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日本側当事者の証言から見る慰安婦問題 「正論」12月号より

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[画像=Wikipedia>慰安所より]

 11月1日に出た「正論」2014年12月号に、慰安婦についての元日本軍人・官吏らの証言と手記が載っています。

 1990年代後半から2000年代初めに中村粲・獨協大学名誉教授(2010年永眠)が集めて、「昭和史研究所會報」に掲載したものです。

 これまでメディアで取り上げられてきたのは(韓国だけでなく日本でも)自称元慰安婦の証言ばかりで、日本側の当事者の証言はほぼ黙殺されてきました。
 今後もたぶん大手メディアでは黙殺され続けるのでしょう。

 今日は「正論」に掲載された50ページ余りの膨大な証言と手記から、ごく一部をご紹介します。

 日本に着せられた汚名をそそぐため、勇気を出して声を上げられた私たちの大先輩の貴重な証言を、この機会にぜひお聞き下さい。
 
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[画像=左は「京城日報」1944年7月26日掲載。右は朝鮮総督府機関紙「毎日新報」1944年10月27日掲載]


■広瀬利文さん

 日本軍がアッツ島やガダルカナル島で玉砕した時、私は北支の日本中学三年生だった。
 決死の覚悟で中支派遣軍を志願したが年齢不足のため特務機関要員として南支の仏印国境まで行った。
 当時少年ながら慰安所を見聞し、経営者や慰安婦とも親しく話す多くの機会を持った者として慰安婦の真実の姿を紹介する。

 わが第八十四聯隊の駐屯していた浙江省・金華市へ連絡に行った帰り、始発電車に乗って待っていると憲兵軍曹に席を二つ取っておくように頼まれた。
 やがて二人の朝鮮人慰安婦が乗ってきて私の向い側に坐った。
 彼女達は陽気で、盛んに私に話しかけてきた。

 「お兄さん、何歳ですか」
 「十六歳です」
 「若いのね!私達は杭州の西湖に行ってみるの!先刻の軍曹さんは私のいい人なの
 そして二人は顔を見合わせて小声で「幸せ!」と言った。
 私が「幸せですか」と聞き返すと年下の女性は「そりゃー(朝鮮から)出てきて良かったわ。お金も家に送れるし、それに仕事も大したことでもないし……」
 年上の女が肘でこの女の話を止めて
 「ねえお兄さん、アリランの歌知ってる?」
 「いや知らない」
 「教えてあげる」と言って歌い出した。
 「アーリランアーリランアラリョー、アーリランコーゲールノーカンダー。私を捨てて行く人はー一里も行かずに足が痛む」

 杭州で下車した二人の後姿を見ながら朝鮮人慰安婦達が日本人と融け合っている姿をほのぼの感じたものである。


■S・Gさん(匿名希望)
【昭和十三年暮、現役兵として入隊、直ちに中支派遣軍要員として中支各地の警備や作戦に参加。昭和十五年春に歩兵第二一六聯隊第三大隊本部付陸軍主計軍曹として転勤。この方の手記は非常に長文。最後の部分から紹介します】

 次ぎに従軍慰安婦の強制連行という言葉に大いにイチャモンを付けたい。

 先ず我が部隊でのピー連中で大体月額最低百五十円を家郷へ送金して居た。
 内地では当時建て売りの借家が一軒百八十円位で買えた。
 それを人に貸すと家賃が月八円位だった。一年も働くと千円からの財産家だ。
 泣きの涙で働かされたナンテトンデモ無いことだ。
 強制連行して迄引っ張って来なくてもナンボでも募集に応じて来るソウダ。

 私が漢口で憲兵隊の大竹伍長に身の振り方を頼んだ元眄陽地区で慰安所の番頭だった安田某なる男(くっくり注:朝鮮人。慰安所の主人も金山という朝鮮人)と偶然にも昭和十八年夏、動員下令に伴い朝鮮平安南道平壌府に新設せられた第三十師団野砲兵第三十連隊本部に単身追求中、津浦線の車中で三年振りに偶然再会した。
 彼は今武昌で慰安所の経営に成功して身なりも立派で貫禄も付ていた。

