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「日本人」について考えさせられた記事

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 朝鮮総連の反日集会、いろんな意味でえげつなかったみたいですね。
 もうすでにたくさんのブログさんが内容を紹介したり、論評されたりしてるので、うちではやりません。

 ただ、ちょこっとだけ言わせてもらえれば……
 日本の警察に警備されての反日デモだなんて、民主主義国家ならではの光景ですね。

 日本は法治国家です。政府も警察も粛々と法律を適用しているだけ。
 それを不当弾圧だの差別だの人権蹂躙だの、何言ってんだか。そんなに日本は住み心地が悪いんですか?だったら祖国にお帰りになればいいのに。

 帰れませんよね。祖国はもっと住み心地が悪いですもんね。
 しかもおたくら、祖国で同胞が受けている不当弾圧も差別も人権蹂躙も見て見ぬふりでしょ。そんなおたくらに同情する日本人なんてほとんどいませんよ。


 慰安婦問題(米下院決議案)では、公聴会で韓国人や反日米国人が嘘八百。
 また英語版Wikipediaを乗っ取った韓国人は「20万人の性奴隷」と書き、それを各国Wikipediaに転記してる。これは昔からかな。

 一方、安倍首相は河野談話を「撤回」する気はなし。これは日曜のテレビ番組における世耕首相補佐官の発言。
 安倍首相が慰安婦問題への日本の責任を全否定するかのように報じられたことにより、決議案に反対の米下院議員らが困惑しているらしいので、世耕氏は火消しのためにこのような発言をしたのでしょうか。

 小手先のやり方で今回の決議案を否決に追い込んだとしても、韓国人は執拗です。これまでがそうだったように、いずれまた放火してきます。
 日本政府は腹を決めて正面から取り組むべき時期に来ていると私は思うんですけどね。


 もうわたしゃ疲れた。特アに真面目につきあってると白髪増えそう。
 今日は特アとは無関係のことをテーマにします。


 「日本人」について考えさせられた記事を、最近の産経新聞からスクラップしてみました。
 やや古い記事も混じってますが、これらはいつか紹介したいなーと思いつつ機会がなかなかなくて、今日になってしまったという……(T^T)
 
【正論】お茶の水女子大学教授・藤原正彦 若い君への年賀状(1/7)キャッシュ
■人類が誇れる文化生んだ日本

 ≪してはいけないこと≫

 新年おめでとう。君にとって、日本そして世界にとって、今年が昨年より少しでもよい年になるように祈っております。といっても、少しでもよい年にするのは実は大変なことです。
 君の生まれたころに比べ、わが国の治安は比較にならないほど悪くなっています。外国人犯罪の激増もあり、世界で飛び抜けてよかった治安がここ10年ほどで一気に崩されてしまいました。
 道徳心の方も大分低下しました。君の生まれたころ、援助交際も電車内での化粧もありませんでした。他人の迷惑にならないことなら何をしてもよい、などと考える人はいませんでした。
 道徳心の低下は若者だけではありません。金融がらみで、法律に触れないことなら何をしてもよい、という大人が多くなりました。人の心は金で買える、と公言するような人間すら出て、新時代の旗手として喝采(かっさい)を浴びました。法律には「嘘をついてはいけません」「卑怯(ひきょう)なことをしてはいけません」「年寄りや身体の不自由な人をいたわりなさい」「目上の人にきちんと挨拶(あいさつ)しなさい」などと書いてありません。「人ごみで咳(せき)やくしゃみをする時は口と鼻を覆いなさい」とも「満員電車で脚を組んだり足を投げ出してはいけません」もありません。すべて道徳なのです。人間のあらゆる行動を法律のみで規制することは原理的に不可能です。

