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慰安婦強制連行があったのなら、なぜ朝鮮人男性は反乱も起こさず黙っていたのか

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★お知らせ★
米カリフォルニア州グレンデール市「韓国慰安婦の日」(7月30日) メール,facebook & twitter 抗議
市長と市議会議員宛て抗議メッセージ例文と抗議先がまとめてあります。米国人に真実を伝えましょう!
グレンデール慰安婦少女像反対!30日除幕式まで徹底的にメール抗議
日本からの抗議のメールが大量に届いたこともあって、今、現地メディアはグレンデールに注目しています。
現地で頑張る日本人有志の為にも日本からさらに抗議のメールを送りましょう!

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 産経新聞5月23日朝刊「正論」に掲載された秦郁彦さんの論説があります。

【正論】現代史家・秦郁彦 橋下発言の核心は誤っていない(2013.5.23 03:21) 魚拓(1/4)(2/4)(3/4)(4/4

 これを題材に、先日私はこのような記事をUPしました。

6/8付:韓国人が告発した韓国軍慰安婦の実態

 秦郁彦さんの論説には注目すべき点がたくさんありますが、この時は、朝鮮戦争期における韓国軍の慰安婦事情について言及された箇所に注目しました。

 今回私が注目した論点は……。
 その前にまず、秦郁彦さんが「朝鮮半島における旧日本軍による慰安婦強制連行はなかった」と断定する理由を改めて整理しておくと、こうなります。

[1]この20年以上にわたり数多く紹介され裁判所でも陳述された彼女たちの「身の上話」で、家族、隣人、友人など第三者の目撃証言が登場した例は皆無である。

[2]戦中のソウルの新聞に「慰安婦至急大募集。月収300円以上、本人来談」のような業者の募集広告が、いくつも発見されている。日本兵の月給が10円前後の当時、この高給なら応募者は少なくなかったろうから強制連行する必要はなかった。

[3]もし強制連行があったのなら、なぜ朝鮮人男性は反乱も起こさず黙っていたのか。朝鮮人捕虜が「そんなことをやれば、朝鮮人の男たちが反乱を起こすだろう」と、米軍の尋問に答えた記録も残っているぐらいで、事は朝鮮人男性のプライドに関わってくる。しかも、警察官の7割以上を朝鮮人が占めていた朝鮮総督府が、植民地統治の崩壊を招きかねないリスクを許容したとは思えない。


 [1]については、特に申し上げることはないでしょう。
 朝鮮人慰安婦に関して、「○○さんが日本軍に強制連行されるのを私は見た!」という第三者(目撃者)の証言を見聞きしたことのある人は、おそらくおられないはずです(吉田清治のような詐話師の話を除けば)。

 たとえば、田嶋陽子さんなどがよくテレビで「証言があるじゃないの!」と資料を読み上げたりしますが、それは自称元慰安婦自身の証言であって、第三者の証言が読み上げられた場面など、私はついぞ見たことがありません。

 実際、田嶋さんは、「日本軍が強制連行した」と証言している人が誰もいないことを、2012年9月30日放送「たかじんのそこまで言って委員会」で認めています。

 現在、慰安婦として強制連行された朝鮮女性の人数を、北朝鮮は「20万人」、大韓民国国定教科書は「数十万人」と主張しています。

 仮に「20万人」もの女性が慰安婦として強制連行されたのであれば、少なくともそれと同じぐらいの数の目撃証言があってもおかしくありません。

 なぜなら、「20万人」の若い女性には、それぞれ両親がいて、兄弟姉妹や親戚や友人がいて、近隣住民も大勢いるはずだからです。

 が、秦さんも指摘しているように、「慰安婦強制連行」の目撃証言は皆無なのです。

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 [2]については、私よりも皆さんの方がよくご存知でしょう。
 ネットに上のような当時の資料が多く掲載されています。

 ちなみに上記画像は、数年前に韓国政府が慰安婦が強制連行された証拠として公式HPに掲載していた、慰安婦の“募集”広告です。

 左は「京城日報」1944年7月26日掲載。右は朝鮮総督府機関紙「毎日新報」1944年10月27日掲載。左の「京城日報」には「月収300円以上(前借3000円まで可)」と書かれています。

