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「南京大虐殺」入門の入門

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 今日は細切れぼやきもあります。
 NHK放送命令で市民団体が訴訟。慰安婦問題。


 まずは本題。

 いわゆる「南京大虐殺」はなかったという検証本や論説は近年たくさん出てますが、まだまだ初心者にはハードルが高いようです。

 先日、歴史問題に興味を持ち始めたという友人にそれらをいくつか紹介したんですが、「長いし専門的だし難しそう」と言われ、「じゃあとりあえず、南京大虐殺はウソだ!というサイトがあるから読んでみ」と勧めたところ、それすら「しんどい」と。
 この友人は「便衣兵って何?」というレベルなので、まぁやむを得ないのかもしれませんが……。

 大雑把でいいから、初心者にもわかりやすく、「『南京大虐殺』なんてなかったんだよ」ってことをかいつまんで説明してくれている、いわば入門の入門みたいな論説はないんかしら?

 ……などと思っていたところ、『WiLL』今月号(4月号)に渡部昇一さんの講演の起こしを発見。昭和史がテーマなんですが、「南京大虐殺」についても述べられています。しかも非常にコンパクトに。
 これなら超初心者の友人も読む気になってくれるでしょう。

 この際ですから、友人だけでなく、「ぼやきくっくり」をご覧の全ての初心者さんにもお読みいただきましょう。

 以下、「南京大虐殺」に言及されている箇所を引用させていただきます。


 内容紹介ここから____________________________
 
<私と昭和史>2周年記念大講演 全文一挙掲載

 渡部昇一(上智大学名誉教授)


 “戦前の日本は暗かったと決めつけるのは大間違い。南京から帰国した兵隊の様子、真珠湾攻撃時の心情など、体験を交えて昭和史の真実を語る!”


(前略)

 私の家が大金持ちだったり、貴族階級や華族だったり資本家だったりしたなら「戦前の日本はよかった」などと言うと、「そりゃお前のウチはよかっただろう」と信用できないかもしれませんが、私の家は貧乏でした。そして、私の周囲も貧乏人が多かったのですが、みんな「日本はいい国だ」と思いながら育ったと思います。

 私の通った小学校は市立の小学校でしたが、どう見てもリベラルな教えをしていました。いい意味でリベラルです。

 それでも私は、「日本人だ」「日本に生まれた」と思うだけで、胸の中が広がるような思いで育っていたのです。

 私はこのような戦前の日本文化を知っています。ですから、戦前が暗黒時代だったと言われても、それはないだろうと思うんです。決して暗くもなんともありません。どこか探せば暗いところもあったでしょうが、それは現在の日本でもアメリカでも中国でも同じでしょう。

 戦前が軍国主義だったと言う人もいます。

 私が小学校に入った頃、シナ事変が起こりました。

 私の家の近所に石川さんという人がいて、この人は上等兵でした。石川さんはシナ事変で出兵して、一、二年で帰ってきています。

 シナ事変は最初の頃は、出兵しても二、三年で日本へ帰したのです。その後、どんどん戦線が拡大し、アメリカと戦争をはじめて全然帰れなくなった。


陸軍は戦争に反対した

 「南京大虐殺」と言われるものがあります。当時は、たくさんシナから帰ってきている兵隊さんがいるわけです。私の同級生で若松さんという女の子がいて(小学校三年生までは男女共学でした)、彼女のお父さんは将校でしたが、この人がシナ事変でシナの軍旗を奪取してきたというので、学校で見せてもらったりしました。シナに出征した軍人は、帰ってきたのです。しかし、「南京大虐殺」があったような話を聞いたことがない。

 南京が陥ちたという時は、皆、大喜びしました。『南京陥落の歌』というのがありますが、「南京ついに陥落す/万歳の声どよもして/とどろけ凱歌/日の丸の/旗うちふりていざ祝え/わが一億の同胞(はらから)よ」という歌です。

 皆、旗振り、提灯行列です。なぜあんなに喜んだかというと、「これで戦争が終わりだ」と思ったからなんです。

 後から調べてみると、日本は戦争をしたくなかった。シナ事変も日本が始めたようなことを言う人もいますが、日本を裁くために始めた東京裁判でさえ、日本があの戦争を始めたということは立証できないと、途中で打ち切っているのです。東京裁判さえ、シナ事変は日本が始めたとは言えなかった。