 「曹長さんお元気!ワタシ此の通りケンキ々々テス。ヒトリテキサノテトコユク?東京のカクコーカ?」
 「うんニャ朝鮮の平壌だ。動員で、転勤の様なモノだ」
 「ソレハ丁度良い。ワタシ 新義州で降りて船に乗り換え私の田舎帰るヨ」
 「其れ何んな用事で?」
 「ハイ。もーすぐ南の方面で大作戦が有るらしく大部隊がトントン集結中で、武昌の町は兵隊で一杯。内の慰安所イソカシ、女の子足りないので私の田舎の父母に女の子ボシューして貰うてた集まったから受け取りに来た
 「フームそんなに簡単に集まるなんてホントかな?」
 「ホントホント私の家の者、毎日断るの苦労してるよ。コレ本当。私の店外の店より一寸工夫してサービスを良くしただけでお客何時も満員。女の子も私も儲かるからサービスする、また客来る、私も女の子も儲かる、儲かるから又サービスする。昔、曹長さんが漢口へ引っ張ってきて呉れたお陰です。本当にお世話に成りました」

 と大感激の一幕だった。

 「ソーカ其れは良かった、此れからの天狗に成らずに女の子を良く可愛がるように」
 「ハイ、良く分かりました。内で働く子は私の妹より大事に可愛がっています。所で曹長さん、平壌に何時迄おりますか?集まった女の子の顔みてその子達の親にお金渡したら直ぐ平壌に行きたい。平壌の何処に行けば会えますか?」
 「其れは解らぬ、何時迄居るのか、何処へ行くのか、此処で会えて良かったナー会うが別れの始とか、縁が有れば又会えるお互い元気で頑張ろう、又会う日まで」

(中略)安田青年が彼の故郷で募集した彼女達はどんな気持ちで態度で故郷に別れを告げたのだろうか?
 恐らく希望に胸膨らませ、未知のお金が溢れかえる程儲かる世界へ喜び勇んで飛び込んで行ったに違いない。
 現世の人権擁護者や平和論者の諸君。
 世の中自分が実際見聞した事以外の不透明な事を天下に公表するな。
 まして六十年も前の事を。
 此れからの日本を背負って立つべき若い世代にウソを載せた教科書で教育するな。


■伊庭野政夫さん
【元歩兵二二〇聯隊第二中隊人事係曹長】

 昭和十四年四月渡支した私共第六中隊は小冀鎭(しょうきちん)にあって主として鉄道警備に従事していました。
 私は兵の総てを掌握する人事係を担当して居ました。

 この小冀鎭へ駐屯して一ヶ月ほど経った頃、一人の朝鮮人がやって来て、私に「朝鮮の女性を七人連れて来た。兵隊さん方の慰安所を開きますのでよろしくお願いします」と語ったのです。
 私は中隊長と相談したうえで「そうか、場所は」と聞くと「すぐ近くの民家を借りました」とのこと。

 結局彼等は、日本軍と関係なく、親方が女を募集して連れて来て蜜にむらがる蜂のように、自発的に営業したのであって、何等、日本軍の係りのないことだった。
 たしか一時間一円五十銭とかだったので兵全員は、なけなしの給料をはたいては、そこで性のはけ口を求めたのは当然で、兵を責めるべき何ものもありません。

 その半島慰安婦の一人、定子という日本名にした女から聞いたのですが「大半の女は家が貧しいので、ここで働いて故郷へ仕送りしているが、一円五十銭のうち、四割の六十銭が親方に歩合として差引かれ、九十銭が純収入になるのです」とのことだった。
 その七人の半島女性は我中隊に協力的で、何か宴会があるときなど参加してくれて兵全員に酒をついでくれたりしたので、兵士はこの女性を大切に扱い、よく言われている暴行などは一切ありませんでした。

 しかし朝鮮人の親方は陰で秘かに、いかがわしい写真を中国人に売りつけては、儲けたり、阿片を密売して居ました。
 私はあるとき、阿片を押収して、焼却したことがあります。

 聯隊本部所在地の新郷の街には、日本女性のキャバレーがあり、日本女性、半島人女性、中国人女性の、いわゆる女郎屋は、軒を並べて営業しており、一番多いのは、朝鮮人女性のパンパン屋でした。
 そこの私の知っている朝鮮人の親方は五十才ぐらいの女であって、一時間を少しでも過ぎると「早く帰れ、なんならもう一円五十銭をすぐ払え」と物凄い見幕で日本軍人に放言して居ました。
 しかし中には、その慰安婦と日本兵と恋愛関係になって、兵が現地除隊して夫婦になった例もありました。
 人事係である私としては、兵の外出にサックと二銀膏という予防薬を渡すのが役目だったのです。

