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“遺棄化学兵器”問題で旧日本軍兵士の証言

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 人気blogランキングの件、未だにお騒がせしてすみません。
 8月28日以来今日まで、多くの方から励ましやご心配の声、またアドバイス等もいただいております。お気遣いいただき本当にありがとうございます。

 これまでの経過を軽く説明しますと……
 (ブログの存亡とは関係ないので、興味ない方は飛ばして下さいね(^_^;)
 8月28日(月)早朝に「ぼやきくっくり」のIDが突然「無効」になりました。
 ランキングサイトにメールで数回問い合わせましたが、返答が一向に来ないので、そのIDはあきらめて新規登録をしました。
 が、なぜかはじかれてしまい(一旦受け付けられるが1時間以内にまた「無効」になるという状態)、その後何度か新規登録したものの、全てはじかれるという状態が続きました。

 そういうわけで、ランキング復帰はもう一旦あきらめて放置していたところ、最後に(8月31日(木)に)新規登録したIDが、9月2日(土)の午前中、なぜか突然「有効」に(バナーをクリックしたら、登録しておいたカテゴリのランキングページ、すなわちこちら、あるいはこちらに飛べる状態に)になりました。
 が、喜んだのも束の間、そのIDもすぐに「無効」になってしまいました。
 その後、新規登録したIDもすぐに「無効」になってしまいました。

 面倒くさくなったので(^_^;現在はまた放置してます。そのうちまた9月2日の時のように復活するかもしれませんし。
 万一「ぼやきくっくり」が不正サイトとして扱われてしまってるとかだったら、せめてその理由だけでも教えてほしいんですけどね。とりあえずお返事下さい、@withさん。

 なお、この件の詳細な経過を知りたい方は(そんなにいないと思うけど)、
 8/30付:人気blogランキングから消えた件
 9/2付:週刊新潮「中韓を煽った朝日『靖国社説』変節60年」コメント欄
 をご覧下さい。


 お待たせしました。本題です。
中国遺棄化学兵器問題 新資料発見か、政府が調査(産経新聞9/3)
≪結果次第では事業見直しも≫

 中国遺棄化学兵器問題で、「日本軍が中国に化学兵器を遺棄した」という中国側の主張を覆す可能性のある資料が見つかっています。この問題では、廃棄処理のために政府が負担する費用が数千億円規模に膨らみかねないことや、“遺棄兵器”の実態が不透明という指摘も出ています。政府首脳は詳しく調査、分析するとしています。(『正論』編集部 喜多由浩)

 この問題は、先の大戦で「旧日本軍が中国各地に化学兵器を遺棄した」として、平成2年に中国政府が日本政府に解決を要請してきたことが発端です。9年には、遺棄化学兵器の廃棄義務をうたった化学兵器禁止条約が発効し、日中両国が批准。11年には、日本側が廃棄処理費用を全額負担することなどを盛りこんだ覚書を交わしました。

 これに伴い日本政府が負担する総事業費は今後どれだけ膨らむか、見通しすら明確ではありません。

 中国側は、旧日本軍が遺棄した化学兵器が、吉林省のハルバ嶺などに約200万発残っている、と主張しています。しかし、その主張に疑問を持つ意見は当初から少なくありませんでした。終戦後、日本軍は旧満州(現・中国東北部)ではソ連軍(当時)によって、中国大陸部では主に中国国民党軍によって武装解除され、所持していた武器・弾薬は化学兵器も含めてソ連・中国軍に引き渡していた(遺棄したのではない)とされていたからです。

 しかし、日本政府は「中国、ソ連の同意の下に引き渡されたことを確実に裏付ける証拠、資料があるとは承知していない」などという消極的な理由で、中国側の主張をいわば“丸飲み”してきたのです。

 ところが最近になって中国側の主張を覆す可能性があるさまざまな資料が見つかりました。山形県のシベリア史料館には、中国で日本軍が武装解除の際に引き渡した武器・弾薬を詳細に記した「兵器引継書」が約600冊も残っていました。受け取った中国軍の責任者の署名・捺印(なついん)があり、化学兵器だけを除外した形跡も見られません。

 また、防衛庁の防衛研究所には、日中両政府が「遺棄化学兵器」として廃棄処理対象にしている『あか筒』『みどり筒』を台湾で中国軍に引き渡していたことを記した「引渡兵器目録」がありました。さらには、中国側が遺棄化学兵器が大量に残っていたと主張しているハルバ嶺近くの敦化で、化学兵器(毒ガス兵器)をソ連軍に引き渡したという元日本軍兵士の証言まで出てきたのです。

