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朝日新聞の捏造・放火の歴史

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 「お気楽くっくり」を更新しました。
 またしても身体に変調が……(T^T)

 ↓これ、好評みたいなのでもう暫く貼っときます。

■【テンプレ】北朝鮮核実験の最新ニュースはこちらから

 【産経】ニュース特集>北朝鮮核実験
 【読売】特集>北朝鮮核実験
 【朝日】ニュース特集>北朝鮮核実験
 【毎日】特集>北朝鮮の核実験
 【日経】緊急特集>北朝鮮、核実験実施


 今日の細切れぼやきは「検証・日中首脳会談」……これ、かなりGJ。
 あと、拉致問題。


 まずは表題の件。
 3日連続、朝日新聞の社説がテーマって……、我ながら何だかなぁ。

 アホらしいし飽きてきたし、もうあまり朝日新聞は相手にしないでおこうと思ってたんですが、今日ちょっと時間があったので朝日新聞報道を専門に扱っておられるサイトさんを巡回してたら、やっぱり書きたくなってしまいました。
 ……今回は書くというよりは「まとめ」ですが(^_^;
朝日社説10/13:新聞週間 事実の重みを伝えたい
 圧倒されるほどの重い事実を前にして、立ち向かっていく記者たち。その思いがにじみ出る記事がある。
 日本経済新聞は7月、昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私(は)あれ以来参拝していない。それが私の心だ」と語っていたことを報じた。
(中略)
 西日本新聞は年初から「検証 水俣病50年」の連載を始めた。水俣病が公式に確認されて今年で50年になるのを機に、編集局の各部門がそれぞれの切り口から、半世紀に及ぶ患者の苦しみや、行政と企業の責任を取材した。
(中略)
 この2紙の記事と企画は、今年の新聞協会賞を受けた。ほかの受賞者も含めて、心からお祝いしたい。
 日本新聞協会に加盟する新聞だけでも全国に108紙ある。記者たちはスクープ競争に明け暮れ、ときに取材先に殺到して「メディアスクラム」といった批判を受けることもある。
 しかし、多くの記者は受賞者と同じように事実を追い求め、記事にすることが「世の中の役に立つ」との志を持って書いている。どこに取材拠点があっても違いはない。
(中略)
 事実の重さを記事にして伝え、少しでも世の中を動かす。15日からの新聞週間を前に、ジャーナリズムの力をあらためて考えたい。

 さあ皆さん、ご一緒に。「お前が言うなーーー!」

 朝日新聞の捏造・放火の歴史を、主なものだけですがまとめてみました。
 事実でないことを記事にして伝え、世の中を動かしてきた朝日新聞。読者の立場から「ジャーナリズムの力」をあらためて考えてみましょう。


<<<<<朝日新聞の捏造・放火の歴史>>>>>


●1959-1985 北朝鮮礼賛キャンペーン

 執拗な北朝鮮礼賛キャンペーンを展開。各記事の内容はこちらを。
 朝日新聞の入魂の連載記事とは裏腹に、実際には経済の発展はゼロに等しく、その正体は粛清の嵐が吹き荒れる恐怖の独裁国家でしかなかった。しかも保障された職と生活どころか、明日の食事にさえ事欠く有様で、現在でも慢性的な食料不足と恐怖政治が続いている。

●1975.4.19 残虐なポルポトを「アジア的優しさ」と報道

 和田俊プノンペン特派員(後年、テレ朝「ニュースステーション」に解説者として出演。故人)が、「カンボジア解放側 アジア的優しさを持つ」「粛清の危険は薄い?」という見出しで記事を書いた。当時中国共産党の支援を受けていたカンボジア解放軍のポルポトは、アジア的な優しさどころか、カンボジアの全国民の1/6に相当する300万人以上の民衆を虐殺した。


●1950.09.27 伊藤律のインタビューを捏造

 「宝塚山中に伊藤律氏−本社記者が会見」、行方不明の共産党幹部とのインタビューを一面に掲載。29日に記事を書いた長岡宏記者は「伊藤律氏との会見記事は、私の仕組んだ全くの狂言でした」と弁明。この記事はその後の縮刷版から削除された。


