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「アンカー」硫黄島の滑走路下に眠る遺骨 政府が動き始めた

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■3/25放送「アンカー」青山繁晴の“ニュースDEズバリ”

硫黄島の滑走路下に眠る遺骨…回収に動きだす防衛省トップを青山が直撃!

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 「硫黄島の滑走路を引き剥がして、遺骨を取り戻す」、青山繁晴さんがかねてからこの番組や講演等で訴えてきたことが、ようやく動き出しそうです。

 今回、スタジオには青山さんでなく松原聡さんが来られてました。

 青山さんは腰の骨折にともなうコルセット作りのためどうしても来られないと、予めご本人のブログ(3/21付)で説明がありました。

 青山さんはブログの中で今回の放送を「できれば、なるべく多くの人に視ていただきたいのです」と述べられています。
 以下、引用です。
 ひとつお断りしておかねばならないのは、こうしたロケの映像を、ぼく自身は全く見ていませんし、その編集がどのように行われているかも、全く関与していません。

 ぼくは番組を仕切っているのではなく、あくまでも一出演者に過ぎないからです。

 それは、ことし1月7日に放送された、3人のキーパーソンの政治家、民主党の総理候補のひとりの前原さん、麻生首相側近の鴻池さん、非麻生の立場を鮮明にしつつあった世耕さんという3人へのインタビューと同じです。

 実際に放送された編集ぶりに、ぼく自身は必ずしも得心していませんが、それは、あくまでもテレビ局の編集権に属します。
 今回の、硫黄島をめぐる放送も、どのように編集されるか事前には何も教えてもらっていません。
 ぼくとしては、みんなの高い志がありのままに伝わるように祈るばかりです。

 実は、硫黄島の放送をめぐっては、いちばん最初の硫黄島訪問、その次の栗林中将の法要、そして今回のいずれも、ディレクターの決して小さくない反対に直面しました。
 半ば以上、強引に押し切る形で、ロケや放送にこぎ着けました。

 今後も、ぼくとしては、あまりに当然ながら、この硫黄島をめぐる事実を追っていきたいと思いますが、それができるかどうかは、ただただ、沢山のかたが視てくださるかにかかっています。

 どうかお願いです。
 まさかぼくのためではなく、誰のためでもなく、硫黄島でわたしたちを護ろうと戦いきって、それなのに長く忘れられ、放置され、悪者あつかいされてきた先達のために、視てください。
 君が代に歌われているさざれ石ゆかりの長良川のほとりから、文字通りに伏して、お願いします。
 あぁ、もう夜明けです。

 もしお時間があれば、動画あるいは以下のテキストをご覧になる前に、どうかこの日の青山さんのブログ全文をご一読下さい。


 細かい相づち、間投詞、言い直し、ツッコミはカット、言葉尻など曖昧な箇所もありますが、それ以外はほぼ完璧です。
 画像はYoutubeで拾ったビデオからキャプチャさせていただきました。
 緑色の文字はナレーション部分です。


 内容紹介ここから____________________________

山本浩之
「さ、このあとは“ニュースDEズバリ”のコーナー、参ります」

 …………………………VTR開始…………………………

 

 太平洋戦争の末期、最も壮絶な戦闘で知られる硫黄島(いおうとう)の戦い。



青山繁晴
「(防衛省前にて)硫黄島の戦いは64年も前のことですけれども、決して過去のことじゃありません。というのは、硫黄島で亡くなった私たちの先輩、2万1000人のうち、遺骨となってこの日本に帰れた人は、未だに8000数百人にすぎません



青山繁晴
「逆に言えば、1万2000人、1万3000人の方々が、硫黄島は東京都の一部(東京都小笠原村)であって、遺骨が帰ってくるのに何の障害がないにも関わらず、今、まだ帰っていないと。現在の問題なんです。ところが、この日本の大きな、絶望的な事態に対して、大きな動きがありました」

【硫黄島に関する大きな動きとは?】

青山繁晴
「硫黄島、今使ってる海上自衛隊の滑走路を引き剥がして、そこから遺骨を取り返そうという動きを、この、政府自らがやることを決めました



 その情報を聞き青山が向かったのは防衛省。
 何と防衛官僚のトップに立つ男、増田好平事務次官から直接話を聞き出そうというんです。




(防衛省の事務次官室にてインタビュー)

