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【東日本大震災-12】外国人から見た日本と日本人(36)

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【こちらはミラーです。コメントは本館へお願いします。TBは受け付けています(承認制。本記事と無関係な物は削除します)。2012/10/16本館にツイートボタン設置済み。
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読者様向け掲示板もどうぞご活用下さい(^o^)】

※このシリーズの一覧を作ってあります。
 【一覧】外国人から見た日本と日本人

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 「外国人から見た日本と日本人」。第36弾です。
 3/15付:【東日本大震災-1】外国人から見た日本と日本人(22)
 3/22付:【東日本大震災-2】外国人から見た日本と日本人(23)
 3/28付:【東日本大震災-3】外国人から見た日本と日本人(24)
 4/16付:【東日本大震災-4】外国人から見た日本と日本人(25)
 4/25付:【東日本大震災-5】外国人から見た日本と日本人(26)
 6/6付:【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)
 7/11付:【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)
 8/6付:【東日本大震災-8】外国人から見た日本と日本人(29)
 10/18付:【東日本大震災-9】外国人から見た日本と日本人(31)
 12/1/7付:【東日本大震災-10】外国人から見た日本と日本人(32)
 12/3/17付:【東日本大震災-11】外国人から見た日本と日本人(33)
 に引き続き、震災編パート12となります。

 震災発生から2年。
 その前後の期間に報道された海外の反応をまとめてみました。
 
震災2年で台湾観光局が支援広告 「台湾と日本 想いはひとつ」(J-CASTニュース2013/3/13 12:10)
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 東日本大震災の発生から丸2年が経過した2013年3月11日の産経新聞の紙面に、台湾観光局が「台湾と日本 想いはひとつ」と題した全面広告を掲載した。震災の節目に、国外の機関が広告を出すのは異例。

   広告は、「日本加油」(日本頑張れ)「我愛日本」(日本が好き)などと書かれたハートの上に日本と台湾の地形を型取り、

   「あれから二年、台湾での復旧・復興への関心はいまだに高く、日本へのさまざまな支援が各所で続けられています。これからも希望と元気をお届けしながら、日本の皆さんを応援していきたいと想います。共に笑顔で歩み続けていけるように…」

   というメッセージが添えられている。同様の広告は、福島民報にも掲載された。

ガザの子どもらが追悼のたこ揚げ(NHK 3月11日 22時14分)(リンク切れ)
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 東日本大震災から2年になるのにあわせて震災の犠牲者を追悼しようと、日ごろ、日本から支援を受けているパレスチナのガザ地区の子どもたちおよそ1000人が、手作りのたこを揚げました。

 これは、パレスチナへの支援を行っている国連機関が去年に続いて企画したもので、11日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区南部の広場には、日本の支援で建設された小・中学校に通う子どもたち、およそ1000人が集まりました。

 はじめに子どもたちの代表があいさつし、「日本で起きた惨事を決して忘れません。復興をあきらめない日本を私たちはいつも最高のお手本にしていますと被災地へのメッセージを述べたあと、全員で東日本大震災の犠牲者に黙とうをささげました。

 そして、広場の上空を緊張関係にあるイスラエル軍の戦闘機が飛行するなか、子どもたちは、晴れ渡った空に向かって復興への願いを込めて日の丸などを描いた手作りのたこを一斉に揚げました。

 また、会場では宮城県石巻市の被災地から寄せられた「みなさんが震災を忘れないでいてくれる事実に多くの被災者が勇気づけられています」というメッセージも読み上げられました。

 参加した男の子の一人は「いつも学校や病院などを建てて支援してくれる日本の人々をきょうは私たちが励ます番です」と話していました。

イラク 小学校授業で日本激励(NHK 3月12日 22時8分)
 イラク戦争後の混乱が続くイラクの小学校で、東日本大震災からの復興について学ぶ授業が行われ、子どもたちからは「イラクの子どもたちも日本のことを応援しています」といった声が聞かれました。

