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【東日本大震災-11】外国人から見た日本と日本人(33)

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※このシリーズの一覧を作ってあります。
 【一覧】外国人から見た日本と日本人

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 「外国人から見た日本と日本人」。第33弾です。
 3/15付:【東日本大震災-1】外国人から見た日本と日本人(22)
 3/22付:【東日本大震災-2】外国人から見た日本と日本人(23)
 3/28付:【東日本大震災-3】外国人から見た日本と日本人(24)
 4/16付:【東日本大震災-4】外国人から見た日本と日本人(25)
 4/25付:【東日本大震災-5】外国人から見た日本と日本人(26)
 6/6付:【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)
 7/11付:【東日本大震災-7】外国人から見た日本と日本人(28)
 8/6付:【東日本大震災-8】外国人から見た日本と日本人(29)
 10/18付:【東日本大震災-9】外国人から見た日本と日本人(31)
 12/1/7付:【東日本大震災-10】外国人から見た日本と日本人(32)
 に引き続き、震災編パート11となります。
 
 
ルーシー・ウォーカー=イギリス人。映画監督。東日本大震災の被災地にカメラを向けた「津波そして桜」が2012年、アカデミー賞のドキュメンタリー短編賞にノミネートされた。
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TBSのインタビューより(リンク切れ)

 被災地で被災者が私たちに食べ物を差し入れようとしたんです。
 私たちは「いいえ!いいえ!あなたは被災者で、こちらは訪問者だから、私たちが差し上げます」と言いました。
 でも、その人たちはもてなしの気持ちが強くて、私たちにくれようとするんです。
 あの状況の中、あの日本人の資質はとてもすばらしいと思いました。

※映画『津波そして桜』予告編(YouTube)
 http://www.youtube.com/watch?v=PGFvFn0Tj5s

シンディ・ローパーさん、宮城・石巻市の小学校を訪問 子どもたちに桜の苗木を贈呈(FNN=仙台放送2012/03/05 18:21)(リンク切れ)
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 アメリカのスター、シンディ・ローパーさん(58)が、宮城県の小学校を訪問。桜の苗木を小学校に贈り、子どもたちに元気を贈った。

 シンディさんは「桜の木を見て、毎年、『また頑張ろう』という気持ちになってもらおうと、持ってきました」と話した。

 シンディ・ローパーさんが、宮城・石巻市の市立大街道小学校を訪問し、桜の苗木をプレゼントした。
 シンディさんはまた、子どもたちに歌をプレゼントした。

 2011年、ツアーの来日中に震災に遭ったシンディさんは、これまで募金活動を行うなど、被災地への支援を続けてきた。
 木を育てることが復興のシンボルになればと、被災地の子どもたちに桜の木を選んだという。

 子どもたちから「どうもありがとう」と声が上がると、シンディさんは「どういたしまして」と日本語で答えていた。
 子どもたちは、「歌がすごくよかったです」、「すごく美人で、印象に残った」、「もとの石巻に戻って、桜をみんなで見られるように、育てていきたいです」と話した。

 2011年、震災に遭遇したあとも、あえて日本に残ってツアーを敢行したシンディさん。
 今回も、ツアーの日程の合間のオフを返上して、石巻市を訪れた。

 子どもたち1人ひとりと、丁寧にサインをしたり、握手をしたりと、温かい交流になったもよう。

「被災地を忘れないで」シンディ・ローパーさん、支援を呼び掛け(産経2012.3.12 23:18)
 東日本大震災から1年に合わせて日本ツアーを行っている米歌手、シンディ・ローパーさん(58)が12日、都内で記者会見し、「福島県をはじめ被災地のことを忘れないで」と訴えた。

 会見で、ローパーさんは「被災者はみんな前進しようとしている。もう一度(被災した)まちが動き出すため、被災地で生産されたものを積極的に買い、支援してほしいと呼び掛けた。

 ローパーさんは震災当日の昨年3月11日に来日し、「音楽で力を与えたい」と日本公演を敢行。1年後となる今月、再来日した。
日本人の忍耐力に感心…宇宙から復興メッセージ(読売新聞2012年3月2日22時28分)
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※画像中央がダニエル・バーバンク船長

 東日本大震災から1年を前に、国内外の宇宙飛行士が日本の復興・再生を願うメッセージを寄せ、宇宙航空研究開発機構のホームページで2日、公開された。

 高度400キロ・メートルの国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中のダニエル・バーバンク船長(米国)らからは「日本の上空を通るたびに、復興に向けて懸命に頑張っている日本人の忍耐力と勇気に感心している」と、激励の言葉が届いた。

