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「最近朝鮮事情」衆議院議員が見た20世紀初頭の朝鮮(2)終

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 ちょっと間が空いてしまいましたが、
 15/7/27:「最近朝鮮事情」衆議院議員が見た20世紀初頭の朝鮮(1)
 の続きです。

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 1906年(明治39年)5月に刊行された「最近朝鮮事情」

 当時の衆議院議員だった荒川五郎という人が、実際に朝鮮半島を歩いて記録したルポルタージュです。

 国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで、誰でも閲覧することができます。

 当時の朝鮮の特色をよく示していると思われる箇所の書き起こし、2回目です(今回で終わり)。
 
※旧字体は新字体に、歴史的仮名遣いは現代仮名遣いに直しています。
※同じ意味を持つ別の漢字が混在していますが、原文通りです(例:「謂う」「言う」「云う」)。
※以下の画像はイメージで本書とは直接関係ありません。掲載に問題がある場合はお申し出ください。対応させていただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<朝鮮人の食物(上)>

●朝鮮の食事で、日本人などの大いに閉口するのは、何を煮るにも韮(にら)や蒜(にんにく)を煮込むことで、その臭気と云ったら堪えられるもので無い。慣れるとそうも無いそうであるが、始めて箸をとるものは吐気を催す程である。

●獣肉の食物は牛や豚や又羊など勿論であるが、又喜んで犬の肉を食し、中には間々食用の為に犬を飼うて居る者がある。又牛は肉ばかりでは無い、その頭を大釜で煮込んで、その汁に蕃椒(とうがらし)をマブして啜(すす)る。又その臓腑を蒸してこれを塩をつけて食べ、腸(はらわた)でも爪でも一切煮込にして食う。勿論(もちろん)煮るものは皆韮や蒜を入れる。


<朝鮮人の食物(下)>

●朝鮮には前に述べたことがある通り家庭というものがなって居ないから、男子は大抵表座敷で食事をして、一家団欒して食卓を共にするなどはあまり無い様である。

●朝鮮の食事が心地悪いのは、釜の万用である。飯を焚いたり、汁を煮たりするその釜で、汚れた衣服を煮る。時としては不潔物などがついて居る事があっても平気でこれを煮るのである。潔不潔の観念の無い朝鮮人には平気でも、日本人には実に溜まらぬことである。

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[「田舎の飯屋」とある。左下に釜が見える]


<朝鮮の妓と舞>

●朝鮮人の妓女(ぎじょ)とて別に事々しく説くほどの必要は無いようなもので、妓女と謂えば日本の芸者と思えば大した違いは無いのであるが、しかしその妓女にも宮仕えをして中には宮廷に勢力を得、政治上に関係するものもあるから、旁々茲(かたがたここ)にその一節を出したのである。

●朝鮮では妓女(ぎじょ)のことをカルボーと謂うて、三段の階級に分けて居る。一牌(イルパイ)、二牌(イーパイ)、三牌(サンパイ)これである。概して謂えば何れも売春婦であるが、そのうち一牌というのは妓女のうちでも最も高等なので、官妓(かんぎ)というのがこれである。普通にはこれを妓生(キーセン)と称(とな)えて居る。

●官妓は宮内府御用という格で、位格式もあり、公会の宴席にも出(いず)れば、官吏の枕席にも侍する重宝なもので、中にも面貌(かおかたち)が美しうて知恵のある奴は、国王の寵愛をうけて、遂には内政に口を入れ、政治上にも勢力を振うに至るものがある。

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[1904年に撮影された妓生の少女たち。李氏朝鮮政府はキーセン学校を設立し、15歳~20歳の女子に妓生の育成を行った]


<朝鮮人の迷信>

●朝鮮人は病気とかその他吉凶禍福の事など多くは皆迷信に支配せられて、医薬よりも祈祷、勤勉よりも祈願、戒慎よりも呪詛(まじない)という有様で、為に身を損ない身代を失い困難に陥るものはドレだけか分からない。