 日本にとってはソ連が問題であって、シナなどにつき合っている暇はありませんでした。

(中略)


【南京大虐殺の嘘】

 私は昭和十八年に旧制中学に入りましたが、その前年、まだ小学校六年生の時、近所の高等小学校二年生の太田和男くんという男の子が、「日本の航空母艦は加賀も赤城も全部、沈んでいるんだってさ」と言ったんです。これには私はびっくりして、非常に不愉快だったことを覚えています。昭和十七年ですから、まだ周りは「勝った、勝った」と言っている時です。

 後から考えると、ミッドウェーの敗戦です。あれは海軍当局が完全に隠していたはずですが、ちゃんと情報が漏れていた。私の住んでいる辺りは、トップレベルの極秘情報が漏れてくるような場所じゃないにもかかわらずです。

 ここでおかしいと思うのが「南京大虐殺」です。先に述べたように、シナ事変に出征した人たちは、私の周りだけでも何人も帰ってきています。しかし、誰一人として南京での大虐殺の話などしていません。これはおかしいですよね。

 ミッドウェーの敗戦で航空母艦が沈んだことは海軍は徹底的に隠して、あの時、負傷した人たちは病院から出さなかった。それでも、情報は漏れてきたんです。しかし、南京で大虐殺があったなどとは、誰も話していませんでした。

 田中正明という東京裁判で南京虐殺の罪で死刑になった松井石根(いわね)大将の秘書をやっていた方がいます。この方が、戦後出された本『“南京虐殺”の虚構 松井大将の日記をめぐって』(日本教文社)の中に、南京の虐殺などなかったと書かれてありました。それを読んで、やはりなかったのか、それならわかると思ったものです。

 当時、南京が陥ちたのは昭和十二年で、日本は景気は悪くないし、物も不足していませんから新聞も雑誌もすごく厚い。そこには、南京が陥ちた話から戦争の話から詳しいことがたくさん出ています。南京には日本の新聞記者その他、百人もの報道関係者が行っていますが、誰一人、虐殺などについて報じていません。

 それが戦後、東京裁判で突如、南京虐殺の話が出てきた。東京裁判については進駐軍の報道規制によって絶対に批判できないため、あらゆるマスコミがその通り伝えました。そして、一般の人は、そんなことをやっていたのか、と思ったものです。

 それが田中正明さんの本を読むと、なかったと書いてある。私は、子どもながらに、南京が陥ちた頃の雑誌をたくさん持っていました。当時、南京や上海には日本人が自由に行き来できていましたから、写真もたくさん載っている。これはやはり、なかったのだろうと思っていました。


大虐殺はないと確信した

 そのうち、『「南京大虐殺』のまぼろし』(鈴木明著、二○○六年ワック出版より復刊)という本も出て、真実を知りたくなった私は雄松堂から出た『極東国際軍事裁判速記録』を買いました。全十巻の百科事典のようなもので、本当は私はそんな物を買う義理はないのですが(笑)、とにかく買いました。

 そして南京に関する部分を丁寧に見て、「大虐殺などない」という確信を得ました。

 というのは、マギーという牧師さんが証言しています。この人は、イェール大学を出て南京にずっと住んでいた人です。南京では日本が攻め入る時に、外国人たちが安全地区というものを造り、そこに一般の民衆も逃げ込ませていた。

 マギー牧師は南京の赤十字の責任者でアメリカ人です。ですから、日本軍が入城してからも、南京のどこでも歩き回れる人です。この人が証言台に立った。

 はじめのうちは、「あそこでたくさん殺されたそうです」「ここでたくさん殺されたそうです」と言っていた。そのうち、アメリカ人の弁護士が、「それは伝聞証拠である。あなた自身は何人見られましたか」と反対尋問をしたのです。

 するとさすがに牧師さんだけあって、聖書に手を置いたりしているのでしょう、嘘は言わなかった。「一人です」と言ったのです。「どういう状況でしたか」とさらに弁護士が聞くと、「安全地区の境に日本の歩哨が立っていた所を、一人の中国人の青年が駆け抜けようとした。歩哨が“止まれ”と言ったが止まらなかった。そして追いかけていって撃ち殺した」と証言したのです。彼はこれしか見ていないのです。