●1967-70 中国政府当局が朝日新聞を除く全ての報道関係者を追放

 文化大革命で狂乱状態にあった中国政府当局は、中国政府提灯記事以外の記事を書くあらゆる報道関係者を「外国反動分子」と決めつけ中国から追放した。

  1967.09 産経、毎日の記者が追放される
  1967.10 読売記者が追放される
  1968.06 日経記者鮫島特派員がスパイ容疑で逮捕・拘留される
  1968.11 滞在期間が切れて帰国したNHK記者が入国不許可に
  1970.09 共同通信特派員が追放される

 北京に駐留している日本マスコミは朝日の記者のみとなった。朝日は唯一の中国特派員をもつ立場を保持するため、あらゆる中国政府当局の捏造加担とおべんちゃらを開始した。


●1971.8.26-11.26 「日本軍虐殺」捏造コラム掲載

 「中国の旅」と題する「日本軍虐殺」捏造コラムを計31回連載。著者は本多勝一氏。いわゆる「南京大虐殺」が知られるきっかけとなったものだが、中国政府当局やその恐怖政治の影響下にある人間による「日本軍の蛮行」に関する「証言」を丸写ししたものだった。
 後年大量の嘘写真や捏造事例などが暴かれ、本多氏自身も「証言」を丸写ししたものであることを認めている。


●1982.9.7 侵略進出書き替え誤報の責任転嫁コラムを掲載

 朝日新聞を含め多くのマスコミが、高校教科書の「華北を侵略」という記述が検定によって「華北に進出」に変えられたなどと伝えた。ところが、その後、関係者の調査によりこれが全くの事実無根と判明。
 その後、朝日は「読者と朝日新聞」というコーナーで読者の疑問に答える形で小さく「侵略→進出今回はなし」などと記す。その中で、外交問題に発展したのは検定制度を行う政府にあるかのような責任転化をした。
 一方、産経新聞は誤報だと判明後、それを素直に認め大々的に謝罪し、誤報の経路を綿密に読者に報告し、詫びた。朝日はこの大誤報事件について、今なお釈明も謝罪も行っていない。


●1984.8.4 「南京大虐殺」を捏造

 生首のごろごろ転がる写真を「南京大虐殺の証拠写真」とし、南京に入城した元歩兵二十三連隊の上等兵が記したという「日記」を併記して掲載。
 これに対して、元歩兵二十三連隊の有志からなる「都城二十三連隊会」が立ち上がった。元兵士の懸命の調査により、1年4カ月後になって、この写真が全く別の場所の写真であることが判明する。「都城二十三連隊会」は記事取り消しや謝罪文掲載の要求を朝日につきつけた。
 それに対して朝日は1985/1/22、このような数行のおわび文を掲載した。「(前略)日記は現存しますが、記事で触れられている写真三枚は南京事件当時のものでないことが解りました。(後略)」。全く、元歩兵二十三連隊が南京大虐殺をしていないという記述はどこにもない。「都城二十三連隊会」は更に朝日に対して不信感をつのらせた。
 写真の嘘が明らかになったのなら、あとは日記の真偽が焦点となる。例によって朝日は、取材情報源の秘匿を主張し、さんざんゴネた上に朗読まではしぶしぶ行ったが、筆跡鑑定のための開示を拒んだ。
 「都城二十三連隊会」は日記の開示を求め、1986/8/22に小倉簡易裁判所に日記保全の申し立てをし、全て開示し写真に取らせよという判決が12/27に下った。が、朝日は取材情報源の秘匿を理由に、福岡地裁小倉支部に抗告し、裁判引き延ばし戦術に出た。最年長の老人は心労のため入院した。今なお朝日は真相を隠蔽している。


●1984.10.31 毒ガス戦を捏造

 煙がもうもうと立ち上る写真を一面三段抜きに掲載し、「これが毒ガス作戦。と元将校。当時の日本軍内部写真を公表」と報道したが、ほどなく、これが写真も取材源もデッチあげであることが、朝日の稲垣武氏や各種報道機関により暴かれた。