 結論的に重ねて申し上げる。
 日本軍が朝鮮や中国の女性を強制的に連れてきて慰安婦にした事実はない。
 奥野(誠亮・「正論」編集部注)先生のおっしゃる通り彼女たちの行為は商行為であり、業者が営業としてやっていたのである。


■勝又正彦さん
【ハイラル第八国境守備隊司令部付曹長】

 私がハイラル第八国境守備隊司令部慰安所係を命ぜられた時の実際記です。

 上官に慰安所係とは何をするのかと聞きましたら「兵隊に悪い病気が出てはいかんので性病予防と、病人が出るときは客をとらせないようにするのが仕事だ」と申されました。
 この韓国女性たちは軍が集めたのかと聞きましたら「内地で言う女郎だよ。金を目的に朝鮮の親分が集めてくるので、各地の女性が金を目当てに集まって来ているのだ」とのことでした。

 ハイラルでは、半島出身の女性は一時間一円十銭、現地(満州)の女性は一回五十銭、ロシア人女性は一円十銭、日本人女性は一円五十銭と聞いております。
 休日は各隊から市内巡察隊が出て、日本の軍人が列をなして順番を待っている間に、種々トラブルが生ずるのを防止したり、金を支払わぬ者が生じますと、その兵を部隊へ連絡したりして居ました。私も巡察に出て取締まりました。
 当時の軍曹の月給が二十五円のとき、半島出身の女性は、土・日の二日間で、二十五円から三十円の収入を得ていることが判りました。お金を目的とする仕事では何より多くの収入になったことでしょう。

 このハイラルでは昭和十五年頃は満人、ロシア人、日本人の女性によるピーヤ(女郎屋)が若干あっただけでしたが、昭和十六年関東軍特別演習で満州に相当多くの日本軍が集結した頃、いつの間にか半島出身女性の十五人ぐらいのピーヤが七ヶ所も出来たのには驚きました。
 日本の兵隊は、なけなしの金を先払いしないと半島女性は相手にしてくれなかったのです。

 さて日本軍はこの満州方面では、現地の満州女性やまた慰安所の半島出身女性に対し、不当な行為は一切して居ません。
 これは私が司令部付慰安係だったから判るのです。


■角田松雄さん
【昭和十七年四月に陥落後まだ間もないシンガポールに陸軍御用船金龍丸で入港。無線部士官で船での職務は次席通信手。この方の手記も非常に長文。最後の部分から紹介します】

 最後に朝鮮人慰安婦(昔の呼称)について私の知る限りのことを話そう。

 そのころ内地で集められた慰安婦を戦地に送るのは御用船だった。
 私の船も何度か慰安婦を運んだことがあるが、日本女と朝鮮女の混成ということは絶対になかった。
 朝鮮の女の場合は朝鮮女ばかりで、必ず、女達を買い集めた朝鮮人の業者(ボス)がついていた。
 朝鮮慰安婦に日本人ボスということも絶対になかった。

 韓国の、自称慰安婦の中には「日本軍に強制連行されて慰安婦として働かされた」と言っている者がいるそうだが真っ赤な嘘である。
 軍属でない慰安婦を軍が直接徴用で集めるということは絶対になく、集めたのは例外なく朝鮮人の業者だったのである。
 業者が前借金で女を買い集めて戦地で慰安所を開き、今度はその業者が兵隊にその女の春を売って商売したのである。
 つまり慰安所は戦地に開店した女郎屋だったのだ。
 軍が開店の便宜を図ったことは事実だが慰安婦と直接の関係はなかった。

 金龍丸で、広東からシンガポールまで運んだ日本人慰安婦の話しによると、部隊が前線から帰ってきたときなどは時間に関係なく、終わったらすぐ出てもらって次を入れ、終わったらまた次を入れて、休む間もなく一日に三十人位の兵隊を相手にしたこともあったそうだ。
 「嘘ではない本当です。皆二、三分で終わるんだもの、肉体的には大して疲労するほどではなかったが、その気になるまでは嫌でしたね」とその女は笑っていた。

 このような仕事を苦痛ととる女にはたしかに惨めであったかも知れない。
 だが、だからこそ高収入が得られたことは確かなのである。
 内地の遊郭なんかで働くより厳しい仕事であったことは間違いない。