 安倍晋三官房長官は5月、衆院内閣委員会での答弁で「(シベリア史料館で見つかった資料などについて)政府としてしっかり調査したい」と述べました。政府は、新しい事実を示す資料などが見つかった場合、事業の「基本的な枠組みが変わってくる」としており、対応が注目されます。

(09/03 12:15)

 この記事は産経新聞のオピニオン面(識者の論文や読者投稿が掲載される面)に載っていたものです。なので、特別に何か新たな動きがあったとか、そういうわけではありません。

 記事にある「中国側が遺棄化学兵器が大量に残っていたと主張しているハルバ嶺近くの敦化で、化学兵器(毒ガス兵器)をソ連軍に引き渡したという元日本軍兵士の証言」が、今月号(10月号)の雑誌「正論」に掲載されています。

  問題スクープ第5弾【中国“遺棄化学兵器”問題】
  <私は化学兵器を確かに引き渡した
   ——旧日本軍兵士の証言(聞き手/本誌 喜多由浩)>


 重要と思われる箇所を抜粋、要約してご紹介します。
 (太字は引用者によるものでなく、誌上でもともと強調されている箇所)

 内容紹介ここから_________________________________


【石頭の元予備仕官学校生(軍曹)、二本柳茂さん(81)=新潟市=の証言】

※二本柳さんは昭和19年9月に召集され、北海道・旭川の歩兵第26連隊に入隊(二等兵)。10月、満州へ渡り、佳木斯(チヤムス)の独立歩兵第266大隊へ。20年5月、甲種幹部候補生となり、牡丹江省石頭にあった予備仕官学校で訓練の日々を送っていた。そこは中国全土から最後の幹部候補生をかき集めた事実上の部隊で、3600人の6個中隊で編成されていた。

●終戦前には、満州の石頭にあった予備士官学校にいた。当時すでに、敗色が濃かった南方戦線などでの実戦部隊を作るために、中国全土から3600人がかき集められた。昼は、対ソ戦に備えて戦車攻撃の訓練、夜はジャングルの中での忍者戦術と自爆の訓練を毎日、繰り返していた。訓練を終えると、少尉に昇進して、南方へ行くという話だった。

●昭和20年8月9日のソ連軍の満州侵攻、その日の朝、中隊長からそのことを聞き、ハチの巣をつついたような騒ぎになり、出動準備に追われた。3600人の6個中隊は2つに分けられ、半分は牡丹江へ、我々は東京城へ徒歩で向かうことになった。後に、牡丹江へ行った1800人はソ連との戦闘で、ほぼ全滅したと聞いた。

●我々の行き先は吉林省の敦化だ、と聞かされていた。8月18日ごろ、山中で突然、ソ連軍のトラックに囲まれた。数日前に日本が負けたらしいことを聞き、敦化で武装解除になるということだった。そのころになると、他の部隊と合流して、1万人ぐらいになっていた。

●武装解除はその18日か19日に行われた。場所は敦化の近くだった。上官から全ての鉄砲、弾薬を集めておくようにという指示を受けた。夜通しの行軍で疲れ切っており、兵隊はみんな、武器を差し出して身軽になったことを喜んでいた。みるみるうちに武器は山のように積み上げられて、高さ2〜3メートルぐらいになった。

●その時、持っていた毒ガス兵器も含め全ての兵器をソ連軍に引き渡したのは間違いない。上官から、「毒ガス兵器(化学兵器)だけを隠せ」とか「捨てろ」というような指示が出たこともない。そんな暇も余裕もなかった。引き渡した毒ガス兵器だけで、数千発はあったと思う。

●その毒ガス兵器とは、対戦車用、対塹壕攻撃用の通称「ちび」という兵器。液体青酸を野球ボールぐらいの丸い容器に充填したもので、兵隊一人ひとりが袋に入れて、腰にぶら下げていた。小型の対戦車爆雷である「アンパン」(通称)というものも持っていた。

※「ちび」は、致死性の高い「ちゃ(剤)1号」(液体青酸=毒性は血液中毒性ガス)を丸いガラスに詰め込んだ「ちゃ瓶」のこと。致死性が低い「あか剤」(くしゃみ性・嘔吐性ガス)や「みどり剤」(催涙性ガス)とは違って、化学兵器禁止条約の対象となっている、紛れもない毒ガス兵器。

