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中国人だらけの大阪城!韓国人は秀吉の展示に何を思う?

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 10月3日(土)のこと。
 10年ぶりぐらいに大阪城に行ったら…
 見事に外国人だらけ!(^△^;
 
 昨年あたりからでしょうか、関空(関西国際空港)経由で大阪にやって来る外国人の数が非常に増えている、という話は聞いてはいました。

 新関西国際空港会社が9月17日に発表したところによると、1~8月の外国人旅客数は累計で652万人となり、2014年通年の実績(631万人)をすでに超えたそうです(日経 2015/9/17 18:41)。

 そして今や、関空を経由してやって来る中国人の数は、成田を経由してやって来る中国人の数を上回ったとのことです(10月9日の関西テレビ「ワンダー」による)。

 実際、大阪城に来ていた外国人の大半が中国人でした。
 国慶節(10月1日~7日)と重なったのも理由でしょうが、まさかこれほど多いとは…(T_T)

 次に多かったのが韓国人。
 国籍は分からないけど、白人の観光客もけっこう見かけました。
 あと、東南アジア系の人もちらほらと。

 見た目の区別で言うと、中国人はグループで固まっている場合は大きな声でワイワイしているのですぐ分かりますが、少人数でいる場合はあまり分からないですね。

 韓国人は、女性の場合はわりと簡単に見分けられるかも。
 メイクが日本人や中国人とはちょっと違う感じなので。

 背後から聞こえてくる韓国語に振り向くと、例外なく口紅がど派手な色でした。
 真っ赤とか“どピンク”とか。若い女性もです。
 本国で流行ってるのかな?

 とにかく、大阪城公園内のどこを歩いていても、日本語がなかなか聞こえてきません。

 ベビーカーに乗せられた赤ちゃんまでもが、中国語で駄々こねていたのでちょっと笑ってしまいました(でも可愛かった(^▽^))。

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 天守閣に上った時、たまたま修学旅行の団体(言葉を聞いていると関東方面らしい)と一緒になったけども、もし彼らがいなかったら、私の周りはほとんど中国人と韓国人でしたわ(T_T)

 普通だったら、中学生の団体とかち合ったら「騒々しいなぁ、落ち着かないなぁ」などと思うところですが、彼らの存在は、その日の私にとってはオアシスでした。

 ああ、日本語を聞くとほっとする…(^_^;


 ちょっと不思議に思ったのは…、
 韓国人観光客が大阪城に来る心理とは、一体どういうものなのでしょう?

 彼らは豊臣秀吉のことを、当然ながら、全く快く思っていないはずです。

 「憎い秀吉」が日本ではどのように扱われているのかを確認するために、いわば「偵察」で来ているのでしょうか?

 あるいは、単にツアーに組み込まれてたので、機械的に来ただけ?

 よく分からん…。

 秀吉の朝鮮出兵とは違い、韓国人が後になって突然生み出した「反日アイテム」は数多くあります。
 「閔妃=国母」しかり、旭日旗排斥しかり。

 「閔妃=国母」のイメージができあがったのは、
 韓国放送公社(KBS)が、2001年から02年に放映したドラマ「明成皇后」がきっかけです。

 旭日旗排斥に至っては、もっと最近のことで、
 2011年のAFCアジアカップ準決勝の日韓戦で、韓国の奇誠庸選手が猿真似パフォーマンスを行って波紋を呼んだ際、本人が「日本のサポーターが旭日旗を振ったから」と、旭日旗のせいにしたことが発端(こちら参照)。

 このように最近生み出された(こじつけられた)ものとは違って、彼らの秀吉への「恨」は筋金入りです。

 たとえば、19世紀末にもそれはしっかり存在していました。

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 この時代に朝鮮を旅したイザベラ・バードの「朝鮮紀行~英国婦人の見た李朝末期」(講談社学術文庫)には、このような記述があります。

三世紀にわたる[豊臣秀吉の朝鮮出兵以来の]憎悪をいだいている朝鮮人は日本人が大嫌いで、おもに清国人と取り引きしているからである。しかし貿易では清国人に凌駕されてはいるものの、朝鮮における日本人の立場は、日清戦争前ですら影響力のあるものであった】(p.48)

住民たちは三世紀前の遺産である憎しみから(引用者注:秀吉の朝鮮出兵のこと)日本兵を嫌っているが、彼らに対してはなにも言えないでいる。日本兵がきちんと金を払ってものを買い、だれにも危害を加えず、庁舎の門外にはめったに出てこないことを知っているからである】(p.371)

【仏教は李王朝が創建される以前、千年にわたり大衆に好まれた宗教だったが、一六世紀以来「廃止」されており、実質的に禁止されてしまった。聖職者に対して過酷な法律が制定されたのは、三世紀前に日本が侵略してきたとき、日本人が仏教僧に変装して都に入る許可をもらい、守備隊を虐殺したからだと朝鮮人はいう。*1 その真偽はいずれにせよ、朝鮮ではよほど探さなければ仏教の形跡は見つけられない】(p.86)