●この風(ふう)は下(しも)つ方(かた)ばかりでは無く、王様の宮中でも今日まだこの弊風(へいふう)がある。去る明治三十五年の夏、北清地方からコレラが伝わって来かかったので、その時宮内府顧問であって米国人のサンズが勧めて、勅命を以て警務庁に臨時衛生院というものを設けこれを予防しようとしたのに、宮中では反(かえ)って巫女を集めて悪疫退治じゃと唱えて、頻(しき)りに祈祷をやって居た。

●又人民もこれに倣うて、国中八方から、名高い巫女をよび寄せ、一の大祈祷会をするという有様で、文明的の予防法には耳を傾けるものが無いから、折角の臨時衛生院も何の活動もすることが出来なかった。

●朝鮮人の恐れて居る天然痘は疱瘡の神が自分の飢えを凌ごうが為に、やって来るのであるという所から、一家内の中に天然痘で死ぬものがあると、その死骸を藁包みにして門外の塀に懸けて置いたり、又は山の樹の間などに懸けて置いて、その肉が腐れるままに打ち捨て置き、漸く骨の現れる時になってから葬式(とむらい)する。

●これは死んだ者の肉を疱瘡の神に献げて、十分に食い飽さして、二度と再びやって来て、人につかないように、と云う意からかようにするので、全く疱瘡の病気を疫病神のしわざと思うて居るのである。

●この外こう云う類を挙げればマダ少なくない。しかし日本にもマダ迷信家は沢山ある。あんまり朝鮮を笑うように、西洋人等から吾々を笑われぬようにせねばならぬ。

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[併合前の京城(ソウル)郊外。人家の間に下水路があり不潔]


<朝鮮の病葬>

朝鮮人の病気は、家の造り構えや、不潔と大食から来るのが重(おも)で、一番多いのは胃病であるが、これは大食大飲する上、蕃椒(とうがらし)など沢山食うから、朝鮮人は大抵胃病にかかって居るというても可(よ)い。

●又朝鮮人は夏など土間も同様な温突(オンドル。床下暖房)の冷えた所に寝るから大抵朝鮮熱と云う一種の風土病に罹る。眼病や呼吸器病は家の小暗い空気の通わぬ不潔な所に寝起きするのであるからに違い無い。又生で獣肉を食べるから絛虫(さなだむし)は一般に居る。そうして花柳病は淫風の盛んな証拠じゃ。

●そうして朝鮮人は大抵の病気は平気で打っちゃって置く。いよいよ叶わぬようになると医者にかかるかと思えば、それでも前に述べた通り人に頼んでおまじないをして貰う者が多い。そこで朝鮮には怪しい巫女や呪者が沢山居る。

●死ぬると云うと隣り近所や親類などは勿論、その他知り合いの心易い者など沢山寄り集まって泣いて哀しむ。誰でも往ったものは泣くのが礼で、哀しう無くても声をあげて泣く。即ち号泣するのである。長い間そ云う風で、遂には死骸が腐れ爛れて、臭くて溜らんようになる。それからマア葬式ということになる。

●葬式も同じように皆声をたてて号泣して、柩について往く。実際悲しうて泣くのなら可いが、朝鮮のは泣くと云うことが会葬者の礼となって居るから、哀しく無くても声をあげて泣く声色を遣うので、それも物哀しそうに泣くまねをするものならマダしも、中には笑いながら声色を遣って居るのが沢山ある。

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[併合前の朝鮮の人々]


<朝鮮の風俗>

朝鮮の社会は上等と下等とあるのみで中等社会は無いが、下等社会では家庭も教育も殆ど無いので小児(こども)でも大抵は裸のままで、別に衛生などの事も更に泣く打ちころがしの有様であるから、自然に人間が鈍るのも止むを得ない。もっとも朝鮮人の知覚が鈍いのは、蒜(にんにく)を沢山食べるからじゃと云う説もある。棒などでヒドく打たれても、さして痛そうにもしない。