 この授業は、バグダッド南方の町、ハイにある小学校で11日行われました。

 授業で教師のサリーム・サイさん(46)は津波が起きたときの様子や震災からの復興が続く日本の様子について子どもたちに説明しました。

 サイさんは何年も前からNHKの国際放送、ラジオ日本のアラビア語放送を通じて、日本に親しみを感じて日本を旅行したこともあるということです。

 教室にはサイさんが作った「福島から愛と勇気をもらいました」と日本語で書かれたポスターも貼られています。

 授業を受けた子どもたちからは「イラクの子どもたちも日本のことを応援しています」といった声が聞かれました。

 サイさんは「イラクは日本から地理的には遠いですが、両国の友情は固く、イラクの人々が日本の被災地のことを忘れることはありません」と話していました。

 今月20日で、イラク戦争の開戦から10年を迎えるイラクでは、おととしの戦争の終結後もテロが散発的に起きていて、不安定な治安情勢のなか戦後の復興が進められています。

エジプトで追悼と激励の催し(NHK 3月12日 5時6分)
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 東日本大震災から2年となった11日、日本から遠く離れたアフリカ大陸のエジプトでも、犠牲者を追悼するとともに、日本を激励しようという催しが開かれました。

 「ジャパンデー」と名付けられたこの催しは、エジプト北部の都市、アレクサンドリアで開かれ、日本語を学ぶ学生など日本とゆかりのあるエジプト人100人以上が集まりました。

 催しでは初めに、震災で犠牲になった人たちに、全員で1分間の黙とうをささげたあと、昭和59年のロサンゼルスオリンピックの決勝で山下泰裕さんと名勝負を演じたエジプトの柔道家、ラシュワンさんが日本への応援メッセージを読み上げました。

 この中でラシュワンさんは、日本人は忍耐力がある。必ず再建するはずだ。復興の象徴として、被災地のアスリートたちの頑張りを期待している」と激励しました。会場では、復興が進む被災地の様子を紹介するビデオが流されたほか、震災直後にエジプトで行われた募金活動の様子などの写真がパネルで展示され、大勢の人たちが見入っていました。

 参加した人たちは、「日本の友人として被災した人たちのことを思っています」とか、「子供のころに暮らしたことがある日本の復興を応援しています」などと話し、日本に応援のメッセージを送っていました。

「前向いて」と南ア救助隊 訪日活動モチーフに新切手(産経2013.3.9 09:35)
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 東日本大震災後、宮城県内で行方不明者の捜索に当たった南アフリカの救助隊のシェール総隊長は8日、大震災から11日で2年となるのを前に「愛する家族を失った日本の被災者にお悔やみを申し上げる。前に向かって進んでほしい」と激励した。

 8日には、救助隊が日本で活動した時の様子をモチーフにした南アの新切手が公表された。

 シェール氏は共同通信に対し「(被災地で)インフラ再建も進んでいると聞いたが、日本人の勤勉さは知っており、驚いていない。ぜひ被災地を再訪したい」と語った。

 南アの救助隊は震災直後、宮城県石巻市や名取市などで活動した。(共同)

【インドネシア】「絆」人文字でアピール、スマトラ被災地でも追悼(バンコク週報2013/03/12)
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 2004年のスマトラ沖地震による大津波の被災地、インドネシア・アチェ州バンダアチェ近郊の中学校で11日、発生から2年となった東日本大震災の犠牲者を追悼する式典が開かれた。女子生徒らが漢字の 「絆」の人文字を披露、被災地への連帯をアピールした。

 会場の中学校校庭に、直径約10メートルの真っ赤な「絆」の文字が浮かび上がった。ジルバブ(スカーフ)をかぶった制服姿の女子生徒約30人が、赤い布を高々と持ち上げる。傍らには日本とインドネシアの国旗が並べて掲げられた。

 式典には州政府や地元漁協の関係者、中高生ら計約600人が参加、震災犠牲者に黙とうをささげた。生徒らはこの日のために練習した日本語の歌を合唱。地元漁協のアジズ事務局長は「日本はアチェの再建に多大な貢献をしてくれた。両国の団結を強めていきたい」と話した。

 在メダン日本総領事館の浜田雄二総領事は式典で「大災害に遭ったアチェの人々と日本人は兄弟であり姉妹だ。手を携えて、共に進んでいこう」とあいさつした。バンダアチェ市は日本の被災地との交流を深めており、今月、市職員2人を研修生として宮城県東松島市に派遣した。