 強制連行の証拠どころか売春の証拠を出してしまったという、韓国政府の“自爆”でした。


 前置きが長くなりましたが、今回私がテーマにしたいのは、[3]の「もし強制連行があったのなら、なぜ朝鮮人男性は反乱も起こさず黙っていたのか」「朝鮮総督府が、植民地統治の崩壊を招きかねないリスクを許容したとは思えない」についてです。
 (細かなことですが、当時の朝鮮は日本に併合されていましたので、「植民地統治」という言い方は正確ではありません)

 先ほど、私は、慰安婦として強制連行された朝鮮女性の人数を、北朝鮮は「20万人」、大韓民国国定教科書は「数十万人」と主張していると書きました。

 米ニュージャージー州で2013年3月21日に下院、6月20日に上院で採択された慰安婦決議、これらはもちろん韓国系のロビー活動で達成されたものですが、ここでも「20万人」という数字が採用されています。
 しかも「20万人が性奴隷とされ、その4分の3は残忍な仕打ちにより死亡した」という、途方もない内容になっています。

 が、この「20万人」という数字は、統計的にも明らかに変ではないでしょうか。

 当時の朝鮮半島の人口を見ましょう。

 たとえば、1942年(昭和17年)の朝鮮半島の人口は2553万人となっています。うち、日本人の人口は75万2823人です。
 ということは、朝鮮人の人口は2553万から75万を引いた、2478万人ですよね。

 ざっと2500万人とすると、女性は半分の1250万人ですよね。
 そのうち、慰安婦として“適齢期”の女性は何人ぐらいでしょう?
 何をもって“適齢期”と認定すべきか分からないし、計算も面倒なので、半分弱の600万人と仮定します。

 すると、600万人のうちの「20万人」ですから、30分の1です。
 ということは、なんと当時の“適齢期”の朝鮮人女性の30人に1人が「性奴隷」にされたということになります。
 これは非常に高い割合ではないでしょうか。

 こんなにも大量の朝鮮人女性がさらわれたのであれば、それを理由に朝鮮全土で暴動が起きてもおかしくありませんが、そんなものは当時全く発生していません。

 ……と言うと、強制連行あった派は、「20万人という数字は誇張で、実際は数万人では?」などと反論するかもしれません。

 が、たとえそうだとしても、「もし強制連行があったのなら、なぜ朝鮮人男性は反乱も起こさず黙っていたのか」という疑問に対する答えにはなりませんし、「朝鮮総督府が、植民地統治の崩壊を招きかねないリスクを許容したとは思えない」という見方も常識的なものです。

 実は、これを補強してくれる貴重な証言があります。
 1942年(昭和17年)から終戦まで朝鮮総督府に勤めていた大師堂経慰(だいしどう・つねやす)さんという方の証言です。

 ソースは、「正論」2012年1月号掲載の【元朝鮮総督府江原道地方課長が遺した憂国の論考「慰安婦強制連行はなかった」】と題された大師堂経慰さん自身の論文です。

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 これを拙ブログでは11/12/12付:「従軍慰安婦」は朝日新聞の捏造ですで一度紹介しましたが、ちょっと目立たないシチュエーションでしたので、再掲することにしました。

★大師堂経慰さんの経歴
 大正6(1917)年、朝鮮に生まれる。京都帝国大学経済学部卒。朝鮮総督府に入り、江原道地方課長、朝鮮総督府事務官などを歴任。終戦後、商工省経済企画庁に入り、広島通商産業局商工部長で退官。その後、日本合成ゴムに入社し、常務、専務を務める。著書に『慰安婦強制連行はなかった』(展転社)など。大師堂氏は平成22年11月、最後まで本問題を憂慮しつつ逝去された。従って本稿は氏の遺稿となった。

 戦前、戦時中の朝鮮を体験的に知る者として、また昭和17年から総督府に勤め、終戦を総督府の農商局の事務官として迎えたが、その間の1年7ヶ月間の地方勤務では、郡、邑面行政という末端行政を管理する立場で過ごした体験等を基にして率直に述べると、慰安婦にするための朝鮮人婦女子の強制連行は一人もなかったと確信をもって言える、というのが私の心情である。