青山繁晴
「余計なこと最初に言いますとね、考えてみたら、防衛次官が良い話でテレビカメラの前に出るっていうのは、すごく久しぶりじゃないかなと思ってます」

増田好平
「いや、それよくわかりませんけど…(笑)」

 …………………………VTR終了…………………………

(いったんCM)



山本浩之
「はい。今日、青山さんは骨折治療のため番組をお休みなんですが、これまで何度か取り上げている硫黄島の遺骨収集に新たな展開がありましたので、その動きを青山さんが取材しました」

村西利恵
「以前から青山さんはこのコーナーで、日本の領土なのにまだ多くの遺骨が残されている硫黄島の遺骨収集を訴えていました」

 …………………………VTR開始…………………………

(2006年12月13日放送「硫黄島は生きるヒント」より)



 「アンカー」が初めて硫黄島について取り上げたのは、2006年12月。
 
 民間人が立入禁止となっている硫黄島へ飛び、現地取材したのです。

 太平洋戦争で最も壮絶と言われた硫黄島の戦い。
 この戦いで、日米合わせて2万6000人の兵士が命を落としました。




ブッシュ大統領
「硫黄島の戦いは、アメリカの歴史の中で最も重要な戦いです。兵士達が摺鉢山に掲げた旗は、自由と民主主義のために戦うアメリカの決意のシンボルなのです」



 硫黄島はアメリカ人にとって特別な場所です。
 摺鉢山に星条旗を立てる海兵隊の姿が、勇敢に戦う兵士の象徴として心に刻まれているから。



 現在の硫黄島には海上自衛隊の基地があり、民間人の立ち入りは原則禁止されています。
 青山が見た硫黄島の真実とは――。




青山繁晴
「ここが1945年2月にアメリカ軍が上陸してきた、その海岸です。で、ここから上陸していって、まず、あの摺鉢山を占領して、あそこの頂に、あの有名な旗を立てました。ここで何とか時間を稼いで、その間に日本の東京から和平交渉してほしかったわけです。それなのに日本の本土では軍の首脳部が、ここに栗林中将や、それから全国からかき集めた普通の国民をここに送った当時の軍の首脳部は、本土決戦というようなことを叫び続けて、和平交渉もしなかったから、実はやがて5カ月あとの長崎、広島の原爆投下に至るわけです」



青山繁晴
「航空自衛隊のF15が訓練をやってます」

 生々しい戦いの跡が残る硫黄島。
 青山はこの島に張り巡らされた地下壕で、驚くべき先人の足跡を目にします。




青山繁晴
「いやあー、すごいですね。これたぶん天然の洞窟を利用して、最初にここに司令部を置くことを決めて、そして地表からここに巧みに掘り進んできたんだろうと」



青山繁晴
「だんだんこうやって立てなくなって、細くなる、この辺も地下の要塞の技術としては完璧です」

青山繁晴
「もうこの、ちょっと入っただけで、この地熱でどんどん暑くなってます(汗だく状態)」

 この島には60年以上の歳月が流れた今も、1万2000人以上の遺骨が本土に帰ることなく眠っているのです。



青山繁晴
「ここから、この上に向かって3個、こうやってドラム缶が残ってます。これに溜まる雨水だけが、2万人の日本の人々、兵士って言わないで下さいね、もともとは普通の日本の人なんだから。その人たちがこのドラム缶で命をつないでたんです。(ドラム缶をなでる)もう気持ちが、ほんとにすごく伝わります」

(2006年12月13日放送「硫黄島は生きるヒント」より)



青山繁晴
「今の真実、たった今の真実をね、たとえば一つ申しますと、滑走路ありましたね。あの滑走路の下に、私たちの先輩である普通の日本国民が、今もそのままいるわけです。その上に滑走路を造ってしまってる。皆さん、あそこで死んだ日本国民は、2万1000人いるんです。遺骨として日本に帰れたのはたった8千数百人。1万3000人があそこで、今日もこの瞬間もね、『帰りたい、帰りたい』と言ってるわけですよ。ね。何故日本はそれを放っとくんですか?(涙)」



