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集団自決 真実を語れない沖縄の特殊性

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「河野談話」の白紙撤回を求める署名
 「河野談話」の白紙撤回を求める署名にご協力を!

 25日の署名一時提出と米国大使館デモは延期、4〜5日ずらすそうです。最新情報はよーめんさんのブログでご確認下さい。
 

 さて、本題。
 6月23日は「沖縄慰霊の日」でした。

 沖縄戦では軍民合わせて18万8000人が戦死、うち、沖縄県民の犠牲者は12万人を超えたそうです。
 亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りするとともに、今日は沖縄戦集団自決「軍命令」問題について考えてみたいと思います。
 
■慰安婦問題と似ている沖縄集団自決「軍命令」問題

 少し前の記事になりますが、まずはこちらをご覧下さい。

【正論】現代史家・秦郁彦 沖縄戦の集団自決と大江氏裁判(産経07/4/14)
■両守備隊長の優れた人間性明らか

≪高校教科書修正の当否≫

 3月31日の新聞各紙は、沖縄戦における住民の集団自決に関する高校教科書の記述の修正結果を1面で大きく報じた。

 たとえば三省堂の日本史Aの「県民は日本軍に〈集団自決〉を強いられ…」とした申請を、文科省は「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」と指摘、主語を抜いた「追いつめられて〈集団自決〉した」へ変わった。他の教科書(6冊)の申請、指摘、修正もほぼ同じである。

 この修正に対し産経、読売は肯定的、朝日、毎日は否定的反応を見せたが、執筆者や出版社からの抗議は出なかった。教科書の記述が実態にそぐわないことに気づきはじめていた執筆者たちにとって、文科省の修正要求は「渡りに船」だったとも考えられる。

 しかし、朝日、毎日は「当日の軍命の有無ではなく」とか「検定は日本軍の加害性を否定するもの」のような識者の反論を掲載、4月4日付朝日新聞朝刊の「天声人語」は「修正後の表現は状況があいまいで、住民が自ら死を選んだ印象が強い。これまでの検定では合格していた表現なのに」と不満を並べている。

 慰安婦問題で官憲の強制連行はなくても、全体としての強制性はあったはずと強弁するに似たすり替え論法と見受けた。では事実はどうか。

 ≪稀に見る人権侵害的記述≫

 軍命令説の起源は、戦後まもない時期に沖縄タイムスが刊行した『鉄の暴風』(昭和25年)で、それが子引き、孫引きされて広まったのだが、渡嘉敷(とかしき)島の場合は曽野綾子氏の『ある神話の背景』(昭和48年)によって全面否定され、赤松嘉次守備隊長はむしろ「自決するな」と制止した事情が明らかになった。

 座間味(ざまみ)島の場合も、自決を指示したのは村の幹部で、そのための手榴(しゅりゅう)弾をくれという要請を梅沢裕守備隊長は拒絶し、谷間で生きのびてくれと指示した事実が明確となり、県史もその線に沿った訂正をすませている。

 真相の解明がおくれたのは、別の事情もあった。遺族が厚生省(当時)の援護年金を受給するには、軍命令があったという形式を取る必要があり、両守備隊長も「お世話になった村のために」と了承し、沈黙を守りつづけた。

 そこで90歳の梅沢元少佐(と赤松氏の遺族)が「汚名」をそそごうと、作家の大江健三郎氏(と岩波書店)を相手どって平成17年夏、謝罪と著書『沖縄ノート』の出版差し止めなどを求め大阪地裁へ提訴したとき、私はついでに沈黙を守ればよいのにと思わぬでもなかった。

 だが、くだんの『沖縄ノート』を読んで、その思いは砕かれた。大江氏は両守備隊長を集団自決の命令者だという前提で、「ペテン」「屠殺(とさつ)者」「戦争犯罪人」呼ばわりしたうえ、「ユダヤ人大量殺戮(さつりく)で知られるナチスのアイヒマンと同じく拉致されて沖縄法廷で裁かれて然るべき」と「最大限の侮蔑を含む人格非難」(訴状)をくり返していたからである。

