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追悼 阿久悠さん

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 私は雑誌「正論」をほぼ毎月購読しています。
 阿久悠さんの連載【あQ巷談 昭和二桁晩節日記】は一服の清涼剤でした。

 連載中、たびたび「病院」「入院」「療養」などの文言が登場していましたから、体調がもうずっとあまり良くないことは存じ上げていましたが、まさかこんなに急に旅立たれてしまうとは……。残念でなりません。

 ワイドショーで阿久悠さんが作詞をされたヒット曲が次々紹介され、「えっ、この歌もそうなの?」「えっ、この歌もですか!?」と、一人でびっくりしてました。

 先ほどNHKでやっていた追悼スペシャルは夫と二人で見てました。
 ピンクレディーの「UFO」は歌詞も振り付けも未だに覚えていて、思わず歌いながら踊ってしまいましたよ(^^ゞ

 北原ミレイさんの「ざんげの値打ちもない」は、一時期カラオケでよく歌わせていただきました。……「くっくりさん、アンタいったい何歳やねん」って?私はピンクレディーどんぴしゃりの世代ですよ、念のため(^^ゞ

 「宇宙戦艦ヤマト」も阿久悠さんだったんですね。昔、ヤマトが大好きだったのに、すっかり忘れてしまってました(T^T)

 阿久悠さんの代表作がオフィシャルサイトで紹介されています。皆さんも「え、この歌も!?」と“びっくり”して下さい(^_^;
 
甲子園出場校決定の日…阿久悠さん逝く(スポニチ8/2)
 沢田研二の「勝手にしやがれ」やピンク・レディーの「UFO」などのヒット曲を手掛け、昭和歌謡界の黄金期をリードした作詞家で作家の阿久悠(あく・ゆう、本名・深田公之=ふかだ・ひろゆき)さんが1日午前5時29分、尿管がんのため、東京都港区の東京慈恵会医大病院で死去した。70歳。今年は作詞家生活40周年。この日は高校野球の甲子園出場校が出そろった日だった。通夜、葬儀は近親者のみで行い、後日、送る会を開く予定。喪主は妻雄子(ゆうこ)さん。

 阿久さんは01年5月、病院で健康診断を受けた際、腎臓がんが見つかった。米中枢同時テロが起きた前日の同年9月10日に入院して手術を受け、腎臓の1つを摘出した。以来、入退院を繰り返したが、今年5月から本紙で、自らの作品について時代背景を交えながら書く「阿久悠の昭和ジュークボックス」の連載を開始。7月10日に入院後も執筆を継続し、同22日付の伊藤咲子「ひまわり娘」で第1部を終了したが、第2部再開に意欲を見せていた。

 作詞家として手掛けた作品は約6000曲。日本レコード大賞、日本歌謡大賞、日本作詩大賞など多数受賞。最後の作品はペギー葉山のデビュー55周年記念シングル「神様がくれた愛のみち」(7月25日発売)だった。
 企画、審査員として携わった日本テレビ系「スター誕生!」からは森昌子、桜田淳子、山口百恵の「中3トリオ」、岩崎宏美、小泉今日子、中森明菜ら数多くのスターが生まれた。

 作家としては、映画化された「瀬戸内少年野球団」(直木賞候補作)や、「殺人狂時代 ユリエ」(横溝正史賞受賞)などを執筆。日本の家族を題材とした「家族の神話」「家族元年」、大人の恋愛小説「結婚式」「あこがれ」など作風は幅広かった。

 野球をこよなく愛し、79年から本紙で「甲子園の詩(うた)」を連載。毎年、夏の高校野球大会の48試合をすべて見て詩を書く力作で、都立雪が谷高校、岩手県の高田高校、新潟県の新発田農業高校などが歌碑にした。阿久さんは79年の箕島対星稜戦を「最高試合」としていた。
 97年、30年間にわたる作詞活動により第45回菊池寛賞を受賞、99年には紫綬褒章を受けた。

 自らの長年の活動については「今までにはないものを作ったという自負はある」と語っていた。

 阿久 悠 1937年(昭12)2月7日、兵庫県津名郡鮎原村(現・洲本市五色町鮎原)で生まれた。明治大学文学部卒、同大学院修士課程修了。広告代理店「宣弘社」で番組企画、CM制作などに携わった後、フリーに。ペンネームは「悪友」から。67年、初めてレコードA面のザ・モップス「朝まで待てない」を作詞して以来ヒットメーカーに。99年、スポニチ文化芸術大賞グランプリ受賞。