 また、7月からISSに長期滞在する星出彰彦さんは「訓練で世界中を訪れるたびに励ましの言葉をいただく。宇宙から見守っている人もいる。頑張っていきましょう」とエール。再来年、ISSの船長を務める若田光一さんは「復興へ立ち向かっている皆さんと同じ日本人であることを誇りに思う」と語った。

海外反応! I LOVE JAPAN>世界の皆様、東日本大震災への支援本当にありがとう。 海外の反応!(2012年03月02日23:36)
東日本大震災への支援ありがとう。

★Arigato from Japan Earthquake Victims(YouTube)
 http://www.youtube.com/watch?v=SS-sWdAQsYg
 くっくり注:この動画は、12/1/7付:【東日本大震災-10】外国人から見た日本と日本人(32)で紹介した「We Will Always Remember You」と同じ動画のようです。違いはタイトルと日本語字幕の有無です。

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東日本大震災で支援をしてくれた国々へ「ありがとう」と感謝のメッセージを伝える動画の海外の反応です。

アメリカ
震災が起きた日自分は空母ジョージワシントンにいたんだ。
あの時はちょうどキャプテンコールをしてた時だった、突如嵐でも来たかのように船が動いたのを感じたよ。
一瞬何が起きたのか分からなくて皆で顔を見合わせて考えてしまった、そしてその後すぐに大変な地震が起きたのを知ったんだ。

アメリカ
あの時自分は兵舎にいたね。
大変な震災だと知ってすぐに支援へ志願したよ。友人日本への力になれたのは嬉しいよ。

イギリス
日本の人々は本当に強い心を持ってるよね。この動画を見るとそれが分かるよ。

スウェーデン
自分は普段は泣いたりしないんだけど彼らの「ありがとう」の言葉には感動して涙が出てきちゃったよ。

アメリカ
あの震災の日を決して忘れないよ。
あの震災の日自分は東北の青森にいたんだ。Ganbare Tohoku! (頑張れ東北!)

アメリカ
あの震災の日は駆逐艦マッキャンベルにいたんだよね。
震災後には生活必需品をヘリコプターで運んだりしたんだ。
自分は今この国日本で暮らしているんだけどその事には本当に感謝しているんだ。日本は自分にとって第二の故郷みたいなものなんだよね。
我々は日本が本当に大好きなんだ。

メキシコ
これは本当にグレートな動画だよ。
日本って国は本当に強い国だなって思う、そして日本人は皆親切で優しい。
正直メキシコは日本へ莫大な支援を出来なかったかも知れない、でもそれなりに最善は尽くせたと思ってるよ。
この動画の「ありがとう」に対して自分は「toitashimashite"^^ GANBARE MINA!!!」(どういたしまして、頑張れ皆)と言いたいんだ^^

不明
お婆ちゃんが日本人なんだけど日本は驚きでいっぱいの素晴しい国なんだよね、例えどんな災害が起きようとこの日本の素晴しさを奪い取る事は出来ないと思ってるよ。
日本の幸運を祈ってるよ。

アメリカ
自分はTomodachi作戦に参加した19,703人のアメリカ軍人の一人だけど、日本の手助けを出来たことはとても名誉な事なんだよ。
あまりにも沢山の人達が犠牲になってしまった事に哀悼の意を表明します。

アメリカ
俺達の国の軍隊は無意味な戦争ばっかして憎まれてばっかだけど、本当はこういう協力や支援にこそ力を注ぎまくるべきだよね。

メキシコ
6:57辺りで涙がT.T

カナダ
ちくしょうっ涙がでちゃったじゃないかどうしてくれるんだ(笑)

アメリカ
4:56はベオグラードじゃないか。自分の故郷が出るなんて誇らしいよ。

イスラエル
日本は地震に対して世界で最も備えている国の一つなのに、これだけ大きな被害になってしまったのは残念だし悲しいよね。

台湾
日本は9.21の大震災の時支援してくれたじゃん。だから3.11の日本の地震でこっちも支援するのは当然さ。
日本頑張れ^^

カナダ
2010年のゴールデンウィークに家族で東京を観光したんだけどまた近いうちに日本を訪問したくなったよ。

アメリカ
日本は素晴しい国だ。
そして日本人はとても思いやりのある人々だ。
日本はいつも困ってる国々を助けてあげてる。勤勉で真面目な日本人は本当に素晴しいんだ!
平和、思いやり、優しさのある素晴しい国日本。これはまさに世界のモデルとする国だよ。
あぁもう日本へ行くのが待ちきれないよ。

スイス
日本は自分にアニメや漫画を与えてくれてたじゃん。ありがとう!