 戦場で歩哨に「止まれ」と言われて止まらないで逃げたら、どんな兵隊だって撃たれます。ニューヨークに行って、警官に止まれと言われて止まらなかったら、今でも撃たれるんじゃないですか。

 強姦についてはというとマギー牧師は、「ある空き家に行ったら、中国の女性と日本の兵隊がいた。私が行ったら、日本の兵隊はびっくりして銃剣を忘れて逃げて行った。私はその銃剣を拾って追いかけました」と証言しました。このたった一件です。

 強姦する前なのか後なのか、単に話し合っていただけなのかすらわからない証言です。しかも、銃剣を置き忘れるなどということは兵隊にとっては大変なことです。それだけ、「やるな」ということを上から厳しく言われていたのでしょう。

 日本軍の略奪について聞かれたマギー牧師は、「空き家から日本兵が氷を入れる箱をかついで出るのを見ました」とこれだけを言ったのです。

 南京を自由に歩ける立場にあって、日本兵も外国人には手出ししないよう厳しく言われていましたから身の危険もない、そして赤十字の責任者で牧師です。その人が見たのが、この三件なのです。大虐殺などあろうはずがない。


オープン・シティの問題

 その後、調べてみると、日本軍は南京入場の前にオープン・シティを勧告しているのです。抵抗するな、門を開けと、犠牲を最小限に押さえるためにオープン・シティを勧告している。抵抗すると街が戦場になるからです。それをシナ軍が無視したことに問題があります。

 オープン・シティというのは非常に重要で、日露戦争でも奉天大会戦などと言いますが、奉天で戦争をしているわけじゃありません。昔の軍隊は礼儀正しいですから、ロシアだって奉天の中で市街戦をやるという発想はない。すぐ奉天から逃げていくんです。

 旅順にしても旅順の要塞戦はありましたが、旅順の街中では戦っていません。ステッセルがオープン・シティしたからです。

 この前の戦争でもドイツ軍が入った時、パリはオープン・シティしました。だからパリは傷つきませんでした。その後、連合軍が攻め入った時、ドイツ軍の司令官はパリをオープン・シティしました。パリは二度、助かったのです。ただ、ヒトラーは野蛮人ですから、パリなんて焼いてしまえと言いましたが、ドイツ軍の司令官の方が教養があってパリは助かりました。

 オープン・シティしなかった例はベルリンです。戦場になって徹底的に破壊されました。街の中を戦場にしてはいけないのです。戦争するなら野原でやってくれ、ということです(笑)。

 北京はオープン・シティにしました。ですから、「北京大虐殺」などという話はない。保定というのは重要な街ですが、これもオープン・シティした。武漢三鎮もオープン・シティしました。

 だから南京もオープン・シティするべきだったんです。蒋介石は日本の陸軍の教育を受けていますから、するつもりでした。

 南京の外には中山陵があります。ここに孫文の記念碑があります。その記念碑のある丘に大砲をすえて撃つと、日本軍としては非常に都合がいいのですが、松井大将と孫文は非常に親しかったので、松井大将はそれを禁止しました。それくらい、日本兵は相手に対して気を遣っていました。


「南京学」の功績

 一方、激戦が始まると敵の司令官である唐生智は、兵隊を放ったらかして逃げました。残された兵は、敗残兵です。世の中で虎が怖い、狼が怖いと言ったところで、何より怖いのはシナの敗残兵だと昔から決まっているんです(笑)。何だってやります。

 南京にとどまっていたアメリカ大使館の書記官が、シナの敗残兵は一般の市民を殺して服をはぎとって、安全地帯に逃げた例もあると書いています。それらが、すべて日本兵の仕業にされているのです。

 敗残兵になると降参が簡単にできません。ハーグ陸戦法規において、捕虜になる条件として重要な三つのものがあります。団体が降参する時は責任者がいなければならない、武器は必ず見えるように持たなければならない、必ず軍服を着ていなくてはならない。少なくともこの三つの条件を満たしていなくては捕虜になる資格はないのです。