 阿久悠さんといえば、誰もが名前を知っている超売れっ子の作詞家。
 それ以上のことは特に意識していませんでした。1979年夏の甲子園、この名試合に捧げた阿久悠さんの詩を読むまでは。

箕島対星稜 (第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦)〈Wikipedia〉

 私は当時和歌山に住む中学生でした。当然、箕島高校を応援していました。
 この試合のことは一生忘れません。今思い出しても鳥肌が立ちます。

 試合の翌日だったか、新聞でこの試合をテーマにした阿久悠さんの詩を読んだのです。さらに感動の度合いが増しました。

 28年も前のことですからあまりよくは覚えてないのですが、このような文言が散りばめられていたと思います(覚えてる方がおられたら教えて下さい)。

 “何と表現すればいいかわからない”
 “「奇跡」と呼ぶのはたやすい。しかし「奇跡」は一度だけだから「奇跡」なのであって、二度起これば「奇跡」ではない”
 “君たちが去った後、甲子園は秋になった”

 大好きだった箕島高校が甲子園に出なくなって以降(智弁などの私立校が和歌山に進出してきたため、公立の箕島には厳しい状況になってしまったのだろうと推測しています)、私はすっかり高校野球には興味を失ってしまいました。

 そういうこともあって今まで知らなかったのですが、阿久悠さんは2003年(平成16年)までの26年間、夏の高校野球の全試合を観て、1日1篇の詩を書かれていたそうです。

 スポニチ紙上でこの「甲子園の詩(うた)」の連載がスタートしたのは、奇しくも箕島対星稜の名試合があった1979年(昭和54年)とのことです。

 2004年以降は1日1篇というのはなくなったようですが、特別篇として準決勝、決勝の詩は書かれていたみたいです。
 オフィシャルサイトに、「甲子園の詩 特別篇 2006年夏」が掲載されています(05年以前はトップページからどうぞ)。


 一方、阿久悠さんは産経新聞「正論」執筆メンバーでもありました。
 産経新聞生活面にコラム「阿久悠 書く言う」を今年6月9日まで連載されていました。
 産経抄8月2日付によれば、阿久悠さんはこれを「遺言のつもりで書いている」と漏らしていたそうです。
 最近のものはネットで見ることができます。こちらのページの一番下にリストがあります。

 6月9日付の最終稿から少々引用。
 これは自殺した松岡農水相(当時)の遺書が公開されたあとに書かれたものです。

【阿久悠書く言う】国会が荒れるということは荒れる人間を選んだ人がいたということ(産経6/9付)
 国会が乱れている。国会が乱れているということは、国全体が乱れているということである。主権者であるとされている国民は、国会が乱れてくると、誰もかもが困ったものだと議員たちを責めるが、その議員たちを自分が選んだ反省を口にする人はいない。

 主権者が突然傍観者になり、評論家になるのである。「私が一票投じた人があんな悪いことをして、まことに申し訳ない」と泣いた主権者を見たことがない。これでは永久に民主主義は機能しない。

 耳が痛くなったのは、私だけではあるまい……(T^T)


 エントリーの最初で私は、雑誌「正論」の阿久悠さんの連載【あQ巷談 昭和二桁晩節日記】が一服の清涼剤だった——と言いましたが、軽快なその文章の中に、現代日本を考える上で心にズシッと来ることが、よく書かれてありました。

 手元にある雑誌「正論」バックナンバーから、いくつか抜粋引用させていただきます。
 赤い文字強調は引用者によります。

平成十六年六月四日 晴

 国会が荒れる。「年金法案」をめぐってである。強行に成立に持ち込もうとする与党も鈍感だが、これに反対して、抵抗の意思表示をする野党の知恵と戦略も、鈍感のパフォーマンスのそしりを免れない。

  国会がかつての如き猿山に
  抵抗すれどシンパシーなく

 野党は、一体誰が指令塔なのかわからないが、アンテナがない。あったとしても、アンテナの向きが違っている。ようく考えてほしい。人々は、「反対する人」を求めているのではない。反対はあくまで入口の意志で、想像力と創造力のある次なる人を求めているのである。従って、先の期待を感じさせない、反対のための反対のパフォーマンスは、「鈍感罪」に値すると云われても、仕方がないだろう。古く、醜くかった。