●「ちび」を使用したことは一度もない。犬を使って実験をした。かわいそうなことをした。

●上官から使用についての注意を受けたことは特にないし、武装解除の時も、通常兵器と区別なんてしない。「全ての武器・弾薬を出せ」といわれて、全部を差し出した。

●ソ連軍に引き渡したそれら化学兵器を含む武器・弾薬が、その後どうなったのかは分からない。中国側は、「旧日本軍が化学兵器を遺棄した」と主張しているが、それも私にはよく分からない。少なくとも、私たちは「(化学兵器を)隠せ」とか「捨てろ」という指示は受けなかった。

ちなみに敦化は、中国側が大量の化学兵器が「遺棄されていた」と主張している場所である。

二本柳さんは数年前、今回と同じ内容の証言を、政府側の電話による聞き取り調査に対して行っている。その内容は政府の担当部局にも伝えられているとみられるが、その後、二本柳さんに詳しい話を聞きにきた政府の担当者は皆無だという。旧日本軍による化学兵器の引き渡しについて、政府側はこれまで国会答弁などで、「中国やソ連が同意していたことを示す確実な証拠は見つかっていない」という趣旨の主張を繰り返してきた。だが、それをくつがえす証言や資料の存在を知りながら、ある意図を持ってわざと無視を決め込んでいたとすれば、その責任は極めて重い。

※二本柳さんはその後、シベリアに抑留された。復員は昭和23年5月。


【元機動第1連隊中隊長(少尉)、米田誠次郎さん(83)=大阪府堺市=の証言】

※米田さんは、陸士56期。昭和18年5月、少尉に任官し、19年8月、関東軍の機動第1連隊中隊長に。20年6月、旧満州吉林省・杜荒(孔)子付近において、ソ連軍の攻撃に備えて戦闘準備を進めていたが、8月9日の突然の侵攻で、ゲリラ戦を行うために、中隊の約130人を率いて山中へ。しかし、28日ごろ、連隊命令として、停戦の指示を受けた。9月2日、杜荒(孔)子で武装解除に応じ、全ての武器・弾薬をソ連軍に引き渡した。

●8日28日ごろ、戦争が終わったことを知り、武装解除を行うために、ソ連軍が駐屯していた杜荒(孔)子でへ向かった。9月2日に着いたときは、すでに他の中隊は到着しており、我々が最後だった。他の中隊は武装解除され、倉庫に収容されていた。私の中隊の中には、「出ていかない」という人もいたが、満州の気候はとても厳しく、とても山中に冬は越せない。そういって説得し、中隊全員で武装解除に応じた。

●武装解除は極めて整然と行われた。到着後、真っ先に大隊長へ報告。最後の捧げ銃の敬礼を行い、部隊を解散した。そして、各兵隊が携帯していた三八式小銃を、ソ連兵の監視する前に並べて置いた。私は持っていた軍刀(備前長船の銘刀。現在の貨幣価値なら1000万円ぐらいになるかもしれない)やドイツ製の双眼鏡(8倍)まで、一緒に手渡した。武器解除に抵抗する者は、ひとりもいなかった。

●ソ連軍との間で、引継書のような書類は一切取り交わさなかった。ソ連軍から、領収書を受け取ることもなく、我々としても、そういったものを受け取る意思も、必要も認めなかった。満州における武装解除の状況は、おおむねこうしたものだったと思う。

●我々は機動連隊であり、装備は一般の歩兵連隊とほぼ同じだから、いわゆる化学兵器は持っていなかった。ほかの多くの部隊がそうだったと思う。いわゆる化学弾を所持していたのは、我が国では野砲兵連隊、山砲兵連隊、野戦重砲兵連隊など。しかも一会戦分の一個師団の弾薬数は400〜500発。もし、中国がいうように、本当に関東軍が200万発も化学兵器を持っていたのなら、降伏はしなかっただろう。

●“遺棄化学兵器”の問題では、発煙筒の一部まで、「化学兵器」とされているが、一般的に発煙筒とは、直径約5センチ、高さ約20センチ程度のもので、殺虫剤のようなものを想像すればいいと思う。戦時には、味方の行動を秘匿するために、煙幕として使用したもの。毒性もなく、これを化学弾と呼ぶのは誤り。

