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「アンカー」硫黄島陥落63年 栗林中将の法要

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■3/26放送「アンカー」青山繁晴の“ニュースDEズバリ”

硫黄島の陥落から63年・日本をあらためて見つめて…青山ズバリ

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 長野県松代町の明徳寺で行われた栗林忠道中将の法要について。
 青山さんも涙、テレビの前の私も涙。

 細かい相づちはカット、言葉尻など曖昧な箇所、VTR中でナレーションと青山さんの言葉がかぶっていて聞きとれなかった箇所などありますが、それ以外はほぼ完璧です。
 画像はテレビ画面をデジカメで撮影しました。粗くて見にくいですがお許し下さい。各画像をクリックすると、新規画面で拡大します。
 緑色の文字はナレーションです。


 内容紹介ここから____________________________
山本浩之(メインキャスター)
「さて、今日の青山さんの“ニュースDEズバリ”ですけれども、今日はどういうテーマでしょうか」

青山繁晴
「うん、今日ね、ヤマヒロさんね、あの、僕は実は今日のテーマほど悩んだことはなくてですね。ちょっと迷ったんですけど、ありのままに言いますとね、夕べっていうか今朝の午前3時半頃にね、いったんもう今回で番組降りようと思ったぐらい悩んだんです

山本浩之
「ほぅ」

青山繁晴
「今回と、あと次回に鳥インフルエンザやるんで、その2日でもうちょうど100回になるから降りようと思ったぐらい悩んだんですが、それどうしてかというとですね、ま、その、今日はある人の法要のことをやるんですね、法要。その、そんな法要ぐらいでちょっとコーナーなるかなあ、その、他の抱き合わせにできないんですかねっていう話があってですね、それでその、ま、結局それをちゃんと今日やれるんですけど、それをすぐにまともにできないこの国っていうかね、もう徒労感とね、もう悲しみで夕べいっぱいになってですね、もう本当に降りようといったん決意したんですけど(少し涙ぐむ)、夜が明けて、たまたま視聴者の人から電話もらったりしてですね、その、『会社早退きしてあんた見てんだ』って言われたんで、もう1回、その、頑張ろうという気になったんですけどね。えー、まあ僕にとっては真剣勝負の話なんで聞いていただきたいんですけど。まずね、この、ちょっと話長くて申し訳ないけど、この3月っていうのはね、どういう月かというとですね、たとえばチベットの民衆蜂起の記念月ですよ、今から半世紀前の。それからたとえば大阪や東京で大空襲があった月。それと同時に3月っていうのは、私たちの島の硫黄島がアメリカ軍に奪われた日。そしてね、たまたまですけど、今日、この3月26日っていうのが、その硫黄島を指揮してたこの方の命日なんです」(フリップ出す)

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山本浩之
栗林中将……」

青山繁晴
「栗林忠道、当時陸軍中将の命日なんですね。この人は実は60年間忘れられてたのが、一昨年にアメリカの映画が流れたために、アメリカのお陰で日本人が思い出したっていう、この人の今日は命日で、そしてこないだの日曜日にこの人の63回目、63回目の法要なんてほんとはないんですよ。で、その法要が長野県で行われたんですね。で、そこに僕は参列してきまして、参列者の方につたない講演もさせていただいて、その結果、今日皆さんにお話ししたいのは、その法要というのは……」(フリップ出す)

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山本浩之
「『胸を突く異様な法要』……」

青山繁晴
「はい。あの、遺族の方にとっても、これ、辛い言葉なんですけど、あまりにも胸を突く異様な法要だったっていうことを、皆さんと一緒に共有したいです」

山本浩之
「はい。コマーシャルをはさんで青山さんの解説です」

(いったんCM)

