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[総理初メッセージ]【続・紀元節】外国人から見た日本と日本人(38)

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 【一覧】外国人から見た日本と日本人
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[4年前の産経新聞「ひなちゃんの日常」。レッグの色々日記さまから画像拝借]

「外国人から見た日本と日本人」第38弾です。

 今日は建国記念の日。もともとは紀元節と呼ばれていました。
 神武天皇の即位日です。いわば日本国の誕生日です。

 昨年は出雲大社の大遷宮と伊勢神宮の式年遷宮が行われ、国の成り立ちや皇室の大切さ、また先人のたゆまぬ努力に思いを馳せた国民も多いと思います。
 今年も全国各地で紀元節奉祝行事が行われますが、いっそうの盛り上がりを期待します。

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 なお、安倍晋三総理は、10日、建国記念の日を祝したメッセージを発表しました。
 政府によると、首相が建国記念の日に合わせてメッセージを出すのは、歴代政権で初めてとのことです(産経新聞2014.2.10 21:56)。

 まずは、安倍総理のメッセージを全文紹介しておきます。

【「建国記念の日」は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨により、法律によって設けられた国民の祝日です。
 この祝日は、国民一人一人が、わが国の今日の繁栄の礎を営々と築き上げたいにしえからの先人の努力に思いをはせ、さらなる国の発展を誓う、誠に意義深い日であると考え、私から国民の皆様に向けてメッセージをお届けすることといたしました。
 古来、「瑞穂の国」と呼ばれてきたように、私たち日本人には、田畑をともに耕し、水を分かち合い、乏しきは補いあって、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈り、美しい田園と麗(うるわ)しい社会を築いてきた豊かな伝統があります。
 また、わが国は四季のある美しい自然に恵まれ、それらを生かした諸外国に誇れる素晴らしい文化を育ててきました。
 長い歴史の中で、幾たびか災害や戦争などの試練も経験しましたが、国民一人一人のたゆまぬ努力により今日の平和で豊かな国を築き上げ、普遍的自由と、民主主義と、人権を重んじる国柄を育ててきました。
 このような先人の努力に深く敬意を表すとともに、この平和と繁栄をさらに発展させ、次の世代も安心して暮らせるよう引き継いでいくことはわれわれに課せられた責務であります。
 10年先、100年先の未来を拓(ひら)く改革と、未来を担う人材の育成を進め、同時に、国際的な諸課題に対して積極的な役割を果たし、世界の平和と安定を実現していく「誇りある日本」としていくことが、先人からわれわれに託された使命であろうと考えます。
 「建国記念の日」を迎えるに当たり、私は、改めて、私たちの愛する国、日本を、より美しい、誇りある国にしていく責任を痛感し、決意を新たにしています。
 国民の皆様におかれても、「建国記念の日」が、わが国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力に感謝し、自信と誇りを持てる未来に向けて日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたします。

 平成26年2月11日
 内閣総理大臣 安倍晋三】


 サヨクがまたケチを付けてくることが予想されますが、むしろこの種のメッセージが発表されたのが歴代政権初ということの方がおかしいと思います。
 これが慣習となり、安倍政権以降の政権も踏襲してくれることを希望します。

 お待たせしました。では本編をどうぞ。

 ※過去に紹介したものも何点か混じっています。
  新規のものは■、紹介済のものは○です。

 
ドナルド・キーン=1922年(大正11年)生まれ。アメリカ人。日本文学研究者、文芸評論家。日本文化を欧米へ紹介して数多くの業績を残してきた。東日本大震災を契機に、コロンビア大学を退職した後、日本に帰化した。
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産経新聞2013年10月2日付より、伊勢神宮の「遷御の儀」に参加した後のインタビューより

 とても素晴らしい儀式だった。4回も遷御の儀を見ることができて、91歳まで生きていて本当に良かったと思う。

 1回目に見た1953年は外国人の拝観者はほとんどいなかったが、今回は私の友人も米ボストンから駆け付けた。国籍という枠組みを超越した神事で、もはや伊勢や日本国内だけの儀式ではなくなっている。