アメリカ
3.11で友好の大切さと本当の意味を知った気がするよ。

アメリカ
てか涙が止まらないから助けてくれよ~日本(笑)

【3・11から1年】「ありがとう、台湾」テレビや新聞に広告を掲載(産経2012.3.10 20:00)
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※画像=被災者たちからの感謝メッセージが盛り込まれた台湾での広告(交流協会提供)

 【台北=吉村剛史】日本の対台湾民間交流窓口機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)は11日から17日まで、台湾のテレビ各局や繁華街の屋外モニターなどで、東日本大震災の被災地に約200億円もの義援金を寄せ、いまなお支援を続けている台湾社会への「感謝CM」を流す。

 宮城県仙台市の母子や、石巻市の男子中学生、岩手県陸前高田市の木工職人など老若男女の被災者らが、復興、再生を語る内容で、共通メッセージは「我很元気 台湾、謝謝●(=にんべんに尓)」(元気です。ありがとう台湾)。インターネット上のユーチューブでも配信する。

 10、11、17日には同事務所がスポンサーとなった震災特別番組2本も複数のテレビ局で放送され、台湾の主要4紙には今井正代表(大使に相当)らからの感謝メッセージや、CMと同内容の広告が11、12日付で掲載予定。

 昨春、日本政府が米、英、仏、露、中、韓各国の主要紙と、国際英字紙の計7紙に広告を掲載したものの、台湾は対象外で、市民有志が寄付金で台湾2紙に広告を掲載した経緯がある。東日本大震災1年では、息の長い支援を寄せる台湾に、深い謝意が表明された。

金美齢=台湾人。1934年(昭和9年)台北生まれ。日本統治下の台湾で育ち、日本敗戦後国民党による台湾人弾圧時代を経験。1959年(昭和34年)日本に留学後、台湾民主化運動に参加。このため30年間以上も台湾の土を踏むことができなかった。2009年9月、日本に帰化。
「WiLL」2012年2月号【日台の未来は一月十四日に決まる】より

 2011年は東日本大震災があり、それに対する台湾からの多大な支援が話題になりました。200億円を超える義援金のほか、個人レベルでの寄付や支援の話も数えきれないほど寄せられたのです。

 東大阪市のものづくりの現場の方に聞いたところによると、台湾のねじ製造業者で作る「ねじ工業会」から、「同業者で困っている人がいたら渡してほしい」と「日本ねじ工業協会」へ5000万円もの義援金が届けられたそうです。私のホームドクターも「ふるさとで1600万円の寄付が集まった。金さんが妥当だと思うところを教えてほしい」と相談されました。

 台湾から日本へ、公の数字には表れない民間のさらなる支援が、至るところで行われていたのです。その日本に対する愛情の深さ、大きさ。これまで何度も何度も台湾人の日本への思いを説いてきましたが、今回のことで台湾人の日本への思いがどれほどのものか、改めて証明されたのではないでしょうか。

【3・11から1年】「くじけない強さ」に感銘 ギラード豪首相(産経2012.3.11 10:17)
 オーストラリアのギラード首相は東日本大震災から1年の11日、声明を発表し、懸命に復興に取り組む日本人の「勇気とくじけない強さ」にオーストラリア国民が深い感銘を受けているとたたえた。

 震災後の昨年4月に外国首脳として初めて被災地を視察したギラード氏は宮城県南三陸町で目の当たりにした「想像を絶する光景を忘れない」と述べ、「日本の親しい友人」として復興に尽力すると強調した。(共同)

【3・11から1年】惨事経験の共有を ウクライナで市民ら黙とう(産経2012.3.11 18:50)
 ウクライナの首都キエフの国立歌劇場前で11日、東日本大震災発生時刻に当たる午前7時46分に市民ら100人超がろうそくを手に集まり、黙とうした。チェルノブイリ原発事故を経験した同国では福島第1原発事故への関心が極めて高く、参加した学生(19)は「惨事を経験した両国民は連帯し、支え合いましょう」と話した。

 東京農業大留学中に大震災を経験し、宮城県石巻市でボランティア活動をした女性アナスタシアさん(24)は、手にした梅の花を「寒さの中で開花する(日本の)強さの象徴」と紹介し、「日本は困難を乗り越え立ち直る」とエールを送った。