●1985.8.7 靖国参拝ご注進報道

 1985/8/15、“戦後の総決算”ということで中曽根首相は「公式参拝」をすることになるのだが(これは公約だった)、その少し前から朝日新聞は反靖国キャンペーンを始めた。
 8/7に「『靖国』問題 アジア諸国の目」という特集記事を掲載。「(中国と)同じ『愛国心』が、日本ではかつては軍国主義を底支えする役割を担わされたことを、中国は自らの体験として知っている。それだけに、靖国問題が今『愛国心』のかなめとして登場してきたことを、中国は厳しい視線で凝視している」と書いた。
 が、ここには具体的な根拠…誰が何と言ったのか、言ったとしたらその人物は靖国神社についてどの程度知っていたのか等…が全く書かれていなかった。当時の中国メディアを精査したところ、案の定そのような言動は全くなかった。まさに朝日新聞お得意の「火のないところに火種を落とす」記事の実例である。この記事を書いたのは現在『報道ステーション』でお馴染みの加藤千洋
 8/11になって、人民日報が8/7の朝日新聞の記事を受け、「日本国内に靖国参拝に批判的な動きがある」と報じた。それが中国側の最初の反応。但しこの記事は直接の論評はせず、「日本の一部新聞」を引用する形で書かれてあった。
 朝日は8/12、加藤千洋特派員が「公式参拝反対の声など詳報 人民日報」と題し、「日本の報道や消息筋の指摘を引用し」た人民日報の記事を紹介。「日本の各野党や、キリスト教、仏教を含む宗教団体が一斉に『強烈に反対』し、抗議活動や決議を行った事などを伝えている」と書かれたその内容は、もともと8/10の朝日に掲載された記事「『いつか来た道』を警戒」に載っていたものと同じだった。
 当の中国・人民日報は日中友好のために批判を抑制していたのだが、朝日が東京と北京の間で同じ反日記事をキャッチボールして、騒ぎを増幅させていたのだ。
 ついに8/14、中国政府が記者質問に答える形で、「東條英機ら戦犯が合祀されている靖国神社に参拝することは中日両国民を含むアジア各国人民の感情を傷つける」として公式に反対表明をすることとなった。
 ちなみに「A級戦犯」合祀が判明したのは1979年だが、朝日がこの騒ぎを起こすまで、中国政府が首相の靖国参拝に抗議したことはなかった。


●1989.05.15 サンゴ自作自演事件

 朝日新聞のカメラマンが、沖縄・八重山群島西表島のサンゴ礁を傷つけてカラー写真を撮影し、4/20付夕刊に「サンゴ汚したのはだれ」と告発する記事を掲載していたことが明らかになる。記事では「これは一体なんのつもりだろう」と書き出し、「サンゴは、水中ナイフの傷やら、空気ボンベがぶつかった跡やらで、もはや満身傷だらけ」と心ない行為を告発。
 朝日新聞社は「元々あった落書きに、撮影効果を上げるためにカメラマンが手を加えた」と説明、しかし地元ダイバーの指摘を受け、19日夜、落書きはもともとあったとするこれまでの主張を翻し、無傷のサンゴにカメラマンが「KY」の文字を刻みつけて撮影したことを認めた。
 詳細はこちらを→朝日新聞の「朝日珊瑚事件」


●1991- 「従軍慰安婦」捏造報道

 1983年に吉田清治が著書の中で、韓国済州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。朝日新聞はこれを91年から翌年にかけ、ウラも取らずに4回にわたり報道した。
 91/8/11、朝日は「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出た、と報道。
 92/1/11には、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。見出しに「軍関与」とあるが、記事をよく読めば、民間の悪徳業者による「強制連行」を、軍が警察と協力してやめさせようとしたという内容であった。朝日お得意の印象操作である。
 この直後の1/16から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。93/8/4、河野官房長官談話が発表された。
 朝日はこの吉田清治を、宮沢首相の訪韓前後1年の間に4回も紙面に登場させたのだが、秦郁彦日大教授の現地調査によって吉田の著書が捏造であることが明らかにされた後、ぷっつりと起用をやめた(96年に吉田自身もフィクションだと認めている)。
 ちなみに韓国側調査で信憑性があるとされた証言のうち、「従軍慰安婦」として「強制連行」されたと認められたものは、ひとつもないというのが実態である(「売られた」人だったり、戦地ではないところで慰安婦にされたと主張していたり…)。
 朝日は97/3/31に記事の中で、吉田証言について、「……間もなく、この証言を疑問視する声が上がった。済州島の人たちからも、氏の著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない」と書いた。この3/31付の紙面は「従軍慰安婦は存在した」という大特集である。この中で朝日は、「強制連行」がなくても「強制性」があれば同じことだ、と問題をすりかえたが、そうではない。最初これが大問題になったのは、あくまで「強制連行」による「性の奴隷」だったからである。そういう罪状で「日本」を告発しておきながら、「強制連行の立証」が不可能だとみるや「強制性」があれば同じことだというのも卑怯な態度である。
 国内ではもうとっくに決着した問題だが、朝日は未だに頬かむりをしたままである。なお、この1〜2年前ぐらいからと思われるが、朝日はそれまで使っていた「従軍慰安婦」という呼称を単なる「慰安婦」に変更している。


