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日本の昔のお正月について調べてたはずが大脱線(笑)

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 タイトルの最後に思わず(笑)と付けてしまったけど、中身はいたってシリアスです(^^ゞ

 お正月休み期間中のこと。
 日本の昔のお正月について調べようと思い立ち(ちなみに1月3日放送「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」を観るより前のことです)、ネットを検索してたんです。

 そしたら、拙ブログの「外国人から見た日本と日本人」シリーズ執筆の際によくお世話になっているブログさんに、このような記事を見つけました。
 (この時点で早くも脱線(^_^;)

「反日ワクチン」さん>08/2/4付:朝日グラフの南京報道 南京城の昨日今日

 昭和13年1月27日発行「アサヒグラフ臨時増刊 支那事変画報 第十一号」の記事の内容を紹介して下さっています。
 この第十一号では、昭和12年12月11日から昭和13年正月にかけての南京場内の写真と記事が掲載されています。
 (皆さんご存知の通り、南京陥落は昭和12年12月13日。いわゆる「大虐殺」の期間は、東京裁判では南京陥落から約6週間とされています)

090110asanankin1.jpg

 ↑大きな写真は上記「反日ワクチン」さんの記事をご覧になって下さい。

 写真にはそれぞれキャプションが添えられています。
 その一部をご紹介。

【去る十二月二十三日南京残留二十万の市民によって生まれ出た南京市自治委員会は昭和十三年の芽出度い元旦を期して、南京の中心皷楼で発会式を挙げた(後略)】

【北極閣と紫金山をバックに陶会長の発声で自治委員会万歳三唱【右】は皷楼へ詰めかける良民(1月1日影山特派員撮影)】

【十二月十一日南京城門西南角猛攻中の奮戦を報道すべく弾雨を冒して爆進せる我が社特派員らの自動車は城壁間近で敵の地雷に引かかり無残に大破したが、一人の負傷者を出したのみで、他は幸に奇跡的に難を脱れた(12月13日上野特派員撮影)】

【暴虐無類な抗日支那軍乍ら傷けば、皇軍が敵をも隔てぬ同仁の慈(一字不詳)に抱かれ、ここ南京外交部跡の野戦病院に我が衛生隊の手厚い看護を受けつつ、明け暮れ悔恨と感謝の涙に咽んでいる支那負傷兵(12月20日林特派員撮影)】

【惨虐無道な支那兵に脅かされ、空と地に唸る砲弾に慄えていた避難民地区の支那良民は、日本軍入城と共にホッと蘇生の思い。その上に食事は元より子供にはお菓子を恵まれて大喜びの嬉しい涙で唯々「謝々」繰返している(12月20日林特派員撮影)】

090110asanankin2.jpg

 女性、少年、老人……、支那の人々の笑顔が見えます。「大虐殺」進行中にこんなふうに笑えるものでしょうか?


※「反日ワクチン」さんの他の記事もこの機会にぜひご覧下さい。
08/2/1付:朝日新聞の南京一番乗り 南京陥落時のアサヒグラフ
08/2/2付:南京入城式の朝日報道 威容堂々大閲兵式
06/5/30付:朝日新聞の南京報道1
06/5/31付:朝日新聞の南京報道2
06/6/1付:朝日新聞の南京報道3

※拙ブログ関連エントリーも宜しかったら<(_ _)>
07/3/6付:「南京大虐殺」入門の入門
07/12/15付:新「南京大虐殺記念館」まだ30万人て言うとんのか!←コメント殺到して重たくなってるのでご注意


 この件で他に何か情報ないかな?と思って、さらに「アサヒグラフ」「支那事変画報」でググッて見つけたのが、レコードチャイナ配信のこのニュース。

日本軍の侵略史を克明に記す「支那事変画報」―河北省(レコードチャイナ08/9/19)
2008年9月16日、河北省在住の骨董収集家が、18年の歳月をかけて収集した戦前の雑誌「支那事変画報」全巻が公開された。チャイナフォトプレスの報道。