●かように朝鮮人は棒でなぐられても平気な程怠けがちであるが、一体に朝鮮人は真面目に働くのを卑しむ風である。徒食の輩を尊び、働くものは下等のもののように思う。故に商売など実業を卑しむのは勿論である。これは日本も同じ嫌いがあるけれども、一般に仕事を厭う有様は決して日本などの比では無い。

●又市街地などでは家々の柱という柱に皆文字を書いて紙を張って居る。色々の連句などいかにも宏大そうに見せかけて居るのがある。これも外貌を繕う為であろうが、しかし家の中に入って見れば、実に簡単で台所道具や煙草道具の外、他に道具らしい道具は無い。土間に靴やおかしげな下駄がある位のことである。

●又朝鮮人は夜と昼とを間違えて居るのでは無いかと思われることがある。京城など夜十二時を過ぎても人を訪問することは珍しくない。宮中でも多くは夜、政務を視られると云う。先頃各大臣が参内して政務を三時から六時までの間にすることを奏上して勅裁があったと云うのもこれからである。

●又朝鮮人は五大を恐れると云う人があるので、これもまた不思議と思うて聞けば、第一太閤秀吉、第二大院君[註1]、第三大鳥圭介[註2]、第四大島義昌[註3]、第五大石正巳[註4]じゃそうじゃ。成る程、皆朝鮮人には一時都合の悪かった人かも知れない。

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[左から大鳥圭介、大島義昌、大石正巳]

[註1]大院君:興宣大院君。李氏朝鮮末期の王族・政治家。高宗(息子)の王妃である閔妃と権力闘争をくり広げた。1898年没。
[註2]大鳥圭介:1893年7月から94年10月まで朝鮮公使。大院君に対して朝鮮の近代化を宣言し、日清戦争開戦直前の困難な外交交渉に当たった。
[註3]大島義昌:日清戦争の際に平壌攻略で戦功を立て、日露戦争にも第三師団長として参加。戦後は関東総督、軍事参議官となった。安倍晋三総理大臣は子孫の一人。
[註4]大石正巳 :1892年に朝鮮駐箚弁理公使として防穀令事件(朝鮮で凶作を理由に出された穀類輸出禁止令で日本の貿易商が大打撃を受けたとして、日本政府が賠償などを朝鮮に要求)の処理に従事。93年に朝鮮政府は賠償金を支払った。


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[1910年の鍾路(ソウルの中心地)。1899年に路面電車も開通]


<朝鮮の交通>

●朝鮮における間接の交通なる郵便や電信などは着々と日本の手で経営されつつあって、その手続きや料金などまず異(ちが)った所は無いと云うてよいから、これを略し、直接の交通である、海路の交通、陸路の交通、水路の交通を説こう。

●日本郵船会社、大阪商船会社、大家汽船部、大川運輸会社などは日本に本社を置き、朝鮮の各開港地に支店や出張所を設け、定期の航海を為して居る。朝鮮海路の交通の中で重(おも)なものである。

●この他朝鮮にあるのは、韓国郵船組、釜山運輸組、大韓協同郵船会社、大韓通運会社、堀商会等である。いずれも皆、朝鮮沿海の航運を為し交通の利を供して居る。

●陸路の交通汽車と道路自であるが、汽車は既に説いた京釜鉄道や京義鉄道、並びにこれらの支線、又、米人のやって居る京城電気鉄道ぐらいのみである。

朝鮮の道路は殆ど道路と云うべき程のものは無いと云うてよい。第一京城から諸方に通ずるのを王道と称(とな)えて、この国の第一の大道であるが、それすら僅かに牛馬の通行ができる位の事で、修繕ということは殆どしない。その他内地の道路はおしなべて狭い上に不自然で、所によると平で幅二三間もあるかと思えば、それが又にわかに牛馬の通われぬ程の細道になって居るなど、実に不規則の至りで、この外、踏み分け道や山道のようなものが多く、旅人は往々往き先に迷うことがある。