 甘言で騙されて連れていかれた女もいたかも知れない。
 然し、その甘言は軍が弄したものでは絶対にない。
 騙されたのが事実とすれば、騙したのは同じ朝鮮人の業者(ボス)なのである。
 日本政府に尻を持ってこられる謂れのないことを断言しておこう。

 最後にマニラで遊んだ、例のフィリピン慰安婦の語ったことを紹介しよう。
 「朝鮮人慰安婦の奴らが日本人面をして威張り散らし、私達を馬鹿にしている」というのだ。
 あるいは支那でもこんな事があったかも知れない。
 慰安婦の隠れた一面として紹介しておく。

 冒頭に書いたとおり、自称元従軍慰安婦なる女達の虚偽の申し立てや、ろくに調べもしないでこれに付和雷同する一部マスコミの報道に我慢ならず、恥を忍んで私はこの証言を書いた。

 今ならまだ間に合う。
 日本政府は「日本軍に慰安婦として強制連行され、性を蹂躙された」と訴えている自称従軍慰安婦達に、慰安所のあった駐屯地名と部隊名を明らかにさせ、広く公表してその部隊の生存者に真偽の証言をさせてほしい。

 慰安婦、実は兵隊相手の売春婦の言うことを、事実確認もしないで一方的に鵜呑みにし、恰も事実のように教科書に載せ、後世に伝えるとは言語道断、許されるべきことではない。

※くっくり注:2013年10月16日に産経がスクープ報道した韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査報告書での証言は、事実関係が曖昧なうえに、大阪、熊本、台湾など戦地ではなく、一般の娼館はあっても慰安所はなかった地域で働いたという証言もありました。


■蓮井敏雄さん
【昭和十四年二月に廣島の宇品港を病院船で出帆。昭和十七年九月下旬に帰国するまで中国で軍政要員として宣撫工作をしていた。ここでは最後にいた中国山西省の稷山県での話から】

 遊郭は三軒あり、二軒は朝鮮人、一軒は日本人であった。
 朝鮮人の慰安婦は二十名位居たと思っている。
 日本人慰安婦は三名しか居なかったが、客の方は慰安婦一人当たりを居ても朝鮮人の方が遙かに流行っていた。

 この地区も戦地であるから、日本の政治機構は何もない。
 すべて生殺与奪の権は日本軍にある。
 故に在留民に対し必要な命令を出し、これを指導、監督することは日本軍の当然の権限であると共に義務でもあった訳である。
 と言って、在留邦人は軍要員ではないのだから、その仕事の内容にまでタッチする必要もない。
 故に軍は邦人に対し居留民会を結成させ、軍はこれを監視、監督するだけで営業については全く自由であった。
 故に在留邦人が、その仕事の上での責任を軍に負っかぶせるような理由は毛頭もない。

(中略)当時の彼女等は兵隊さん達からの人気も良く、彼女等自身売られて来たであろうと思われる暗い境遇とは思えぬ程明るく暮らしていたことが、私の脳裏に残っている。
 私は彼女等とは平素日本人同士として親しくつき合っていた。
 彼女等は私の宿舎へのよく遊びに来ていたし、私方で新聞、雑誌を読んだり、時としては私方の風呂に入ったりしていた。
 彼女等は、私に度々自分等で作ったキムチを持って来てくれた。
 私がキムチの味を知ったのは、彼女等のお陰であるといえる。

(中略)私はある朝鮮人慰安婦から「私は一生懸命働いて金を貯めて五、六年したら足を洗って、尼崎で食堂でも経営したい」としんみり将来の希望を聞かされたことがある。
 なるほど訴状に書かれてある「毎日何十人もの兵士の性欲処理の相手をさせられ」とあるが、このような事実もあったようである。
 しかし、これは進攻作戦とか粛清討伐作戦とかで、数十日も数カ月も戦闘を続けて基地に帰った兵士達が、一時的にドッと慰安婦の許に押しかけるからであり、一時的な現象であったようだ。
 もちろんこの場合も代金を取ったことに変わりはない。

 私は彼女等を連れて花見に場外へ出たことがある。
 この花見も銃剣を構えた護衛つきであったが(城外は危険であるから)…しかし、考えてみると同じ城内にいた日本人慰安婦とは、花見どころか打ちとけて話をした記憶もない。
 これは朝鮮人慰安婦は年齢も若く、まだ失われていない素人さがあったからともいえる。


