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小野田寛郎さんのご冥福をお祈りします(同郷です)

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第9回「竹島の日」記念式典、竹島・北方領土返還要求運動県民大会 参加者募集案内 1月22日(水) 17時15分【必着】

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 小野田寛郎さんが16日、肺炎のため都内の病院で亡くなりました。91歳でした。
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 訃報に接し、私は多少なりともショックを受けました。
 お年を召しても矍鑠(かくしゃく)としておられたし、まだまだ長生きされるんだろうなと勝手に思い込んでいたからです。

 もっとも私は小野田さんの近況は把握していませんでした。
 
 小野田さんの写真集「或る一日」を昨年出版した写真家の産木民彦さんによれば、「昨年、講演会で会った際も、昔と変わらない凛とした姿勢に感激した」とのことです(産経2014.1.17 14:05)。 

 NHKニュースでも昨年の映像が流されていました。
 つい最近まで活動をされていたのですね。

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 戦後の日本人に向けて、色んな意味で「今の日本で本当にいいのか?」と警鐘を鳴らし続けてこられた方でした。

 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


 ひょっとして、今の若い人は小野田さんと言ってもピンと来ないのかな?
 もちろん私も何から何まで知っているというわけではありませんが…。

 小野田さんが帰国されたのが昭和49年。

 私は昭和39年生まれですが、私の世代ですら、Mr.オクレの「お帰りなさい小野田さん」(メガネを取った顔が小野田さんに似ている)や、B&Bの「小野田さーーん!」(洋七が洋八のアフロヘアをジャングルに見立てて叫ぶ)という、やや不謹慎なギャグに笑っていたぐらいですし…。

 4歳下の夫に聞くとリアルタイムでは全く記憶がなく、ギャグでしかほとんど知らないという話でした。

 もし小野田さんを全く知らないという方がいたら、こちらの動画を。
 上の動画はちょっと長いです。下は短め。

■小野田寛郎さんドキュメント
 http://www.youtube.com/watch?v=Khn8Du_W3mE
■The last true SAMURAI - Japanese Spirit
 http://www.youtube.com/watch?v=ZcFbQbs-Cg0


 帰国されるまでの小野田さんの厳しい表情(鋭い眼光!)と、晩年の小野田さんの穏やかで優しい笑顔、そのギャップに驚かれる方も多いと思います。

 テキストではこちらがコンパクトにまとまっています。

■JOG(437)小野田寛郎の30年戦争
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h18/jog437.html


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[当時の新聞報道。大きな記事を朝日新聞デジタルで見ることができます]


 私事になりますが、少し聞いていただけますか。

 私の両親はともに和歌山県出身で、私自身、4歳から21歳までを和歌山市内で過ごしました。
 そんな私にとって、小野田さんは子供の頃からわりと身近な存在でした。

 なぜなら、小野田さんは和歌山県海南市(当時は海南郡。和歌山市のすぐ南に位置する)のご出身だからです。

 しかも、海南市には私の母方の祖母の実家と先祖のお墓があり、私は子供の頃から幾度となくお墓参りに連れて行かれていたのです。

 小野田さんが帰国されてしばらく後のお墓参りの道すがら、あるお宅の前を通った時、「ここが小野田さんの実家やで」と親に教えられたことを今もよく覚えています。

 そして、これも子供時代のことですが、私は実はたった一度だけ、小野田さんを直接お見かけしたことがあります。かなり遠くからですが。

 小野田さんが帰国された直後、和歌山県庁に表敬訪問か何かで来られた日のことです。

 その日、偶然にも当時私が習っていたピアノの発表会が、県庁の向かいの県民文化会館で催されており、それでお姿を拝見することができたのでした。

 県庁の周りには大勢の人が集まっていて、テレビカメラもいっぱい来ていました。

 県民文化会館の前も人がいっぱいで、私は家族や居合わせた人たちとともに、県庁前で観衆に手を振っておられる小野田さんの様子を見ていました。

 当時私はまだほんの10歳でしたから、小野田さんという人を、「戦争が終わったのを知らずに30年間もジャングルで苦労した可哀想なおじさん。でも日本に帰れて良かったね」という感じで見ていたんじゃないかと思います。