 キエフ国立大の女子学生は「原発は良くないが、代替電力源を見つけるのは容易ではない」と話し、約5割の電力を原発に頼るウクライナの苦しい事情をにじませた。(共同)

【3・11から1年】スマトラ地震被災地も追悼 「あなたは独りではない」(産経2012.3.11 19:56)
 2004年12月のインドネシア・スマトラ沖地震と大津波で多数が犠牲になった同国アチェ州で11日、東日本大震災の犠牲者に黙とうや追悼の言葉がささげられた。

 日本語学習者の筆記試験があった州都バンダアチェの高校では、試験前に参加者が黙とう。州関係者は、震災被災者に「アチェも津波で多くの人を失った。あなた方は独りではない」と呼び掛けた。

 北部ロクスマウェで開かれた中学生らの集会ではスマトラ沖地震と東日本大震災のビデオを上映。主催者は「災害のない世界のために祈りましょう」と述べた。(共同)

【3・11から1年】「類い希な日本の精神」学ぶ 被災地を訪れたシンガポールの大学生たち(産経2012.3.11 20:11)
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※画像=岩手県陸前高田市の復興現場で。ヘルメットには「がんばっぺし」と書かれていた(ウォン・ペイウンさん撮影)

 【シンガポール=青木伸行】東日本大震災後、シンガポールからは多くの大学生たちが被災地を訪れ、力強い復興を目にした。震災から1年にあたり、彼らは追悼レセプションなどの場で体験を語り、「より強い日本を信じている!」とエールを送った。

 2月、シンガポール国立大学のリー・クアンユー公共政策大学院で学ぶ20カ国、38人の学生が、福島県南相馬市や岩手県陸前高田市などを訪問した。

 そのうちの一人、ウォン・ペイウンさんは、カメラのシャッターを押し続けた。陸前高田市の復興現場で男性が手にしていた「がんばっぺし」と書かれたヘルメット…。10日間の見聞で感じ、学び取ったのは「類い希(まれ)な日本の精神」だ。

 それは「思いやり、粘り強さ、くじけない『七転び八起き』の精神、『絆』と結束の強さ」だと言う。被災者らと触れ合う中で耳にした「命を落とした人々のことを忘れない。生きている人々のことも忘れてはならない」という言葉が、胸に残る。

 シンガポール国立大学の4年生、ン・ジュンロンさんが、「東北親善大使」に選ばれ被災地に赴いたのは、昨年8月。「人々は温かく強かった。目にした被災地は深い傷跡を残しながらも、着々と復興が進み、テレビで見た震災発生時の印象とはまったく違うものになっていた」と話す。

 「シンガポールの人々の間にはまだ、日本は危ないという感覚がある。日本と東北は安全だということを、(ソーシャル・ネットの)フェイスブックなどを通じ発信していきたいと力を込めた。

グレゴリー・トレンチャー=オーストラリア人。1978年(昭和53年)生まれ。東京大学大学院博士課程在学中。滞日期間7年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 その瞬間、私は成田空港に着陸10分前の飛行機の中にいました。ですから直接地面が揺れる地震の体験はしていません。着陸できなかった飛行機は名古屋へ寄って給油し、その後韓国でやっと着陸し、一泊したあと羽田へもどり、二日かかってやっと自宅に帰ることができました。

 日本の地に降りてまずびっくりしたのは、このような未曾有の大災害が起こったにも関わらず、東京の街も人もあまり変わっているようには見えなかったことです。もしこれがオーストラリアだったら、人々はまず自分の家族と自分の安全を優先して、すぐに仕事に出ていくことはしなかったでしょう。しかし日本人は会社の指示に従って、まだ余震が続くなか、仕事を継続した人が多かったことにショックを受けました。

 これまで日本に暮らしてきて日本人に感じるのは、人間関係において他人に対する配慮がすごく重要視されていることです。控え目な人が多いし、保守的な面もあります。グループのハーモニーがとても大切にされているので、ビジネス面でも遊びの面でも、とても付き合いやすい民族だと思います。

 オーストラリアやアメリカに台風などの自然災害が起きたとき、食料が足りなくなって盗難事件が起きたり、暴力事件さえ起きました。今回日本の震災では、そういうことが起こらず、外国人を感心させました。ある意味社会が壊れて不便になってしまったのに、我慢しようとみんなが思っています。それによってこの困難を乗り切っていこう、という、日本人の資質がいい面に働いたのです。日本人の心の根底には、がんばったり、我慢したりする魂がもともと入っていると思います。それはプラスにもマイナスにも作用し、時には行動すべき時に行動しないで、我慢すればいいんだ、という風になる場合もあるかと思います。また、地震のような天災が起きたら、政府が助けてくれるだろう、という人任せな気持ちもあるのではないでしょうか。

