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なぜ元慰安婦は核心部分で“間違う”のか?

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 慰安婦問題については、日韓合意後も両政府間で、ある種の綱引きが続いていますが、韓国側が相も変わらず主張しているのは、「被害者の証言で裏付けられている」です。

 韓国側が言うところの被害者=元慰安婦たちは、挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)など支援団体とともに、今もアメリカはじめ世界で「証言」の旅を続けています。

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 また、韓国国内では、「鬼郷」という慰安婦“反日ファンタジー”映画が大ヒットしています。
 映画のモデルになったのは、姜日出氏という元慰安婦ですが、証言がころころ変わることで知られています。

 映画には、当時存在しなかった「韓国独立軍」(笑)まで登場しているそうですが、韓国の観客たちは、これを史実に基づいた映画だと信じ込んでいるようです。

 元慰安婦たちの証言がいかに疑わしいものであるかは、識者のみならず、ネットでもこれまでさんざん指摘されてきました。

 「年が合わない」「証言がころころ変わる」「史実に照らして矛盾が多い」等々。

 1993年、河野談話が出される直前に実施された、日本政府による元慰安婦16人の聞き取り調査(実際は日本政府はただ話を聞いただけ)の段階で、すでに矛盾だらけでした。

 もっとも、この調査報告書の内容が明るみに出たのは、20年後の2013年ですが(産経新聞が入手した)。

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 ※上記画像はクリックすると拡大表示されます。
 ※拙記事2013/11/9に、西岡力さんの解説あり。

 この16人に含まれているかどうかに関係なく、証言の矛盾が気になる元慰安婦たちを改めてピックアップしてみると…。

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 まず、金福童氏。

 韓国メディアの報道によれば、彼女は1926年4月22日生まれです(ガシェット通信>小林孝範さんのブログ『現代 noto』の追記参照)。

 そして「14歳の時から8年間、慰安婦をさせられた」(沖縄タイムス2013年5月20日)と主張しています。

 14歳ってことは、1940年4月22日~1941年4月21日の間ですよね。
 その8年後ってことは、1948年~1949年頃ですから、とっくに戦争は終わっていて、旧日本軍は存在してませんよね。

 と、早々に結論を出したいところですが、実は注意すべき点があります。
 韓国では、満年齢よりも数え年を使うのが一般的だそうです。

 それを加味して、14歳というのは満年齢ではなく、数え年だったとしましょう。
 それでも、彼女が慰安婦にさせられたのは、1939年です。

※数え年とは、生まれた時に1歳で、正月毎に+1する数え方です。
 元日からその年の誕生日前日までは、「数え年=満年齢+2」。
 誕生日当日から12月31日までは、「数え年=満年齢+1」。
 金福童氏の場合、4月22日生まれなので、
 1月1日~4月21日は「数え年=満年齢+2」で、
 4月22日~12月31日は「数え年=満年齢+1」になります。
 1926年4月22日生まれの彼女が数え年で14歳になるのは1939年。
(1939年1月1日~4月21日=満年齢12歳 数え年14歳、
 1939年4月22日~12月31日=満年齢13歳 数え年14歳)

 さらにもうひとつ注意すべき点があって、
 元慰安婦の方々は、慰安婦を“やらされていた”期間を長く見せるため、「足かけ」で言うことも多いそうです。

 極端な例で言えば、1943年12月から1945年1月まで慰安婦をしていた場合、期間は実質1年と少しですが、「足かけ」では3年になります。

 金福童氏の場合、「(数えで)14歳の時(1939年)から(足かけ)8年、慰安婦をさせられた」としても、1946年になってしまいます。

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 金福童氏は2013年5月、橋下徹大阪市長(当時)との「公開面談」を当日にドタキャンした人でもあります。

 彼女とともに来日した吉元玉氏は、「11歳でハルビンの慰安所に連れて行かれた」と証言している人で(面談ドタキャンで支援団体会見の書き起こしを参照)、この3月11日、ニューヨークの国連本部で潘基文事務総長と会談しています。