 ≪心情で奮い立つ民族≫

 法律とは網のようなもので、どんなに網目を細かくしても必ず隙間があります。だから道徳があるのです。六法全書が厚く弁護士の多い国は恥ずべき国家であり、法律は最小限で、人々が道徳や倫理により自らの行動を自己規制する国が高尚な国なのです。わが国はもともとそのような国だったのです。
 君の生まれる前も学校でのいじめはありました。昔も今もこれからも、いじめたがる者といじめられやすい者はいるのです。世界中どこも同じです。しかたのないことです。
 でも君の生まれたころ、いじめによる自殺はほとんどありませんでした。生命の尊さを皆がわきまえていたからではありません。戦前、生命など吹けば飛ぶようなものでしたが、いじめで自殺する子供は皆無でした。
 いじめがあっても自殺に追いこむまでには発展しなかったのです。卑怯を憎むこころがあったからです。大勢で1人をいじめたり、6年生が1年生を殴ったり、男の子が女の子に手を上げる、などということはたとえあっても怒りにかられた一過性のものでした。ねちねち続ける者に対しては必ず「もうそれ位でいいじゃないか」の声が上がったからです。
 君の生まれたころ、リストラに脅かされながら働くような人はほとんどいませんでした。会社への忠誠心とそれに引き換えに終身雇用というものがあったからです。不安なく穏やかな心で皆が頑張り繁栄を築いていたから、それに嫉妬(しっと)した世界から働き蜂(ばち)とかワーカホリックとか言われ続けていたのです。日本人は忠誠心や帰属意識、恩義などの心情で奮い立つ民族です。ここ10年余り、市場原理とかでこのような日本人の特性を忘れ、株主中心主義とか成果主義など論理一本槍(やり)の改革がなされてきましたから、経済回復さえままならないのです。

 ≪テレビ消し読書しよう≫

 なぜこのように何もかもうまくいかなくなったのでしょうか。日本人が祖国への誇りや自信を失ったからです。それらを失うと、自分たちの誇るべき特性や伝統を忘れ、他国のものを気軽にまねてしまうのです。
 君は学校で、戦前は侵略ばかりしていた恥ずかしい国だった、江戸時代は封建制の下で人々は抑圧されたからもっと恥ずかしい国、その前はもっともっと、と習ってきましたね。誤りです。これを60年も続けてきましたから、今では祖国を恥じることが知的態度ということになりました。
 無論、歴史に恥ずべき部分があるのは、どの人間もどの国も同じです。しかしそんな部分ばかりを思いだしうなだれていては、未来を拓(ひら)く力は湧(わ)いてきません。そんな負け犬に魅力を感ずる人もいないでしょう。
 100年間世界一の経済繁栄を続けても祖国への真の誇りや自信は生まれてきません。テレビを消して読書に向かうことです。日本の生んだ物語、名作、詩歌などに触れ、独自の文化や芸術に接することです。人類の栄光といってよい上質な文化を生んできた先人や国に対して、敬意と誇りが湧いてくるはずです。君たちの父母や祖父母の果たせなかった、珠玉のような国家の再生は、君たちの双肩にかかっているのです。

(ふじわら まさひこ)
(2007/01/07 06:14)

 私は昭和39年生まれですが、当時もやはり子供たちの「いじめ」はありました。
 私はどちらかと言えばいじめられた側ですが、ひょっとしたら自分では気づかないうちにいじめに加担する側に回ってしまったこともあったかもしれません。
 が、いじめられた子が完全に孤立するまでに追い込むようなことは誰もしなかったし、一時期そういう状態になっても、正義漢がクラスに一人や二人は必ずいて、「もうそのへんでええやん」と割って入ったものでした。

 今の「いじめ」は本当に陰湿になっていると聞きます。なぜなんでしょう。
 今の子供は昔と違って一人っ子が多いですし、また、近所の原っぱでいろんな学年の子たちと一緒になって遊んだりするようなこともあまりないでしょう。そこらへんにも原因があるのではないでしょうか。

 私は3才下の妹も含め、近所の年上のお兄ちゃんや年下の幼稚園の子たちなど、様々な年齢の子たちと毎日のように一緒に遊びました。
 その中で小さないじめみたいなことはやはりしょっちゅうありましたが、必ず年長者が仲裁し、「そんなことしたらあかん」といじめた側をたしなめたものです。

