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ぼやきくっくりFC2版

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阪神淡路大震災から2年半後にこんな本が出版されていた

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【お知らせ:竹島の日プロジェクトについて】
1801kyokujitu-maru.jpg

 ブログで毎年やらせて頂いていましたが今年は実施しません。
 ほとんど更新できずアクセス数が激減しているのが大きな理由です。
 ご容赦下さい。
 画像(去年までの制作分)はどうぞご自由にお使い下さい。


 ★竹島プロジェクト2019
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 平成7年(1995年)1月17日午前5時46分。
 阪神淡路大震災発生。
 6,434人もの尊い命が奪われました。
 あれからもう25年も経つんですね。

 こちらは手元のスクラップブックに保存してあった、1月17日の朝日新聞夕刊一面とテレビ欄です(当時は朝日購読者でした(^^ゞ)。
 テレビ欄には通常番組も載っていますが、実際は関西では全局、震災特番になっていたと思います。

150117-00-1ichimen.JPG
[画像をクリックすると新規画面で拡大表示されます]

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[画像をクリックすると新規画面で拡大表示されます]

 神戸の震度は6とありますが、ご承知の通り、後に震度7の激震だったと判定されました。
 大阪でも、大阪市西淀川区の一部や、豊中市・池田市の一部で震度6に変更された場所があります。
 

 私は当時、大阪市天王寺区在住でした(震源からの距離は45kmほど)。
 ドーンと突き上げるような音と振動で目覚めました。
 畳の上に布団を敷いて寝ていたのですが、足下に置いてあったカラーボックスが倒れて、足を直撃(布団の上からだったのでケガなし)。
 暗闇の中、「これは普通の地震やない。死ぬかもしれん」と恐怖に打ち震えつつ、頭の近くにある大きなタンスを一生懸命両手で押さえたのを今でも鮮明に覚えています。
 東大阪市(震源から50kmほど)に住んでいた同僚は、高い階に住んでいたこともあり揺れが激しく、「ゴジラみたいな怪獣が襲ってきた」と本気で思ったそうです。

 最初の地震が収まり、NHKを付けて、部屋を片づけながらニュースを見たけど、この時点ではまだ大阪市内(在阪テレビ局が動ける範囲)の被害状況しか報道されておらず、神戸方面の震度は空白になっていました。
 当時務めていた会社はシフト制で、私は昼からの勤務だったので、仕事に差し支えると思い、二度寝しました。
 ところが午前10時半頃だったか、大きな余震が来て、また飛び起きました。
 再びNHKに合わせて、その時、初めて神戸方面や淡路島が大変なことになっていると知りました。
 神戸や西宮や芦屋あたりに住んでいた同僚も大変多く、彼らの安否が心配になりました。

 その時点で電車の多くは止まっていましたが、私は幸い自転車通勤でした。
 早めに出勤したところ、朝番で来ることができていた人はごくわずか。
 各社員に安否確認の電話をしていきましたが、昼頃からはもうほとんど通じませんでした。
 その後の数日間で少しずつ安否が判明していき、最後の1人の安否が確認できたのは、震災発生から約1週間後のことでした。
 幸い亡くなった人は一人もいませんでしたが、神戸方面の多くの人が長い避難生活を強いられることになりました。
 (後で分かったことですが、家屋倒壊率、死亡率が最も高かったのは神戸市ではなく、それぞれ芦屋市と西宮市でした)

 ただ、彼らは皆、全くと言っていいほど悲壮感がありませんでした。
 もっと言えば、「ネタ」にして笑いを取る人もたくさんいました。
 例えば、西宮市在住の同僚が、退社時に「大阪で銭湯寄って帰るねん~(笑)」と洗面器など一式が入ったバッグを見せてくれたり。
 関西人ならではの「したたかさ」とでも言いましょうか、どんな時でも笑いに変えて場を盛り上げようとする独特の気質があります。
 ストレス発散したり、不安を紛らわせたいという気持ちも同時にあったのかもしれません。


 さて、ここからが本題。
 年末に書棚を整理していて、見つけた本。

200117daisinsaiMeigen.JPG

【大震災名言録 ─ 次の災害を乗り越えるための知恵】

 藤尾潔さんという方の著書です。
 神戸市垂水区生まれ、東灘区育ち。
 内容は、被災者の方々の「ネタ」の聞き書き。
 悲喜こもごもをユーモアたっぷりに紹介しています。