 あと、金福童氏はヘリコプター部隊の基地に連れて行かれた」と証言していたという情報もあります。

 未確認ですが、もし本当にそんなことを言ったのだとしたら、明らかな虚偽、あるいは勘違いでしょう。

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 鄭陳氏(2016年1月没)。
 台湾の元慰安婦です。

 彼女は、2013年に東京都内で行われたシンポジウムで、こう証言しています。

「当時、高校への通学途中、突然警察官にジープに乗るよう強要され、 その後海外に連れて行かれた」フォーカス台湾 2013年7月7日

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 黄錦周氏(2013年没)は、1995年、こう証言しています。

「(相手をさせられたのは)多い日で15人ぐらい、クリスマスは20人近かった」「従軍慰安婦問題を考える」さま参照)。

 ヘリコプター、ジープ、クリスマス(休暇)など、旧日本軍とは無縁のキーワードを出してくる慰安婦の方々が相手をしていたのは、ひょっとして別の国の兵隊さん?

 長くなるのでカットしますが、この黄錦周氏も非常に矛盾の多い証言をしている人で、「同姓同名の別人が何人いるのですか?」と言いたくなるほどです(「世界に広がれ韓流の輪」さま参照)。

 枝葉の部分で、記憶が曖昧になるのは分かります。

 が、「強制連行」された年(あるいは年齢)や「強制連行」された時の状況という核心部分で、おかしな証言をしたり、後から証言を大きく変えている人がとても多い。

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 1991年8月に元慰安婦として初めて名乗り出て、訴訟第1号となった金学順氏(1997年没)もそうでした。

 「強制連行」された時の状況という、肝の部分の証言を変えています。

 名乗り出た直後は、こう話していました。

生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌にあるキーセンの検番に売られていった。3年間の検番生活を終え、初めての就職だと思って、検番の義父に連れて行かれたところが、華北の日本軍300名あまりがいる部隊の前だった」(ハンギョレ新聞91年8月15日)

 訴状でも、これと同趣旨の記述がされています。

 ところが、朝日新聞が、金学順氏を「挺身隊として強制連行された被害者だ」という大誤報をし、西岡力氏がそのことを『文藝春秋』1992年4月号で指摘した後、彼女は証言をこのように変えました。

養父に連れられて北京に行き、市内の食堂で昼食を取っていた時、日本軍将校に襲われ、連行された(1993年10月「証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会 編)

 原告は訴状で、自分にとって有利になる事実は全部書くはずです。
 なぜ金学順氏はこれを訴状に書かなかったのでしょうか?(棒)

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2015年5月8日、元朝日新聞記者の植村隆氏の講演に現れた李容洙氏]

 現在おそらく日本で一番知られている李容洙氏(1928年12月13日生まれ。朝鮮新報による)も、証言がころころ変わることで有名です。

 「強制連行」された時の状況だけ見ても、これだけ変遷しています。

(1)1992年:挺対協への申告
「国民服と戦闘帽の男から赤いワンピースと革靴をもらい、嬉しかった。即座についていった

(2)2000年12月:女性国際戦犯法廷記録
「日本人男性(慰安婦の主人)にだまされた」

(3)2002年6月26日:赤旗の記事
14歳で銃剣をつきつけられて連行」

(4)2004年12月4日:京大講演
「軍服みたいな服を着た男に連行された」

(5)2005年8月3日:越ヶ谷市民集会
「軍服みたいな服を着た男に小銃で脅されて連行された」

(6)2007年2月15日:米下院公聴会
1944年秋、16歳の時に友だちのキム・プンスンと川辺にいた時、年長の男が私たちを指し、連れの日本人がやってきて誘った。数日後の早朝に友だちのキムが窓を叩いて小声で誘った。私は母に黙ってスリッパでそっと抜け出すと、数日前に見た日本人がいた。彼は人民軍のような服(People's Army Uniform)に戦闘帽をかぶり、3人の少女が一緒だった」

(7)2007年2月22日:ジャパンタイムズ
14歳で日本兵に首をつかまれ家から引きずり出された」

(8)2007年3月2日:日本外国特派員協会
「月の明るい夜の2時か3時に軍人と女が家に入ってきて、刀を突き付け、口を押さえてつれ出され、女3人をつれた軍人と合流、列車に乗せられた」