●又橋梁は極めて少ない。たまには丸木橋など架けてある所もあるが、大抵は飛び石ぐらいの事、そこで平日ならポチンポチン徒渉りも出来るが、雨が降って少し水が出ると、旅人は何日も水の減るのを待たねばならぬことがある。

●朝鮮の水路は、日本に比べて河が大きい上に流れが速やかなのが多いから、従って相当に舟運の便利が多い。けれども昔から河を浚(さら)えたり堤防を築いたりなど治水と云うことをしないで自然のままにして居るから、川の割合にその利が少ない。もし治水を完全にしたらその便はまだまだ盛んになって来るに違いない。

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[1904年の平壌。George Rose撮影]


<朝鮮の宿屋>

●朝鮮の宿屋は酒幕(チューマク)と云うて、村落でも一二里の間に一ヶ所以上は大抵ある。少しの市場や駅場などになると沢山ある。いかな田舎でも酒幕の無い所はない。

酒幕と云うのは宿屋と云うよりか、飲食店と云うたがよい位で、宿料と云うのは飲食料の事で、飲食しなければ別に宿料は入らぬ。しかしこれが朝鮮の宿屋で、この外に宿屋と云うものは無い。

●飲食が主で、客室と云うことには更に頓着せず、又寝起きの事など一向平気である。そこで僅かに一二間の温突(オンドル)に十何人も混宿さして構いもしない。勿論夜具もなければ只アンペラか蓆(むしろ)などを敷いて居る位のことであるから、飲食料の外に宿泊料もとらないのも当然である。

●最も日本人には大抵一室を全貸しにしてくれるし、夜具は無くとも温突の暖かみで別に寒くは無い。もし毛布など用意して居れば訳は無い。しかし夜が更けるに従って、蚤や虱(しらみ)又は朝鮮人がピンデと称(とな)える床虫などがやって来るから、慣れないうちは安眠することが出来ない。故にこれを予防することが肝要である。

●(宿屋の食べ物は)随分不潔の感が有って、始めは閉口するが慣れれば同じことである。日本人など食料品や寝具など携帯して旅行する人もあるが、そうなると中々おっくうだ。

もし朝鮮臭い一種の臭気と、蒜臭い食物を食べることが出来て、不潔なのを辛抱すれば、朝鮮の旅行はすこぶる容易で、費用も至って僅かで済む。その間又自然朝鮮慣れて一種の愉快も感ぜられるし、朝鮮の事情を知るには最もよい。朝鮮に旅行するものはその位の勇気が無くてはならない。只注意せねばならぬのは、朝鮮の家は締りが不十分である上に、朝鮮人は平気で窃盗もやる方だから、手荷物などは酒幕の主人に預けるか、その他の用心がいる。

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[1900年の京城(ソウル)の食堂]


<内地移住の心得>

朝鮮人に対しては取引など厳格にしなくてはいけない。少々厳に過ぎても圧力で以て押し通すと云う心持ちは必要である。しかしその代り無理無法の事はしてはいけない。正義を以てこれを圧し、そうして一方では出来るだけは親切にしてやらねばならぬ。只約束とか期限など決して斟酌はいらぬ。

●只日本人の幅が利くその勢力に乗じて、無法の事をしたり、暴利を貪ったり、彼等を迫害したりするなど、必ず慎まねばならぬ。宜しく文明国民の態度を以て、自ら利益すると同時に、彼等にもまた出来るだけは利益を害せられないようにしてやって、彼我(ひが)共同の利益を目的として、開発誘導の精神を以て居ることが肝要である。