山本浩之
「えー、それではさっそくお願いしたいと思います。青山さんの今日のキーワードは『胸を突く異様な法要』です。お願いします」

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青山繁晴
「はい。あのー、戦争が終わって63年ですね。ですから硫黄島の戦いが終わって、硫黄島がアメリカ軍に取られ、この栗林、当時の中将以下が、2万人が玉砕して、63年です。で、皆さんよくご存知の通り、人が死ぬと日本では50回忌まではありますけど、60回忌なんてありませんよね。それをどうしてわざわざやったかというとですね、実はこの栗林中将、アメリカでは大変なヒーローで、ブッシュ大統領の演説に出てきたり、だいたいクリント・イーストウッド映画監督がわざわざこの人を主人公にして映画を作ったりするぐらい、アメリカではヒーローで有名なのに、日本では私たちが忘れてた、僕も含めて、忘れてただけじゃなくて、地元の長野県松代町、生まれたお家がある所では逆に悪者にされてた。ずっとその、若い人を死に追いやった、その、軍人としてずっと悪者にされてたから、今まで名誉が失われたままで来たと。だからこの法要をまず、普通の法要じゃなくてですね、名誉回復のために、あえて本来の区切りじゃない63年目に行うという法要なんですが、実は関係者にたとえば今朝、僕、詳しくお話お聞きしたんですけど、やったの日曜日なんですけど詳しく聞けたのは今朝で、ずいぶんと嫌がらせがありましたと。そんな法要をやるのかと。それから青山って奴が来ること自体もよくないとか、いろんな嫌がらせがあったそうですが、その中をまあ、50人ぐらいと主催者思われてたのが150人以上、お寺にもうあふれるぐらいたくさんの方がお見えになったんですね。しかしその、普通やるはずのない法要っていうだけじゃなくてですね、この法要がどれほど実は胸を突く異様なものかっていうのはですね、法要をしてもらってる人たち、つまり亡くなった栗林中将、それから栗林中将だけじゃなくてね、今からVTR見ていただきますが、祭壇にはですね、そのちょうど終戦の日のように、硫黄島の犠牲者全体の碑が立ってるわけですね。ところがみんながそこにいないんですよ。いなくて、つまりね、法要って、お寺で法要やったらお墓があって、お墓に遺骨があるじゃないですか。それが実はなくて、代わりに何があるかというと、石ころが置いてあるわけです。ね。それがどういう意味なのかを、今日はVTRをまずじっくり見ていただきたいと思います。はい」

 …………………………VTR開始…………………………

 今週日曜日、青山は長野県松代町のとある寺を訪ねていた。

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青山繁晴
「えー、長野県の明徳寺っていうお寺に来ました。硫黄島の戦没者の方々の平穏を祈る会っていうのが開かれて、同時に栗林中将の63回目の法要が行われます」

 硫黄島の戦いで日本軍を率いた栗林中将の菩提寺、明徳寺。

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 その63回忌法要の祭壇に飾られたのは、遺影と、白い布に包まれた硫黄島から持ち帰った石。

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 映画「硫黄島からの手紙」をきっかけに行われた今回の法要には、栗林家ゆかりの人だけではなく、全国から多くの人たちが集まった。

 今、硫黄島の戦いの意味がようやく見直されようとしている。

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 法要会場の横に展示された栗林中将の貴重な遺品。

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 家族にあてた直筆の手紙や、

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 有名な決別電報に並んでいたのは、自ら描いた絵でした。


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青山繁晴
「両ひじをついて大声で笑ってる人のこのユーモラスな感じって、当時の日本人にはなかなかこんな絵は描けないと思いますけど」

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 幼い頃から絵が得意だったという栗林中将。
 赴任先のアメリカやカナダからの絵葉書からも、映画で描かれなかった本当の姿を窺い知ることができます。

 そして、生前の栗林中将に仕えていた方に会うこともできました。


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貞岡信喜
「閣下!貞岡、参りました」(祭壇の前で土下座)

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青山繁晴
「あの、今、僕のこの横にいらっしゃるのが、いわば生き証人の、もう最後の生き証人の貞岡さんなんですね。この貞岡さんは昔の言葉で言う軍属といって、下支えをされる立場の方なんですが……」

【キャプション:貞岡さんは軍属として栗林中将の身のまわりの世話をする民間人だった】

青山繁晴
「本当の栗林中将の人柄っていうのをですね、もう生き証人の貞岡さんからお聞きしたいんですね」

貞岡信喜
「軍人としての、もう、非常にかっこうのいい方でした。姿勢もよくて、身長もあって、足が長くて、で、優しいんですが。思いやりがありまして、で、いろいろよく気がついて、私だけじゃなくて、ボーイの連中にも優しくするんです」

青山繁晴
「ボーイさんにまで気を遣うのは、栗林さんだけだったんじゃないですか?」

貞岡信喜
「です。はい」

 栗林中将を慕う貞岡さんでしたが、硫黄島へついていくことは許されなかったのです。

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 太平洋戦争で最も壮絶な戦いと言われた硫黄島の戦い。
 この戦いで、日米合わせて2万6000人の兵士が命を落としました。


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ブッシュ大統領
「硫黄島の戦いは、アメリカの歴史の中で最も重要な戦いです。兵士達が摺鉢山に掲げた旗は、自由と民主主義のために戦うアメリカの決意のシンボルなのです」

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 硫黄島はアメリカ人にとって特別な場所です。
 摺鉢山に星条旗を立てる海兵隊の姿が、勇敢に戦う兵士の象徴として心に刻まれているから――。