 婦女子の強制連行がなかったと思う根拠の第一は、もしも婦女子の強制連行があったとすれば、その目撃者は強制連行された者の何倍もいたはずだし、いかに戦時中であっても大きな抗議運動が展開されて当然であるはずだが、目撃証言も抗議運動も一切なかった事実である。現実には92(平成4)年1月の宮沢内閣による謝罪までの、戦後47年間、韓国国民からも韓国政府からも、慰安婦問題についての抗議や問責などは一切なかったし、65(昭和40)年の日韓基本条約交渉の時も、これが話題にされることもなかった。強制連行の事実があって、なおこのようなことが考えられるであろうか。

 根拠の第二は、戦時中の総督府の施政姿勢である。内鮮一体を唱え、戦争遂行に大きな協力を求めていた総督府の頭脳が、施政に当たって最も気を遣っていたのは民心の動向であり、処遇において朝鮮人と内地人を差別してはならぬ、というのは施政の基本であった。このような雰囲気のなかで、日本人と差別をして朝鮮人婦女子だけを強制連行することなど、全く考えられぬことである。

 総督府首脳には苦い経験があった。29(昭和4)年の秋、発端は内地人中学生と朝鮮人中学生の小さなもめ事であった。光州(全羅南道)への汽車通学中に内地人中学生が朝鮮人女学生をからかったということから始まった。女学生の兄が、からかったという内地人中学生に「お前、何で俺の妹をからかったんだ」と詰問し、喧嘩になった。喧嘩はそこで終わらず、朝鮮人中学生と内地人中学生の小さな集団による喧嘩にまで発展した。警察は関係者を連行して取り調べたが、その際、内地人学生と朝鮮人学生の取り扱いに差別があった、ということで光州の朝鮮人中学生(当時は高等普通学校)が抗議行動を展開した。この抗議行動が光州で留まらず、間もなく全朝鮮の朝鮮人中学生の抗議行動に拡大した。この予想外の展開は総督府首脳を慌てさせたが、これは「理の通らぬ民族的な差別扱いには敏感に反応する民族性」を強く印象づけた事件であった。

 このことがあってから10年、総動員体制から戦時体制に移行していた総督府施政において内鮮人の処遇の差別と見られるようなことのないよう常に気を遣っていた。内地人と朝鮮人との差別の象徴とされていたものが官吏の加俸制度であった。官吏の俸給表は内地人も朝鮮人も同じものが適用されていたが、内地人には判任官は6割、高等官には4割の加俸が支給され、これが内鮮人処遇上の大きな差別であった。小磯総督はこの差別をなくすよう強く主張され、結局高等官には昭和19年4月11日の総督府令168号で、判任官には1年遅れの昭和20年4月12日の総督府令75号で朝鮮人にも加俸を支給することになって、この差別は解消されたのであった。これは歴代総督の出来なかった差別の解消であり戦時中であったことを考慮にいれても特筆すべき決断であった。

 付言しておくが、昭和32年4月に売春防止法が施行されるまで、日本では買春は一定の規制の下で合法であった。東京の吉原に見たような施設は戦前、戦時中の朝鮮でも京城(現ソウル)をはじめ釜山、平壌その他主な都会では、どこでも見られたのは事実であり、そこでは日本人女性も、朝鮮人女性も多数働いていたのも事実であった。ここで働く女性達は前渡金を払って集められたのであったが、募集が困難になれば、前渡金の引き上げを考えることはあったにしても、強制連行などという発想は当時全くなかったと思う。

 慰安婦の強制連行が話題になりはじめたのは吉田清治氏の著作「私の戦争犯罪」(昭和58年)が刊行された以降である。この無責任な作り話を一部学者や弁護士、さらには有力なマスコミまでもが支持した結果、誤解を広げたのであった。

(平成22年8月15日)

 これを素直に読めば、朝鮮人女性の「慰安婦強制連行」なんかなかったと誰でも分かるはずです。

 日本人学生と朝鮮人学生の喧嘩を取り調べた警察の扱いに差別があったという、たったこれだけ(と言っては語弊があるでしょうが)のことでも、全朝鮮に抗議行動が拡大したのです。

 これほどまでに差別に敏感でプライドも高かった(今も高いですが)朝鮮人が、仮に自分たちの娘や姉妹や近所の女性たちが「強制連行」などされたら、絶対に黙ってはいなかったでしょう。

 朝鮮総督府も差別をできるだけなくすように努力していたし、大師堂さんはその一例として官吏の加俸制度を取り上げていますね。

 常識で考えてみて、内鮮一体のためこのようにきめ細かな努力を積み重ねてきた日本側が、朝鮮人女性の「慰安婦強制連行」などという、これまでの努力を全てぶち壊すような愚かなことをするでしょうか?