 小野田さんが決して「可哀想な人」ではなく、任務に忠実だった根っからの「サムライ」だったことを知ったのは、だいぶあとになってからでした。


 小野田さんの帰国より2年前に横井庄一さんが帰国されています。

 横井さんはすぐに戦後日本の暮らしに馴染まれたそうですが、小野田さんはそれが難しかったらしくて(召集された横井さんと違い、職業軍人だったのも理由のひとつ?)、またマスコミのバッシング報道にも悩まれ、帰国後1年ほどでブラジルに移住されました。

 が、小野田さんは日本を忘れたり捨てたりしたのではなく、むしろ逆で、日本がどんどんあらぬ方向に流されていっているのをいつも心配されていました。

 健全な日本人を育成する目的の「小野田自然塾」を主宰されたり、講演会を行われたり、「日本を守る国民会議」(その後改組されて「日本会議」)の委員としても活動されたり、といったことがそれを証明しています。


 以下、拙ブログで過去に紹介した小野田さんの発言語録を再掲します。

 在りし日の小野田さんを偲んでいただくとともに、私たち日本国民、特に戦後世代に託された小野田さんのメッセージを、改めて噛みしめていただけたら幸いです。

 
■2005年6月発売の「週刊新潮」<小泉「靖国参拝」私はこう考える>に寄せられたコメント

 私は15年間、靖国神社に祀られていた身分です。
 そのままだったら今の日本の姿を知る由もなかった。
 国が靖国を護持しないというのなら、それは私たちに対する借金を返さず、未納のままだということです。
 また別の施設を造るということは私たちに対する裏切り行為です。
 とても許されることではありません。
 靖国参拝は当たり前のことであって、あれこれ言う人はもうどうでもいい。
 いやなら参拝は結構だと言いたい。
 そもそも、いろいろなわだかまりがあったから戦争になったのであって、それをわだかまりがないという方に無理があるんですから、綺麗事はどうでもいいのです。
 A級戦犯が祀られているから、という意見を言う人もいますが、あの裁判は占領中に行われたことであり、彼らはその中で命を落とした人たちなのです。
 日本人は亡くなった人に対してそれ以上の罪を憎まないという習慣がある。
 しかし、中国では死んだあとでも罪人のままで、墓まで暴かれてしまいます。
 その中国の価値観をわれわれが受け入れなければならないのでしょうか。
 一度黙って静かにお参りしてみたらどうですか。
 戦争で死んだ人は若い人が多かった。
 肉親が元気な内は手厚く祀ってもらえるが、肉親がいなくなったあとに祀られる場所は靖国しかないのです。
 戦争は国がやったことですから、その責任を国がとるのは当たり前のことなのです。



■2005年8月15日産経新聞 櫻井よしこさんとの対談での発言

 私は、事実をよく見ないで反省する人の反省は、本物でありうるんだろうかといつも思います。
 事実をしっかり見つめて、因果関係も分かって、反省するのは恐らく本物だと思うのですが、事実関係の認識や認定があいまいなままで反省しても、本当の反省とはいえないのではないか。
 情緒的な反省は、情緒的な自己主張につながり、却って理性を忘れて戦争に走る危険性があるのではないか。
 外交でできることをすべてして、徹底的に戦争回避の術を探る努力は、もっと冷徹な目から生まれるのではないかと思うのです。
(中略)
 戦争の悲惨さは伝えなければいけませんが、ただそれだけでは十分ではないと思います。
 戦争とは悲惨なものである。
 じゃあ、戦争しないためにはどこまで我慢できるか。
 その我慢が切れたら結局、戦争になってしまうのです。
 そんなことも考えずに平和、平和っていいますが、そういう人たちは平和を守ることのつらさを真剣に考えてくれているのかな、と思ってしまいます。
(中略)
 わがまま一方のことを言ってる人が多い。
 街に防犯カメラをつけるといえばプライバシーの侵害だという。
 だったら、空き巣に入ってもらえばいいのに、空き巣もいやだという。
 考えていることや、やっていることが矛盾しています。
 それでいて、その矛盾に気が付かない。
 自分がおとなしくして、事を荒立てなければすべてが安全、平和にいくんだと誤解しているんですよ。