 04年の大津波ではインド洋沿岸諸国で計22万人以上が死亡した。アチェ州は最大の被災地で16万人以上が犠牲になり、インフラなどが壊滅的被害を受けた。

マレーシアの高校生が復興支援の清掃活動(デーリー東北2013/03/02 14:00)
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 東日本大震災を受けた外務省の青少年国際交流事業「キズナ強化プロジェクト」で、マレーシアの高校生98人が、2月27日から洋野町(注:岩手県)を訪れている。被災地を視察したり、復興支援の清掃活動に取り組んだりし、震災について理解を深めた。4日まで滞在し、農業体験や地元高校生との文化交流も行う。(川守田将和)
 
 プロジェクトにより海外の青少年が同町を訪問するのは、中国、韓国に続き3カ国目。同町を対象とするのは今回が最後となる。
 高校生たちは27日、町職員から町の被災状況や、復興に向けた取り組みについて説明を受けた後、防潮堤や被災した漁業関係施設などを見学した。

 28日は、復興支援活動として2グループに分かれ、岩手県栽培漁業協会種市事業所と、角浜地区の海岸で清掃奉仕に励んだ。
 種市事業所では、春ごろから使用する予定のウニの飼育水槽内に生えた藻を、ナイロンたわしで丹念にこすり落とした。

 ファティン・ヌリザティ・ビンティ・マウラナさん(16)は「短い時間でこれだけ復興できるんだと感動した」と、復旧の状況に感銘を受けた様子。「風評被害というものも学んだ。帰国したら、日本の正しい情報を伝えたい」と話した。

EU大統領、日本の震災対応に敬意 安倍首相に書簡(日経2013/3/12 10:24)
【ブリュッセル=御調昌邦】欧州連合(EU)のファンロンパイ大統領は東日本大震災の発生から2年の節目にあたる11日、安倍晋三首相への書簡を公表した。大統領は震災について「傷痕は依然として痛ましいが、日本は回復に向けた能力を示してきた」として、日本自身の対応に敬意を示した。

 EUと日本の深い関係については「両国・地域が結束した場合にだけグローバル化した課題に取り組むことができる」と指摘。国際的な安全保障や気候変動などの分野で協力したい考えを示したとみられる。

ウクライナで追悼集会 原発事故の再発防止祈る(産経2013.3.12 10:33)
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 東日本大震災から2年の11日夜、ウクライナの首都キエフで犠牲者を追悼する集会「哀悼のともしび」が開かれた。集まった約200人はろうそくを手に、同国のチェルノブイリ原発や東京電力福島第1原発のような事故が、これ以上繰り返されないよう祈りを新たにした。

 会場の国立キエフ工科大キャンパスでは黙とうの後、日本人の父とウクライナ人の母を持つ8歳の少女がバイオリンで「ふるさと」を演奏。ウクライナ人監督による大震災のドキュメンタリー映画も上映され、参加者は雪が降りしきる氷点下の屋外で、遠い日本に思いをはせた。

 坂田東一駐ウクライナ大使は「チェルノブイリを経験したウクライナの人々は、原発事故の影響を受けた方々の気持ちを本当に理解できるのは、われわれだけという意識がある」と述べた。(共同)

【東日本大震災2年】大聖堂に復興祈念の歌声 伊、被災地からも参加(産経2013.03.12)
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 東日本大震災から2年となった11日、ローマのサンパウロ大聖堂で、イタリアの音楽家や被災地の岩手県と宮城県の高校生と大学生らが参加し、震災からの復興を祈念するコンサートが行われた。

 イタリアの管弦楽団や同国在住の日本人オペラ歌手に加え、被災地の学生約20人が合唱団員として参加。約2千人の観客を前にモーツァルトの「レクイエム」などを演奏し、犠牲者の鎮魂と一日も早い復興を願う歌声が大聖堂に響き渡った。

 大震災で被災した岩手県陸前高田市の県立高田高校2年、志田佳奈さん(17)は演奏後「こんなに観客が集まってくれて感謝の気持ちでいっぱい」と充実感を漂わせた。宮城県水産高校(同県石巻市)を今年卒業した佐々木大介さん(18)も「自分なりに気持ちを伝えられた」と笑顔を見せた。サンパウロ大聖堂では10日、宗教の垣根を越え、仏教関係者による犠牲者追悼の読経も行われた。(共同)

「回復力と品位に世界が感嘆」 米国務長官、日米の絆を強調(産経2013.3.9 11:10)
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 【ワシントン=犬塚陽介】ケリー米国務長官は8日、東日本大震災の発生から2年となる11日を前に声明を発表し、日本人が悲劇を乗り越えるために示した「回復力と品位に世界が感嘆した」と称賛した。さらに、復興に向けて着実に進んでおり、米国も「役割を果たしていることをうれしく思う」と日米両国の強い絆を強調した。

