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真珠湾攻撃の日に特別攻撃隊について改めて考えてみる

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 [画像はWikipedia>真珠湾攻撃より]

 昭和16年(1941年)12月8日。
 日本がハワイの真珠湾を攻撃し、日米が開戦した日です。

 「記憶せよ、12月8日。この日世界の歴史改まる。アングロサクソンの主権、この日東亜の陸と海とに否定さる……」
 という、高村光太郎の有名な詩を思い起こされる方もいらっしゃるでしょう。

 白人支配の終焉と、新しい世界の幕開けを告げる、まさに歴史の大きな転換点となった日です。
 あれから今日で71年。
 今日は特別攻撃隊(特攻隊)がテーマです。
 大東亜戦争末期の話であり、12月8日の話題としてふさわしいかどうかは皆様の判断に委ねますが…。

 話は数ヶ月前に遡ります。
 私は古本屋さんにいました。
 戦記や戦史のコーナーを見ていたところ、何となく気になる本があったので手に取ってみました。

 すると冒頭のカラーページ、見開きで載っていたこの絵を見た瞬間、私は魂が吸い込まれたようになってしまいました。
 (画像をクリックすると新規画面で拡大されます)

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 美しくも悲しい、でも同時に安らぎや癒しも感じさせる絵でした。
 さまざまな感情が湧いてきて、私は目頭が熱くなるのを抑えられませんでした。

 絵の次のページには、このような説明が書いてありました。

 【「知覧鎮魂の賦」=6人の飛天(飛ぶ天女)が、紅蓮の炎をあげている隼の機体から特攻隊員の魂魄を昇天させようとしている図で、知覧特攻平和会館のロビー正面に飾られている。宮崎市の画家、仲矢勝好氏の作である。】

 なるほど、鹿児島県の知覧特攻平和会館に飾られている絵なんですね。

 知覧特攻平和会館のサイトによれば、高さ3メートル幅4.4メートルの信楽焼陶板壁画とのことです。かなり大きいものですね。

 私の住む大阪からは遠くて簡単に行ける距離ではないですが、いつかは原画をこの目で直接見てみたいです。

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 私が古本屋さんで手に取った本とは、村永薫さん編『知覧特別攻撃隊』
 出版元はジャプランという会社です。

 編者の村永薫さんは知覧の町立図書館長、町公民館長、町社会教育課長、役場総務課長などを歴任された方です。

 内容は、知覧特別攻撃隊員の写真、遺書、日記、名簿などをまとめたもので、いわゆる郷土出版物です。

 特攻隊の方々の遺文もさることながら、冒頭に紹介した「知覧鎮魂の賦」、この絵を手元に置いておきたいという気持ちが強く湧いたので、迷わず購入を決めました。

 その『知覧特別攻撃隊』の中から、今日は「特攻の母」と呼ばれた鳥浜とめさんのお話を紹介させて下さい。
 (正しくは「鳥濱トメ」のようですが、『知覧特別攻撃隊』では「鳥浜とめ」表記になっているので、拙ブログではそれに倣います)

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 [画像はWikipedia>鳥濱トメより]

 知覧町中郡(なかごおり)にあった鳥浜とめさんの富屋食堂は、知覧分教所が開校されて以来、軍の指定食堂になっていました。特攻隊員として知覧飛行場にきた隊員たちは、とめさんのことをいつしか「おかあさん」と呼ぶようになっていました。

 昭和20年3月、沖縄方面に対する特攻作戦が始まってからというもの、とめさんは家財道具を売ってまでも、最後の思い出にと富屋食堂を訪れてくれる特攻隊員をもてなしたのです。

 以下は、とめさんが特攻隊員たちの思い出を語ったものです。

【隊員の人達の多くは、戦争をしてはならない、平和な日本であるように、ということを言っていました。そして、そのことをできるだけ多くの人々に伝えて欲しいとも言っていたのです。みんないい人達でした。みんな極楽に行く人達でしたから、とてもやさしいんです。全部わたしの子供にしたい思いでした。自分の母の代わりになってくれとほとんどの隊員の人達が言いました。