●1993.11.15 鳥取の上淀廃寺の瓦で自作自演

 「鳥取の上淀廃寺 法隆寺と同時期創建?」との記事を掲載。根拠となる瓦は地元の郷土史家が発見したのに、米子支局の朝日新聞記者が自分が発見したかのように演技。町教委の関係者と現場に行き、自分がこの瓦を初めて見つけたことにして、瓦を確認させる。また、記事正当化のために引用された山本清・島根大学名誉教授の談話も趣旨歪曲。「自分の思い込みで質問して、こちらの言い分に耳を貸さなかった。談話の趣旨は、私の話と全くかけ離れている」と教授は語った。記者は停職20日の処分を受けた。


●1995.03.31 石原信雄氏の祝儀袋を捏造

 東京都知事選に立候補していた石原信雄前官房副長官に、栃木県庁幹部や市町村がせんべつを贈り、その後、石原氏側が返還を申し出た問題で、朝日新聞が29日の栃木面に記事とともに掲載した「御餞別栃木県一同」と書かれた祝儀袋の写真が、同社宇都宮支局による自作だったことが判明。県の抗議に対し同支局は「パロディーで掲載した」と開き直っていたが、朝日新聞は31日におわび記事掲載。


●2002.06.05 中田ヒデ日本代表引退を捏造

 W杯日本初戦の翌日、「ヒデ『最後のW杯』」との見出しで中田選手の引退を一面に掲載。中田選手は翌日の記者会見で「憶測やうその記事が出ることは残念なことです」と朝日新聞の捏造記事に不快感を表す。朝日は98/1/4にも、インタビューを歪曲し、中田選手を反「君が代」の戦士にしたてあげた記事を掲載していた。


●2003.05.14 北朝鮮に残る曽我ひとみさんの家族の住所を報道

 北朝鮮による拉致被害者の曽我ひとみさんが、北朝鮮に残した家族からの手紙の差出人住所などを朝日新聞が5/13夕刊、Asahi.comで報じたことに対し、内閣府の拉致被害者支援室を通じ、朝日新聞社長あてに謝罪を求める抗議文を提出。曽我さんは抗議文で「朝日新聞記者は真野町の支援室でファイルを盗み見て、私にも支援室にも一切了解を取らないまま住所などを掲載しました。朝日新聞社は一体何の権限があって、私の家族の住所を無断で公開できるのですか」と怒りを表明。


●2004.08.11 サマワの自衛隊宿営地内に迫撃砲弾が撃ち込まれたと捏造

 防衛庁は、朝日新聞がイラク南部サマワの陸上自衛隊宿営地内に迫撃砲弾が撃ち込まれたと報じた記事について、「全く事実でない」として朝日新聞社に抗議。防衛庁は記者ブリーフィングで「宿営地の外側で弾着痕を3カ所発見した」と伝え、朝日記者も出席していたにもかかわらず、朝日新聞は宿営地内着弾として夕刊一面に掲載。
 防衛庁は8/10にも、安全を期すために秘密扱いを要請していた、サマワから邦人記者らを航空自衛隊のC130輸送機で輸送する「行動予定」を、朝日新聞が4/15に報じたことでも抗議していた。