 こういう豊かな国で生活できるのはとても素晴らしいことですから、今回の地震で人間や社会の脆弱(ぜいじゃく)さが分かった今、私たちは自分の人生に対してちゃんと責任をとることをもっと考えた方がいいように思うのです。私たちは非常にリスクの高い国で生活しているのですから、最悪の場合を考えて準備をきっちりして、あとは怖い気持ちを忘れて日々を楽しく過ごしたいものです。私は今回の被災地の状況から、今後に備えて1ヶ月くらいの備蓄をするつもりです。

ユリアナ・カンディオ=インドネシア出身。オーナーシェフ。父は日本人、母はインドネシア人、夫は日本人。滞日期間68年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 日本で生まれ育った私ですが、3月11日の地震の日には、あらためて、日本人の勤勉さや誠実さを感じました。

 一番驚いたのは、震災当日の夕方です。多くの人々が、同じ方向を向いて列をなし、ぞろぞろと、歩いているのです。まるで行進しているようでした。それは、夜中まで続きました。自宅へ帰る人たちですね。

 それから数日間、交通機関が復旧するまで、朝の7時頃から、表が騒がしいのです。今度は、会社に向かって、歩く人たちの行進です。

 パニックを起こすわけではなく、地震当日は、自宅、自宅。翌日になると、会社、会社へと歩くのですから、日本人の勤勉さは、すごいですね。

 お店にいらしているお客さまの中には、片道5時間、往復10時間かけて、会社へ通った方もいました。

 電車やバスが、動かないとわかっていても日本人は、仕事に行くのですね。インドネシア人は、こんなときに、会社になんて行きませんよ。日本人とは違います。

 「今日がダメなら、明日でいいじゃないか」という考え方です。

 約束したことも平気で破ります。言い分はこうです。「自分は、約束を守るつもりでいた。事情があって、できなかったから、しかたがない」と、彼らなりの理由があり、悪いと思っていないのです。

 私の主人も、まさに、地震当日は、日本人らしい考え方や行動をしました。

 翌日の午前10時に、千葉でセミナーを予定していたのですが、その時間に会場に着くためには、夜10時に目黒の自宅を出発すると言い出したのです。「こんなときに、行かなければならないの?」と私が言うと、「休むのは簡単だけれど、主催者なので、来てくれる人のことを考えなければ。一人でもお客さまがいらしたらどうする、行かなければ」。彼の中には、“休む”という発想は、ないのです。

 主人を助けるために、私も一緒に車に乗りました。震災直後で大混雑の高速道路は、まったく前に進めず、千葉に到着したのは、翌朝9時です。

 行ってみると、現地も被害を受けており、会場が使えない状態でした。今回、自分の努めを果たそうとする主人を見て、日本人なんだな、と実感しました。

 そんな彼と暮らしているから、私も、母が守ってきたレストランの経営を続けることができるのですね。さりげなく助けてくれた主人に、感謝しています。

 私の母は、戦後の日本が、経済大国になる様子を目の当たりにし、そのすさまじい成長に感心していました。何がなんでもやり抜く国民性。日本で生まれ育った私も、地震当日の行進には驚きました。

 同じ方向を向いて、目的地へと、静かに歩く人々??なによりも、日本人らしい姿ではありませんか。

ウルフガング・アンベルドロー=スイス人。1953年(昭和28年)生まれ。投資顧問会社(スイス)会長。日本滞在期間合計10年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 「やっと、東京で夜空に再び星がまたたいているのを見ることができる」

 震災後に東京で会った、ある日本人男性の言葉です。

 私は、東日本大震災の翌月、スイスから東京に出張し、多くの日本人と今回の震災について話しましたが、これが一番印象に残ったコメントでした。私はこの言葉こそ、日本人がどのようにこの前代未聞の大震災に向き合っていくのかを、端的に物語っていると感じたのです。