 現在の硫黄島には海上自衛隊の基地があり、民間人の立ち入りは原則、禁止されています。

 2006年、「アンカー」の取材で硫黄島に降り立った青山。


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青山繁晴
「ここが1945年2月にアメリカ軍が上陸してきた、その海岸です」

(いったんCM)

 2006年、青山は硫黄島に降り立った。

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青山繁晴
「ここが1945年2月にアメリカ軍が上陸してきた、その海岸です。で、ここから上陸していって、まず、あの摺鉢山を占領して、あそこの頂に、あの有名な旗を立てました。ここで何とか時間を稼いで、その間に日本の東京から和平交渉してほしかったわけです。それなのに日本の本土では軍の首脳部が、ここに栗林中将や、それから全国からかき集められた普通の国民をここに送った軍の首脳部は、本土決戦というようなことを叫び続けて、和平交渉もしなかったから、実はやがて5カ月あとの長崎、広島の原爆投下に至るわけです」

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青山繁晴
「航空自衛隊のF15が訓練をやってます」(画像の中央、地表すれすれを参照)

 生々しい戦いの跡がそのまま残る硫黄島。
 青山はこの島に張り巡らされた地下壕で、驚くべき先人の足跡を目にしました。


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青山繁晴
「いやあー、すごいですね。これたぶん天然の洞窟を利用して、最初にここに司令部を置くことを決めて、そして地表からここに巧みに掘り進んできたんだろうと」

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青山繁晴
「だんだんこうやって立てなくなって、細くなって、このへんも地下の要塞の技術としては完璧です」

青山繁晴
「もうこの、ちょっと入っただけで、この地熱でどんどん暑くなってます」(汗だくの青山氏)

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青山繁晴
「ただの……じゃなくて、……これ明らかに兵士用の、軍用の履き物ですね……」

 60年以上の歳月が流れた今も、ここには1万2000人以上の遺骨が、本土に帰ることなく眠ったままになっています。

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青山繁晴
「ここから、この上に向かって3個、こうやってドラム缶が残ってるんです。これに溜まってる雨水だけが、2万人の日本の人々、兵士って言わないで下さいね、もともとは普通の日本人なんだから。その人たちがこのドラム缶で命をつないでたんです。もう気持ちが、ほんとにすごく伝わります」

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青山繁晴(講演)
「栗林中将以下、この穴を掘った人たちは本当に僕たち、今現在に呼びかけてるのは……」

 今回行われた栗林中将の法要のあと、青山は自らが見た硫黄島の姿を多くの人の前で語りました。(映像には涙ぐむ女性の姿も)

青山繁晴(講演)
「……何とか生き残ってもらった女性と子どもをね、始まりにして作った新しい日本はどんな国なんですかと。きっとみんなが胸を張って生きられる、世界に胸を張って生きてる国でしょうねと。ね。それを見たいんでしょう?」

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 明徳寺にある栗林中将の墓。ここには遺骨は納められていません。

 63年経った今、私たちが考えなければならないのは、現在の日本の姿かもしれません。


 …………………………VTR終了…………………………

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青山繁晴
「はい。あのね、すいません、なるべく冷静にお話ししたいと思うんですけど、まず皆さん、今のVTR、普段よりもきっとじっくり見ていただいたと思うんですね。で、最初の、VTRの最初の方にですね、祭壇のところに石ころあったでしょ?白い布に包まれた石ころ。あれ、、日本人がとってきたんじゃないですよ。あれはアメリカ人がせめて、ね(涙)、戦った敵のアメリカ人が、せめて遺骨の代わりにと言ってくれた石ころなんですよ。あの硫黄島で亡くなった人は、VTRにもありましたけれど、私たち普通の庶民と同じような、大工さんとか、魚屋さんとか、学校の先生とか、役場の人とか、そういうパン屋さんとか、和菓子屋さんとか、記録見るとそういう人ばっかりです。もう戦争末期で職業軍人はほとんど残ってませんでしたから。その方たちが2万人亡くなって、戦争が終わって63年経つのに、今の帰ってきた人はただの8000いくらですよ。1万2000人ね、島で眠ると、きれいなことを言っちゃ駄目ですよ。島で眠るなんて(涙)、ほんとは閉じ込められてるわけでしょう?ね。60年間、僕たちに見捨てられたまま、僕たちが忘れたまま、あの島に、あの南の熱い熱い地熱の島に、そのまま閉じ込められたままでいるから、法要やってもお墓の中は空っぽ、祭壇に置かれてるのもアメリカ人がくれた石ころ。それで私たちはあの戦争を克服したと言えるんでしょうか。そして栗林さんのことで申せばですね、さっき皆さんVTRであの、アメリカやカナダに駐在武官で行ってた時の絵がありましたね。あの絵や手紙を読むとですね、もう胸に迫ってくるのは、栗林さんは本当はアメリカの民主主義が大好きで、自分のちっちゃなお子たちをアメリカの明るい民主主義の中で育てたかったっていうような思いがもう、はっきりと伝わってくるわけです」