*1 引用者注:これは全くのデタラメ。
 まず、李氏朝鮮時代(1392-)に入ると儒教が国教となったため、仏教は徹底的に弾圧。第4代の世宗の時代(在位1418-1450)までに仏教の勢力は著しく衰退。以降、朝鮮王朝末期まで強い迫害を受けました。
 そのうえで、「日本人が仏教僧に変装して都に入る許可をもらい…」の箇所ですが、仏教僧は、第11代の中宗(在位1506-44)の時代にすでに都への出入りを禁止されていたため、この朝鮮人の言葉は全く矛盾しています。
 朝鮮人が主張するところのこの種の話(「昔、日本人に○○を盗まれた」というような言いがかり)は「朝鮮紀行」には幾度となく登場します。
 その傾向は現代にも受け継がれており、2012年に韓国人に盗まれた対馬の観音寺の仏像を、韓国の浮石寺が「昔、日本人に盗まれたものだから返還しない」と仮処分申請をし、韓国の地裁がその主張を認めて、事実上の返還拒否を決定したのは記憶に新しいところです。


 一方で、韓国人が都合良く忘れていることがあります。

 秀吉の時代から遡ること約300年、1274年の「元寇」における韓国(高麗)軍が、対馬と壱岐の住民に働いた暴虐の事実です。

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[画像ソース:http://inoues.net/ruins/genkoh.html
「対馬全島に入りたる敵兵は泣き叫ぶ婦女老幼を捕へ之を惨殺し又は手足に穴を穿ち縄を通して己が船側に釣るし我が攻撃に備ふ等暴逆の限りを尽す」と書かれてある]


 当時、元への警戒を鎌倉幕府に呼びかけた日蓮聖人の遺文を集めた『高祖遺文録』に元・高麗連合軍侵攻時の残忍な記録が残っています。

《百姓等ハ男ヲバ或ハ殺シ、或ハ生取ニシ、女ヲバ或ハ取集テ、手ヲトヲシテ船ニ結付、或ハ生取ニス》

 住民の男は殺されるか生け捕りにされ、女は手に穴を開けられ数珠つなぎの捕虜にされたという記述です。

 捕虜の手の平に穴を開けて縄を通すのは、百済の時代から朝鮮半島の伝統です。

 また『高麗史』によれば、高麗軍は日本で200人もの童男童女を生け捕りにして、高麗の忠烈王とその妃に献上したとのことです。

 2度目の元寇となる1281年の「弘安の役」でも、高麗軍の非道ぶりは際立っていました。

 しかも、元寇そのものが高麗の執拗な働きかけの産物だったと、明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次さんは指摘しています。

 『元史』によると、フビライ・ハンに仕えていた高麗人の趙彜(ちょうい)が日本への使節派遣を促したとあり、さらに高麗の世子椹(後の忠烈王)もフビライに盛んに東征を勧めたという記録もあるそうです。

 ですが、韓国では、これらの「日本への加害」はなかったことにしています。

※この話の詳細は、SAPIO2015年7月号「被害者の立場は千年変わらぬ」説く韓国に加害者の過去ありを参照。


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 大阪城に話を戻して\(^^\)

 展示物の大半は、秀吉をはじめとした豊臣家や家臣に由来する物です。

 私がもし反日教育で誤った情報を刷り込まれた韓国人なら、気分が悪くなりそうな展示もあります(朝鮮へ渡る船の手配にまつわる手紙とか)。

 なので、韓国人とおぼしき人たちにはあまり近寄らないようにしましたが、私の見たところ、怒った様子の人はいなくて、みな粛々と展示に見入っていたようでした。

 別に怒るほどの展示でもなかったのか、それとも怒りを隠していたのか、単に内容が理解できなかったのか、私には分かりませんが…。

 それにしても、中国人は本当に声がでかいですね~。
 団体だと、もう目も当てられません。

 大阪のオバチャンもたいがい声がでかいですが、中国人団体には負けますわ(T_T)

 あと、天守閣の中は撮影禁止なのに、平気で写真撮影している外国人がたくさんいました。
 中国人、韓国人だけでなく、白人もです。

 せっかく日本まで来たんだし、写真に残したい気持ちも分からないでもないけど、う~~ん(^_^;


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 帰途に就く前に、豊國神社に立ち寄りました。

 大阪城公園内本丸南側にあります。
 秀吉公の銅像はわりと最近再建されたものです。

 天守閣に向かうコース途上の、非常に目立つ場所にありますが、参拝客は少ないです。
 境内はさほど広くないし、見る物もあまりないからかもしれません…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<誰に頼まれたわけでもないけどお知らせ>

 大阪城天守閣は、平成27年10月31日(土)から11月1日(日)の2日間、「大河ドラマ『真田丸』の舞台~大阪城の秋まつり~」を開催します。
 詳しくは、大阪城天守閣のHPを!

 来年の大河ドラマは、個人的にも楽しみです(^▽^)

 ちなみに、大坂の陣ゆかりの道明寺(大阪府藤井寺市)に夫の実家のお墓があるので、よく行くんですが、

 近年、400周年に合わせて石碑が建立されたり、

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 イベントに自衛隊も参加したりと、なかなか目が離せないことになっています(^▽^)

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※お気楽くっくり関連エントリー
14/11/24付:道明寺天満宮のイチョウと「大坂夏の陣 記念碑」
15/5/4付:道明寺合戦まつりに自衛隊がキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!





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※拙ブログ関連エントリー(朝鮮の歴史)
09/8/9付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)
09/9/13付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)
09/9/28付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(3)
09/11/1付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(4)終
13/5/6付:250年前の朝鮮人が羨み恨んだ豊かな日本…金仁謙「日東壮遊歌」より


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竹島に関する動画:英語版(Takeshima - Seeking a Solution based on Law and Dialogue

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