(9)2007年3月6日:ニューヨーク・タイムズ
母親を呼ばぬよう、日本兵は私の口をふさいで家から引きずりだした」


<注記>
(1)「証言―強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」(明石書店1993)
(7)2月21日参議院議員会館における本人の証言。
(8)本人の証言と質疑のテープ録音。
(9)2007年2月15日の米下院公聴会における本人の証言を引用する形式。
 以上、「諸君!」2007年5月号掲載、秦郁彦さんの論文【幻の「従軍慰安婦」を捏造した河野談話はこう直せ!】より引用。詳細は拙記事参照。

 (6)の米下院公聴会で、李容洙氏は「強制連行」された時期を「1944年秋、16歳の時」としていますね。

 状況説明は大きく変遷しているものの、「1944年」という年については他の証言でもほぼ一致しているので、これは間違いないと思われます。

1944年夏、友達の母親に「豊かな生活ができる」所へ行かないかと誘われるが断る。その何日か後、その友達が家に誘いに来て外に出ると、軍服みたいな服を着た男がおり、ワンピースと赤い靴をもらって感激してついて行く(1993年7月「写真記録 やぶられた沈黙」)

1944年秋 友達と川で貝を採っていたら、日本人の男の人と老人に行こうという仕種をされ逃げる。その何日か後、友達が家に誘いに来て、ついて行くと国民服を着た日本人の男がいて、ワンピースと革靴をもらって感激してついて行く(1993年10月「証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」)

1944年、友達と川で貝を採っていたら、軍服を着た人と白い服を着た人が見ていたので怖くなって逃げる。その1、2ヶ月後、軍人と首に何かを突きつけられた女の人が家に来て、同女も口を塞がれ背中に何かを突きつけられて連れ去られる(2005年4月 同志社大学における証言集会)

 (3)(7)では「16歳」ではなく「14歳」となっていますね。
 このように、元慰安婦らの証言に出てくる年齢は、その時々で違っていることがよくあります。

 これは、虚偽とか記憶違いというよりは、金福童氏の項でも書いたように、韓国では満年齢よりも数え年を使うのが一般的であることに起因しているようです。

 年齢を満年齢で言うか数え年で言うかで、最大2歳の差が出ます。

 李容洙氏は1928年12月13日生まれなので、1944年の夏や秋は「満15歳、数え17歳」になります。

 となると、それはそれで矛盾が生じます。
 (3)(7)で言っている「14歳」も、(6)で言っている「16歳」も、一致しなくなってしまいます。

 「満14歳、数え16歳」に合わせようとすると、今度は「強制連行」された年が、本人が主張してきた1944年ではなく、1943年になってしまいます(このあたり「従軍慰安婦問題を考える」さまが詳しい)。

 2004年12月4日に行われた『12・4全国同開催「消せない記憶」』のサイトのプロフィールでも、「強制連行」されたのは1944年となっていますが、ここで注目すべきは後段です。

1944年、16歳の時に『軍服みたいな服を着た男』に連行され、台湾へ。移動中の船の中で、日本の兵隊たちに繰り返し強かんされる。その後、連れて行かれた先の台湾で、日本軍「慰安婦」としての生活を3年間強制された」

 1944年から3年間って、1947年ですよね。
 戦争はとっくに終わって、旧日本軍は存在してませんよね。

 「3年間」は誤植でしょうか?
 でも、他の場所でも同じ証言あるいはプロフィールになっています。

16歳でわけが分からないまま連行され、1944年ごろ、旧日本軍に拉致され、台湾で約3年間従軍慰安婦として過ごした」(2004年12月5日 京都新聞)

15歳で韓国・大邱の家から軍人に拉致され、台湾まで連れ去られ、敗戦で解放されるまでの3年間も慰安婦をさせられた」(2006年10月13日『上田知事の「従軍慰安婦」否定発言を問う県民連絡会』記者会見)

 となると、「3年間」とは、例によって「足かけ3年」という意味で言っているのでしょうか。

 それでも1944年~1946年だから、やはり戦争終わってますよね。

 但し、彼女が1946年まで台湾にいたのは事実のようです。

 台湾にいた慰安婦たち(日本人・朝鮮人)は、敗戦後、現地の日本人らとともに引き揚げ船などで帰国していきますが、優先されたのは軍人軍属で、民間人の帰還は1946年2月21日からでした。