平成十七年一月五日 晴

 そんなこんなで、犯罪が軽くなったなと思う。世間も軽くしているなと思う。重い犯罪を軽く行うことを、まるでトレンドのように云っている人もいる。犯罪を実行することに恐怖が働かないのはなぜだろうか。本当は恐いものなのに、恐いと感じないのは、何の部品の欠落によるものであろうか。

 昔から極悪人は大勢いたが、どんな極悪人でも捕まれば磔(はりつけ)、火焙りは覚悟してやっていた筈である。だから、犯す側も恐い。だが、今の犯罪者にはそれが感じられない。大罪の意識もないし、罰に対する怯えも見られないのである。

 (中略)嗚呼!二十一世紀にもなって、火付け・子攫(さら)い・押し込み・ひったくり・金庫破り・偽金造り、それに加えて、子殺し親殺し、もう一つ主殺し、振り込め詐欺か。江戸じゃないんですぜ、平成ですぜ、二十一世紀ですぜ。何とかしましょうぜ。

 「盗んで悪いんですか?」「欺してはいけないんですか?」「殺しちゃ駄目ですか?」そんなことを真顔で問われる前に、打つ手が必要でしょう。

平成十七年五月五日 晴

 コワイコワイ社会の中で、子どもは守らなければならない。しっかりと完全保護下に置くと、子どもの中に不完全燃焼の稚気が残って悩ましい。そして、そのような親と子が、ともに健全な独立が果たせるかと考えると、これもコワイ。しかし、誰が狙っているかもしれないから、外の空気は吸わせられない。

 ぼくらは幸福だった。ほったらかしだった。被害を受けるという思いはなく、被害を与えそうな素質だけを、時々の鉄拳で正された。ぼくらは、まず生きるための野生を身につけ、その次に、社会で存在するためにそれを洗練させるというのが順序だった。

 子も親を十二歳まで壁と考え、親も子が十二歳になると、やせがまんでも背中を向けて自立を促した。だから、ぼくらは、勝手に転がる石になれたのである。

  転がる石はどこへ行く
  転がる石は坂まかせ
  どうせ転げて行くのなら
  親の知らない遠い場所…

 などと言えない社会を誰が作ったか。

 子どもが減ってはいけない。それは、今ある社会を維持するために必要ということではなく、国の活力として子どもがほしい。

平成十七年六月八日 曇

 《引用者注:サッカーW杯ドイツ大会のアジア地区最終予選、日本が北朝鮮代表に快勝した試合を見て》

 そこで、ふとぼくは、いつもの悪い癖で冷静になる。歓びながらも考える。

 それは、日本代表はどうして全員がミッドフィルダーに見えるのだろう、ということだ。攻撃のフォワード、防衛のディフェンスももちろん立派に機能しているのだが、タイプは、頭脳を効かして指令塔の役を果たす、あるいは、自由に泳ぎまわるミッドフィルダー的である。

 何やら全員がスマートに振舞いたい、兵隊と汚れ役をやりたくない日本社会の縮図に思えた。このての読み過ぎは全く悪い癖だ。

平成十七年七月七日 曇

 《引用者注:2012年五輪開催地に決まった翌日、ロンドンで起きた同時多発爆弾テロについて》

 災害は忘れた頃にやって来るというが、犯罪も同様で、忘れた頃を見澄ましていたかのようにやって来る。

 二〇〇一年九月十一日で、あれほどテロに対する恐怖と怒りを感じていたのに、三年半が過ぎると、どこかフィクション化してしまっていたようなところがある。

 人は恐怖や憎悪にさえ慣れるということか。普通に暮らす普通の人々の心も、普通を普通であらしめるために戦う為政者の気持ちも、一瞬の狂気の時を過ぎると、意に反して忘れてしまう。

 都合のいいことだけを逆利用するが、肝心の安全対策や正義の行使は済(な)し崩しにして、単なる「伝説のオバケ」にしてしまっていたのだ。

 だから、あれ以後も平気で超高層ビルを林立させるし、超特急は走らせつづける。人間は懲りない。人間はすぐ忘れる。人間は都合を優先する。挙句、一度起こったところはもう大丈夫的な非論理を言う人も出て来る。ハシカではないのだから、隙間だらけで標的の価値があれば何度も起こるだろう。