 年長者は年下の者を庇ってあげるものだ、強者は弱者をいたわるものだ、そういったことが当たり前のこととして身についていったように思います。
 藤原教授の言われるような「卑怯を憎むこころ」とまではいかなくとも、いじめた側が自分の行為を何となく「後ろめたい」と感じる、そういう心はあったと思います。


 続いて、藤原教授の「正論」と同じ日に掲載された、この人のコラムです。

【この本と出会った】千葉ロッテマリーンズ・渡辺俊介 『国家の品格』藤原正彦著(1/7)キャッシュ
 ■自国を誇ってこその国際人

 年間30冊は本を読む。基本的には遠征中の移動での読書が中心。ブラッと本屋に寄って、面白いなあと思った本を手に取ったり、知人に薦められたりしたものを読んだりしている。昨年、読んだ本で一番、印象深かったのが『国家の品格』。これは大学時代から親交のある知人の薦めによるもの。まず、興味を引いたのが、著者が数学者であること。数学と国家論。なかなか結びつきがないように思えるだけに興味をそそった。
 去年は3月に野球の国際大会、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に出場したこともあり、この本が訴えたいことがよりよく理解できた気がしてならない。
 日本人は積極的に英語を覚えようとしているけれど、その前になにか忘れてはいないか。自分たちの母国語、国語をシッカリと勉強する必要があるのではないか。自分の国の歴史、文化を軽視して英語だけを覚えても真の国際人といえない。「キミの国はどんな国? どんな歴史を持っている?」と聞かれてまともに答えられないようでは、海外に出て恥をかくだけだ。なるほど、そうだなと思った。
 私がWBCで感じたのは韓国、台湾、中国、そしてメキシコ、アメリカなど他国の人はすごく自分たちの国を誇りに思い、胸を張っているということ。それに比べて日本人はどうだろうか。自分たちが日本人であることすら隠そうとしているように思えるときがある。それは本来のあるべき国際人の姿ではないと感じていた。この本を読んで、そういった考えを持っているのは自分だけではないのだと再認識することができた。
 この本はこれから海外に飛び出そうと思っている人にぜひ読んでもらいたい。自分の国の文化、歴史、語学をしっかりと理解し、誇りを持って世界に飛び出してほしい。(新潮新書)
                    ◇
【プロフィル】渡辺俊介
 わたなべ・しゅんすけ 昭和51年、栃木県生まれ。新日鉄君津から平成13年、千葉ロッテマリーンズ入団。球界では数少ない下手投げ投手で、通算成績は43勝30敗。
                    ◇
 〈メモ〉『国家の品格』は、武士道精神に着目した数学者の藤原正彦氏が、グローバリゼーションに踊らされることなく、日本固有の価値観を重んじることで、品格ある国家を目指そうと提言している。平成17年秋の発売以来、220万部を超すベストセラーになり、「品格」は昨年の新語・流行語大賞に選ばれた。

(2007/01/07 08:52)

 赤太字で強調した箇所、ちょっとびっくりしたんですよ。
 私、海外はハワイしか行ったことがないのでよくわからないんですが、「自分たちが日本人であることすら隠そうとする」なんてこと、あり得るんですか?

 例えば滞在先が治安の悪い国だったり、反日の国だったりで、自分が日本人であることがバレると大変な目に遭うかも、ってことで隠そうとするというのはあるのかもしれませんが、それ以外で隠そうとする人がいるとしたら、果たしてどんな時?どんな国に行った時?あるいは滞在国がどこであろうが隠したがる人は一律に隠したがるもの?
 だとしたら、それはやはり自分が日本人であることに誇りを持っていないということ?自虐教育のせい?