 確かに、東北地方で起こっている悲惨な状況を考えると、少し気楽すぎる言葉かもしれません。けれども、ここに日本人の持つ本質が三つ表れていると思うのです。

 一つめは、「どんなに自分のまわりが絶望的な境遇であっても、冷静であること。そして、新しい現実にすぐに適応する能力を持っていること」です。例えば、ある日本の建築家は、被災地支援に向かう際、外国人ジャーナリストに、放射線の影響が心配ではないのかと質問され、「心配していたら、何もできないですよ」と答えていました。パニックも起きない、自分勝手な人もいない。我慢できないようなことでも、我慢する。自分の境遇に不満を言うことよりも、常に他の人の助けになることを考える。日本人が持つこうした特質は、冷静であること、さらには、被災した東北地方を、震災前にもまして復興させるという共通の目的に向かうことを可能にしているのです。日本中がこの目標に向かって一つにまとまることで、近年、長い間失われていた共通の目的を見出したのです。また、世界中から日本や日本人に対する賞賛の声があがり、真の姿が見えにくいとされてきた日本人が、深く理解されるきっかけにもなりました。規律正しい行動、確固な意志、おだやかさ。これらの特質をもっているからこそ、この悲劇から必ず立ち直ることができると思うのです。

 二つめの日本人の美徳は、「これまでの伝統を引き継ぐこと、普通であることへの強い思い入れがあること」です。今回の日本滞在中、浅草へお花見に行きました。過去に10年間日本に住んでいたときのお花見とは、ずいぶん違うことに気づきました。今回のお花見客は、誰もが本当に感謝の気持ちをもっているのです。この苦しく、先行きのわからない不安なときであっても、季節がいつものように巡ってきて、桜の木は、今年も変わらず美しい花を咲かせているという事実を、本当に有り難く思っているのです。あの3月11日の大震災のあと初めて、日本の人々の顔には、ほっとしたような安堵の表情が浮かんでいました。

 〈中略〉最後に、三つめは、日本は「なにかに立ち向かうとき、国家的な危機に直面したときにこそ、その強さを発揮するということ」です。1853年、米国から黒船でペリーがやってきたときが、日本の「素晴らしき孤立」時代の終焉(しゅうえん)でした。日本の近代化と産業化は、明治時代に大きく進みました。過去には経験したことのないほど急速な発展は、もし米国の黒船に象徴されるような外国からの圧力がなかったら、起こりえなかったでしょう。また、第二次世界大戦後、日本人は力を合わせて国の発展に尽くし、経済力にも力のある国になる一方で、国際社会の一員として認められるように、長年努めてきました。そして、1980年代に、見事にその目的を達成したのです。

 だからこそ、私は信じているのです。日本はこの危機を乗り越えて、必ずもう一度、「絶望の灰から立ち上がる」と。阪神大震災のときとは異なり、地域を越えた国家の危機だからです。長期にわたり先行きがわからない放射能の問題や電力不足も懸念されます。日本経済全体に及ぼす影響も大きく、再建の道は険しいでしょう。しかしながら、数々の寄付活動、「自粛」を通じての支援など、日本人一人ひとりが貢献し、皆の心が一つになっている姿に、私は心を打たれます。

 こうしてみると、冒頭の「やっと、東京で夜空に再び星がまたたいているのを見ることができる」というコメントが、とても意味のある言葉であることがしみじみとわかるのです。過去の輝かしき時代には忘れられていた、毎日の小さな幸せがいかに尊いものであったかを知るということになったからです。

 〈中略〉これまで、日本は、他の国から学ぶことばかりしてきたと思います。今回は、日本がいかにこの大震災を克服し、そして乗り越えるかを、他の国々が学ぼうとしています。どうぞ、日本のみなさんは、これまで成し遂げてきたことに誇りをもってください。そして、必要であれば、他の国や政府に助けを求めてください。世界は知っています。これまで、どんなに日本が諸外国を助けてきたかを。

シニア・フェルディナンド・アルフォンソ=ジャマイカ人。1963年(昭和38年)生まれ。音楽家、JaLA Scholl校長。日本滞在期間19年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 昨年(2010年)の7月と11月に、石巻市でゴスペルコンサートを開催したばかりです。今回の震災で南三陸町に住む友人は、すべてを失いました。家もない、何もない、生まれたときと同じ。あるのは、身体だけです。それでも、無事に生きていてくれて、よかった。

 こうしてお話ししていると、「ああ、彼らのために何かしなければ」と私の心はザワザワするのです。特に、住む場所を失ったお年寄り、「本当に何とかしなければ」。

 5月1日、チャリティコンサートを開きました。レゲエ音楽の神様、ボブ・マーリーの命日に、毎年コンサートを開き、ジャマイカの貧しい子供たちに、鉛筆などを送る活動をしてるのですが、今年の収益金は、石巻の友達に直接持って行きました。心を届けたくて、カレーを作って食べてもらいました。