●2005.1.12- 政治家がNHKに圧力をかけて番組内容を変えさせたと報道

 1/12、安倍晋三・中川昭一両議員が従軍慰安婦を題材にしたNHKの番組に対して圧力をかけたと報道。安倍氏、中川氏、取材を受けた松尾元NHK放送総局長が揃って記事内容を否定。本人たちの証言から、本田雅和朝日新聞社会部記者が意図的、誘導的な取材をしていたことが明らかになった。
 7/25、朝日は総括記事を掲載。安倍氏、中川氏がNHK番組に対して圧力をかけたかどうかという問題の核心について、「直接裏付ける新たな文書や証言は得られておらず、真相がどうだったのか、十分に迫り切れていません」と、記事に明確な根拠がなかったことを認めた。にもかかわらず、「再取材で、記事の描いた『政治家の圧力による番組改変』という構図がより明確になった」とし、「記事を訂正する必要はない」と強弁。
 9/30、朝日は最終的な総括をした。記事の根拠は示さず、訂正も行わず、録音テープの有無も明らかにせず、社内資料流出(朝日が取材をした資料を入手したとする記事が月刊「現代」05/9月号に掲載された)の経緯も明らかにできなかったが、「社外の識者」により構成された「『NHK報道』委員会」による朝日を擁護する報告を盾に、記者会見で秋山社長が「これで幕引きにしたい」と一方的に宣言。
 主要紙が「事実解明なしで新聞社ですか」(毎日)、「裏付けのない報道は訂正が筋だ」(読売)、「幕引きにならぬ朝日の説明」(日経)、「なぜ潔く訂正できないか」(産経)と社説で一斉に反発した。


●2005.08.23 田中知事の会談を捏造

 田中康夫長野県知事が長野県庁で開いた記者会見で、朝日新聞に対して不快感を表明。朝日は、8/21付と22付の紙面で、亀井静香氏と「長野県内で会談」したと報じた。知事は亀井氏と長野県内で会談したとの報道について「このような事実は一切ございません。事実が作られていくことに大変な戸惑いを覚えております」と指摘。また8/24、民主党の小沢氏も、テレ朝「報道ステーション」において、朝日新聞の民主党に関する記事を「あれは、かなりの部分で創作です」とコメント。
 9/8、記者会見を拒否していた秋山社長が、社内外の批判を受けてやっと会見を実施。「『解体的出直し』に不退転の決意で臨む」と宣言。


※このエントリーを書くにあたり参考にさせていただいたHP
朝日新聞を購読しましょう>記事で綴る朝日新聞社史
左翼がサヨクにさよく時>朝日新聞報道年表
朝日新聞の真実
検証朝日新聞報道>従軍慰安婦問題(1)年表
JOG(106) 国際派日本人養成講座 Media Watch: 「従軍慰安婦」問題(上)

※拙ブログ関連エントリー
1/17付:何度でも言う。靖国を外交問題にしたのは朝日新聞!
 (つながらない時はキャッシュを
3/4付:朝日はいつまで「元慰安婦」を利用するの?



・・・・・・・・・・・細切れぼやき・・・・・・・・・・・


【検証・日中首脳会談】「予定調和外交」から脱皮(産経朝刊10/13)
 □想定問答無視、聞き役に回らず 文書破棄も覚悟、譲歩引き出す

 首相として5年ぶりの訪中を果たした安倍晋三首相。日本との関係修復を急ぐ中国は国賓級で首相を迎え入れ、8日の北京は歓迎ムード一色に染まったが、水面下ではギリギリの駆け引きが続いていた。北朝鮮問題などをめぐり、東アジア各国が外交戦略の転換を迫られる中、外務省が主導してきた「予定調和」の日本外交が終焉(しゅうえん)したことは間違いない。(石橋文登)
 
 ▼幻のあいさつ

 8日夕、温家宝首相主催の晩餐(ばんさん)会の直前。胡錦濤国家主席らとの一連の会談を終え、人民大会堂内の一室でひと息ついていた首相の表情がサッと険しくなった。
 外務省高官が「中国側の意向」として、あいさつの修正を求めてきたのだ。
 「なぜ私のあいさつの内容を中国側が知っているんだ?」。首相の問いに高官は押し黙った。「こちらは温首相のあいさつを把握しているのか?」。答えはなかった。相手の機嫌を損なわないことを最重視してきた外務省の「外交術」がかいま見えた瞬間だった。
 「それではあいさつはできないな…」。首相の一言に高官らは狼狽(ろうばい)したが、首相は頑として譲らず、あいさつはキャンセルとなった。この夜、安倍、温両首相らが和やかに談笑する晩餐会の様子が世界に報じられたが、両国高官にとっては居心地の悪い席だったようだ。
 