 ケリー長官は声明で、日米関係は「相互に助け合うことなど、共通の価値観を基盤に構築されている」と指摘し、2005年のハリケーン「カトリーナ」で日本が米国を支援したように、「米国も日本の援助にためらいはなかった」と回想した。

 また、米軍と自衛隊が協力した救援活動「トモダチ作戦」は数多くの被災者を救い、全世界に日米関係の「深淵(しんえん)で永続的な強さを示した」と述べ、若者を中心とした今後の人的交流の継続にも期待を示した。

 ケリー長官は犠牲者の遺族に弔意を示し、「悲しい日に思いをはせながら、太平洋を隔ててつなぐ深い絆と友情を思い出し、(絆と友情を)新たにしたい」と強調した。

震災2年 NYでも「被災地のことを忘れない」思い込めた追悼式(FNN 03/11 13:07)
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 東日本大震災から、11日で2年。アメリカ・ニューヨークでも10日、「被災地のことを忘れない」という思いを込めた追悼式が行われた。

 日本時間の11日にあわせて行われた追悼式では、参加者が、被災者に祈りをささげたほか、宮城県や福島県など、被災地からのビデオメッセージが上映され、当時の映像を見て、涙ぐむ人の姿も見られた。

 参加者は「参加することで、せめて、皆さんのことを思ったり、祈ったりすることができたらいいなと思って参加しました」と話した。

 追悼式で集められた募金は、全額が被災地に寄付される。

診療で気づかされた東北人の強さ 国際支援チームの米国籍医師(産経2013.3.11 00:00)
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 東日本大震災で各国から派遣された国際支援チームの中に米国籍の医師、生原(いくはら)睦夫さん(50)の姿があった。平成23年3月28日付の本紙で「母国、日本の力になりたい」と語った生原さん。支援活動を通じて心を動かされたのは「日本人、東北人の我慢強さ」だった。

 生原さんは「アイク生原」の愛称で日米間の野球交流発展に尽力した昭宏氏の長男として幼少時から米国で育った。長らく内科医として病院勤務をしていたが、2010年ごろから「苦境に立つ人々に希望を持ってもらえるような活動をしたい」とボランティア活動に身を投じた。

 震災時に米国の緊急災害医療支援チームの一員として最初に訪れた宮城県東松島市の避難所。家族を亡くした若い女性看護師が何十時間も休みなしで働いていた姿が印象に残っている。

 自分自身も悲しいであろう境遇の中、体調も心配だったので「大丈夫ですか」と尋ねると、女性は毅然(きぜん)とした様子で「他の人の方がもっと大変だから。嘆いている時間はないんです」と気丈に答え、被災者の世話を続けていた。

 「日本人は冷静で感情を表に出さないといわれるけど、他人への感情、思いを人一倍持っている。自分を犠牲にしてでも奉仕する」

 生原さんはその後も被災地をたびたび訪問。昨年12月には宮城県南三陸町の中学校に、米ロサンゼルスの中学生がつづった励ましの絵はがきや手紙を届けた。「あなたたちのことを忘れてはいない」。被災地の子供にこう伝えたいとの思いからだった。

 生原さんは日本人に感謝しているという。「本当に苦しいときにこそ見せた、人間の『好意』を見ることができてうれしかった。あのときの日本人の振る舞いを私は忘れない」(福田涼太郎)

震災2年 犠牲者を悼む慰霊碑、米・オレゴン州で一般公開(FNN 03/11 13:09)
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 東日本大震災の犠牲者を悼む慰霊碑が、日本から7,300km離れたアメリカ・オレゴン州で一般公開された。

 この慰霊碑は、2012年6月、オレゴン州ニューポートの海岸に漂着した、青森・三沢漁港の浮桟橋の一部を切り取ったもので、震災から2年となるのにあわせ、10日に除幕式が行われた。

 2年前に日本を襲った津波は、同じ3月11日に、太平洋を渡って西海岸を直撃している。

 在ポートランド出張駐在官事務所の村林弘文総領事は「今回の記念碑が、津波に対するアウェアネス(意識)を高めるようなことで、少しでも役立っていただければありがたいと思います」と述べた。