 ところが敗残兵はそんなこと知ったことではありません。だから日本軍は、敗残兵掃討、残敵掃討を行うわけです。

 安全地区には絶対に武器を持った兵隊を入れないということになっていましたが、そこでは鉄砲とか大砲が見つかっています。ですから日本軍も大変で、いちいち探さなければならない。そんな時に間違って殺されてしまった市民もいるでしょう。しかし、それは決して大虐殺ではありません。

 捕虜も四千人くらいずつまとめておきました。しかし日本軍で捕虜を監督しているのは百人くらいです。捕虜が暴れ出して、怖くなって機関銃を撃ったという例もあるでしょう。しかし、組織的に市民に対して虐殺を行ったというようなことはあろうはずがありません。

 その証拠に、安全地区にいたマギー牧師のような人たちが郷里に手紙を書き送ったものがイェール大学などに残っています。それを今、調べている人たちがいますが、その中間報告を聞くと、マギー牧師たちは、自分たちは安全地区を作って何十万人かのシナ人の民衆を救ったと書いてあるそうです。当時、安全地区以外には兵隊以外の民衆はいません。ですから、こうした手紙からも大虐殺などなかったことがわかります。

 日本が南京を攻める時に軍事施設を爆撃しますが、その時、爆弾がところどころ外れたりします。それが民家に落ちたりもした。すると、蒋介石はすかさず、「民家に爆弾が落ちた」と国際連盟に日本を訴えるのです。

 日本が意図的に民家に爆弾を落としたわけではありません。当時の値段で爆弾は一発、五百円です。二発あれば、田舎なら総二階の家がたちます。そんな高価なものを、日本がアメリカみたいにばらまけるわけがない。

 それを蒋介石は、いちいち国際連盟に訴えた。しかし、「南京大虐殺」については一言も訴えていません。

 当時の南京についての状況は、最近では北村稔先生や東中野修道先生などが非常に詳しく調べていらして、もはや「南京学」と言ってもいいくらいになっています。東中野先生は、台湾にある国民党政府の秘密文書などに当たっていますが、こういうことがわかってきています。

 南京の落城から、蒋介石は漢口に逃げ、その後、重慶に逃げた。その間、累計何百人もの外国人記者からインタビューを受けています。その数、三百回です。その中で、日本軍の虐殺について述べたことは一度もない。

 ですから、「南京大虐殺」は東京裁判ではじめて、出てきたのです。なぜ出てきたかというと、ニュールンベルク裁判に合わせるためです。ニュールンベルク裁判には、ナチスのユダヤ人虐殺の罪を裁く「人道に対する罪」という項目がありました。東京裁判においては、それに類似するものがないので、「南京大虐殺」がでっち上げられたのです。

 南京が陥ちた頃に、無名の英文の本が出て、日本軍の残虐行為によって三万人くらいのシナ人が死んだと書いてあった。それは今では誰が書いたかは明らかで、ティンパーリという「マンチェスター・ガーディアン」紙の記者です。

 これについても、やはり北村先生や東中野先生が第一級の資料に当たって研究した結果、ティンパーリは蒋介石から金をもらって書いたことが明らかになっています。


 ____________________________内容紹介ここまで



 この前拙ブログで紹介した「朝日新聞 若宮啓文論説主幹インタビュー」と違って、今回のが載っている『WiLL』4月号は只今、絶賛発売中です。
 皆様、ぜひお買い求め下さいね(^o^)


 ところで、上記の渡部昇一さんの講演の中に、このような一文があります。

その証拠に、安全地区にいたマギー牧師のような人たちが郷里に手紙を書き送ったものがイェール大学などに残っています。

 イェール(エール)大学に保管されているとされる文書について、実は民主党衆議院議員の松原仁氏が、国会で、政府にその文書を調べてほしいと求めたところ、「人手が足りなくて十分に対応できない」と言われたそうなのです(「正論」3月号による)。

 国会会議録検索システムで調べたところ、松原仁氏は少なくとも6回、この件に言及していることがわかりました。
 うち4回は、政府に「この文書の調査はしているのか」と回答を求める内容です。