 そもそも素朴な疑問として、自分が日本人であることを隠したがる人は、いったい自分をどこの国の人間だと申告するんでしょう?
 外見からアジアの人間だというのはバレバレだし、……中国人や韓国人だと申告するの?まさかねぇ。失礼ながら中国人や韓国人に比べれば、日本人だと言った方がなんぼか「胸を張れる」でしょう。

 ちょっと次元が違うかもしれませんが……
 私は今は大阪在住ですが、和歌山に住んでいた期間がありました(4才〜20才頃まで)。
 で、東京方面に観光に行った時、「どこから来たんですか?」と聞かれて、咄嗟に「大阪の方からです」と答えてしまったことがあります(消火器詐欺の「消防署の方から来ました」みたいですね(^_^;)。
 なぜそんなことを?たぶん自分が田舎者だと思われるのが嫌だったからなんだろうと思います。

 外国で自分が日本人であることを隠そうとする日本人の心理って、これに似ていたりするんだろうか?と一瞬思ったんですが、でもよく考えたら日本は決して「田舎」ではありませんよね。先進国の一員です。

 とにかく海外で自分が日本人であることを隠そうとする人が少なからずいるとしたら、それは由々しきことだと思います。


 続いて、江戸時代の日本人と今の日本人の比較論文。

【正論】青山学院大学教授・袴田茂樹 世界に通用した江戸時代の日本人(3/4)キャッシュ
■自尊心・美意識・叡智を備える

 ≪大黒屋光太夫の見事さ≫

 現代と江戸時代の日本人を比べて、どちらが世界に通用する国際人が多かったか。私は無条件に江戸時代だったと思う。この場合、国際人というのは、国外で外国語を使ってあるいは専門家として仕事ができるという意味ではない。たとえ言葉が下手でも、宗教や文化の異なった国、異なる文明圏においても「人物」として敬意を払われるだけの人格や見識を有しているということだ。江戸時代では、地方の村の庄屋や世話役クラスの人物でも、世界のトップの社交界でさえも「人物」として一目置かれるだけの精神的な資質と人格を有していた者が少なくなかった。一例として、偶然ロシアに漂着した伊勢の大黒屋光太夫の例を挙げてみよう。
 彼は地方の商人で廻船の船頭であった。18世紀にアリューシャン列島に漂着し、イルクーツクで学者のラックスマンに認められ、やがてサンクトペテルブルクに行く。フランスの探検家ジャン・レセップスがカムチャツカの町に寄ってロシアの地方長官の家を訪問したとき、偶然その家に滞在していた光太夫を目にしている。レセップスはその旅行記に光太夫について詳しく報告し、作家の井上靖も『おろしや国酔夢譚』でその旅行記にふれている。レセップスは光太夫について、見聞を綿密に日記に記し、自己の考えを臆(おく)せず述べる堂々とした人物として伝えている。
 サンクトペテルブルクでも光太夫は、エカテリーナ女帝に2度拝謁(はいえつ)し、皇太子をはじめ上流階級の人々と交わった。ロシアのトップの社交界でも、一目置かれるだけのオーラを発していたのだ。10年ほどのロシア滞在の後、帰国の機会を得るが、彼が桂川甫周(ほしゅう)に口述した『北槎聞略(ほくさぶんりゃく)』(寛政6=1794=年)は、今日のロシアや欧米においても、18世紀のロシア研究の貴重な資料とみなされている。