 大きな反響が寄せられたこの放送のあと、硫黄島の戦いを指揮した栗林忠道中将の故郷・長野(長野市松代町)では、異例の63回忌法要が営まれ、青山も参列しました。



 遺骨が帰ることのなかった栗林中将の祭壇には、白い布に包まれた硫黄島の石が供えられていたのです。



 硫黄島が日本に返還されて41年。
 今も海上自衛隊の滑走路の下には、収集できない遺骨が残されています。

 そして平成21年度予算ではじめて、滑走路下の遺骨を捜索・収集するために、調査費用およそ1億円が計上されたのです。




(防衛省の事務次官室にてインタビュー)

青山繁晴
「今回の硫黄島のことについては、いわば国民の声、遺骨を取り返してほしいという声に応えてのことだと理解してますので、僕は画期的だと思ってるんですね」

増田事務次官
「あの、まあ遺骨の問題はですね、ま、本来は厚生労働省のあれなんですけれども、戦後ですね、遺骨の収集というのを、ま、ずっとやってきてはおりますけれども、だんだんですね、出てくる遺骨の数が、ま、少なくなっておるということでございます。で、そこで言われているのが、島の真ん中をですね、ま、飛行場が現実にはあるわけで、そのエリアは遺骨の収集をですね、本格的には行われていないと。ですから、残ったかなりの数のものがですね、その地域にあるのではないかというふうに、ま、推測できるんではないかと思っているところです。役人的に言うとですね、決定したっていうのはまだちょっと早いんですけども、基本的な方向としてはこれをやっていこうということで、今、進めているところでございます

青山繁晴
「役人的には正式決定じゃないとおっしゃいましたが、でも平成21年度予算に1億円の調査費がついてるんですよね」

増田事務次官
「はい」

青山繁晴
「で、その調査費から始まって、今後どういうふうに実際に事業を進めていくのか、そこをちょっと教えていただけますか」



増田事務次官
「はい。滑走路を別の場所に造って、で、そこに滑走路が移ったあとに、その今の滑走路の下の遺骨を収集する作業を行うと。で、その前に新しい滑走路を造る場所を、まず遺骨の収集をするということでございます。この滑走路の移設等だけでもですね、数百億円ぐらいの

青山繁晴
「数百億」

増田事務次官
「予算が、経費がかかるだろうと思っております。そういったことを考えるとですね、ま、10年足らずぐらい」

青山繁晴
「10年足らず」

増田事務次官
「期間がかかるだろうと。で、ただ問題はですね、まさにたとえば、これから滑走路を造ろうとする場所の、遺骨の収集がどのぐらいかかるのかというのは、まだ厚生労働省さんもですね、なかなかこう明確には言えないと」

青山繁晴
「つまり平成21年度、調査費として1億円ついたっていうのは、本当に入口に立ったっていうことなんですね

増田事務次官
「そうですね、はい」

青山繁晴
「で、つい心配してしまうのはですね、10年経てば増田次官も変わってる、大臣も変わる、それから場合によっては政権も変わる、日本の政治もっと変わるかもしれない、その中で10年間ずっとこういう、その何て言うか、志がなければやっていけない事業を支えていくっていうのは、なかなか大変だと思うんですね

増田事務次官
「はい。国民の声というものがあり続けるということが、基本的には一番重要なんだろうなというふうに、こう思っております」

(インタビューいったん終了)



青山繁晴
「普段の増田さんて、わりとはっきり言うと役人くさいところもある人だから、今日はむしろ例外的な表情を見たように思いましたね。(VTR中略)一番意外だったのは、そういう、もういちおう方針が決まった事業だけ、あるいはその防衛省だけでやれる事業だけ、そういう話に終始すると思ったら、それを超えた話をね、もう一つしたんですよ。で、それがまあキーワードとしてはこうなります(フリップ出す)」



青山繁晴
「『子どもたちのために』と。子どもたちのために、その硫黄島はどういう役割を果たすのかということについて、増田さんが話してくれました」

(いったんCM)

 本土からおよそ1200キロ離れた硫黄島。
 戦後64年経った今も滑走路の下に取り残された遺骨を回収するために、初めて予算が計上されました。



 しかし現在も民間人の島への立ち入りは原則禁じられ、慰霊のために訪れる遺族さえも上陸には特別な許可が必要です。

 しかし将来、硫黄島の遺骨収集が本格的に始まれば、若い世代にも大きな影響を与えるだろうと青山は言います。


(防衛省の事務次官室にてインタビュー)



