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沖縄慰霊の日…戦没者と遺族にお心を寄せ続けられる陛下

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 天皇陛下は、皇太子時代の昭和56年8月7日に行われた記者会見で、「日本人として忘れてはならない4つの日がある」とおっしゃいました。

 その4つの日とは……

 8月15日の「終戦記念日」。
 8月6日の「広島原爆の日」。
 8月9日の「長崎原爆の日」。
 そして、6月23日の「沖縄慰霊の日」です。

 本土に暮らす人間は、この6月23日という日付がなかなかスッと出てこなかったりします(私だけかもしれませんが)。
 陛下はこれら4つの日を特別の日とお考えになり、戦没者の慰霊のためにお慎みになります。

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 昭和天皇は沖縄ご訪問を強く望まれていましたが、叶うことなく崩御されました。
 その強いご遺志を継いで、平成5年、今上陛下は歴代天皇初の沖縄ご訪問を果たされました。

 その際に詠まれたお歌がこちらです。

 天皇陛下御製 沖縄平和記念堂前
 激しかりし戦場(いくさば)の跡眺むれば平らけき海その果てに見ゆ


 陛下は御即位前から沖縄に深い関心をお持ちで、その思いの深さは、御自ら琉歌をお詠みになるところに如実に表れています。

 琉歌とは8・8・8・6で詠まれる琉球王朝時代からの歌で、沖縄の言葉が用いられます。沖縄人でも詠める人はわずかと言われています。

 陛下はその琉歌を長年独学なさり、これまでに多くの鎮魂の琉歌をお詠みになっています。

 昭和50年に初めて沖縄をご訪問された際に、沖縄戦終結の地である摩文仁(まぶに)の丘にお登りになり、魂魄の塔に御供花なさった時のお気持ちをお詠みになったのが、次の琉歌です。

 花よおしゆげやん人知らぬ魂戦ないらぬ世よ肝(チム)に願て 
 (花を捧げましょう 人知れず亡くなっていった多くの人々の魂に対して 戦争のない世を心から願って)


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 (画像は平成6年6月3日、米国ご訪問に際し会見された両陛下)

 平成5年に天皇として初めて沖縄をご訪問された翌平成6年、天皇陛下は皇后陛下とともにアメリカをご訪問されています。

 両陛下がサンフランシスコに到着されたのは、ちょうど現地時間で6月22日、日本では沖縄戦終結の日でした。

 随行した渡辺允侍従長(当時)は、その日のことを次のように回想しています。

 陛下は「ちょうど重なってしまうが、沖縄で慰霊式典が行われる時間はこちらでは何時ごろだろう」とお尋ねになった。

 調べたところ、公式晩さん会の始まるころでした。

 「それでは少し遅らせてもらえないだろうか」とおっしゃって、両陛下はその時間にはホテルの部屋で黙とうをされていたようです。

 (日本経済新聞2008年1月31日付)

 陛下が挙げられた4つの日はもちろん宮中祭祀ではありません。
 が、陛下は祭祀と全く同じようなお気持ちで戦没者への祈りを捧げられ、遺族の身の上にお心を寄せ続けられているのです。

 両陛下の戦没者への思いはこの4つの日を重視されるにとどまりません。
 両陛下は即位後、積極的に戦没者の慰霊の旅をなされてきました。

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 平成6年2月12日には、硫黄島を訪問されました。

 司令部のおかれた天山にある慰霊碑を拝礼され、水を汲み碑の上に注がれ白菊をお供えになられました。
 またその場で遺族らにお言葉を賜りました。
 その後、島を一周され、島のあちこちに眠る英霊に対し心からのご慰霊を尽されました。

 両陛下はその際のお気持ちを、次のようなお歌にお詠みになっています。

 天皇陛下御製 硫黄島 2首
 精魂を込め戦ひし人未(いま)だ地下に眠りて島は悲しき
 戦火(いくさび)に焼かれし島に五十年(いそとせ)も主なき蓖麻(ひま)は生ひ茂りゐぬ

 皇后陛下御歌 慰霊碑に詣(まう)づ
 慰霊地は今安らかに水をたたふ如何(いか)ばかり君ら水を欲りけむ


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 平成17年6月28日にはサイパン島を訪問され、「中部太平洋戦没者の碑」にご拝礼になった後、バンザイクリフの先端に立たれ、黙祷を捧げられました。

 バンザイクリフは高さ250mの断崖絶壁で、ここから多くの日本人が身を投げた悲劇の地です。

 その際のお歌がこちらです。

 天皇陛下御製 サイパン島訪問 2首
 サイパンに戦ひし人その様を浜辺に伏して我らに語りき
 あまたなる命の失せし崖の下海深くして青く澄みたり

 皇后陛下御歌 サイパン島
 いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏(あうら)思へばかなし


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 話を沖縄戦に戻します。

 沖縄戦で私がよく思い起こすのは、海軍陸戦隊司令官・大田実少将が最後に大本営宛てに発信した電文です。

 「沖縄県民かく戦えり、県民に対し後世格別のご高配を賜らんことを」

 今、沖縄では、普天間基地へのオスプレイ配備に対する反対論が盛り上がっているようです。
 本土の多くのマスコミもそれを後押しするような報道を繰り広げています。

 私も最初は、事故が多いといわれるオスプレイを住宅密集地にある普天間に配備するのはやめた方がいいと思っていました。
 事故が起こってからでは遅い、沖縄県民に「ご高配」どころか更なる苦難を与えてよいのか……と。

 事故の心配はもちろん拭えないのですが、ただ、こういう見方をしている沖縄県民の方もいらっしゃいます(保守@沖縄さん6月16日付)。

 沖縄県民の苦難と、沖縄も含めた日本全体の国防。
 この2つのバランスを考えた時、私は言いようもない切なさを感じます。

 きっと誰も簡単には答を出せない問題……。

 多くの英霊、戦没者の方々の犠牲の上に生かされている者として、せめて今日6月23日という日を、沖縄戦で亡くなられた方々の御冥福を深くお祈りする日にしたいと思います。


※参考文献
・「日本の天皇 国難と天皇の歴史」(徳間書店・TOWN MOOK)より
 【瓦礫に黙とうする姿と天皇の「四つの祈り」】竹田恒泰
 【「民安かれ、国平らかに」そう心を寄せ続けること】八木秀次
日本政策研究センター>2006年12月12日(火曜日)栗林忠道と硫黄島の戦い(下)硫黄島の玉砕と両陛下

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09/1/6付:「たけしの“教科書に載らない”日本人の謎」良かったです
 宮中祭祀の中でも最も重要な祭祀の一つである「四方拝」の紹介。

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