本軍と共にイギリス軍と戦い、1943年(昭和18年)8月1日、ビルマ国の独立を宣言、国家元首に就任し、対連合国への宣戦布告を行う。1945年(昭和20年)8月に日本へ亡命したが、12月に自ら連合国の占領軍(イギリス軍)に出頭、翌年に特赦されビルマに帰国した。
横堀洋一訳「ビルマの夜明け」より

 日本の事例は本当に悲劇である。歴史的に眺めると、日本ほど、アジアを白人の支配下から解放するのに尽くした国は、他には何処にもない。にも拘わらず、解放を援助しまたは、いろいろな事例の手本を示したその人々から、これほどまでに誤解されている国もまた無い。

鄭春河=1920年(大正9年)台南生まれ。日本名「上杉重雄」。台湾に志願制度が布かれた1942年(昭和17年)血書歎願し陸軍特別志願兵としてチモールに従軍。1993年(平成5年)小冊子「嗚呼大東亜戦争」を自費制作し日本の関係各者に配り、戦後日本人に覚醒を促した。2005年(平成17年)没。
「台湾人元志願兵と大東亜戦争」より

 日本以外のアジア諸国は知つてゐる、日露戦争がアジア解放の出発点であり、大東亜戦争がその完結であることを。

ラッセル・ブラインズ=アメリカ人。記者。AP通信社東京支配人。
江藤淳著「忘れたことと忘れさせられたこと」より
 敗戦直後の日本について


 滞京二週間の印象としてまづあげられることは日本国民がこの僅か二週間の間にも最初の衝撃から段々に醒めて雄々しくも着々復興の準備にとりかゝりつゝあるといふことである。

 日本に着くまでは「浪人」や右翼の連中が相当うるさいことだらうと想像してゐたが実際来て見て全国民が余りにも冷静なのに驚いた。

王世杰=中華民国国民政府の外交部長。
江藤淳著「忘れたことと忘れさせられたこと」より
 敗戦直後の日本について


 日本破れたりとはいへ、その国民性は決して軽視することができぬ。例へば日本国民の皇室に対する忠誠、敗戦後における威武不屈、秩序整然たる態度はわが国の範とするに足る。

朴正煕=1917年(大正6年)生まれ。韓国の軍人・政治家。大邱師範学校を卒業し、慶北聞慶国民学校で3年間教師をした後、日本国籍のまま満州国軍の新京軍官学校で学び、同校を首席で卒業。優秀な成績のため、日本の陸軍士官学校に留学。1944年(昭和19年)に日本の陸軍士官学校を3位の成績で卒業(57期)し、終戦時は満州国軍中尉。クーデターで政権を奪取して第5~9代大統領(在任:1963年~1979年)を務め、軍事独裁・権威主義体制を築いた。1979年(昭和54年)、側近によって射殺された。
「WiLL」2009年4月号掲載 田母神敏雄氏と石原慎太郎氏の対談より

田母神敏雄:

 石原さんが言われたように歴史の評価は相対的なものだとするならば、日本の方がずっと穏健な、朝鮮半島や中国に対する対応をしたと思うんです。

石原慎太郎:

 私もそう思いますね。福田赳夫さんは韓国の公式訪問を必ず最初にすると言ったけど、結局大平さんに負けてできなかった。それで朴(正煕)さんが国賓として呼んでくれたので、私も一緒に行きました。
 ゴルフをやった後にみんなで歓談した時に、あの頃の韓国の閣僚はみんな兵役の経験者で、酒を飲んでくると勢いもついてきて、日本の統治に文句を言ってきた。
 すると朴さんは「まあまあ」と言ってなだめた。流暢な日本語でしたよ。