●又朝鮮人じゃとて決して軽蔑するような言葉振舞があってはならぬ。己れを馬鹿にして居ると云うような悪感情を起さしては、反って我が不利益になることが多い。語(ことば)が通ぜないからとて笑うたり誹(そし)ったりするのは極めて宜(よ)くない。礼儀を弁えぬ者は決して大国民たるの資格は無い。努々(ゆめゆめ)注意が肝要である。

●彼等は又開けぬだけ恩に感ずることは多い。無実の罪で郡守に責められて居たのを助けて呉れたと云うので、鉄道工夫の十人頭やらの紀恩碑が立ててあったのを見た。彼等を懐けるのは自分の事業の為にも必要である。

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[1903年、仁川の場市(朝鮮における市の一種で,常設の店舗等の特別の施設を有さず、行商人や近辺の農民たちが定期的に集まって商品交換を行う場所)]


<日本と朝鮮(下)>
※「日本と朝鮮」の項は明治以降の日韓関係史が書かれてあります。近年、韓国が日本のせいだと一方的に責め立てている1895年(明治28年)10月8日の閔妃殺害事件(乙未事変)のくだりはこう記述されています。

●井上公使は改革の方案を立て大院君(閔妃の夫である高宗の父親)を退隠させ王妃の干渉を防ぎ、幾度か勧告の上、朴泳孝や金宏集等を中心として連立内閣を作り、政治の改革を図らしたが、井上公使が日本に帰るや忽(たちま)ち王妃はウェバー(引用者注:ロシア公使)と結託して内閣を瓦解させ朴泳孝は日本に逃げて来るという始末になったから、井上公使は再び往いて閔族を斥け金宏集を総理に朴定陽を内務に日本党(引用者注:親日派)内閣を組織させた。

●ところが三浦梧楼を駐韓公使として遣り、代て井上公使帰るや、又閔族一派は日本党を排斥し内閣の更迭を促せしかば、金宏集等の派は三浦公使を説き孔徳里に隠居して居る大院君を起こすこととなり、大院君は二大隊を率いて日本党と合して王宮に乱入し閔妃を殺したり手荒いことをやった。

●日本政府はこれを聞いて大いに驚き、直ちに政務局長小村寿太郎を遣って善後策を講じさせ、三浦公使以下を罷(や)め柴四郎、岡本柳之助等を罪し、三たび井上馨をやった。ところが朝鮮は上の者も下の者も皆日本を危険(あぶな)がって露国に依頼しようとし、露公使も頻(しきり)に日本反対党をそそのかして遂に露国水兵を京城に入るるに至り、露国党は勢いを得て、(明治)二十九年の二月には内閣の主なる大臣を殺し、国王や世子等も皆露国公使館に赴かれ、死刑やら何やら気味の悪いことであった。

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[晩年の大院君。「大院君」とは王位が父から子への直系継承が行われなかった場合に、新しい国王の実父に対して贈られる尊号。李氏朝鮮末期に多大な影響をもたらしたため、単に「大院君」というと興宣大院君を指すことが多い]





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 閔妃は現在の韓国においては、史実に全く反する形で極端に美化されています。

 実際の閔妃は、改革派(開明派)や舅である大院君の一派と対立し、権力闘争に明け暮れ、李氏朝鮮の改革を潰したという、韓国人から見てもおよそ尊敬に値しない人物です。

 閔妃は一族の繁栄のため、両班(身分階級の最上位に位置していた貴族階級)の特権回復に勤しみ、対立する人々を追放あるいは処刑し、次々と一族の人間を要職に就けました。

 また、息子を世継ぎとするために莫大な資金を国庫から費やし、何と国庫の6倍以上に相当する金額を金剛山の寺院に布施したという、とんでもない浪費家でもありました。

 こんな女性ですから、もちろん朝鮮民衆の評判も悪かったのですが、それが今や韓国では国母としてもてはやされています。

 何でそんなことになってしまったのでしょうか?