米民間寄付は684億円 先進国への災害支援で最大(産経2013.3.11 14:38)
 国際交流団体、日本国際交流センター(東京都港区)は11日までに、東日本大震災の被災者に対する米国の民間寄付が発生から2年間で、計7億1260万ドル(約684億円)に達したと発表した。

 外国の災害への寄付としては、スマトラ沖地震に伴うインド洋沿岸を襲った大津波(2004年)、ハイチ大地震(10年)に次ぐ額で、米国から他の先進国への災害支援としては過去最大という。

 米国の企業やNPO法人、個人らからの寄付を集計、算出した。最も大口の寄付をしたのは米赤十字社(3億1200万ドル)で、国際非政府組織(NGO)セーブ・ザ・チルドレン(2615万ドル)などが続いた。

 日本国際交流センターは多くの寄付が集まった背景について「過去数十年間に日米間で築かれた強力な草の根の結び付き」を指摘した。(共同)

東日本大震災で死亡した米国人女性の半生描く 米黒人映画監督のレジー・ライフさん(62)(産経2013.3.9 21:33)
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 「被災者の方々に、テーラーさんのように夢を持って生きてもらいたい」

 東日本大震災で津波の犠牲になった米国人英語指導助手(ALT)、テーラー・アンダーソンさん=当時(24)=の半生をたどるドキュメンタリー映画「夢を生きる」を制作した。

 テーラーさんのことは震災後、ニュースやネットの書き込みで知った。「どんな人なんだろう」と興味がわき、米東部バージニア州の遺族から同意を得て制作に取りかかった。

 小学校の頃から日本に関心があったテーラーさんは、日本語を習得して2008年に英語指導助手として来日。英語を教えていた宮城県石巻市では、小中学校や地元の行事に積極的に参加していた。

 震災前日には、卒業する約60人の中学生一人一人に手書きのメッセージを書いた。約90分の映画では家族や日米両国の友人らの語りを通じ、そんな心優しい人柄が浮かび上がる。

 「彼女が特別だったことは確か。周りの人に恋人と変わらないほどの豊かな愛情を持って接し、人を前向きにする力を持っていた」。そう語るライフさんは、「作品はテーラーさんだけではなく、震災に関わった人全員をたたえるものだ」と強調した。

 初来日は1990年。「男はつらいよ」シリーズの第43作では制作に立ち会った。山田洋次監督とはいまも交流があるという。
 何度も被災地に足を運んだ経験を持つ。「被災地のことを忘れてはならない。そのためにも、この作品を早く、多くの人に見てもらいたい」

 映画は10日、テーラーさんが暮らしていた石巻市で上映される。

海外「日本人に称賛を」 被災地の現在の様子に外国人が感銘(「パンドラの憂鬱」さん3/10)
まだまだ復興の途上ではありますが、この2年間の被災地の前進の様子に、外国人からは様々なコメントが寄せられていました。
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※その他の写真はこちらより。
  写真をクリックすると、現在の様子が見られます。

■ 「誰かがやってくれるだろう」精神がなくなった時、
  そしてそれぞれが責任感と自立した考えを持った時どうなるのか。
  この一連の写真はその格好の例だと思うよ……。
  日本の人たちに称賛を……!

■ 日本のみんな、俺からの称賛の拍手も受け取ってくれ。

■ 懸命に自分の仕事に取り組む人たちなんだ!!!
  日本人がどういった人々なのか。写真を見ればそれが分かる!

   ■ ホントそう思うわ……。
     アメリカ人もこれくらいの忍耐力があればなぁ。

■ しかしあれだけあった瓦礫の山はどこに行ったんだろうか……?

■ 日本人は、他人任せにしない人たちなんだろうな。

■ 日本って災害が起きたあとの復興の力が凄いよね……。
  ヒロシマなんてデトロイトよりも発展してるんだぜ……。
  こっちの人間とは違って、人も政府も貪欲じゃないんだろうね。

■ 震災から2,3ヶ月後の写真を見たことあるけど、
  すでに道路が修復されてたもんな。
  小さな火事で崩落したイギリスの橋が
  復旧に半年かかったことと比較されてた。  