■鈴木武夫さん
【元満州国奉天省海城県警察経済保安股長。股長とは日本の課長。昭和十八年八月に満州国警察官となり、十九年二月、海城県の警察署経済保安課に勤務。酌婦(慰安婦)の検黴(検梅。梅毒に感染しているか否かを検査すること)を中国人の警察官と一緒に月に二回県立病院に出張し、県立病院の中国人の医者と日本人看護婦らと立ち会いで行った。酌婦の出身地はほとんどが朝鮮だったという】

(聞き手の中村粲氏「検黴を医者に任せるのではなく警察が立会うというのは随分厳重ですね」)
 当時は売春は公認だった。
 だから病気の者に営業をやらせる訳には行かなかったのです。
 日本人と朝鮮人の売春婦の原簿があって、それを私の部下が病院に持って行き、名前を呼んで検査するんです。

(中村粲氏「一人一人確認する訳ですね」)
 そうです。警察に酌婦の許可申請を持ってくるんです。
 それがなければ営業は出来ない。
 殆ど朝鮮の人だったが、戸籍謄本と医者の健康診断書、それと親の承諾書、本人の写真、そして許可申請を一括して私の所へ持って来る訳です。
 ですから、強制連行とか、さらって来たなんて云うものではない。
 何でさらわれて来た者に親の承諾書や戸籍謄本がついてくるのか。
 私が保安主任だから、私がそれを見て、またその上に本人を呼んで顔写真と見比べて、「あんたは強制されてきたんではないか、さらわれたんじゃないか」と聞いて確認する。
 意に反して酌婦にされたんじゃないかどうかを確認する。
 本人がそうではないと云うと、私が「許可して然るべし」と書いて判子を押し、それを署長に出すと一週間位で許可になる。
 そこで電話で許可になったことを伝えると業者が許可証を取りに来るという訳である。

(中略)新聞などでは随分悲惨だったように云われてるが、朗らかなもんだったよ。
 歌は歌うし、愉快にやっていた。
 私も若かったので正義感もあった。
 そこで「なんでこういう商売をするようになったんだ」って聞いたら、「それはこれ(カネ)だ」って云ってた。
 彼女達の中の一番の売れっ子をオショクと云ったが、彼女など月の稼ぎが三百円(今の九〇万円位)と云っていた。
 帝大を出た男の給料が七〇円の時代にだよ。
 そんなに稼いでいたのである朝鮮人の女は「故郷へは送金したし、家も建ったし、畠も買った。あとは貯金を持って故郷へ帰ろうと思う」と云っていた。
 美味しい物を食べて、いい着物を着て幸福でしたよ。

(中略)(中村粲氏「オショクが月に三百円稼いでいたというお話だが、分け前は幾らなのか」)
 四分六。四分が自分、六分がオヤジ。
 「そんなに稼いだのであれば、なぜ早く帰らんのだ」と聞いた所、「借金が増えた」という女の話だった。
 ほら借金がなくなると女が帰っちゃうでしょ。
 だから女を引き止めておくために「これも買え」「あれも買え」と着物なんかを売りつける。
 そういうことがないように警察や憲兵が慰安所に調べに行く訳だ。
 だから警察や憲兵が女をいじめるようなことはなく、むしろ楼主の方を監視していた。

(中略)慰安婦に陰惨な所は一つもなく、皆歌をうたって明るくやっていた。
 日本の兵隊がいばると「伍長、軍曹、何をいばるんだ。私のスーちゃん(お得意のこと)特務曹長よ」なんて言って下士官を馬鹿にしていた。
 だから「強制連行」で泣く泣く連れて来られたなんて慰安婦は一人もいなかった。
 もし強制連行があれば、警察や憲兵が調査に行った時に判るはずだ。
 帰国した慰安婦がいれば、またジャグー(親方のこと)が集めに行く。
 十人募集すれば十五人は応募する。その中で玉のいいのだけ連れてくる訳だ。


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[画像=麻生徹男著「上海より上海へ」(1993年 石風社)所収「写真集 戦線女人考」。写真の脚注は麻生元軍医によるもの。日本軍とは何の関係もない慰安所だが、反日マスコミや左翼が脚注をカットして宣伝しています。詳細は反日勢力無力化ブログ様を]