マンジョット・ベディ=1969年(昭和44年)インド・ニューデリー生まれ。外交官の父の影響で、2歳でインドを出てからアジアやヨーロッパの国々を転々として育つ。17歳で来日。1997年、映像制作会社(株)TYOに入社。カメラマン、アートディレクター、クリエイティブディレクターとして数々のTVCM等の制作に携わる。2006年、(株)TYO 1stAvenue事業部を設立。2013年に行われた伊勢神宮“式年遷宮”のポスター撮影、イメージVTRの撮影などを担当した。
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「PAPERSKY」2012/12/17より

 僕が初めて伊勢神宮を訪れたのは、平成15年。日本で20年ほど暮らしていたので、ある程度日本の文化や伝統にはふれていたのですが、日本のもっと奥まで五感でふれたいという思いもあって、知人に連れられて訪問しました。

 実際に訪れてみると、伊勢のことも、神道のことも知らない、ましてや自分の宗教ではない信仰の場所なのに、大変感動したんです。宇治橋を歩いて五十鈴川を渡っていくと、川のせせらぎや葉っぱのゆらぎ、やさしい風、玉砂利の音…まわりの現象が五感に響いてくるんですね。しかもそこは1300年もの間、いやもっと昔から1ミリも変わっていない景色が広がっている…。そう思ったら、体に電気が走るくらいの衝撃を受けました。

 2歳の時にインドを出て、ヨーロッパ、イギリス、アメリカ、オマーン、サウジアラビア、日本と、いろんな国を転々としてさまざまな国の文化にふれてきた自分が、こんなにも感動したのはなぜか? 日本人でもない自分がこれほどに感動したのはなぜか? 不思議に思いましたね。

 そしてその時に、自分が何かしなくてはならないという使命感も感じて。「広告でコミュニケーションの仕事をしているなら、この感動を人々に伝えなさい」と伊勢の神様から言われているような気がしたんですよ。

 感動して東京に戻って、まわりの日本人に式年遷宮のことを聞いてみたら、式年遷宮のことを知らない、文字すら読めない人がたくさんいたんですよ。日本の一番大事なお祭りであるはずなのに、学校では教えていないのか、親から子へ伝えていないのか。正直、驚きましたね。特にこの20~30年前くらいから、日本では伊勢に限らず文化を継承するという意識が薄まっているんですね。

 式年遷宮は日本の伝統、技術、文化を後世に確実に残すために、20年に1度、1300年もの間、受け継がれている行為であるのに、そのことを知らない日本人がいることに危機感を覚えて。1300年続いてきたものが、この先、100年、200年先にどんな風になっていくんだろう…?と考えた時に、これからも永遠にこの行為が受け継がれるよう、コミュニケーションという立場でできることをしなければ、と改めて思ったわけです。

 それで、伊勢神宮式年遷宮広報本部へのプレゼンテーションに参加し、結果、平成25年の式年遷宮に向かって、平成16年からプロモーションの仕事に関わらせてもらうことになりました。

 知れば知るほど奥が深い。伊勢神宮は感動の宝庫ですね。行くたびに発見があって、いろんな気づきを与えてくれる。そんな大切な場所です。

 でもどうして伊勢神宮がこんなにパワーがあるのか? 伊勢って何のなのか? 考えた時期があるんですよ。それで見いだした答えは、「伊勢は生きている」ということでした。2000年も前から消えない火があって、毎日、神様に食事を捧げ、神様はそこにいらっしゃる。だから伊勢神宮の敷地内にある木や葉、水、土、生き物すべてに緊張感があるんだと思ったんです。その緊張感が、初めて僕が伊勢を訪れた時に感じて、感動したんじゃないかと。それが伊勢の魅力なんでしょうね。

 それと参拝するというのは、お願いするための場所ではないと思うんですよね。感謝の気持ちを伝える場所であって、こうしてここまで導いてくださったことへの感謝。こうして生かしてもらっていることへの感謝。感謝の気持ちを伝えて、頭を下げる行為。それはとても気持ちのいい行為だと思うんです。その感覚も今回の遷宮を通じて、多くの人に知ってもらえればと思いますね。