 しかし、他の孫引き本がほとんど絶版となっているのに、この本は昭和45年の初版から修正なしに50刷を重ね、現在も売られているのは信じがたい事実だった。

 こうした稀(まれ)にみる人権侵害的記述を有名文学者だからという理由で、許容する余地はないと私は感じている。

≪「自決せず生きのびて」≫

 裁判は進行中だが、原告側は座間味村役場の援護係だった宮村幸延氏が昭和62年に、集団自決は当時の村役場助役の命令だったが、遺族補償のため梅沢守備隊長の命令として申請した事情を記して、梅沢氏へ渡した「詫(わ)び状」を提出した。梅沢氏の無実を証する決定的証拠といえるもので、文科省の検定でも援用された。

 これに対し大江氏側は「詫び状」は宮村氏を泥酔状態に陥れハンコを押させたとか、守備隊長と記し実名は書いていないから特定できぬはずだとか、日本軍全体の非人間性に目を向けろ式の見苦しい弁明に終始している。

 その半面、法廷記録から浮かびあがってきたのは赤松、梅沢両氏のすぐれた人間性であった。25歳、27歳の若さなのに彼らは絶望的な戦況下、数百人の部下と島民をまとめ、冷静、沈着な判断力で終戦までの5カ月をしのいだ。「自決するな。生きのびなさい」と指示したのに、米軍の砲火でパニックに陥り死を選んだ島民を思いやって「汚名」を甘受した2人に比し、「現存する日本人ノーベル文学賞作家」の醜悪な心事はきわだつ。「私自身、証言に立ちたい」(17年8月16日付朝日新聞)と公言した大江氏は法廷で何を語るのだろうか。(はた いくひこ)

 大江健三郎に謝罪と著書『沖縄ノート』の出版差し止めなどを求めた訴訟については、今回は紙幅も時間もないのでスルーします。詳細はこちらをご覧下さい。

 秦先生の言われるように、実は「軍命令あった派」は近年、慰安婦問題よろしく「広義の強制性」を主張しています。

 集団自決の話題でよくマスコミに登場し、日本軍批判を繰り返している沖縄キリスト教短期大学名誉教授の金城重明氏ですら、

 「自決を命令する言葉があったかなかったではなく、軍隊によって住民が追い詰められていったことが問題だ」沖縄タイムス05/8/27
 「島に日本軍がいる中、米軍が上陸し、離島の狭い空間で精神的にも追い詰められていき、死につながった」沖縄タイムス07/6/3

 といった曖昧な発言が目立ち、必ずしも「軍命令があった」と主張しているわけではありません。

 しかも、集団自決を教育基本法改正問題、教科書採択問題、慰安婦問題などに利用している団体も多くて(沖縄タイムス05/6/20)、明らかに反日プロパガンダが入っています。


1コ前のエントリーにいただいたコメントから
ところで、昨日のNHKのクローズアップ現代を見たのですが、沖縄の集団自決問題を取り上げてましたね。「軍の関与」を消すような教科書検定に沖縄人は怒っている、と。

で、インタビューに出てきた大城将保と言う人が、「沖縄の人達は軍のために協力して飛行場や陣地の建設に協力した。そのため軍の機密を知ってしまった。軍はその情報が敵に知られては困るから捕虜になるな、と自決を強要したんですよ」と言い、国谷キャスターが「でも、軍が命令したという証拠、文書は残っていないんですよね」と言うと「当時の軍は全て口頭命令ですよ。証拠など残ってはいません。だからこそ、実際の体験者の証言こそが大事な証拠です」と。あれ、どこかで聞いたような論理ですよね。慰安婦問題と一緒じゃん。

番組の中では、梅沢隊長サイドに立った自由史観研究所の藤岡信勝氏のインタビューもありましたが、見た人は「集団自決は軍により強制・誘導されたもので沖縄の各地で多くあった事」という印象を持った事でしょう。しかし、実際には渡嘉敷島と座間味島で主にあった事で、二つとも裁判で軍の関与は否定されたのでは?

沖縄の人でこの板をご覧の方、本当に皆さん、怒っておられるんですか?