青山繁晴
「遺骨が少しずつ回収され始めて、たとえばその、慰霊碑ができたり、場合によっては故郷に帰っていただくことが起きたら、期待してるのは単に戦争をふり返るっていうだけじゃなくてですね、今の時代を生きてる、あるいはこれからの日本を支える若い世代に、その、人のために生きる、あるいは公のために命を捧げるという生き方を、みんながごく自然にその、もちろん戦争を賛美するとかそういうことではなくて、ごく普通に話できるんじゃないかと、そこも実は僕は個人的には期待するんですけど」



増田事務次官
「うん、うん、あの、なかなか難しいことではありますけれども、やっぱり硫黄島にですね、若い人にも足を運んでもらって、やっぱり生(なま)に、たとえば壕の中のですね、本当の暑さであるとかいうものを、ま、感じるというのが重要だなあというふうに思っております」

青山繁晴
「いや、あの、しかし今おっしゃっていただいたのは、非常に肝心なところだと僕、思うんですけど、実は僕は増田さんの口からね、それを聞けると予想してなかったんですけど、共感するんですね。すなわち、その、見ていただくと。今は立入禁止で、で、僕も特別許可が得られたから行ったんですけど、これからもずっと立入禁止のままにするんじゃなくて、だけど同時に観光地にするんじゃなくて、若い人に本当の教育をするための施設として、国の施設として整備するって、それは増田さんのいわば夢としてもやっぱりあるんですね」

増田事務次官
「いろいろ行われていくべきだろうと、こう思っております。しかし自衛隊は本来そのためにいるわけではないと、その辺のことをですね、どううまく解決するかということがないと、宿泊施設そのものからしてですね、全部自衛隊のものしかありませんので。あの、どう考えていくかということだろうと、こう思います」

青山繁晴
「実際に島に入りますとね、例の星条旗立てた摺鉢山を中心として、今まで立入禁止だったおかげで非常に保存状態は良くて、地下壕も往時のまま残ってますし、教育施設にするっていうことも十分可能だと思うんですね」

(インタビュー終了)



 取材を終えた青山が向かったのは、硫黄島の戦いで散った栗林中将の故郷・長野(長野市松代町)。
 これからようやく始まろうとしている遺骨収集について、墓前に報告したのです。



 硫黄島の戦いから64年の月日が流れた今、青山はどんな思いを込め、手を合わせるのでしょう。




青山繁晴
「栗林さんの墓前に報告に行きましたが、今日の放送も、フェアな私たちの歴史の見直しになればいいし、もう一度私たちは、お互いにお互いのことを心配し、お互いにお互いのため生きる、硬い言葉で言えば、公のために生きるって、そういう生き方の始まりになればなあと、本当に心から思ってます」

 …………………………VTR終了…………………………

山本浩之
「64年という時を経て、ま、ようやく動き出した、まだ時間がかかりそうですけれどもね。室井さん、いかがでしたか」



室井佑月
「あの、絶対遺骨があそこに埋まってるってことは忘れちゃいけないことだし、いつか取り出してきちんとお墓に入れた方がいいって思うけど、全体で数百億かかってるって言ったら、そしたらその、親とか、今働いても全然貧しくて苦しくて、生きていくのが精一杯っていう人たちに、私は使ってもらいたいなっていうふうに思います」

山本浩之
「え?じゃあそれは優先順位で言うと、っていうことですか?」

室井佑月
「はい。いや、ほんとに絶対忘れちゃいけないことだし…」

山本浩之
「室井さんは…」

室井佑月
「はい?」

山本浩之
ご自身の、ま、肉親とかそういう方で、戦地で命を落として帰ってきてないって人、いますか?