 きっかけは、1995年に韓国で初演されたミュージカル「明成皇后」という舞台です。
 比較的最近のことなのです。

150821-91musical.jpg

 さらに、このミュージカルに刺激を受けた韓国放送公社(KBS)が、2001年から02年にドラマ「明成皇后」を放映。

 ドラマの担当プロデューサーは「(朝鮮の改革を潰し民衆を苦しめたという)従来の明成皇后(閔妃)のイメージは日本側によって作られたもので、そうした植民地史観から離れた明成皇后像を描き出すことが大きな狙いだった」と述べています。

 以上のことは朝日新聞魚拓)でも紹介されています。

 ドラマ「明成皇后」は大ヒットしました。
 2001年末に韓国を代表する声楽家の曺秀美(チョ・スミ)が参加した「明成皇后」のサウンドトラックが発売されると、ブームは最高潮に達し、閔妃=国母というイメージが、韓国人の中で完全に定着しました。

 が、これらミュージカルやドラマで描かれている閔妃像は史実から乖離したものであり、韓国の大学教授(明知大学の洪順敏副教授)ですら、「歴史研究が十分でない状況で芸術作品化され、過度に美化されている面も否めない」と認めています(てか、このコメントを朝日新聞がそのまま載せてることにもびっくりですが)。

 なお、上の朝日新聞の記事では、閔妃殺害には日本のみが関与したかのごとく書かれていますが、実際にはこれは日本と韓国(当時の李氏朝鮮)が合作で行ったものです。

 閔妃を排除しようという動きはそもそも朝鮮の改革派や、閔妃の政敵であった義父・大院君にもあり、したがって殺害実行犯の中には朝鮮人もいました。

 閔妃殺害事件に関しては、韓国のみならず、日本のメディアも全てを日本のせいにする傾向があります。
 大院君の「大」の字も出さず、朝鮮人の実行犯にも触れません(事件直後に朝鮮政府は実行犯として朝鮮人3人を裁判の後処刑している)。

 特に09年の「報ステ」の特集は、完全に韓国側の立場に立っていました。
 それもそのはず、この特集は、韓国人の鄭秀雄監督が2005年に制作したドキュメンタリー『110年ぶりの追跡 明成皇后殺害事件』を基に作られていたのです。

 閔妃は「国を守ろうとロシアに接近した」という扱いで、古舘キャスターは「この事件が反日感情の原点にあると言われている」とまで言いました。
 さっきも書きましたが、韓国で閔妃が国母として美化されるようになったのは、ごく最近です。

 閔妃びいきだったイギリス人イザベラ・バード(1831-1904)ですら、「朝鮮紀行~英国婦人の見た李朝末期」の中で、閔妃が「節操を欠いた行為(浪費)をくり返している」こと、「政府要職のほぼ全てに自分の一族を就けてしまった」こと、大院君派など敵対勢力や改革派勢力に対する粛清、処刑、暗殺といった「非人道的な性質」を批判しています。

 閔妃殺害事件についても、バードの記述によれば、事件の翌日、怯えきった国王(閔妃の夫・高宗。事件当日現場にいたとされる)は、「(朝鮮人で組織された)訓練隊に代わって日本軍が王宮警備に就いてくれることを切望」していました。

 仮に日本側が殺害の主犯だった場合、自分の警護を朝鮮人部隊ではなく日本軍に交代してくれと頼むのは非常に不自然です。
 ※このあたり、「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(3)を参照。

 他にも主犯が大院君一派であるという傍証はあります。

150821-92niseminpi1.jpg

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 たとえば、閔妃の写真として広く伝えられてきたこれらの女性の写真は、今日では偽物とされていますが、特に2枚目の写真は、日本人が王宮に乱入した時、この写真を持って顔を確かめて殺害したということになっていました。