 長野県の下平正人さんも、
「おかあさんと呼ばせてくれ」
と言っていました。当時16歳だったと思います。

 中島豊蔵軍曹は、私に逢いたいために軍用トラックで来たんですが、わたしを見つけると急いでトラックから飛び降りたために、右腕をくじいてしまって、操縦桿を握ることができなくなったんです。
 わたしは、
「中島さん、腕をちゃんと養生してから征くんですよ」
と言ったんですが、中島さんは、
「この腕を養生しているうちに日本は負けてしまう。勝たなければいけないから」
と言うんです。わたしは、
「そんな腕でどうして征くことが出来るの」
と言ったんですが、中島さんは、
「どんなことをしてでも征ける」
と言い張ってききませんでした。手が動かせないので風呂に入っていないということでしたから、わたしはすぐに風呂をわかして入れてあげました。背中を流していると涙が出てきてしようがありません。
「おばさん、なぜ泣くの?」
と言うので、わたしは、
「おなかが痛い」
と言ったんです。すると、
「おなかが痛いんだったら明日は見送らなくてもいいです。からだを大事にするんですよ」
と言うのです。髭(ひげ)をぼうぼう生やした人でした。そして中島さんは、6月3日に、操縦桿と首を自転車のチューブでくくりつけて飛び立って行ったんです。

 勝又勝雄少尉はとてもお酒の好きな人でしたが、わたしにこう言ってくれました。
「おばさん、僕たちは年齢(とし)をほんのわずかしかもらえないから、残りはおばさんにあげる。だから、からだを大事にして長生きして下さい」

 たった一人だけ「日本が負ける」と言った人がいました。園田少尉でした。4月8日のことでした。
「そんなことを言うと憲兵が連れて行くよ」
と言ったら、
「もう自分たちは死ぬのだから、何も恐いものはない。ただ、征けという命令で征くのではない」
という答えでした。そんな言い方をしたのは本当に園田少尉だけでした。

 宮川三郎軍曹は出撃の前夜、わたしのところにあいさつに来られ、
「明日わたしは沖縄に行き、敵艦をやっつけてくるから、帰ってきたときには、宮川、帰ってきたかと喜んでください」
と言うので、
「どんなにして帰ってくるの?」
と尋ねたら、
「ホタルになって帰ってくる」
と言うのです。そしたら、約束の時間にホタルがやってきたんです。富屋食堂の裏に小川が流れていたのですが、そこに、一匹の大きなホタルがやってきて、白い花にとまったのです。本当に大きなホタルでした。思わず、みんなに、
「このホタルは、宮川サブちゃんですよ」
と言ったんです。そして、みんなでそのホタルを見ながら『同期の桜』を歌いました。

 特攻の方々が征かれるときはにっこりと笑って、嫌とも言わず、涙ひとつ落とされませんでした。さぞ肉親の方々にも逢いたかっただろうに、日本を勝たせるために、早く征いかなければと、ただそればかりを言っていました。】


 宮川軍曹が「ホタルになって帰ってきた」というお話は、本や映画などでたびたび紹介されてきましたから、ご存知の方も多いでしょう。

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 こちらは同じく『知覧特別攻撃隊』から、特攻銅像「とこしえに」です。

 昭和49年、英霊をまつる特攻平和観音堂の参堂の傍に建立されました。
 銅像の銘碑には次のように記されています。

特攻像「とこしえに」の由来

 特攻機は、遂に帰ってきませんでした。
 国を思い、父母を思い、永遠の平和を願いながら、勇士は征(い)ったにちがいありません。
 特攻像「とこしえに」は、全国の心ある人々によって建てられました。
 み霊のとこしえに安らかならんことを祈りつゝ
 りりしい姿を永久に伝えたい心をこめて、
 ああ、開聞の南に消えた勇士よ。】


 彼らの祖国への愛、家族への愛、そしてまだ見ぬ子孫への愛がどんなに深く尊いものであったか。
 遺された日記や手紙を読むと、それが痛いほど伝わってきます。

 この『知覧特別攻撃隊』は1989年に刊行されたものです。
 私が購入したのは改訂版第16刷で、発行年は2001年となっています。

 郷土出版物ではありますが、このように刷を重ねているので、今でもネットなどで新品が入手可能です。

 たとえば、こちらの地元書籍会社でも販売されています。

 なお、アマゾンでは『新編 知覧特別攻撃隊』が販売されています。
 表紙の色や編者が変わっていますが、大まかな内容は変わっていないようです。

 興味を持たれた方はぜひご購入下さい!