 「私は世界で日本人はまだマシな統治をしたと思うよ。実は私には経験があるんだ。私の家は貧農だった。親は猫の手も借りたいから子供が学校へ行くのも嫌がった。ところが日本人がやってきて、子供を学校に入れないと親を刑務所に入れるぞと脅した。親は嫌がったけれど私は小学校に行きました。
 すると小学校の日本人の先生が『お前よくできるな。もっと上に行きたいだろう』というから、『ハイ』といったら、上級の近代教育を受けたいなら師範学校に行きなさい。師範学校に行ったらタダで高等教育を受けられるという。そして師範学校に行ったらまたそこの日本人の先生が『お前は優秀だなぁ。この時代、先生も必要だが、やっぱり軍人だぞ』といって、軍人になるために満州の軍事学校に行った。そこの教官が非常に見込んでくれて、『お前がここにいるのは惜しい』といって市ヶ谷の正式の軍官学校へ行った

田母神敏雄:

 日本では戦後、朝鮮半島や中国大陸、満州で平和に豊かに暮らしているところに日本軍が入っていったために、彼等の生活がかき乱されたと歴史を教えていますが、全く逆なんですよね。

石原慎太郎:

 朝鮮の人達の本意か不本意かといえば、本意ではないでしょう。でもその時、朴さんはこう言いました。

 「考えてみろ。あの時に朝鮮に力があったか。ほっといたら中国の属国になって、清朝はすぐに滅びてもっと混乱しただろう。清朝ではなくロシアに統治されたら、北も南もないぞ。半島全体が共産化された

呉善花(オ・ソンファ)=1956年(昭和31年)、韓国・済州島生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程(北米地域研究)修了。拓殖大学国際学部教授。日本評論家。日本に帰化済。
 2008年11月15日に行われた第4回教科書改善シンポジウム「日本文明の想像力―子供たちに伝えよう、元気な日本」にて

 日本人は自然と一体になって生きていた時代、そして神々と一体となって生きていた時代の感性を、いまだに有しています。これは、自然は支配するものだと考える他の文明国では、ありえない発想です。

 ものに命があり、ものを拝むという行為も、日本文明の大きな特色でしょう。キリスト教の国では、ものを拝むという偶像崇拝が拒絶されています。中国や韓国など儒教的序列社会でも、万物の最上位に人間を位置づけますから、ものに命があるという考えは持ちません。

 日本文明はまた、個性と調和を大切にしてしました。日本人には個性がないと言われますが、とんでもない。例えば日本庭園をみればよく分かりますが、木の一本一本、岩石の一つ一つが、どれも個性的なのに、遠くから眺めるとバランスよく調和されています。それが日本の特色であり、魅力なのです。

 日本人ほど個性的で創造力のある国民はいないと、私は考えています。しかも日本ほど安全な国はありません。最近、日本の治安悪化を嘆く人がいますが、データ的には日本の凶悪犯罪発生率は最も低いレベルです。そのことに日本人は、もっと自信を持つべきでしょう。

呉善花(オ・ソンファ)=1956年(昭和31年)、韓国・済州島生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程(北米地域研究)修了。拓殖大学国際学部教授。日本評論家。日本に帰化済。
 2008年11月15日に行われた第4回教科書改善シンポジウム「日本文明の想像力―子供たちに伝えよう、元気な日本」にて

 私は、現在の若者達に日本的な感覚が全くなくなってしまったとは思っていません。例えば教室で、こんな質問を日本人学生と外国人留学生に投げかけてみたとします。「樹齢五百年の木を伐らなければならないとしたら、あなたはどうしますか」と。日本人学生は、「恐ろしいが、どうしてもと言うなら、お祓いをしてから伐る」と答えます。外国人留学生は「必要があるから伐るのであって、恐ろしいとは思わない」と答えます。両者の意見は全く異なるんですね。

 茶室も、外国人には分かりにくい日本の文化です。あれほど狭くて質素な空間のどこがいいのか、なかなか理解できないのです。しかし茶室の文化は内面の文化であり、調和の文化です。あの狭い空間の中で日本人は、自然と一体になれるのです。

 なぜ日本だけがこうした文明を持つに至ったのか。その理由の一つに、長い歴史の中で日本だけが異民族からの侵略を受けなかったという幸運があると思います。異民族からの侵略を受けた国の軍人は、ひたすら戦う存在であり、文化のことなど考えません。しかし日本では、武士達こそ文化の重要な担い手でした。