 政府の回答で一番新しいものはこれのようです。

第164回国会 衆議院外務委員会 第18号 平成18年5月31日
○松原委員

 最後にもう一問。最後に質問したいのは、前から私は指摘しておりますが、エール大学神学校に保管されている書籍や、この間も質問しました西暦二〇〇〇年以降解禁された米国の機密文書、マッカーサーの文書とか、麻生大臣ももう暗記しておられるわけでありますが、自衛戦争であったというような趣旨の話であります。
 こういうものを調査をきちっと体系的にしているのか。体系的に事実を調査する、それを言って、それは、議論の途中で興奮して議論にならなくなってしまう相手も中にはあるかもしれないけれども、しかし私は、そういうふうな体系的な調査をするべきだと思います。そういうふうな一つの事実をはっきりさせる対策室、我々の歴史を、きちっと事実をはっきりさせる対策室を私は外務省はつくるべきだ、もしくは外務省が主導して内閣につくるべきだと思うんですが、麻生大臣、このことについての御見解と御決意をお伺いしたい。

○麻生国務大臣

 先般の委員会で、先生より米側の文書について御質問がありました。私の方から調査をさせると答弁をいたしたところだと思いますが、具体的には、これまでの御指摘を受けた文書、エールの神学部図書館に保存されている文書、東京裁判に関する米弁護団発マッカーサーあて書簡、戦後の米議会での査問委員会における報告書、これは日米開戦の経緯にかかわる評価を含むもの及びマッカーサーの上院公聴会における発言を特定すべく調査を今行わさせていただいております。今やらせていただいている。
 ただ、今御指摘のような文書を調査するための対策室まで設置することを考えているわけではありませんが、いずれにいたしましても、この種の資料というのはきちんと整理をしておく必要があろうと思いますので、調査をさせております。

○松原委員

 ぜひ調査をしていただいて、そして、国際世論が誤った日本に対する評価を、戦前を含め誤った評価を下そうとするならば、それは我々個人だけの問題ではないんであって、我々の過去の先人たちとこれからの子孫に対しての我々の責任でありますから、毅然とした態度をお願い申し上げまして、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。

 国会でのこのやりとりは昨年5月31日とちょっと古いんですが、麻生大臣、確かに言ってますよね。調査はしてると。
 が、今年の「正論」3月号では松原氏は、国会で「人手が足りなくて十分に対応できない」と言われた、と。
 5月31日以降状況が変わったんでしょうか?おそらくは私の検索洩れなんだろうと思いますが……。

 とにかく政府は調査を急いでほしいです。
 今年は南京陥落から70年ということで、中共が仕掛けたたくさんの反日南京映画が中国やアメリカ等で製作されているのです。
 「人手が足りない」とか「今やってます」とか呑気に言ってる場合じゃないですよ。日本の“名誉”がかかってるんですからね!


※参考リンク
 ・映画「南京の真実」公式サイト
 映画製作支援は一口一万円からと記載されていますが、実際はいくらからでもOKとのことです。

※参考動画
 ・Children of Japan, Pre-WWII (1941)
 大東亜戦争直前の日本の子供の教育や生活を紹介する動画です。オレゴンさんにご紹介いただきました。これを見る限り「戦前が暗黒時代」だったとはとても思えません。

※拙ブログ関連エントリー
 ・06/11/27:【過去】「南京大虐殺」まとめ(1)
 ・06/11/27:【過去】「南京大虐殺」まとめ(2)



・・・・・・・・・・・細切れぼやき・・・・・・・・・・・


「放送命令は違憲」と提訴 NHK拉致問題で市民団体(東京新聞3/6)
 菅総務相が昨年11月、北朝鮮による拉致問題を重点的に取り上げるようNHKに出した放送命令をめぐり、大阪の市民団体メンバーらが6日、国に命令の取り消しと1人1万円の慰謝料などを求める訴訟を大阪地裁に起こした。
 市民団体は、大学教授や主婦らでつくる「NHKをよくするためにアクセスする市民の会」。「総務相に命令権限を与えた放送法33条は、表現の自由を侵害し違憲」と主張している。
 訴状によると、菅総務相は昨年11月10日、短波ラジオ国際放送で拉致問題を重点的に扱うよう初めて個別具体的な命令を出し、NHKは受諾。これ以前の命令は「国際問題に関する政府の見解」など抽象的な表現だった。
 原告側は「命令放送が政権政党の意向に左右され、放送の公共性と矛盾する」とし、今後の命令の差し止めとともに、NHKが命令に従う義務がないことの確認も求めている。
(共同)
(2007年03月06日 10時08分)