 私が持っているのは光文社から出た文庫版で2001年1月初版発行ですが、単行本として最初に発行されたのは1997年8月だそうです。
 震災からわずか2年半でこのような本が世に出たことに、当時驚いた人も多かったと思います。
 不謹慎だと怒った人もいたかもしれません。
 私自身はそういう声を見聞きしたことはなかったですが。

 実際当初は全く売れなかったそうですが、朝日新聞などマスコミで取り上げられたり、作家の田辺聖子先生が推薦文を書いてくれたりで、徐々に売れていったのだとか。
 全国的にはともかく、関西ではかなり売れたのではないかと思います。

 短いもので数行、長くても3ページ程度の「ネタ」が多数掲載されています。
 少し紹介します。

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<人生のダイヤ>

 阪急電鉄神戸線をボーダーに、そこより北の地域に住んでいた人は、「えらい激しい地震やった」ことはわかっていても、べつに周りの家も大丈夫なうえ、テレビも映らないため、「大震災」であることがわからず、七時ごろに出勤しようと家を出た人も少なくなかった。
 K君もその一人で、何の変哲もない紺色の背広に髪を整え、茶色の革のサラリーマンバッグ一つを持って阪急岡本駅に行き、駅員に、
 「ダイヤそうとう遅れますよね?」
 と聞いた。
 するとその駅員にすかさず、
 「きみ、ダイヤどころやない。みんな人生のダイヤ狂ったんや」
 と返されたという。


<最も安全な部屋>

 「おまわりさん、地震来たらおれらどないなんの?逃げられへんやん」
 とは、留置場入りした人が発する問いかけとしては震災の前々からかなりポピュラーなもので、看守役の巡査は、
 「あんなあ、こんなようけ鉄格子はまったうえ、ぶあついコンクリートがビターとかたまってあんねん、ぜったい壊れへん。おまえらえーなー、悪いことしていちばん安全なところにおんねん、ええなあ」
 と受けるというのが一つの儀式のようになっていた。
 巡査の言葉はうそではなく、警察署の建物が倒壊したところでも、留置者の怪我人はなかった。


<謎の土>

 航空会社に勤める定年前のサラリーマン・J氏は、陶磁器のコレクションが趣味である。
 芦屋市にある自宅は全壊をまぬがれたものの、二十年以上にわたって収集し、ものによっては親から引き継いだ、李氏朝鮮から伊万里、信楽、唐代チャイナから現代に至る名品の数々は一つ残らず割れた。
 ゴミとして捨てざるをえなかったJ氏、
 「どこに捨てられるかしらんけど、将来考古学者がそこを放射性同位元素使って年代測定したら、九〇〇年代から一九九〇年代までごちゃごちゃにあって、訳わからんやろな」
 と科学的に分析していた。


<こんなこと言うたらなんやけど>

 「悲惨な状況を話したい」
   +
 「関西人としてはオチをつけたい」
   +
 「周囲に対する配慮」

 などの相反する複雑な欲求を満たすうえで、被災者の会話の中にしばしば挟みこまれたフレーズ。
 スーパーの買い物で並んでいたり、鉄道の代替バスを一時間も二時間も待っていたりすると、前にいる兄ちゃんたちの会話を、いやおうなくずっと聞かされてしまう。
 「まあこんなこと言うたらなんやけど、アパートの壁がまるごと取れてしもて中身がそのまま丸見えのやつ、あれ『リカちゃんハウス』そっくりやね」
 「まあこんなこと言うたらなんやけど、地震が来たルートちゅうのは関西人が徳島の阿波踊りで淡路島通っていくときとまったく同じルート通ってきたんやね」
 「まあこんなこと言うたらなんやけど、阪神高速の倒壊現場、あの真ん前にちょうど土木作業服の専門店があったんやね、のぞいたら店員ニコニコしとったで」
 と、延々「まあこんなこと言うたらなんやけど」を連発し、それを、
 「まあ笑ろたらなんやけど」
 で受けつづける二人組の高校生がいた。


<前兆>

 「去年からネズミが少なくなっていた」
 「ペットの犬の気性が荒くなっていた」
 など、予兆についての証言が相次いだが、
 「そういうたら去年の秋からやたらと夫が食べ放題の店に行きたがっとった」
 と証言した主婦も。