■ 写真を見た限り、復興と呼ぶにはまだまだだね。
  ガレキの除去は進んでる。
  ただ復興と言えるかというと、ノーなんだ。

■ アメリカの沿岸部が同じような被害に遭ったら、
  どれくらいの早さで復興できるかって写真を見ながら度々考えたよ。 

■ 復興の早さにかかわらず、
  被災地の人達が前に進んでる様子を見れて良かった。

■ この2年間の被災地の変化に驚嘆した!
  気持ちが折れてしまうようなあの悲劇のあと、
  これだけの進歩を果たしてきた様子をかしこまって見たよ。
  今でも被災地のことを思うと胸が張り裂けるような思いだけど、
  それでもここまでのところの復興の度合いは目覚ましいものがある。

■ 感動的な復興を続ける被災地に、僕の思いと祈りが届きますように。 

■ 日本の素晴らしさは驚嘆に値するな。
  カトリーナの被災直後と現在との比較写真を見てごらん。
  ほとんど何の変化もないんだぞ。

■ ガレキ除去に要した膨大な努力の結果を見ると凄く奮起させられる。
  だけどよく見ると、破壊されたいくつかのビルがまだ撤去されてない。
  国内の諸問題を抱えたまま、本当の難問と日本は
  立ち向かわないといけないね。

■ 別に驚かんな。
  日本人には「目標を達成する」っていうメンタリティーがあるから。

■ ルーマニアだったら、100年くらいは何もされず放置されたままだぜ!

■ 写真を見て、母なる自然のエネルギーに驚きが止まらなかった。
  だけど、苦境を跳ね除ける人間の力にそれ以上の感銘を受けたよ。
  こんな短期間にあれだけの復興ができるなんて信じられない。

■ 日本人はどんな時だって持ってる能力を見事に発揮させるね……。

■ 自分の息子が震災時に日本に住んでたんだ。
  彼から連絡が来るのを待つ時間は本当に辛かったよ。
  幸運にも息子は助かったけど、多くの人が命を落としてしまった。
  一年後に家族で日本を訪問したんだけど、
  瓦礫が見事に撤去されてること、それから日本人が
  自分たちの生活を取り戻してる様子に驚きを隠せなかったよ。
  彼らは本当にワンダフルな人々だ。

<引用者注:コメントは抜粋。全文は「パンドラの憂鬱」さんの元記事を>

【WBC】キューバ、オランダも被災地へエール(産経2013.3.11 19:15)
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 試合前、東日本大震災の犠牲者に対し、黙祷がささげられたキューバ-オランダ戦。両チームの監督は日本でのプレー経験があることもあって、会見で震災に話しが及ぶと、神妙な表情で語り出した。

 ロッテ時代、新浦安(千葉)に住んでいたというオランダのミューレン監督は「津波が起きたときはいろいろ想像した。2年たっても忘れられない日だ」。社会人のシダックスに所属していたキューバのメサ監督も「私たちが元気をあげたいし、前進し続けてほしい」とエールを送った。

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 以下は、日本側のアクションです。

英の「福島庭園」 支援に感謝の石碑(NHK 3月12日 5時6分)
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 東日本大震災の発生から2年となった11日、イギリス・ロンドンにある日本庭園には、イギリスからの支援に感謝の意を表す天皇陛下のおことばを刻んだ石碑が新たに設置されました。

 石碑が設置されたのは、ロンドン中心部の公園に、去年作られた日本庭園、「福島庭園」で、震災から2年となった11日、イギリス在住の福島県人会のメンバーなど数十人が参加して除幕式が行われました。

 式では、参加者全員で地震が起きた時間に合わせ、現地時間の午後2時46分に黙とうをささげたあと、日本大使館の林景一大使らが石碑の除幕を行いました。

 石碑には、天皇陛下が去年5月にイギリスを訪問した際、震災で日本の支援に当たったイギリス人らに対して述べられた英語のスピーチが刻まれ、「この国の多くの人々が災害の犠牲者に対し、同情を示してくださったにとどまらず、困難な状況に置かれた被災者のために多岐にわたる貴重な救援活動を迅速に実施されたことは誠に心励まされることでした」などと記されています。

 除幕式に参加した福島県人会の満山喜郎会長は、「この石碑があれば、イギリスの人たちも震災のことを忘れないと思いますし、海外にいるわれわれもこうした機会に福島県人として復興をアピールできるので大変うれしいです」と話していました。

台湾の震災支援に感謝のイベント(NHK 3月10日 18時26分)(リンク切れ)
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 東日本大震災から2年になるのに合わせて、多額の義援金を送ってくれた台湾の人たちへの感謝の気持ちを伝え、日本と台湾の交流を深めていこうというイベントが、台北の近郊で行われました。