 (中略)国会議員は何を見ているのだろうか。国会議員の視力と視野の結像能力(ピント合わせ)を知りたいと思う。この日、世界が驚愕しているのに、テレビに映った日本の国会議員は、反小泉の「造反有理」を叫ぶ人の顔であった。

平成十七年十二月十日 晴

 《引用者注:京都府宇治市の小六女児殺害事件で学習塾講師逮捕、栃木県今市市の小一女児殺害事件発生などに触れた後》

 この国の人々は一体どうなってしまったのかと慄然とする。一体何を得る代償に魂を売り渡してしまったのか。

 腰が退(ひ)けた理想論を語り合っている間に、悪魔が棲みついてしまったか、としか思えない。悪魔は悪相ではなく、愛想よくエゴの隙間に入り込んで来るのである。六十年あれば体内に居場所くらい作るだろう。

 この国の人々はどういう育ち方をしたのか。本当の恐怖と本当の憎悪を知らない人間は、恐怖や憎悪を場違いの時に発揮する。

 これはもしかして幸福病、みんなに同じ分量の幸福が分配されるものだと信じている、幸福平等主義の祟(たた)りかもしれない。

平成十八年二月十一日 晴

 《引用者注:トリノ冬季五輪開会式について》

 ぼくもいくらか経験があるが、このての大イベントの演出に盛り込む、「かつてあった国の姿」と「今ある国の力」と「やがてある国のあり方」のどれかに、照れるものである。あざといようですが、やっぱり伝えなきゃならないでしょう。今さらですが、という腰のひけ方だ。しかし、今日、トリノの演出をお見事と感じたのは、その腰のひけがないことで、テンコモリの要素がそれぞれに誇らしげであった。

 ただ、「イマジン」はどうかな。ずいぶんと好評だったようだが、現代の平和のメッセージとしては、そよ風に過ぎる感じがしないでもない。名曲で好感曲だが、平和を背負わせたり、平和のイメージに使われると、心地いいだけに、平和が少したやすいものに思われてしまう危険があるのではないかと、チラと感じたということだ。チラとね。それ以上の感想ではない。

平成十八年四月六日 曇

 週末なので、病院で三時間努力と忍耐の時を過ごしたあと、妻の運転で伊豆へ戻る。テレビをかける。民主党の代表選挙を実況中継しているのである。着替えながら、目と耳はテレビに集中する。何を語るか。

 それにしてもここ数日、テレビが示してみせた民主党への異常なる好意には、驚かされる。あたかも、この選挙で勝った人に、日本という国を託すかのような雰囲気作りで、少々以上の作為を感じる。

 そもそもは致命的大失点の修復と、出直しの謙虚な決意表明に過ぎなかった筈なのに、バカ騒ぎともいえるテレビのハシャギようで、むしろその正体と魂胆を見きわめたい気持ちでテレビを見た。

 小泉純一郎の演説の時の目の高さは、たとえば大ホールの二階最前列あたりを見ている。菅直人は一階中央部、それに比べて小沢一郎は演台から一階最前列にかけての目線で、国民へという広がりは感じられなかった。これは習癖であろう。

 それでも、小沢一郎待望論は一部には強いものがあるようで、好意と敬意に満ちた扱いをされている。よっぽど凄いのか、よっぽど恐いのか、ぼくらにはわからない。ただ、若かった前代表たちに対する態度とは明らかに違って、どこか腰がひけている。そう見える。それに首を傾げる。

 「変わらずに生きるためには、変わらなければならない」という、ルキノ・ビスコンティ監督の「山猫」の中の有名な台詞の引用を、小沢の決意、小沢は変わると伝えていた。

 変わるとは如何なることか。我(が)も個性も捨てて、今の民主党に溶けるということか。それではつまらない。

 パフォーマンスは装うことではなく、自らを発揮することをいう。発露でもいい。最大限の自分の表明がパフォーマンスであって、芸事とは違う。

 愛敬がよい小沢一郎は、シンパであろうが意地悪なウォッチャーであろうが、期待していないだろう。「変わる」とは、変身でも変心でも変節でもなく、「情勢を知る」という意味である。