Risshin | 2007/06/23 06:33 AM

 6/22放送「クローズアップ現代」もそうだし、同日放送「NEWS23」もそうでしたが、ほんと左に偏ってて、見ちゃいられませんでした。
 ただ、ちゃんと見てると、「軍命令あった派」の主張は穴だらけというか……。

 たとえば「NEWS23」では、あるお婆ちゃんが集団自決について証言してましたが、中身は又聞きだし、しかもその後のナレーションがこんなの。

 「(彼女は)軍による強制があったかどうかについて 、多くを語ろうとはしませんでした」

 多くは語ろうとしなかった——、そのことが全てを物語っているのでは?

 Risshinさんが紹介して下さった「クローズアップ現代」の中に、「当時の軍は全て口頭命令」とありますが、当時軍属で伝令をされていた方で、その口頭命令すらなかったと証言している方もいます。

 その件も含めて、次項を読んでみて下さい。
 重要な証言がたくさん載っています。一部引用のつもりがかなり長くなってしまいましたが(^^ゞ


■「正論」6月号掲載 横浜市立中学校教諭・服部剛氏【今こそ沖縄戦の真実を「教壇」で語ろう】

 平成17年5月20日〜22日、自由主義史観研究会が座間味島と渡嘉敷島にて現地調査を行いました。これに服部氏も参加されました。その時のレポートです。

■「軍命令のはずがない」

 座間味島で一夜を明かし、翌21日朝、最初の聞き取り調査に応じていただいたのは、宮平敏勝さんである。昭和3年生まれの宮平さんは、20年2月末、17歳で戦隊本部付きの伝令として徴用された。「軍属です。左腕に星(☆)ひとつですよ」とおっしゃっていた。「17歳ですか」の質問に、生まれ月が早い者は防衛隊に任命されたとのことで、同級生4人中、宮平さんだけが徴用にあたったという。

 徴用されてすぐに米軍が上陸、熾烈な戦闘になった。4月11日、擲弾筒で左腿を負傷。その後、梅澤隊長(引用者注:座間味島守備隊長・梅澤裕氏)より集合がかかり、「これ以上戦闘は困難ゆえ、皆親元に帰れ」との解散命令が出る。民間人は米軍に捕まっても、すぐに解放されたので無事だった由。以下、宮平さんの証言の要点を記す。

 集団自決(3月25日、米軍上陸の日)については、宮平さん自身は「軍と行動を共にしていて、山中にいたので自決のことは全く知らなかった。解散命令が出て、山を下りた時、初めて知った」という。戦闘が始まって以降、軍は「民間人との接触はほとんどなかった」のである。「もし、自決が軍命令なら、伝令である自分が知っている。軍命令のはずがない」と断定された。宮平さんは自決現場そのものには居合わせなかったとはいえ、有力な傍証である。

 住民の意識はというと、戦闘が始まる前から「誰といわず、死を決意していた。そういう空気だった」。行政のリーダーを始め、特に「兵事係(*服部注…村長・助役・収入役の次のポストで、強い権限を持つとの由)が強硬派で、『自決すべし』であった」。

 解散直後、自決の状況を近親者や友人らに詳細を聞いたが、「世間では集団自決と言うが、それぞれの壕で家族が『無理心中』的に自決したのが実相です。役場から忠魂碑前に集まれとの集合がかかったけれども、艦砲射撃で皆ちりぢりになってしまった。それで各壕の各家族で自決した」。「自決したのは他と孤立した所にある壕の家族に多かった。情報が入ってこなかったから」だ。

 また、「中には率先して軍と共に戦う人も出たけれど、それは少数」であったらしい。

 私たちの「米軍が来るのは分かっていたのに、なぜ住民は疎開しなかったのか?機密保持のために軍が住民を疎開させなかったという説もあるが」との質問に、「確かに機密の保持やスパイ対策という意味合いで、島を自由に出てはいけないということになっていた…、しかし、住民は『どうせ死ぬなら島で死にたい』という思いがたいへん強く、疎開はしなかった」と説明された。沖縄には、一族は同じ墓に入るという伝統がある。どうせ死ぬのなら、家族一緒に死のうと考えていたというのである。