ロマノ・ヴルピッタ=イタリア人。1939年(昭和14年)ローマ生まれ。ローマ大学法学部卒。卒業後、交換留学生として2年間、東大留学。64年、イタリア外務省入省。駐日・駐韓イタリア大使館勤務(一等書記官)。72~75年、ナポリ東洋大学大学院教授(現代日本文学担当)。75年より、欧州共同体委員会駐日代表部次席代表。京都産業大学経営学部教授などを歴任。著書に『「不敗の条件」保田与重郎と世界の思潮』(中央公論社)、『ムッソリーニ―イタリア人物語』(中央公論社)など。
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[画像は、2013年の紀元節奉祝式典における講演より]

「正論」2001年4月号「私の写真館」より

 なぜ私は日本に惹かれたのだろう。何か゛天の配剤″でもあったのか……、十九世紀後半、日本と同じようにロシアとの関係に苦慮していたイタリアが、日露戦争に勝利した日本に拍手を送ったことはあまり知られていない。
 それ以来多くのイタリア人が、漠然とではあっても親日感情を抱いてきた。

 私がローマに生まれた翌一九四〇年、イタリアは日本と同盟関係を結んだ。戦前・戦中、イタリア国内では日本に関する情報がかなり一般に出回って、わが生家にも日本関係の書物が何冊かあった。それを手にすることで、私は日本という異国に関心を持つようになったのである。
 何かドラマティックな“日本との邂逅”があったのではないかと尋ねられることもあるが、記憶をたどってみれば、その始まりはごく平凡だったと言える。

フォスコ・マライーニ=イタリア人。1912年(大正元年)フィレンツェ生まれ。写真家、登山家、人類学者、東洋学者。1930年代後半に来日し、北海道大でアイヌ研究に従事。1943年イタリア降伏後に成立しナチスの傀儡政権であったサロ共和国への忠誠を拒否したため、家族と共に名古屋市天白の収容所へ移送される京都帝国大(現京都大)でイタリア語を、フィレンツェ大では日本文学を教えたほか、87年から88年にかけ、京都の国際日本文化研究センター客員教授。86年に国際交流基金賞受賞。2004年逝去。
田中英道 著「日本の歴史 本当は何がすごいのか」より、マライーニ氏が田中氏にかけた言葉

 日本には大変なショックを受けました。日本は私を目覚めさせたのです。西洋人のキリスト教や古典学に依拠しないで、立派な文明をもっている国があったからです。

 どちらを向いても道徳的一貫性、正義感、精神的な成熟を示す人々に出会うことができました。

 日本という国は、その世界地図に占める小さな位置よりも、はるかに大きな存在なのです。

クロード・レヴィ=ストロース=フランス人。1908年(明治41年)生まれ。社会人類学者、思想家。コレージュ・ド・フランスの社会人類学講座を1984年(昭和59年)まで担当し、アメリカ先住民の神話研究を中心に研究を行った。アカデミー・フランセーズ会員。1960年代から1980年代にかけて、現代思想としての構造主義を担った中心人物のひとり。日本文化を高く評価する親日家であり、1993年春の外国人叙勲で勲二等旭日重光章が授与されている。2009年10月逝去。
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「中央公論」昭和63年5月号より

 かつては西洋を含め全世界にあった人類の「原初的な文化」が、最も総合的な形で示しているのが日本の文化ではなかろうか。
 神話と歴史を切り離した西洋が人間の自我を優先させ、精神の荒廃をもたらしたことに対比して、神話を歴史へ滑らかにつなげた記紀神話の編纂者の「鮮やかな組み立て方」の中に、日本の文化の精神的特質が現代にまで脈々と受け継がれていると思われる。

 われわれ西洋人にとって、神話と歴史との間は深い淵で隔てられています。それに対しもっとも心を打つ日本の魅力の一つは、神話も歴史もごく身近なものだという感じがすることなのです。

〈中略〉伝統の時代と現代の感受性との間に生きた連続性が保たれているのだとわかります。

〈中略〉今日では日本文化は東洋に対しては健全な社会のあり方のモデルを示しています。西洋に対しては精神的衛生のモデルを提示します。今度は西洋の国々が日本を学ぶ番なのです。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)=アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれる。1869年(明治2年)に渡米、新聞などで活動。1890年(明治23年)、松江に英語教師として赴任。その後、熊本、神戸、東京と移り住み、日本に帰化。多くの日本論も残した。
「日本 解明への一試論 Japan An Attempt at Interpretation」より