 今回、7人の方のみ紹介させていただきましたが、証言者は全部で約40人に上ります(今号と次号の2回に分けて掲載)。

 他に、慰安所ができるまでの朝鮮人業者との細かなやりとりとか、沖縄戦の時の米兵による強姦の話とか、「正論」に掲載されている証言の中身は多彩でリアルなものばかりです。

 慰安婦は「性奴隷」などでは決してなく、「強制連行」も断じてなかったことが分かります。

 実は今回「正論」誌上に証言が掲載されるきっかけを作ったのは、あの西岡力さんでした。

 西岡さんは最近、ある高齢の日本人女性から何回か丁寧なお手紙をもらっていたそうです。

 女性は、いま日韓で行われている慰安婦に関する議論はあまりにも当時の実態とかけ離れていると悲憤慷慨(ひふんこうがい)され、「昭和史研究所會報」の証言の一部のコピーを同封してくださったのだそう。

 それで西岡さんはこれら貴重な証言を改めて知り、「正論」で紹介してほしいと編集部に頼み、今回の企画が実現したそうです。

 西岡さんは、よくぞ貴重な証言を残してくださったと中村粲さんと証言者に感謝するとともに、こう述べています。

 「なぜ、民間人が私財をなげうってこの作業をしなければならなかったのか、日本の名誉を守る公務員はいなかったのかと強く感じた」

 その通りですよね。
 韓国や中国では歴史問題に対し、政府が予算と人員を導入して大々的にやっているのに、日本は全く足りません!

 有名な元朝鮮人慰安婦の文玉珠氏は、2年半の間に2万6145円を貯金し、故郷の大邸に住む母に5000円を送金していますが、吉見義明氏ら「性奴隷」派はこの貯金や送金を例外的なものとして扱っています。

 が、元軍人らの証言で、文氏と同じように多額の送金ができた朝鮮人慰安婦が多数いたことが分かります。

 西岡さんは、「政府は戦中に戦地から朝鮮に送金された送金記録、また元慰安婦らの貯金記録を全面的に調査すべきだ」と主張しています。

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[画像=文玉珠と彼女の郵便貯金簿(出典:熊本貯金事務センター)]


 ところで、勝又正彦さんの証言の中にロシア人慰安婦の話が出てきましたが(他の複数の方の証言にもロシア人慰安婦が登場しています)、日本政府に対して訴訟を起こしたりという話は聞かないですよね。

 気になったので「ロシア人慰安婦」で検索してみたら、一番上に出てきたのが、Wikipedia>韓国軍慰安婦>フィリピン人・ロシア人等外国人慰安婦と強制売春です。

1980年代までは韓国人女性達は、韓国政府やアメリカ人により在韓米軍相手の売春を強制されていた[29]。韓国人女性達への強制が終わると、ロシア人女性やフィリピン人女性達が代わりとなった[7][53]。ほか慰安婦の出身地は、ボリビア、ペルー、モンゴル、中国、バングラデシュ、キリギスタン、ウズベキスタンなどがある[53]。

1990年代以降の韓国では、在韓米軍基地の近くでフィリピン人女性達が、韓国人業者により売春を強制されていると報告された[54][55]。1990年代中ごろから2002年までに5000人のロシア人やフィリピン人女性達が密入国させられた上で売春を強制させられていた[54][56]。

2000年代の韓国では、韓国軍相手の女性達の90%がロシア人やフィリピン人女性などの外国人であるとされている[34]。2009年時点では、米軍基地近接地で売春を強制させられている女性に占めるロシア人女性の比率は減少したが、フィリピン人女性の比率は増加した[55]。なお、韓国では現在は売春は違法行為である[57]。

 ロシアやフィリピンの女性が韓国で売春を強制させられていたという事実を、私は今まで知りませんでした。

 中央日報(2002年10月18日付)などの韓国メディアがソースなので、間違いないでしょう。

 こういう韓国にとって「痛い事実」を、日本はどんどん突いていくべきだと思います。

 11月3日付の拙記事でも紹介した、秦郁彦さんの言葉をプレイバック。

 「『おわび戦術』に効果はない。正道は、テキサス親父の戦術だ。韓国は何を言ってもダメ。韓国をテーマにして、米国を戦場にして戦うのが一つの方法だ」

 テキサス親父ことトニー・マラーノさんは10月21日、グレンデール市の市議会で、同市内に韓国系団体の強い要請で設置された慰安婦像に対して、事実関係をもとに証言をしました。