 日本は、がんばるしかないのです。

 被害を受け、苦しい状態にいる人々に、“がんばれ”という言葉は使いたくないのですが、他に、よい言い方が、見つからない。

 チャリティコンサートのポスターにも、書きましたが、「がんばろう、日本」なのです。

 “がんばろう”という表現には「私たち、外国人も皆、応援しています。一緒に頑張りましょう」という意味が入っています。

 日本という国は、特殊で、特別な国です。一番の特徴は、どんなに転んでも、起きあがる人がたくさんいる、というところです。転んだときに寝たままの状態でいるのは“負ける”ということでしょう。よい例が、最近アメリカでおこった、トヨタバッシングです。あれだけ叩かれても、今、トヨタは普通に戻っています。日本人は負けないのですね。

 転んでも、転んでも、起きて、歩き出す。“崩れない”のです。

 そんな日本でも、10年ほど前から、何か変だと、感じることも多くなりました。1992年に来日したときとは、違ってきています。

 引っ越しの挨拶をしたくて訪ねても、隣人は出てきてくれないのです。以前は顔を合わせて言葉を交わしたものです。

 人が人として接しておらず、冷たくなったと、思うことがあります。

 しかし、今回の震災の報道を見ていると「日本は変わる、それも、よい方向に」と強く感じるのです。人々がまとまってきている。

 現地の若者は、初めての経験をしたと思います。電気もない、携帯電話も使えない、水もない暮らし。

 なにかに、目覚めたのではないでしょうか。日本は、以前のように、人と人とが暖かく接している社会に戻ると思いますよ。

ギュンテル・イルク=ドイツ人。70代。時計製造会社元重役。三度の来日経験あり。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より
加藤さんに宛てた手紙


 4月15日

 無事のお便りを有難う。52年前、共にフランスで学んだ昔の友へ、日本の大震災から約1ヶ月後のこちらの様子を伝えます。

 私たち夫婦が住むフォルツァイムの町は、人口10万。町そのものは美しくないけれど、周囲の田園風景は素晴らしく、町もオペラ、バレエ、交響楽団などがあって、文化的レベルは高い。

 先週の日曜日、ブラームスとシューベルトのコンサートに行きました。演奏の前に、楽団は予定になかった特別の曲を、日本の犠牲者たちを悼むために演奏したのでした。アメリカ人作曲家、サミュエル・バーバー作曲の「アダージョ」。ルーズベルトとケネディ両大統領の葬儀で演奏された曲でした。終了後拍手はなく、厳かな沈黙と祈りが数分続いたのです。

 日本の災害は、日本人への深い同情の念を私たちの心に呼び起こしただけでなく、「援助したい」という欲求も抱かせました。この演奏会では、被災者のためのかなりの義援金が集まりました。また、これがきっかけになって、他の組織が募金を始めたのです。

 このフォルツァイムでの活動は、ドイツ人たちが日本の友人たちと苦しみを分け合おうとする、ほんの一つの例にすぎないということを伝えたいと思います。

 今回の災害は、日本人の考え方を変えただけでなく、影響は世界の工業国にも及んでいることを指摘しましょう。その一例。われわれのバーデンベルグ州では選挙がありました。過去10年近くを支配していた保守党が勝つはずでした。でもフクシマの影響で、環境保全論者と社会主義者が勝ちました。私自身としては残念だけれど、そろそろ変化の時期がやってきたのかなと、認めないわけにはいきません。私たちも考え方を変え、政治家たちも、道徳的、社会的、精神的要素を、経済的、技術的変化と考え合わせる時期なのかもしれません。

 親愛なる友よ、肉親や家などを失った多くの人々への同情で、あなたの胸はいっぱいになっているでしょう。

 でも、私たちドイツ人は、日本人の能力を信じています。巨大な幾つもの難しい問題を、規律と創造力を駆使して過去にも突破してきた日本人の能力を。

デイビット・ハウェンシュタイン=アメリカ人。男性。50代。英会話講師。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」より

 3月に起こった三つの惨事の後、地震、津波、原発の緊急事態、そしてそれを取りまき続ける苦しみや憂いの中で、絶望して呆然となり、結果的に何もできないようになってしまうのはたやすいことです。しかしこの悲劇には、私たちの生き方に潤いを与える「ちから」があるという側面もあります。