 「パフォーマンス」と「変わる」を、くれぐれも誤解なきように。

平成十八年六月九日 雨

 《引用者注:村上ファンドの村上世彰の逮捕について》

 逮捕の前に講演会のような記者会見をして、そこで一応、罪を認めるとか、謝罪するという形を取ったのだが、テレビを通して見たり聞いたりした感じでは、「私が悪い」も、「私の罪だ」も、「謝罪する」も、「残念だ」も、ぼくの持っている辞書とは言語解釈が全く違っているのではないかと思った。これらの言語は、威張った姿勢で昂揚して、ハイトーンで語るものではないのである。

 結局は自らのことを「プロ中のプロだ」と世間に念押ししただけに過ぎない。

 ぼくはもう二十年も前からくり返し、日本人が悪く卑しくなったのは、「あの人は金儲けは下手だけど、立派な人です」という評価がなくなったからだと云っているが、まさにそれを証明するような会見だった。

 こうなれば意地になって、金儲けは下手で立派な人を探さなければならない。

平成十八年八月七日 晴

 車中、ボクシングのことを考える。もちろん出がけに見たテレビでの、亀田父VSガッツ石松・やくみつるの激論に端を発している。

 現在の異様な祭りじみたボクシングブーム——亀田一家とTBSと協栄ジムを頂点とした——が、どうのこうのとは言わないが、ぼくの胸のうちにあるボクシングの風景、あるいは、響きや匂いといった文芸的刺激とはこういうもので、それがたまらなく好きだったということは、確認しておきたい。

 (中略)昭和三十年代で、何がきっかけかボクシングブームになり、テレビも民放各局がゴールデンに放送枠を持っていたが、それでもぼくは、主として後楽園ホール、特に浅草公会堂、世界戦は両国の旧国技館や後楽園球場で見た。そこに空気があり、匂いがあったからである。

 会場は暗かった。リングの上だけに照明があり、リングは手術台のようであった。そこで二人の男が、おたがいの生活と、さらに人生を手術し合う。静寂が常であった。騒ぐと、リングを中心に満ちている何ともいえない緊張感、あるいは殺気、闘うことの逃れ難い悲愴が消えそうであった。

 音楽はない。手拍子もない。声はある。死ぬことを促す残酷な発破と、負けを許さない覚悟を強いる檄が飛ぶ。そして、少数の笑い声。やがて始まる孤独な男たちの、何かを求めての黙々としての闘技。皮の塊が肉を叩くドスドスという音。キャンパスをシューズの底が擦る小動物の悲鳴に似た音。挑む目。怯えた目。腫れた瞼。滲む血。なのに規則正しい呼吸。一瞬のクリーンヒット。顳●(こめかみ。●=「需」ヘンに「頁」)はテンプル。顎はジョー。顎先はチン。美しいと息を呑む飛び散る汗。肉眼なのにスローモーションで見える。

 静寂。遅れてどよめき。地味に地味に。勝者に手渡されるささやかな賞金と、貧しい賞品。誰もこのボクサーたちの過去も現在も考えないし、ましてや、家族のことなど思わない。そこだけの時間、そこだけの世界、そして何百人かに一人がそこをぬけ出して、誰もが知る場所に出て行く。そういうことが好きだった。

 「ボクシングに光を当ててあげたい。しかし、当て過ぎるとボクシングでなくなる」

平成十八年九月八日 雨

 安倍晋三「美しい日本」、麻生太郎「日本の底力」、谷垣禎一「絆」

 どなたでも、日本をよろしく。そして、日本を売らないように。

平成十八年十月六日 豪雨

 国会で——正確にいうと衆院予算委員会で、田中真紀子議員が質問に立ち、安倍晋三新首相と対決した。中継は見ていなかったが、夕方のニュースで各局が、わざわざ愚にもつかない部分をピックアップして、バラエティを構成していた。

 この有名な元外相は、自らの存在の軽さを自らで証明するように、場を弁(わきま)えない発言をする。才はあるだろうにこれほど空気の読めない人も珍しい。よほどのハコイリで、世間の声が耳に入っていないのだろうか。そうだろうな。失笑のざわめきが立ち籠める中で、大得意で胸を張る。

 五年前は面白かった。一瞬だが笑ったこともあるし、感心したこともある。しかし、今は違う。国民は、笑うべきものと、決して笑いを持ち出してはならないもの、場と空気が存在することを、しっかりと学習したのだ。彼女に大役を与えた民主党は、「さあ、笑わせておいで。この世は笑いを待っている」とでも言って送り出したのであろうか。