 米軍慰安婦問題(朝鮮戦争以後、在韓米軍基地周辺で米兵を相手に売春させられた韓国人女性たちが今年6月、韓国政府相手に訴訟を起こした)を引き合いに出し、市側の不公平なやり方を批判したのです(動画こちら)。

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 国際社会で他国(韓国)のことをあれこれ批判するのは、日本人の美意識とは相容れない部分もあるかもしれませんが、もはやそんな悠長なことを言っていられない状況です。

 事実を提示しながら、正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると、ちゃんと言わなければ。
 先人の名誉だけでなく、未来の日本人の名誉もかかっているのですから。

 たとえば、先月あたりから、「クマラスワミ報告書」(1996年)をめぐり日本政府が作成した反論文書の公開を求める声が高まっていますが、私もそれに賛成です。

 理由は、産経の阿比留記者も指摘しているように、「反論文書を公開すれば、安倍晋三政権が歴史を修正しようとしているのではなく、日本政府は1996年当時から、慰安婦問題の事実関係についてこう認識していたのだと内外に示すことができる」からです。

 志を同じくする皆様、ぜひ安倍総理に声を届けてください。


○首相官邸への意見・感想はこちら
 http://www.kantei.go.jp/jp/iken.html







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※拙ブログ関連エントリー(慰安婦問題(厳選))
・(旧ブログ)06/3/4付:朝日はいつまで「元慰安婦」を利用するの?(李玉善氏と金君子氏の証言の変遷)
・(旧ブログ)06/3/19付:米連邦最高裁判所が「慰安婦」にNO!
07/2/22付:「報道2001」慰安婦問題ホンダ議員生出演
07/3/17付:【資料】慰安婦問題おさらい10問10答
07/3/19付:「たかじん」慰安婦問題(全文テキスト)
07/3/27付:「WiLL」慰安婦問題特集
07/4/9付:元慰安婦「李容洙」証言の矛盾
07/6/30付:慰安婦問題「寝た子を起こすな」でいいの?
11/12/12付:「従軍慰安婦」は朝日新聞の捏造です
12/6/2付:「慰安婦博物館」に寄付した日本の団体&韓国人の慰安婦への認識の変遷
12/8/27付:慰安婦問題まとめ2012
12/9/24付:「Nスペ 領土で揺れる日中・日韓」第二部韓国 櫻井よしこさん発言集
13/3/8付:中山成彬議員が衆院予算委で日本の真の朝鮮統治(インフラ整備、創氏改名、慰安婦など)を語ってくれました
13/4/10付:西川京子さんが衆院予算委で「従軍慰安婦」「南京大虐殺」の虚構と自虐史観に侵された入試問題について語ってくれました(中山成彬さん質疑まとめ付き)
13/5/25付:【文字起こし】面談ドタキャンで元慰安婦支援団体会見
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13/10/16付:河野談話の根拠崩れる!元慰安婦のずさんな聞き取り調査報告書を産経が入手
13/11/9付:元慰安婦16人の証言を西岡力氏が分析!証言のいい加減さと日本政府の調査のずさんさが改めて浮き彫りに
13/11/23付:韓国の諺と小説に「慰安婦=売春婦」の重大ヒント&宮古島慰安婦碑の真相
13/12/21付:続・韓国軍によるベトナム民間人虐殺問題「SAPIO」13年1月号(ライダイハン)
14/1/28付:「アンカー」有本香さんがNHK会長を慰安婦問題で質問攻めにした朝日新聞を批判
14/2/1付:ミヤネ屋で籾井会長の慰安婦発言を批判した元NHK職員の正体…Tweetまとめ14.01.16~14.01.31
14/2/3付:韓国「慰安婦漫画」仏の国際漫画祭で日本側が冷遇された本当の理由?
14/2/14付:NHKワールドの慰安婦解説が河野談話より酷い件
14/2/18付:売春大国韓国<反日慰安婦プロパガンダ の欺瞞
14/2/21付:【署名】河野談話見直しを求める国民運動署名【拡散】
14/4/26付:NHK 時論公論「在米韓国ロビーと慰安婦問題」日系の苦悩を完全スルー!出石直氏の偏向解説アーカイブ
14/2/27付:「アンカー」なぜ中韓はいま日本叩きか&河野談話めぐる石原証言の意味と自民が河野洋平を国会に呼びたくない理由
14/3/29付:河野談話見直し署名、締切までわずか!
14/6/2付:慰安婦問題で火付け役を自負する高橋喜久江…Tweetまとめ14.05.16~14.05.31
14/6/21付:河野談話作成過程の検証結果が出た!談話の“無力化”に向け一歩前進です
14/6/26付:「アンカー」河野談話検証報告書から見える慰安婦問題の真実 『見直さない』の真意は? 抜け落ちた『慰安婦は身売り』 独立記念館は捏造だらけ
14/7/1付:米軍慰安婦訴訟は日本にとって吉か凶か…Tweetまとめ14.06.16~14.06.30
14/7/7付:慰安婦強制連行の虚構と元朝日記者の耳を疑う弁解「間違いに気づいていたが…」
14/7/12付:欧米で理解されない慰安婦強制連行の虚構…JAPAN EXPOに今年も韓国ブース…民間有志が国連へ!
14/8/2付:戸塚悦朗は「慰安婦=性奴隷」の生みの親…Tweetまとめ14.07.15~14.07.31