 宮平さんの話を聞いて私たちは、追いつめられたということだけで住民が自決に至ったわけではないとの思いに至った。本土並みを希求した沖縄人の<自分たちは真の日本人なのだ>という気概が「古来の風習(日本の武士は落城に際して、潔く自刃して城と運命をともにする)」に則った自決へと導いたのではないかと感じた。農民出身ゆえに武士以上に武士道を実践した新撰組・近藤勇らの心情に通じる気迫を感じた。

 そして宮平さんは、「自決はあくまで『役場主導』だった」ときっぱりと言われた。

 梅澤隊長の人物像について「隊長は28歳にして少佐です。エリートです。すごい軍人であり、人間的にも素晴らしい人でした。たいへん落ち着いている人で、信頼して部下に任せるタイプです」と伺った。後年、梅澤氏自身が「軍人は民間人に『死ね』などとは絶対に言わない」と明言されたように、責任感に溢れる隊長であった。

 「住民スパイ虐殺説」に関しても、興味深い証言をされた。よく言われているような「言葉(方言)で住民をスパイ扱いしたわけではありません。実際にスパイはいました。移民のハワイ日系社会と通じていた」のだそうだ。宮平さん自身、夜中に高い崖の上から沖合に向けてチカチカと発せられる懐中電灯の光を何度となく目撃している。何らかの信号を米艦隊に向けて送っていたのであろう。しかし、「梅澤隊長は終戦が間近であることを察知してか、スパイの住民を見逃していました。そのため、住民の悪感情は全くありません。他の島ではスパイが見つかったら処刑したから住民殺害説が出来上がったのでしょう」とのことである。

 また、軍が渡したとされる手榴弾について、「女子青年団(*軍属のような形で軍に協力した)は、手榴弾を渡されて所持していました。しかし、その他の手榴弾はどこから持ってきたものかわかりません。兵といえども、3名に1丁の三八銃がある程度。だから、住民には請われても渡せません。たぶん島の防衛隊(*民間人で結成された防衛組織)か住民が、軍の保管場所から勝手に持ってきたものでしょう」とも聞いた。

 偽証による補償金問題に関しては、「これはもう、どうしようもなかった」という。一同、島民の苦難と悲劇に思いを致した。それでも「この座間味は真実を言いやすい空気」だという。なぜなら、自決命令を出した村の三役自らが自決して亡くなっているからだ。それに対して渡嘉敷島では「命令者の村長始め、村のリーダーが戦後も存命だったから、大っぴらに言える空気ではなかった」のだ。

 以上が調査の要点である。その後、宮平さん自身が案内人となり、集団自決の現場、「平和の塔」「昭和白鯱隊玉砕の地」などの慰霊に臨んだ。

■鉄の暴風は「全部ウソ」

 一行は渡嘉敷島に渡り、民俗資料館館長の金城武徳さんにお話と現地調査の案内をお願いした。金城さんは当時13歳で、自決現場に居合わせたが、命を永らえた。集団自決の地に建つ「集団自決跡地」碑を前にしての金城さんの証言は、実際に現場を知る者として迫真に満ちた内容であった。以下、金城さんの証言であるが、『正論』平成18年11月号水島聡氏による「妄説に断!渡嘉敷島集団自決に軍命令はなかった」と重複する話を割愛して肝心な点のみ記したい。

 まず軍命令を流布した沖縄タイムス社刊『鉄の暴風』の記述について、あれは全部、ウソ。島民はそのことを分かっているので、あんな本は絶対に読みません。怒って捨ててしまう」と吐き捨てるが如く言われた。

 自決に使用された手榴弾の出所に関しては「島の防衛隊が手榴弾を持っていました。戦闘が激しくなって、各々が自分たちの家族のところに逃げてきていたので、持っていた手榴弾を自決に使った」と、座間味島と同様であることがわかった。

 自決の地は谷間で、皆まとまって自決した。曾野さんの著書(引用者注:曽野綾子氏の『ある神話の背景』昭和48年発行)の通りで間違いないことを確認する。悲惨な自決の様子を語られた後、金城さんは「本土の兵隊が『お母さん!』と叫び戦死したのに立ち会ったけれども、島民は皆『天皇陛下万歳!』と言って自決しましたよ」と堂々とおっしゃった。

 そして「赤松隊長(引用者注:渡嘉敷島守備隊長・赤松嘉次氏)は絶対に自決を命じていない。自決の音頭をとったのは村長のほか、村の指導者たちだったと何度も断言されていた。

■これは正義と道徳の問題だ!