 揶揄はみっともない。自分の不都合を上げやすい低い棚と、小さな小さな鬼の首を取った騒ぎはタブーだ。

 「小さな子どもが玄関先でパパの靴をいたずらで履いて、道路に出て来た印象。右の方へ右の方へと寄って歩いて行きそうで、危なっかしいなという印象を持っている人もいる」と、新首相をからかったそうだが、じゃあ、自らは左なのか中なのか、それをはっきりさせてから言うべきだろう。

 左の方へ左の方へが、どのくらい素晴らしく利のあることだと思っているのか、寄席芸人ではなく政治家なのだから、その部分の主張と説得を語るべきであっただろう。

 このことに関して、某局の某番組のベテラン女子アナが、「さすが真紀子さんですねえ」と持ち上げていたが、横にいた若手—中堅か—の女子アナが、「六十分であれだけではね」とバッサリと斬った。

 おそらく、後者の感想の方がニュートラルで世論に近いと思うのだが、古い古い体質のテレビは、まだ田中真紀子議員の一発毒舌を面白いと思っている人がいる。

 こんな人たちの、敬意に欠けたご期待に答えて、笑いを考えなくてもいいのにと、ためいきとともに思う。

平成十九年一月十七日 雨

 今日は、阪神淡路大震災から、まる十二年にあたる。不幸にして亡くなられた方には十三回忌になる。一九九五年(平成七)年一月十七日午前五時四十六分、ぼくは神戸も淡路も深い縁があるので、それはまだ、よく記憶している。

 (中略)神戸の廃墟の風景は何を教えたか。繁栄の時間は一瞬で逆行するということだ。アッという間に神戸の街は、繁栄の近代都市から、一九四五年(昭和二十)年、第二次世界大戦の焦土の街に戻ってしまったのだ。五十年間は何だったのか。

 科学文明が進み、不可能はないと豪語し、それを享受していたが、大地震一発で、それらのすべてが無力になる。本来こういう時にこそ役に立てたいクルマが使えない。世界中ネットワーク出来ると誇っていた電話も、ほとんど通じない。家族の安否さえ確かめられないのである。

 結局、焼け跡や廃墟の壁に、五十年前と同じように、連絡先を書いた立て札を立てたり、貼り紙をしたりすることになる。「○○家無事、××に連絡を下さい」——何が科学文明は幸福をもたらすだ。涙の立て札に勝てないではないか。

 ITよ、この時の赤っ恥を思うと、もう少し謙虚になっていい筈なのだが、今、ますます威張り返り、二十一世紀の神だとでも言いたい態度でいる。全く、そんなことがあったかいなというトボけた顔で、通信は世界を繋ぐ、人を繋ぐなどとホザいているのだ。赤っ恥からまだ十二年なのに。

平成十九年四月三十日 晴

 西武ライオンズの裏金問題に端を発した、高校野球部の特待生制度が大騒ぎになっている。特待生制度そのものが闇であるとは思ってもいなかったので驚く。他の原稿にも書いたのだが、奨学金が美談で特待生制度が闇取引きとは、あまりにも体育とか学業以外の才に対する敬意が無さ過ぎる。

 国は憲法の改正か否かで国論二分の状態だが、高校野球にも「日本学生野球憲章」というのがあり、これの護憲派ががんばっているということか。こっちもそろそろ改憲でいいのではないか。

平成十九年五月八日 晴 《雑誌「正論」最後の掲載》

 午前の治療の終わった後、NHK・FMの「ミュージック・メモリー」録音のため、外出許可を貰う。
 体調最悪で歩行もやっとという感じであったが、録音開始とともにシャキッとした。プロ意識か、職業病か。

 フランスの新大統領、右派のニコラ・ラルコジ氏は過激にしゃべる。その語録。

 「相撲はインテリのスポーツとはとても思えない。太った……」
 「京都にしたって、どこが刺激的なのかわからない。」
 「社会のクズは放水で一掃する。」
 「フランスが嫌いなら、今すぐにも立ち去るべきだ。」
 「非常に光栄なことだ。英語には苦労しているから。」
 「私には夢がある。」
 「すべてのフランス人の大統領になる。」

 今日、大関栃東引退。

 どうですか?心にズシッと来ましたか?

 最後になりましたが、阿久悠さんのご冥福を心よりお祈りいたします。


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