※拙ブログ関連エントリー(朝日慰安婦検証報道以降)
14/8/5付:朝日新聞が慰安婦報道で長~い言い訳。国際問題化させてしまった責任をまるで感じていない。
14/8/7付:「アンカー」朝日慰安婦報道を徹底批判&安倍政権8つの課題&舛添知事の狙いは五輪の日中韓共催?&韓国の恥ずかしい像
14/8/9付:「ミヤネ屋」朝日慰安婦検証報道 西岡力さん徹底解説!朝日は記事を英文サイトに載せろ!&植村報道の2カ月後に“挺身隊”と“慰安婦”の混同を把握
14/8/16付:朝日新聞の逃亡を許すな!慰安婦検証報道その後…Tweetまとめ14.08.01~14.08.15
14/8/18付:朝日の「吉田調書」虚報を産経が指摘!門田隆将氏「慰安婦報道と全く同じ図式」
14/8/23付:朝日の英語版慰安婦検証記事は人目につかない場所に埋めてある
14/9/11付:朝日が会見で吉田調書と慰安婦の虚報を謝罪(但し国民には謝ってない)&「報ステ」朝日慰安婦検証特集
14/9/13付:「ミヤネ屋」門田隆将さん西岡力さんが出演!朝日の吉田調書&慰安婦虚報を批判
14/9/16付:朝日は在米日本人の人権はどうでもいいらしい…Tweetまとめ14.09.01~14.09.15
14/9/18付:「アンカー」朝日新聞“誤報”と“謝罪”の真相&スコットランド独立なら世界が変わる国連も変わる!?
14/9/26付:「朝生」朝日と慰安婦問題…青木理がズレまくり
14/10/4付:植村よ義母の“復帰”に何思う?Tweetまとめ14.09.15~14.09.30
14/10/6付:西野瑠美子「慰安婦の強制連行があったことは否定できない」
14/10/17付:クマラスワミ報告撤回要請は大事な戦いの始まり!「ザ・ボイス」より
14/10/27付:慰安婦問題年表
14/11/3付:『性奴隷』論を完全論破!今後の日本の戦い方は? 「ひと目でわかる『慰安婦問題』の真実」より

※拙ブログ関連エントリー(併合時代の朝鮮)
10/7/27付:日本統治を直視する韓国の静かなる肉声「SAPIO」01.9.26号
10/8/2付:【日韓併合】外国人から見た日本と日本人(19)
11/2/22付:日本統治肯定で逮捕の韓国人作家『嘘の歴史で反日に』「SAPIO」02.7.24号
11/8/16付:【終戦の日2011】外国人から見た日本と日本人(30)
11/9/17付:戦前に朝鮮人衆議院議員がいた「SAPIO」07.5.9号
12/8/14付:【終戦の日2012】外国人から見た日本と日本人(35)
13/6/15付:三輪宗弘先生の「大韓民国の物語」書評で改めて見えた韓国の民族主義と李栄薫教授の苦悩
14/7/14付:朝鮮が劇的に豊かになった時代…イギリスの専門家が記した「THE NEW KOREA」より
14/9/8付:日本人と朝鮮人はとても仲が良かった!「朝鮮總督府官吏 最後の証言」より

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