 22日の最終日は沖縄本島で戦跡を巡る予定であったが、急遽、貴重な重要証言を聞ける機会がもたらされた。元琉球政府の照屋昇雄さんの話を伺えたのである。照屋さんは、島民に「戦傷病者戦没者遺族等援護法」を適用して遺族補償金を拠出させた経緯をすべて知っている当事者だ。昨年8月27日付産経新聞「渡嘉敷島集団自決、軍命令を否定する証言」のスクープで証言された方である。

 実は照屋さんは、この日の直前まで証言を躊躇されていた。曰く、「私は今までずっと正しいことは言えなかった。それほど左翼勢力の力が恐ろしいのが沖縄です。もし真相を話したら、ここには住めなくなるし、命の危険もある。今日は特別。誰にも話したことがないことを話します」。私たちは沖縄の複雑な事情に改めて驚いた。以下、要点のみ記す。

 まず今の「混乱の原因は援護法にある」と言われた。要するに「軍の要請によって壕から出て死亡したら補償金が出る。しかし、自分から壕を出て死亡したらお金はゼロ。荒廃した島の現状を知っている私たちの側には、住民の申請が『ウソ』と分かっていても目をつぶって受理する方針があったのです」とのことだった。これが利用され、「悪逆非道の日本軍」との神話が出来上がってしまった。

 赤松隊長については、「たいへんに立派な人。アメリカの従軍記者も赤松隊長をとても誉めていた」。住民と兵との関係については「渡嘉敷、座間味の住民は、兵と親しかった」との由。兵は常々「我々はどうせ死ぬから(もともと赤松隊長は海上特攻隊である)。食料はあそこに隠してある。みんな長生きしてくれ」と言っていたのだそうだ。しかし、座間味の自決の件が慶留間に伝えられ、渡嘉敷にも報じられて、島民は「座間味同様、我々も…」となったようだ。

 戦後、援護法適用に際して厚生相の資格審査委員会で「隊長命令があったなら…」となり、玉井喜八村長が何度も赤松氏宅を訪ね、懇願した経緯を語られた。「隊長命令があったことにして欲しい」と泣きながら頼まれた赤松氏は次のように述べたという。「私は渡嘉敷で死ぬはずだった。しかし、渡嘉敷の人たちのおかげで、今生きていられる。命令があったことにしましょう」。資格審査が通り、補償金の支給が決定した。以後、この筋で、座間味島も承認され、他の島々へと波及していったのだという。照屋さんは「玉井村長と『この話は墓場までもっていこう』と誓い合った」そうだ。「赤松隊長が新聞や本で批判されているのを見るたび『申し訳ありません』と手を合わせ、心が張り裂ける思い」だった。大江健三郎氏が著書『沖縄ノート』で、1970年の慰霊祭に訪沖した赤松氏を激しく批判しているが、そもそもは村長や遺族会などが「赤松隊長のおかげで今の村がある」と、氏を招待したのに左翼団体のせいで大騒ぎになってしまったと無念そうに話された。

 赤松氏が癌に冒されて余命幾ばくもなくなった時に、奥様から玉井村長に「自決命令の件を『村史から消してほしい』」との要請があった。軍の名誉を守るためという。しかし、村長は以来、日々眠れない夜を過ごすことになった。「真相を明らかにしたらどうなるか…、援護金の件と隊長への恩義の間で板挟みに合ってたいへん苦しんでいました」。真実が明かされぬまま、赤松氏は逝去される。村長はなおも苦悩し続け、赤松氏の後を追うようにして亡くなった。生前、赤松氏を「神様のような人」と形容していたという。

 「島民は、真相を知っているのか」との質問には「島民は全部、分かっています。でも誰にも本当のことは言わなかった」。なぜなら「自決命令を否定するとなると、役場は該当者の全ての戸籍を書き換えて改定しなければならない。そんなことは今さら出来ない。それゆえ、調査もしない。だから、今でも『村史』から消していない」のである。