 ≪地方の庶民の高い資質≫

 光太夫は、選ばれて日本から派遣された人物ではなく、偶然ロシアに漂流した一庶民にすぎない。私が驚くのは、江戸時代の地方の一般庶民が有していた人間的な資質、知的レベルの高さである。農村でも、少なくとも旧家などには、優れた人材がたくさんいた。島崎藤村は木曾路の本陣のひとつで庄屋でもあった自らの家庭について、小説『夜明け前』に詳しく描いている。江戸時代の末、木曾の山奥でも庄屋や医者の子たちが国を思い、国学や蘭学に打ち込み、日本の開国問題を真剣に論じていた雰囲気が生々しく伝わってくる。
 私が子供の頃住んでいたのは広島県の旧福山藩のはずれの村で、隣に加茂村という山村があった。その山奥に江戸時代から続いている2つの旧家があった。一方からはシーボルトの57人の弟子の1人窪田亮貞が、他からは作家井伏鱒二が出ている。また隣の宿場町神辺には菅茶山(かんちゃざん)が開いた廉(れん)塾があった。茶山は藩儒に、という福山藩からの招きを長年断り民間人として頼山陽など全国からの好学の士に儒学や詩を教えた。茶山の学問や芸術の精神と権力に媚(こ)びぬ毅然(きぜん)とした態度は、地方全体に影響した。井伏も、この地方では茶山の書を持っていないとまともな家とみられず、結婚にも差し支えたと述べている。

 ≪幼稚化した現代日本人≫

 江戸時代の地方人や地方文化、恐るべしである。今の日本のどこかの市長や町会議長で、いや大臣や国会議員、官僚でも、世界のトップの社交界で知的、人格的にしっかり存在感を示しうる人物がどれだけいるだろうか。私は、明治以後、日本人は立派な業績もあげたが、江戸時代と比べると一般に人間的には幼稚化し、文化的、精神的には貧困化したのではないかと思っている。この点では、まだ明治時代のほうが今よりはるかにましであった。
 たしかに、わが国は欧米の学問や文化を見事に吸収し、近代化を立派に成し遂げた。しかし、日本人を次の基準で総合的に判断したらどうだろう。つまり、凛(りん)とした自尊心と信念、生き方の美学、知識ではなく知恵(叡智(えいち))、そして美意識と遊び心などを統一的に有しているか否かという観点である。残念ながら現代の私たちは、江戸時代の日本人に負けていると認めざるを得ない。といっても私は、現代人が日本人の長所や美点をすべて失ったとは思っていない。国外で生活してみると、日本の長所や日本人の素晴らしさがよく分かる。これからのわが国の政治や教育は、日本人のそして日本の長所と短所をしっかり認識し、その長所を現代的な形で再構築するところから出発すべきだろう。

(はかまだ しげき)
(2007/03/04 07:07)

 『おろしや国酔夢譚』は映画化もされましたよね。私は残念ながら見てないんですが。

 江戸や明治、あるいは戦前の日本人と比べると、確かに今の日本人はだらしないというか情けないと感じることが多いですね。
 本当に国益のことを考えて行動している政治家や官僚が今、日本に果たして何人ぐらいいるのだろう?
 企業の不祥事も多いですよね。不二家、リンナイ、関西テレビ。最近の不祥事で今ぱっと浮かんだだけでもこんなにある。

 個人レベルでも非常識でみっともない大人がすごく増えてるように思います。給食費未払い問題などはその最たるものかもしれません。
 携帯電話のマナーが悪い人もあいかわらず多い。私は毎日取引先まで自転車で納品に行ってますが、車を運転しながら電話してる人を見かけない日は一日もないと言っても過言ではありません。

 雨の日なんかでも嫌な思いをすることが多いです。
 狭い路地などで向こうから来た人と傘がぶつからないよう、こちらが傘を外側に傾けてすれ違おうとしているのに、向こうは私の存在を完全に無視、傘も傾かせず歩く速度も落とさず目線も合わせずに通り過ぎてしまう。

 昔は「傘かしげ」という言葉がありました。
 上に書いたようなシチュエーションに遭遇した際、お互いの傘を外側に傾け、まるで申し合わせたかのようにぶつからずにすれ違う、そういうしぐさを指します。
 (これは「江戸しぐさ」と呼ばれるものの一つで、他にも「肩引き」「こぶし腰浮かせ」などがあります。最近また注目され始めているそうです)

 とか言ってる私も、実はあまり人のことはえらそうに言えません。
 大阪は交通マナーが悪いことで有名ですが、私も急いでいる時は、小さな交差点で車も人も全く来ていなければ、赤信号でも渡ってしまいます。