 ところが、この写真が閔妃でないのであれば、乱入した日本人はどうやって閔妃の顔を見分けたのでしょうか。

 後宮にはたくさんの女性がいます。
 服を替えたら誰が閔妃か絶対分かりません。
 ましてや事件があったのは昼間ではなく夜です。

 閔妃の顔を知っていたのは、他でもない、彼女の舅である大院君ということになります(宮脇淳子先生の考察を参照)。



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※拙ブログ関連エントリー(朝鮮の歴史と日本の統治)
09/8/9付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(1)
09/9/13付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(2)
09/9/28付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(3)
09/11/1付:「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(4)終
10/8/2付:【日韓併合】外国人から見た日本と日本人(19)
10/12/16付:韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」01.9.26号
11/2/22付:日本統治肯定で逮捕の韓国人作家『嘘の歴史で反日に』「SAPIO」02.7.24号
11/9/17付:戦前に朝鮮人衆議院議員がいた「SAPIO」07.5.9号
13/3/8付:中山成彬議員が衆院予算委で日本の真の朝鮮統治(インフラ整備、創氏改名、慰安婦など)を語ってくれました
13/5/6付:250年前の朝鮮人が羨み恨んだ豊かな日本…金仁謙「日東壮遊歌」より
13/7/29付:慰安婦強制連行があったのなら、なぜ朝鮮人男性は反乱も起こさず黙っていたのか
13/12/14付:日本が残酷な統治をしていたのなら、なぜ朝鮮人に銃を持たせたのか
14/7/14付:朝鮮が劇的に豊かになった時代…イギリスの専門家が記した「THE NEW KOREA」より
14/9/8付:日本人と朝鮮人はとても仲が良かった!「朝鮮總督府官吏 最後の証言」より
14/11/8付:日本側当事者の証言から見る慰安婦問題 「正論」12月号より
15/4/20付:朝鮮に尽くした伊藤博文と今も変わらない朝鮮人の気質 「1907 IN KOREA WITH MARQUIS ITO」より
15/6/8付:池上彰SP「韓国の憲法前文は日本と戦ったという建国神話(ウソ)に基づいてできている」
15/6/16付:軍艦島元住人『賃金良いので朝鮮半島から自ら来た人も…』 「TVタックル」より

※拙ブログ関連エントリー(韓国の真実・厳選)
13/3/23付:日本よ、これが韓国だ
13/6/8付:韓国人が告発した韓国軍慰安婦の実態
13/6/15付:三輪宗弘先生の「大韓民国の物語」書評で改めて見えた韓国の民族主義と李栄薫教授の苦悩
13/8/10付:【これはひどい】慰安所従業員日記を発見した安秉直ソウル大名誉教授の“手柄”を高麗大学韓国史研究所の朴漢竜研究教授が横取り!?
13/8/19付:韓国系が排斥する「竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記」を読みました
13/10/26付:知れば知るほど恐ろしい韓国の原発(「悪韓論」より)
13/11/11付:「Nキャス」韓国“反日”の正体!“反日”を使いすぎ誰も制御できぬモンスターを生み出した
13/11/18付:諺でわかる韓国人の国民性&対日で自縄自縛の朴槿恵政権
13/11/23付:韓国の諺と小説に「慰安婦=売春婦」の重大ヒント&宮古島慰安婦碑の真相
13/12/21付:続・韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」13年1月号
14/3/8付:韓国が永遠に反日である理由 「嘘だらけの日韓近現代史」より
14/5/10付:止まらない反日教! シンシアリーさん「韓国人による恥韓論」より
14/7/28付:責任者の先逃は半島の伝統 「ディス・イズ・コリア 韓国船沈没考」より
14/10/13付:暴かれる韓国最大のタブー!国民保導連盟事件 08年9月6日「報道特集NEXT」より
15/3/23付:日本の正統性を壊したい韓国 シンシアリーさん「韓国人が暴く黒韓史」より
15/7/6付:世界遺産登録で禍根を残した日本の譲歩!さっそく韓国が…


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