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 私は特攻隊と聞くと、いつも西田高光中尉の言葉を思い出します。

 西田中尉は知覧と同じ鹿児島県の鹿屋基地から出撃された方です。
 昭和20年5月11日のことでした。

 出撃の少し前、西田中尉は、当時海軍報道班員であった山岡荘八氏に、このような話をされています。

 「学鷲*1は一応インテリです。そう簡単に勝てるなどとは思っていません。しかし負けたとしても、そのあとはどうなるのです……おわかりでしょう。われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。そう、民族の誇りに……」(「神風KAMIKAZE」より)

 *1 学鷲=大学、高等専門学校から入隊した海軍飛行予備学生・生徒、陸軍特別操縦見習士官。

 悲愴な覚悟を秘めたこの言葉を目にするたび、私は、戦後の日本人は彼ら(特攻隊員だけでなくあの戦争を戦ってくださった英霊全員)の生命と引き換えに生かしてもらっているのだという、感謝の念を抱かずにはおれません。

 特攻という死にものぐるいの戦法は、アメリカを恐怖に陥れました。

 GHQは「平和憲法」を押しつけるなど日本人の骨抜きを図った一方で、天皇は象徴として残し、苛酷な占領政策もとりませんでした。

 必要以上に追い詰めれば、日本人はまた死にものぐるいの抵抗をしてくるに違いない……、彼らはそれを恐れたのです。

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 最近、たまたま松本零士さんの漫画『銀河鉄道999エターナル編』を読み直していたら、特攻隊を彷彿とさせるエピソードがあったので、ついでと言っては何ですが紹介させて下さい。
 (『銀河鉄道999』第19集第1話「蟷螂(とうろう)の斧、修羅の涙1」より)

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 ……ダークィーン(暗黒女王。太陽系を消滅させた強大な敵。有機生命体ではない)に呑み込まれる運命にある惑星アフロダイテの兵士・ナグロムジュニア。
 戦闘機ごと宇宙を漂流していたナグロムジュニアは、999に収容され命を救われます。

 が、ナグロムジュニアは「俺をすぐに惑星アフロダイテへ帰してくれ」と鉄郎たちに訴えます。
 「生き残りの戦友が待っている。もう一度出撃するんだ、いや、命ある限り何度でも…。それが俺の義務だ」と。

 メーテルは「ダークィーンにはこの戦闘機ではとても立ち向かえない」と止めようとしますが、彼は「判っている」と答えます。
 そして鉄郎にこう話すのです。

 「地球人なら判るだろう。たとえ全滅を覚悟しても、敗れると思っていても、戦わなければならない時があるって事を!たとえ自分が蟷螂の斧にしか過ぎないと判っていても、我々は断固として戦う種族だという意志は、相手に伝わる。たとえこの星が全滅しても、我々宇宙に生きる生命体は、敵(かな)わずとも受けて立つ気力がある生物だと、相手に伝わるはずだ!それが後世、我々の子孫のためになると信じて…、必ず子供たちが侮(あなど)られない生命体として生きる事が出来ると信じて、我々は行く

 蟷螂の斧とは、大型の動物にとっては取るに足りない小さな小さなカマキリの斧、という意味です。

 ナグロムジュニアは自分が蟷螂の斧であることを自覚しながらも、「だが、戦う意志は未来へ、巨大なものとして伝わる。意志も気力もない生命体に未来はない」と話し、最後に鉄郎を「君もくじけるな。頑張れ」と励ましたのち、故郷の惑星に戻り、再び出撃、そして散華するのでした。……

 皆様、どうでしょうか。
 ナグロムジュニアと特攻隊員が重なって見えませんか?

 ナグロムジュニアのセリフには、西田中尉が遺した「われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。そう、民族の誇りに……」という言葉に非常に近いものを感じます。

 作者の松本零士さん(昭和13年1月生まれ)が特攻隊を意識してこれを描かれたのかどうか、私は読んだ当初は分かりませんでした。
 が、今は、強く意識して描かれたに違いないという確信を持っています。

 それは、『正論』2012年9月号の門田隆将さんのインタビュー記事(著書『太平洋戦争 最後の証言(大和沈没編)』にまつわるもの)の中で、聞き手で編集部の小島新一さんが、松本零士さんのこのようなコメントを紹介しているからです。