 しかし、私たちは役人の事情とは別にして「ウソを教えること」「正しい人を貶めること」は絶対に許してはならない。これは「道徳」と「正義」の問題であると確認した。

 別の貴重な証言もお聞きした。日本軍が避難中の住民を壕から追い出したとされる件の真相である。沖縄県平和祈念資料館には、常設展示として壕内の避難住民に銃剣を向け、険しい表情で立っている日本兵の蝋人形があるやに聞いている。自分たちが助かるために兵が住民を壕から追い出したのだと言いたいらしい。現にこの話は教材としてもまかり通っている。しかし、そんな馬鹿なことはやはり無かった。照屋さんによれば、真相はこうである。

 「米軍が上陸してきて白兵戦が必至になった時、隊長と兵隊が、付近に隠れている住民を壕や亀甲墓から出させて、避難させたのです。避難を指示する際も、当然、着剣で銃を前に持って構えていますよ。いつ白兵戦になるかわからないから。その上、兵隊も緊張して興奮してます。すぐそこにアメリカ兵が迫っているんですから。もうパニック状態で言葉も荒い。『今すぐに壕から出て逃げろ!』って動作も乱暴だったでしょう。状況がよくわからなかった住民もいたかもしれません。でも、それは住民を早く逃がすため、助けるためでした。これが<住民の壕を奪って軍の陣地にするために追い出した>となってしまった

 件の資料館が反日偏向教育の拠点と言われるのもむべなるかなとの思いを深くした。

 最後に、この聞き取りで得たあまり知られていない秘話を紹介したい。実は渡嘉敷島には、赤松隊長の小さい顕彰碑がある。当初、立派なものを作ろうと計画したが、左翼勢力が騒ぐとの理由で、誰にも分からない場所に隠匿している。そして、今でも毎年、遺族会などの人たちの手で赤松隊長の慰霊祭を秘かに続けているのだそうだ。

 元琉球政府の照屋昇雄さんの証言は産経新聞06/8/27付に掲載されました。拙エントリー06/8/28付:「集団自決、軍命令は創作」初証言に記事全文を転載していますので、ぜひご覧下さい。

 上記の方々以外にも、軍命令を否定する証言をされている方は何人もいらっしゃいます。

 たとえば、座間味島の女子青年団長だった宮城初枝さんは昭和32年、厚生省引揚援護局の職員が調査に訪れた際、隊長命令による自決だった旨の証言をしましたが、それはやはり補償金問題に起因するものでした(村の長老が彼女にウソの証言をさせた)。

 昭和52年、彼女は「梅澤隊長の自決命令はなかった」ことを娘さんに告白しています。
 「梅澤隊長のもとに自決用の弾薬をもらいに行ったが、断わられ追い返された」「集団自決の命令を下したのは、梅澤隊長ではなく、村の助役だった」という内容でした(「史」平成18年9月号【沖縄集団自決の「軍命令」は創作だった】)。

 座間味・渡嘉敷に配置された日本軍は海上挺身隊という名の「海の特攻隊」で、彼らの任務は米艦に突撃して死ぬことでした。
 隊長は事実として住民に自決命令を出さなかったというだけではなく、そもそも住民にそのような命令を下す権限を持たなかったのです。制度上・組織上、「軍命令」などあり得ないのです。
 住民を指揮する権限を持っていたのは村長・助役などの行政側でした(産経6/21「正論」藤岡信勝教授)。


■皆さんにより注目していただきたいのは——

 関係者の「軍命令はなかった」という証言の重要性もさることながら、今回、皆さんにより注目していただきたいのは、「沖縄にはこの問題で自由な発言がしづらいムードがある」ということです。要するに、「軍命令はなかった」と言いにくい空間が出来上がってしまっているのです。

 「軍命令はなかった」と発言すれば、集団自決そのものがなかったと主張しているかの如く受け取られてしまいかねない、ひとでなし扱いされかねない、そんな空気すら感じます。
 (このへんも慰安婦問題に似ていますね。あくまで慰安婦の「強制連行」を否定しているのに、慰安婦の存在そのものを否定しているかの如く言われてしまうことが、私もこれまで多々ありました)