「支那事変画報」は1937年から3年間で、合計35巻が出版された。朝日新聞社による「アサヒグラフ」の臨時増刊号という体裁で発行されていた。

タイトルの「支那事変」とは、日中戦争(1937~45年)を指している(戦前の日本での呼称)。日本軍が中国を侵略した歴史が克明に記録されており、貴重な史料となっている。(翻訳・編集/愛玉)

 「南京大虐殺」などなかったってことが分かる貴重な史料が、中国で公開された意義は小さくないと思います(^_^;


 ここからまた話が脱線しますが(皆さん、ついてきて下さいねー(^^)/)、同じくレコードチャイナに別の興味深い記事を見つけました。ちょっと古いんですが……。

歴史教科書が大改訂、「日中戦争を知らない子どもたち」誕生への懸念(レコードチャイナ07/9/4)
2007年9月4日、中国国内のメディアによると、新年度が始まった中国の高校では、歴史の教科書の内容が大きく変わり、教育現場では教師たちの間で困惑が広がっているという。

報道によると、新しい高校の歴史教科書は、これまでの「年代別」から「テーマ別」へと表記の仕方が変わった。従来の教科書であれば、「唐代」「宋代」といったように時代別に中国の歴史を学んでいたが、今後は「政治史」「経済史」「文化史」などのテーマ別に学ぶことになる。さらに、これまで別の科目として学んでいた世界史も各テーマに含まれ、同じ教科書に記載されているという。

今年度から、高校1年は「政治史」、2年は「経済史」、3年は「文化史」が必修課程になるが、これらの教科書に2度の世界大戦を含む20世紀の戦争の記述は一切ない。戦争に関する事柄は、選択課程学習内容に「格下げ」になった。

今回の改訂に関し教育関係者の多くは、大学受験に必要ない選択課程の歴史内容をまったく学ばない生徒が出てくると指摘。世界大戦や日中戦争のほか、頻発する地域戦争などの重要な歴史部分を必修にしなければ、将来偏った歴史認識を持つ若者が増えると危惧する声があがっている。(翻訳・編集/本郷智子)

 日中戦争が必修過程から省かれたっていうのは驚きです。
 これが本当なら、中国の歴史教科書も以前に比べればずいぶんと様変わりしたことになりますね。
 江沢民時代に教育を受けた世代と胡錦濤時代に教育を受けた世代では、世代間の断絶というか、対日感情にかなりの差が出てきませんかね?

 まぁでも、これって高校の話ですからね。高校で選択課程にした分、小・中でみっちり反日教育するだけのことなんでしょう。
 だから「将来偏った歴史認識を持つ若者が増える」って、そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますよ(^_^;


 ここまで来たら脱線ついで。
 「中国の教育」つながりってことで年末の産経の記事をご紹介。

「日本軍医の美談」日本語教材から削除 中国側のご都合歴史教育(産経08/12/29)
 【北京=矢板明夫】日本のNPO法人が編集した日本語教材が中国で今秋出版されたが、原本に史実として収録されていた「旧日本軍医が多くの中国人を助けた」との内容に対し、中国側が「問題がある」として削除していたことが29日までにわかった。中国では愛国主義教育の一環として、日本軍の残虐さを誇張して描写した書籍が大量に出版されており、こうした日本軍のイメージと矛盾しているため中国側が難色を示したとみられている。

 この日本語教材は、北京の大手出版社「外語教学と研究出版社」が9月に出版した「日語読庫」で、日本のNPO法人、日本語多読研究会(本部、東京)が外国人向けに編集した「日本語多読ライブラリー」(アスク出版)を原本にしている。

 日中の両出版社は当初、同じ内容の掲載を前提に話を進めていた。ところが、中国側が突然、変更を求めてきたという。

 この教材にはもともと、「雪女」「走れメロス」など日本のおとぎ話や短編小説、伝記など5つの文章が収録されていたが、中国側が問題視したのは「永井隆、原爆の地 長崎に生きて」という文章だった。