 ▼会談の心得

 首相の訪中を2日後に控えた6日、麻生太郎外相は衆院予算委員会の最中、首相にそっと手書きのメモを差し入れた。「首脳会談の心得」。要点は(1)両手で握手をしない(2)お辞儀をしない(3)政府専用機のタラップは夫人と並んで降りる−の3つ。首相はニヤリと笑って軽く会釈し、メモを胸ポケットにしまった。
 首相と麻生氏がもっとも懸念したのは、歴代政権のように「日中友好」の甘言につられ、中国側に「朝貢外交」を演出されることだった。首相は握手の際、笑顔を見せたものの、視線は相手から一瞬も離さなかった。
 さらに首相は一計を案じた。相手より長く話すこと。中国は古来官僚国家であり、文書をもっとも重視する。聞き役に回れば、書面上は「負け」ということになるからだ。
 温首相は会談の冒頭から漢詩などを引用し、とうとうと話し始めた。首相はそれ以上に長い時間をかけて話を続け、特に歴史認識や靖国神社参拝に対する中国側の婉曲(えんきょく)な批判への反論にはたっぷりと時間をかけた。
 外務省が作った想定問答はほとんど無視され、会談時間は予定の1時間から30分もオーバーした。中国側が「日本人は聞き役で、うなずくだけだ」と考えて会談に臨んだならば、大きな計算ミスだったといえる。
 首相は最後に、練りに練った「殺し文句」を放った。「過去の歴史の問題では、わが国60年の平和国家としての歩みに正当な評価を求めたい」。温首相から「評価している」、胡主席から「信じている」という言質を引き出したことは大きな成果だろう。
 
 ▼共同プレス発表

 「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」
 首相は訪中前、周囲にこうつぶやいた。訪中を指すのかどうかは分からないが、首相にとって、訪中は今後の政権運営をにらんだ大きな賭けだった。
 それだけに首相は慎重姿勢を貫いた。中国側による招請は先月30日だったが、首相が決断したのは3日。しかし、正式発表の土壇場でもギリギリの攻防があった。
 中国側が急遽(きゅうきょ)、正式発表の際に「政治的障害を除去し」という言葉を使うよう求めてきたのだ。首相は会談延期をにおわせて拒否し、最後は中国側が「除去」を「克服」に変えることで折れた。発表が4日午後にもつれ込んだのはこのためだ。
 会談の文書化をめぐっても暗闘が続いた。中国側は文書に固執したが、首相は難色を示した。平成10年の小渕恵三首相と江沢民国家主席による「共同宣言」では、過去の責任と反省を示す「村山談話」が盛り込まれ、その後の対日批判に利用されたからだ。
 中国側は訪中前日になって大幅に譲歩してきた。「歴史を鑑に」という常套(じょうとう)句は「双方は歴史を直視し」に変わった。日本側が主張する「未来志向」「東シナ海問題の協議」「北朝鮮への憂慮」も加えられた。
 それでも首相は慎重だった。外務省側は会談前に「共同プレス発表」を交わすことを公表する考えだったが、中国へ向かう政府専用機内でその意向を聞かされた首相は「会談が終わるまでは絶対にダメだ」と譲らなかった。会談次第では、文書の破棄も念頭においていたようだ。
 結果として、首脳会談は日中両国とも成果を強調できる形で終わった。だが、もしギリギリの攻防を回避していたら日本側に果実はあっただろうか。
 会談後、中国の武大偉外務次官は日本の高官にこうささやいた。
 「安倍首相が手ごわい相手だということは前々から分かっていましたよ」

 安倍さんGJ!麻生さんもGJ!A・A連合\(^-^)/バンザイ!
 もしかしたら麻生さんは、総理大臣よりもオブザーバーというか影のドンというか、そういう役割の方が向いてるのではないかと思う今日このごろ。

 先月号(10月号)の「正論」に、<日本は中国の10倍賢くなければいけない>というタイトルで、櫻井よしこさんと山谷えり子さんの対談が載ってたんです。
 靖国、尖閣諸島、ODA、反日プロパガンダ、アフリカ諸国への中国の進出、外務官僚の問題などなど、日中外交全体について言及されてました。
 これら諸問題を解決するためには、あるいは日本を有利に持っていくためには、本当に中国の10倍賢くならないといかんなぁと感じたものでした。
 
 が、首脳会談一つをとってみても、日中間でこれだけの心理的駆け引きがあったということを今回の記事で知りました。
 中国と対峙する日本は、今後どれほどの駆け引きを乗り越えていかなければならないのでしょう。気が遠くなりそう。

 ただ一つわかることは、これまでのような「外務官僚任せ」では絶対ダメだということ。言ってみれば、中国という敵の前にまず味方(日本)の中に敵がいるようなもので、まずは彼らと闘わねばならないというわけ。
 今後も官邸主導の外交で行くべきなんでしょうが、外務省はそれを許さないでしょうね。ただ、外相の麻生さんがある程度、両者の緩衝剤の役割を果たしてくれるのでは?という気はします。もしかしたら安倍さんはそれも見越して、麻生さんに外相に留任してもらったのかも?