 そういう独自の文明を築いた日本を、私は素晴らしい国だと感じています。

モハマド・サリーム・メマン=パキスタン人。1963年(昭和38年)生まれ。コンビューター部品製作会社に勤める会社員。日本滞在期間約20年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」より

 自分の目で見た日本は、本当に話に聞いていたとおりの親切で正直でマナーのいい人たちの住むクリーンな国でした。生活の便利さ、都市の中の公園、自然、美味しい食べ物(特にうどん)、建築、温泉、花火、お祭りなど、素晴らしいものはたくさんありました。しかし、中でも最も日本の良いところは、人間の資質だと思います。

 私は日本に来てから、私の足や、歩き方について意地悪な言葉を言われたり、失礼な呼ばれ方をされたりしたことは一度もありません(引用者注:メマン氏は生まれたときから片方の足が不自由)。自分の国ではそうではありませんでした。そのことが毎日の暮らしの中でどんなに気持ちを楽にしてくれるかは、そういう扱いを受けた経験がない人にはなかなかわかっていただけないでしょう。

 また、こんなことがありました。日本に着いてすぐの頃、言葉もお金もわからないので、乗り物の代金を支払う時、両手を開いてお金をその上に載せて取ってもらうようにしました。正直な日本の人たちは、そこから必要な分しか取りませんでした。私にとっては信じられないことでした。

 日本人の正直さ、契約を守ること、時間に正確であること、それから丁寧で清潔な暮らし方や伝統を守るところ、勤勉さなどはとても優れた資質だと思います。そして、自分の宗教以外の他の宗教についても敬意を払うところも素晴らしい点です。

モハマド・オスマン・アミン=シリア人。1965年(昭和40年)生まれ。家族で移り住んだレバノンで、内戦やイスラエルのベイルート侵攻など戦火を身近に体験。1989年(平成元年)に来日し、室蘭工大大学院で学び、その後日本でプラント会社で建設設備技術者として勤務。日本滞在期間17年(2006年、日本に帰化)。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」より

 日本は、安全で平和な国です。日本人は紛争や戦争など、想像もしていないのですね。毎日交通機関は動き、身近に買い物や食事などに行くことができます。学ぶことも、働くことも、レジャーも自由にできます。医療施設も充実しています。私が経験してきた紛争や戦火、今もあちこちでの戦争や事件のニュースを見るたび、ここでは安心して毎日生活できることを実感し、幸せを感じます。外国人に対しても、温かく柔和に接してくれます。これまで一度も揉め事や争いは経験しませんでした。

 かつて札幌で最終の地下鉄に乗り遅れ、駅で途方に暮れていたとき、若い男女の乗った車が近付いて来て事情を尋ね、一時間もかかる所まで送ってくれました。何の要求をすることもなく、車はそのまま去って行きました。日本人の親切心、困っている人への心づかいは、今まで体験したことがない感動でした。また日本人の持つ組織とかチームワークの良さは、子供の頃聞いた「アラブの部族を守る」という考え方と、共通するところがあると思います。日本人は特に礼儀、マナーの良い人たちです。最近は乱れてきたと言われてはいますが。

 私は陶器が好きで、見ていると心が和みます。備前焼の窯元にも行ってきました。こんな日本が大好きになり、二人の弟も留学し、家族も来たことがあります。同じシリア人の妻と結婚し、日本で子供も生まれました。日本人の資質である、誰もがルールを守り、向上していくという環境で子供を育てたいと思い、今年(2006年)、日本国の国籍を取得しました。

ノフィータ・ウイラワン=インドネシア人。1973年(昭和48年)生まれ。ジャカルタの大学でITを学びつつコンピュータソフト会社でアルバイトをしていた時に日本人と接し、日本で学ぶことを望む。来日後、東京大学情報科学科で研究生として学び、現在は日本のコンピュータ関係の会社でシステムエンジニアとして勤務。日本滞在期間8年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」より