 一見すると、「1944年から1946年まで『足かけ3年』、慰安婦として過ごした」という主張と辻褄が合っているようにも見えますが、じゃあ、旧日本軍人が帰国していく中、李容洙氏は誰を相手に仕事していたのでしょう?
 (これは先ほどの金福童氏にも言えることです)

 一方、蒋介石率いる国民党軍が、米軍の支援のもと最初に台湾(台北)にやって来たのは、1945年10月5日。

 その時は先遣部隊で80人規模でしたが、10月17日には国民党軍22,000人と官吏200人が米軍艦船に分乗して上陸、その日のうちに台北に進軍しています(こちら参照)。

 もしかしたら、敗戦後は国民党軍を相手に仕事していたのでしょうか?

 ……などと考えつつ、さらに調べてみると、なんと!

 李容洙氏は、実は2007年頃から、慰安婦にさせられていた期間を修正し、「3年間」→「2年間」と短縮して話すようになっていました(「だんこのブログ」さま 参照)。

 なるほど、これなら矛盾を指摘されても言い訳が可能ですね。
 「1944年から1945年まで『足かけ2年』、慰安婦として過ごした」ということで。

 あと、李容洙氏は、2015年の米国での講演で、こんな話をしています。

満16歳の時に英語も分からないまま日本軍に連行されていったのが台湾にある日本軍の神風部隊だった。そこで、日本軍兵士の部屋に入らないと言って殴られ、電気拷問まで受けた」(朝鮮日報2015/4/28)

 「英語」って何やねん。

 それに、台湾には一般の娼館はありましたが、「軍慰安所」はありませんでした。

 また、神風部隊(特別攻撃隊)は編成されはしましたが、台湾には「基地」はなかったそうです(「在日朝鮮人から見た韓国の新聞」さま参照)。

 私が見た一番新しい李容洙氏の発言は、これです。

「私は慰安婦被害者なのに、日本はうそばかりついている。真実は決して妨げられない(2016年3月8日、国際女性デーに合わせた米ニューヨーク市庁舎での記者会見(朝鮮日報 2016/03/10 08:06))

 ┐(´д`)┌ ヤレヤレ……


 善意で考えると、元慰安婦の方々は、嘘つきというよりは、思い込みや勘違いをしている部分が多くあるのだろうと思います。
 何十年も昔のことですから。

 とはいえ、自分がそこまで過酷な目に遭ったと主張するからには、連れて行かれた年(年齢)と、状況(どこで誰にどのように連れ去られたのか)ぐらいは、普通、覚えていると思うのですが。

 総合すると、元慰安婦らは、挺対協などの要求に応える形で、すなわち支援団体が描く「反日ストーリー」に合わせる形で、証言をわざと変えているケースが非常に多いと言わざるを得ません。

 支援団体の都合に合わせて嘘をつく悪意の人、単に記憶違いをしている善意の人、いずれにしても信憑性のない証言者ばかりです。

 なのに、冒頭書いたように、韓国側は「被害者の証言で裏付けられている」と言う。

 だから、その「証言」が信用できませんって、こっちは言ってるんですけど!(T_T)

 元慰安婦らの証言は、客観性に照らして矛盾に満ちているだけでなく、第三者(家族や知人など)による補強もありません。

 韓国側は、被害者ののあやふやな証言のみに頼るのではなく、それを裏付ける資料を出すべきです。
 出せるもんなら。


 ほとんど公にされることのない、日本側当事者の証言を知って下さい!
 ↓
2014/11/8付:日本側当事者の証言から見る慰安婦問題 「正論」12月号より

 朝鮮人の慰安所経営者に「応募者が集まりすぎて毎日断るのに苦労していると言われた元日本兵の証言や、慰安婦の梅毒検査に立ち会う仕事をしていた満州国の警察官の「なんでさらわれて来た者に親の承諾書や戸籍謄本がついてくるのか」という証言、等々を紹介しています。


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