 日本人は目に見える一切の森羅万象の背後に、超自然の神霊を考えて、山川草木湖海風雷から井戸・かまどに至るまで、それらを司る神を想像した。
 日本人はこの国土をつくった神々の子孫で、この神々こそ我々の祖先である。
 この祖先である神々に奉仕し、この祖先を崇拝することが、我々の最高のつとめであると考えてきた。
 神道では他の宗教のように、地獄・極楽を説かない。
 日本人はその肉体が終えると同時に、超自然の力を得て、時間空間を超越した霊となって、子孫と国家を護るのである。
 この考えのない者は、日本人ではない。

ジョージ・ランボーン・ウエスト=アメリカ人。1929年(昭和4年)テキサス州生まれ。テキサス大学で法律と歴史を専攻して法学博士の学位を得て、メールランド大学など数校で教授を歴任。少年時代にラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の手紙を図書館で見て日本に憧れを抱く。ラフカディオ・ハーンと同じく日本人女性と結婚。1969年(昭和44年)から日本マネージメント協会の顧問として来日後、たびたび日本で講演を行った。
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難波江通泰 著『天皇陛下にお仕へしたい ウエスト博士の思ひ出』より、難波江氏との対談で

ウエスト博士
「日本の繁栄はすばらしい。無限の可能性を持っている」

難波江氏
「あなたの考えでは、日本の繁栄の根本的な原因は何であるとお思いですか?」

ウエスト博士
「それは、日本に天皇陛下が居られるからです。私は日本人になりたい」

難波江氏
「どうしてですか?」

ウエスト博士
「それは天皇陛下が居られるからです。天皇陛下が居られる国だから、私は日本へ来たのです。もし日本に天皇陛下が居られないならば、それはドイツやソ連やイギリスやメキシコやアメリカなど、世界のすべての国と同じであって、そんな国ならどこへ行っても同じことです。イギリスやオランダなどにも国王や女王が居られるけれども、それらは日本の皇室や天皇陛下とは違う。天皇陛下が居られるのは日本だけだ。絶海の孤島の漁師でもいい。山間僻地の貧しい百姓でもいい、私は日本人になって天皇陛下にお仕えしたい

ジャック・パイエ=フランス人。1957年(昭和32年)フランス海外県レユニオン島生まれ。22歳で来日。合気道「養神館」に内弟子として入門。京都で合気道「無限塾」を開く。合気道7段。
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「新潮45」2014年1月号【世界はだいたい日本の味方】より

 日本の経済はひと頃のような元気がなく、「失われた20年」などと言われていますが、日本の印象はアメリカでもヨーロッパでも決してネガティブにはなっていません。

 アジアで見れば、確かに中国のほうがエネルギッシュで元気があります。しかし、日本の街は綺麗だし、日本人はルールや時間はきちんと守る。それからテクノロジーもすごい。中国には勢いがあるように見えているけど、日本の持っているものが中国にないことは、欧米でもきちんと分かっています。

 アジアの中でも日本は特別に思われているように感じます。日本に行きたいと思っている人は多い。ちょうど今、私のところにロシア人が6名、合気道を習いに訪日しています。ロシアと日本の間には北方領土の問題があるわけですが、彼らが「日本に行く」というと、周りの人間はみんな羨ましがったといいます。

 武道をたしなんでいる人に限った話ではなくて、彼らの友人や家族に聞いても「一度は絶対に日本を見たい」と言います。やはりヨーロッパやアメリカとは違う何かがあると思っているみたいです。

〈中略〉簡単には自分たちの考え方、生活や文化を日本人は変えない。アメリカの要求に従って、言いなりになっているかのように見えながら、日本独自のものはきちんと残っています。

 アジアの中でも伝統的な文化をきちんと残している点で、日本は珍しいと思います。お隣の中国では反対に全てが経済効率優先になってしまって、中国独自のものは失っているのではないでしょうか。

 日本には、武道や茶道、華道といった伝統的な文化がきちんとした形で残っています。人々の日常生活の中で生きています。日本の古武道は昔から変わらず、今に至るまで伝統的な技や作法を伝えています。伝書などにして書いて残して、それをきちんとした形で守っています。