 「『宇宙戦艦ヤマト』原作者の松本零士さんは、かつて弊誌でこう語っています。今、惰眠を貪っているように見えるこの国が、それでもさほど世界から侮りを受けずに済んでいるのは、戦争末期の非情悲惨な状況下、究極の奮闘死闘を繰り広げて、その“命と死”をもって立ち向かった数多の戦士たち、日本史上最後のサムライの記憶と残像が、辛うじて面目を支えてくれるのだと信じている』と。平成12年6月号ですから、12年前のコメントです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 当たり前ですが、私は戦争の悲劇は二度と繰り返してはならないと強く思っています。
 特攻隊をことさら美化するつもりもありません。

 ただ、日本では、未だに彼らを「犠牲者」という一面からしか語らないメディアが大半であることに、悔しさを感じてしまいます。

 祖国や愛する人たちを守るため自分たちはどうすべきなのかを能動的に考え、命を賭して行動してくださった方々を、「犠牲者」と表現するのは失礼なことではないでしょうか。

 もちろん皆さん普通の人間ですから、内心は行きたくないと思われていた方も多かったでしょう。
 それでも「私」を超越し、「公」のために行動された方が多数であったことは間違いありません。
 かけがえのない人々や美しい故郷を守るため、彼らは潔く飛び立っていかれたのです。

 そんな特攻隊員の気持ちを理解してくれている人たちは外国にもいます。

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 フランス人の日本文化研究者、モーリス・パンゲは『自死の日本史』でこう述べています。

 「殺戮のために選ばれた犠牲者たちさ、と読者諸賢は言うだろうか。だがそれは違う。彼らが自分たちの運命を受け入れる、その受け入れ方を見ないのは、彼らを不当に貶(おとし)めることになるだろう。彼らは強制され、誘惑され、洗脳されたのでもなかった。彼らの自由は少しも損なわれてはいない。彼らは国が死に瀕しているのを見、そして心を決めたのだ。〈中略〉彼らにふさわしい賞賛と共感を彼らに与えようではないか。彼らは確かに日本のために死んだ。だが彼らを理解するのに日本人である必要はない。死を背負った人間であるだけでよい」

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 [画像はWikipedia>アンドレ・マルロー より]

 同じくフランスの作家で政治家のアンドレ・マルローはこう述べています。

 「彼らには権勢欲とか名誉欲などはかけらもなかった。祖国を憂える貴い熱情があるだけだった。代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがあり、逆上と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。〈中略〉フランス人のなかには、特別特攻隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなにすくない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。《母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺められるのをだまって見すごせるものだろうか?》と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、 いさぎよく敵艦に体当たりをした特別特攻隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである」(会報「特攻」第8号より)

 北方領土、竹島、そして尖閣諸島……。

 自らの命と引き替えに守ったはずの祖国が、隣国によって蝕まれている現状を、特攻隊の御霊は一体どうご覧になっているのでしょうか。
 私は何だかとても申し訳なく、そして後ろめたい気持ちです。

 一介の主婦が後ろめたいと思う必要はない?思ったところで何にもならない?
 私はそうは思いません。
 逆に、平成の世を構成する一人の国民として、この後ろめたさを胸に抱いて生きることこそ、実は大切なのではないでしょうか。

 誰よりも祖国を愛し、誰よりも平和を愛していた特攻隊員。
 彼らのことを後世に語り継ぎ、祖国をより良い国にしていくための努力をすること、それは私たち国民全員に課せられた責務だと思います。

 この思いを共有する国民が増えれば、現状も必ず変わっていくはずだと私は信じています。

 先の戦争で散華された特攻隊員、そして全ての英霊に、改めて感謝と哀悼の意を表します。



※拙ブログ関連エントリー(戦争を考える)
06/8/26付:首相の靖国参拝反対派への反論
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07/3/6付:「南京大虐殺」入門の入門
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08/8/16付:【終戦の日】外国人から見た日本と日本人(7)
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08/11/3付:「雷」工藤艦長の武士道精神とサー・フォールの報恩
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09/8/23付:GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態
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 事あるごとに中国共産党は「南京大虐殺は日本軍による残虐行為であり、動かぬ証拠がある」と言いますが、「動かぬ証拠」を見せてくれたためしがありません。
12/7/7付:昭和21年7月南京・元日本兵の証言&米国高校副読本「虐殺40万人」
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12/7/16付:映画「凛として愛」と東京裁判史観ムラ
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12/8/14付:【終戦の日2012】外国人から見た日本と日本人(35)
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12/11/5付:長崎事件をご存知ですか?支那を憂う明治天皇と沿岸防備に寄附した国民
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