室井佑月
「いや、いますよ。いますけれども、でもやっぱりその、いろんな報道とか見ると、今生きてくっていうことに精一杯、悲鳴を上げてる人たちが多いわけだから…」



山本浩之
僕はね、それはね、違う問題だと思いますね。あの、硫黄島以外にも、戦地で命を落とした人がたくさんいて、帰ってきてないと。私自身も一人いますけれども、母方の叔父が。また、もちろん戦後だいぶ経ってから僕は生まれてるんで会ったこともないけれど、母親はこの60年以上、ずっとそればっかり言ってます。それを考えると、硫黄島はあの滑走路の下に確実に多くの人が眠ってるわけだから、日本政府の責任において、60年経とうが100年経とうが、わかってる人だったら、その責任において、戻すのは当然だと思います。お金がいくらかかっても。だから、それと今いる人たち、若者達で職がない人たちを救えっていう話とは、僕は同列に捉えてはいけないんじゃないかな、とは思いますね」

室井佑月
「でも私は、お金がかかると、どうして今なんだろうと。もっと前にすべきことだったと思うし」

山本浩之
「もちろんそれはありますね。もっと迅速にやるべきだったなというふうに思いますけどね。松原さん、いかがでしょうか」



松原聡
「これは、あの、その、べきかどうかっていうのは、国家の予算をどう使うかという話ですから、国会の判断だし、それからそれは国民の判断ですよね。だからやはり、この時期に大変だけど、やっぱり80兆ぐらいの予算の中の、おそらく年度で言えば数十億ずつ使うことについての是か非かというのは、やはり国民が議論するのが大事だと思うんですよ。で、その中でやはり64年前の出来事をしっかり思い出して、それからその、過去をやっぱりそこで救わなきゃいけませんからね。救い出さなきゃいけないので、やはりその作業が必要だということに、おそらく国民の世論は行くんじゃないかと思いますけどね。でも、そのことは問うべきですよね。はい」

山本浩之
「えー、皆さんはいかがお考えでしょうか。以上、青山さんの“ニュースDEズバリ”でした」

 ____________________________内容紹介ここまで


 「変な編集の仕方したら許さんぞ関西テレビ!」と思って見たのですが、わりとまともだった……んでしょうか?青山さんご本人に聞かないとわからないですね。

 それにしても、室井佑月さんはいったい何をおっしゃっているのでしょう?テレビに向かって思わず「はぁ?」って言っちゃいましたよ、私。
 ヤマヒロさんもまさに「はぁ?」って感じで、スタジオはいつになくピリピリした雰囲気になってました。しっかり反論してくれたので良かったです。
 私は特に宗教に入ってるわけじゃないけど、死者(先人)を大事にしない国はいずれ滅びると思います。

 ただ、そのあと話を振られた松原さんはちょっとお気の毒でした。両方に配慮してどっちつかずの発言になっちゃったというか。
 しかしこれ、もしスタジオに青山さんがいたらどうなってただろう?ま、室井さんも青山さんがいないからこそ言ったのかもしれませんけど。

 今日はもう室井さんは番組の最初から変で(いつも変だが)、トップニュースで「小沢代表の秘書起訴、でも代表続投表明」が伝えられた時も、小沢擁護がすごかった(これもいつものことだが。あ、皆さん、「第52回小沢一郎政経フォーラム」のコピペ貼り付けはもういいです(^_^;)。

 「続投していいと思う。逆に今、民主党がガタガタしたらまずいんじゃないか」
 「(検察が)公平じゃない。マスコミの報道の仕方も公平性に欠く。小沢さんはずっとむかついてたと思う」
 「政権交代したら、不正な献金の問題とかも、踏みこんできちんとやってくれると思う」
 「小沢さんの方は記載ミスだが、自民党のある議員は噂では裏金もらってたって話もある

 最後の発言には、さすがにヤマヒロさん、「それは情報でしょ?事実関係は明らかでない。今の段階で検察がフェアかアンフェアか断定できない」とあわててツッコミ入れてましたが。

 でも皆さん、ご安心下さい。
 室井さんの「アンカー」出演は今日が最後でした!
 あ、だから普段にも増して毒吐きまくったんかしら?