 文化以外でも老舗といわれる店があったりして、何世代、何百年にわたって受け継がれている商売もあります。

 たぶん欧米人の多くは、そうしたところに非常に魅力を感じているのではないかと思うのです。自分たちが近代化や合理化の中で失ってしまったものが、いまだ日本には残っているかもしれないと思っています。海外から合気道を習いに来ている人も、自分の国ではすでになくなってしまった何かを日本に探しに来ている感じがしてなりません。日本はもっと自分が持っているものに対して自信を持つべきではないでしょうか。

マニグリエ真矢(まや)=フランス・パリ生まれ。有限会社エクスプリム代表。パリ大学で日本文化を修士課程まで専攻。日本文化とフランス文化の架け橋になるべく活動している。著書に「パリジェンヌの着物はじめ」。日本滞在期間25年。
「新潮45」2014年1月号【世界はだいたい日本の味方】より

 フランスでは今、「禅(ZEN)」という言葉が流行っています。「ZEN」というのは座禅をすることではなくて、一つの生き方のありようを示す言葉になっています。

 自動車の運転でイライラしている人がいたとします。そんな時に「あなた、ちょっとZENになっていないよ」と言う。ヨガをしても、「あなたのヨガはZENになっていない」と言ったりもします。

 つまり、クールで穏やかで、イライラしない、感情が揺れない、そういった心の様子を指して「ZEN」というのです。

 おそらく自衛隊がイラクに派遣された時のことだったのではないかと思いますが、現地の人とアメリカ軍などが交渉する時に、日本の自衛隊がいたほうが平和裏に話が進むと聞いたことがあります。

 日本人が特に意識して平和的に交渉しようと思っているわけではないでしょう。相手と敵対しない精神論や相手を思いやる心といったものが、日本人の場合、口先だけでは終わらず、日常的に誰もが普通にしています。だからこそ、日本人の精神論は説得力があります。

 それを海外に伝えていくべきなのに、日本人はPRが下手。そもそも日本人が日本の文化を知らなすぎます。

 「『漫画』なんか日本の文化じゃない」と語る人に、「では、日本の文化は何ですか。一つ二つ、説明してください」と聞くと、まともに説明ができません。茶道も書道もやったことがない、着物も着ることができない。何一つ日本の文化に触れていない。これでは、海外に向かって、日本の文化を語ることは出来ません。

 今の日本は迷っている、うつ病になっているかのようにも見えます。しかし、それこそ「己を知る」ということで、日本がこれから進むべき道はすでに日本の文化の中にあると思う。答えは目の前にあるはずです。

坂根シルック=フィンランド生まれ。東京農工大学特任准教授。3歳から13歳までを大分で過ごす。85年に再来日、在日企業に20年勤務後、フリーの通訳・翻訳家を経て、現職に。メディアでも活動中。
「新潮45」2014年1月号【世界はだいたい日本の味方】より

 私だけでなく、周りの外国人の友人も、それぞれに好きな日本の文化があり、だからこそ「こんなに素敵な文化がありながら、どうしてそんなに西洋に憧れるのかわからない」という話をよくします。

 たとえば、日本の伝統色。日本人の肌の色、髪の色、目の色にあった、西洋にないバリエーションの色は、とても魅力的です。

 桜色、桃色、薄紅色、紅梅色、珊瑚色、鴇(とき)色……微妙な色味の違いによって、それぞれに綺麗な和名もついています。それらがすべて「ピンク」というカタカナ表記で済まされてしまうのは、すごく残念なことではないでしょうか。

 名前といえば、私が子どもの頃に聞いた「おさじ」「寝間着」といった優しい響きの言葉も、今ではそれぞれ「スプーン」「パジャマ」に取って代わられてしまった。

 大袈裟なようですが、そうやって少しずつ、日本のものが、どんどん西洋文化に侵されてしまった気がします。

 もちろん、もともと日本のものをベースに、他国の文化をうまく取り入れることで、素敵なコンビネーションが生まれる可能性もあります。でも、日本のものを西洋のものにそっくり置き換えて「新鮮で素敵!」というのは、なんだかとてももったいないなと思うのです。