 日本に来て印象的だったのは、街がとてもきれいで清潔感があること、人も車もルールを守っていること、そして道や電車の行き先などを聞くと、皆さん親切に教えてくれることでした。ビジネスビルでは夜遅くでも明かりが点いていて、オフィスではまだ仕事をしているのだと思いながら、見ていました。子供の頃、テレビで「おしん」が母国語で放映されていたことがありました。そこで受けた感じは、「がんばれば良くなる」という、日本人の向上心、前向き思考です。このような精神があったからこそ、日本は豊かになったのだと思います。

 研究室は十五人で女性は私のみ、外国人は二人でした。日本語も十分理解できなく、テーマに追いついて行くのが大変なときに、差別無く、皆さんから親切に教えていただいたことは感謝しています。そしてその研究室で高度なことを学べたことに満足しています。

〈中略〉日本はとても安全であると思います。電車が正確に走り、女性専用車もできました。またコンビニ店なども身近にあって、母国に比べて女性でも暮らしやすいです。ですから日本で外国人として働くとき、環境に順応してがんばれば、女性も働きやすいと思います。

 日本は伝統文化を大事にしています。お祭りのお神輿(みこし)や花火。和太鼓は打たせてもらいました。低温の響きと硬い音との組み合わせが素敵です。着物も着たことがあります。京都、奈良では、お寺や神社、建物など伝統的なものを、周りの自然と共に大切に守っています。これらが街と調和して違和感がありません。これが日本なのだと感心しました。

ドロシー・ブリトン(レディ・バウチャー)=イギリス人。1922年(大正11年)生まれ。エッセイスト・翻訳家。日露戦争の年にイギリスから横浜へ来た機械会社経営の父とアメリカ人の母の間に生まれる。父の急死により12才でイギリスに帰国。バミューダ、アメリカと移り住み、1949年(昭和24年)再び日本へ。英国空軍のバウチャー少将と結婚。夫の回想録の執筆の他、「奥の細道」「窓ぎわのトットちゃん」の英訳なども。現在、葉山に暮らす。日本滞在期間64年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」より

 日本のどこが好きなのかと聞かれれば、あまりにも多すぎるし自分自身を分析するようで答えにくいのですが、第一に人間です。朗らかで、親切で、にこにこした顔が多い。満員電車の中でさえも、穏やかな顔をしているように私には見えます。他の国ではもっとけわしい、しかめ面が多いですよ。ロンドンのバスの中で男の人の靴を踏んでしまったことがあるのですが、「I'm so sorry.」とちゃんと謝ったのに、その人は「貴女はちっともソーリーじゃない」と怒っていました。日本化された私は、にこやかに謝ってしまったんですね。

 お店に入れば店員は愛想よく対応してくれるし、世界中のタクシー運転手の中で、日本の運転手は一番じゃないかしら。親切で正直で落ち着いていて、チップの計算もする必要がないのですから。

 ある種の落ち着きは英国人にもあります。ヨーロッパ大陸から英国に戻るとホッとします。何年か前、香港から日本に戻ったら(ああ英国に戻った)と感じました。日本は“東洋の英国”なのです。人の表情が穏やかなのは、自分自身や社会に満足しているのと、他人に迷惑をかけてはいけないと我慢している面もあるのでしょうね。

 先日も鎌倉で「感謝して今日もにこにこ働きましょう」という看板を小さなお寺の石垣に見つけました。これこそ日本だわ!と、とても感激しました。

 昭和二十四年、敗戦後まもない日本へ帰ってきて、びっくりしたことがあります。英国ではみんな爆撃の恐ろしさや生活の苦しみなど戦争の話ばかりしていたのに、日本人は前向きで、自分の生活や日本をどう立て直すかという未来に目を向けていたのです。これは日本人の“しょうがないメンタリティ”とでも言うべきでしょうか。過去のことは忘れて復興にただただ一所懸命なんですね。この態度がいかに珍しいか、日本人は気づいていないでしょう。台風や地震など、自然災害の多い風土の中で鍛え抜かれた結果だろうと思います。

 それから外国人が「日本人はユーモアがない」と言うのを聞くと、私は腹が立つのです。彼らはユーモアが理解できるほど日本語がわからないんですよ。それに誰にでも冗談を言う欧米と違って、日本人はまじめだから、知らない人に冗談は言いません。でも、日本語は落語のような話芸もあるし、洒落に適した洗練された言語です。