 産経の社説もそのあたりに少し触れています。

産経社説6/23:沖縄戦集団自決 文科省は検定方針を貫け
 沖縄県議会で、教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定意見の撤回を求める意見書が、全会一致で採択された。県議会で与党最大会派の自民党までもが国の検定方針に異を唱えたことは残念であり、沖縄県の特異な政治状況をうかがわせる。

 意見書は「集団自決は日本軍の関与なしに起こり得なかった」「教科書記述の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものだ」などとしている。

 しかし、文科省の検定意見は、日本軍の命令によって住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に対して付けられたものだ。軍の関与や体験者の証言を否定しようとはしていない。
(以下略)

 自民党は当初は意見書に慎重でした。が、「世論」に追い込まれる形で方針転換したのです。

 自民党の岸本恵光県議は、党内に“事態が長引けば、7月の参院選に悪影響が出かねない”という懸念があったことを認め、「時間があれば軍命を検証できるが、県民世論が待ってくれない、と私は主張した」と述べています。
 また、元海上自衛官で自民党の小渡亨県議は意見書に「軍命」を明記することに最後まで反対したそうで、「すべてを軍の責任にして当時の日本人の思想を問わないのはおかしい。この問題では自由な言論が封殺される圧力を感じた」と語っています(西日本新聞6/22)。

 沖縄における「特異な政治状況」「自由な言論が封殺される圧力」の一端が見える資料として、小林よしのり氏の講演書き起こしの一部を以下に引用します(出典:「ゴーマニズム宣言EXTRA パトリなきナショナリズム」)。
 この講演は、氏の著作「沖縄論」が発行されてから約2カ月後に行われたものです。


■小林よしのり沖縄講演会<「沖縄論」を語る>
 2005.8.14 沖縄コンベンションセンター劇場
 こちらに6日前に来て沖縄戦の取材を始めましたが、対馬丸記念館ではジッとわしを監視している人がいまして、なんか秘密警察みたいな不思議な雰囲気だなあと思いました。

 沖縄タイムスでは3回にわたって批判が繰り返されて、小林よしのりは軍国主義者で、沖縄人を「国民」にして、戦争を再び起こしてその最前線に立たせて犠牲にしようとしている、騙されるなという主張でした。

 伊江島に行った帰りのフェリーでも反戦平和学習の団体がいて、寝ていたところをたたき起こされて、目を覚ますと20名ばかりの女性と子供に取り囲まれていました。その中のガイドのような男の人に「沖縄戦について聞かせてほしい」と言われて、他のお客さんに迷惑がかかるので外に出ましょうと言って、デッキでしばらく議論しました。その一番後ろから秘書が、わしが拉致でもされるのかとあわててついてきたんですが、後ろの方では「何が迷惑かかるのよ!」「自分のファンだと思ってるんじゃないの?」とか言ってたそうです。

 あるガマ(引用者注:自然洞窟・鍾乳洞、岩の窪み等を意味する沖縄の方言。戦時では避難場所として使われた)では、わしはしっかりガイドさんの話を聞いて、亡くなった人に手を合わせて冥福を祈ったんですが、そのガイドさんはわしが沖縄でどう思われているのか全く知らない善意の人で、ただテレビかなんかでわしの顔だけは知っていて、小林よしのりを案内したと誰かに話したらしい。するとやっぱり「なんてことしたんだ!」という圧力がかかったようで、泣きながら自分の名前も顔も絶対出さないでと言ってきた。

 もちろん出すつもりなんか初めからありませんでした。前の取材で沖縄はどういう空気なのかわかってましたから、迷惑がかからないようにしなければと思っていました。しかしわしの思想性も何も知らずにガイドした人が、ずいぶん悩まれたようでした。

 本当に悪いことをしたと思うけど、わしがやって来るということはダース・ベイダーがやって来るかのような雰囲気になっているらしくて、わしに協力する人は非常に疎外される。今日、講演会を企画してくれた人たちも、何の党派性も特定の思想性もない本当に一般の人たちですけど、彼らも周りの人から「なんであんな奴を呼ぶんだ」と言われ、友達関係も親戚関係もうまくいかなくなってしまう。宮城さんとか喜友名さんとか、名前も似顔絵も出した人はちゃんと了解を取ってますけど、沖縄の取材ではかなり気をつけないといけない。今までずっと描いてきましたけど、こういう経験をしたことはなかったですね。