●仮に化学弾であったとしても、武装解除でソ連軍に引き渡している。全ての武器・弾薬を整然と引き渡している。だから所有権は日本にない。武器・弾薬は、ソ連軍の所有になり、その後の国共内戦などで兵器を必要とした毛沢東の共産軍に譲り渡したかもしれない。それは私には分からないが、いずれにしても武器・弾薬の所有権はソ連か中共のいずれかにあるはず。日本ではない。

●中国側の主張は、おかしい。引き渡したはずの武器・弾薬の所有権が日本にあるというのなら、私の備前長船の銘刀はどうなるのか。裁判でも起こしたら、返してもらえるんでしょうかね。現在、外務省がどれほど“売国奴的外交”をやっているか。数え上げれば、キリがない。

※米田さんは、武装解除後、シベリアに抑留された。昭和23年12月に復員。

 _________________________________内容紹介ここまで


 全文は「正論」10月号をご覧下さい。
 10月号には、ジャーナリスト・水間政憲氏(山形のシベリア史料館で発見した約600冊の兵器引継書を「正論」6月号で発表)による
 <朝日記者らが書き残していた武装解除の真相>
 も掲載されています。

 ちょこっと補足。
 当時は、第一次大戦後にできたジュネーブ議定書によって、毒ガスの戦争における「使用」は禁止されていましたが、「保持」までは禁止されていませんでした。

 また、軍事史研究家(元防衛大教授)の柿谷勲夫氏によれば……
 「日本軍が製造した化学兵器は、関東軍や支那派遣軍だけに補給されたとは思われません。南方で日本軍が戦った米英軍は大量の化学兵器を所有し、使用する可能性もありました。それ故、米英軍への『抑止力』として、南方軍にも化学兵器を補給したはずです。米軍が、原爆を投下したのは、わが国に核による報復力、つまり抑止力がなかったためです。日本軍が化学兵器を持っていることは、世界中周知の事実でした。だから、武装解除にあたっては、すべての連合国が、日本に化学兵器の引き渡しを求めたはずです。毒ガスを保持していても、ジュネーブ議定書には違反していないのだから、隠す必要はありません。通常の兵器同様、素直に渡したはずなのです。実際、南方軍地域では“遺棄化学兵器”問題は生じておりません。戦利品として分捕った国が、50年たってから“遺棄兵器”とは口が裂けても言えないはずです」(「正論」9月号)

 南方軍も化学兵器を持っていたはずなのに、“遺棄化学兵器”問題が起きたのは中国だけ。なぜなんでしょうね?(笑)

 産経の記事にあるように、安倍官房長官は5月、衆院内閣委員会での答弁で「(シベリア史料館で見つかった資料などについて)政府としてしっかり調査したい」という趣旨のことを述べています。

 これは「正論」6月号に掲載された“遺棄化学兵器”問題スクープ第一弾、すなわち、水間政憲氏がシベリア史料館で発見した約600冊の兵器引継書を発表したのを受けて、戸井田とおる委員が質問をし、安倍さんがそれに答弁したものです。