 また英国人は、日本人の名字を美しいと思っています。英語の名前はパン屋のBakerとか、鍛冶屋のSmithとか先祖の職業から来たものが多いのですが、日本のものは小林(Littlewood)とか水野(Waterfield)のように英語にすると貴族的に聞こえるのです。地理に関係したものはほとんどが貴族の名前ですから。

〈中略〉日本人は、いいものにいやな思い出を結び付けることがありますね。世界の国歌のなかでもっとも美しいのは英国の「God Save the Queen」と「君が代」だと、多くの外国人が認めています。でも戦争の暗い思い出と結び付けて、国歌を嫌う日本人がいるそうですね。近衛秀麿の「越天楽(えてんらく)」のように雅楽風にしたらより素晴らしくなると思いますよ。

テキサス親父=イタリア系アメリカ人。ニューヨーク市ブルックリンのイタリア人コミュニティーで育つ。大学では歴史学を専攻。AT&Tに30年間勤務後リタイア、現在は悠々自適の生活。“PropagandaBuster”の名でYouTubeにチャンネルを主催。世界の抱える問題に独自の視点から批評を加えて、注目を集める。「テキサス親父」とは日本のファンがつけたあだ名。
テキサス親父が喝!日本の誇りと愛国心 - Japanese pride and patriotism(YouTube)より和訳起こし

 やあみんな、このメッセージは日本のみんなにお届けするよ。俺から君たち、日本の君たちにだ。君たちにちょっと言いたいことがある。ただ悪く取らないで欲しいんだ。

 日本の様々な年齢の人達からメールをもらった。その人達がみんな同様に言っていたのは、日本の人達は愛国心を表現しないということ。超保守派とか超革新派の活動が愛国心を乗っ取ってしまってきたから、そんな人達と間違われたくないということらしい。先生も愛国心を表現すると過激派と間違われるので、良くないことと教えているようだ。

 君らから先生に言ってやってくれ、とトニー(引用者注:テキサス親父のこと)は言いたい。ふざけんな!俺たちは愛国心を表現する。日本はそれだけ素晴らしい国だ。

 ほとんどのアメリカの政治家は国旗のピンを付けてる。なんで君たちの国では同じ事をしてないんだ?ちょっと聞きたい。

 君らはたくさん誇りに思うべきことがある。君らのところの経済力は世界第2位、アメリカのすぐ次だ。アメリカの経済力は人口が2倍いるから、日本より大きいんだ。アメリカは国土が大きくて自然資源がたくさんあるから、より大きな経済力を持ってる。君らのところには国土もない、自然資源もないんだ。でも2番目なんだぜ?

 なんでそんなことが可能か?俺が言ってやるよ。それは人だ。日本人は国土も必要なし、自然資源も国内からは必要なし、それでも君らの国を世界第2位の経済国家に作り上げたんだ。なのにプライドを表現しないって変だろ?君らはプライドに思うべきことがたくさんある。

 約50年間の過去の汚点については忘れてしまえ。過去については勉強して二度と繰り返さないようにすればいいだけだ。日本の良きみなさんに質問したい。他の国で歴史上汚点がなかったところなんか存在するか?俺はそんな国知らない。50年よりずっと長い汚点を持っている国だって、普通に自分たちの国へのプライドを表現している。

 日本に、日本文化に、日本の社会に誇りを持つべきだ。ただ、極端なのはやめてくれよ。極端なのは何であっても良くない。分かった?

 オッケーみんな、また会おう。あなたに、アメリカに、そしてあなたが住む国にも神のご加護を。じゃあね!