 このイベントは、台湾に留学している日本の大学生たちが企画したもので、会場となった台北近郊の川沿いの広場には、地元の人たち数百人が集まりました。

 最初に、日本の学生たちが「台湾の方たちの支援は忘れません」とあいさつし、被災地におよそ200億円の義援金を送ってくれたことへの感謝の気持ちを伝えました。

 このあと、宮城県の被災地を訪れてきた学生が報告を行い、地域によって復興のスピードに差があり、漁業や観光業が回復せず、いまだ多くの被災者が困難な生活を続けている現状を紹介し、引き続き復興を応援してほしいと訴えました。

 会場では、台湾への感謝の気持ちを表した被災地からのメッセージや写真などが展示されたほか、日本と台湾の人たちが被災地に送る千羽鶴を一緒に折って交流を深めていました。

 イベントに訪れた台湾の男性は、「感謝のメッセージを見てうれしく思いました。できるだけ早く被災地が復興することを願っています」と話していました。

 また、イベントを主催した日本人の学生は、「日本と台湾の理解が深まり、双方の交流がより活発になればいいと思います」と話していました。

WBCで日本側スタンドに「謝謝台湾」 台湾SNSでは「感動した!」の声(J-CASTニュース2013/3/ 9 16:30)
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 第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の2次ラウンドで、日本は台湾を延長戦の末に4-3でくだした。国際試合直後は相手チームへの批判が出ることも少 なくないが今回は例外のようだ。

 2013年3月8日に行われた試合では、「感謝TAIWAN」「3.11支援 謝謝台湾」といった東日本大震災への支援に感謝するプラカードが日本側のスタンドで掲げられ、台湾で放送されたテレビ中継でも大きく映し出され、台湾のSNSでは「感動した!」という声も相次いだ。

 この取り組みは、あるツイッターの利用者が事前に呼びかけたため実現した。

 この呼びかけも台湾のツイッター利用者に伝わった模様で、「自由時報」によると、台湾側では「緊迫している釣魚島(日本名・尖閣諸島)事件など敵意を表すやり方は、日本に来て、この(試合の)時に行うには適しない」と、政治的なメッセージを出さないように呼びかける人もいたという。

 また、台湾でWBCを応援する様子を日本人がツイートした内容が、台湾メディアで報じられるということも起こっている。

 ある日本のツイッター利用者は、台湾の旗「青天白日満地紅旗」に「日本おめでとう」という文字を入れて日本を祝福している人の写真をアップロードし、「台湾は民度が高い人が本当に多い。以前にも増して台湾が好きになった」とツイート。

 台湾のニュースサイト「ETtoday」は、「このツイートは次々に拡散し、日本のネット利用者から称賛の声が相次いでいる」と報じた。

 また、同ニュースサイトは、台湾チームが敗戦後東京ドームを去る際に帽子を取って客席に一礼したことについて「日本のメディア、野球ファン、ネット利用者が『非常に礼儀正しい』と、大いに称賛した」と伝えている。

 台湾の謝長亨監督は試合後のインタビューで、「国際試合という場で日本というレベルの高い相手と対戦して、少しは近づけたのではないか。敗れはしたが、プレッシャーはかけられたと思う」と振り返った。

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 最後に、やや趣旨は異なりますがこちらも。

台湾 震災追悼式の待遇に感謝(NHK 3月12日 16時40分)
 日本政府が東日本大震災の追悼式で台湾の代表を各国からの外交使節団と同じように待遇したとして、中国が反発していることについて、台湾外交部の報道官は「台湾は日本から受けた待遇に感謝するだけだ」と述べました。

 何報道官は12日の記者会見で、「式典は震災で亡くなった方を追悼するためのもので、日本側が外交団や国際機関と同じ来賓席を台湾に用意してくれたことに感謝している」と述べ、日本の対応を評価しました。

 そして、「出席した沈斯淳駐日代表は、式典の場で日本の国民に対して台湾からの思いを十分に伝えた」と述べました。

 また、式典での台湾の待遇を巡って中国が反発していることについては、「中国は日本を非難しているが、台湾は日本がしてくれた待遇に感謝するだけだ」と述べ、中国の対応について直接論評することは避けました。