■2005年11月10日「ワイド!スクランブル」山本晋也氏のインタビューでの発言(当時のブログから丸ごと転載します)

 途中から見たのでまた細切れになっちゃいますが、内容を少しご紹介。

 『ワイスク』で、山本晋也が小野田寛郎さんにインタビュー。
 「失礼な質問ばかりするんじゃないか?」「恣意的な編集をするんじゃないか?」とハラハラしました。

 小野田さんは、「潜伏中は両親のことは考えなかった。それより戦友のことばかり考えていた」と。

 田中角栄からもらった見舞金100万円全額を靖国神社に奉納したところ、マスコミなどからバッシングされたのですが(この話は有名ですよね)、その時のことを小野田さんは苦笑しながらこう振り返りました。

 「いただいたら自分の物なんですよね(笑)。それをどう使おうが私の勝手でしょう。銀座で仲間と酒飲んで一晩で使おうと、ホースで酒を『さあみんな飲め』と靖国神社にばらまこうと、私の勝手なんですよ(笑)。それをなぜ言われないといけないのか。大きなお世話です。かなりコチンときましたね(笑)」

 Q:靖国問題についてどう思うか?
 「私は15年間お祀りしていただきましたから。靖国神社の落第生。『この野郎生きていたか』と(笑)。みんな靖国神社に祀られると思って死んでいったんです。だから今さら言われるのは筋違い。約束した場所なんだから

 Q:外交問題にまで発展してるが?
 「一度相手がどう出るか毅然としてみればいいでしょ。まさか中国が怒ってミサイルも撃たないでしょ(笑)。思い切って言ってみたらどうでしょうか。一発ぐらい落ちた方がみんなの考え方が変わっていいんじゃないかと思います(笑)

 よう言うてくれた。小野田さんGJ!(≧▽≦)

 「カメラのレンズは嫌なもんですよね(笑)。横向いてる時はいいが、正面から向けられると、レンズが真っ黒で、銃口を真っ正面から見てるのと同じ」

 「口を開くとどうしても自分がやったことを言ってしまう。『もう少し大人しく口をきけ』と言われる(笑)。日本は平和主義なんだから。日本は急に変わってしまった。ただ僕が遅く帰ってきただけなのに

 帰国から約1年後、日本に見切りをつけた小野田さんはブラジルに移住。
 「自分はこれだけのことができると示したかった。木を切り倒して開拓した。今だったら環境破壊とか言われるかもしれないですね(笑)」

 小野田さんは自然塾や講演活動を通して子供や若い人たちと接している。
 この6日には、学習院大学学園祭で講演。
 「(若い人たちには)たくましくなってほしいんです

 Q:小野田さんにとって人生とは?
 「自分が選んだ結果だと思う。人間は運命の生き物。時代が戦争だったからといって、必ず僕のようにやらないといけないわけではない。人間は一人で生きていけない。人を大事にしなければ

 VTRの後、スタジオでの会話。

 山本晋也曰く。
 「小野田さんは未だに電話番号は1回聞けば覚えるそうです。記憶力のすごさ。陸軍中野学校で鍛えられた。また『負けても死んではならん。何十年経っても迎えに来るから』と言われて、任務を遂行した。小野田さんは1980年に起きた金属バット両親殺害事件に非常に驚いた。日本の子供たちはどうなってるのかと、不安を覚えて自然塾を開いた。火の起こし方など教え、サバイバルな生き方を教えている」