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青山繁晴
「事実、あの巨大な帝国陸軍と帝国海軍の組織の中で、最後まで日米開戦に反対したのは栗林さんたった一人なんですよ。ね。海軍の有名な山本五十六中将も最後は真珠湾攻撃でアメリカと戦争に踏み切ったでしょう?栗林さんだけは最後まで反対したんですよ。でも戦争になってしまったから、戦争になってしまって、どうして栗林さんが硫黄島で皆さん、見ていただいた地下の塹壕を掘ったかというと、兵士の命なんかどうでもいいんじゃなくて、そうじゃなくて、この硫黄島で必ずみんな死ぬけれども、この地下で籠もったら、1日戦いを引き延ばしたら1日分、アメリカ軍が硫黄島を拠点にして本土を爆撃するのが1日減って、その分女性と子どもが生き残って、あのアメリカの空襲が、大阪大空襲も東京大空襲も兵隊じゃなくて、女性と子どもを中心とした一般市民を狙ってたのをみんな知ってるでしょう?ね。栗林さんはそれを減らそうとして、あの硫黄島で最後まで穴に籠もって戦って、そして死んだんです。それを敵だったアメリカ人はよく知っててヒーローにしてて、日本人は忘れたまま、未だに遺骨、何も、1万2000人の遺骨はまだ何も帰ってこなくて、皆さん、見ていただいたあの海上自衛隊の基地は、滑走路の下に日本の方々が眠ったままなんです。閉じ込められたままなんです。眠ってるんじゃなくて閉じ込められたままなんです。どうしてかというと、硫黄島が戦争が終わって23年後の1968年に日本に返還された時に、私たちが主人公のこの国民国家の政府と私たちが育んだはずの自衛隊が何をしたかというと、滑走路を少し横にずらしただけで、だから一部しか遺骨は出ないわけです。ほとんどの遺骨はその滑走路の下に閉じ込められたまま、今この時間も、たった今も海上自衛隊機がその上にドーンと着陸してるわけです

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青山繁晴
「そして皆さん、この『アンカー』のおかげで、一昨年の12月に放送して、いろんな反響ありました。嫌がらせもありました。しかしその中に、海上自衛隊の現役の機長から僕に手紙が来て、封を切るまでは『あなた何てことを講演やテレビで言ってるんだ』という手紙かと思って、僕も不安だったんですけど、開けてみたらですね、いいですか、現役の機長ですよ、彼は今も硫黄島を飛んでるわけですから。『青山さん、私はね、硫黄島の上で操縦桿を倒して、着陸する時に、これでいいのか?と。俺がドーンとこの機体を降ろしたら、その下で私たちのために死んだ人の上にどーんと重しをかぶせることになるのに、これでいいのかと思ったけども、自衛隊という組織の中では話ができない。ようやくこれに気がつく日本国民が出てきたことを、私は評価したいというお手紙をいただいたんです」

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青山繁晴
「そして僕はそのお手紙をいただいたあとに、当時首相だった安倍さんと会いました。いつ会ったかというと、去年の5月29日です。すなわち松岡農水相が首をつった翌日です(スタジオの誰かが鼻をすする音が。隣の村西アナ?)。安倍さんはもう心ここにあらずで、何とも言えない悲痛な目をしてましたが、僕はここしかもう話す機会はないと思ったんで、安倍さんに2つのことをお願いした。1つは、二度と日本国民が『いおうじま』というアメリカが勝手に間違えてつけた名前で呼ばない。旧島民が『いおうとう』に戻して下さいとずっとおっしゃてるんで、今、小笠原諸島の父島、母島にいらっしゃる旧島民の方がおっしゃってるように、『いおうとう』という名前に変えましょうということが1つと、それから安倍さん、あの滑走路を引き剥がして下さいとお願いしました。そしてまあ、安倍さんの助力もあって、名前こそ『いおうとう』に実は変わりました。国土地理院が変えました。しかし、滑走路自体はそのまま使われてる。そのまま使われてるから、僕が言ってる『異様な法要』というのは、法要やってるとこにはもちろん遺骨ないけれども、お墓に行ったらちゃんと遺骨があって、みんなが気持ちを込めてお祈りできるのに、もう空っぽなんです。僕は法要に参加して、ああ、ここには本当は栗林さんも、硫黄島の方々もいないんだな。どこにいるのかはっきりしてて、あの東京から1250キロ、大阪からも1300キロぐらいのあの硫黄島に今も閉じ込められてるわけです。そうすると私たちがやらなきゃいけないのは、私たちが国民の声を上げて、あの硫黄島の滑走路を引き剥がして、遺骨をみんなのふるさとに帰っていただく。この関西もいっぱいいるんですよ(涙)。全国からかき集めたんですから。故郷に帰っていただく、故郷に帰っていただいたら、その遺骨の方々が生きてる時にみんなのことを思って、ね、今の子どもたち、今の僕たちのことを想って死んだんだってことが子どもに伝わったら、今のような愚かな事件も、茨城や岡山で起きたようなわけのわからない事件(若者による通り魔殺人)も、家族に、家族と話ができない子どももいなかったんじゃないかということを、硫黄島の法要をきっかけに考えていただきたいんです」