 そして、日本の伝統文化が海外で高く評価されているのを聞くたびに、おせっかいながら、日本の人にも「早くこの魅力に気付いて!」とつい言いたくなってしまいます。

エマミ・シュン・サラミ=1980年(昭和55年)イラン生まれ。父親はイラン人、母親は日本人のハーフ。首都テヘランで幼少期を過ごし、10歳で帯広に移住。漫才コンビ「デスペラード」のボケ担当。著書に「イラン人は面白すぎる!」。
「新潮45」2014年1月号【世界はだいたい日本の味方】より

 イランでは、小学校のときの歴史の教科書で、「日本は素晴らしい国」と教わります。第一次世界大戦前、イランとオスマントルコにとって共通の敵は、大国・ロシアでした。それを倒したのが、東方の小国・日本。それで、イラン人は日本の兵法から学ぼうとしたのです。

 今でも道端で日本人が歩いていたら、「日本人だろ、案内してやるよ」と声をかけられますし、「俺の親戚には日本人の友達がいるんだ!」という、遠すぎる自慢も聞かれるほどです。

〈中略〉他の国々と比較して、よく「日本人は押しが弱い」と言われますが、僕にはそれは、日本人にはたくさんの選択肢が見えているからだと思います。日本にいればどんな発言も自由だし、いろんなことが見えてくる。それらを通して日本人は、「物事にはたくさんの解がある」ことを知っているので、「唯一これが正しい」と盲目的に信じ主張する相手に対して、押しが弱いように見えてしまうだけではないかと思うのです。

 しかし、本来、日本人のような態度はとても謙虚で、健全な姿勢だと思います。僕みたいに漫才に政治批判ネタを取り入れても許されるのも、日本だからこそ。イランでやったら殺されてしまいます。

 そんな日本から見てイランは、アルカイダなどのテロ組織が跋扈する国、というイメージがまだまだ強いようです。でもアルカイダは、イランの多くの国民から嫌われている特殊な組織。日本でいうオウム真理教みたいなものかもしれません。

 だから、「一般の市民」がどんな生活を送っていて、どんなに日本のことを好きか、ぜひもっと知ってもらえたらと思います。イラン人の日本に対する「片想い」が、いつの日か「両想い」になるように、僕も頑張りたいと思っています!

李登輝=1923年(大正12年)台北生まれ。京都帝国大学農学部に進み、4年(昭和19年)陸軍入隊。終戦後、台湾大学講師、台湾省農林庁勤務、米国留学などを経て71年国民党に入党。72年行政院政務委員として入閣。台北市長、政府首席等を歴任。84年副総統に指名され、88年1月総統に昇格。96年台湾初の総統直接選挙に当選。2000年国民党首席を辞任。総統引退後、台湾独立の立場を明確にした。
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[この李登輝さんの写真が撮られた経緯はこちらを

2009年9月5日、日比谷公会堂で行われた講演より

 これまで日本は、外交において、相手の主張を唯々諾々(いいだくだく)と受け止め、できるだけ波風を立てないよう留意してきたと見受けられます。

 しかし、残念ながら、いくら謙虚さを示しても、外国人には理解されず、そのような態度姿勢は、外国から、かえって軽んじられ、軽蔑されるということを、皆さん方はしっかりと認識しておかなければならないでしょう。

 今こそ日本は、自主独立の気力を持って、また、主体性を持って、いずれの国とも、積極的な堂々たる外交を展開すべきだと思います。

ウルフガング・アンベールドロー=スイス人。1953年(昭和28年)生まれ。1982年(昭和57年)、チューリッヒ大学で日本の法律について学んでいた時に、京都大学に留学、日本のビジネス法を学ぶ。その後、スイス・ユニオン銀行日本法人などで働き、現在は投資顧問会社CEO。京都留学時に知り合った女性と結婚、現在、その妻と息子とともにチューリッヒ郊外に暮らす。日本滞在期間通算10年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」より