 但し、子連れで赤信号で止まっているお母さんなど見かけた時は別です。どんなに急いでいても私も止まります。お子さんの教育上そうすべきだと思うからです。
 が、その横を、別の子連れのお母さんが私たちを尻目に、堂々と赤信号を渡っていったりすることもよくあるんですよ。思わず「空気読め!」とツッコミたくなります。
 
 とにかくマナーの悪い大人(自分のことはやや棚に上げつつ(^_^;)が増えている今、そんな大人に「マナーを守りなさい」と言われても、子供はそりゃ納得しませんよね。

 また、拝金主義とまでは行かなくても、物質的なこと、目に見えることに重きを置きすぎる人が増えているように思えます。
 逆に言えば、目に見えないもの、例えば家族や友人を大切にする心、自然や伝統や文化を大切にする心、そういう昔の日本人であれば誰しも自然と身につけていたことが、今ではすっかり脇に追いやられているような気がします。


 日本人の長所は?と訊かれたら、ひと昔前なら、「誠実」「親切」「謙虚」といったことがよく挙げられたと思いますが、最近ではそれも怪しくなってきましたね。
 でも、つい最近、日本人もまだまだ捨てたもんじゃないと気づかせてくれた、悲しくも美しい出来事がありました。

【この道】殉職・宮本邦彦警部(上)無私の心(3/1)キャッシュ
 ■誠実、誠心、誠意 人々にしみ渡り

 《天国の宮本さん、その節はありがとうございました》
 達筆の手紙が産経新聞社に届いた。差出人は窃盗罪で逮捕され、警視庁板橋署に拘置中の男(54)だった。東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で女性(39)を助けようと電車にはねられた同署常盤台交番の警部、宮本邦彦さん=当時(53)=の殉職を留置場で読んだ新聞で知り、筆を執った。便箋(びんせん)に4枚。宮本さんへのあふれる感謝の気持ちがつづられていた。
 男は以前にも警察のやっかいになったことがあり、刑務所を出たばかりのことだ。身寄りのない人を受け入れる保護施設への道を常盤台交番で尋ねた。笑顔の宮本さんがいた。
 雨だった。宮本さんはていねいに道を教え、傘まで貸してくれた。
 「自分を大切に。同じ過ちを繰り返すなよ」
 その後も交番を通るたびに「頑張ってるか」と優しく声をかけてくれた。
 《どんなに助けられたか。今でも宮本さんが『頑張れ』と言ってくれているよう》
 男はいま、再び犯罪者の身となったことを悔い、新たに誓う。
 《更生という二文字に向かって一心不乱に邁進(まいしん)するだけです》
                □ □ □
 今月6日夜、宮本さんが受傷したとの知らせに友人らは耳を疑った。だが、ほかの署員は別の事件で交番をあけており、女性は「死んでもいい」と強引に踏切に飛び込んだ…と、切羽詰まった状況が次第に明らかになると友人らの思いは確信に変わった。
 「あいつなら自分を盾にしてでも飛び込んだはず。置かれた状況のなか、自分ができることを最大限果たす。それがあいつの強さだから」
 宮本さんは昭和51年、札幌市の北海学園大学を卒業後、警視庁に採用され北海道から上京した。この年は前年に「戦後最大」と言われた不況の波が、まだ列島をおおっていた。
 警察学校時代、四角いメガネにいつもニコニコ笑顔をたたえ、「宮ちゃん、宮ちゃん」と友人らから慕われていた。器用ではなく、敬礼の際、緊張から体が右に傾いてしまっていたことを友人らは覚えている。
 一方で頑固なほどに芯(しん)が強かった。何十キロもの装備を着けての走り込みで倒れ、友人らが手を貸そうとしても「大丈夫」と拒んだ。剣道もうまくなかった。だが真冬の夜も1人黙々と素振りを続け、友人らを追い越して入段試験に合格した。「道産子ならではの愚直さがあった」(友人)
 翌年春、半年間の教練を終え、それぞれの配属先が決まった日、中庭で皆で涙にむせびながら「この道」を歌った。
 ♪どんなにつらくても歩いていこうよ この道を
 学園紛争の嵐が吹き荒れた昭和44年。警視庁の機動隊員ら若い警察官を励まそうと、当時の秦野章警視総監が友人の作詞家、川内康範氏に依頼し、できた歌だった。
 そして、寄せ書き。それぞれが夢を記すなか、宮本さんは力強い筆跡でこう書き残した。
 「誠実、誠心、誠意…宮本」
                □ □ □ 
 宮本さんの無私の行動に、多くの人々は心を揺さぶられた。
 「正義感、警察官魂を引き継ぐ」。同僚の警察官はもちろん、常盤台交番には1万人以上もの人が記帳や献花のために列を作った。記帳台がなくなった現在も献花に訪れる人は絶えない。
 宮本さんの回復を祈るメッセージがあふれたインターネットの「2ちゃんねる」で、引きこもりとみられる男性はこう書き込んだ。
 《こんなお巡りさんもいるんだね。おれ、ちょっとだけ人を信じてもいいような気がしてきた…。もう随分外に出ていないけど》
 留置場の男だけではない。自殺するつもりだった女性の命を救った勇気と正義、そして命をかけた使命感はいま、人々の生き方まで変えようとしている。
                  ◇
 住民や友人らの証言から「地域警察官・宮本警部」の歩んだ「道」をたどった。
                 ■□■
  《宮本邦彦警部の略歴》
昭和28年2月 札幌市で生まれる
  51年3月 北海学園大学経済学部を卒業
    10月 警視庁に採用、上京
  52年4月 大森署地域課(当時、警ら課)に配属
  55年4月 第6機動隊に配属
  58年9月 町田署地域課に配属、南大谷駐在所に勤務
平成6年12月 巡査部長に昇進
  10年3月 千住署に配属、地域課や警務課留置係に勤務
  16年2月 板橋署地域課に配属
  17年2月 常盤台交番に勤務
  19年2月 女性を助けようと電車にはねられ殉職、警部に2階級特進
        政府が正七位と旭日双光章の緊急叙勲を、
        東京都が知事顕彰をそれぞれ決定