 例えば何百万人もの心優しい人々による前代未聞の金銭と物資の寄付活動が続いています。また福島原発作業員の方々の英雄的な??自分の命も顧みず、他人の安全安心を願う行動があります。あるいは困っている人をできる限りボランティアで助けたいと願う大多数の方々や救助隊員がいます。まさにこういうとき、影響を受けている人たちの痛みを感じるときに、私たちの本当の人間が出てくるのです。この苦しみは「もっと人を思いやり、人に与える生き方」というものに形を変えます。問題はこの心を日常生活の中でいかに保つかということです。

 この津波と東北の方々の苦しみを初めて見たときのショックを思い出してください。胸が苦しくなったことも、できることなら何でもやろうと思ったことも覚えておいてください。それを常に持っていて寄り添っていてください。それを糧に、どんなに小さくても、今でなくても何か行動してください。そんな心があれば、より良い社会??分かち合うことや思いやることが普通の社会??を作る力になります。この惨事は日本に空しさを感じさせるものですが、もし私たちがその道を選べば、誰もが思いやりの心のタネを育て、被災者やそのほかの天災や人災で苦しむ人々を助ける行動へと歩ませることができます。

 私たちがこの女性の言の葉を共に歩んでいけますように……。

 「私が大きくなったら、自分の子どもや孫に『おばあちゃんが若かった頃、日本では大地震があって、それをキッカケに世界が一つになったの。そして、皆お互いを支えるためにとってもがんばって働いたのよ』と話したいです。こんな話ができるように、私は一生懸命立て直すために働きたいです」

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 今回は、「私は日本のここが好き!?特別版 親愛なる日本の友へ」という本から多くのコメントを引用させていただきました。
 この本が発行されたのは2011年8月です。
 ということは、彼らのコメントは、震災発生直後からせいぜい2、3ヶ月後までのものでしょう。

 その後の日本人はどうでしょうか?
 彼らが誉めてくれたような日本人の美徳、すなわち……

  「パニックも起きない、自分勝手な人もいない」
  「常に他の人の助けになることを考える」
  「目標に向かって一つにまとまる」
  「規律正しい行動、確固な意志、おだやかさ」
  「崩れない」

 ……は、まだ健在でしょうか?

 がれき受け入れ拒否問題など見ていると、残念ながら必ずしもそうではないなと感じます。

 もちろん放射能汚染を心配する方々の気持ちは分からないでもないですし、できるだけ拡散させない方がいいという話も一定の理解はできますし、私の中でも白黒はっきり付けにくい問題ではあります。
 ただ、住民の反対運動など見ていますと、ちょっと過剰反応ではないかと思うこともあります。

 例えば、これは3月11日に関西テレビの特番でやっていたんですが、岩手県宮古市のがれき置き場のがれきの山の前で線量を測定したら0.03マイクロシーベルト、一方、大阪で一番大きな繁華街の梅田駅前や地下街や公園などで測定したら0.13から0.16マイクロシーベルトでした。
 がれき置き場よりも、梅田の繁華街の方がはるかに線量が高かったのです。

 11日に野田首相は、被災地以外の都道府県に、災害廃棄物処理特別措置法に基づき瓦礫の受け入れを文書で正式に協力要請するとし、「震災時に助け合った日本人の気高い精神、国民性が再び試されている」と語りました。
 この日あたりから世論も少し雰囲気が変わってきたように見えます。

 私は野田政権については不満だらけですが、この件に関してはGJだと思いました。
 もっとも、特措法は昨年8月に成立済みなのに何でもっと早くやらなかったの?という疑問は残りますが……。

 この問題は今後も紆余曲折が予想されますが、「同じ日本人」として被災者に思いを巡らすこと、その前提だけは反対派の方々も崩さずにいてほしいなと個人的には思います。


 ……というわけで、第34弾につづく……!!


※拙ブログ関連エントリー
【一覧】外国人から見た日本と日本人

※拙ブログ関連エントリー(震災関連から抜粋)
4/2付:天皇皇后両陛下が避難所ご訪問 このような方々を戴けた日本人の幸運
4/4付:独特の災害史観を持つ日本人は何度も立ち向かい乗り越えてきた
4/23付:画像で見る東日本大震災 - 希望 -
5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
5/21付:-言葉の力 - PRAY FOR JAPAN&朝日新聞縮小版東日本大震災
6/18付:保守系識者諸氏が見た震災(2)
9/10付:自衛隊を鼓舞した被災地の子供たちの手紙
9/20付:後世へ残したい!陸前高田の女子高生の震災体験談
12/3/12付:震災1年で陛下のお言葉…これからも被災地に心を寄せていきましょう

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