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 ブログランキングドットネットというものがあります。拙ブログも参加しています。



 訪問者がバナーをクリックすることでポイントが加算される他のランキングとは違い、ブログランキングドットネットはアクセス数や更新頻度で自動的にポイントが算出される方式をとっています。

 最近気づいたんですが、ブログランキングドットネットでは拙ブログのその日その日のエントリランキング(人気記事ランキング)を見ることができるんですね。

 へぇー面白いなぁと見ていたところ、古い記事がけっこう上位に来ているのにも驚きましたが、もっと驚いたのは、この「外国人から見た日本と日本人」シリーズ、かなり人気があるようなんです。

 下の画像は3月31日分のランキングなんですが(画像クリックで新規拡大されます。元URLはこちらです)、上位20位までに7本も入っています。
 (ざっと他の日も見てみましたが、ほぼ似たような傾向です。お暇な方は確認してみて下さい)

090331rank.jpeg

 いったいどういうことなのかを私なりに考えてみたのですが、やはり皆さん、外国人が日本や日本人をどう思っているのかが気になるのかな、と。
 もっと端的に言えば、日本の良さを語っている外国人の言葉に接したいということなのかな、と。

 実は以前、読者の方から「引用が偏っている。日本に対して好意的な意見ばかり集められている。批判的な意見も載せるべきだ」という、このシリーズの趣旨を全く理解しておられないご指摘をいただいたことがありました。
 その時に私が返答した内容は、このようなものでした。

 「普段批判ばかりされている日本を、違う立場から見ている人たちもいる、ということを紹介するのが趣旨です」
 「偏っているというご批判は、もしこれが公的なHPであればまっとうなものかもしれませんが、ここは個人のブログです。拙ブログは基本的に『日本を愛したい、応援したい』という精神でやっています」
 「こことは反対の立場の意見を紹介しているHPは他に山のようにありますので、そちらに行かれて心の中庸を保たれて下さい」

 そう、拙ブログとは反対の立場から、つまり「日本はひどい国だ」という前提で、外国人による日本批判の声を紹介しているサイトはたくさんあるんです(そのほとんどが先の戦争に関するものだと思いますが)。
 そういう声だけをわざわざ取り上げるマスコミも山ほどあります。

 それに比べれば、「日本はいい国だ」目線の声を紹介しているサイトはまだまだ少数でしょう。
 だからこそ、拙ブログの「外国人から見た日本と日本人」シリーズにも、人がたくさん集まってこられるんじゃないだろうか?と考える次第です。


 ……というわけで、第11弾につづく……!?


※参考文献
・渡辺京二著「逝きし世の面影」(平凡社ライブラリー)
・ハインリッヒ・シュリーマン著「シュリーマン旅行記 清国・日本」(講談社学術文庫)
・イザベラ・バード著「イザベラ・バードの日本紀行(上)」(講談社学術文庫)
・ヘレン・ミアーズ著「アメリカの鏡・日本」(メディアファクトリー)
大凡人>06/12/8付:12月8日
・撃論ムック「反日マスコミの真実2009」但馬オサム【知垢庵夜話 第5夜 色即是COUP】
Japan On the Globe (34) 国際派日本人養成講座 平成10年4月25日発行「国柄探訪: 敗者の尊厳」
・「WiLL」2009年4月号【大激論 田母神俊雄vs石原慎太郎 自分の国を守れる体制を】
・「正論」2009年3月号【第4回 教科書改善シンポジウム抄録「日本文明の想像力――世界に伝えよう、元気な日本」】
・加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」(出窓社)

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07/3/5付:「日本人」について考えさせられた記事
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07/10/23付:外国人から見た日本と日本人(2)
07/11/27付:外国人から見た日本と日本人(3)
08/1/8付:外国人から見た日本と日本人(4)
08/2/11付:外国人から見た日本と日本人(5)
08/6/3付:外国人から見た日本と日本人(6)
08/8/16付:【終戦の日】外国人から見た日本と日本人(7)
08/11/3付:【番外編】「雷」工藤艦長の武士道精神とサー・フォールの報恩
08/12/16付:【番外編】「ATLAS日本」アメリカから見た現代日本
08/12/23付:外国人から見た日本と日本人(8)
09/1/31付:外国人から見た日本と日本人(9)
09/3/21付:【番外編】桜と日本人の感性

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「お気楽くっくり」更新済
 この映画は内容はもちろん、曲もいいんですよね(≧∇≦)


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