 団体の名称に「NHKをよくするために」と入っているからには、「NHKは放送命令に従って拉致問題を重点的に取り上げろ」って訴訟なのかな?と思いきや、……全く逆でした。

 拉致被害者救出より反体制運動が優先?拉致問題を政権政党の問題に矮小化?
 NHKは基本的に国民の受信料で成り立ってるんだから、放送内容は国民の意見が反映されるべき。国民の圧倒的多数は拉致被害者救出を望んでいるし、今回の放送命令も当然だと受け止めていると思うんですが。

 ま、言論の自由がある国だから、百歩譲ってそこまでは「あり」としましょう。
 でも1人1万円の慰謝料って何なんですか?ようわからん。


強気の安倍首相、抑える女房役 慰安婦問題で温度差(産経3/6)
 歴史的事実に基づかない非難を受けたとしても謝罪することはない。
 安倍晋三首相(52)が5日、米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案について、凛とした姿勢を示した。だが、首相の女房役を務める塩崎恭久官房長官(56)は、首相とは微妙に異なる姿勢を示している。
 対日非難決議案提出の根拠の一つにされている慰安婦問題を謝罪した1993年(平成5)年の「河野洋平官房長官談話」をめぐっても、2人の間ではスタンスの差が表面化しつつある。官憲による強制連行を否定、談話の見直しを示唆した首相に対し、塩崎氏は談話見直し論の火消しに躍起だ。本来の“安倍らしさ”を取り戻し、「保守回帰」を強める首相と歴史認識問題には関心が薄いとされる塩崎氏のすれ違いがありそうだ。
(以下略)

 WEB版ではカットされてるようですが、朝刊紙面には次のようなくだりがありました。

 官邸内では、首相のほか、下村博文官房副長官らが談話見直しに熱心だというが、塩崎氏は一貫して慎重姿勢だとされる。仮に新たな官房長官談話を出すことになれば「塩崎談話」として歴史に名を残すが、「本人は全然、そんな気はない」(周辺)という。
 
 全然やる気なし?!これで首相の女房役と言えるの?
 ↓こんなのほっといていいわけ?


「党内右派の支持優先」と批判=安倍首相の慰安婦発言でNYタイムズ(時事3/6)
 【ニューヨーク6日時事】6日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は、従軍慰安婦問題で安倍晋三首相が「強制性を裏付ける証拠がなかった」と発言したことを社説で取り上げ、「傷ついた日本の国際的評価を修正するより、自民党右派の支持を得る方が大切なようだ」と批判した。
 同紙は従軍慰安婦について「女性たちは強制徴用され、彼女たちに対する行為は買春ではなく、連続レイプだった」と主張。「日本は事実をねじ曲げて恥をさらしている」と厳しく非難した。
 その上で、日本政府は率直に謝罪し、生存者に十分な補償金を支払うべきだと訴え、「恥ずべき過去を乗り越える第一歩は、事実を認めることと政治家は自覚すべきだ」と強調した。

 ニューヨーク・タイムズの元記事はこちらだそうです。
 またオオニシです。

 実際の話、“慰安婦決議案”を提出したマイケル・ホンダ下院議員が、慰安婦の強制連行があった根拠として挙げているのは、「河野談話」の存在と、あとは自称慰安婦の裏付けのない証言、これだけです(拙エントリー2/26付:「報道2001」慰安婦問題ホンダ議員生出演参照)。
 「日本政府や軍や官憲が女性を組織的に強制連行した証拠は一切ない」ということを盛り込んだ新しい談話を出せば、根拠は崩れるのです。

 やる気出しなさいよ、塩崎さん!
 安倍さんをしっかりサポートして下さい!


「お気楽くっくり」更新済

 右から何かが来てる……。



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