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青山繁晴
「そして最後に申しますと、今、VTRの中にドラム缶出てきましたね。あのドラム缶に雨水を溜めて、それだけが命の頼り、よすがだったんですけど、その玉砕した島で1033人だけ生き残った。2万1000人のうち1033人だけ生き残った、そのうちのお一人の金井啓さんって方に会いに行きました。会いに行った時にですね、あれをして、これをしてくれっていうことは一切おっしゃらないまま(涙)、『青山さんね、もうずっと水だけが60年間頭にあるんだよ。というのは、青山さん、あそこに行ったんだってね。ドラム缶見たでしょ?ドラム缶触りましたか?』、『ああ、ドラム缶触りましたよ』と言ったらですね、『あの中に入った雨水は、青山さん、あの硫黄島だからね、熱湯になるんだよ』と。『70度の中だからね、熱湯になってね、先に死んでいく戦友の唇にそれ浸したら、熱湯だからね、唇が腫れ上がるんだよ』と。『だから私はずーっと水を冷やして、1杯のお水を冷やして、60年間祈ってきました』とおっしゃったんです。だからどうしろってことは、一言も謙虚にしておっしゃらなかった。だからもう一度ですね、みんなが、この中で見てくれた方の1%でも2%でもですね、お水を毎日できれば汲んでいただいて、冷やして、南に向かって祈っていただくと、だんだんだんだん、そのお水の運動が広まって、誰が言い出したかをみんなが忘れる頃に、『そうだ、あの滑走路を引き剥がせ』という国民の声が必ず出てくると思ってますから。皆さん、実は『アンカー』で去年(一昨年?)の12月にこの放送をしてから、そのあと全国でこの1杯の水を言うようになって、本当はすごくたくさんの人が今、1杯の水を捧げてくれてるようになったんです。この栗林中将のある意味、主のいないような63回目の法要をきっかけに、もうひとまわり多く、1杯の水を捧げてくれる方が出てくることを、本当にお願い申し上げます(号泣しつつ深々と礼)。皆さん、よろしくお願いします。すみません。なるべく冷静にお話ししたかったんですけど……皆さん、いっしょに頑張りたいと思います」

山本浩之
「はい。えー、青山さんの“ニュースDEズバリ”でした」

 ____________________________内容紹介ここまで


 明徳寺での法要のチラシ、実は青山繁晴さんのブログに掲載されていました。
 こちらでも告知すればよかったかもしれませんが、私もあまりにも直前に知りましたので(T^T)

 一昨年12月に放送された青山さんの硫黄島レポート、残念ながら拙ブログに起こしはありません。
 ただ、昨年6月に関西テレビ局内にて「青山繁晴のナマでもズバリ!」というイベントが催されまして、そこで青山さんの講演(トーク)が行われました。
 その時、硫黄島についても語られまして、その動画がまだ「アンカー」のHPに置かれています。動画は4つに分けてUPされてまして、その3つ目です。
 まだご覧になっていない方は、ぜひこの機会にご覧下さい。


※拙ブログ関連エントリー/「アンカー」起こし
こちらからどうぞ。

※参考リンク
ON THE ROAD : Aoyama 's Daily Essay(青山繁晴さんのブログ)
 青山さんに直接コメントが送れます。私もたまにコメントさせてもらってます(^^ゞ


【予告】気になるチベット問題、週末にテレビ番組起こしをまたやりたいと思ってます。


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大阪在住の主婦です。
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