 そんなことをして日本に何のメリットがあるのでしょうか?

 そもそも、秦郁彦さんの指摘にもあるように警察官の7割以上を朝鮮人が占めていた状況で、仮に「強制連行」などすれば、被害者の家族はじめ周囲の人がすぐに近隣の警察官に訴え出たことでしょう。

 加えて言えば、当時の朝鮮半島では、一般の警察官のみならず、警部や高等刑事などの高い地位にいた朝鮮人も大勢いました。
 このような体制で、朝鮮人女性の「強制連行」が可能でしょうか?
 (朝鮮人警察官らが日本側に加担し「強制連行」に協力したのであれば、また別ですが)

 警察官だけではありません。
 各地方の知事、あるいは議員を務めた朝鮮人も大勢いました。

 今年3月8日、衆院予算委員会で中山成彬議員が当時の新聞記事などを資料として提示しつつ、日本の朝鮮統治の実態を紹介してくれたのは記憶に新しいところです(3/8付に要旨紹介)。

 たとえば、昭和8年5月31日付の「朝鮮朝日」は、朝鮮半島13道の「道議会議員選挙当選一覧」を掲載しましたが、それによれば議員当選者の約80%が朝鮮人でした。

 このような体制にあった朝鮮半島で、日本軍が一体どうやって朝鮮人女性の「強制連行」を実行できたというのでしょうか。

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 私たちは過去の歴史を振り返る時、本来連続している事象であるにも関わらず、ひとつの断片だけ(この場合は「慰安婦強制連行」という部分だけ)を見て結論を出してしまいがちです。

 が、歴史の一部分だけを取り出して見ても、真相は決して見えてきません。
 歴史は点ではなく、線でつながっているのですから。

 また、当時を生きた人たちの価値観や当時の社会の雰囲気などを一切考慮することなく、現在の価値観のみで過去を断罪しようとする人たちも少なくありません。

 そうではなく、当時の価値観などを理解した上で、いわば自分がタイムマシンに乗ってその時代に行ったつもりで、検証していくことが大切ではないかと思います。


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※関連ツイート

「WiLL」2013年9月号(最新号)藤岡信勝氏の【「従軍慰安婦」で日本の名誉を売った二人の弁護士】は必見です。慰安婦問題をでっち上げ、世界にその嘘をばらまいて国際的な大問題に仕立てた戸塚悦朗と高木健一が取り上げられています。戸塚は日本でもあまり知られていないと思うので、皆さま是非ご覧になって下さい。なお、もう一人、顕著な働きをした弁護士に福島瑞穂がいますが、「その件は別の機会に取り組みたい」とのことです。









※拙ブログ関連エントリー(慰安婦問題(厳選))
07/3/17付:【資料】慰安婦問題おさらい10問10答
07/3/19付:「たかじん」慰安婦問題(全文テキスト)
07/3/27付:「WiLL」慰安婦問題特集
07/4/9付:元慰安婦「李容洙」証言の矛盾
11/12/12付:「従軍慰安婦」は朝日新聞の捏造です
12/6/2付:「慰安婦博物館」に寄付した日本の団体&韓国人の慰安婦への認識の変遷
12/8/27付:慰安婦問題まとめ2012
13/3/8付:中山成彬議員が衆院予算委で日本の真の朝鮮統治(インフラ整備、創氏改名、慰安婦など)を語ってくれました
13/4/10付:西川京子さんが衆院予算委で「従軍慰安婦」「南京大虐殺」の虚構と自虐史観に侵された入試問題について語ってくれました(中山成彬さん質疑まとめ付き)
13/5/27付:「たかじん委員会」慰安婦は当時必要だった?日本占領下の米軍の実態とは?韓国人教授が語った慰安婦の実態とは?
13/5/27付:【文字起こし】面談ドタキャンで元慰安婦支援団体会見
13/6/8付:韓国人が告発した韓国軍慰安婦の実態
13/6/15付:三輪宗弘先生の「大韓民国の物語」書評で改めて見えた韓国の民族主義と李栄薫教授の苦悩


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