 つまり、沖縄というのは非常に同調圧力が強い。意見が異なる者をなんとしても排除せねばならないという空気があるらしくて、この『沖縄論』に書いてある論旨を、読んで考えてみようということすら言えない状況になっている。先にレッテルを貼って、読まないようにしてしまおうという戦略が進められている。ものすごく特殊な所ですよ。

 やっぱりマスコミ、教育界などを特定のイデオロギーを持った人たちが占拠して、一つの言葉、思想しか許さないという空気が出来上がっているんだと思います。果たしてそれでいいのかと、考えてくれるだけでいいんです。

 沖縄戦の集団自決について理解するには、どうやらまずは沖縄そのものの特殊性(歴史や県民性や言論状況)から勉強しなければいけないようです。
 私もまた1から勉強です……。


 最後に——。
 草莽崛起−PRIDE OF JAPANさんによると、高校教科書の沖縄集団自決記述の削除に対する抗議署名が、自治労広島の間で廻されているとのこと。
 自治労といえば、先日から年金記録漏れ問題でネットや一部マスコミ(民主党の支持母体であるせいか、あまり報道されていない?)にて非難が集中しているのは皆さんご周知の通り(「たかじんのそこまで言って委員会」でも批判されてました)。
 その自治労がいったい何をやっとんねん。そんな暇あったら仕事せえ!仕事を!(-.-#)

 ……本日もスクロールお疲れ様でした<(_ _)>


※参考リンク

自由主義史観研究会>沖縄集団自決:虚構の軍命令
 今回記事を引用させていただいた服部教諭の【軍命令はなかったことを教える、授業実践報告(中学)】など、目を通していただきたいコンテンツがたくさんあります。リンク集も充実しています。

※拙ブログ関連エントリー

拙エントリー06/8/28付:「集団自決、軍命令は創作」初証言
拙エントリー07/3/31付:「集団自決に軍関与」高校教科書から削除


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&lt;html&gt;&lt;font size=&quot;5&quot;&gt;「日本軍強制」を修正 沖縄集団自決 &lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt; 沖縄戦における集団自決に関する教科書の記述から、ようやく「日本軍の強制」という表現が修正されたようです。 わい曲された歴
2007/06/24(日) 09:23:20 | 屋根の上のミケ
&lt;html&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;「歪められる日本現代史」&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;http://www.amazon.co.jp/%6b6a%3081%3089%308c%308b%65e5%672c%73fe%4ee3%53f2/dp/4569646166/ref=sr_11_1/503-5995296-7651954?ie=UTF8&lt;font size=&quot;5&quot;&gt; 集団
2007/06/24(日) 09:24:05 | 屋根の上のミケ
&lt;html&gt;&lt;font size=&quot;5&quot;&gt; 集団自決の強制はウソだった &lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt; 歪められた歴史の真実が、ここに再び明らかになりました。 教科書にも載り、左翼がさんざん日本の歴史を誹謗する材料にしてきた沖縄・
2007/06/24(日) 09:25:07 | 屋根の上のミケ
今回は、反日放送局NHKが21日(木)に放送した、『クローズアップ現代』(集団自決”62年目の証言~沖縄からの報告~)極めて一方的で偏向した内容でしたので、以下にテキスト化してみました。本当に憤りを覚える内容です
2007/06/24(日) 11:21:39 | 新・へっぽこ時事放談
発 沖縄根拠地隊司令官 宛 海軍次官 左ノ電□□次官ニ御通報方取計ヲ得度 沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ之ニ代ツ
2007/06/24(日) 12:41:28 | 雲の下の坂
 しんぶんアカヒの論調は相も変わらず強引ですね。 タイトルと内容が違うでしょ? 集団自決なんか命じて無いじゃない。 これ(朝日新聞)しか読んでいなかったら、判断力が無くなって頭が悪くなりますよ。 
2007/06/24(日) 13:37:10 | 子供達の未来

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Author:くっくり
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