 日本の文化については、さまざまな分野にずっと関心を持っています。建築やデザイン、絵画などにおける芸術的表現。特に、浮世絵にはたいへん興味を持っています。

 私は、浮世絵を、単に日本の芸術とみているのではなく、職人技の世界でもあると考えています。初期のオリジナルプリントでコンディションのよいもの、そして、「元絵」と呼ばれているものから広重や北斎の作品まで幅広く収集しています。風景、歴史上や架空の出来事、歌舞伎役者、江戸時代のいろいろな楽しい情景を詳細に描いたものです。日本人がいかに音楽好きで外出好きかがよくわかり、おもしろいです。

 欧米の人々は、江戸時代を、「日本の素晴らしき孤立期」と考えています。浮世絵は、この時代を実にわかりやすく魅力的に表現しています。

〈中略〉日本に在住中、日本人が自分たちと他の国々との違いをいつも論じていることに驚かされました。本屋さんに行くと実によくわかります。日本や日本人について日本人が書いた本が本当にたくさん並んでいます。スイスで、「スイス人とは」などと自らのことについてあれこれ論じている本はあまり見当たりません。

 今日のグローバル社会において、日本は、他の世界と共有するものをたくさん持っているという事実にもっと気づくべきだと思います。日本と欧米の違いに注目するのではなく、類似性にもっと目を向けた方がいい。

 国際社会の一員でありたい、国連の常任理事国になりたいと主張する反面、他との違いにあまりにもこだわりすぎるような気がするのです。日本は、もっと世界に向けてオープンになり、あらゆる面で自分たちを理解してもらえるように努め、今こそ真の友情を築くべきなのです。

 バブルの時は、外国から多くの関心が日本に集まりました。ジャパン・マネーがあったからです。けれども、本当の友情とは、お金があってもなくても関係のないところで育つものだと私は思います。日本は、多くのよき友人に恵まれるに違いない、魅力的で素晴らしい国だと確信しています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最後に紹介したスイス人のウルフガング・アンベールドローさん、この方のおっしゃる通り、日本人は「日本論」が好きですよね。
 私も前に何かで聞いたのですが、確かに、他国では自国について論じる類の本はあまり存在しないそうです。

 また、ここ数年、日本のネットでは、日本の様々なニュースや文化などに対する「海外の反応」を紹介する“まとめブログ”が急増しているようです(拙コーナーの役割もそろそろ終わりかもしれません(^_^;)。

 日本人が「日本論」に興味を持つのは、日本人が「他人からどう思われているか」を気にする傾向が強いのが大きな理由ではないでしょうか。
 そして「他人からどう思われているか」が気になる理由は、ずばり「和」を尊ぶ民族性にあるのではないでしょうか。

 「和」を尊ぶあまり、つまり相手と仲良くしなければならないと考えるあまり、本当の気持ちを相手にはっきりと伝えることができない。
 個人的な付き合いならそれでもまだいいんですが、外交でもそういう傾向でずっときてしまいました。

 それが、李登輝さんも指摘されているような、「かえって軽んじられ、軽蔑される」という事態を引き起こしてきたのだと思います。

 イラン人のお笑い芸人、エマミ・シュン・サラミさんは、日本人の謙虚さを健全な姿勢だと肯定的に言ってくださっていますが、謙虚=美徳という考え方は、やはり基本的には国内でしか通用しないということを、私たちは改めて考えた方がよさそうですね。


 ……というわけで、第39弾につづく……!?



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※参考文献
産経新聞2013年10月2日付:伊勢神宮「遷御の儀」は「国籍超越した神事」ドナルド・キーン氏
PAPERSKY, 2012/12/17>マンジョット・ベディ 伊勢神宮「式年遷宮」への想い
「正論」2001年4月号「私の写真館」ロマノ・ヴルピッタ
なるほど がってん 日本の歴史文化>12/8/28付:日本の歴史 本当は何がすごいのか
新・へっぽこ時事放談>日本文明が世界を救う
新・へっぽこ時事放談>ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の説く、日本人の心
さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」>日本人全員に読んでもらいたい。「私は日本人になって天皇陛下にお仕えしたい」(ウエスト博士)
・「新潮45」2014年1月号【世界はだいたい日本の味方】
・「WiLL」09年11月号【李登輝(元台湾総統)講演 日本は今こそ龍馬の「船中八策」を】
・加藤恭子編「私は日本のここが好き!―外国人54人が語る」より

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