 長崎に原爆が投下された後、自分も被爆しながら、多くのけが人を治療した医者、永井隆氏の生涯をつづった文章で、1937年に永井氏は軍医として中国に赴き、日本人だけではなく、病気や負傷をした中国人を多数治療したことも紹介されている。

 そのうち、「1939年には1年間で4000人の中国の人々を助けた」などの部分について、中国の出版社が「記述に問題がある」として日本側に手直しを求めてきた。

 日本側は、執筆の際に参考にした「永井隆全集」など多くの史料を中国側に送り、説得しようとしたが、結局「永井隆」の部分はすべて削除して出版された。

 アスクの担当者は産経新聞の取材に対し、「この教材は外国人向けの読み物であり、日本人の中には永井隆博士のように素晴らしい人物がいることを、ぜひ中国の皆さんに知ってもらいたかった」と述べた。中国側と何度も交渉したこの担当者は「削除は中国側の出版社の現場の意見ではなく、上の方の判断」との印象を受けたという。中国の外語教学と研究出版はこの件について「ノーコメント」としている。

 同教材は2007年10月に韓国で出版され、来春は台湾でも出版される予定だが、いずれも原本のままで、内容については問題視されていない。

 韓国で問題視されてないとは意外ですね。もしかしたら載ってることに気づいてないだけだったりして。あっ、じゃあこの報道をきっかけに問題視されるかも!?(^_^;


 ところで、永井隆さんという方を皆さんはご存知でしたか?私はこの報道で初めて知りました。
 この方が軍医時代に、中国で具体的にどのような活動をされていたのかを知りたくて、ちょっとネット上を調べてみました。
 ところが、ほとんどと言ってよいほど見つかりません。

 ようやく見つけたのが、永井隆さんの生涯を紹介した「医のことば その百二十三」。医学博士・文学博士の荒井保男氏による記事です(PDF形式HTML版はこちら
 が、こちらも軍医時代のことは短く紹介されているだけでした。

 一部引用させていただきます。

昭和8年(1933)幹部候補生として入隊、昭和12年(1937)長崎医大講師、同年7月日中事変に応召、軍医中尉として第五師団衛生隊医長を命ぜられ、第一線に従事し、北支、中支、南支に転戦した。日本兵はもちろん、中国人の難民や貧民たちの救護治療にも励んだ。

 山遠く つえひきてきし 足なへに
 薬をやりて めしも食はせぬ
 -隆-

「偉い日本人の軍医が来ているぞ」ということで、毎日多数の患者が押しよせてきた。南京では昭和14年(1939)の4月中だけで延べ4千余人を診療したといわれる。功により功五級金鶏勲章が授与された。

 勲章までもらってるんですね。こんな方がいたとは。
 地元・長崎では有名なのかもしれませんが、全国的にはあまり知られてませんよね。たとえ知られていたとしても、原爆に関連した部分だけではないでしょうか。

 そもそもが今の日本の教育現場では、大東亜戦争のみならず日中戦争や日露戦争も、とにかく戦争にまつわる「美談」や「偉人」っていうのは全くと言っていいほど教えませんからね。もはや東郷平八郎なんて、日本でよりも海外での方が有名だったりしませんか?

 永井隆さんのこの「美談」も、外国向け教材に載せることはもちろん良いのですが、むしろまずは国内向け教材に載せてほしいという気もします。


※南京事件に関する最近の著書ご紹介
南京の実相―国際連盟は「南京2万人虐殺」すら認めなかった
1937南京の真実
参戦勇士九人が語る「南京事件」の真実

 南京の実相―国際連盟は「南京2万人虐殺」すら認めなかったの一部が、こちらのブログのトップページに引用されています。ぜひご覧下さい。
 (「はる」さん、ご紹介が遅れて申し訳ありませんでした(^^ゞ)


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