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 以上です。

 激変する世界情勢にあって、2年が過ぎてもまだ東日本大震災を忘れずにいてくれる人が世界にたくさんいる(日本側の働きかけによるものもありますが)のは、とてもありがたいことですね。

 3月11日の政府主催追悼式にも多くの国の代表が出席して下さいました。

 もっとも、日本政府の台湾に対する待遇(指名献花)を理由に欠席した中国や、はたまた「事務的ミスで招待の事実を知らなかった」として(本当の理由は謎)欠席した韓国などもありましたが。

 中国の場合、台湾に関しては一歩も譲らない国だからある意味では筋が通ってるんですが、韓国はもうわけわからん。
 一部メディア(OBS京仁テレビ)はこんな責任転嫁までする始末でした。

 「日本側にしても、大震災が起きるやいなや直ちに救助隊を派遣し、しかも国民こぞって募金活動までした韓国が参加しないなら、本来なら変だと思うはずだ。だが日本はしっかりと確認しなかった。(中略)結局申大使は追悼式に参加できなかった」J-castニュース3/12

 それならなおさら「事務的ミスで招待の事実を知らなかった」なんて変。
 常日頃、日本に対しては上から目線の韓国ですから、「震災でわが国は日本をあれほど助けてやったのに、何で今年は招待状を送ってこないんだ!」と日本政府にクレームつけてくるのが普通でしょ。
 でも、韓国政府はそれをしなかったんだから。

 日本の外務省担当者のコメントが、全てを物語っています。
 「確認しなかった日本が悪い? いや、他の国は普通に来ていますし……」

 そもそも韓国は去年は普通に出席してたじゃないですか。
 今年に限って招待状が来てないことに気づかないって、不自然すぎます。

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 3月17日夜の「Mr.サンデー」を見ていたら、【WBC台湾戦の奇跡  360℃円陣お辞儀にどんな秘密が?  ひとつのツイートが海を渡った奇跡】という特集をやっていました。

 日本人(「もののふ庵」さん)による「震災の時に支援してくれた台湾への感謝のプラカードをWBC台湾戦で掲げよう」というたったひとつのツイートが、日本だけでなく台湾でも広がったこと。

 このことを全く知らずに試合に臨んだ台湾ナインが、球場でたくさんの「謝謝台湾」プラカードを目の当たりにし、それが試合終了直後の「360℃円陣お辞儀」につながったこと。

 もちろんこれらにも感動しましたが、「もののふ庵」さんのツイートを知ったある台湾人男性のこの言葉も胸に響きました。

 「もう2年も経つのに、震災の時に台湾が支援したことを、日本人が忘れていないことに感動しました」

 忘れるものですか!(T^T)
 これからも日台両国の絆をますます深めていきたいです!(^▽^)

 同じ隣国で、しかも同じ日本の統治を体験した国なのに、この差は何なんだろう(理由はこれまで何度も述べてきたので省略)と改めて溜息が出ますね。

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【2009年WBC第2次ラウンド 日本-韓国戦 終了後(2006年大会でも同じことやってます)】

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【2012年ロンドン五輪サッカー 日本-韓国戦 終了後】



※拙ブログ関連エントリー
【一覧】外国人から見た日本と日本人

※拙ブログ関連エントリー(震災2年関連)
13/3/11付:震災から2年…陛下のビデオメッセージ放映までの経緯(付:政府式典に反対する団体・WBC台湾戦の震災義援金感謝プラカード)
13/3/12付:東日本大震災2周年追悼式の陛下のおことば(付:今年は「起立」あり・震災当日の両陛下(再掲))

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※拉致被害者奪還 日本列島縦断デモ行進はじめ、各種デモ・集会のまとめ
 http://ameblo.jp/hosyuyamato/

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 NY州議員宛にメールを出して下さった方々のもとに、Mark Butler下院議員から「いただいた情報に基づいて、私は決議案に署名しない決定をなしました」という返信が届いています。米国の議員さんは韓国側の情報しか知らないor問題自体をよく知らないので、まずは知ってもらうことが大切です。効果はあります。まだの方はぜひメールを送って下さい(下院を中心に)。

 以下も慰安婦関係のお知らせです。よろしくお願いします。
デトロイト 慰安婦少女像建立 絶対阻止!メッセージを送ろう!
ニュージャージ州議会 慰安婦決議に反対のメッセージを送ろう!


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