 あと私の勝手な推測ですが、記事中の安倍さんの言葉、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」。これって実は村山談話、河野談話を踏襲したことを指してたりしませんかね?


めぐみさん支援でHP  拉致問題への理解訴える
 拉致問題について国際社会に理解を深めてもらおうと、拉致被害者横田めぐみさん=失跡当時(13)=の両親を支援するグループが13日、横田夫妻のメッセージやめぐみさんの写真を紹介するホームページ(HP)の公開を始めた。
 記者会見に同席した父滋さん(73)は「インターネットをよく利用する若い世代にとって拉致は生まれる前の事だが、このHPが知るきっかけになれば」と期待。母早紀江さん(70)も「拉致は(わが家だけでなく)どの家族に起こっても地獄。その事実を1人でも多くの人に見てもらえたら」と話した。
 HPは日本語、英語、韓国語のページがある。横田夫妻がめぐみさんへの思いをつづったページや、滋さんが撮影しためぐみさんの写真、めぐみさんが双子の弟にあてたはがきなど70点を公開している。
 HPのアドレスは、http://asagaonokai.jp
(共同)

 記事で紹介されている http://asagaonokai.jp なんですが、数時間前はつながったんですが、現在私のパソコンからはつながりません。「Error 403 Forbidden」が表示されます。皆さんのところからはつながりますか?


北朝鮮向けラジオ「しおかぜ」政府が支援へ(日テレニュース24)
<10/13 18:26>
 菅総務相は13日朝の会見で、拉致被害者や行方不明者の情報提供などを呼び掛ける北朝鮮向けの短波ラジオ「しおかぜ」を、政府として支援する方針を明らかにした。
 会見で菅総務相は「これを放送できるのはNHKマターなので、その施設が使えるように、前向きに考えていきたい」と述べ、特定失踪(しっそう)者問題調査会が現在、北朝鮮向けに海外の送信施設から流している短波ラジオ「しおかぜ」を、NHKの施設を使って国内から放送できるよう検討に入ったことを明らかにした。
 さらに、菅総務相は、NHKの短波ラジオ国際放送で拉致問題を重点的に取り扱うよう、放送法に基づく「命令放送」をNHKに求めていくこともあり得るとの考えも示した。

 NHKがこういう有意義なことをやってくれれば、不払いも少しは減るんじゃないでしょうか。


!!男系維持に同意される皆さん、ぜひご協力下さい!!
◇男系維持の方法はある!国会議員やメディアにお知らせしましょう◇
kousitudentou.jpg
●皇室の伝統と歴史を守ろう。男系維持する方法あります。●
有志の皆様が作って下さった国会議員のメールアドレス帳はこちら。
国会議員&新聞週刊誌ワイドショー等メディアのアドレス帳はこちら(zipファイル)。
メールアドレス帳は「スパイ防止法案上程」「人権擁護法案阻止」「外国人参政権阻止」「北朝鮮への経済制裁要望」等にも是非ご活用下さい。


★★★毒吐き@てっくさんが旧宮家復籍キャンペーンフラッシュ作成にあたり、カンパを募集されています★★★
かなり大規模な計画になりそうです。いろんな著名人が噛んでます。これ以上は企業秘密。まだまだカンパ募集中です!

「島根県の竹島英文ページを検索に引っ掛かり易くする作戦」もよろしく。
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(転載開始) 韓国は「生かさず殺さず」で。 もーどーでもいいから太陽政策とか成果の無い失策続けてないで、早く統一して在日60万人を全員引き取れよ。 >【現状】 >◆日本から韓国大手企業LG・サムスンが撤退。  エコノミック・アニマル日本の常識...
2008/11/26(水) 12:40:23 | 日本愛国者

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