 川村晃司曰く。
 「決してあきらめない精神。金属バット両親殺害事件がきっかけになったのは、日本の戦後がどうなってしまうのかと心配されたからだろう。日本の外交についても何か考え持っているんじゃないでしょうか」

 再度、山本晋也が「欧米では情報員は尊敬される。紳士である」みたいな話をした後、締めにこういう発言を。
 「小野田さんの戦友に対する思いはすごいものがある。一部過激な発言がありましたが、決して小野田さんの『ためにする発言』ではありませんので。いつまでも長生きしていただきたいと思います」

 とまあ、こんな感じで。

 編集で歪曲されるかと思ったけど、テレ朝のわりにはけっこうまともでした。
 ってことは、インタビュー現場ではもっとGJ(テレ朝的にはBJ)な発言があったと見た(^_^;
 小野田さんは終始笑顔で、山本晋也が何を言っても意に介さないというか余裕の表情でしたわ。

 カメラを銃口に例えたくだりはドキッとしましたね。
 小野田さん、帰国後はマスコミに追いかけられて、バッシングもされて苦労されましたから。
 銃口は人を殺す。カメラも時には人を殺す。……って、そこまで考えておっしゃったわけじゃないとは思いますが。

 しかし、山本晋也の言う「過激な発言」って何じゃらほい?
 「(ミサイルが)一発ぐらい落ちた方がみんなの考え方が変わっていいんじゃないかと思います」というくだりか?
 全然過激じゃないと思うけど。

 とにかく小野田さんの言葉は心にぐっと来ますわ。実体験に裏打ちされた言葉の重みとでも言うんでしょうか。
 それに比べ、そのへんの空想平和主義者の言葉の何と薄っぺらいことよ。



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 過去記事の転載は以上です。

 なお、小野田さんは慰安婦問題に関しても、大変貴重な証言を残されていますね。

 例えば、月刊「正論」(2005年1月号)に寄稿された論文がそうです。
 「私が見た従軍慰安婦の正体」と題されていますが、これはおそらく編集部が付けたものでしょう。
 こちらに全文掲載されています。
  http://www4.airnet.ne.jp/kawamura/enigma/2005/2005-01-16-onoda_ianhunoshoutai.html

 小野田さんが慰安婦について語っておられる動画も見つけました。
 聞き手は花田紀凱さんです。2007年頃のものでしょうか。
 http://www.youtube.com/watch?v=dnJEBlCS1NQ

 それから、日刊スポーツの小野田さんロングインタビュー記事(首都圏宅配版の連載「あの人に聞きたい」昨年7月掲載分)がネットに初掲載されています。こちらも必見です。
 小野田さん最後のインタビュー<1>
 小野田さん最後のインタビュー<2>
 小野田さん最後のインタビュー<3>


 小野田さんに関しては、未だに色々と批判する人もいるようです。
 特に、小野田さんが戦闘行為の中で、フィリピン警察軍はじめ相当数のフィリピン人を殺傷されたことについて。

 もちろんご本人もそこは認められていて、先に紹介した動画の中でもこのように語っておられます。

 「出てくる時は処刑されるのを覚悟していた」
 「出てきた時は胸を張ってるが、胸張って銃殺してもらうしかない」
 「そこから先はフィリピンに権限がある。それぐらいのことを(自分は)やってるんだから」
 「相手の顔を見たら撃ちづらいが、自分の身を守るためには、銃を持った奴に遠慮をしてはいけない。お互い様」

 投降翌日にマラカニアン宮殿に小野田さんを招いたフィリピンのマルコス大統領は、「戦いはもう終わった。私はこの国の大統領として、あなたの過去の行為のすべてを赦します」と述べました。
 日本の外務省の力添えもあり、フィリピン政府は小野田さんを恩赦しました。

 小野田さんの生き様については今後また様々な評価がなされるでしょうが、私の小野田さんへの尊敬の気持ちは一生変わらないと思います。

 小野田さん、どうか安らかに。
 そして願わくば、これからも私たち日本国民を見守っていてください。


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