 衆議院会議録からそこの部分のやりとりを引用します。

衆議院会議録情報 第164回国会 内閣委員会 第7号(平成18年5月12日)
○戸井田委員 自由民主党の戸井田とおるであります。今回、三十分ほどいただいて、御質問をさせていただきたいと思います。
 今回質問させていただきますのは、化学兵器禁止条約に基づく遺棄化学兵器に関する問題であります。
 もう既に御存じかと思いますけれども、月刊「正論」に掲載されている「スクープ!“遺棄化学兵器”は中国に引き渡されていた」という記事がありました。私も、一瞬その表題を見てびっくりしたわけですけれども、その著者の水間政憲氏に連絡をとりまして、実は私のところに来ていただきました。いろいろお話ししていたら、かつて一度絶版になった本なんですけれども、「パール判事の日本無罪論」というのを復刻したんですね。その後ろにこの水間氏が解説を書いているんです。だから、そんないいかげんな人ではないのかなと思いながら、いろいろお話を聞いておりました。
 もともとパール判決書というのは、終戦後、東京裁判でもって、ちょうど私の父が清瀬一郎先生の秘書をしておりました。そしてその清瀬一郎先生から判決文を田中正明さんが借りてコピーをして、そして独立の日に合わせてそれを出版するということで準備をされていたという話も聞きました。何か因縁があるのかなと思いながら、実はその人のお話を聞かせていただいたわけであります。
 内容は、ほとんど「正論」の中に書かれてあるとおりではあります。しかし、若干の資料もその中にいただきました。お渡ししておりますこの写真がその物であるんですけれども、こういうふうにして現物の資料が出てきた。
 確認できるのはこの写真では表紙だけではありますけれども、仮にこういったものが事実であるのだとしたら、二月二十四日に衆議院の内閣委員会で高松明遺棄化学兵器処理担当室長が、正式に中国やソ連に化学兵器が引き渡されたという文書が発見されれば、基本的な枠組みは変わってくるという答弁をされておられます。
 このジャーナリストの水間政憲氏は、今回、こういった資料が六百冊、兵器引き継ぎ書の原本としてあるんだということを言われております。手元にお配りしているその写真は、水間氏に提供していただきました。
 資料を見ていただくとわかるわけですけれども、引き継ぎ目録には、日本側と中国側の責任者の引き継ぎに同意した署名と捺印があるわけであります。また、この「正論」の記事には、数千名の中国人の署名があることも明らかにしています。本人のお話を聞きましたら、もっと数が多いんじゃないかということで、推測でありますけれども、そういうことを言われておりました。
 今回発見された引き継ぎ授受書を政府は徹底的に調査する意思があるのか、まず最初に官房長官にお尋ねしたいと思います。
安倍国務大臣 ただいま戸井田先生が御指摘になられましたこの資料は、精査すべき内容である、このように考えておりますので、政府としてしかるべき調査をさせたい、このように思っております。
戸井田委員 その調査をするときに、プロジェクトを立ち上げるときには、旧日本軍の専門家とか、または防衛研究所の専門家が参加するのは当然なことだというふうに思うんですね。この書類の中の文言を見てもわかるように、やはり専門的な用語がたくさんあるし、また、当時の現物を見てわかるものとわからないものがあるということを考えれば、当然専門家が参加しなければならない、私はそういうふうに思っております。
 同時に、そういった人からの聞き取り調査というものは欠かせないことだと思うんですね。こういう聞き取り調査をする意思があるのかどうか、その辺のこともちょっとお聞かせいただきたいと思います。
安倍国務大臣 この資料の中身を精査するに際しまして、この中身が実際にどういう性格のものであるかということも含めて、精査をするためには専門的な知見が当然必要なんだろう、このように思います。そういう意味では、やるべきことはしっかりとやらなければいけない、このように思います。
 この資料を見てみますと、かなり細かく引き渡しの目録がなされておりまして、電気スタンド四十八個、電球が入っていないとか、本当に詳細にわたって書いてあるなという印象は受けておりますが、いずれにいたしましても、しっかりと専門的に精査をしていかなければならない、このように思っております。

 残念ながら、その後“遺棄化学兵器”問題で、特に政府内で動きがあったという報道はありません。
 安倍新政権(誕生はおそらくもう間違いないでしょう)は色んな課題が山積みですが、この問題にもぜひ本格的に取り組んでいただきたいものです。


※参考リンク
 ・「正論」7月号 特集・中国“遺棄化学兵器”問題/旧日本軍兵器引継書を読み解く(1)
  (3)まであります。
 ・「正論」9月号 中国“遺棄化学兵器”問題 スクープ第4弾/政府が二年前に入手していた化学兵器引渡し文書

※拙ブログ関連エントリー
 ・05/10/31付:私たちの血税がまた中国に無駄に流れようとしている
 ・05/11/12付:遺棄化学兵器問題〜日本にたかる中国
  (山谷えり子さんの国会におけるGJ発言も掲載)
 ・06/1/4付:遺棄化学兵器問題〜日本にさらにたかる中国
  (渡部昇一さんの解説を掲載)
 ・06/1/21付:河野洋平〜特定アジアにおける輝かしい功績
  (これはオマケ)
 ・06/5/2付:遺棄化学兵器問題〜視察はかなったが……
 ・06/5/3付:朝日新聞曰く「東京裁判を知らない人が靖国参拝に賛成している」
  (「細切れぼやき」で『正論』スクープ記事紹介)
 ・06/5/8付:遺棄化学兵器問題〜兵器引継書を盾に値切るべし
 ・06/5/20付:中国の「上策」に惑わされるな
  (JNNが旧日本軍が残したとされる毒ガス弾の数を実際より上乗せして報道)
 ・06/6/1付:遺棄化学兵器問題〜元凶はやはり外務省
  (雑誌「正論」と「週刊新潮」の記事紹介)
 ・06/7/20付:「アンカー」国連と北朝鮮&「ぷいぷい」韓国
  (細切れぼやきに関連記事)


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