<気配り的暴動>

 ロス地震などに比べて、阪神では略奪のようなひどいことはなかったと言われている。
 一日目、水を求めてさまよう被災者は、バタバタと道に倒れている自動販売機に駆けよった。
 そこからがロスと違うところで、阪神被災者たちは、
 「WOOOO!」
 と絶叫するかわりに、
 「皆さん、これは倒れておりますからもうもらっといてもいいでしょうかね」
 とか、誰にともなく言いながら、ロスなればハンマーで叩き壊すところを、日曜大工のねじまわしのようなものでちょこちょこと開け、
 なお、
 「まだたくさんありますから、どうぞ皆さんもお持ち帰りください」
 と、周囲に気配りしながら持ち帰っていた。
 パトカーも彼らを捕まえ、蹴り回す代わりに見て見ぬふりをして去り、シンポジウムでその状況を報告したジャーナリストも、
 「私も一本もらいましたけど」
 と最後につけ加えるなど、みんな大人であった。


<ファイナルファンタジーばあさん>

 救援物資が、送った人の予想をもはるかに超えて大活躍した例も。
 『西新(せいしん)第七仮設』では、外は何もない原っぱ、近隣との交流はほとんどなし、三宮など街の中心地に行くには片道二千円近くかかるため行けず、と、年金でつつましく暮らす独居老人はすることがなく、ヒマと孤独をもてあましていた。
 おかげで、それまでさわったこともなかったのに、ボランティアが持ってきた救援物資の中古ファミコンで突如ゲームに開眼、左手親指にファミコンだこをつくりながら、一年でファイナルファンタジー I から III までクリアした大正生まれの老女がいた。


<執念深いクモの子>

 駅前など人の多いところでは、公衆電話の前に列ができた。
 当日から二日目あたりまでひっきりなしに震度3,4の余震が続き、人々はそのたびにクモの子を散らすように逃げ、揺れが収まるとまた列をつくることをくり返した。
 ただ、みな前後の人の顔を執念で覚えており、何度ブレイクしても並び直すときは順番が正確に再現された。


<国家公務員集団>

 救助も撤去も復興も自衛隊の大規模な、それでいて黙々とした活動ぬきには考えられなかった。
 崩落した住吉川の土堤を一晩で修復してしまう秀吉の一夜城的な大活躍など自衛隊が神戸人を驚かせ、感動させた例は多い。
 何よりその体力は驚異的で、命令さえ出れば二晩連続の徹夜作業など平然と鼻歌まじりにやっていた。
 そのがっしりとした体格もすばらしく、神戸人をして、
 「さすがは国家公務員や。あれに比べたら警察官はやっぱり地方公務員やな」
 と言わしめた。


<やらせなし>

 震災当初、テレビの現地レポートは当然下調べなどする余裕もなくぶっつけ本番で、
 「この倒壊家屋は……アッ犬がいます、犬だけ助かったみたいですね……」
 と中継しているさなか、横から、
 「ワシ生きとるわい」
 と家人につっこまれていた。


<後追い取材>

 他局の番組で「おばあさんが救出され、家族が泣いて喜んだシーン」を見た某局スタッフのチーム、
 「うちでもこの人、取り上げよう」
 と、「東灘区B町」という地名だけをたよりに探しに来た。
 通りがかりのB町住民に、
 「ほら、あのテレビで映ってたおばあちゃん、ご存じありません?」
 と聞いて、
 「うち、今テレビ映りまへんねん」
 と返されていた。

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 今回は紹介しませんでしたが、避難所やボランティアにまつわる「ネタ」も読み応えがあります。
 というか、この本にも書かれてあるような避難所やボランティアの混乱ぶりを見て政府も自治体も民間も大いに学び、東日本大震災など後に発生した大災害に活かすことにつながってきたわけですよね。

 もう絶版になっていますが(古書なら入手可能)、Kindle版が出ていることに最近気づきました。



 【忘れるくらいなら、笑ってほしい】という副題が付いています。
 初めて出版された1997年や、文庫化された2001年の副題は【次の災害を乗り越えるための知恵】でしたから、全く違う文言に変わっているのが分かります。

 震災から長い年月が流れ、関西でも風化が進んでいます。
 今年は発生からちょうど四半世紀ということで、さすがに関西のメディアは大きく特集を組んでいるところが多いですが、全国的にはきっと扱いは小さいのでしょう。
 【忘れるくらいなら、笑ってほしい】という文言は、震災を風化させたくない被災者の本音がよく表現されていると思います。

 繰り返しになりますが、最初の副題は【次の災害を乗り越えるための知恵】でした。
 近い将来かなりの高確率で発生すると言われている首都直下地震や南海トラフ巨大地震に備える意味でも、読んでおいて決して損にはならない本だと思います。




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