 続きは以下からどうぞ。涙無くして読めません。

【この道】殉職・宮本邦彦警部(中)ふれあい 「駐在所希望」安全な町に全力(3/2)キャッシュ
【この道】殉職・宮本邦彦警部(下)命の代償 伝えたかった「生きる」意味(3/3)キャッシュ

 もしこの事故に巻き込まれていなければ、宮本警部は地元では多少は有名ではあっても、このように全国民に名前や人柄を知られるようなことにはならなかったと思います。
 裏を返せばクローズアップされていないだけで、宮本警部のような素晴らしい人は他にも日本全国にたくさんいるに違いないのです。


 そして多くの国民は、自分が日本人であることにまだまだ誇りを持っていると私は考えています。
 昨年秋に拙ブログで実施したアンケート「生まれ変わっても日本人になりたい?」によれば、実に97.5%もの方が「なりたい」と答えられています。

06/10/8付:【アンケート】「生まれ変わっても日本人になりたい?」結果と全コメント

 ま、うちの読者層を考えれば、「日本なんか嫌いだ」って人はもともとあまり来られてないでしょうが、それを差し引いてもこの結果はすごいと思います。
 こういう方々が日本にいる限り、日本人も、日本という国もまだまだ大丈夫!私はそう信じています。


 最近はこういうブログも人気を博しているようです。

日本と日本人のなごむ話・いい話・感動した話・泣ける話
 
 基本的に2ちゃんねるその他からのコピペのようですが、こういった話をまとめて読むことのできるサイトってあまりなかったと思うので、私は非常にありがたく思っています。


 何やら今回は説教くさくなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました<(_ _)>



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