 さて、まだマスコミも国民もWBC連覇の興奮冷めやらぬ中、私は今回の特集を見て、大変切なく、また複雑な気持ちになりました。

 硫黄島から未だ祖国に帰還を果たせぬ方々は、「侍」と称された自分たちの子孫が野球という武器を持たない戦いでアメリカを打ち負かし、そして2大会連続で世界の頂点に立ったことを知ったら、きっと喜んで下さることでしょう。

 だけど、私はこう考えずにはおれません。
 今の時代にこうやって若い選手たちが自由に思い切りプレーできるのも、私たち国民がそれを心から楽しむことができるのも、硫黄島で犠牲となった方々はじめ多くの先人が、日本の未来のためにと、まだ見ぬ子孫のためにと頑張ってくれたから。その尊い命を投げ出してくれたから。

 多くの先人の屍の上に私たちの現在の平和、幸福がある。そのことを決して忘れてはいけないと思います。

 今回は紹介されませんでしたが(カットされたのかも?)、「1杯の水」についての青山さんの言葉を、昨年3月26放送の栗林中将の法要の回から引用しておきます。

「VTRの中にドラム缶出てきましたね。あのドラム缶に雨水を溜めて、それだけが命の頼り、よすがだったんですけど、その玉砕した島で1033人だけ生き残った。2万1000人のうち1033人だけ生き残った、そのうちのお一人の金井啓さんって方に会いに行きました。

 会いに行った時にですね、あれをして、これをしてくれっていうことは一切おっしゃらないまま(涙)、『青山さんね、もうずっと水だけが60年間頭にあるんだよ。というのは、青山さん、あそこに行ったんだってね。ドラム缶見たでしょ?ドラム缶触りましたか?』

 『ああ、ドラム缶触りましたよ』と言ったらですね、『あの中に入った雨水は、青山さん、あの硫黄島だからね、熱湯になるんだよ』と。

 『70度の中だからね、熱湯になってね、先に死んでいく戦友の唇にそれ浸したら、熱湯だからね、唇が腫れ上がるんだよ』『だから私はずーっと水を冷やして、1杯のお水を冷やして、60年間祈ってきました』とおっしゃったんです。
 だからどうしろってことは、一言も謙虚にしておっしゃらなかった。

 だからもう一度ですね、みんなが、この中で(番組を)見てくれた方の1%でも2%でもですね、お水を毎日できれば汲んでいただいて、冷やして、南に向かって祈っていただくと、だんだんだんだん、そのお水の運動が広まって、誰が言い出したかをみんなが忘れる頃に、『そうだ、あの滑走路を引き剥がせ』という国民の声が必ず出てくると思ってますから。

 皆さん、実は『アンカー』で2006年の12月にこの放送をしてから、そのあと全国でこの1杯の水を言うようになって、本当はすごくたくさんの人が今、1杯の水を捧げてくれてるようになったんです。
 この栗林中将のある意味、主のいないような63回目の法要をきっかけに、もうひとまわり多く、1杯の水を捧げてくれる方が出てくることを、本当にお願い申し上げます


 あと、先の大戦つながりで、私の方から1コだけお伝えしたいニュースが。

強制排除の処分撤回を指示 高砂義勇兵記念碑の行政訴訟判決(産経3/24)

 台湾先住民出身の元日本兵「高砂義勇兵」の英霊記念碑が2006年2月、「日本の軍国主義を美化している」などと決めつけられて台北県当局に強制撤去された問題が、大きく動き出すことになりました。

 当時、産経新聞の記事をきっかけに3000万円を超える義援金が日本の読者らから寄せられました。拙ブログの読者様の中にも義援金を寄せられた方がおられるのではないでしょうか。

 地元で記念碑を守ってきた「烏来郷高砂義勇隊記念協会」のマカイ・リムイ総幹事は「3年の道のりは長かったが、判決は最終決着への大きな一歩だ。日本の善意に対して恥ずかしい思いをし続けたが、今度こそ記念碑を日本精神が根づく義勇隊の誇りの軌跡として、また日台を結ぶ友情のきずなとして残していきたい」と話しているそうです。

 余談ですが、この強制撤去には中共とつながりが深く、靖国訴訟などでもおなじみの、立法院(国会)議員の高金素梅も絡んでました。詳しくは拙エントリー06/6/5付を。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※拙ブログ関連エントリー/「アンカー」起こし
こちらからどうぞ。

※参考リンク
ON THE ROAD 青山繁晴のときたまエッセイ
 青山繁晴さんのブログです。ご本人に直接コメントが送れます。

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